(7)事業の影響要因と生態系に与える影響の整理
(7)-1 陸域
陸域生態系に与える影響の検討の際に重要なことは、垂直的には植物群落の階層構造が発達し、水平的には様々な環境がモザイク状になっている場合が多いことである。そのため、対象地域への影響の整理にあたっては生態系の垂直・水平構造への影響を把握することが大切であり、階層構造の変化や複数の類型にまたがる広域的なスケールでの影響、隣接する類型間での影響、ひとつの類型内での影響といった空間的に異なるスケールでの影響を適切に捉えていくことも重要である。
以下に、環境要素の変化と類型とのマトリックス(表●)、生態系への影響の伝搬経路を整理した影響フロー図(図●)についての例を示す。このような手段で影響の検討結果を整理し、事業者が事業による影響をどのように捉えているかをわかりやすく示すことが必要である。この影響フロー図からは、生物群集への影響の観点から「森林の生物群集の変化」「水田・湿地の生物群集の変化消失」などの影響が予測される。
表● 環境要素の変化と類型のマトリックスの例
図● 影響のフロー
(7)-2 陸水域
以下は、ある陸水域における事業の影響要因が生態系に与える影響を、影響フロー図を用いて整理した例である。
図●は事業による物理・化学的環境の変化が、どのような生物群集に影響を与えるかを類型区分別に整理したものである。
堰下流側の類型区分Iでは、汽水域の塩分上昇に伴う汽水域生物への影響、水質・底質悪化による魚類、底生動物への影響などが主に挙げられ、食物連鎖上それらの生物の上位に位置する鳥類等への影響が考えられる。
湛水区域の存在する類型区分Ⅱでは、堰下流域は類型区分Ⅰと同様の影響が、堰上流域では汽水域、干潟の消失による汽水域生物、干潟生物への影響、水質・底質の悪化による魚類、底生動物への影響が挙げられ、それらによって鳥類への影響が考えられる。また、止水的な淡水域を好む種の増加などが考えられる。
湛水区域上流側の類型区分Ⅲ、Ⅳでは、主に移行帯の消失により、そこに生息・生育する種、そこを移動経路として陸域と水域を移動する種への影響が考えられ、それらによって鳥類への影響が考えられる。
図●は事業実施に伴う環境の変化により重要な生態系の機能が受ける影響を整理したものである。ここでは重要な機能として、[1]水生生物の移動経路、[2]水質浄化機能、[3]動物の生息場所の形成機能、[4]物質生産機能が挙げられている。この図からはすべての機能が低下すると考えられる。
図●(1) 生物群集への影響フロー(類型区分Ⅰ・スコーピング段階)
注:類型区分Ⅱは、堰の設置により堰上流側と下流側に分かれる。堰下流側における環境変化、生物への影響は類型区分Ⅰと同様であり、ここでは堰上流側における影響を示す。
図●(2) 生物群集への影響フロー(類型区分Ⅱ・スコーピング段階)
図●(3) 生物群集への影響フロー(類型区分Ⅲ、Ⅳ・スコーピング段階)
図● 重要な生態系の機能への影響フロー(スコーピング段階)
●河川上流域における留意点 ―河川上流域におけるダム事業を例として―
河川においては河川上流部でのダム事業が数多くみられる。河川上流部は、河川下流部とは異なった地域特性を有している。ここでは、河川上流部における留意点について主なものを取りまとめた。
なお、ここで示す留意点は、陸水域(河川域内)生態系への影響に限っている。陸域を主とした生態系への影響については、陸域についての解説を参照されたい。
(ア)事業計画の把握
事業計画の整理把握に際しては、以下の点に留意する必要がある。
(イ)事業による影響要因の整理
河川上流域におけるダム事業においては種々の環境影響が発現するが、まず、ダムの存在によって大規模な貯水池が出現し、貯水池周辺の生態系に大きな影響を及ぼすとともに、河川の連続性が分断され、イワナなどの河川内を移動する生物の移動経路の消失を招く。
加えて、上流域において留意すべきは、工作物より下流に及ぼす生態系への影響が大きいことである。すなわち、ダムの運用によって流量が減少し、また、流量の安定化により、下流域の基盤環境および生態系に影響を及ぼす。
ダム事業による下流域への主要な環境影響は表●のとおりである。表に示す影響要因は単独で作用するのみではなく、複合的に作用して影響を及ぼす場合があることにも留意する必要がある。例えば、流量が減少して生息域が狭められると同時に、夏季の低温水の放流、濁りの発生などにより、成長が阻害され、アユの減少と小型化が生じるなどといった場合が想定される。
また、ダムの運用方法によって下流への影響が異なることに留意する必要がある。ダムからの放流方式には、河川の定常流量を減少させる運用(発電ダムおよび多目的ダムなど)、流量の日変動および季節変動を減少させる運用(治水ダムなど)、時間単位で急激かつ大きな流量変動を伴う運用(Hydro-peaking操作をおこなう発電ダムなど)があり、その種類によって下流域の生態系へ及ぼす影響が異なる(表●参照)。
以上のほか、ダムによる流量調節の結果、自然状態での頻度および間隔とは異なる出水が生じ、このリズムの変化によって生じる影響にも留意する必要がある。例えば、淀川における調査事例では、下流域に生息するイタセンパラは秋にイシガイの中に産卵し、春に仔魚が孵出するが、この孵出にはイシガイが冬季に干出し、春先に冠水することが必要であることが明らかにされている。したがって、この干出と冠水のリズムに変化が生じれば、イタセンパラの再生産に影響を及ぼすことが想定される。
表● 河川上流域でのダム事業による主要な影響の例(下流域への影響)
物理・化学的な影響 | 生物および生態系への影響 |
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表● ダムの運用方式による下流域生態系への影響の例
運用の種類 | 下流域の生態系への影響 |
河川の定常流量を |
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流量の日変動およ |
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時間単位で急激か |
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(7)-3 海域
海域において事業の影響要因と生態系に与える影響を、影響フロー図と影響マトリックスを用いて整理した例を示す(図●)。これらは、類型への影響についても、注目種や生態系の重要な機能への影響についても、基本的には同様な形で用いられる。参考として、既存資料から引用した影響フロー図の一例を図●に示す。また、図●のように影響の伝播経路や位置的関係などを図解的にわかりやすく示すことも一般の理解を得るために有効な手法である。
図● 影響フロー図と影響マトリックスの例
図● 影響フロー図の一例
図● 影響の図解的整理の一例