ここでは、最近のアセスの事例から、事業者と住民等とのコミュニケーションの取組みに限って、その特徴をヒアリングなどから調べたものの概要を紹介します。
[1]概要
2005年日本国際博覧会(事業者:財団法人2005年日本万国博覧会協会)の当初の計画は、愛知県瀬戸市南東部(海上地区)の約540haを会場に185日間、約2,500万人の入場者を想定していました。この環境影響評価(以下、万博アセス)は、次の4つの基本的考え方から実施計画書(法アセスの方法書にあたる)が作成されたと説明されています。
[1] 環境影響評価法の趣旨を先取りする新しい環境影響評価のモデルを示す
[2] 博覧会の「人と自然の共生」という理念の実現に資する環境影響評価をめざす
[3] 博覧会会場計画策定と連動した環境影響評価法を導入する
[4] 長期的地域整備事業に係る環境影響評価との連携を図る
1998年4月に実施計画書が公告され、説明会(2回)と住民意見の募集(提出474件)などが行なわれた後、調査・予測・評価が実施されました。翌1999年2月に準備書が公告され、説明会(3回)と住民意見の募集(提出271件)などの後、評価書がまとめられ、環境庁長官意見を経て、所管である通産大臣意見が2000年1月に出されました。2001年3月現在、修正評価書のとりまとめに向けて追加調査が実施されていますが、2000年10月に『検討状況報告書』が事業者より公開され、それに対する意見の募集が行なわれました。
【意見と見解を適宜開示】
アセスでは通常、評価書が出されるまで、方法書および準備書に対する住民等の意見と事業者の見解が明らかになりません。しかし、万博アセスでは、準備書の公告に先立って実施計画書への意見と見解が、準備書の意見募集の終了から約1ヶ月後に当該意見と見解が、事業者の公式ホームページ上に公開されています。同様に、準備書の説明会についても、その概要(会場や参加者数、事業者側出席者など)と議事概要が公開されています。また、アセス法では方法書段階での説明会の開催を義務付けてはいませんが、万博アセスでは2回開催しています。
【取組み経緯を説明】
さらに、会場計画の相次ぐ変更などを背景に、『検討状況報告書』が、評価書と修正評価書の中間段階に位置するものとして公開され、意見募集が行われました。これも前例のない取組みです。しかし、同報告書は、新たに会場となった青少年公園会場に関しては、アセスが方法書と準備書の両方の段階を記載しているという問題点もあります。
【住民等の意見に対する見解の示し方】
見解の示し方にも、表1(7頁)のようなパターンとは違って、なるべく個別に、意見への対応が述べられています(表30)。
【情報の積極的な開示と活用】
実施計画書や準備書は、原則上は貸し出しながら、配布にも十分な程度の冊数が用意されました。また、準備書は、会場予定地を示した透明シールが添付され、尺寸が統一された地図情報を海上計画との関係で理解しやすいようにしています。さらに、アセスを通じて収集されたデータを環境学習などに役立ててもらうと、海上地区のRDB(レッドデーターブックス)に掲載されている生き物を紹介したCD-ROM図鑑を大人向けと子ども向けに発行しています。
表30 見解の記載パターン
手続き |
見解の記載例 |
備 考 |
実施計画書への意見 |
ご指摘の趣旨を踏まえ準備書作成に反映しました。 |
「指摘を反映し」と説明されている。 |
ご指摘の事項との関係において、○○の検討を行いた。 | ||
ご指摘の点については、類似事例や学識経験者の意見等を踏まえて、○○などの必要な対策や配慮を行ってまいります。 | ||
(「環境診断マップ等、市民の体験情報を調査・評価項目に加えるべき」との意見に対し)現地調査(ご指摘の点も踏まえたアンケート調査等)により、利用状況・特性把握を行いました。 | ||
計画の熟度が今後高まった段階で追跡調査の中で○○のモニタリングを行なっていきます。 |
追跡調査の中で扱うと言及。 | |
本環境影響評価の対象としておりません。なお、既存の調査により○○が実施されており、その結果○○となっています。 |
対象項目外だが、既存調査で知り得ることを紹介。 | |
なお、ご要望の点は愛知県にもお伝えしました。 |
聞きっぱなしにしていない。 | |
準備書への意見 |
なお、希少種の確認位置の詳細情報等、データ保護に配慮すべき資料等の閲覧方法等について検討してまいります。 → その後CD-ROM版作成へ |
方法書段階では非公開の見解であった。 |
必要に応じて追跡調査において実施することとしている。(上記に加えて)調査を実施しその結果を評価書に記載しています。 |
意見を踏まえて追加調査を行い、評価書にその結果を記載。 | |
準備書において一部誤りがあったので、評価書においては表現を修正しました。 |
誤りを率直に認めている。 | |
ご指摘の通り、○○のデータに誤りがありました。評価書では差し替えさせていただきました。 | ||
本調査のみでは明確な関連性を立証するまでには至っておりませんので、評価書においては表現を修正しました。 |
限界を明らかにしている。 | |
効果の不確実性もあり追跡調査を実施していくこととしています。 | ||
(上記の見解に加え) |
準備書段階での見解に 補足している。 |
[3]調査過程での住民等の関与
【自然とのふれあいに関する住民等への聞き取り調査】
会場予定地の住民等と自然とのふれあいの状況について、住民等に対する聞き取り調査が実施されました。これは、会場予定地である海上の森を日頃から利用している人たちから情報を収集し、自然との触れ合いに関する住民等の価値がどのような構造となっているかを知るためのものです。調査は、万博に反対している自然観察会のグループなどに委託され、SD法やマッピング調査により情報が整理されました。これらの調査結果は、アルバイト調査員による調査結果と比較検討されました。
一方、自然保護団体からは、人工的なレクリエーション施設での諸活動を「人と自然との触れ合い」ととらえていること、景観が視覚的な眺望空間に限定され生態系を含むランドスケープの概念が含まれていないことなどの基本的な考え方や、アンケートの設計方法などの具体的な問題を指摘する意見もありました。
【住民等によるゲンジボタルの生息調査への支援・協力】
上記の住民等への聞き取り調査から、当地ではゲンジボタルが地域のシンボル的な生き物であるとの情報を得て、会場下流域での生息調査を実施。その際、専門家の調査と併行して、住民等による調査に支援・協力する手法を導入しました。そのために、調査方法やデータの解釈について専門家が指導を行っています。これは、たんにデータを広範に入手するということにとどまらず、万博終了後も視野に入れた、住民等による事後監視の担い手を育てていくことが念頭に置かれている点が特徴的です。
【里地環境の保全措置に関する調査での住民等との連携】
里地環境を保全するには人為的関与(管理)が必要としますが、どのくらいの関与が保全措置として必要になるかはその場によって違います。そこで、今までどのように関与してきたかを調べることを通じて保全措置を検討することとなりました。
そこで、通い農業を営んでいる住民等と、農業体験を希望する都市住民のグループとの連携により、水田耕作を実施し、生き物環境をモニタリングしました。この調査も、単にデータを収集するためではなく、万博終了後も持続して里地環境を保全していくための参加システムを構築することが念頭にあり、そのことが環境保全としての実現可能性を担保するものと考えられています。しかし、地域社会の抱える諸事情もあり、こうした取組みが持続する担保は必ずしも確かなものとは言えず、今後に課題が残されています。
[4]万博検討会議について
評価書のとりまとめの翌年、平成12年4月には、事業者、行政、専門家に加えて、環境NGOや住民団体が円卓会議方式で参加する「万博検討会議」が設置され、会場計画の変更が議論されました。検討会議の内容は公開され、インターネット中継も行われ、住民団体やNGO側委員の選任方法や会議の運営方法も従来にない手法が注目されました。一方、委員には当事者である事業者と元の計画の策定に係ったメンバーも含まれており、より徹底した第三者チェックの機能の必要性を指摘する声もあります。いずれにしても、検討会議は、意思決定への住民参加を考える上で貴重な試みとなっています。
※参考文献:島津康男「意思決定論からみた21世紀への伝言」(『環境情報科学』29-4 2000)
[1]概要
A発電所の建設に係るアセスの手続きは、閣議アセスから法アセスへの移行段階のものです。これは、大手鉄鋼会社である事業者が、A市の臨海部に発電出力140万kW(70万kW×2機)の石炭火力発電所を建設する事業で、IPP(卸電力事業)として実施されるものです。アセスに係る調査を実施している過程で、アセス法が制定され、A市の条例も制定されたことから、評価書案段階から新しい制度に則り手続きが進められました。
[2]住民団体等における取組み
同発電所計画に反対していた市民団体は、独自に学者・専門家グループを組織し、準備書に対する意見書を作成し、事業者や県及びA市とB市の審査会委員に送付しました。意見書の内容には審議会委員からも問合せがあるなど、反響が大きかったと関係者はふりかえっています。市民団体は、A市の公聴会への陳述も応募しましたが、市は「公聴会の公述人は市内の住民か法人格を有するものに限られる」と受け付けなかったことに不満を表明しています。
また、別の住民団体は、1年半にわたって蓄積してきた早朝の逆転層による大気汚染の写真撮影記録や大気汚染簡易測定(区内をメッシュ調査)などの自主環境調査結果などを使いながら、説明会や公聴会で意見を発表し、意見書を作成しました。写真撮影資料は、評価書には文言のみでしたが、審査会資料にはコピーが添付されました。
[3]環境保全協定
A市は、審査会や公聴会での住民意見、市民団体からの指摘などを踏まえて、発電所からの年間排出量を評価書に明記するように市長の意見を出しました。事業者はこれに応じるとともに、A市との環境保全協定を締結し、年間排出量に関する取り決めを交わしました。
市民団体などは、アセスの終了後も環境調査活動を続けるとともに、環境保全協定の取組みを監視しながら、住民がこれに関与することを提案しています。
[1]概要
この道路事業はアセスの対象外ですが、公害紛争調停制度という第三者による調停とそれに基づく住民と事業者の直接対話により協働型の環境調査が始動しました。
環境調査の対象となっているのは、神戸市須磨区において阪神淡路大震災後の復興計画として事業決定されている須磨多聞線、中央幹線、千森線の3街路(総延長1850m、最大幅36m)。そのうちの須磨多聞線は4車線の高架部を伴っています。
地元6自治会や住民団体は、震災時における事業化決定に係る経過の非民主性を指摘するとともに、道路計画の予定地域内の常設観測局におけるSPM(浮遊粒子状物質)濃度が神戸市内の測定局では最も高いことなどから、事業が公害を悪化させるものであると反対し、学習会や住民アセスなどを取組みました。数年間の膠着状態が続く中で、住民団体は県に対して公害紛争調停を申し立て、全住民の15%に相当する3,747人が申請人となりました。当初、調停は平行線をたどりましたが、調停委員の働きかけにより、環境現況調査での接点が見出され、話し合いが進展し、基本合意が成立しました。これに基づき、市と調停団が直接交渉を重ね、市と住民団体の協働方式で調査が実施されることになりました(平成13年4月開始)。
[2]協働型環境調査の実施方法
調査は、大気環境(NO2とSPM等)の現況調査を年4回行うもので、道路計画地の周囲約130ha内を200mメッシュにして、計75ヶ所に測定カプセルを24時間設置して大気汚染濃度を調べます。75ヶ所のうち、70ヶ所は簡易法(TEA法)によるもので住民が定められた手続きにより設置・回収し、5ヶ所は公定法(NO2の場合、環境庁告示による「ザルツマン試薬を用いる収光光度法またはオゾンを用いる化学発光法」)により市が設置します。住民団体は、カプセルの設置のみならず、その検品や市の委託業者の分析室への立合いなどを行っています。また、市と業者の契約内容についても情報公開条例に基づいて開示を求めました。
[3]その他の動向
市と住民の協働環境調査が実現する中で、道路事業者である市担当者と住民団体の間に一定の信頼関係が生まれました。その中で、係争中の3路線のうち中央幹線について、幅員を変更せずに車道を4車線から2車線に削減し、住民団体がかねてから代替案として提起していた「人と自然がふれあう公園型道路」とすることで市と自治会の間に合意が成立しました。そして、その道路設計は、自治会指名のNPO(あおぞら財団)のコーディネートにより、協働型で進められることになりました。設計段階での住民参加の道路づくり事例として注目されています。
西須磨都市計画道路公害紛争調停団情報誌「調停団ニュース」(2001.3.1)より(抜粋)
【NO2簡易測定実施要領についての「覚書」(2000年12月18日)】
(前文)神戸市と西須磨都市計画道路公害紛争調停団(以下調停団という)は、神戸市須磨区西須磨地域の大気環境現況調査における二酸化窒素簡易測定(以下簡易測定という)の実施に関し、下記のとおりの覚書を作成した。
1. 簡易測定の実施日時
簡易測定は、春夏秋冬の各季一日とし、原則として次の日時に実施することとする(略)。
2. 簡易測定におけるカプセル設置箇所
簡易測定におけるカプセル設置箇所は、別冊調査箇所図のとおりとする。
3.調査説明会の開催
神戸市と調停団は、共同して、各季測定の前に、調査協力者に対して測定方法、作業内容などについての詳細説明を行う説明会を開催する。
4. 測定カプセルの作成
簡易測定に使用するカプセルは天谷式カプセル(第六世代)とし、カプセルの作成は神戸市において行い、調停団は必要に応じて立ち会うことができるものとする。なお、測定カプセルは三個のカプセルを並列に並べて一組とし、カプセル番号をカプセルに記入することとする。
5. カプセルの配布(略)
6. 測定カプセルの設置(略)
7. 測定カプセルの回収(略)
8. 分析作業等
神戸市は、吸光度分析による分析作業を行い、調停団は必要に応じて立ち会うことができるものとする。なお、分析結果については、神戸市と調停団で確認する。
以上
【第8回期日(2001年1月22日)における大気質に関する現況調査公式合意確認】
1.調査の目的
本件地域全体の現在の環境の状況を把握するとともに、今後の手続きにおいて、本件都市計画道路に係る環境影響評価を実施する際の基礎資料として活用するための調査を行う。
2. 調査項目
(1)公定法 [1]二酸化硫黄、[2]窒素酸化物、[3]一酸化炭素、[4]光化学オキシダント、[5]浮遊粒子状物質、[6]風向・風速
(2)簡易法 二酸化窒素
3.調査方法
(1)公定法 各項目とも、被申請人平成10年11月20日付意見書記載のとおりとする。
(2)簡易法 トリエタノールアミン(TEA)法(NO2カプセル法)による測定を行う。
4.調査箇所
(1)公定法 以下の五箇所とする([1]~[5]略)
(2)簡易法 [1]~[5]地点を含め、西須磨地域をメッシュに区切って行う。
5.調査期間(略)
6.調査結果の公表
データとして取りまとめられた時点で、公表する。
7.調査後の手続き
本件都市計画道路が、本件地域の環境に及ぼす影響を調査するための手法等についての協議を始めることとする。また、本調査の結果によっては、現状の公害対策について検討する。
以上