環境影響評価制度総合研究会報告書(平成8年6月)
環境影響評価制度の現状と課題について

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3-3 評価対象

 3-3-1 評価対象等を定める形式


 閣議アセスでは、調査、予測及び評価は、主務大臣が環境庁長官に協議して対象事業ごとに定める技術指針に従って行うものとされている。各技術指針においては、事業の特性に応じて調査等の対象範囲が具体的に列挙され、実際の予測評価は各技術指針に従って行われている。また、環境庁長官は、関係行政機関の長に協議して、主務大臣が指針を定める場合に考慮すべき基本的事項を定めている。


 また、発電所アセスでは、専門分野の環境審査顧問の意見を聞いて通産省が定める環境影響調査要綱において、発電所の類型毎に環境負荷の項目が特定されているという実態に即して、事業者による調査、予測及び評価等の項目が網羅的に定められている。事業者は同要綱の項目について十分調査、予測及び評価等を行うように指導されている。


 一方、主要諸国の制度では、アメリカ、イギリス、オランダにおいて環境担当官庁等の公共機関が情報提供の一環としてガイドライン・マニュアル等を公表している例がみられるものの、わが国の制度にみられるような、予測・評価の対象、調査の内容、予測・評価の手法等について詳しく規定した技術的指針を制度上に位置づけているところは見当たらない。


 主要諸国では、制度上では調査等の対象とする環境要素や範囲についてその選定の考え方や例示を示すことにより包括的に規定するにとどめ、具体的な評価対象は各案件ごとにその特性に応じて絞り込んでいく手続(スコーピング)が広く取り入れられている。例えば、EC指令の実施状況報告書によれば、加盟12カ国(報告書当時)中オランダとドイツが制度としてスコーピングを導入しており、その他の多くの国々でも強制的なものではないが、特定のスコーピング制度が作られたり、公式に奨励されている例がある。また、アメリカ、カナダ及び中国においても、制度としてスコーピングが導入されている。主要諸国におけるスコーピングの概要は、資料26のとおりであり、早い段階から関係機関への意見照会や公衆参加を求めるものがみられる点に特徴がある。


 地方アセスでは、対象事業種のすべてに適用される形で、調査、予測、評価等に関する技術的事項を技術指針等としてとりまとめることが一般的に行われており、この中で予測・評価等の対象とする要素を定めている。この場合、具体的に評価等を行う環境要素は個々の事案ごとに各事業内容に応じて取捨選択される。地方公共団体によっては、事業種類ごと又は事業段階ごとに関連する環境要素をマトリックスにして示している場合も多い。その場合、地方公共団体があらかじめ取捨選択の方針を示している場合とそうでない場合がある。例えば、山形県、東京都、長野県、山口県、千葉市で用いられているマトリックスは資料27のとおりである。


 また、地方アセスでは、事業者に環境影響評価実施計画書等を、事業者が調査・予測等を実施する前に提出させ、知事等が、調査等を行う項目やその方法、留意点等につき事業者を個別に指導する機会を確保しているものがある。事前手続に関する規定を有する団体は28団体である。また、事前手続に関する規定を有しない場合を含め、制度を有する50団体のすべてにおいて、運用上、実施計画書の作成等の事前指導を何らかの形で行っている。


 さらに、地方アセスにおける事前指導制度の中には、自然環境に関する事前調査を求めているものがある。これは、自然環境を保全するためには、事業の立地選定が適切に行われることが重要であることから、環境影響評価の実施に先立つ早い段階で自然環境調査が行われるようにし、事業計画と環境影響評価の実施計画がその結果を踏まえて作成されることをねらいとするものと考えられる。


 地方アセスにみられるこれらの事前手続は、準備書の作成の前に事業者と行政が準備書の内容について相談するための仕組みであり、諸外国のスコーピングに対応するものと言える。


 なお、スコーピングについては、国際的取組においても勧告されている事例がみられる。例えば、「UNEP目標と原則」においては、環境影響評価の過程で関連する重大な環境上の諸問題が特定され研究されるべきとされ、「適当な場合には、その過程の早い段階においてこれらの諸問題を特定するために、あらゆる努力が払われるべきである」としている。また、「OECD開発援助環境影響評価促進勧告」では、「合理的な代替案及びそれらに伴う最も著しい環境影響を特定するよう設計された手続による環境評価の内容の決定、その際の可能な限りでの公衆等の参加」を掲げている。


 スコーピングに関しては、これを行うことにより、その地域において課題となる環境要素の範囲とそれぞれの重要度を早い段階から明らかにすることによって重点的に調査・予測等を行うことができ、論点が絞られたメリハリの効いた予測評価を行うことができることが期待される。また、地域住民、専門家、研究団体等の意見・情報を予め幅広く収集しつつスコーピングを行うことにより、より幅広い情報をもとに調査等が実施できるとともに、関係者の理解が促進され、作業の手戻り等を防止することを通じて、無駄な作業を省いた効率的なアセスメントを行うことができることが期待される。


 一方、スコーピングにおいて、手続にいたずらに時間を要したり、公衆参加を求める場合に際限のない調査等の要求が出る等、かえって非効率となることを懸念する意見がある。この点については、スコーピングのルールをあらかじめ定めておけば有効に機能するのではないかとの意見があり、地方アセスにみられるように、事業種類ごと又は事業段階ごとに一般的に関連すると考えられる環境要素をマトリックスにして示し、スコーピングの目安とするという方法、第三者機関によるガイドラインの提示、類似事例等に係る情報提供等の対応方策がある(P.50参照)


 3-3-2 評価対象の内容

(評価対象とする環境要素)

 閣議アセスでは、対象事業の選定に当たって考慮すべき環境への影響を、「公害(放射性物質によるものを除く。)又は自然環境に係るものに限る」こととしている。これは、閣議決定当時、公害対策基本法及び自然環境保全法という二つの基本的法律に従って、環境行政が行われていたことに影響を受けている。


 また、環境庁長官が定める基本的事項においては、調査、予測及び評価(「調査等」)は、公害の防止及び自然環境の保全について以下のとおり行うものとされている。

ア 公害の防止については、人の健康の保護並びに人の生活に密接な関係のある財産並びに人の生活に密接な関係のある動植物及びその生育環境を含む生活環境の保全に係る事項について調査等を行うものとする。

イ 自然環境の保全については、原生の自然地域、学術上、文化上特に価値の高い自然物等のかけがえのないもの、すぐれた自然風景や野生動物の生息地、野外レクリェーションに適した自然地域等の良好な自然等のそれぞれの特性に応じた適正な保全に係る事項について調査等を行うものとする。


 さらに、基本的事項では、調査等の対象項目について、次に掲げる12項目の環境の要素に関し、事業の特性に応じて必要な項目を各技術指針で定めることとしている。

 I 公害の防止にかかるもの

   大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭

 II 自然環境の保全にかかるもの

   地形・地質、植物、動物、景観、野外レクリエーション地


 これを踏まえ、事業別に示された技術指針では、事業特性に応じ、公害については調査等の対象が具体的に列挙されて、予測評価を行う対象の選定の考え方が示されており、自然環境保全に係る環境要素については、学術上の重要性、既存法令等の指定状況等をもとに自然環境保全上の重要な保全対象を見いだすこととなっている。


 一方、地方アセス、発電所アセス及び整備五新幹線アセスでは、資料28に掲げるとおり、これら12要素以外に日照阻害、電波障害、風害、史跡・文化財、低周波空気振動、廃棄物、水象、気象等を対象としているものもある。


 また、地方公共団体の制度では、数は少ないものの、安全、災害、地域分断等の地域社会への影響を対象とするものもある。景観についても、自然景観に限らず歴史的・文化的景観や地域景観との調和、人工的景観も含めた良好な景観の形成といった観点から予測評価を行っている場合がある。


 このとき国及び地方公共団体の制度における環境要素の分類方法をみると、次の二種類がある(資料29)。

[1] 公害等、自然環境、社会・文化環境の区分により要素を列挙する方法(類型I:公害・自然区分型)・・・閣議決定要綱及び個別法に基づく国制度並びにほとんどの地方公共団体の制度

[2] 地圏、水圏、気圏、生物圏等、環境を構成する圏毎に要素を列挙する方法(類型II:環境圏型)・・・地方公共団体のうち3団体(滋賀県、兵庫県及び長崎県)

 このとき、[1]の「公害・自然区分型」は、公害対策基本法及び自然環境保全法の二つの体系を念頭においた枠組であり、[2]の「環境圏区分型」は、大気、水、土壌等環境の自然的構成要素ごとに相互に関連する影響を考慮する枠組である。


 また、国及び地方公共団体の制度において対象としている環境要素ごとに詳細な内容をみると、資料30のとおりである。


 主要諸国における環境影響評価における環境要素は、資料31に掲げるとおりである。主要諸国の状況を見ると、対象とする環境影響は、人間、動物、植物、大気、水、気象及び景観、並びにこれらの相互作用といったものの他に、エネルギーや資源の消費に関する影響、文化的、歴史的、社会的、経済的影響も含めて対象とするとしている。


 評価対象とする環境要素をどのようなものとするかについては、公害対策基本法及び自然環境保全法のふたつの基本法のもとで講じられてきた環境行政が、環境基本法の制定により公害と自然という区分を超えた統一的な枠組みを持つこととなったことを踏まえて検討する必要がある。


 従来、自然環境の保全については、学術上の重要性、既存法令等の指定状況等をもとに重要な保全対象を見いだすこととされてきたところであるが、環境基本法、環境基本計画、生物多様性条約、生物多様性国家戦略等にみられるように、生物の多様性(生態系の多様性、種の多様性及び種内の多様性)の確保、多様な自然環境の体系的保全、自然との触れ合いの場としての保全の視点が必要とされるようになり、近年、大きく要請が変化している。

 また、動物と植物との関係、生物とその生育・生息環境である大気、水等の環境の自然的構成要素との関係、野外レクリエーション地等自然との触れ合いの場と環境の自然的構成要素との関係など、要素間の相互関係を考慮に入れる必要性や、水質、水量、水生生物、水辺地等を総合的に水環境として捉え一体的に評価する必要性、健全な水循環機能を維持回復する必要性が求められている。

 さらに、地球の温暖化をはじめとする「地球環境保全」が、環境基本法における「環境の保全」に含まれているところであり、また、廃棄物の発生の抑制や再生資源の利用の促進などに関しても、近年、「環境の保全」のための施策と位置づけられている。


 近年の国際条約には、新たな評価対象を認識するものも現れている。例えば、生物多様性条約には生物多様性への影響に係る環境影響評価、気候変動枠組み条約には気候変動を緩和し又はこれに適応するための環境影響評価が規定されている。


 また、今後、深刻な環境問題が発生するとすれば、これまで認識されてきた環境の分野より、十分には認識されてこなかった環境の分野において発生するおそれがあり、環境影響評価制度はこのような深刻な問題の未然防止に対応できるようにすべきとの意見もある。


 このような新たなニーズに適切に対応できるように、評価対象とする環境要素について検討することが課題となっている。


(評価の対象とする行為と環境影響の範囲-特に累積的影響の取扱-)


 閣議アセスの体系では、ある事業に関し、調査等を行う行為の範囲としては、[1]当該対象事業の実施に係る「工事」(当該対象事業の実施のために行う埋立又は干拓に係るものを除く。)、[2]工事が完了した後の土地(他の対象事業の用に供するものを除く。)又は工作物の「存在」、[3]土地又は工作物において行われることが予定される事業活動その他の人の「活動」の三つの範囲が認識されている。


 また、調査等の対象とする区域は、「原則として対象事業の実施により環境の状態が一定程度以上変化する範囲を含む区域又は環境が直接改変を受ける範囲とその周辺区域等とし、予め具体的に定めうる場合はそれを、それ以外の場合には、個別の対象事業に係る調査の実施に際し、当該事業の実施が環境に及ぼす影響の程度について予め想定して設定する」ことととされている。


 また、整備五新幹線アセスでは、「工事の実施、施設の設置と使用及び列車の走行により環境に著しい影響を及ぼす環境影響項目」を対象としており、「調査地域の範囲は、事業を実施する区域及び事業の実施により直接的な影響があると予想される沿線地域とする」とされている。

 さらに、発電所アセスでは、工事中及び運転開始後の双方について環境影響の予測・評価を行うこととされており、調査は「対象発電所の設置の場所及びその工事の場所並びにそれらの周辺」における環境の現状について行われることとされている。


 地方アセスでは、前記のとおり、各事業段階に関連する環境要素をマトリックスにして示し、評価等を行う環境要素を取捨選択する形を採る場合がある(P.30参照)が、その際には、閣議決定アセスのように、「工事」、「存在」、「活動」の三区分を用いている場合と、「自然改変」、「施工」、「供用」等の他の区分を用いている場合がある。また、各区分の細目については、詳細に規定している場合とそうでない場合がある。


 主要諸国においては、環境影響の範囲を比較的広く把握しており、特に、事業等の累積的影響について取り扱うことが広く行われている。


 アメリカにおいては、NEPA施行規則の「影響」についての定義によれば、「(a)行為によって引き起こされ、同時期に同じ場所で生じる直接的な影響、(b)行為によって引き起こされ、時間的に後になって、あるいは遠く隔たった場所で起こるが、それでもなお十分に予見し得る間接的な影響」の双方が認識されている。このとき、間接的な影響には、「成長を引き起こす影響、土地利用、人口密度、成長率のパターンに及ぼす二次的な影響、大気、水やその他の自然の系(生態系を含む)への関連する影響を含む」とされている。また、環境影響評価書で取り扱うべき影響の範囲を決定するに当たっては、[1]直接的影響、[2]間接的影響、[3]累積的影響の三種類を考慮すべきであるとされている。

 カナダでは、「事業により環境に生ずる可能性がある一切の変化」を対象とすることとしており、「その発生がカナダ国内あるいはカナダ国外であることを問わない」こととしている。また、事業が環境に与える影響には、「事業に関連して発生する可能性のある誤動作もしくは事故による環境への影響、並びにこれまでに実施もしくは実施予定であるその他の事業若しくは活動と当該事業の組み合わせにより生ずる可能性のある累積的な環境への影響を含む」こととしている。さらに、事業が建造物に関連している場合、「当該建造物に関して実施される可能性のあるすべての建設、操業、改造、解体、廃棄又はその他の行為について、環境影響評価を実施するものとする」とされており、建造物のライフサイクルにわたる評価を求めている。

 EC指令では、附属書IIIにおいて、事業者が提供すべき環境情報の記載は、事業計画の直接的影響並びに間接的、副次的及び累積的影響、短期、中期及び長期的影響、永久的及び一時的影響、正及び負の影響を対象とすることとされている。


 累積的影響の例としては、[1]当該事業以外の活動による大気や水質等の汚染の重合、[2]汚染物質の環境中での蓄積や複合化による影響の発現等が挙げられ、また、近年、国際的には、[3]大気汚染物質の長距離移動・酸性降下物としての蓄積による影響、温室効果ガス排出による気候変化などの地球規模の環境影響が累積的影響の一つとして認識されるようになっている。


 このような累積的影響の取扱について、まず、[1]に関しては、閣議アセスの基本的事項に、「評価に当たっては、必要に応じ、当該事業以外の事業活動等によりもたらされる地域の将来の環境の状態(国又は地方公共団体から提供される資料等により将来の環境の状態の推定が困難な場合においては、現在の環境の状態とする。)を勘案するものとする。」とされており、バックグラウンドの状況の調査・予測に含めて取り扱われているところである(P.44参照)


 一方、[2]のように、汚染物質が環境中で蓄積しあるいは複合的に作用する場合に関する累積的影響については、科学的知見が十分でないものも多いため、その複合的作用によって生ずる環境の状態を予測・評価することは困難な場合も多い。また、[3]に挙げられた地球規模の環境影響や廃棄物の排出量への影響についても、事業に起因する環境の状態の変化を予測評価することが困難である。


 ただし、環境の状態を予測評価することが困難なものについても、排出される汚染物質の量、資源やエネルギー消費量、再生資源の利用量、廃棄物排出量、酸性降下物原因物質の排出量等、算定手法等の明確な指標により、環境への負荷段階の予測評価を行うことが可能な場合もあり(P.40参照)、この点の取扱を検討することが必要となっている。


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