長屋の環境アセスメント

環境アセスメントは情報交流のルール化によって、よりよい環境保全とそれに向けての合意形成をはかるものです。
ここではアセスメントの本来の姿を、江戸時代の裏長屋を舞台とした物語をとおして紹介します。

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第四幕 「長屋の環境に及ぼす影響」

上州屋

「それでは私どもの蔵が皆さんの長屋の環境に及ぼす影響について述べさせていただきます。まあやってみてはじめて分かったことですが、確かに皆さんのご心配ももっともだということもありましたし、ご心配には及ばないとご納得いただけるだろうという点もございました。まあ私どもとしては出来るだけのことはしたし、これからもするつもりですので宜しくお願いします。それでは日当たりの点から申し上げます。
さて、皆さんが、一番日当たりを心配するのも、影が一番のびるのも冬のことで御座いますから、冬の日当たりについて寺子屋の師匠にも手伝ってもらって模型で実験いたしました。すると冬には長屋のおかみさん達がいつもご利用になっている井戸まわりにも影がのびることが分かりまして、ここは一番、私どもとしても屋根の形を工夫させていただき、かつ蔵の場所もぎりぎり離そうと考えております。そうすれば冬のさなかでも井戸まわりは日影にならないで済むだろうというのが寺子屋の師匠のご意見です」

八つぁん

「へえ、びっくりだね。俺は長屋じゅう冬には真っ暗になると思ったが、しかし寺子屋の師匠は人は悪くないが本当にたよりになるのかねえ、年中酒ばかりくらっているような人だぜ」

上州屋

「そこはぬかりはございません。寺子屋の師匠は信頼しておりますが、私どもとしても念には念をいれて、ほぼ同じ大きさのとなり町の備後屋さんの蔵で、冬にはどのくらい影がひろがるのか人をやってお聞きしております。その結果からみても長屋中暗がりになるなんてことはありませんで、せいぜい井戸まわりがどうかという程度でして、寺子屋の師匠のご意見はもっともだろうと判断しております」

ご隠居

「どうかね皆の衆、さきざきのことだからぴったりという訳にはいかないが、上州屋さんがやったように模型を作ったり、よく似た前例を調べればあたらずといえども遠からずということになりましょう。そりゃ日当たりは悪くなるが、上州屋さんのご商売に横車を押すほどのことではないということでしょう。それに屋根の形や蔵の場所も精一杯工夫してくれるようですし。ところで風通しはいかがでしょうかね」

上州屋

「はい、風通しにつきましてはこちらの長屋でいつも外で七輪で煮炊きしているお金さんにお聞きしましたら、長屋の風は西から東へ抜けるのがほとんどいうことでございました。私どもの蔵は東方に立つわけでしてご心配はご無用かと」

熊

「ちょっとまった。確かにお金ばあさんが言うなら風向きの件は間違いあるめえ、ただ風上をふさがなけりゃ大丈夫てのは納得いかねえ。抜ける先がでかい蔵でふさがれちゃあ、やっぱり風通しはわるくなるんじゃねえか」

上州屋

「はあ 確かに風の道ということを考えますとおっしゃるようなこともあるやも知れません。しかし浅草寺の本堂みたいな途方もなく大きな建物でも御座いませんし、屋根の上に空がひろがっているので御座いますからさほどのことはないのではないかと」

ご隠居

「上州屋さん、ちょっとこの隠居にも言わせて下さいな。「ないのではないか」だけでは皆さんも納得しないのではありますまいか。例えばせっかく日当たりの問題で模型まで作られたのだから、その模型にさんまでも焼いた煙を団扇であててみるとか、似たような例を探してみるとかなすったらどうかね。そりゃあ日当たりよりは風の方がむづかしいだろうが、ともかく参考にはなるでしょう。できるだけのことをやって分からなければ分からないでしょうがありませんが」

熊

「ご隠居、それはおかしいのじゃないか。わからなければしょうがないなんてことは納得がいかねえ、分かるまでは蔵を建てるのは止めるというのが環境アセスメントっていうもんじゃないかえ。もし建ててみて風通しが悪くなったらどうしてくれるんだ。奉行所にでも訴えたら蔵を壊してくれるのか」

ご隠居

「熊さんや、気持ちは分かるがそれは無茶というものではないか。先々のことが何から何まで見通せるものじゃないだろう。それは事によりけりで、確かに人が生きるの死ぬのというようなことなら、分かるまではやらないということもあるでしょう。だけど事柄によっては出来ることを全てやった上で分からないことは工事しながら注意していくということだってあるだろう。先々のことですから絶対確実というほうがおかしいので、分からないからダメとか、後ではずれたら奉行所に訴えるとかいうのはおかしいよ。環境アセスメントってのは皆で知恵をだしあって、分からないことは分からないなりに一番いい方法を探そうってことですから、人をお縄にしたり、何が何でも自分の好き勝手を押し通そうというのはいけません。ともかく上州屋さんにもう少し調べてもらってその上で改めて上州屋さんの存念を聞かせていただきましょう」

こんな調子で上州屋さんの最初の説明が進みます。この最初の説明が準備書というものでして、これについて長屋の衆だけでなく、ご隠居や寺子屋の師匠のような物知りの人や火消しの「め組」の頭や奉行所のような関係機関の意見も聞いた上で、いよいよ最後の環境影響評価書というものが出来上がります。