(6)構造・機能の検討
(6)-1 陸域
陸域において生態系の構造・機能の検討をする際に重要な視点としては次のものがあ げられる。例えば、動物では、生息場所の利用などの生活史、捕食・被食などの種間の 関係、生息を規定する環境要因、採食ギルドなど、植物種及び植物群落では、分布域、 生育場所、群落の相観などである。
表●に主要な生息環境-生物種・群集表の例を示す。これにより、対象地域にみられる生息場所での生物相の概要や、多様な動植物の生息場所について理解することが可能となる。生息場所がどのように分布しているかを考慮することにより、典型性や特殊性の視点から、どのような類型や生物種に着目すればよいのか把握することができる。この表には、種・群集についてそれが主に依存している環境のみ記載してあるが、種によっては生活史の中で複数の環境を利用するものもあり考慮が必要である。また、どのような要素に種が依存しているかについても併せて整理する必要がある。
図●に食物網の模式図の例を示す。ここでは、環境の類型区分に着目し、食物連鎖が対象地域のどの類型を主体として成立しているのかを示した。これにより、対象地域における食物連鎖をとおした様々な種間の関係の概要を理解でき、上位性に該当する注目種を選定する上での参考となる。
図●に基盤環境と生物群集に関する模式図の例を示す。これは事業の影響を受けると予想される場所を中心として、比較的大きなスケールをもって、対象地域にみられる主要な環境とそこにみられる生物相や基盤環境などについて模式的に表現したものである。生息場所には対応する主要な種を記入している。樹林などは、動植物の生息場所として重要な要素や階層性などにも注意して表現している。これにより、様々な環境を利用する種がいること、種によって異なる環境の組み合わせが重要であることが示される。
表● 主要な生息環境-生物種・群集表
図● 食物網の模式図
図● 地形・地質断面とそこに成立する生物群集の模式図
(6)-2 陸水域
陸水域生態系では、特に水環境にかかわる生息場所の制限要因や、水域内外の移動、回遊、生活史における水域依存性などの視点で得られる情報を最大限表現しておくことが重要である。
生態的特性の整理にあたって陸水域において重要な視点である水域依存性や連続性を検討した例を示す(表●、表●)。
表●は消費者層である動物の分布する類型区分と水域依存性を区分し、整理した例である。陸水域では注目種・群集は水界依存性の高い種から選定されることが必要であるが、ここで整理された情報から依存性の高い種を概観することができる。さらに依存性を整理することにより、限られた水域に依存する種や、陸水域と陸域双方を生息の場としている種などを明らかにすることができる。
表●は連続性等の特性を整理した例である。この表では河川等で縦断方向の連続性を指標する種・群集について、その回遊の範囲と対象地域の関係および回遊の時期などを整理している。ここで明らかになった情報から連続性を指標する種・群集の対象地域との関わりの程度や事業実施に伴う影響の及ぶ範囲などが概観できる。
図●は、生息場所の構造と構成要素間の関係を把握するため、重要と考えられる類型区分における基盤環境と生物群集の対応関係を栄養段階別に整理した例である。ここで整理された情報から、類型区分別にみた生物群集の存在状況が概観でき、栄養段階の上位に位置する種・群集を把握することができる。さらに類型区分の条件となった基盤環境要素と動植物の対応関係などを整理することにより、分布が限られている種や、比較的広い環境を利用している種などを明らかにすることができる。
図●は基盤環境と生物群集に関する模式図の例である。この図では対象地域の典型的な断面を模式的に示し、類型ごとの基盤環境要素の関連と、各類型に特徴的または複数の類型にまたがって生息する代表的な生物種を示している。行動圏の広い種や、典型的な環境に生息する種、陸水域と陸域の双方を生息域とする種、あるいは特殊な立地に生息する種を視覚的に示している。
生態系の機能の把握にあたり、生物群集を機能面から再整理した例(表●)および、類型区分との対応関係を整理した例(表●)を示す。
表●では想定される機能について関連があると考えられる動植物を列挙している。機能は典型性の視点として重要であることから、ここで取り上げられた種・群集は典型性の観点からの注目種・群集の候補となる。なお、これらを注目種としてとりあげる場合には機能の指標性についてより詳しく検討する必要がある。
表●は重要と考えられる生態系の機能について、類型区分との対応関係を整理したものである。ここで示した機能を以下に解説する。
表● 対象地域に生息が想定される動物の水域依存性(表形式と記載の例)
水域依存性 | 分布する類型 | 生息が想定される動物種 |
生活史・生活 |
湿性草地・流水域 流水域 |
イモリ オオサンショウウオ アメンボ、シマアメンボ、ナベブタムシ、タイコウチ スナヤツメ、ウナギ、コイ、ギンブナ、キンブナ、カワムツ、アブラハヤ、タカハヤ、 オイカワ、モツゴ、カワヒガイ、ムギツク、タモロコ、カマツカ、ニゴイ、ドジョウ、シ マドジョウ、ホトケドジョウ、アジメドジョウ、ウグイ、アユ、アマゴ、 ボウズハゼ、ドンコ、カワヨシノボリ、アカザ、ギバチ、ナマズ、メダカ、 タウナギ、アユカケ、カジカ、シマヨシノボリ、ヌマチチブ、カムルチー ニッポンヨコエビ、テナガエビ、アメリカザリガニ、ヒメタニシ、カワニナ、モノアラガイ、サ カマキガイ、ヒラマキミズマイマイ、マシジミ、イシガイ、マツカサガイ、シマイシビル |
生活史の一部 |
全般
湿性草地・流水域 |
ニホンアカガエル、ヤマアカガエル、シュレーゲルアオ ガエル、オニヤンマ
ウシガエル、コカゲロウ、サホコカゲロウ、フタバカゲロウ、フタバコカゲロウ、 チラカゲロウ、エルモンヒラタカゲロウ、シロタニガワカゲロウ、アカマダラカゲロウ、 オオクママダラカゲロウ、イマニシマダラカゲロウ、クシゲマダラカゲロウ、 オオマダラカゲロウ、ヨシノマダラカゲロウ、ヒメトビイロカゲロウ、 トゲトビイロカゲロウ、モンカゲロウ、キイロカワカゲロウ、トウヨウモンカゲロウ、 アミメカゲロウ、ハグロトンボ、カワトンボ、ダビドサナエ、コオニヤンマ、コヤマトンボ、 カミムラカワゲラ、コグサミドリカワゲラモドキ、ヘビトンボ、ヒラタドロムシ、 ゲンジボタル、ブユ類、ユスリカ類、ガガンボ類、ヒゲナガカワトビケラ、 ウルマーシマトビケラ、セスジミドリカワゲラ、イノプスヤマトビケラ、ニンギョウトビケラ |
生活空間の大 |
河畔林・草地・湿性
草地・流水域 草地・湿性草地・流 水域 河畔林・流水域 湿性草地・流水域 |
カワウ、ヤマセミ
カワセミ
カワネズミ カイツブリ、カルガモ、オシドリ、バン、クサガメ、アカミミガメ、イシガメ |
季節的に水域 |
草地、湿性草地、流
水域 湿性草地、流水域 草地、湿性草地 |
ヨシゴイ、ササゴイ、チドリ類、シギ類
マガモ、コガモ、ヒクイナ ツバメ、イワツバメ、オオヨシキリ、セッカ、カシラダカ |
生活空間の一 |
全般
森林群落、河畔林、 草地、湿性草地 河畔林、草地、湿性 草地 草地、湿性草地、流 水域 草地、湿性草地
|
コウモリ類
タヌキ、キツネ、イタチ、イノシシ、モズ、シマヘビ、アオダイショウ、ヤマカガシ、 ニホンマムシ、チョウ・ガ類 ホオジロ、カマキリ類
ゴイサギ、ダイサギ、コサギ、チドリ類、シギ類
カヤネズミ、ヒバリ、キセキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、カワラヒワ、ニホントカゲ、 バッタ類、ゴミムシ類、ハンミョウ類、カバキコマチグモ、アオグロハシリグモ、 スジブトハシリグモ |
表● 対象となる河川を回遊する動物種の状況(表形式と記載の例)
図● 各類型区分における環境特性と生物群集(スコーピング段階)
図● 基盤環境と生物群集に関する模式図(河川)例
表● 対象地域の生態系の機能にかかわる特徴的な動植物(表形式と記載の例)
陸水域の機能の例 |
関連する種・群集 | |
基盤環境形成・維持 |
微気象の形成 |
コナラ群落、スギ・ヒノキ植林、ヤナギ河畔林、ヨシ群落、 |
水質形成・浄化 |
ヨシ群落、沈水植物群落、付着藻類、植物プランクトン、 |
|
底質形成・浄化 |
ヨシ群落、沈水植物群落、ブユ類、ユスリカ類、ヒメタニシ、 |
|
景観形成 |
コナラ群落、スギ・ヒノキ植林、ヤナギ河畔林、ヨシ群落、 |
|
生息空間の形成・維持 |
休息地 |
カイツブリ、カワウ、ヨシゴイ、ゴイサギ、ササゴイ、ダイサギ、コサギ、マガ |
集 団ねぐら |
カワウ、ゴイサギ、ササゴイ、ダイサギ、コサギ、チドリ類、シギ類 |
|
繁殖地 |
水鳥類、両生類全般、水生昆虫類、 |
|
採 餌地 |
カワネズミ、コウモリ類、水鳥類、カエル類 |
|
移動経路 |
両生類、回遊性魚類 |
|
物質生産・循環 |
物 質生産 |
植物群落全般、植物プランクトン |
物質循環 |
回遊性魚類(生物による物質の移動) |
表● 対象範囲における類型区分と機能重要な生態系の機能との対応
(6)-3 海域
ある海域において「地域特性の把握」で整理してきた種・群集の概況を基に、各類型の主な種を抽出して生態系構造の整理、把握を行った例を示す。ある海域の埋立予定地およびその周辺の生態系を断面的に捉えた生物種・種群の構造を図●、生物の食物連鎖の関係で捉えた構造を図●に示す。これらの図からは、埋立予定地及びその周辺には干潟、河口部及び干潟に連続する浅海域に多様な生物相とその生息環境が存在し、特徴的な内湾の干潟域の生態系が形成されていることが読み取れる。
また、ある海域において類型区分別に機能を整理した例を表●に示す。海域生態系の機能については様々なものがある。海域生態系が有する機能のすべてを調査し、予測・評価することは、現実的には困難である。そこで、当該海域において重要であると認識される機能を選定して、調査・予測・評価を行うこととなる。機能の重要性を検討する際には、「(b)構造・機能の検討」で示した事項に加えて、海域生態系がフローの生態系であり、そこでは物質循環の機能が特に重要であることに留意する必要がある。
図● 埋立予定地及びその周辺における生物種・種群の構造
図● 埋立予定地及びその周辺における生物の食物連鎖
表● 各類型における生態系の機能
類 型
生態系の機能 |
ヨ シ 原 |
海 域 の 干 潟 |
ア マ モ 場 |
砂 泥 底 域 |
汽 水 域 の 干 潟 |
人 工 護 岸 |
|
生物的な機能 | 生物資源の生産 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
生物多様性の維持 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
遺伝子情報の維持 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
「場」としての 機能 |
産卵場 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
避難(隠れ)場 | ○ | ○ | ○ | ||||
生育場 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
索餌場 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
河川への遡上回遊 | ○ | ||||||
環境形成・維持 の機能 |
酸素の供給 | ○ | ○ | ||||
CO2の固定 | ○ | ○ | |||||
礁の造成 | ○ | ||||||
堆積の促進 | ○ | ○ | ○ | ||||
波浪・流動の抑制 | ○ | ○ | ○ | ||||
物質循環機能 | 水質・底質の浄化 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
緩衝的機能 | 汚染・栄養物質の捕捉 | ○ | ○ | ○ | ○ |
注:○印は一般的に重要と考えられる機能のあることを示す。