1 スコーピングの考え方
1) スコーピングの目的
スコーピングとは、事業者が、事業計画の概要、事前に把握した地域の特性及びそれらを踏まえて検討した今後行うべき環境影響評価の実施計画(項目及び手法)について記載した「方法書」を作成し、これを公告・縦覧して地方公共団体や環境保全の見地からの意見を有する者(以下「住民等」)の意見を聴き、適切な環境影響評価の項目及び手法の選定を行うとともに、早い段階からの環境配慮の検討などに生かすプロセスである(図Ⅰ-3-1参照)。
このプロセス導入の目的は,第一に環境影響評価の実施方法について多くの者の意見を聴くことによりメリハリの効いた適切な環境影響評価を実施すること、第二に環境影響評価への住民等の参加をできるだけ早め、早い段階からの環境配慮の検討などに生かすことである。つまり、マニュアルにとらわれた定型的・非効率な環境影響評価が行われることが多かった従来の環境影響評価を改め、個別の事案ごとの事業特性・地域特性に応じて適切な環境影響評価を創意工夫することがポイントである。また、従来の多くの場合、事業計画の内容がほぼ固まった段階で意見を聴く手続(準備書手続)が実施されていたため、環境影響評価の結果を計画の修正に反映させることが難しく、環境影響評価の実効性を失わせていた。この点を改め、事業計画の柔軟性がある早期の段階から環境影響評価への住民等の参加を可能とし、環境配慮の検討を事業計画に反映させていくためにも、スコーピングは重要である。
2) 方法書手続きの時期
住民等の参加を早めるには、方法書手続をできる限り早期に行う必要があり、実施時期が遅れると事業計画の柔軟性が減少する。一方、事業特性・地域特性に応じたメリハリの効いた適切な環境影響評価の実施計画を立案するためには、事業計画の熟度が上がって、その影響がある程度想定されることが望ましい。また、地域特性についても、ある程度事前調査を行って、それらのデータに基づいて方法書を作成することが必要になるために、あまり早い段階の方法書手続は難しい。
そこで環境影響評価法では、事業ごとの固有の事情を踏まえて方法書手続の時期と方法書の内容を決定できるような事業者に幅広い裁量を与えている。公告・縦覧された方法書の記載内容は準備書の決定事項になるのではなく、方法書手続で得られた意見や環境影響評価段階の調査・予測の実施によって入手したデータも踏まえて、準備書での柔軟な修正が可能なものとなっている。
3) スコーピングのメリット
事業者が地方公共団体や住民等の意見を聴くために作成するのが方法書である。地方公共団体や住民等は、この方法書によって事業者が実施しようとしている環境影響評価の項目、範囲、手法などに関して、調査・予測対象に漏れがないか、手法が適切かどうか確認し、より適切な項目・手法の選定がなされるよう意見を提出することができる。その結果、事業者は新たに有用な情報を得ることが可能となり、提出された意見を集約・検討することによって、適切な環境影響評価の実施に向けて早い段階で事業計画や環境影響評価の実施計画の方向修正ができ、事前に大幅な手戻り要因となる問題点を回避することができる。
従来の環境影響評価では、住民意見を聴く機会は準備書手続に限られていたために、その段階で調査や予測の手法について多くの意見が出されることは手戻り要因となり、事業者にとっては望ましくないと考えられてきた。しかし、方法書手続の段階でできる限り多くの者から、調査や予測の手法に関する多くの具体的な意見を引き出すことは、環境影響評価を円滑に進め、環境に配慮されたより良い事業計画を作るために有効である。
なお、準備書段階で生じる手戻りのリスクや地元住民等しか持ち得ない湯有用な情報収集が可能なことなども勘案すると、時間、コスト、労力などの面で、従来の環境影響評価より効率的に行うことができると考えられる。
4) 方法書作成に当たって
事業者は地方公共団体や住民等から有用な意見を引き出し、より良い事業計画と環境影響評価の実施計画を立案するため、事業ごとの事情に応じ可能な範囲でより早い段階で、わかりやすくポイントを絞り、意見を引き出しやすい方法書を作成することが重要である。
方法書の作成にあたっては、ある程度の推測があっても具体的でわかりやすくすることにより、具体的で有用な意見を引き出すことが可能となる。この推測の内容は、環境影響評価段階で確認しながら必要に応じ環境影響評価の項目・手法を見直すなど柔軟に対応していくことが大切である。
また、わかりやすい方法書の条件のひとつとして、方法書を読む者が事業を理解するために、事業計画の具体的内容やそこに至るまでの経緯、環境保全に関する事業者の考え方、可能であれば、それを具体化するための措置や選択可能な幅を示すことが望まれる。
図Ⅰ-3-1スコーピング段階での検討手順
2 スコーピング段階での検討事項
2.1 検討手順
スコーピング段階での検討手順及びその概要は以下に示しすとおりである。事業計画から、対象事業の内容、計画地の位置等に関する最新の情報を整理し、その情報に基づいて影響要因の抽出を行うとともに、その時点までの事業計画決定の流れと検討の経緯や、環境保全の基本的考え方についても整理する。
事業地及びその周辺の地域における環境について、「人と自然との豊かな触れ合い」という観点から捉えたときにどのような個性を有する場所であるのかを、事前に得られる情報の収集・整理によって把握し、その情報に基づき各項目ごとに主要な環境要素の抽出・整理を行う 。
抽出された主要な環境要素と事業地、事業の影響要因の関係から、影響の種類ごとに影響範囲を概略想定し、想定された影響範囲と主要な要素との関係をみることにより、環境影響評価の対象とすべき項目・要素と調査・予測・評価の実施手法を選定する。
上記の検討結果をそのプロセスを含めて第三者に説明し得る図書として取りまとめ、意見聴取を目的に公告・縦覧する。
事業者は方法書手続を通じて寄せられた意見を集約し、参考とすべき情報や意見を踏まえて方法書に記載した項目及び手法についての十分な検討を行った上で、 対象地域に最もふさわしい適切な項目や手法の選定を行う。なお、意見の集約・検討の結果は事業者の「見解」として取りまとめておく。
2.2 検討内容
1) 事業特性の把握
事業特性の把握とは、スコーピング段階での作業をスタートさせる時点で、環境影響評価の対象となる事業の内容、計画地の位置等に関する最新の情報を整理し、その情報に基づいて影響要因の抽出を行うことである。
また、その時点までの事業計画決定の流れと検討の経緯や、環境保全の基本的考え方についても、この段階でできる限り整理しておく必要がある。
従来、事業計画の検討は環境影響評価手続とは完全に連動せず、独立した意志決定の手順や手続に従って行われている場合が多く、事業計画の検討と環境影響評価に関わる関係者間で、認識や情報の共有が不十分なまま、作業が進められることもあった。
しかし、従来のような「目標クリア型」の環境影響評価であれば、最初に目標を立てておけばそれぞれの作業をある程度分離して進めることができたが、「ベスト追求型」の環境影響評価では、環境影響評価手続を通じた検討作業と事業計画の検討作業との間に綿密な連携が必要となり、相互の情報のフィードバックと新たな情報を組み込んだ再検討を、熟度に応じて継続的に進めなければならない。
そのため、事業特性の把握作業は、スコーピング段階にとどまらず、環境影響評価全体を通じて常に繰り返し行われ、その都度把握すべき内容の精度や熟度が高められ、準備書や評価書の作成段階での環境保全措置の検討の流れにつながっていくこととなる。
2) 地域特性の把握
地域特性の把握とは、事業地及びその周辺の地域における環境について、「人と自然との豊かな触れ合い」という観点から捉えたときにどのような個性を有する場所であるのかを、事前に得られる情報の収集・整理によって把握し、その情報に基づき各項目ごとに主要な環境要素の抽出・整理を行うことである。
地域特性把握の結果は、事業者が地域の個性に合った適切な項目及び調査・予測・評価手法を選定する上での根拠となる重要な情報であるが、方法書手続を通じて早い段階から第三者に公開され意見の聴取が行われることにより、情報の内容や解釈についての誤りの是正や情報の補完が可能となる。
調査は原則として、既存資料や地形図・空中写真の収集・整理、専門家等へのヒアリング及び概略踏査等により行う。また、作業の効率化と情報の共有化の必要性から、「人と自然との豊かな触れ合い」に含まれる[景観]と「触れ合い活動の場」については、共同して調査を実施することが望ましい。
1) 基礎情報の収集・整理
既存資料は、国、都道府県、市町村等の公的機関が発行・公表しているものを基本として収集するが、市販のものや個人・団体等が発行している資料にも有効なデータがあることから、できる限り広くデータを収集するよう努める必要がある。
専門家等へのヒアリングは既存資料では把握することのできない情報を得るためや、既存資料の所在を確認するためにも必要な調査である。
概略踏査は、資料調査からでは得ることのできない地域環境の質や雰囲気を把握するとともに、資料調査では把握することのできない要素の発見やヒアリングで得られた情報の確認を目的として行うものである。
2) 主要な環境要素の抽出
各省の主務省令(技術指針)では、景観を構成する要素を「景観資源」と「眺望点」とに分け、さらに両者の間に形成される「眺望景観」を加え、これら3つを景観項目における環境要素としている。
また、先に述べたように景観への影響は、「囲繞景観」として捉える範囲と「眺望景観」として捉える範囲とに分けられる。
本書では主務省令での環境要素の「眺望景観」を「景観資源」と「眺望点」との間にのみ成立するものではなく、広く「眺め」として捉え、環境要素の「眺望景観」を「眺め」に置き換えて再整理することとした。
その結果、「囲繞景観」として捉える範囲内にも「景観資源」と「眺望点」が存在し「眺め」が成立し、「眺望景観」として捉える範囲内にも「景観資源」と「眺望点」が存在し「眺め」が成立することとなる。
「景観資源」及び「眺望点」は一定の範囲を有する空間領域として捉える必要があるが、地域概況調査では、それらの領域がどこまでかを正確に捉える必要はなく、主要な要素の規模と位置関係が概略把握できればよい。
また、本来眺められる対象である[景観資源]と眺める場所である「眺望点」及びそれらが人間の視覚を通じて認知される「眺め」は無数に存在するものであることから、実際に詳細な現地調査を実施すれば、新たな要素の存在が確認される可能性は高い。
しかし、この段階では「囲繞景観」及び「眺望景観」として捉える範囲がいずれも含まれるように地域概況調査の範囲を設定し、地域概況調査で得られた情報に基づき主要な「景観資源」「眺望点」「眺め」を抽出すればよい。
3) 項目及び手法の選定
項目及び手法の選定とは、「事業特性の把握」と「地域特性の把握」によって得られた情報に基づき、環境影響評価の対象とすべき項目・要素と調査・予測・評価の実施手法を選定することであり、選定結果については、選定の根拠や検討の経緯について方法書手続を通じて第三者に説明することとなる。
また、事業の特性や地域の個性に応じたメリハリのある環境影響評価を実施していくためには、多くの対象を網羅的に同精度で実施するよりも重要な対象に絞り込んでより重点的な調査・予測・評価を進める方が効率的かつ効果的である場合も多い。したがって、この段階において得られた情報の精度によっては、調査・予測・評価の対象とすべき要素を具体的に選定した上で、更に要素ごとに手法の重点化あるいは簡略化の検討を行い、それぞれにより適した調査・予測・評価手法をより具体的に選択することも可能である。
なお、調査・予測・評価手法の選択にあたっては、事前に適用可能な手法のレビューを行い、最新の技術に関する情報の入手に努める必要がある。
「景観」及び「触れ合い活動の場」における項目・手法の選定に当たっては、概ね以下に示す事項についての検討を行うこととなる。
(1) 影響の種類と範囲の想定
地域特性把握の結果から得られた、主要な要素と事業地との関係性に関するデータに基づき、概ね以下に示すような影響が生じる可能性の有る範囲を、事業計画の内容に照らして各影響の種類毎に想定する。なお、範囲の想定は安全側に立ってできる限り広めに想定しておくことが望ましい。
[「景観」項目における影響の種類]
[「触れ合い活動の場」項目における影響の種類]
※
1:景観資源の特性変化とは、例えば濁水や流量変化の発生、微気象変化による風倒木の発生、地下水遮断による湿地の乾燥化等の影響により、景観資源を構成する主題に変化が生じることをいう。
眺望点の特性変化とは、例えば眺望点の周辺における樹木の伐採や工作物の出現等の影響により、眺望点の利用形態や雰囲気、利用量が変化することをいう。
※
2:触れ合い活動の場の特性変化とは、例えば大気汚染、水質汚濁、夜間照明、騒音・振動の発生等の影響により、触れ合い活動の実施を可能にしていた条件が変化することをいう。
(2) 環境影響評価の対象とすべき項目と要素の選定
先に想定した影響の範囲内に、地域特性把握で抽出された主要な要素が一つでも存在した場合には、当該項目(「景観」及び「触れ合い活動の場」)を環境影響評価の対象項目として選定する。
また、主要な要素のうち影響の範囲内に含まれるものを調査・予測・評価の対象とする注目すべき要素として抽出し、事業地との関係性や要素の価値認識等の注目すべき理由を示した上で、地域特性把握の結果から得られた情報に基づきその概要を一覧表等に取りまとめる。
さらに、事業特性把握の結果から抽出した影響要因と先に抽出された注目すべき要素と影響の種類との関係を、影響要因の細区分―注目すべき要素のマトリックス表として整理する。なお、影響要因については、それぞれの事業に係る技術指針に記載されている標準項目のマトリクス表における影響要因の区分欄を参照しながら、工事中及び存在・供用時といった影響の発生する時期及び内容に応じて抽出・整理する。
(3) 重点化・簡略化すべき要素の整理
抽出された注目すべき要素に対して、地域特性把握、事業特性把握の結果から、事業者として以下のような判断ができる場合には、その判断根拠を示した上で、要素毎に重点化(重点的かつ詳細に調査・予測・評価を実施するもの)及び簡略化(簡略化した手法で効率的に実施するもの)要素とに分け、その判断根拠を示す。
[手法の重点化を検討する要素]
[手法の簡略化を検討する要素]
重点化・簡略化はメリハリのきいたアセスメントの実施にとって有効な手段であり、それぞれの要素毎に最も適した調査・予測・評価手法を選択するために行うものである。したがって、方法書段階での事業計画の熟度や実施した地域概況調査の精度等に応じて、事業者の判断をできる限り方法書に記載しておくことが、より具体的な意見を引き出す上で望ましい。
ただし、事業計画の熟度が低く、事業計画による影響要因が明確でないなど、このような重点化・簡略化による手法の選択が方法書段階では明確にできない場合には、方法書手続の後、事業計画の熟度が高まった段階において、予備調査を実施して、重点化・簡略化の整理に基づく具体的な手法を選定するといった段階的な手順を踏むことも可能である。そのような場合には、以下のような内容を方法書に明記することが望ましい。
(4) 調査・予測・評価手法の選定
方法書段階では、先の重点化・簡略化の整理結果から、事業者が適切かつ実施可能と判断した手法を、適用可能な技術手法に関する既存の知見に照らして選定する。
方法書に記載するのはあくまで調査・予測・評価に関する計画であり、計画内容として記載すべき内容としては、概ね以下に示すとおりである。
[調査手法]
[予測手法]
[評価手法]
なお、調査・予測・評価手法の選定が最善かどうかについては、スコーピング手続きを通じて寄せられる意見を参考として判断することとなり、必要に応じてより適切な手法に変更することとなるため、以下の点に留意が必要である。
<手法選定に当たっての留意点>