1 スコーピング手法
1.1 事業特性の把握
1) 事業計画決定の流れと検討の経緯
方法書においては、対象事業の計画決定と事業実施に関する全体の流れの中で、環境影響評価手続がどのような段階から始められたのかを明らかにし、その上で環境影響評価手続を通じて事業者が選択可能と判断する事業計画変更や環境保全措置等に関する選択肢の幅と、それが規定されるに至った経緯(事業計画決定、立地選定の過程と手続)について、できる限り正確に記載しておくことが望ましい。
2)環境保全の基本的な考え方
事業者が環境保全に向けての基本的方針や取組みの姿勢をあらかじめ明確にしておくことは、評価手法選定にあたっての事業者の判断を第三者が理解する上での有効な材料となることから、方法書作成段階でも可能な限り明記しておくことが望ましい。
1.2 地域特性の把握
1) 考え方
スコーピングの目的とは、できる限り早い段階から第三者である住民等の意見を聴くことによって、事前により適切な調査・予測・評価手法の選定が行われることにある。
したがって、地域概況調査では事業地及びその周辺の地域における環境を、「人と自然との豊かな触れ合い」という観点から捉えたときに、「主要な要素は何か」、「それらの要素が事業地とどのような関係にあるのか」を概略把握し、その根拠となる情報を収集・整理・解析することとなる。
地域概況調査において把握すべき要素、調査対象とすべき範囲、調査精度及び調査の着眼点等は、地域環境特性、事業特性等に応じて柔軟に対応することが望ましいが、参考として表Ⅱ-1-1【Ⅲ-1】に地域類型ごとの標準的な考え方を示した。
調査は原則として、既存資料や地形図・空中写真の収集・整理、専門家等へのヒアリング及び概略踏査等により行う。また、作業の効率化と情報の共有化の必要性から、「人と自然との豊かな触れ合い」に含まれる[景観]と「触れ合い活動の場」については、共同して調査を実施することが望ましい。
調査結果から、当該地域における「人と自然との豊かな触れ合い」に関する基礎情報を整理し、データベースを作成する。
整理された情報に基づき、必要な解析を行った上で、当該地域における主要な「景観資源」「眺望点」「眺望景観」[触れ合い活動の場]の分布状況と事業地との関係を把握し、分布図や模式図等にまとめると共に、概要を記した一覧表を作成する。
2) 基礎情報の収集・整理
(1)資料調査
既存資料は、国、都道府県、市町村等の公的機関が発行・公表しているものを基本として収集するが、市販のものや個人・団体等が発行している資料にも有効なデータがあることから、できる限り広くデータを収集するよう努める必要がある。
また、概況調査段階で一般的に収集可能な資料を参考リストとして【Ⅲ-2】に、「自然との触れ合い分野」に関連する主な法律を【Ⅲ-3】に示した。
(2)専門家等へのヒアリング
専門家等へのヒアリングは既存資料では把握することのできない情報を得るためや、既存資料の所在を確認するためにも必要な調査である。ヒアリング対象者としては、近在の大学等の研究者、博物館の学芸員、地方自治体の職員(環境行政担当者、自然保護行政担当者、教育関係者等)、地域の自然愛好家・活動団体・保護団体、観光産業従事者、地元有識者等の中から、適宜協力を得られる範囲内で実施することとなるが、スコーピングの目的や手続等について事前に丁寧に説明しておくなど、できる限り多くの方々の協力が得られるよう、きめ細かな対応が必要である。
(3)概略踏査
概略踏査は、資料調査からでは得ることのできない地域環境の質や雰囲気を把握するとともに、資料調査では把握することのできない要素の発見やヒアリングで得られた情報の確認を目的として行うものである。実際に現地を見て、事前に地域特性を肌で感じ取っておくことは、資料調査結果の整理や解釈、調査計画の立案等にとっても必要であり、特に視覚的情報が中心となる「景観」においてはとりわけ重要な調査である。
踏査の範囲は、地域概況調査の対象地域全域とすることが望ましく、事業地及びその近傍については新たな要素の発見やヒアリング結果の確認を主な目的として徒歩により実施し、その他周辺の地域については車両等によって地域環境を概観する等、範囲によって精度を変えるなど効率的に実施する必要がある。
(4)調査結果の整理・データベース化
上記調査結果を整理し、以後の作業の基礎となる情報データベースを整備する。整備にあたっては、地理情報システムを活用するなどして、各種情報のオーバーレイや簡易な地形モデルを用いた視覚的解析等にも対応できるようにしておくことが望ましい。
基礎情報の解析作業は概ね以下に示す示すような手順にしたがって進め、主要な景観資源、眺望点の抽出と各要素間及び事業地との物理的位置や視覚的関係性を把握した上で主要な眺望景観を抽出する。
解析結果から得られた情報は、分布図や模式図等に取りまとめることにより分かりやすく整理すると共に、主要な「景観資源」「眺望点」については一覧表に取りまとめる。また、主要な「眺望景観」については概略踏査時に写真等の視覚的資料を取得するなどして、眺望景観としての特性や事業地との関係性を確認しておく必要がある。
また、この段階で生物多様性分野等とも連携し、情報の共有化を図ることにより、個別の調査では把握することのできなかった要素や事業地との関係性の判断に必要な情報を補完・確認しておく必要がある。このようなクロスチェックを早い段階から行うことにより、個別項目の調査・予測・評価の項目や手法に大きな洩れや見落としがなくなり、最終的に準備書及び評価書段階での環境影響の総合的な評価につなげていくことが可能となる。
なお、データの整理方法については【Ⅲ-5】に参考となる例を示した。
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※ :近景、中景、遠景の距離区分についての定説はないが、既存の研究例等から少し広めの仮説的値を示すならば、近景:500m以内、中景:5km以内、遠景:気象視程の年間平均値以内(最も近い気象官署データ)が一つの目安となる。
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1:エッジとは境界を意味し、容易に通り抜けることはできない障壁となるものであり、エッジによって仕切られた内部空間領域は可視性が高く連続性があることから、エッジは景観的にまとまりのある区域を認識する上で重要な要素となる。自然景観においては連続した山並みや丘陵が強いエッジとして機能している。
※2:パスとは人が通るあるいは通る可能性のある道筋のことであり、一般的には道路を意味するが、歩道や鉄道等も対象となる。このような場所は、視点の移動経路となるため連続的に変化する景観のイメージを支配する重要な要素となる。
1.3 要素の絞り込みと手法の選定
1) 要素の捉え方
各省の主務省令(技術指針)では、景観を構成する要素を「景観資源」と「眺望点」とに分け、さらに両者の間に形成される「眺望景観」を加え、これら3つを景観項目における環境要素としている。
したがって、その場のいわゆる囲繞景観については「景観資源」及び「眺望点」の中にそれぞれ含まれるものと解釈し、「景観資源」及び「眺望点」を一定の範囲を有する空間領域として捉える必要がある。ただし、地域概況調査では、それらの領域がどこまでかを正確に捉える必要はなく、主要な要素の規模と位置関係が概略把握できればよい。
また、本来眺められる対象である[景観資源]と眺める場所である「眺望点」及びそれらが人間の視覚を通じて認知される「眺望景観」は無数に存在するものであることから、実際に詳細な現地調査を実施すれば、新たな要素の存在が確認される可能性は高い。
しかし、方法書手続を経て得られた多くの意見を踏まえ、最終的に適切な環境影響評価の対象と手法が選定されることから、この段階では地域概況調査で得られた情報に基づき、事業者としてできる限り前向きに安全側に立った判断が示されることがより重要である。
2) 主要な「景観資源」「眺望点」「眺望景観」の抽出
眺められる対象である[景観資源]と眺める場所である「眺望点」の中から、主要な要素を抽出する際の厳密な基準はない。しかし、地域の特性を考慮してできる限り多様な観点から幅広く抽出することが望ましく、先に収集・整理した情報の中から、環境保全関連の法令等に指定されているもの、既存の公的調査等によって価値判断がなされているもの、統計的データが存在するもの等を抽出するだけでなく、ヒアリング調査、現地の概略踏査等の結果を踏まえ、その場の有するポテンシャルを見落とさないように留意する必要がある。
「景観資源」については、基礎情報のうち主に基盤的要素(特徴的地形・水辺等)及び生物的要素(みどり・生き物等)から、審美性、固有性、親近性、歴史性、視認性等の観点に照らして抽出される。
また、「眺望点」については、基礎情報のうち主に人文的要素(歩道、人口密集地、展望地点等)から、利用性、眺望性、歴史性等の観点に照らして抽出される。
なお、景観資源、眺望点の抽出の参考となる既存文献の一例としては、「全国観光情報ファイル」(社)日本観光協会の掲載基準等【Ⅲ-4】があげられるが、近年では、各地方自治体が策定している環境基本計画や景観形成計画といった行政計画の一環として、「市民に親しまれている景観」等に関するアンケート調査結果から、地域にとって重要な景観資源や眺望点が選定され、公表されている場合も多い。このため、地元自治体への資料収集の際には十分留意し、これらのデータを積極的に活用することが望ましい。
さらに、抽出された景観資源と眺望点が眺められる対象と眺める場所として特定の関係にある場合については、その眺望点から眺めた景観資源の眺望を、主要な「眺望景観」として捉え、その関係を明らかにしておく必要がある。
なお、主な要素の抽出に当たっての解析作業と整理方法については、【Ⅲ-5】に参考となる例を示した。
3)項目及び手法の選定
(1)影響の種類と調査地域の想定
地域特性把握によって得られた主要な要素や眺望景観の階層構造に関するデータと、事業特性把握によって得られた事業内容や計画地の位置、影響要因に関する情報から、以下のそれぞれの影響の種類ごとに影響可能性を検討する範囲を想定したうえで、「囲繞景観」及び「眺望景観」のそれぞれに関する調査地域を設定する。
影響範囲は地域の特性や事業の特性によって異なるが、スコーピング段階での事業特性及び地域特性の把握によって概ね想定することができることから、スコーピングを通じて、それぞれ適切な影響範囲の想定を行っておく必要がある。
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図Ⅱ-1-1 影響の種類と影響範囲
※:景観資源の特性変化とは、例えば濁水や流量変化の発生、微気象変化による風倒木の発生、地下水遮断による湿地の乾燥化等の影響により、景観資源を構成する主体に変化が生じることをいう。眺望点の特性変化とは、例えば眺望点の周辺における樹木の伐採や工作物の出現等の影響により、眺望点の利用形態や雰囲気、利用量が変化することをいう。
[1] 主要な景観資源・眺望点そのものへの直接改変の可能性
事業の実施に伴い直接改変行為が行われる可能性のある範囲の想定は、スコーピング段階では造成計画等が未定の場合も多いことから、概ね事業の計画区域内全域が直接改変可能性のある範囲となる。
ただし、事業の種類によっては、例えば工事用道路や原石山、土捨て場といった事業本体の計画区域とは離れた場所で改変行為が発生する場合等もあり、その具体的位置がスコーピング段階では未定の場合も多いことから、計画区域の設定にあたっては、これらの本体事業に付随する改変行為の発生可能性のある区域を含めて、範囲を広めに設定しておく方が望ましい。
これらの直接改変が及ぶ範囲は「囲繞景観」の影響可能性を検討する範囲として捉え、「囲繞景観」に関する調査地域に含めて検討することとなる。
[2] 主要な景観資源・眺望点の特性変化の可能性
景観資源の特性変化とは、例えば濁水や流量変化の発生、微気象変化による風倒木の発生、地下水遮断による湿地の乾燥化等の影響により、景観資源を構成する主題に変化が生じることをいう。
景観資源の特性変化が生じる可能性のある範囲の想定は大変難しいことから、原則的には上記で設定した事業計画区域に隣接する区域に一定の距離帯を設けて広めに想定しておくこととなる。
例えば、流量や水質等水環境を構成する要素の変化が直接あるいは動植物の枯死等を通じて視覚的に認められる範囲の想定にあたっては、関連する水質や流量の予測範囲を参考としながら流域や水系単位で区切る方法や、植生の間接的影響範囲に関する一般的知見等を参考としながら、目安となる数値を設定するなどの方法が考えられる。
眺望点の特性変化とは、例えば眺望点の周辺における樹木の伐採や工作物の出現等の影響により、眺望点の利用形態や雰囲気、利用量が変化することをいう。
眺望点の特性変化が生じる可能性のある範囲の想定は、原則として事業地を近景域に望むことのできる範囲と考えられることから、上記で設定した事業計画区域に隣接する約500m以内の範囲を目安とし、地形条件等を考慮して設定することとなる。
上記の事業実施区域の近傍における特性変化の可能性のある範囲については、「囲繞景観」の影響可能性を検討する範囲として捉え、直接改変が及ぶ範囲を含めて「囲繞景観」に関する調査地域として設定することとなる。
[3] 主要な眺望景観の視覚的変化の可能性
事業の実施により視覚的変化の発生する可能性のある範囲の想定は、原則として事業地を中景域以内に望むことのできる範囲とし、上記で設定した事業計画区域に隣接する約5Km以内の範囲を目安とし、視認解析結果等を参照して設定することとなる。
ただし、事業により100mを越えるような大規模な工作物が出現するような場合や、眺望対象となる景観資源の規模が大きく遠景域にも特定の眺望点が存在するような場合には遠景域にまで範囲を適宜広げて検討する必要がある。遠景域の範囲については、事業地に最も近い気象官署の気象視程データの年間平均値がひとつの目安となる。
上記の視覚的変化の可能性のある範囲については「眺望景観」の影響可能性を検討する範囲として捉え、「眺望景観」に関する調査地域として設定することとなる。
(2) 環境影響評価の対象とすべき要素の抽出と重点化・簡略化の整理
[1] 環境影響評価の対象とすべき要素の選定
先に設定された調査地域のうち「眺望景観」に関しては、想定した影響範囲と地域特性把握の結果得られた主要な要素の分布状況等から、「眺望景観」の調査地域内に含まれていると判断される個別要素(景観資源、眺望点、眺望景観)を、環境影響評価の対象とすべき要素として抽出する。
また、「囲繞景観」については、設定された調査地域内に主要な要素として把握された個別要素(景観資源、眺望点、眺望景観)のいずれかが1つでも存在した場合には、事業実施区域近傍の「囲繞景観」を環境影響評価の対象とすべき要素として取り上げることとなる。ただし、主要な景観資源、眺望点等が存在しない場合においても、地域概況調査の限界を考慮し、安全を期すために事業実施区域近傍の「囲繞景観」に関する調査を実施し、その結果によって環境影響評価の対象とすべきか否かを判断することが望ましい。
なお、環境影響評価の対象として抽出した要素について、概要表等にとりまとめて示す場合には、景観資源・眺望点の特性を明記するとともに、事業地との関係を示すことによって「囲繞景観」及び「眺望景観」のいずれの観点から影響可能性を検討するかについて整理しておく必要がある。
なお、環境影響評価の対象として抽出した景観資源及び眺望点の概要表の記載例は【Ⅲ-6】に示した。
[2] 重点化・簡略化の整理
ここで環境影響評価の対象として抽出された要素に対して、それぞれ調査・予測・評価手法の選定を行うこととなるが、全ての要素に対し網羅的に同精度で調査・予測・評価を行うよりも、事業特性や地域特性に応じて事業者として以下のような判断ができる場合には、要素ごとに重点的かつ詳細に実施するものと、簡略化した手法で効率的に実施するものとに分け、それぞれ最も適した調査・予測・評価手法を選択する方が効果的である。
ア 手法の重点化を検討する要素
・ 地域にとって特に重要と判断されたもの
・ 重大な影響の可能性があると判断されたもの
・ 事業者が保全上特に重視したもの
イ 手法の簡略化を検討する要素
・ 影響の程度が極めて小さいもの
・ 類似の事例により影響の程度が明らかなもの
以上に示した、「地域特性の把握」「事業特性の把握」「項目及び手法の検討」を通じて行われる、主要な要素の抽出から対象とすべき要素の抽出、手法の重点化・簡略化の整理に至るまでのプロセスをまとめると、以下のフローチャート(図Ⅱ-1-2)のような流れとなる。
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図Ⅱ-1―2「景観」における対象要素の絞り込みの流れ