閣議アセスでは、事業者は、主務大臣が環境庁長官に協議して定める指針に従って、対象事業の実施が環境に及ぼす影響について、事前に調査、予測及び評価を一体として行い、環境影響評価準備書を作成することとされており、準備書の作成は事業者自身が行うこととなっている。同様に、発電所アセスや整備五新幹線アセスにおいても、環境影響評価の実施主体は事業者とされている。
このような仕組みについては、通常次のように説明されている。
[1] 環境に著しい影響を及ぼすおそれのある事業を行おうとする者が、事業の実施に伴う 環境への影響について自らの責任と負担で配慮することが適当であること。
[2] 事業者が事業計画の作成段階で、調査・予測・評価を一体として自ら環境影響評価を 行うことにより、その結果を自らの事業計画や環境保全対策の検討、施行・供用時の環 境配慮等に反映できること。
また、閣議アセスの体系では、事業者が自ら準備書の作成を行うという仕組みの例外が、[1]都市計画決定に係る事業の場合、[2]国の指示又は命令を受けて対象事業が行われる場合、[3]2以上の事業者が1つの対象事業又は相互に関連する2以上の対象事業を実施しようとする場合に設けられている。
まず、都市計画決定対象事業については、環境影響評価の結果を適切に都市計画に反映させる必要があること、都市計画決定後に計画内容が変更になると都市計画の権利制限の働く区域の変更を要することも考えられ法的安定性が損なわれるおそれがあること等のため、都市計画決定権者が事業予定者の協力を求めつつ都市計画決定の際に環境影響評価を行うこととされている。事業予定者が準備書の作成の基礎的作業を行い、都市計画決定権者が評価しとりまとめることにより、準備書・評価書の客観性・公正性が向上されるという利点が指摘される。一方、この場合、対外的な信頼感を確保するためには、準備書・評価書の作成や事業の実施に当たり両者の協力と意思疎通を十分に行う必要があるとの指摘もある。
また、事業者が国の指示又は命令を受けて行う対象事業については、当該指示又は命令を行う国の行政機関が事業者に代わって環境影響評価を行うことができるとされている。例えば、国土開発幹線自動車道の予定路線である高速自動車国道の新設・改築については、建設大臣の施行命令に基づき、日本道路公団が実施することとしているが、環境影響評価は、施行命令の前に、建設省(地方建設局等の長)が行うこととなっている。
さらに、2以上の事業者が、1つの対象事業又は相互に関連する2以上の対象事業を実施しようとする場合に、これらの事業者の中から代表する事業者を定めたときには、当該事業者が、その余の事業者が実施する対象事業に係るものを併せて環境影響評価準備書の作成を行うことができることとされている。
地方アセスにおいても、国制度と同様に環境影響評価の実施主体は原則として事業者とされている。なお、港湾計画自体を環境影響評価の対象とする場合に港湾計画の策定主体である港湾管理者が、また、苫小牧東部大規模工業基地のように一定地域の開発計画全体を環境影響評価の対象とする場合に知事がそれぞれ環境影響評価を行うことする制度もみられる。さらに、都市計画決定に係る事業について特例を設け、これらについては都市計画決定の手続の中で、都市計画決定権者が実施することとしている制度が多くみられる。
主要諸国においては、原則として事業者が環境影響評価書の作成を行うものとされている。例えば、EC指令においては、環境影響に関する必要な情報を適切な形式で提出する責任はプロジェクトの開発事業者にあると規定されている。また、カナダでは、環境影響評価の実施を確保する責任は、連邦政府にあるとされているが、評価書の作成は事業者が行っている。
一方、アメリカにおいては、連邦政府機関が自らの責任のもとに情報を収集し環境影響評価を行うこととされている。この際、民間の事業に対して政府機関が許認可等を行う場合においても、環境影響評価書は政府機関により作成される。当該政府機関は、民間事業者に対して環境影響評価に関する情報の提供に関し協力を求めることができるが、提供された情報の確からしさ等に関する責任は、当該政府機関が持つこととされている。
以上をまとめれば、内外の制度における評価主体の定め方には、個々の制度に応じた例外があるものの概ね次のような形が存在し、ほとんどの制度が[1]の形式をとっていると言える。
[1] 事業に係る環境影響に関する情報を調査し、収集する主体は、当該事業を行う者とし、事業者によって作成された情報又は評価書を、その審査等の過程で、その確からしさや十分さを検証する方法
[2] 政府機関が、事業者から提供された関連情報を個別にチェックしつつ評価書を作成する方法
環境基本法第20条においては、このような状況を前提として、「事業者が、その事業の実施に当たりあらかじめその事業に係る環境への影響について自ら適正に調査、予測又は評価を行い、」と規定されており、基本法が想定している方法は、上記[1]の形である。この際、作成主体以外の者による評価の審査等(P.59参照)、調査・予測等に従事する者等についての信頼性の確保(P.76参照)等により、国民等からの信頼性を確保することが重要である。
国内の制度では、環境の保全上の支障を防止するという観点から、各環境要素毎に得られた予測結果を、あらかじめ事業者によって設定された環境保全目標に照らして事業者の見解を明らかにすることを、準備書・評価書における「評価」の内容とするという考え方が基本となっている。
閣議アセスでは、公害の防止に係る項目についての評価は、「人の健康又は生活環境に及ぼす影響について、科学的知見に基づいて、人の健康の保護又は生活環境の保全に支障を及ぼすものかどうかを検討することにより行うものとする」とされている。この場合、「公害対策基本法第9条の環境基準が定められている項目にあっては当該環境基準に照らし、人の健康又は生活環境への影響に関する判定条件等を利用し得る項目にあってはそれらに照らし評価を行うことを基本とする」となっている。
一方、自然環境の保全に係る項目についての評価は、「予測地域における自然環境に及ぼす影響について、科学的知見に基づいて、それが自然環境の重要さに応じた適切な保全に支障を及ぼすものかどうかを検討することにより行うものとする」とされている。
また、整備五新幹線アセスでは、評価は、自然環境に係る予測評価項目と生活環境に係る予測評価項目のそれぞれについて、事業者が設定する環境保全目標等に照らして評価を行うこととされている。発電所アセスでは、「環境影響の評価は、[1]人の健康を保護するうえで支障ないものであること、[2]生活環境を保全するうえで支障ないものであること、[3]自然環境を適正に保全するうえで支障ないものであることの観点から行うもの」とされている。
さらに、地方アセスにおいても、評価は、事業者が設定する環境保全目標に照らして行うものとされているのが通例である。
環境保全目標については、環境基準値等具体的な数値を示す定量的な目標と、「著しい支障を生じないこと」等のように具体的な数値を示さない定性的な目標の二種類が用いられている。
閣議アセス及び地方アセスでは、環境基準が設定されている項目については、通常、環境基準が環境保全目標とされている。環境基準以外では、保全対象(目的)に合わせて、環境の状態に関する行政上の指針値、水産用水基準、水道水基準など科学的知見に基づいて設定されている基準や指標が用いられている。環境基準がある項目でも、地方公共団体が別途定めた基準や目標を用いる場合もある。悪臭、振動、建設作業騒音等のように環境基準がないものについては、排出口や敷地境界における濃度や振動等のレベルに関する規制基準を環境保全目標としている事例もある。この場合、これを超えれば行政的措置が講じられるようなレベルを目標とすることについて妥当性が問題とされる場合もある。また、地方公共団体等が、公害防止、景観、動植物、緑の量等について計画や目標を策定している場合に、これらとの整合性の確保が環境保全目標とされることも多く行われている。なお、現在の環境基準等の設定状況は、資料32のとおりである。
一方、生活環境に係る項目において定量的な判定条件によらない場合の環境保全目標は「生活環境に著しい支障を生じないこと」などの抽象的表現であることが多い。
自然環境要素では、多様な価値軸があり、しかも地域特性により価値付けが異なるような要素については、類型化され全国で一律に利用できるような尺度が求め難い。このため、国内の制度では、個別の事例において、調査結果に基づいて、個々の保全対象を見いだし、その重要度を3又は4段階にランク付けを行い、ランク付けに応じた保全水準を設定して、評価が行われていることが多い(資料33)。また、これらのランクに加え、地域的な価値を有するものについては別途保全目標を設定するとしている技術指針もある。
段階的な保全目標でない場合は、「地方公共団体等の自然環境の保全のための指針や目標に合致すること」、「関係法令・条例に適合すること」など既存の概念を保全目標に用いるもの、「貴重な動植物を保全すること」、「良好な自然環境地を保全すること」など特定対象の保全を目標とするもの、「樹林の保水機能に著しい影響を与えないこと」など機能に着目するもの等が地方公共団体の技術指針に示されている。このほか、緑の量に着目した予測評価を行うとしている指針もある。
具体的な保全目標の設定については、これまでの技術指針では、生物の予測評価では、学術上重要な動植物の種及びその生息・生育環境の保全を重視してきており、景観及び野外レクリエーション地の予測評価では、既存法令等で保全されているものを重視してきている。
一方、環境基本法等にみられるとおり、生物の多様性(生態系の多様性、種間の多様性及び種内の多様性)の確保、多様な自然環境の体系的保全、自然との触れ合いの場としての保全の視点が必要とされるようになっている。このような新しい視点を保全目標の設定に取り入れる場合、動物や植物といった個別要素毎にとらえるのではなく、生物の生息地や自然との触れ合いの場等の自然環境を一体的にとらえること、特定の保全対象のみに着目するのではなくより広域的見地から体系的にとらえること、自然環境と人との関わりを視野に入れてとらえることなどが必要となる。
このようなとらえかたとしては、地域の自然環境及びその利用状況等の特性を踏まえ、学術上の重要性や希少性のみならず、親近性、地域代表性、生態学的重要性等の様々な価値軸によって、保全すべき自然環境(例えば、干潟、都市近郊の雑木林・緑地、湧水、緑の回廊等)を抽出し、これを一体の場とみたときの機能や価値に注目して予測評価や環境配慮を行う方法も有効である。
また、このような場合の予測評価・環境配慮においては、大気、水、土壌等の自然的構成要素の改変が生態系に与える影響、緑の量や改変面積等の量的影響、広域的観点に基づいた保全面積や連続性の確保、生息種の撹乱の回避等の生態学的視点にたった対策、自然との触れ合い等の自然の持つ機能の確保等の対策など、従来あまり考慮されていなかった視点が必要とされる。
なお、現行の制度においては、環境基準を環境保全目標とする場合を除き、具体的な環境保全目標の水準は、事業者自らが設定することとされている。このことに関し、事業者が目標を定め、自己採点することは、環境保全目標の設定が恣意的になるおそれがあるという指摘、地域の環境保全目標は行政主体が明確にしていくべきであるという意見がある。
一方、主要諸国の制度においては、我が国のように、「環境保全目標に照らして評価を行うこと」に類するような規定はみられず、評価の力点は、事業者がとり得る実行可能な範囲内で環境影響を最小化するものか否かという点に置かれている。
実行可能な範囲内で環境影響を最小化するものであるか否かを判断する手法として、主要諸国ではどの代替案がより望ましいかという観点で実行可能な代替案の比較検討を取り入れている場合が多い。例えば、アメリカでは、「提案行為を含む代替案の検討は環境影響評価の核心である」としている。主要諸国における代替案の検討の状況は、資料34のとおりである。アメリカ、カナダ、オランダにおいては義務的に、ドイツにおいては必要に応じて代替案を検討させている。一方、イギリスでは、代替案についての検討を評価書に記載することができるとされ、フランスでは、事業の選択理由を記載することとされているが、代替案の検討を明確に義務づけていない。また、EC指令においては、「必要な場合には、環境への影響を考慮にいれて、開発事業者が調査した主要な代替案の骨組み及び開発事業者の選択の主要な根拠」を、事業者による情報(評価書)に記載させることとしている。なお、EC指令の改正案では、すべての場合について、主要な代替案の概要と、環境影響の観点も含めて、計画案を選択した理由を評価書に記載することを求めている。
代替案の検討が行われる場合、検討される代替案としては、「事業を行わない」、事業目的を達成する手段そのものの代替、事業位置の代替といったかなりな変更を伴うものから、施設の構造やレイアウトの代替、工法や工期の代替、詳細デザインや環境保全設備の代替まで、大きな幅がある。
代替案によって比較される内容には、それぞれの案に伴う環境の状態の変化の程度の他に、環境への負荷の程度が比較される場合もある。特に、地球環境への影響や廃棄物の発生量の抑制等については、事業に起因する環境の状態の変化を予測評価することは困難であり、環境への負荷に関して予測評価を行い、代替案による比較検討を行っている事例がある。
代替案を比較検討する方法としては、評価項目毎に定量的または定性的な評価をマトリックスとして整理する方法、学際的チームの討議により評価する方法、優先すべき評価項目から順に案を比較して各案の優先順位を決定する方法などが用いられている。
代替案の比較検討に当たっては、代替案がもたらす環境保全上の便益と代替案の費用を比較検討する費用便益分析を採用している例もみられる。
なお、国内の制度においても、東京都、大阪府等の一部の地方公共団体において、代替案の検討に関する規定を、技術指針に取り入れているものがある。
例えば、東京都では、評価書案の記載事項に「代替案の概要及びその経過」を掲げ、「事業計画の策定段階において代替案を検討した場合にあっては、代替案の概要、検討の経過、代替案にとどまった理由を記載すること」とされている。大阪府では、「環境保全対策については、影響予測を行った結果により、必要と判断した場合に代替案を含めて検討することとし、その効果を加えて影響予測を行って評価の対象とする影響を把握すること」とし、評価準備書と評価書の「その他参考となる事項」に「代替案の概要(準備書の作成時に代替案を検討した場合)等参考となる事項」を記載することとされている。神戸市では、環境保全対策の中で、代替案の検討を行った場合にはその内容を明らかにするよう求めている。
また、代替案の比較検討によらずに、事業者にとって実行可能な最善の努力が講じられているかどうかを判断する場合もある。例えば、環境への負荷の発生の抑制等に関し適切な環境管理体制が導入されているかどうか、入手可能な最善の技術が用いられているかどうか等の判断が行われる場合がある。
このような内外の制度の状況をまとめれば、評価の視点には次のような考え方がみられる。
[1] 一定の環境保全目標を達成するか否かを評価するもの・・・日本
[2] 実行可能な範囲内で環境への影響を回避し最小化するものであるか否かを評価するもの・・・アメリカ、カナダ、オランダ等
国内の制度において、環境基準の達成や貴重な自然の保全を中心とした環境保全目標の達成が基本とされているのは、公害対策基本法及び自然環境保全法の体系を念頭におき、当時の法令等で定義の定まったもの、あるいは、それを中心として、環境影響評価の目標を認識していることに影響されている。
一方、環境基本法の基本理念では、環境を健全で恵み豊かなものとして維持することが人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないものであること、環境への負荷によって人類の存続の基盤である環境が損なわれるおそれが生じてきていることという二つの認識に基づき、環境の保全が適切に行われなければならないこととされている。この基本理念では、公害の防止等環境保全上の支障を防止することのみならず、環境を健全で恵み豊かなものとして維持すること及び環境への負荷をできる限り低減することについても、「環境の保全」の視野に置かれることとなったものである。環境基本法で新しく示された考え方をどのように環境影響評価制度に反映させていくかが課題となっている。
また、環境基準や行政上の指針値を環境保全目標とすることは、環境保全上の行政目標の達成に重要な役割を果たしてきた。特に、大気汚染及び水質汚濁については、他の事業による累積的影響をできる限り考慮に入れた予測評価を行い、汚染の重合がもたらす影響の防止に貢献してきた。例えば、環境汚染の進んでいる地域等の事業で、環境影響評価の結果、高い水準の環境保全対策の導入が促進された場合などが指摘されるところである。
一方、一定の目標を達成するか否かを評価の基準とすることについては、環境影響評価を一種の安全宣言的なものとし、恵み豊かな環境を維持し、環境への負荷をできる限り低減しようとする自主的かつ積極的な取組に対するインセンティブが働きにくいという考え方がある。さらに、環境保全目標の水準を環境基準や行政上の指針値とすることについては、例えば現況で環境基準より清浄な地域において、そこまでは許容される汚染レベルととられることを懸念する指摘もある。したがって、環境基準や地域の環境保全目標等を踏まえつつ、主要諸国にみられるように、実行可能な範囲内で環境への影響を回避し最小化するものであるか否かを評価する視点を取り入れていくことが必要との考え方がある。
生物の多様性の確保、多様な自然環境の体系的保全、自然との触れ合いの場としての保全や地球環境の保全など、環境基本法等によって認識されている環境の保全に関する新たなニーズ(P.33参照)については、画一的な環境保全目標にはなじみ難い場合が多く、この観点から、個別案件に応じて、実行可能な対応がなされているかどうかを評価する手法の導入が効果的であるという考え方もある。また、景観、自然との触れ合い等、環境に接する者の主観に依拠する環境項目については地域住民、学識経験者、関係機関等の意見を集約しつつ目標を形成するべきであるという考え方もある。
一方、実行可能な範囲内で環境への影響を回避し最小化するものであるか否かを評価する視点を取り入れていくことについては、実行可能な範囲であるかどうかを客観的に評価する手法がない場合においては、事業者に過度の負担が生じるのではないかとの指摘がある。
さらに、画一的な基準による評価になじまない要素について、実行可能な複数の案の環境への影響の相互比較により比較する手法として、主要諸国においてみられる代替案の検討については、多くの評価対象要素を総合的にどのように評価するのか、立地決定の以前に立地に係る代替案を含めて公表して議論を行うことは、我が国の場合、環境影響以外の利害関係を含んだ議論をより際だった形で誘発するおそれや事業内容によって地域間の対立を生じ混乱を発生させるおそれがあるのではないか等から実際問題として難しいという意見がある。
一方、これに対し、立地決定に至る過程で事業者によって複数の案が環境保全上の観点を含めて検討されることが必要であり、このため検討された代替案の内容、環境への影響等について、準備書等に記載することが重要であるという指摘もある。
なお、主要諸国において代替案が検討される場合、代替案の内容としては、事業位置の変更のみならず、事業内容(建築物等の構造及び配置、環境保全設備、工法、実施時期、供用時期・時間・形態等)の提案・変更などさまざまな範囲が含まれており、わが国における「環境保全対策の検討」(P.45参照)と同様な意味を包含したものである。
事業の公益性・社会的必要性等、環境の保全以外の観点に係る評価を併せて評価することも概念上考えられるが、主要な内外の環境影響評価制度においては、環境影響の一環として社会的・経済的影響等を取り扱う制度がみられるものの、事業自体の必要性を直接に評価する枠組みとなっているものは見あたらなかった。
例えば、アメリカでは、人間環境(human environment)の質を向上させ、それに与える悪影響を回避し最小化することを環境影響評価に係る政策の基本的な視点に掲げているが、人間環境とは、自然及び物理的環境並びに人間とこれらの環境との関係を包括的に含める概念とされ、「これは、経済的及び社会的影響はそれ自体として環境影響評価書の準備対象とはされないことを意味する」とされている。そして、「環境影響評価書が作成される場合で、経済的又は社会的影響と自然的又は物理的環境影響が相互に関係する場合に、環境影響評価書はこれらのすべての影響を取り扱う」と規定されている。このようにアメリカでは、制度上、社会的・経済的影響は自然的・物理的環境影響との関連で取り上げられていることとなる。
また、カナダでは、「事業により環境に生ずる可能性のある一切の変化であって、かかる変化による次の事項(健康、社会経済的条件、物理的・文化的遺産等)への影響」を環境への影響としており、社会経済的な影響は事業による環境の変化が介在する範囲で取り上げられている。
事業の公益性・経済性等まで含めて準備書・評価書の中で検討することとすべきという指摘もあるが、これは、環境影響評価制度の射程を離れ、一般的な行政手続を定める制度の中に総合的なアセスメント制度を組み入れるかどうかという議論につながることとなる。なお、このことについては、国外においては、かえって環境面の情報が経済性等他の情報に埋没することを危惧する指摘もある。なお、内外の環境影響評価制度においては、事業の公益性、社会的必要性、経済性等の観点については、環境影響評価手続によって得られた環境情報を勘案して行われる許認可等における意思決定において取り扱われることとされている。
評価の前提については、[1]調査・予測・評価のための技術手法、[2]バックグランド状況の調査・予測、[3]不確実性の勘案の三つの観点から、分析・整理を行うこととする。
環境影響評価が科学的知見に基づいて適切に行われるためには、環境影響に関する調査・予測・評価を行う技術手法が重要である。
環境影響評価制度が実施されて以来、既に多くの技術手法が開発され、用いられてきた。国内における、技術手法の近年の発展に関する現状と課題は以下のとおりである。
環境保全上のニーズを背景に、基礎的な現象解明の進展、事例の蓄積、計算機科学の発達、リモートセンシング等の測定技術の向上等に支えられ、特殊な予測条件における騒音や大気汚染の予測、生態系を考慮した水質予測技術、合成騒音の予測評価技術など多くの領域で技術手法が近年発展してきている。また、問題の広がりや個別事業及び地域の特性に応じて、個々の環境影響評価においても手法の開発・適用が行われている。
このような技術手法の発展の成果を環境影響評価においても活用し、よりよい環境配慮が行えるよう、客観的・合理的でかつ効率的な調査予測等を行うため、技術手法に関する情報を収集し、その評価及び検証を継続的に実施し、結果を広く提供して、適切なものについては普及に努めることが重要である。このような例としては、アメリカ環境保護庁が、定期的に多くの大気汚染の予測モデルについて検証を行い、推奨モデルをその利用に関する情報とともに提供している事例がある。
また、農薬等微量化学物質による、地下水、公共用水域、土壌の汚染など新たな環境汚染については、既に基準等の設定、現況の監視など行政的対応が開始され、調査手法等も整備されているものがある。また、水産用水基準、レッドデータブック等の環境の評価に関する情報や種の保存法等に基づく環境保全上の地域指定も進展がみられている。さらに、悪臭についても官能試験を活用した測定や規制が開始されている。このような近年の環境保全行政の取り組みの拡充については、既に実際の環境影響評価において対応がなされている事例もあるものの、大部分の技術指針の策定時以降の進展であることから、技術指針等での扱いを検討する必要がある。
対象事業による大気汚染、水質汚濁等の環境への影響を定量的に評価するためには、当該事業が行われる地域における環境の現況を調査し、当該事業以外の活動による環境影響を含んだ環境の状態(バックグラウンド)の推移を併せて予測することが一般に必要とされる。また、動物、植物等では、保全対象と同様なものの事業対象地域以外における分布やその将来動向が保全対象の価値付け、予測結果の評価において重要な意味を持っている。
この点について、閣議アセスの体系では、「評価に当たっては、必要に応じ、当該対象事業以外の事業活動等によりもたらされる地域の将来の環境の状態(国又は地方公共団体から提供される資料等により将来の環境の状態の推定が困難な場合等においては、現在の環境の状態とする。)を勘案するものとする」とされている。これに関連して、関係都道府県知事及び関係市町村長に対して、事業者の求めに応じ、地域の実情等から準備書又は評価書の作成に必要と認められる範囲において、既に得ている資料を提供し、必要に応じ助言を行うよう、協力を依頼している。
また、バックグラウンドの状況の調査・予測に関し、我が国の制度では、事業者は、自らの事業に伴う環境影響の予測・評価に当たって、行政主体等他の主体が実施する環境保全対策を勘案することができることとされている。例えば、閣議アセスの体系では、「国又は地方公共団体等が実施する公害の防止及び自然環境の保全のための施策を勘案することができるものとする。」とされており、予測は「国等が行う公害の防止及び自然環境の保全のための措置又は施策を踏まえて行うことができるものとする。」とされている。また、地方公共団体においても、同様の規定が置かれている場合がある。これは、環境基準等の環境保全目標の達成を念頭に置いて評価等を行う場合、例えば自動車排ガス規制の強化等の施策の進展も考慮することが合理的であると考えられたためである。
一方、主要諸国の制度においても、ゼロ代替案(「事業を行わない」代替案)等の名称で、事業が行われない場合の環境の状態の推移を予測・評価させている場合がみられる。また、制度上の規定は特にみられないが、アメリカやイギリスにおける実際の予測評価に当たっては、他の主体による環境保全対策も勘案されている。
我が国においては、このようなバックグラウンドの調査・予測については、事業者にとって困難である場合も多く、現況と同じと仮定することも多く行われているところであり、国あるいは地方公共団体による情報提供の一層の充実が必要とされている(P.75参照)。
閣議アセスをはじめとして、我が国の国レベルの制度においては、調査・予測・評価に係る不確実性の内容や情報の限界を明らかにするよう直接に求めている規定はみられない。
予測結果には、知見や情報等の限界、手法そのものに起因する不確実性、環境の条件の変化や社会条件の変化等事業者の管理や予測が困難な外部要因があることなどから多かれ少なかれ不確実性や情報の限界が伴うものである。主要諸国の制度では、影響の重大性の判断において不確実性や情報の限界を考慮することを求めている場合もある(資料35)。例えば、アメリカでは、NEPA施行規則において、「環境影響評価書において人間環境に対する予見し得る重大な悪影響を評価中であるにもかかわらず、この分野に関する情報が不十分又は入手不可能な場合には、情報が欠如していることを必ず明らかにしなければならない」とされており、このことは、評価書に記述することが求められている。また、EC指令では、附属書IIIにおいて、事業者による情報(評価書)の内容に、「必要とされる情報をまとめる際に事業者が見いだした問題点(技術上の限界及び実務知識の欠如)」を記載するべきであるとしている。
予測結果の正しい理解、影響の重大性や事後調査の必要性の判断等、意思決定における不確実性を適切に扱うために、不確実性の程度や内容を明らかにすることが重要である。このため、予測の不確実性を踏まえてこそ、信頼性の高い評価が可能となることを関係者が理解した上で、諸外国でみられるような、情報の不足や技術的困難点の評価書への記載、不確実性の要因の分析や感度解析の実施等の方法を検討する必要がある。
環境影響評価手続の中で明らかにされる情報に基づいて環境保全対策を検討することは、環境影響評価制度の本旨である。この点については、環境基本法第20条においても、事業者が、調査・予測・評価の結果に基づき、その事業に係る環境の保全について適正に配慮することを国が推進することとされている。
閣議アセスでは、予測は事業者が行う公害の防止及び自然環境の保全のための措置又は施策を踏まえて行うことができるものとされている。また、整備五新幹線アセスでは、「現状の把握、予測及び評価の結果、必要に応じ工事の実施、施設の設置と使用及び列車の走行時における環境保全対策を検討する」こととしている。発電所アセスでは、「対象発電所の設置及びその工事に関し、環境保全のために講じようとする対策を踏まえた影響の予測及び評価を」行うこととしている。地方公共団体の制度でも、必要な環境保全対策を検討することとしているものがほとんどである。
このように、わが国の制度では、環境影響評価の手続の中に環境保全対策の検討が位置づけられている。
主要諸国の制度でも、環境への影響を緩和するための措置の検討が環境影響評価に含められている(P.42参照)。
例えば、アメリカでは、NEPA施行規則において、緩和手段の定義が次のように置かれており、下記の(a)から(e)の順で緩和措置に優先順位を設けている。
(a)行為の全部又は一部を実行しないことによって影響を回避すること(回避)
(b)当該行為及びその履行の程度あるいは規模を制限することによって影響を低下させること(最小化)
(c)影響を受けた環境を修復、復興、回復することによって影響を取り除くこと(修正)
(d)その行為が続く間、保護及び維持活動によって影響を低下させるかあるいは除去すること(軽減)
(e)代わりとなる資源又は環境と交換するか、あるいはこれを提供することによって影響の埋め合わせをすること(代償)
また、カナダでは、「技術的及び経済的に実行可能であり、事業が環境に与える深刻な悪影響を緩和するための措置」を検討することとされている。さらに、EC指令では、「著しく重大な不利益をもたらす影響を回避し、削減し及び可能な場合には修復するために予定する措置」について評価書に記載するよう事業者に求めている。
近年開発事業に際しては、沿岸域埋立における干潟、海浜の整備、陸域土地改変におけるビオトープの整備などが行われるようになってきている。環境基本計画にもみられるとおり、これら事業における自然的環境の整備、または、環境の回復が環境保全上の課題となっている。これに対応し、事業の環境影響評価においてもこれらの代償的措置をどのように評価するかが課題となる。
環境基本法に見るように、環境への負荷を低減し、環境保全上の支障を未然に防止することが重要である。この観点からは、アメリカの事例のように、回避や最小化が最も優先すべき対策であり、代償的措置は他の対策がとれない場合の措置として考えるべきものとなる。
また、代償的措置の検討に当たってはその内容を適切に評価することが求められる。このためには、他の優先すべき対策が困難であることを明らかにするとともに、保全または回復すべき価値に照らして失われる環境と創造される環境を総合的に比較し、評価することが求められる。これについては、アメリカで開発されているような生物の生産性、多様性の維持、レクリエーション機能等の様々な観点から環境の状態を指標化して比較することなどの方法がある。また、実効性の確認・担保方策が評価の時点で重要であるが、これについては、既存事例等による効果の確認、事後調査による確認、到達目標の設定や維持管理計画の策定などの方法がある。また、代償の実効性を確保するためモニタリングや代償効果の確認を事業の許可要件とすることも行われている。
閣議アセスでは、準備書に必要な記載事項として、
[1] 氏名及び住所等
[2] 対象事業の目的及び内容
[3] 調査の結果の概要
[4] 対象事業の実施による影響の内容及び程度並びに公害の防止及び自然環境の保全のた めの措置
[5] 対象事業の実施による影響の評価
を定めている。また、評価書に必要な記載事項としては、上記のほか、
[1] 関係地域内に住所を有する者の意見の概要
[2] 関係都道府県知事の意見
[3] [1]及び[2]の意見についての事業者の見解
を定めている。
地方アセスにおいても、準備書(評価書案)の記載事項は、基本的に閣議決定要綱を踏襲したものとなっている。なお、東京都等においては、調査、予測等の委託を受けた者の氏名等についても記載を求めている事例がみられる(P.78参照)。
一方、主要諸国の記載事項一覧は資料36のとおりである。主要諸国においては、代替案の記載を求めるもの(P.39参照)、不確実性の存在・情報の欠如に関する記載を求めるもの(P.45参照)、事後のフォローアップに関する記載を求めるもの(P.67参照)、調査等に従事した者の名前等の記載を求めるもの(P.78参照)がみられる。また、主要諸国中、アメリカ、カナダ、EC指令、イギリス、オランダ、フランス、イタリア及びドイツにおいては、住民等に対して平易に記載内容を伝えるための平易な概要(non-technical summary)の記載を義務づけている。
閣議アセスでは、準備書の表現内容等についての規定は特に設けていないが、環境庁局長通知において、「準備書は住民に対する周知の対象となるものであるため、わかりやすい記述も望まれるところであり、例えば準備書の内容を平易に記載した概要書を必要に応じ別途作成することも実際的な方法である」と述べられている。
また、地方アセスにおいては、分かりやすい記述、概要版の作成、技術資料等の添付、出典の明記を求めている事例がある。例えば、北海道環境影響評価条例に基づく、環境影響評価の技術的方法等の一般的な指針においては、環境影響評価書の表現内容に関して、[1]地域住民に理解できるような記述内容とする、[2]図表などを効果的に用いて、内容が簡明になるよう配慮する、[3]資料等には、実施主体、実施時期、実施方法その他必要な事項を明記するとの要件を設けている。
主要諸国においては、アメリカでは、評価書のページ数の制限が設けられており、最終環境影響評価書の本文は、通常150ページ以下とし、特に内容が広範か複雑な提案については通常300ページ以下とするとされている。また、アメリカでは、評価書は平易な文章で書くこと、適当な図表を用いること等、文章表現についての規定もみられる。さらに、アメリカ、イギリスでは、参考資料がある場合には、付属資料やテクニカル・ドキュメントの添付を行う旨規定されている。イタリアでは、評価書相当文書に、適切な縮尺の地図、技術に関する文書、引用した情報源等を添付する旨が規定されている。
準備書・評価書については、専門的かつ大部にわたるものが多く、幅広い参加を求めるためには、より平易な記述が行われることが必要である一方、専門的な検討のためには、調査・予測・評価の基礎となる専門的な情報を付属資料等によって十分に提供することが求められるという指摘がある。また、個別のデータの出所について明確にすることが必要であるとの指摘もある。