コミュニケーションとは、社会生活を営む人間の間に行われる思考等の伝達を意味する言葉ですが、環境保全を図る上でもキーワードの一つとなっています。平成12(2000)年に閣議決定された第2次環境基本計画においても、化学物質のリスク・コミュニケーションの推進、企業の環境経営における環境コミュニケーションの促進などが盛り込まれています。
「環境コミュニケーション」は、比較的新しい言葉ですが、持続可能な社会の構築に向けて、個人、行政、企業、民間非営利団体といった各主体間の連携・協働を確立するために、環境負荷や環境保全活動などに関する情報を一方的に提供するだけでなく、利害関係者の意見を聴き、討議することにより、互いの理解と納得を深めていくことです。環境コミュニケーションの効果として、各主体の環境意識が向上し、自主的取組が促進されること、主体間の相互理解の深化・信頼関係の向上が図られること、さらにパートナーシップの形成による環境保全活動への参画へと発展していくこと、が期待されています。
アセスにおいても、円滑で質の高いコミュニケーションにより、このような効果が期待されます。
ここで、円滑で質の高いコミュニケーションとは、
[1]各主体が主体的・積極的に情報の伝達・交流に「参加」し、
[2]各主体の関心に沿って的確で十分な質・量をもった情報が双方向にやりとりされる「対話」により、
[3]双方の相互理解が進むだけでなく、対話による新たな発見、気付きが生まれ、
[4]よりよい行動に結びつくものであること。
[5]さらに、対話により醸成された信頼関係が将来の連携協力の基礎となるものであること。
と考えています。
このような観点から、アセスにおけるコミュニケーションの現状を点検してみましょう。
閣議アセスの評価書(調査は、閲覧が可能であった314件を対象とした。)の記載内容や法アセスの実施状況などにより現状を調べた結果、次のような問題点が生じる傾向があることが明らかになりました。(Ⅲ資料編2 参照)
[1]コミュニケーションに参加する意識や取組みが不十分
閣議アセスの評価書において、住民意見聴取手続きの実施状況についての記載があるものは7件(2.2%)、説明会の開催状況の記載があるものは60件(20.4%)、開催しなかった場合に他の周知方法の記載があるものは0件でした。事業者がどのようにコミュニケーションを図ったかという観点から経過を記録に残しておくことの有用性を考えれば、このように記載がないこと自体に事業者のコミュニケーション軽視の姿勢が現れているとも考えられます。アセス法後もその傾向に変化は見られませんでした。
他方、住民の側でも、意見提出が0件という案件が123件(39.1%)あったように、せっかくのコミュニケーションの機会を効果的に活用していないことが少なくないこともわかりました。その原因には、閣議アセスでは、意見を出すことのできる者の範囲が地域住民に限定されていたこともありますが、アセス手続き自体、あるいはアセス案件となっていることが知られていない、環境問題への関心が薄いなどの原因も考えられます。
[2]事業者による情報提供のわかりにくさ、入手しにくさ
アセスでは、住民等は、短い縦覧期間中に、だいぶ紙数があり、かつ専門用語の多い準備書等を読み込み、チェックしなければなりませんが、一般の人間には難解なものとなりがちです。住民等としては、「住民等の関心に沿って、分かる言葉で語られていない」とった不満や、「公告縦覧を知ったときにはすでに意見募集期限を過ぎていた」「詳しく読みたいと思っても、貸出が許されない、コピー経費が高くて、なかなか入手できない」など、情報へのアクセス、入手しやすさが十分に保障されていないという不満が聞かれます。このため、住民等の蓄積している環境情報が、効果的に引き出されていないことも少なくないと考えられます。
[3]一方通行になりがちなやりとり
アセスにおけるコミュニケーションは、事業者と住民等の間にさまざまなすれちがい(ギャップ)があり、互いに一方通行的なやりとりに終始し、対話にならない場合が少なくありません。
例えば、アセスで開催が義務付けられている説明会は、直接事業者と住民等が直接コミュニケーションをとることができる機会ですが、住民等からは「文書のやりとりを口頭で行っているだけ」「画一的、形式的で、やり方に工夫がない」という声が聞かれます。また、事業者から示されている情報や見解がわかりにくい、関心事に応えていないという指摘もかねてよりありました。
最近のアセスでの評価書の記載から、住民等からの意見と事業者の見解のやりとりを調べてみると、すれちがいや説明不足と受けとめられかねない表現も少なくありません(表1)。
他方、住民等の意見についても、事業者の側から、「反対のための反対で環境保全対策に結びつかない」「署名用紙のように画一的」「重箱のすみをつつくようなもの」「方法書にも準備書にも同じような意見が出される」などの不満が聞かれます。
表1 方法書と準備書に対する意見と見解のやりとりの例(評価書の記載から整理)
手続き |
住民等の意見 |
事業者の見解 |
備 考 |
---|---|---|---|
方法書 |
草地、池、湿地についても綿密な植物層と分布調査を要望する |
草地、池、湿地についても綿密な植物層と分布調査を行っている |
オウム返しで、具体的な内容を示していないのではないか。 |
現状でも環境基準をオーバーする値が出ている |
本事業が与える影響は少ない |
最初から影響なしと決め付けているのではないか。 | |
なぜ住民等が審査に加わったり、調査に参加できないのか説明がほしい |
市広報で図書の閲覧及び説明会の開催を全市的に周知した |
規定のやり方で足りるとしているのではないか。 | |
準備書 |
近隣住民等にとって自然を感じる重要な場 |
「人と自然の触れ合い活動の場」に該当するものは存在しない |
住民の価値基準を頭から否定しているのではないか。 |
将来の流入負荷量が現状の約2/3に削減しているのは不自然 |
関係する自治体がそれぞれに設定した将来の負荷量をもとに用いた |
他の計画を根拠に影響を低く見積もっているのではないか。 | |
工事中車両の影響について予測評価していない |
交通量全体に占める割合が低く期間が限られているため行わなかった |
住民の心配に応えていないのではないか。 | |
人工磯を過大評価すべきでない |
環境保全対策と位置づけている |
根拠を示さずに代替案としているのではないか。 | |
単一の予測結果しかなく、住民等にとっての判断材料が示されていない |
可能な限り科学的手法を用いて予測し、評価し、対策を明らかにした |
代替案の検討経緯などを具体的に示していないのではないか。 | |
景観の評価は住民等参加でおこなうべき |
準備書の縦覧で市民参加はできている |
規定のやり方で足りるとしているのではないか。 |
[4]地域に即した情報、論点発見の努力の不足
事業者としては、地域独自の情報や住民等の関心事を把握する上で、地元の文献を活用することや地域関係者に聞き取りをすることなどは重要な取組みです。閣議アセスの評価書を調査したところ、市民団体や地元の自然愛好会などの文献を引用しているものは33件(10.5%)、地元関係者に聞き取りを行っているものは84件(26.8%)にとどまっています。準備書等への意見聴取以外でも、聞き取り等により、地域情報の収集方法の多様性を図り、地域に即した的確な情報、論点を引き出すことは、重要なコミュニケーションの一つと考えます。
[5]評価書への反映、アセス後の信頼関係
評価書からだけでは実態は分かりませんが、事業者として、アセスにおけるコミュニケーションの結果をどのように総括しているのか、そのような説明は見られませんでした。また、住民等の側も、準備書にはかなりの閲覧者があったにもかかわらず、評価書の縦覧は少ないという例が多く、手続きを終えてしまうと、住民等の側の関心も低くなる傾向にあることが伺えます。
アセスでの検討が評価書にどのように反映されているか、事業の実施段階でどのように担保されるのか、事業者には説明責任が、住民等には監視の役割が求められているといえるのではないでしょうか。その意味からも、現状では縦覧が義務付けられていない事後調査報告書についても、事業者より積極的に情報が開示され、住民等からも点検があり、事業に対する信頼関係を構築することは重要な観点といえます。