環境影響評価制度総合研究会技術専門部会報告書(平成8年6月)
環境影響評価の技術手法の現状及び課題について

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3.2 予測

3.2.1 予測対象とする要素/影響


 予測は、事業の影響の恐れがある要素/影響について行われる。調査で得られた地域の環境特性と事業が及ぼす影響要因を勘案して要素や影響が選定される。影響要因があっても影響を受ける対象がないならば選定されないこともある。例えば、技術指針では、騒音の発生が予測されても住居等の受容者がない場合、騒音は選択しなくてもよいとされている場合がある。


 一方、実際の環境影響評価では、航空機騒音の地上騒音の予測、大気汚染等の高さ方向の予測、鉄橋等の特殊音の予測等がなされていない場合に問題となることがある。


 環境基準等の尺度がある場合、予測項目もその尺度に合わせて行われるのが一般的である。一方、この方法は、予測内容/手法から見て不都合が生じる場合がある。例えば、騒音の環境基準は騒音発生源毎(飛行機、新幹線等)に騒音の発生実態を踏まえた測定方法に基づく異なる評価法により定められているため、騒音の合成ができない、現行のCODの計測方法は、内部生産を考慮しないため物質収支上の意味に乏しいなどの点があげられる。


3.2.2 予測する範囲、時期等


 予測は、閣議決定要綱では基本的事項により、一般的な状態について行うこととされているが、地方公共団体の事例では、土地の安定性など地震時を考慮している場合や事業場等では事故時を想定する場合もある。また、風害については、台風時の影響が最も問題にされることがある。


 予測の空間的範囲は一定の影響の及ぶ範囲とされているが、酸性降下物のような長距離の汚染物質の移動は現在あまり考慮されていない。一方、河川横断構造物が水系全体の生態系に及ぼす影響、渡り鳥の採餌地・繁殖地の消滅が渡り鳥の生存に関わる影響など広域的な影響が考慮されるようになってきている。


 予測の時期については、工事、存在、供用の各段階が対象となっており、一般的には、影響が最も大きくなる時期が選択されている。景観や自然環境の代償的措置については、長時間にわたって変化が生じるが、このような長期的変化は考えられていないことが多い。時間経過に従って予測を行うべき事例もあるとの指摘もある。


3.2.3 状態の予測と負荷の予測


 閣議決定要綱では、環境の状態の変化の予測を行うこととなっている(基本的事項)。実際の環境影響評価では、大気汚染、水質汚濁、騒音等では、物質濃度や騒音レベルなどの環境の状態量の予測評価が行われており、人の健康や生活環境への影響の程度を評価するために重要な役割を果たしている。

 一方、土壌汚染、地下水汚染、地盤沈下等では、汚染原因物質の封じ込め、事故漏洩時の緊急対応等の環境保全対策の検討や地下水揚水量等の影響要因の検討に基づき、環境への負荷の有無・程度を予測することが実際には行われており、全ての要素について環境の状態の予測が必ずしも不可欠となっているわけではない。

 また、大気質及び水質の状態は、当該事業及びそれ以外の事業等の影響の累積結果であるが、一般的には、事業以外の影響の予測が困難であるため、排出量や寄与濃度等の負荷による評価が行われる場合がある。

 このほか、地球規模への影響等、廃棄物、リスクなど状態の変化予測が困難な場合は環境への負荷による予測も行われている。


3.2.4 予測手法


3.2.4.1 定量的手法と定性的手法


 予測手法には、環境の状態の変化等を定量的に予測する手法(定量的手法)と定性的に予測する手法(定性的手法)がある。

 閣議決定要綱では基本的事項により、公害の防止に係る項目については、可能なものについては定量的予測を行い、定量的予測評価が困難なものについては定性的予測を行うことを基本としており、自然環境の保全に係る項目では、調査地域における重要な自然環境の状態を明らかにし、これら重要な自然環境の状態の変化を定量的又は定性的に予測するとされている。実際の環境影響評価では、自然環境要素については、地形や植生などの改変面積について定量的に予測することが行われているほかは、定性的予測手法が用いられていることが多い。特に、動物の生息分布や行動に関しては定量的な現況把握及び予測が難しく、定性的な予測が多い。


 なお、これらの予測手法の選択については、現在、一律に厳密な手法を求める場合があるが、事業の実績が十分あり影響が少ないと予め分かっている場合には、簡便な方法を用いてもよいいとの指摘もある。


3.2.4.2 定量的手法


(公害系要素の定量的予測手法)


 大気汚染、水質汚濁、騒音、振動等の環境の状態を表す多くの物理化学的指標については、物理的化学的な現象をモデル化することによって、あるいは、実測値を統計的に解析することによって得られた数理モデルを用いて定量的予測を行う方法が一般的である。なお、地盤沈下量や地下水の流動についても数理モデルがあるが、要因の解析により必要な予測ができ、数理モデルの利用に至らない例も多い。

 このような数理モデルは、一般的な単純化された条件を前提として開発されたものが多く、地形・構造・要素等の条件が特殊で適用が困難なケースも多く残っている。このような場合、新たなモデルの開発や実測による補正等による努力が続けられているが、その一方で、大気汚染の拡散や騒音予測等において、数理モデルがその適用範囲を逸脱して使われていることもある。

 数理モデルについては、現象の解明が進むにつれ、改良が重ねられてきており、内部生産を考慮し富栄養化を扱うことのできる水質予測モデル、道路等の特殊構造の発生源からの騒音予測モデルなどが利用可能になっている。また、近年の急速な計算機利用技術の発展により、数理モデルを解く実際的手法が発達してきており、3次元数値解析等これまで困難であった予測手法が利用可能になってきている。


 数理モデルの入力条件として、汚染物質の排出量や騒音のパワーレベル等が必要となるが、これらは発生原単位に事業活動の規模を乗じて算出することが多い。土工事等における粉じんなど、このような原単位が十分整備されていない場合や、降水による濁りの流出・沈降等、地域の特性によって大きく異なる場合があり、入力条件を求めるため現地実測が行われる場合もある。一方、光化学オキシダントの予測については、ほぼ使えるモデルがあるにもかかわらず、入力に用いる炭化水素の排出量の情報の整備が進んでいないために利用できないなどの予測に必要な情報の整備が課題となっている場合もある。また、数理モデルを補完する手法として大気汚染、水質汚濁、騒音等では模型実験が、大気汚染では現地実験が行われることもある。またこれらの手法は数理モデルの開発や検証においても用いられている。


 以上のような領域のほか、日照阻害、電波障害、風害についても数理モデルにより影響を定量的に予測する手法が、地域分断、交通安全や危険物貯蔵施設の安全等についても定量的な手法が用いられる場合もある。


(自然環境要素の定量的予測手法)


 自然環境要素のうち、森林、草地、開発地域等生態系の種類毎の面積、野外レクリエーション地や景観資源の面積、緑の量や土工量については、事業計画図と植生図等の自然環境の現況図を重ね合わせることにより、定量的に予測する手法がある。景観については、景観資源について類型毎の面積変化を求める方法、対象物が視認できる面積等を把握する方法、公衆の認識変化を把握するためアンケートを活用する方法、視覚像の変化を仰角等の数量的指標を用いて把握する手法等、様々な定量的手法が用いられている。


 アメリカでは、海域等の生態系について、生物量を指標として定量的予測手法が用いられる場合もある。また、藻場、干潟、湿地等の生物の生息域について、生物の多様性及び生産性、レクリエーションや洪水調節等の機能等に着目し、これらをいくつかの指標によって表現し、影響を定量的に把握し、代替案や代償的措置の比較検討に利用する手法が開発され用いられている。


 また、調査対象国等の事例では、野外レクリエーションに関し、車両アクセスのできない面積、狩猟対象動物の生息数等について定量的に予測している例が見られる。


 アメリカ、イギリス等においては、土地利用、生物の分布等に関わる影響の予測を効率的に行うこと、立地に関する複数の代替案の比較分析等の環境保全対策の検討を行うこと、収集した空間的データの管理・処理・分析等を行うことなどにおいて、コンピュータを用いて地理情報を処理する地理情報システム(GIS)の活用が行われている場合もある。


3.2.4.3 定性的手法


 定性的予測手法としては、専門家が有する影響要因と環境の関係に関する知見により、環境負荷の大きさや影響の有無程度を定性的に推定する方法、類似の事例における観察結果から類推する手法、著しい影響や環境負荷を生じないような環境保全対策を検討する手法などが用いられている。これらの方法の客観性を高めるため、複数の専門家が、学際的なチームを作って検討することも行われている。


 生物への影響予測は、一般的には生物の移動性等の行動や生息条件に関する一般的知見、学識経験者の意見、類似の事例における観察結果に基づき、生息地等の改変による個体の消失・逃避、繁殖への影響、移動阻害等の影響が予測されている。この他、微気象、水象、音環境等の生息環境が変化することによる影響が同様の方法により予測されている場合がある。また、生息環境の改変が特定の生物種に及ぼす影響については、これらの方法のほか観察や実験的手法によって、影響の有無及び程度を推定することも行われている。


 景観、野外レクリエーション地については、その主たる構成要素を整理・分析し、その構成要素の改変に着目して、影響の程度を予測することが行われている。

 具体的には、景観への影響予測は、我が国では、視覚像の変化予測が主に行われ、予測図やフォトモンタージュ等のビジュアルシミュレーション手法が用いられている。ビジュアルシミュレーションの技術はコンピュータグラフィックスの発達により著しく進歩し、視点の変化、色彩・意匠の変化等に応じて視覚像を容易な操作により構成し直すことが容易になっており、環境配慮の検討段階で活用されている。また、動的な視覚像の予測も可能になっており、視覚的刺激に対する人の反応に関する知見についても進展している。景観の予測では、このほか、景観資源や展望地点等景観を見る視点の改変の程度を、これらの位置・分布と事業計画との重ね合わせる方法による予測も行われている。また、イギリスでは、景観資源を幅広く捉え、地域を類型化してそれぞれの地域に与える影響を予測するとしている場合もある。


 野外レクリエーション地への影響予測については、例えば水浴場であれば水質の変化、釣り等であれば釣り対象動物の生息域や生息数の変化による利用条件の変化、当該地域へのアクセス性の変化などが予測される。


3.2.5 予測手法の調査、開発、評価及び検証


 実際の環境影響評価では、複雑条件下での大気拡散、特殊構造部の道路騒音、生息環境の改変が特定の生物種に及ぼす影響、従来知られていなかった特定の生物種の生活史の解明、人工海浜やビオトープ等の造成方法及びその効果の確認など、特定の場に固有な問題の解決を迫られることが多い。このようなとき、特に規模が大きい事業などの場合では、事業者がコンサルタントに依頼して技術手法の研究や開発を行って対処している場合も多い。

 しかしながらこのような新しい手法が開発された場合、その適合性等が実測との対比等により環境影響評価書、資料等に記述されている例は少ない。また、このような新規開発によって得られた技術的知見が整理され類似事例等に活用できるように提供されることは少ない。

 これに関し、アメリカでは、環境保護庁により適用条件及び再現性を検証した多数の大気汚染予測モデルが公的に提供されており、誰でも利用や検証が可能であるという事例がある。

 また、類似事例の解析、実測等により予測する場合も多いが、類似事例及びその既存データへのアクセス方法が乏しい。


3.2.6 予測の不確実性の取扱い


 予測手法の精度等があがっても、知見や情報が限られていること、データやモデルによる手法が元来統計的な扱いがなされており予測結果も統計的な推計値であること、自然環境の条件が変わり得ること、多様な地域条件を予め全て勘案することは困難なこと、事業者の管理が困難な要因があること、他の事業に起因する影響の累積は予測困難なこと、面整備事業のような場合など上物が決まらない段階で行われるため、正確な予測が困難なこと、などから予測には一定の不確実性が伴うことは避けられない。特に、一般に定量的予測において特定の値が予測結果として得られた場合、これは特定の条件下に固有な値であって、様々な要因により実際とは異なる可能性があるものである。しかし、国内の事例では、そのような不確実性について環境影響評価書で言及されることは少なく、機械的に数値を基準等と比較する例が見られる。

 このようなことから、予測結果の正しい理解、影響の重大性や事後調査の必要性の判断等、不確実性を適切に扱うために、不確実性の程度や内容を評価することが重要である。その方法としては、我が国ではあまり見られないが、不確実性を持つ予測条件に関し、感度解析を行う方法、予測結果を幅で示す方法、不確実性をもたらす要因とその不確実性の程度を整理して示す方法などがある。また、意志決定において不確実性を適切に扱うため、調査対象国等では、環境影響評価書に情報や技術的困難点の記載を求めている例がある。

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