調査は、予測評価を行う対象を見いだし、適切な環境配慮を行うための基礎資料を収集するために、地域の特性の把握を行う「地域概況調査」と、環境要因と考えられる要素について詳細に現況等を調査する現況調査にわけることができる。
国の制度や地方公共団体の技術指針等では、まず地域の環境の基本的特性を認識するため、地域概況調査を行うこととしている。
地域概況調査では、地形・地質、動物、植物、河川、湖沼、海域、気象、景観、野外レクリエーション地の概況等の地域の自然的状況、行政区画、土地利用の現況及び計画、集落、人口、産業等の地域の社会的状況、環境基準の類型指定、公害防止計画、自然環境保全法に基づく地域指定、条例に基づく地域指定、規制基準等の環境関係法令等などが調査される。
このうち、自然環境に係る要素においては、次の事情により特に地域概況調査が重要な役割を持っている。
[1] 生物の出現状況、景観の見え方、レクリェーション利用の形態等が時期や地域により異なることから、効率的かつ信頼性の高い調査結果を得るには、当該地域の生物の分布、出現時期、気象概況、観光利用の概要等について事前に概略の情報を得たうえで、調査の対象区域、手法、時期・期間等を適切に設定することが必要であること。
[2] 自然環境に係る環境要素は、動物・植物・景観といった範疇の中においても多様な要素から構成され、要素の組み合わせによって多様な性質を持つとともに、各地域により固有かつ多様な特性を有することから、それだけで自然環境に関し全国一律な評価を行うことのできる基準や指標を示すのが困難である。このため、予測評価等を行う対象要素の選定に際しては、個々の計画ごとに、地域の環境を構成している要素及びその特性を把握したうえで、それらに基づく判断を行う必要があること。
[3] 自然環境は一度人為的に改変されると復元が困難な場合が多く、代償措置に関する知見も必ずしも十分ではないことから、事業内容等も含めた対策の検討にあたっては地域特性を考慮することが重要であること。
また、人の健康や生活環境に関する要素においても、地域概況調査の結果は、予測評価すべき要素の絞り込みに用いることができるとともに、既に汚染等が進行している地域、人口密集地域、学校、病院等の特に配慮を要する地域に関する、事業内容等も含めた環境配慮の検討に用いることができる。
調査においては、既存の情報が大きな役割を果たしている。公害等の現況を示すモニタリングデータ、土地利用等の社会環境データ、気象や海象のデータ、植物や動物の分布や絶滅のおそれのある種等のデータ等、行政が整備し提供している情報が多く活用されている。これらの情報は地方公共団体が有しているものも多く、また、開発事業等の計画に当たって配慮すべき情報をとりまとめて環境利用ガイド、環境情報書等として提供している地方公共団体もある。一方、これらの国や地方公共団体等の公的な情報も、その蓄積において必ずしも十分ではなく、公開されていないものも少なくない。
近年、民間の団体や研究者によるレッドデータブックの編纂などの調査研究やナショナルトラスト等の環境保全活動が環境保全に果たす役割についての認識が進んできており、これら民間の情報や対策等を考慮することが重視されるようになってきている。一方で、これらの民間の団体や研究者が保有する情報は、その所在等の情報(情報源情報)が整備されておらず、アクセスの困難性が指摘されている。
地域概況調査、現況調査とも、調査の方法としては、既存資料の収集及び解析、並びに、現地ヒアリング、現地踏査及び現地測定等の現地調査がある。現地調査の実施は必要に応じて行うとしている指針もあるが、実際には、動植物の詳細な生息状況等、大気汚染や騒音の状況等、既存資料が空間的にも時間的にも十分ではなく現地調査でなければ得られない情報が多いため、何らかの現地調査を行う場合が多い。一方、自然的状況に係る地域概況調査についての指針上の規定は現地調査を想定していないものも多い。実際の現地調査は、事業の内容や地域特性に応じ、専用のモニタリングステーションを設置して大気質や気象を長期間モニタリングする場合から、1年のうち1週間程度をモニタリングする場合まで様々なものが見られる。
現況調査では、予測評価する内容に従って、調査する項目及び手法が選定される。
調査時期については、大気質、水質等の時間的変動、動植物の生息・生育状況、景観や野外レクリエーション地の利用状況等を的確に把握し、これを反映できるよう設定することが重要と考えられているが、実際には、調査期間や自然条件等の制約等によりこれらの考慮が十分でない例も見られる。
大気汚染、水質汚濁、騒音、振動、悪臭等の現況については、物質濃度等の物理化学的指標またはこれを感覚補正した指標によって影響の程度が把握され、人の健康や生活環境への影響が推定・評価されるので、これらの指標が調査項目として選定される。これらの指標については、通常公定の計測方法があり、環境影響評価でもこれらの方法が標準的に用いられている。人の生活等への影響については苦情も指標であり調査される場合がある。
近年の変化としては、微量化学物質による汚染が問題となってきているため、これの計測方法も水質、土壌、大気等で新たに公的に定められた。また、悪臭では客観的な嗅覚測定法が確立し、臭気指数という人間の嗅覚を用いて測定される指標を用いることができるようになった。また、リモートセンシング技術、分析化学技術が発達してきており、前者は、広域的な状況の把握、後者は微量化学物質による汚染の測定等に応用されるようになってきている。
NOx及びSOxについては、簡易計測法が開発されているが、広く使われるようにはなっていない。この理由としては、NOx及びSOxでは、別途、公定の計測方法がある環境基準との比較で評価が行われるため、計測方法の異なる値は厳密な比較が難しいなどが考えられる。
既存の情報が十分でない場合、環境影響評価において計測が行われるが、時間的、コスト的制約や気象等の外部条件の制約により、計測地点や期間が限られる場合がある。このため、計測値の代表性が問題になることがある。
生物、景観、地形・地質等については、調査手法は確立されているが、公的な標準とはなっていない。
(生物等に係る調査方法の現状と課題)
動物及び植物においては、対象地域の動物相及び植物相の把握が行われるが、生息する全種のリストアップという形で主に行われており、種リストが作成されるのが一般的となっている。調査対象の種としては、動物では、ほ乳類、鳥類、両生類、は虫類、魚類、すなわち脊椎動物、並びに昆虫類、クモ類、貝類、甲殻類等があげられる。植物では、木本類及び草本類、すなわち高等植物が中心であるが、きのこ等、地域社会において重要な種などを加える場合もある。水域については、潮間帯生物、プランクトン、底生生物等も水域の生態系や水産生物への影響の観点から調査される場合もある。
生息種の調査方法は、生息環境や種類毎に応じて、ラインセンサス等の多様な手法があるが、熟練した人手に頼らざるを得ない状況である。特に動植物の種の同定は調査従事者の能力によって信頼性・再現性が左右されるものであるが、一般に専門的に調査に従事できる人材が不足しており、大学等の職員、民間団体等に依頼して実施することもあるため、人材や能力の確保が課題となっている。
生物の全種調査の場合、季節や生活史による分布の変化のため確認同定できる時期が異なるため、四季や生活史に応じた調査が必要となるが、現実には時間的制約等から困難な場合も多い。特に昆虫などは同定が困難なこともあり、労力をかけても全ての種を網羅することは不可能であるため、目的がレッドデータブック掲載種等の発見か、自然環境の総体的な特性の把握かなどの目的に応じた効率のよい調査方法の選択が必要との考えもある。
生物の量的な把握は一般にはあまりなされていない。しかし、緑の量、植生区分毎の面積等は、把握が比較的容易であり地域の自然環境の現況の把握に重要なため、調査する事例がある。また、漁業への影響の予測が必要となる場合には、プランクトンも含め水生生物の量的把握を行う場合もある。
地形・地質については、保全対象の内容等が調査されている。多くの地方公共団体では、土地の安定性も地形・地質の調査対象項目となっている。
(景観、野外レクリエーション地の調査手法の現状と課題)
景観、野外レクリエーション地については、地域概況調査で得た既存法令等の指定状況、観光における利用状況等の情報を基に、保全すべき対象と考えられる具体的な対象が選定され、これらについてその内容等の詳細な調査が行われている。
調査は、資料調査や現地調査により、対象物の概要や、価値をもたらしている主たる構成要素(植生、稜線、大気や水の清浄さ、静寂さ、レクリエーション資源等)の把握、利用状況等の把握がなされる。
景観については、視対象である景観資源及び見る視点である展望地点についてそれぞれの位置、分布、特性等が調査されている。
景観については、国内では特定の保全対象についての調査が行われる場合が多いが、地域の景観や雰囲気を対象としている制度もある。英国の事例では、地域を景観(風土)面から幅広く類型区分し、類型毎の成り立ちや特に留意すべきものを整理分析することを、事業による影響を推計するための調査としている。
野外レクリエーション地については、単に野外でレクリエーションを行う場ということではなく、環境保全上の観点から環境への依存度が高いものが保全対象として選択され、調査されている。一般に、既存法令等や観光情報を基に選定されているので、経済活動と結びつきにくいような、住民の日常的な自然との触れ合いはあまり考えられていない。