環境影響評価制度総合研究会報告書(平成8年6月)
環境影響評価制度の現状と課題について

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3-10 環境影響評価を支える基盤の整備


 3-10-1 環境影響評価に関連する情報提供


 閣議アセスの体系においては、他の事業活動等によりもたらされる地域の将来の環境の状態を把握するために、事業者は国又は地方公共団体が提供する資料を勘案することとされているが、国又は地方公共団体による情報の提供に関する具体的な施策は制度上に位置づけられていない。なお、旧法案では、国又は地方公共団体は、事業者から資料の提供を求められた場合は、必要と認める範囲において、既に得ている資料を提供する旨の規定が置かれていた。


 一方、主要諸国の中には、カナダにおいて、評価書等の資料の収集、記録、保存、提供等が制度上に位置付けられている例がみられる。

 カナダでは、主務省庁又は環境アセスメント庁は、環境影響評価が実施されるすべての事業に関して、環境影響評価に関係した記録に対して公衆がアクセスを容易にできるための公開登録台帳(Public Registry)を作成し、管理することとなっている。公開登録台帳には、環境影響評価に関するすべての報告書、環境影響評価に関係して公衆により提出されたすべてのコメント、フォローアップ計画の作成及び準備を目的として主務省庁により作成されたすべての記録、すべてのフォローアップ計画の実施の結果作成されたすべての記録、実施すべき対策を要請するすべての文書等を含むことが規定されており、公衆のアクセスを保たなければならないことが定められている。

 なお、アメリカでは、環境影響評価の実施、評価書等の縦覧等について公告を求めているが、官報(Federal Register)に掲載されたこれらの公告は、EPA(環境保護庁)により電子化され、インターネット上で提供されており、通信によりインターネットに接続しているコンピューター端末から環境影響評価書案及び評価書の概要、意見提出、問い合わせ先等を知ることができる。

 また、欧州各国では、政府機関や大学等において環境影響評価実務を支援するためのセンターが設置されており、環境影響評価に関する学術的・技術的文献、環境影響評価書等の公表文献及び未発表文献の検索サービスや提供が行われている。


 地方アセスにおいては、知事等の責務として、情報の収集・整理・提供を規定している例がみられる。

 また、地方公共団体によっては、条例等の規定に基づき、情報の提供に関する具体的な措置を講じている場合もある。例えば、大阪府においては、環境影響評価要綱に規定された知事の責務規定に基づき、大阪府環境情報コーナーを設置し、既存の環境影響評価書を含めた環境関連資料の閲覧、提供等の情報提供が行われている。

 現在、何らかの方法で環境影響評価を公表している地方公共団体は、59団体中、31団体あり、特にルールを定めずその都度公開の範囲、程度を検討して対応している団体は21団体、環境影響評価に必要とした関連資料を一部又は全て公開している団体は6団体ある。

 なお、環境庁では、地方公共団体の審査等の支援に資するよう、地方公共団体の審査担当部署が把握している環境影響評価事例の概要につき、データベースを作成し、提供している。


 国あるいは地方公共団体による適切な情報の提供は、[1]事業者による適切な調査・予測・評価の実施、[2]住民による適切な意見の形成、[3]地方公共団体における適切な審査の実施等の観点から重要である。


 具体的には、[1]累積的な環境影響を評価するためのバックグラウンド濃度や他の事業者による事業計画等に関する情報の提供、[2]生物の生息状況等多様な自然環境の現状に関する情報の提供、[3]過去の環境影響評価事例に関する情報の提供、[4]新しい調査予測手法等環境影響評価の技術手法に関する情報の提供等を推進することが重要である。


 [1]については、特に地方公共団体は、公害等のモニタリング、各種調査等により地域の環境の現況に関する情報、地域の計画・目標等の地域の環境保全施策に関する情報、地域全体の開発事業等がもたらす累積的影響に関する情報などを豊富に有しており、積極的な役割を果たすことが期待される。この点について、開発等における環境配慮を事業者に促すための環境情報書等を整備している地方公共団体もある。


 [2]については、地域の研究者、農林水産業従事者、民間団体が保有しているものに重要なものも多く、調査の段階でヒアリング等が行われることが多い。これらの所在に関する情報が整理されておらずアクセスが困難な状態にある。また、自然環境に関する情報については、地方公共団体や民間団体等が作成したレッドデータブックや調査研究等、ナショナルトラストや自然観察等の環境保全活動などに関わる情報も近年地域概況調査や現況調査において重視されてきている。


 [3]については、環境影響評価は、新たな環境情報が得られるとともに、新たな問題を発見して対処方策を見いだしている場合も多い。例えば、環境影響評価時の調査及び事後調査、対策の技術や事例等の情報の収集、整備、解析、提供により、環境影響評価で得た知見や経験を社会に還元し、社会の環境保全能力の向上に資することも期待できる。


 [4]については、技術手法の発展の成果を環境影響評価においても活用し、よりよい環境配慮が行えるよう、客観的・合理的でかつ効率的な調査予測等を行うため、技術手法に関する情報を収集し、その評価及び検証を継続的に実施し、結果を広く提供して、適切なものについては普及に努めることが重要である。特に、予測や環境保全対策の技術手法に係る一般的な情報については、技術指針やマニュアル等が所管省庁や地方公共団体から発行されているが、個別具体的な技術手法やそれに必要なデータについては、必ずしも十分整理がなされていない。このため、有用な情報が使用されず問題が生じることもある。主要諸国においては、アメリカ環境保護庁が、定期的に多くの大気汚染の予測モデルについて検証を行い、推奨モデルをその利用に関する情報とともに提供している事例がある。


 また、国が保有している情報や事業者等の民間が保有する情報で評価書等に記載されていないものにも、環境影響評価に有益なものがあるが、それぞれバラバラに保有されていたりすることから活用できない場合があるとの指摘もあり、これらについて、情報源情報を整備するとともに、可能なものは収集・整理・公開を進めていくことが重要である。


 さらに、海外への開発援助において環境影響評価を行わせる場合、外国の手法を用いることとしている場合が多く、我が国からも技術や知見を、諸外国へ提供していくことが重要である。


 上記の諸点を考慮しつつ、事業者、関連機関、国民等の情報へのアクセス性の向上を図るため、関連する情報の所在についての情報源情報の整備、環境影響評価書及びその関連資料を含めた環境影響評価事例に関する情報、事後調査結果、生物の分布や生態に関する情報、予測に必要な原単位や排出量等の情報をはじめとした情報を国が中心となって組織的に収集、整備及び提供することが必要である。


 3-10-2 環境影響評価に関わる信頼性の確保


 環境影響評価に関わる信頼性の確保を図るためには、[1]科学的かつ合理的な調査が的確に行われ、環境影響評価の質の向上が図られるようにするとともに、[2]透明性を確保すること等により国民等からの信頼性を向上させるための努力を行うことが必要である。


(環境影響評価の質の向上)


 環境影響評価において、具体的な調査等については、環境影響評価を業務とするコンサルタント、調査会社が委託を受けて実施する場合が多くみられる。現在、我が国の主要なコンサルタント、調査会社が環境影響評価に係る技術情報の交換や手法の向上を行うための研究を行う団体として、日本環境アセスメント協会があるが、この協会に加盟しているコンサルタント、調査会社は約250社である。


 こうしたコンサルタント、調査会社による調査が的確に行われ、その内容、質についての向上が図られるためには、幅広い知識と技術を備えた調査等の従事者の育成、確保を図ることが重要である。


 国内においては、技術士、環境計量士等の個人の技術的な能力を認定する資格制度があり、これらの会社においては、資格の取得を奨励する例が多くみられる。また、会社自体が組織として資格を保有することや、調査等の外注の選択先として、資格を有していることを条件としている場合もある。


 また、環境要素の内容によっては、人材を確保することが困難な場合がみられる。例えば、生物関係及び地形・地質の調査については、フィールド調査能力を養成する学校教育が十分ではないこと、生物相が地域によって大きく異なることなどを背景に、職業として専門的に調査する人材が不足しており、教育、研究機関やNGOの人材に依頼して調査等を行う例が多い。この場合、調査が可能な者の所在やその能力の把握が課題となっており、このため、環境影響評価に係わる人材に係る情報の提供等の方策も考えられる。


 調査等の遂行、とりわけ生物関係の調査の精度の確保は、これらに従事する者の能力に負うところが大きい。また、個々の要素の調査能力のみならず、調査結果等を総合的に判断し、対応を考えることができる人材の育成が重要である。環境影響評価に係わる人材の能力の確保のためには研修等を推進するとともに、事業の計画、調査予測等の実施及び事業の実施のそれぞれの段階で、このような人材を活用するような仕組みが重要である。


 なお、環境影響評価に関する研修制度の事例としては、我が国では、国立環境研究所環境研修センター(環境庁)において、関係省庁、地方公共団体及び民間の環境影響評価の実務者のための研修を実施している例が挙げられる。また、諸外国においては、欧州各国の政府機関や大学等が設置している環境影響評価センター等の機関において、研修が実施されている。


(国民等からの信頼性の向上)


 環境影響評価に関しては、調査等が科学的・合理的に行われることはもちろんのこと、これらが国民等から信頼されることも重要である。信頼性の向上に資する制度としては、[1]環境影響評価の調査等に従事する者や組織に関する資格制度、[2]調査等に従事した者の名前等を評価書に記載する規定、[3]関連する情報へのアクセスを提供することなどがあげられる。


 我が国においては、環境影響評価の業務に直接関連した資格等は制度化されていないが、諸外国においては、環境影響評価の調査等を行う能力を認定して資格を与えている事例がみられる(中国、タイ等5ヶ国)。

 特色としては、明確な資格制度としてよりも、むしろ登録制度的な運用がなされていること、また、資格付与の対象としては、コンサルタント等団体を対象としている事例が多いこと等が挙げられる。

 住民の懸念を払拭するため、最終的な評価は事業者が責任を持って行うとしても、調査・予測等といった客観性が求められる部分について、調査・予測等の作業を行う専門家の行為の適正性及び公正性を何らかの形で客観的に担保する仕組みを導入するといった方策も考えられる。


 また、委託を受けて調査、予測等に従事する者の氏名等を準備書等に明記させることも、調査・予測等の信頼性向上に資する方策である。

 閣議決定要綱においては準備書に必要な記載事項として、氏名及び住所等を定めているが、地方アセスにおいては、東京都において、調査、予測等の委託を受けた者の氏名等についても記載を求めている事例がみられる。また、主要諸国においても、アメリカ、フランスにおいて、環境影響評価書等への調査等に従事した個人あるいはその責任者をその経歴等とともに記載し、責任の所在を明確にすることとしている事例がみられる。


 さらに、国民等からの関連情報へのアクセスの向上を図ることも、環境影響評価の信頼性の向上に寄与する。前述のとおり、地方公共団体によっては、条例等の規定に基づき、情報の提供に関する具体的な措置を講じている場合もある(P.74参照)。また、諸外国では、情報の収集、整備、提供に関し、[1]環境影響評価に関する情報や技術を提供する環境影響評価センターの活動、[2]環境影響評価に関わって作成された全ての情報(環境影響評価書、その資料、公衆関与の記録等)へのアクセスを保証するための公開登録台帳制度の整備(カナダ)、[3]環境影響評価事例やその経験、技術情報等を提供するための通信ネットワークの活用(カナダ、オーストラリア、アメリカ)、[4]評価書等に詳細なテクニカルドキュメントを添付することによる技術情報の提供、[5]生態系に関する情報を官民問わず標準的様式で収集、整備し、共有するネットワーク(CDCネットワーク)をはじめとした生態系関連の様々な情報交換・情報整備プログラムなどの取組がみられる。環境影響評価の信頼性の向上という観点からも、情報の提供に関する取組は重要である。


 3-10-3 環境影響評価を支える調査研究・技術開発


 生物の多様性の確保や生態系の保全の必要性、地球環境の保全の必要性、累積的影響の予測の必要性など、環境影響評価をとりまくニーズは高度化、複雑化してきており、これに効果的に対応できるよう、環境影響評価の調査予測等の技術手法の開発・改良が必要となっている。


 また、複雑条件下での大気拡散、特殊構造部の道路騒音、生息環境の改変が特定の生物種に及ぼす影響、従来知られていなかった特定の生物種の生活史の解明など、複雑な条件下の問題や特定の場の固有の問題に関する調査予測等の手法については、従来より、その開発が望まれている。


 さらに、生息・生育環境変化に対する動植物の分布や行動への影響予測技術、より適用条件の広い数理モデルなど、従来から用いられてきている調査予測等の技術手法については、精度や信頼性の向上、利用性や効率性の向上のため、さらなる改善が必要である。


 また、調査・予測等の技術手法に加えて、環境保全対策に係わる技術についても、生物多様性を保全するための敷地計画、ビオトープ等の創生などのいわゆるエコアップ(環境創生)技術、汚濁発生の少ない工法などの環境影響の緩和に関連する対策技術等の面で、これまで実施されてきた事例の分析等を踏まえて、新たな関連技術の開発を進めるとともに、その効果について適切に評価することが求められている。


 これらのニーズに対応するため、調査・予測等の技術手法、環境保全対策の技術手法など、環境影響評価を支える技術手法のレビュー作業を継続的に行い、技術手法や知見の進展を環境影響評価制度の中に迅速に取り入れていくとともに、新しい関連技術手法の開発を図っていくことが必要である。


 このような調査研究及び技術開発を総合的に推進するための方策としては、国が中心となって研究開発や技術レビューを行う体制の整備、個々に進められている調査研究の収集や情報整理の推進、研究者の支援などの方策が挙げられる。


 なお、環境影響評価に関する調査・研究に関して、内外の制度には、制度上に位置づけている例もみられる。例えば、カナダでは、カナダ環境アセスメント法において設立された環境アセスメント庁の任務として、環境影響評価に関連する調査研究や関連技術等の開発の奨励を位置づけている。また、地方アセスにおいては、北海道条例、川崎市条例において、環境影響評価の手法の開発や調査研究の体制の整備を、知事等の責務としている事例がみられる。


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