参加型アセスの手引き

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3.コミュニケーション・ギャップを埋める先進的な取組み

 コミュニケーションギャップを解消するため、どのような工夫があるのか、国内外の取組み事例を調べてみました。

(1)アセスにおける先進的事例から

 [1]最近のアセスの事例にみる試み

 いくつかの事例において、事業者の立場から住民等とのコミュニケーションを積極的に図ろうとする試みがみられます。例えば、愛知万博のアセス(Ⅲ資料編3(1) 参照)では、特徴的な試みがみられます。

 ○事業者が、定められた手続の他、インターネットで方法書に対して出された住民等の意見とそれへの見解を準備書の公告・縦覧の前に公開した。

 ○修正評価書を出す前に、追跡調査の状況や変更点などを『検討状況報告書』として公開し、意見を募集するなど、自主的かつ臨機応変に取組み経緯を説明した。

 ○説明会以外にも住民等との直接対話の取組みを展開した。

 ○見解の示す際に、調査・予測に限界がある場合はそのことを率直に明記するなど、事業者としての判断を誠実に説明しようとした。

 ○事業者側の調査の過程に、住民参加型の調査手法(ホタルの生息調査や里山の保全措置に関する調査など)を採用した。

 これらは、コミュニケーションに対する事業者の基本姿勢やノウハウとして参考になります。

 また、住民等の側も質の高い意見によって、事業者の真摯な見解や積極的な環境保全対策を引き出していることが伺えました。他の事例(Ⅲ資料編3(2) 参照)でも、住民等が、アセス以前からの日常的な環境調査活動に基づく意見づくりや、専門家の協力を得て方法書や準備書を読み込むなどの努力があり、地方公共団体の審査会にも影響を与え、環境保全協定という形で対策に反映されています。

 

[2]アセスにおけるコミュニケーションに関わる実践や研究

 流域住民と事業者との協働による環境監視を続けている「矢作川方式」はアセスにかかわる先進事例としても知られています(Ⅲ資料編4(2) 参照)。これは、「住民と事業者」「自然と人」の対話を助ける役割を専門家が担っていることや、持続可能な地域づくりに向けた環境管理などの点で今日に多くの示唆を与えています。

 自然保護団体からは、フィールド活動の実績を踏まえ、「人と自然の豊かなふれあい」の評価項目について、従来型のデータ収集とは違った、地域住民からの詳細な聞き取りを含む調査手法が提案されています(Ⅲ資料編4(1) 参照)。

 研究分野では、IAIA(国際影響評価学会)日本支部が第三者として評価書の評釈を行い、公開しています。これは、次の類似事例への反映を目的とするもので、調査・予測・評価の技術的な側面だけではなく、方法書・準備書に対する住民等の意見形成の観点からも評釈しています。また、豊富な事例研究に基づいて、事業者に対してはアセスの設計を支援し、住民等にも対して効果的な関与を支援するツール(環境影響評価設計支援ソフト「アセス助っ人」(島津康男著))などが開発されています。事業者が住民等の関心に応える方向で作業がすすめやすいように工夫がされています。

 

[3]カナダのアセスにおける住民参加計画

 カナダ環境アセスメント庁では、住民参加の取組みを促す1984年の通達後、約10年間に蓄積された豊富な実践例に基づいて、『住民参加マニュアル』を住民参加計画の立案・実施責任者を対象に発行しています。アセスの実施に際して、早い段階から、さまざまな手段を使って住民参加を計画的にすすめていくことの意義や手順、参考となる手法などを紹介しています。このように作成された住民参加計画は公表されて、それが第三者によって審査されます。

 

(2)他分野におけるコミュニケーションの先進事例・手法から

 コミュニケーションの改善という観点からは、アセス以外の分野における先進事例や手法も参考になります。

[1]地域づくりにおける住民参加とその手法

 開発事業についてのコミュニケーションを考える上で、開発事業の意思決定そのものにおける住民参加などの動向を無視できません。近年の特徴は、参加型行政(PI(注))のようにその主体が行政の側にあるとしても、主権者としての住民等の自主的・自発的な参加を促す方向性にあり、住民参加の形態は深化しつつあるといえます。

 アセスに対して示唆を与えている事例として、道路事業の計画段階で複数案(道路を建設しないいいわゆる「ゼロ案」を含む)を環境影響の比較結果を添えて住民ワークショップにおいて検討した事例(横浜市青葉区)、事業者と住民団体が公害紛争調停に基づき協働型の環境調査を実施している事例(神戸市須磨区)などがあります。後者では、大気汚染調査を事業者と住民団体が分担したり、事業者による測定や検査の現場に住民団体が立ち合ったりなど、相互理解と監視の工夫がなされています(Ⅲ資料編3(3) 参照)。

 地域づくり分野で広く採用されているワークショップ方式(表2)は、住民等の自主性・自発性を引き出しながら、行政・専門家などの関係者が平易な言語を使いながら一緒に作業を行い、共通の認識と合意を積み重ねていく手法です。これらは環境保全活動の分野での広く活用されています。また、開発援助において標準的な計画手法であるPCMワークショップ(Ⅲ資料編4(4) 参照)は、プロジェクトの戦略段階からデザイン段階に至る展開が用意されており、アセスにおいて、事業の利害者の分析や具体的な対策案を検討する上で活用しうるものと考えられます。

 とりわけ、これらワークショップにおいては、議論を容易にし、参加者の声を引き出す役割を担うスタッフ(ファシリテーターやモデレーター(注)などといわれいてます)の役割が重要であることが指摘されています。

 

注)ファシリテーター(Facilitator)とモデレーター(Moderator)

 双方とも「司会者・進行役」などの意味に使われるが、ファシリテーターは「円滑な進行を図る役目の人。議論を容易にする人」という内容が求められ、地域づくりや環境学習分野などでよく使われる用語。モデレーター(直訳では「調停者」「調節器」など)は、PCMの分野で主に使われ、「PCM手法に精通し、中立の立場からワークショップにおける議論を整理・促進する人」と説明されている。

 

 表2 アセスに活用しうるワークショップ手法の例

住民参加型環境調査

身のまわりの生活環境、大気環境、騒音・音環境、悪臭・かおり環境、生物多様性、歴史・文化環境やまちなみなど、幅広い環境項目で簡易な調査手法が実践されている。これらの調査結果を地図上に整理し、わかりやすくまとめたものが「環境診断マップ」となる。

PCMワークショップ

4つの分析段階(参加者分析、問題分析、目的分析、プロジェクト選択)と2つの立案段階(PDM、活動計画)の6ステップがあり、選択的な活用もできる。平易な言葉で記されたカードを使った作業なので関係者の公平な参加が可能。(PDM:Project Design Matrix、事業概要表)

住民投票ゲーム

複数の代替案に点数を付けて、他人の意見に学びながら、身近な問題からはじめて、計画レベル、政策レベルの抽象的な問題についての重要度を評価し、参加者間で確認しあう。対策の優先順位を検討し、参加者の認識の違いや一致点を確認しあったりするのに有効。

コンセンサス会議

科学技術に関する特定テーマについて、専門家ではない一般公募の市民パネリストが、公開の場で、さまざまな専門家による説明を聞き、質疑応答を経て、市民パネリスト同士で議論を行い、その合意をとりまとめて、広く公表する。市民意見の集約に有効と考えられている。

 

注)PI(Public Involvement:パブリック・インボルブメント)

訳語は「公衆の巻き込み」。さまざまな関係者に対して計画の当初から情報を提供し、意見をフィードバックして計画内容を改善、合意形成をすすめる手法。

 

[2]専門的なテーマでのコミュニケーションの努力

 アセスのように一般にはなじみにくい科学技術の専門用語を多用する分野では、コミュニケーションに特段の配慮が必要です。

 化学物質などの危険性のあるものを管理する分野では、行政・事業者・住民等の各主体が、「被害のでる可能性(リスク)」に関する情報や意見などの交換を通じて、認識の深化、信頼・納得感の醸成、意思決定を行うリスク・コミュニケーションの過程を重視しています。その際、「誤解」として例示されている事項(学者は客観的にリスクを判断している、一般市民は科学的なリスクを理解できない、詳しく説明すれば理解や合意が得られるなど)は、アセスでの住民等とのコミュニケーションにも示唆を与えています。

 技術開発において社会的な影響の評価を行うテクノロジー・アセスメントの分野では、1985年以降、デンマークで実施されているコンセンサス会議の手法が注目され、近年は、欧米各国や日本にも取組みが広がっています(Ⅲ資料編4(4)[6] 参照)。これは、市民の視点からの合意形成過程を公開することで、議論を活性化させるとともに、科学的なテーマへの理解を深めると考えられています。日本では遺伝子治療などの問題で試行されています。

 企業の環境報告書(注)においては、「知りたい情報が欠けている、わかりにくい」などの読者の批判に応えて、環境NPOとの共同作業で作成する試みが注目されています。

注)企業の環境報告書

企業等の事業者が、環境保全に関する方針・目標・行動計画、環境マネジメント(環境管理システムや環境会計など)に関する状況および環境負荷の低減に向けた取組みなどについて取りまとめ、冊子あるいはホームページにより一般に公開するもの。  

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