4 保全措置の立案手法
4.1 早期配慮の重要性
一般的に事業計画の進捗に伴い、事業計画の変更が可能な程度は徐々に小さくなることから、環境保全措置のうち立地・配置あるいは規模・構造レベルにおける回避措置など計画変更の程度が大きくなる可能性のある措置については、できる限り事業計画の早い段階で検討する必要がある。
特に景観項目では、景観区のまとまりを残す、又は眺望点と眺望対象の相互の関係を保つといった事業の立地・配置あるいは規模・構造に関わる環境保全のための措置が最も重要である。したがって、事業における改変地と保全の対象となる場とのおおよその位置関係などは、基本構想段階や基本計画段階までに把握し、その段階から環境保全措置を念頭に置いた環境配慮の検討を始めておく必要がある。
その際、こうした景観に関する情報は、現場での確認や関係者へのヒアリングなどによる実態把握のための調査を必要とする場合があることから、事前に相当の時間や関係者からの情報収集を必要とするケースが多いことに留意が必要である。
4. 2 保全方針の設定
1) 保全方針設定の考え方
保全方針の設定にあたっては、まず、スコーピングおよび調査・予測のそれぞれの段階で把握される以下の情報を取りまとめ、環境保全措置立案の観点を明らかにする。
・ 環境保全の基本的考え方(スコーピング段階における検討の経緯を含む)
・ 事業特性(立地・配置、規模・構造、影響要因など)
・ 地域特性(景観:眺望景観・囲繞景観の状態と価値の認識)
・
地域の環境基本計画や環境配慮指針などに景観の保全に関連する目標や指針が示されている場合には、それらとの整合性(ただし、景観に関しては、環境基準のような特段の基準が定められている場合は少ない。)
・ 方法書や準備書の手続きで寄せられた意見
・ 影響予測結果 など
これらを踏まえ、回避または低減措置あるいは代償措置をどのようにおこなうかを十分に検討し、保全方針を設定する必要がある。
保全方針の設定においては、景観ではどの眺望景観や囲繞景観のどの価値への影響を回避または低減もしくは代償するための措置であるのか、環境保全措置の対象を明確にする。
なお、影響予測は事業の各段階において想定される様々な影響要因と影響の内容に応じて実施されることから、環境保全措置もこれらの影響要因と影響の内容に対応して検討されることとなる。(景観に対して一般的に想定される影響要因と影響の内容は、【Ⅲ-10】に示したとおりである。)
「存在・供用」に伴う景観への影響については、各主務省令においても全ての対象事業において標準項目として設定されているが、「工事」に伴う景観への影響については標準項目には挙げられていない。したがって、検討が必要になる環境保全措置の範囲としては、景観については一般的には「存在・供用」による影響の回避または低減もしくは代償措置の検討が中心となる。
しかしながら、標準外項目である場合においても、眺望に影響を及ぼすおそれのある仮設工作物が出現する場合や工事期間が長期に及ぶ場合などにおいては、工事中の影響についても環境影響評価項目として取りあげ、環境保全措置の検討をおこなう必要がある。
環境保全措置の対象が決まったら、次に、その環境保全措置の対象への影響を完全に回避するのか、最小限の影響にとどめるのかという環境保全措置の目標を設定する。環境保全措置の目標の設定は、環境保全措置の対象の重要度、影響の内容や程度、保全技術の実行可能性などを踏まえておこなう。
なお、事業の実施に合わせて、当該地域の環境をより良くすることが可能と考えられる場合(例えば、新たな眺望点の創出、より快適な囲繞景観の創出など)には、そのような措置の実施についても検討されることが望ましい。
2)環境保全措置の対象
(1)環境保全措置の対象の明確化
環境保全措置の対象は、1)に示した様々な情報を基に、他の環境要素に関する環境保全措置の立案状況や評価結果なども考慮して、影響が予測される項目の中から選定する。
景観では状態の変化が予測された、眺望景観及び囲繞景観に対する普遍価値および固有価値の中から、具体的な眺望点からの眺望や景観区などを環境保全措置の対象として選定することとなる。
環境保全措置の対象の選定にあたっては、環境保全措置を実施する空間的な範囲や時間的な範囲について、十分に検討する必要がある。なお、環境保全措置が必要でないと判断された場合には、その理由を予測結果などに基づき、できる限り客観的に示す必要がある。
(2)環境保全措置の対象選定の留意点
「景観」では視覚を通じて人間に与えられる認識によって把握される価値への重大な影響を回避または低減もしくは代償するための措置を立案することとが目的となる。
景観項目においては、人間に与えられる価値認識を、普遍価値と固有価値という2つの価値軸に区分した上で、重要な認識項目や代表的指標を調査によって明らかにし、代表的指標の事業の実施に伴う変化を予測する手法を示したが、環境保全措置はこうした調査・予測の結果を踏まえ、代表的指標の変化を読み取って、対象とした景観への影響を回避または低減もしくは代償する措置を立案することとなる。
また、想定される影響についても、「景観」では従来からおこなわれてきた眺望景観の変化のみならず事業実施区域および周辺の身のまわりの景観である囲繞景観の変化も事業による影響としてとらえることとした。
そのため、「景観」では眺望景観および囲繞景観の変化を回避または低減もしくは代償する措置の検討がそれぞれ必要となる。
したがって、従来の環境影響評価における環境保全措置に比べ、今後は相当幅広い対象についての検討が必要となる場合も想定されることから、事業計画の各段階における検討と環境影響評価における環境保全措置の検討が密接な連携のもとに進められることが重要となる。
3)環境保全措置の目標
(1)具体的な目標の設定
先に選定した環境保全措置の対象への影響を回避または低減するための措置の内容を検討する上で、具体的な目標の設定をおこなうことが重要である。
環境保全措置の目標の設定にあたっては、その効果や事後調査による効果の確認ができる具体的な目標として、環境保全措置の対象ごとに調査や予測結果を活用して、できるだけ数値などによる定量的な目標を設定することが望ましい。
また、環境保全措置の目標の妥当性は、国または地方公共団体が環境保全のために定めた計画や指針などとの整合性や、既存知見や研究例、環境保全措置の検討過程で得られたデータ(評価実験などの実施結果)などを用いて、できる限り客観的に示されることが望ましい。
景観に対する環境保全措置の目標の設定においては、環境保全措置の対象ごとに、着目する認識項目と指標を明らかにすることが重要である。
認識項目および指標は、予測された変化の大きさ、効果の確認や比較のしやすさ、客観的な判断基準や目安の存在、効果に関する既存知見の蓄積状況などを踏まえて選定することが望ましい。
環境保全措置の目標の設定にあたっては、景観の価値を保全する上で重要な以下の点に留意が必要である。
景観の保全に関しては、目立ち・分断・撹乱の最小化による調和性の確保、煩雑さを避けることによる統一性の確保、地域的な特性の継承による親近性の確保が重要である。
4. 3 環境保全措置の内容
1) 事業計画の段階に応じた環境保全措置の事例
事業計画の段階に応じた環境保全措置の事例を【Ⅲ-11】に示す。表に示したものが環境保全措置のすべてではないが、事業の立地・配置あるいは規模・構造、施設・設備・植栽、管理・運営、工事の実施といった事業計画の段階に応じて、それぞれ適切な環境保全措置の内容を検討することが必要である。
2) 代償措置の考え方
(1)代償措置の困難性
景観に関する代償措置を講じる場合には、その技術的困難さを十分に踏まえた検討が必要である。人と自然との関わり合いの上に成立している関係性や長い歴史や郷土の文化とともに育まれてきた価値を事業者が実行可能な人為的措置のみによって創出することは極めて困難な場合が多い。そのため、代償措置の効果に対する不確実性や代償達成までにかかる時間(消失と代償との時間差)、効果の成否に係る判断基準の不明確さなどを十分踏まえた検討が必要である。また、技術的困難さに留意しつつ、創出する環境要素の種類、内容、目標に達するまでの時間や管理体制について十分な検討をおこなうことが必要である。
代償措置により創出する環境要素の検討にあたっては、代償措置を実施する場所における現況の環境条件を考慮し、代償措置を講じることによって生じる環境影響についても把握する必要がある。
また、代償措置を実施する場合には、創出する環境要素の種類や代償措置を実施する場所によって、その効果が大きく異なることが多いことに留意が必要である。さらに、十分な検討をおこなったとしても、予測された効果が得られない可能性もある。
(2)代償措置の効果の検討
代償措置は、損なわれる環境と同種のものを影響の発生した場所の近くに創出することが望ましい。事業実施区域外で代償措置をおこなう場合には、事業により損なわれる環境、代償措置によって創出する環境および代償措置によって損なわれる環境の各々の価値を十分に検討し、最も効果的な方法、場所などを考える必要がある。また、代償措置の効果に確信が持てたとしても、景観の変化を継続的に把握しながら、その変化状況に応じた追加的な措置や管理をおこない、時間をかけて目標とする景観の創出を進めていくという順応的管理の考え方が重要である。
なお、代償措置を事業実施区域外でおこなう場合は、保全方針の設定段階で、当該代償措置の内容と、その地域で定められた環境基本計画や環境配慮指針などの環境保全施策および他の事業計画との整合を十分に図る必要がある。
(3)景観における代償措置の考え方
景観における代償措置としては、眺望景観では原則として眺望点そのものの代償もしくは眺望点の有する機能の代償といった措置に限定される。
これに対し、囲繞景観では影響を受ける景観区の有する価値の一部を代償するための様々な措置の立案が可能である。
4. 4 環境保全措置の妥当性の検証
1)環境保全措置の効果と影響の検討
環境保全措置の妥当性の検証は、措置の対象とした環境要素に関する回避または低減の効果とその他の環境要素に対する影響とを検討することによっておこなう。環境保全措置の採用の判断は妥当性の検証結果を示すことによっておこなわれる必要がある。
2)複数案の比較、より良い技術の取り入れの判断
環境保全措置の妥当性の検証は、早期段階からの検討の経緯も含め、複数案を比較検討することや、より良い技術が取り入れられているか否かの判断によりおこなう。
複数案の比較は、予測された環境影響に対し、複数の環境保全措置を検討した上でそれぞれ効果の予測をおこない、その結果を比較検討することにより、効果が適切かつ十分得られると判断された環境保全措置を採用するものである。環境保全措置の検討とその効果の予測は、最善の措置が講じられると判断されるまで、繰り返しおこなう。
より良い技術とは、高水準な環境保全を達成するのに最も効果的な技術群をいう。ここでいう技術とは、事業の計画、設計、建設、維持、操業、運用、管理、廃棄などに際して用いられた幅広い技術(ハード面のテクノロジー)、およびその運用管理など(ソフト面のテクニック)を指す。より良い技術が取り入れられているか否かの判断にあたっては、最新の研究成果や類似事例の参照、専門家による指導、必要に応じた予備的な試験の実施などにより、環境保全措置の効果をできる限り客観的に示す必要がある。
ただし、上記の検討において、採用することとした環境保全措置の効果が不確実であると判断された場合には、その不確実性の程度についても明らかにする必要がある。
3)より良い技術の取り入れ方
近年、自然の復元・回復のための取り組みやそれに関連する分野の研究成果など、様々な環境保全措置の事例が蓄積されつつある。中には、試行錯誤を繰り返しながらも、地域住民の協力のもとに復活した伝統的技術もある。このような情報にアンテナを張りながら、対象とする人と自然との触れ合いに対して適切な環境保全措置であると判断される技術については、より良い技術として積極的に取り組むことが重要である。
一方において、従来の事業では、環境保全措置がおこなわれていても事後調査がおこなわれなかったり、事後調査が実施された場合でもその結果の詳細が公表され、活用されることはほとんどなかった。そのため、どのような措置が保全技術として効果的であるのかに関する情報が乏しいのが現状である。今後は、公的機関による技術開発の調査研究はもちろん、事業者においても事後調査の結果を広く公表し、より良い技術に関する情報の蓄積とその解析を通じた技術の向上を図ることが望ましい。また、長期的にみた環境保全措置の効果に不確実性がある場合や技術面で立ち遅れている分野における取り組み、実験的な取り組みをおこなった場合や予備的な試験に関する情報は、早い段階で公開し、幅広い分野の専門家などからの意見をフィードバックすることが有効である。
既往事例や研究成果、専門家の意見などを環境保全措置に取り入れる場合には、限られた成果や意見だけでなく、広く情報や意見を収集する必要がある。専門家によっては、環境保全措置の効果に関する見解が異なることもあるが、多様な知見・意見を検討し、事後調査による検証結果を集積することで、より良い技術の獲得を目指すべきである。
人と自然との触れ合いに関する知見や環境保全措置の効果と影響を的確に評価できる技術は、まだまだ不十分である。今後の技術向上にあたっては、学際的調査研究、特に工学、生物学、社会・経済学、心理学などを融合させた調査研究が必要であり、公的機関などにおける実施が重要な緊急課題である。また、事業者においても、実施可能な範囲で環境保全措置に対する人の価値認識の変化などを実験的に調査し、より良い技術を取り入れるという積極的な対応が望まれる。
4)より良い技術導入上の留意点
景観に対する環境保全措置としてより良い技術を取り入れていくためには、まず巻末に示した景観に関する参考文献等にあたり、それらの中から、当該事業に適用可能な技術や類似の条件を抽出し、環境保全措置として採用した場合に期待できる効果を想定することが基本である。
また、専門家による指導を受ける場合には、調査や予測に関する詳細データを提示するだけでなく、できる限り当該専門家を現地に案内し、実際に現地で景観を確認してもらうことが重要である。
さらに、景観においては、計量心理学的手法等を用いた評価実験をおこなうことにより、価値認識の把握やその変化状況を予測することが可能であることから、このような手法を環境影響評価の調査や予測においても積極的に活用することにより、環境保全措置の効果に対する客観的裏付けを、具体的な実験データにより示していくことが望ましい。
5)他の環境要素への影響の確認
環境保全措置による他の環境要素への影響の確認は、他の環境要素に関する予測および環境保全措置の立案結果を参照することによっておこなう。
このような検討をおこなう際には、ある環境保全措置が、ある要素には良い効果をもたらすが、他の要素には悪影響となる場合もあるので、各環境要素間の関連性についても十分な検討をおこない、採用すべき環境保全措置を選択することが重要である。
6)不確かな環境保全措置の事後調査
以上の検討の結果によっては、残される環境影響に対し更なる環境保全措置の立案が必要となる場合もある。
なお、技術的に確立されておらず効果や影響にかかる知見が十分に得られていない環境保全措置を採用する場合には、慎重な検討が必要である。その際には、採用した環境保全措置の効果や影響を事後調査により確認しながら進めることが必要である。
4. 5 環境保全措置の実施案の選定
1)準備書・評価書に記載する環境保全措置の内容
準備書、評価書には、保全方針、環境保全措置の検討過程、最終的な環境保全措置の実施案を選定した理由について記載する。その際、環境保全措置の効果として措置を講じた場合と講じない場合の影響の程度に関する対比を明確にする。
採用した環境保全措置に関しては、それぞれ以下の点を一覧表などに整理し、環境保全措置の実施案として準備書、評価書においてできる限り具体的に記載する。
・
採用した環境保全措置の内容、実施期間、実施方法、実施主体など
・ 採用した環境保全措置の効果と不確実性の程度
・ 採用した環境保全措置の実施に伴い生じるおそれのある他の環境要素への影響
・ 採用した環境保全措置を講じるにもかかわらず存在する環境影響
・ 環境保全措置の効果を追跡し、管理する方法と責任体制