2 ケーススタディ
2-1 大気質・悪臭
「1.総論」においては、大気環境の環境影響評価を進めるに当たっての主に環境保全措置・評価・事後調査の進め方についての基本的な考え方について示した。
ケーススタディにおいては、スコーピングから事後調査計画立案までの手順を検討し、また、図表を用いて具体的手法の例を提示することにより、影響評価の手順の具体化を図ることとした。
ただし、このケーススタディは現実の情報によるものではなく、あくまでも環境影響評価を行う上で考え方を整理するために想定した一例であり、必ずしもここで示す手法を推奨するものではない。
【ケーススタディ1】環境保全への配慮の方法書への記載例
【ケーススタディ2】環境保全措置の複数検討の例
【ケーススタディ3】環境保全措置の検討経緯を記載する例
【ケーススタディ4】既存の観測データから予測値の誤差を補正する考え方の例
【ケーススタディ5】予測の不確実性が大きい場合に事後調査を実施する例
【ケーススタディ6】既往の事後調査結果の考察から得られた予測の課題及び結果の活用例
【ケーススタディ1】:環境保全への配慮の方法書への記載例
●テーマ
環境影響評価実施前の事業計画立案時において、環境保全への配慮として取り入れた対策及びその検討経緯については、方法書に記載することが望ましい。以下に環境保全への配慮について方法書に記載した例を示す。
●方法書 記載内容
【例:道路事業】 ○事業計画立案に当たっての環境保全への配慮 本事業の立案にあたっては、以下に示す環境保全への配慮を実施した。 地点Aから地点Bにかけては、住宅地や商業地など既に市街化された地域も多いことから、大気質の影響を考慮し、トンネル構造とした。 トンネル部には換気塔を○箇所設置し、トンネル内の排ガスは換気設備により上空高く排出し、拡散させることにより、周辺地域に与える影響を小さくするよう配慮する。 |
【例:面開発事業】 ○事業計画立案に当たっての環境保全への配慮 土地利用を計画するにあたり、以下の点に留意した。 Aゾーン:現存の樹林を活かした緑地帯とし、都市部からの緩衝帯となるよう計画した。 Bゾーン:工事の実施に伴う大気質への影響等に考慮し、大規模な地形の改変を最小限に抑えるよう、現況の地形を活かした造成を計画した。 |
【ケーススタディ2】:環境保全措置の複数検討の例
●テーマ
環境影響評価段階において、環境保全措置の検討経緯を並列的に記載する例を示す。
複数案の比較、実現性等による環境保全措置の選定の妥当性を示す。
●評価書記載内容【例:道路事業】
2つの環境保全措置(案)について、効果の可能性、実行可能制及び削減効果等から比較検討した。
表 環境保全措置(道路沿道)の検討
原 案 | 保全措置A案 | 保全措置B案 | |
道路構造及び 環境保全措置 |
掘割構造 |
掘割構造 + 遮音壁の設置 |
掘割構造 + 環境施設帯の設置 |
大気汚染 対策効果 |
遮音壁の設置により、大気汚染物質の排出位置を高くすることとなり、拡散効果により、沿道におけるNOx濃度を低減させる。 |
環境施設帯を設置することで、距離減衰効果により、沿道におけるNOx濃度を低減させる。
|
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◎ | ◎ | ||
知見の不十分さがあるが効果の可能性として考えられる事項 |
植樹帯によるNOxの吸収効果は知見が不十分であるが、効果の可能性はある。 |
||
実行可能性 |
・技術的に十分可能 ・過剰な経費は要しない ・他事例においても実施されている。
|
・技術的に十分可能 ・用地補償等の経費が要する ・他事例においても実施されている。 |
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◎ | ○ | ||
効果を見込んだ場合の本事業による二酸化窒素の削減効果 (道路用地境界における濃度において原案に対する削減効果) |
0% | 約57% |
約26% (植樹帯によるNOxの上方等への拡散及び吸収は考慮していない。) |
× | ◎ |
○ |
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判 定 |
本事業による大気への影響を回避・低減するための対策が必要と考えられる。
|
遮音壁の設置は事例も多く、事業用地内で対応が可能な環境保全であり、その効果も十分に認められることから最適案とする。
|
環境施設帯を設ける場合は、道路用地の拡幅に伴う事業用地を拡大をする必要がある。 距離減衰効果のほか植樹帯の効果を見込むのであれば連続して高密度に植樹する必要がある。 |
× | ◎ | ○ |
2つの環境保全措置について、効果の可能性、実行可能制及び削減効果等から比較検討した結果、A案(遮音壁案)を最適案として採用する。
【ケーススタディ3】:環境保全措置の検討経緯を記載する例
●テーマ
評価書若しくは準備書において、調査及び予測の結果から、環境保全措置の検討を進めていく中で設備計画等の変更を実施する場合に、その検討経緯を記載する例を示す。ただし、本ケースは環境保全措置の検討経緯を記載することにより、事業者の考え方を明らかにする例を示すものであり、検討経緯の一部分を記載したものである。
【例:火力発電所の設置】
[1]事業計画立案時における事業内容
発電施設(原動力):自家発電(火力)
発電出力:25,000kW
煙突高さ:40m(内径5m)
発電施設及び敷地内工場建物高さ:20m
[2]スコーピング段階での環境保全のための配慮の記載
スコーピング段階で事業立案時において考慮された環境保全のための配慮として、方法書に計画地周辺の土地利用状況を勘案した配置計画を記載した。
[3]調査及び予測検討の中で環境保全の検討が実施された場合の検討経緯の記載
計画地内で気象(風向・風速)調査を1年間実施した結果、冬季において、西よりの風が卓越しており、最大風速(10分間平均風速の最大値)としてu=10m/sが観測された。
この結果を踏まえて、環境保全措置を検討し、煙突高さ及び排出ガス吐出速度を設定した場合を以下に示す。
準備書・評価書記載内容(例)
【環境保全措置の検討】
|
【ケーススタディ4】:既存の観測データから予測値の誤差を補正する考え方の例
●テーマ
予測値がもつ誤差について、既存の観測データの統計的推測によりその誤差の発生をより小さく推計する目標値の設定の一例を以下に示す。このケースは日平均値98%値に対応する年平均値の目標値を95%の信頼限界(5%は予測が誤ることを容認)で設定する一例であり、目標値の上乗せをすることで予測誤差をカバーすることが可能と考えられるものである。(ただし、95%の目標設定はあくまでも一例であり、目標値として推奨しているものではない。)
【ケーススタディ5】:予測の不確実性が大きい場合に事後調査を実施する例
●テーマ
予測式の適用範囲外において予測を実施したために、予測の不確実性が大きいと判断された場合において、事後調査を実施する例を示す。(ただし、調査・予測・評価の手法については事後調査を実施する場合として想定した一事例として示すものであり、必ずしもこの手法を推奨するものではない。)
【例:火力発電所の設置】
事例として想定する前提条件、調査・予測・評価等、事後調査実施までの経緯について要点を以下に示す。
前提条件 |
事業内容:火力発電所(ガスタービン)の設置(燃料:都市ガス) 立地条件:計画地南側は平坦な住居地域が広がっており、北側は計画地に隣接して計画建物と同程度の高さの台地となっている。 気象条件:冬季において北風が卓越しており、地形の影響を受け、ダウンウォッシュが発生し易い。 |
予測手法の概要 |
予測項目:窒素酸化物 予測手法:長期予測及び短期予測 ・強風時において周辺地形の影響による煙突頂部でのダウンウォッシュの発生が考えられるため、短期予測においてはダウンウォッシュを考慮した拡散モデルを採用した。(風下距離が建物高さの3倍程度の範囲内においては乱気流が発生することからこの範囲内においては予測式の適用としない) |
評価の概要 |
・長期濃度の予測及び短期濃度の予測の結果、予測の適用範囲外(風下距離が建物高さの3倍以内)となる予測結果には不確実性が残るが、適用範囲内においては、環境保全措置の実施により計画地周辺においては著しく環境の影響を悪化させることはないと考えられ、本事業による影響は十分に回避・低減されていると考えられる。 |
事後調査実施の検討 |
・予測式の適用範囲外での予測結果の持つ予測の不確実性から建物高さの3倍程度内の範囲内における事後調査の実施を検討する必要がある。 |
これらの経緯を踏まえ、事後調査を実施する計画とした場合を想定し、準備書若しくは評価書に事後調査計画を記載する例を次に示す。この時、ここに掲げる事項をできる限り明らかにするように努めるものとする。
準備書・評価書記載内容(例)
【事後調査計画】
1)事後調査を実施することとした理由
短期濃度予測において予測式の適用範囲外であった建物高さの3倍程度の範囲内における予測結果の不確実性及び環境への影響の重大性を勘案し、環境の状況を把握する必要があると考えられるため。
2)調査項目
窒素酸化物
3)調査地域
対象事業の実施により特に影響を受ける地域と考えられる計画地の風下側に位置し、住居等が密集する計画地南側を調査地域とする。
4)調査地点
事前調査と同一の地点及び建物周辺におけるダウンウォッシュによる高濃度汚染の出現を考慮し、風下距離が建物高さの3倍程度の範囲内の複数地点とする。
5)調査手法
事業による影響の把握を目的とし、事前調査と同一の地点においては事前調査と同一手法とする。
また、風下距離が建物高さの3倍程度の範囲内においては、予測適用外の範囲における汚染物質の濃度の面的な広がりを把握するため、簡易測定法による測定とする。(複数点)
6)調査期間
ダウンウォッシュが発生すると想定される冬季において、汚染物質の分布状況が適切に把握できる期間とする。
7)環境影響が著しいことが明らかになった場合の対応の方針
発電設備の稼働状況等を確認すると共に原因を究明し、必要に応じて環境保全措置の追加・再検討を適切に行う。
8)事後調査の結果の公表の方法
調査完了後適切な時期に事業所において公表する。
【ケーススタディ6】既往の事後調査結果の考察から得られた予測の課題及び結果の活用例
「1.総論」で論じたように、将来の環境影響評価技術の向上においては、事後調査の結果が積極的に整理・解析され、活用されることが重要と考える。ここでは、既往の事後調査結果事例(事後調査の結果、社会的状況の変化により評価書予測時の予測条件の設定に大きな差異が確認された事例)をもとに、今後の環境影響評価業務を実施する際に活用可能な事項等について検討する例を示す。ただし、これらの活用するための検討については、一事業者の努力のみでは負担が大きく、情報の収集には限界があるため、国や自治体等が積極的に取り組んでいくことが望ましいと考える。(事後調査の手法等については既存の一事例として示すものであり、必ずしもこの手法を推奨するものではない。)
既往の事後調査結果の概要(抜粋) |
以下に、事後調査結果の概要を示す。
(1)対象事業概要
対象地区:臨海部開発地区
対象事業:高速道路及び一般道路の新設
(2)調査項目
計画路線供用後の道路沿道の二酸化窒素(NO2)濃度、交通量及び大型車混入率
(3)調査・予測地点
調査・予測地点は評価書と同一地点とし以下に示す地点とする。
図1 事後調査調査地点
(4)調査時期
表1 事後調査の結果と評価書予測結果の比較
事後調査の結果と評価書における予測値を比較すると、事後調査の期間平均値は予測における年平均値よりも高い値となっている。 図2 事後調査の結果と評価書予測結果の比較 事後調査の結果と評価書における予測値と比較すると、高速道路における断面交通量は№1で約10,000台/日、№3で約17,000台の増加があり、大型車混入率はそれぞれ6.4%、5.4%の増加がある。№1,2断面の一般道路部における断面交通量においては約11,000台の増加があり大型車混入率においては約21%の増加がある。
|
事後調査結果の活用の検討 |
上記事後調査結果より、予測・評価における課題を抽出し、今後の環境影響評価において活用可能な事項を以下にとりまとめた。
●検討1:バックグラウンド濃度の設定における課題及び今後の活用事項
事後調査の結果と評価書における予測値を比較すると、事後調査の期間平均値は予測における年平均値よりも高い値となっている。この原因は、下図に示すように、予測時のバックグラウンド濃度を低く設定したためである。予測評価段階には一般環境測定局の年平均値の経年変化が過去7年前より暫減傾向にあり、各種発生源対策が実施されることを考慮して、評価書の予測時期におけるバックグラウンド濃度を低く設定していた。ところが、事後調査実施時期には、ここ数年の間横ばいで、予測ほど濃度が低下しなかったこと、また、交通量、大型車混入率の増加等の交通状況の変化も含め、事後調査結果に影響を与えることになったと考えられる。
以上の内容から、将来のバックグラウンド濃度の設定においては以下の事項に注意する必要があると考える。
●検討2:将来交通量の設定の課題及び今後の活用事項
事後調査結果と評価書予測値を比較すると、最大約17,000台以上の交通量、約21%の大型車混入率の差異が生じている。この原因は、予測時に本計画道路供用時には開通予定としていなかった交通ネットワークが事後調査実施時に供用開始していたための交通流の変化によるものと考えられる。また、一般道路の交通量及び大型車混入率の増加は、臨海部開発工事及び倉庫系建物等の増加によると考えられる。
一方、計画路線と同様な道路機能を持つ臨海部の既存高速道路及び一般道路の現地調査当時における交通量調査結果は、以下に示すとおりであり、この交通量と事後調査結果との差は予測値と事後調査結果との差よりも小さい。
表2 交通量の比較(評価書・既存資料・事後調査結果)
道路区分 | 調査地点 |
交通量 (台) |
大型車 混入率 |
|
評価書予測値 | 高速道路 |
№1 |
47,000 | 23.0% |
№3 |
36,000 | 23.1% | ||
一般道路 |
№1,2 |
36,000 | 23.1% | |
既存資料実測値 | 高速道路 |
臨港部の高速道路 |
55,700 | 30.7% |
一般道路 |
臨港部の一般道路 |
30,300 | 28.1% | |
事後調査実測値 | 高速道路 |
№1 |
57,287 | 29.4% |
一般道路 |
№1 |
27,163 | 48.0% |
以上の内容から、将来の交通量の設定においては以下の事項に注意する必要があると考える。
将来交通量の設定においては、道路整備計画の確度を十分に精査し、道路整備に関する将来シナリオを複数設定し、各シナリオにおける将来交通量を複数の予測条件として検討する必要がある。 |
●検討3:複数のシナリオによる条件設定の課題及び今後の活用事項
検討1及び検討2より、条件設定においていくつかのシナリオが考えられる。ここで、調査断面№1の予測において、二酸化窒素バックグラウンド濃度及び将来交通量の設定をそれぞれ別のシナリオで想定した場合の予測結果を比較する。
Case1(=評価書の設定)
[1]二酸化窒素バックグラウンド濃度
供用時の計画地周辺において各種発生源対策が実施されることを想定し、過去のトレンドからバックグラウンド濃度が予測年次においても暫減するとして設定。
[2]将来交通量
道路整備状況を考慮した道路交通推計からの交通量
Case2(=検討1及び検討2から考えられる別の設定)
[1]二酸化窒素バックグラウンド濃度
供用時の計画地周辺の一般環境における二酸化窒素濃度が環境影響評価実施時の観測値とほぼ変わらないとしてバックグラウンド濃度を設定。
[2]将来交通量
計画路線と同様な道路機能を持つ臨海部の既存高速道路及び一般道路の交通量
これらの条件下における、調査断面№1の予測年次における道路沿道の二酸化窒素の予測結果は以下に示す通りである。
表3 設定条件の違いによる№1における二酸化窒素濃度の比較
単位:ppm |
予測結果(年平均値) | 事後調査(期間平均値) | |||
条件1 | 条件2 | 夏季 | 冬季 | |
二酸化窒素濃度 |
0.028 | 0.040 | 0.039 | 0.047 |
条件1における年平均値は0.028ppm、条件2における年平均値は0.040ppmと予測される。事後調査結果は期間平均値であるため予測値の年平均値と単純には比較できないが、条件2の予測値は事後調査結果の夏季及び冬季の期間平均値の間に存在する。
以上の内容から、複数のシナリオによる予測条件の設定においては以下の事項に注意する必要があると考える。
想定されるシナリオにより、予測結果が大きく異なることから、特に将来の社会状況に大きく左右されるような条件(道路整備計画等)を用いる場合等においては、複数のシナリオを設定し、その上限値と下限値で複数の予測を実施することで、予測の不確実性に対処することができる。 |
●検討4:事後調査実施の時期等の課題及び今後の活用事項
ここに示す既往の事後調査事例においては、車両走行台数及び大型車混入率並びに大気中の汚染物質の濃度を調査項目として選定している。事後調査結果からも確認できるように、様々な社会状況の変化については、環境影響評価の段階における8年後の交通量推計の中である程度は考慮していたものの、工事着手から供用に至るまでの間に社会状況の変化が当初の想定を上回っていたため、推定値と実測値に大きな差異が生じることとなった。
以上の内容から、事後調査実施の時期・地点・項目の設定において以下の事項に注意する必要があると考える。
大規模な工事等、長期にわたり影響を与える事業の場合には、環境影響評価において想定したシナリオのずれが生じてくる可能性がある。事業の進捗段階及び社会状況の変化(土地利用状況の変化等)に応じて、調査実施時期の変更・追加を検討し、得られる事後調査の結果を用いて影響の再予測を行い、予測・評価結果が妥当な内容であったか等の検証を行うほか、必要に応じて複数回の事後調査の実施についても検討することが重要である。 |