環境影響評価制度総合研究会技術専門部会報告書(平成8年6月)
環境影響評価の技術手法の現状及び課題について

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2.対象とする要素及び影響

2.1 環境影響評価制度が対象とする要素/影響の範囲


 国内の制度では、対象とする影響/要素が制度により規定されている。閣議決定要綱では、基本的事項により対象範囲は典型7公害と動物等の自然環境5要素に規定しており、これに基づき事業毎の技術指針によって、事業の特性に応じ調査等の具体的対象、そのうち予測評価する対象を選定する考え方が具体的に示されている。国の他の制度でも同様である。また、多くの地方公共団体の制度では、技術指針により事業を特定せずに対象範囲を示し、選択の考え方を示している。

 閣議決定要綱では、調査等は以下のように行うとされており、具体的には典型7公害(大気汚染、水質汚濁、騒音、振動、悪臭、地盤沈下、土壌汚染)及び自然環境の5要素(動物、植物、地形・地質、景観、野外レクリエーション地)が対象として列挙されている。

ア 公害の防止については、人の健康の保護並びに人の生活に密接な関係のある財産並びに人の生活に密接な関係のある動植物及びその生育環境を含む生活環境の保全に係る事項について調査等を行うものとする。

イ 自然環境の保全については、原生の自然地域、学術上、文化上特に価値の高い自然物等のかけがえのないもの、すぐれた自然風景や野生動物の生息地、野外レクリェーションに適した自然地域等の良好な自然等のそれぞれの特性に応じた適正な保全に係る事項について調査等を行うものとする。

 一方、地方公共団体の制度、通産省省議決定及び整備5新幹線に関する環境影響評価では、

これら12要素以外に日照阻害、電波障害、風害、史跡・文化財、低周波空気振動、廃棄物、水象、気象等を対象としているものもある。また、地方公共団体の制度では、数は少ないものの、安全、災害、地域分断等の地域社会への影響を対象とするものもある。(資料-1:国内の制度における予測評価等の対象)


 国及び地方公共団体の制度における対象要素の規定ぶりをみると、資料-2に示すとおり、閣議決定要綱及び個別法に基づく国の制度並びにほとんどの地方公共団体の制度では、公害等、自然環境、社会・文化環境の区分により要素を列挙している(資料-2、類型I、公害・自然区分型)が、地方公共団体のうち3団体(滋賀県、兵庫県及び長崎県)の制度では、地圏、水圏、気圏、生物圏等、環境を構成する圏毎に要素を列挙している(資料-2、類型II、環境圏型)

 類型Iの公害・自然区分型は、回避または抑制すべき環境悪化現象としての公害等を列挙するとともに、自然環境の構成要素のうち、当時の法令等で明確に保全対象として選定されうるものを列挙したものとなっている。前者は「現象」、後者は「要素」という次元の異なるものが並べられてはいるが、後者の技術指針における予測評価の内容をみると、地形、動物等の要素の直接的改変、生物の場合は生息環境の変化といった、やはり環境悪化の現象を列挙したものとなっている。この類型区分は、公害対策基本法及び自然環境保全法の体系を念頭におき、調査等の対象となる環境影響を列挙しているものと考えられる。

 類型IIの環境圏型は、影響を受ける対象である環境の構成要素を気圏、水圏、生物圏、地圏等の領域毎にまとめたものとなっている。これは、環境を網羅的に捉らえようとする観点と考えられる。類型Iと比較し、気圏では大気質、水圏では水質があげられており、大気汚染や水質汚濁という公害の定義にとどまらない、質の変化を対象にしているのが特徴である。現状では、類型Iと同じく公害や法令等で明確な保全対象になっているものを評価しているのが実態であるが、気象と大気質、水象と水質など密接な関連のある要素を同じカテゴリーにおいており、調査等を連動させることによって相互の影響を考慮し易いものとなっていると考えられる。


 実際の環境影響評価では、水質汚濁等による生物への影響、騒音による野外レクリエーション地への影響など公害が自然環境の要素に与える影響についても対象とされている。また、地形・地質の改変による水質汚濁への影響、植物の改変による動物への影響、水質汚濁による景観への影響等、要素相互の関係による影響も対象とされており、類型I、IIともに必ずしも影響の区分が明確なわけではない。

 例えば、水質汚濁現象により動物の生息環境が影響を受けるなど、公害と自然環境双方に関係する場合については、どちらか一方の区分で対象にされる場合が多い。(例えば、人の生活に密接に関係のある動物・植物については、公害に係る要素において対象とされる。)

 このほか、廃棄物処分場に集まる動物による害など、これらの区分でとらえきれない問題も実際には扱われている。


 調査対象国等では、対象とする影響の範囲を明示的に規定する制度と、例示はあるものの対象とする影響の範囲を特に限定しない制度があった。制度で明示的に規定する場合でも我が国のように具体的に要素の各項目について列挙する規定はなく、包括的な表現となっている。(資料-3:調査対象国等の制度の対象範囲資料-4:調査対象国等の制度の対象事業

 これらの要素を見ると、人間、動物、植物、大気、水、気象及び景観、並びにこれらの相互作用といったものの他に、エネルギーや資源の消費の影響、社会的、経済的、文化的影響も含めて対象とするとしている制度も多い。特に国際援助機関の環境影響評価では、事業による住民の移転による影響などの社会的影響が重要と考えられている。

2.2 要素/影響の選定方法

 国の制度では、実際に予測評価等の対象となる内容は、事業毎の技術指針によって、事業の特性に応じて調査等の対象範囲が具体的に列挙され、予測評価する対象の選択の具体的考え方が示されており、これに従って具体的な影響が選定される。多くの地方公共団体の制度では、技術指針により事業を特定せずに対象範囲を示しており、予測評価の選択については、事業の影響要因を列挙することにより選択するとの考え方を示している。


 調査対象国等では、具体的な対象は個々の事例においてスコーピングにより比較的柔軟に選択されている。スコーピングのやり方はそれぞれの国に特徴があり、既存資料等による簡単な調査、学識経験者へのヒアリング、関連機関との協議、専門家委員会による検討、関心ある民間団体との協議、公衆参加等を行い、事業内容、事業地の特性、地域の関心等により対象が選択されている。これらが、手続きとして制度的に位置づけられている場合もある。例えば、オランダでは、環境影響評価委員会及び環境問題担当、自然保護担当等の法定諮問機関がスコーピングアドバイスを作成し、これに基づいて主務官庁がスコーピングガイドラインを事業者に示している。アメリカでは、まず環境評価書(EA)が作成され、より詳細な環境影響評価の必要性の有無が決定されるが、この段階で簡単な調査や関係機関への問い合わせにより問題の絞り込みがなされ、予測評価すべき具体的な影響等が検討されており、また、環境影響評価の実施が決まれば早期に関係機関や公衆等への意見照会により重点分野が明らかにされる。その他の国でも、事業者と地方計画庁・所管官庁等との事前協議が規定されているところがある。

 また、調査対象国等では、対象とする影響について具体的な例示をあげている制度上のガイドラインや規則が見られたが、国内で見られるような、制度に基づき調査等の対象、内容を具体的に規定するような技術指針は見られなかった。制度には位置づけられていないが、事業別や目的別に技術的ガイドラインが主務省庁、環境担当省庁、関連機関等からだされている場合もあり、特に考慮すべき影響を列挙している場合もあるが、これらはスコーピングの参考となるよう示されているものと思われる。


2.3 要素の具体的内容

 国の技術指針における、公害の調査等を行う項目を見ると、技術指針の策定時点において、人の健康や生活環境に対する影響が明らかであり、開発事業との関わりが深く、一般に予測が可能と考えられている項目であるのが一般的である。多くの地方公共団体の技術指針では、国より広い項目が挙げられており、また、必要に応じて対象を追加できるため、実際の環境影響評価においては、水銀、農薬、ダイオキシン、粉じん等様々な項目が予測評価の対象とされている。

 国の技術指針における、自然環境要素については、自然環境保全上重要なものへの影響を対象とする考え方となっている。すなわち、調査に基づき、学術的価値の認められたもの、法令等で指定されているものなど具体的な対象として抽出し、これらの改変の程度等を予測評価するとしている。このうち、動物及び植物については、学術的価値の高いもの、天然記念物に指定されている等の貴重種及びその生息・生育環境を対象とするという、個々の生物種に係る影響のみを考慮するとしているものが多い。地方公共団体の技術指針における自然環境要素については、これに加え、植物の量、緑の量など対象地域の自然を量的に把握し、予測評価するとしているものもある。また、植物、動物等から構成される生態系について、その構成の変化等を予測評価するとしている場合がある。さらに、景観については、特定の保全対象に限らず地域の景観または雰囲気など景観一般を、地形・地質については土地の安定性を対象としているところも多い。この他、植物については国土保全機能(山形県)、土壌の生産性(埼玉県)を対象とする場合など、このように閣議決定要綱と同じ12要素についても、多様な側面について予測等の対象としている場合がある。

(資料-5:国及び地方公共団体の制度が対象とする環境要素/影響)


 実際の環境影響評価では、農薬等化学物質による地下水汚染、公共用水域の水質汚濁及び土壌汚染など環境汚染の広がりに対応して、12要素の範囲においても対象の広がりが認められる。また、地方公共団体の中には、光害、通風障害、二酸化炭素排出量等に対する新たな取り組みも見られる。

 これに関し、海域の富栄養化、農薬、有機塩素系化合物等への対応として水質環境基準に新たな項目が追加されたとともに監視を要する水質調査項目が定められたこと、土壌汚染の広がりに関し土壌の環境基準が定められたこと、地下水汚染への特定地下浸透水の浸透が禁止されたこと、悪臭では排出水中の特定悪臭物質の規制基準が定められるとともに、嗅覚測定法を用いた特定の悪臭物質に限らない悪臭に対する規制が排水を経由するものも含め開始されたことなど、環境問題の広がりに対する行政的対応が、近年行われているものがある。これらについては、既に、実際の環境影響評価において対応がなされている事例があるものの、大部分の技術指針が策定された以降に行政的対応が図られたものも多く、現行の技術指針の大部分はこれらの扱いを考慮したものとはなっていない。


 また、国及び地方公共団体の制度における自然環境保全に係る具体的対象の選定の考え方は、天然記念物や国立公園等、学術的価値や既存法令等での指定の有無等により貴重なものを選定するよう技術指針等で例示されており、実際の事例では、これら以外の要素についても対象とするようにもなってきているものの、学術上の重要性や希少性が重視される傾向にある。

 これに関連し、環境基本法、環境基本計画等にもみられるように、近年は、環境への負荷をできる限り低減すること、大気、水、土壌等の自然的構成要素が良好な状態に保たれること、生物の多様性の確保、多様な自然環境の体系的保全、自然との豊かな触れ合いの確保を旨として、環境影響評価を行うことが求められている。また、動物と植物、生物とその生育・生息環境である大気、水、土壌等の自然的構成要素との関係、景観や野外レクリエーション地等の自然との触れ合いの場と生物や大気、水等の自然的構成要素との関係、水質、水量、水生生物、水辺地等を総合的にとらえ水環境として一体的に評価することなど、要素間の相互関係を考慮に入れることも求められている。さらに、健全な水循環機能の維持・回復も求められている。

(資料-6:環境基本法4条、14条、生物多様性国家戦略)


 このほか、あまり対象とされていない、微量化学物質による生態系への影響、河口域における塩分濃度の変化による生物への影響、除去基準が定められていない物質による底質汚染、土工事に伴い発生する可能性のある赤水、酸性水、有害物質等の流出、酸性雨の植物への影響、野外レクリエーション地の利用状況等についても検討するべきという指摘もある。


 調査対象国等の事例や指針では、国内で対象とされているようなもののほか、特定の生物種に限らない、湿地、マングローブ林、珊瑚礁等の生態系そのものへの影響、種の多様性の変化、資源採取、遺伝子工学的微生物、放射線、視程の変化、化学物質の使用等にともなうリスク等、多様なものが対象として挙げられている。

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