環境影響評価制度総合研究会報告書(平成8年6月)
環境影響評価制度の現状と課題について

目次へ戻る

3.環境影響評価制度の現状と課題


3-1 早期段階での環境配慮と環境影響評価の実施時期


 事業の実施に至るまでの過程には、さまざまな段階で、政府又は事業者の意思決定が行われており、事業の熟度を高めていくプロセスは各事業種によってさまざまである。


 例えば、道路の場合、まず、長期方針や全体事業量を定める道路整備の長期構想や道路整備五箇年計画の策定の段階がある。その後、個別の路線について、さらに、道路種ごとに、さまざまな段階を経て事業の熟度が高められていくこととなる。


 また、河川工事の場合、まず、河川法に基づき水系毎に工事実施基本計画が策定される段階がある。その後、計画に沿って、個別の河川工事について、事業熟度を高めていくこととなる。


 新幹線の場合は、まず、全国新幹線鉄道整備法に基づく基本計画の決定の段階がある。その後、個別の路線について整備計画の決定、工事実施計画書の作成、実施計画の認可という過程を辿ることとなる。


 発電所の場合は、まず、政府によって、電源開発基本計画が策定される段階がある。個別の発電所の建設については、事業者によって、立地の検討、計画地点の検討が行われた後に、電源開発調整審議会における調整を経て、着工に至ることとなる。


 一方、地方アセスが対象としているような、ゴルフ場などの民間事業の場合は、これらのプロセスはほとんど事業者の内部の手続となっている。


 このような事業の実施に至る各段階の意思決定で環境の保全について配慮がなされることが必要となるが、この点について、環境基本法では、土地の形状の変更や工作物の新築等の事業について事業者による環境影響評価を推進するため、国が必要な措置を講ずる旨の規定(第20条)と、国の施策の策定・実施に際して環境の保全に関する配慮を求める規定(第19条)の二つの規定が置かれている。


 また、主要諸国では、アメリカにおいて、物理的な建設等の事業の実施のみならず、立法の提案や政策の決定等を含めた連邦政府機関の行為を環境影響評価の対象としているが、EUやカナダにおいては、事業者による物理的な建設等の事業の実施の際の環境影響評価と、政府による政策等の立案の際の環境影響評価を区別し、後者については、戦略的環境アセスメント(SEA)の概念のもとに取組を進めている。


 したがって、ここでは、事業に係る環境影響評価手続の実施時期の問題と、上位計画・政策に係る環境影響評価の問題の二つの問題を区分して、さらに整理を加えることとする。


(事業に係る環境影響評価手続の実施時期)


 一般的に、事業は、基本的な方針・目標の設定、事業適地の選定、基本的計画諸元の決定、事業実施区域の決定、土木構造物、工作物等の基本的構造等の基本設計、さらには詳細な設計、工事実施計画の策定などのプロセスを順次経て、計画の熟度が高められ、具体的事業内容が絞り込まれていくこととなる。このような過程において、事業者自身により、事業ニーズ、社会条件、自然条件、経済性、実現可能性等に係る調査や検討が行われ、計画内容へのフィードバックが順次行われている。


 事業に係る環境影響評価手続は、このような過程において、十分な環境情報が収集・形成され、適正な環境保全上の配慮がなされるように、関係機関や公衆等の事業者以外の者の関与という外部手続を導入するものである。そして、外部手続の成果は環境影響評価書という形に結実することとなる。したがって、事業に係る環境影響評価の実施時期という場合、制度的には、このような外部手続を開始する時点として把握されることとなり、閣議アセスにおいては、評価書の原案たる環境影響評価準備書の事業者による関係機関への提出の時点がこれに相当することとなる。


 準備書提出の時期についての内外の制度の取扱は以下のとおりであり、アメリカ等のように一般的な考え方を規定する場合と、我が国やEU諸国のように個別の事業毎に許認可、補助金交付決定をはじめとする制度上の把握が可能な行為を捉えて、その前に行うこととする場合の双方がみられる。


 まず、閣議アセスでは、対象事業の実施が環境に及ぼす影響について、事業の実施前に調査、予測及び評価を一体として行うこととされているが、要綱上、環境影響評価の実施時期については明確に定められておらず、所管省庁により定められる要綱・技術指針においても同様である。ただし、建設省所管事業については、閣議決定要綱に基づく施行通知において、道路区域の決定、補助金の交付決定、許可等を評価書作成の終期としている。


 一方、発電所アセスにおいては、環境影響評価手続の開始は、事業者が行う環境影響調査の開始時期とされており、事業者はその調査開始に当たっては、実態上地方公共団体への申し入れを行っている。


 また、地方アセスでは、山形県、福島県をはじめとして15団体で評価書相当文書の公告等の環境影響評価手続の終期を事業種ごとに定める例がみられ、広島市で準備書の提出終期を同様に定める例がみられる。


 主要諸国においては、例えば、アメリカにおいて、環境影響評価書は政策決定のプロセスにおいて実際に重要な役割を果たし得るよう早期に作成されるものとされ、また、EC指令においても、可能な限り最も早い段階で環境への影響を評価するものとされている。さらに、カナダでは、連邦省庁は、その計画段階のできるだけ早い時期で取り消し不能な意思決定を行う前に、環境影響評価が確実に実施されるようにしなければならないと規定されている。さらに、韓国では、準備書相当文書の提出時期等について事業種ごとに定められている。


 具体的な事業の流れの中で、どのような時期に準備書の提出が行われるかについては、各事業種によってさまざまである。我が国においては、以下のように、準備書が関係機関へ提出される時点では、事業の立地地点や基本的諸元等事業の概略が固まっている状況がみられる。


 例えば、国レベルの制度の対象事業のうち、段階的な手続を経て事業の熟度が高められていく公共事業について、事業実施の流れと準備書の提出時期を見れば、次のとおりである。


 まず、国土開発幹線自動車道の予定路線である高速自動車道の場合、まず、国土開発幹線自動車道建設法別表において、路線名、起点・終点及び主たる経過地を内容とする予定路線が定められる。その後、内閣総理大臣によって、建設線の区間、建設線の主たる経過地、標準車線数、設計速度、道路等との連結地及び建設主体を盛り込んだ基本計画が策定される。そして、準備書の提出に始まる閣議アセス手続は、この基本計画の策定後に行われる。閣議アセスの手続の後に策定される整備計画には、経過する市町村名、車線数、設計速度、連結位置及び連結予定施設、工事の施工主体、工事に要する費用の概算額等が記述される。


 また、河川工事については、河川法に基づき水系毎の工事実施基本計画が策定される。計画には、総合的な保全と利用に関する基本方針、基本高水等河川工事の実施の基本となる事項、河川工事の実施に関する事項(主要な河川工事の目的、種類等)が盛り込まれている。この計画に基づき各種河川工事の熟度を高めていくが、このうち、特定多目的ダム法に基づく多目的ダムであって閣議決定アセスの要件に該当するものの場合には、準備書の提出に始まる閣議アセス手続を経て、当該多目的ダムの建設目的、位置及び名称、規模及び形式、貯留量、建設に要する費用、工期等を記述する特定多目的ダムの建設に関する基本計画が策定される。


 さらに、整備五新幹線の場合は、まず、全国新幹線鉄道整備法に基づき基本計画が決定され、路線名、起点・終点、主要な経過地が定められる。そして、走行形式、最高設計速度、建設費概算額等を定めた整備計画が決定され、その後、整備五新幹線アセス手続が行われることとなる。


 その他の事業については、環境影響評価手続に先行する制度上の計画策定行為等がない場合が多く、事業計画のどのような段階で準備書の提出に始まる環境影響評価手続が行われるかは明確ではないが、概ね、上に掲げた事業の場合と類似の状況にあると考えられる。


 民間事業者が行う発電所の設置については、事業者において環境保全上の観点を含めた発電所適地の検討が行われ、計画地点、施設規模等の基本構想が固められる。その後、環境影響評価のための調査に始まる発電所アセス手続が行われる。その結果を踏まえ、電源開発基本計画が、政府において決定される。


 事業計画の概略がほぼ固まった段階で、準備書の提出に始まる環境影響評価手続が開始されることに対しては、環境影響評価手続の結果が事業内容の変更等に反映されにくい等の指摘があり、環境影響評価手続の開始をより早い段階とすべきという意見がある。


 環境基本法に謳われているように、環境への負荷を低減し、環境保全上の支障を未然に回避することが重要であり、したがって、環境影響を回避し、最小化することを優先しつつ、環境の保全に配慮していくことが求められている。このためには、地域の環境特性の把握等を行いつつ、立地地点や事業計画の諸元を確定していくことが必要となる。とりわけ自然環境については、具体的な改変が行われてからでは、影響の修正や代償を行うことが困難なことから、このような早期段階で調査を行い、保全すべき自然環境の改変の回避、改変量の最小化の検討を行うことが特に重要となる。


 一方、具体的な事業の諸元が明らかにされていない段階では、環境影響の調査・予測に限界が生じるため、効果的な環境影響評価を行うためには、環境影響評価手続が開始される前に、ある程度、具体的な事業の諸元が明確にされることが必要との要請がある。


 また、用地取得の前に事業計画を公表することとなる手続を導入することは、事業内容によっては、用地の取得を困難とし、地価の上昇を招くなど、国土が狭隘な我が国においては、、結果として事業の遂行を困難とするという意見もある。


 このような要請を踏まえて、最も効果的に環境影響評価を実施できるように、準備書を提出する時期を設定することが必要とされている。ただし、上記のように、事業の熟度を高めていく段階は各事業種ごとに異なっていることから、準備書の具体的な提出時期の検討は、各事業種の状況に照らして、各事業種ごとに検討する必要がある。


 また、環境影響評価手続の開始の際に、具体的な事業の諸元がある程度固められていることの一因に、現行の制度において、準備書の提出をもって環境影響評価手続の開始としていることが挙げられる。


 この点について、内外の制度においては、準備書の提出に至る前に何らかの事前手続を導入し、それをもって環境影響評価手続の開始とすることが広まりつつある。


 主要諸国の制度においては、対象事業の絞り込み(スクリーニング:P.21参照)や評価対象の絞り込み(スコーピング:P.29参照)などのために、準備書相当文書の作成前に何らかの手続を位置づけ、関係機関、関心ある公衆・団体、専門家等に情報や意見を求めることが広がっている。例えば、アメリカでは、環境影響評価作業に着手することを公衆や関係機関に明らかにする手続が置かれるとともに、関係機関や関心ある公衆、団体等の意見聴取の機会を設けるように規定されている。オランダでは、事業概要を記した通知書の主務官庁への提出を求めるとともに、スコーピングの段階で、関係機関、環境影響評価委員会、公衆への意見照会を行うことが規定されている。


 また、地方アセスにおいても、環境影響評価手続の中で早期段階から検討を行うことに資するものとして、準備書の作成を開始する前の段階で何らかの事前手続を設けている例が広まりつつある。例えば、事業者による調査・予測・評価を始める前に、実施計画書、事前調査書、調査計画書、自然概観調査の提出などの事前手続規定を盛り込んでいる団体が、制度を有する50団体中28団体にみられ、また、規定を持たないが実態的に事前指導を行っている団体を含めれば、50団体すべてで何らかの事前指導が行われている。


 環境影響評価手続を所管する地方の環境保全部局に対して行われた環境庁調査によれば、事前手続に関し、その大半の団体で、調査の手戻りの防止等適切な準備書の作成が行えること、早期段階で環境保全上の問題が明らかにされ事業者での十分な環境配慮の実施が確保できること、以後の手続の円滑化が図られること等の効果が指摘されている。一方、同調査では、環境情報を住民からも得る必要があること、手続を明文化する必要があること等の改善点の指摘や、調査が実施計画書に拘束され柔軟性が失われるおそれがあること、事前指導と異なる点が準備書の審査の場で指摘された場合に問題が生ずること等の問題点の指摘もみられた。


 地方公共団体は、公害等のモニタリング、各種調査等により地域の環境の現況に関する情報、地域の計画・目標等の地域の環境保全施策に関する情報、地域全体の開発事業等がもたらす累積的影響に関する情報などを豊富に有しているため、、事前にこれらの情報を反映させることは、地域の環境特性を踏まえた、環境保全上重要な地域の改変の回避や最小化等の検討を促進し、また、問題となりそうな事項を絞り込むことを通じて、効率的でメリハリの効いた予測評価を促進することが期待される。


 また、地域の教育・研究者、民間団体、農林水産従事者等は多くの環境保全上有益な情報を保有しており、調査等の効果的実施及び早期の環境配慮に活用が可能である。とりわけ、自然環境については、民間団体が作成したレッドデータブックをはじめとする調査研究の成果、自然観察等の民間の環境保全活動に係わる情報も、地域の概況調査や現況調査で重視されてきている。これらの有益な情報を早期に取り入れることにより、作業の手戻りの防止が図られること等の効果も期待される。この場合、情報の客観性、信頼性を確保していくことが重要である。


 先に述べたような何らかの事前手続を設けることは、地方公共団体や民間の者が保有する有益な情報を早期に取り入れることを可能とし、論点を絞った予測評価や関係者の理解の促進、作業の手戻りの防止等の効果が期待される。なお、具体的な案件についての事業実施の流れにおける環境調査の開始時期や準備書の提出時期は、資料12のとおりであり、事業者による調査の開始から準備書の提出までの間にはかなりの期間を要する場合もあり、提供された有益な情報がこの間に活用できることから、準備書の提出に先立つ適切な時期に事前手続を設けることによって、事業計画の早期段階での配慮という一般の要請にも応えることが期待される。


 一方、事前手続において、時間や事務量のいたずらな増大を懸念する指摘もある。また用地取得の前に事業計画を公表することとなる手続を導入することは、前述のように、事業内容によっては、用地の取得を困難とし、地価の上昇を招くなど、結果として事業の遂行を困難とするという意見もある。

 事前手続の導入に関しては、先に述べた環境庁調査においても、調査が実施計画書に拘束され柔軟性が失われるおそれがあること、事前指導と異なる点が準備書の審査の場で指摘された場合に問題点が生ずること等の指摘があり、具体的な方策については十分な検討が必要である。


(上位計画・政策に係る環境影響評価)


 個別事業段階の環境影響評価については、[1]経済社会の持続可能性の評価など社会経済活動に伴う環境への影響を総体として評価することができないこと、[2]個々の事業レベルの活動単位が小規模で事業段階の環境影響評価にはなじまない事業セクターについて、その累積的な影響を検討することが困難であること、[3]異なる事業主体が実施する事業が集積する地域全体の環境の将来の姿を検討することに限界があることなどから、国際的には、戦略的環境アセスメント(SEA)の概念のもとで、政策(policy)、計画(plan)、プログラム(program)の段階からより早く環境アセスメントを実施する動きがみられる。


 EU諸国では、欧州共同体が1993年に策定した「第5次環境行動計画-持続可能性に向けて」において、[1]欧州共同体のすべての政策に環境配慮を組み込むこと、[2]欧州共同体の政策及び立法過程で環境への影響を評価すること、[3]加盟国は、計画あるいはプログラムについても環境影響評価を適用することとという方針が示されている。こうした方針を受け、同年7月には、欧州委員会(EC)規則が改正され、EU諸国の地域開発基金に当たる構造基金の適用を受ける各国の地域開発計画(国家開発計画等)について事前の環境影響評価が義務づけられている。


 また、カナダにおいては、1990年に連邦環境アセスメント審査室が「政策及び計画提案に関する環境アセスメント手続」を発表し、連邦政府機関が政策又は計画を内閣に提案する場合に環境影響を評価した文書の添付を求めている。このような取組はオランダ等にもみられ、オランダでは、1995年に環境テストと呼ばれる手続を開始し、新しい法令案を作成する際に、エネルギーの利用や交通量に関する影響、原料の利用・供給への影響、廃棄物・有害ガスなどの排出への影響、物理的空間の利用への影響について検討し、記述させることとしている。


 なお、アメリカでは事業の実施に至るまでの各段階の連邦政府機関の行為が環境影響評価の対象となりうるため、上位計画・政策段階及び事業段階を通じて環境影響評価が行われることとなる。この場合、一つの事業について多段階で環境影響評価が行われる場合、先行して行われた検討の範囲の広い環境影響評価書が、後続行為に係る環境影響評価において活用され、検討の反復を避ける方法が取られている。


 我が国の地方公共団体においても、政策の立案過程において環境配慮を行う制度を導入している例がある。例えば、川崎市では環境基本条例に基づき、環境に係る市の主要な施策又は方針の立案に際し、「環境調査指針」に基づき担当局が環境調査書を作成し、庁内横断的な環境調整会議において審査することとしている。


 また、地方アセスにおいて、港湾計画や一定地域の開発計画全体を環境影響評価の対象とし、個別事業の実施段階より早期に、行政が全体としての環境影響評価を行いうるようにしている仕組みがある。例えば、北海道では、苫小牧東部大規模工業基地等の特定地域について、事業者と協議しつつ、知事が当該地域全体について環境影響評価を行う仕組みをもっている。また、港湾計画を環境影響評価の対象としている団体が7団体ある。


 さらに、国レベルの制度においては、地域的な開発計画や整備計画について、環境保全面からの検討を行い、環境配慮を図っている例がみられる。例えば、港湾法に基づく港湾計画の策定における検討、総合保養地域整備法に基づく総合保養地域の整備における検討、大阪湾臨海地域開発整備法に基づく開発整備における検討などを挙げることができる。ただし、これらについては、制度上は住民関与等の手続は設けられていない。


 前述のとおり、環境基本法においては、事業に関する環境影響評価に関する条項(第20条)の他に、第19条において「国は、環境に影響を及ぼすと認められる施策を策定し、及び実施するに当たっては、環境の保全について配慮しなければならない。」とされているところであり、国際的な動向や我が国での現状を踏まえて、上位計画・政策段階での環境配慮方策をどのように進めていくかを検討することが必要である。


目次へ戻る

前のページ

次のページ