平成13年度 第1回総合小委員会

資料2

(4)地域特性の把握 

 (4)-1 陸域

  (a)全国的な位置づけ

  対象地域の陸域の生態系の全国的な位置づけを把握する際に参考となるものとして、環境庁自然保護局計画課において検討が進められている「生物多様性保全のための国土区分(試案)」(以下「国土区分」という)及び「区域ごとの重要地域情報(試案)」がある(図●、●)。
  「国土区分」は、既存の文献資料や自然環境保全基礎調査など各種調査結果により、日本の自然環境の特性及び地域の生物学的特性を示す自然科学的な指標について整理し、その指標に基づいて生物学的特性からみた地域のまとまりを概括的に示したものであり、全国を10に区分している。
  「区域ごとの重要地域情報」では、この10区分に基づき、各地域の生物学的特性を踏まえた生態系レベルでの生物多様性保全を図るため、植物群集を主な指標として、A:区域の生物学的特性を示す生態系、B:区域内の環境要因の違いにより特徴づけられる重要な生態系、C:伝統的な土地利用により形成された注目すべき二次的自然の観点から、「生物群集タイプ」としてその生態系の区分を行っている(表●)。
  これらの「国土区分」及び「生物群集タイプ」などを参照し、対象地域がどの区分に属し、どのような生物群集タイプを含むかを把握することにより、当該対象地域の生態系の特性や生物相を概略的に把握することが可能である。

(b)陸域の類型区分

  陸域については、地形・地質、土壌、水文などの自然的要素、植生、気象などの概要をもとにして、植物、動物、生態系の基盤となる環境を地図上で整理することにより、地域の自然環境に関する簡単な類型区分を行う(縮尺1/1万~1/5万)。手法としては、地形図、地質図、土壌図、土地利用図、土地分級図、植生図、流域区分図、航空写真などの既存資料を利用し、これらを選択的に、マッピング、オーバーレイなど(GIS(地理情報システム)による主題図作成など)することにより行う手法がある。
  具体的には、地形、土地利用、植生、流域などを大きなまとまりとして捉えるとともに、小規模であるが特徴のある生物群集の存在がある場合には、それらについても考慮して区分を行う。これにより、対象地域にみられる生態系としてのまとまりを有する環境の分布や規模などの概要が把握される。

  以上の作業の例を図●に示す。これはある丘陵地において事業実施区域およびその周辺での生態系の概略を把握するため、既存の主題図を用いてオーバーレイを行って類型区分図を作成したものである。
  オーバーレイには生態系の特性を捉える上で重要であるという観点から、地形分類図、表層地質図、土壌分類図および植生図を用いている。その際、この地域において表層地質、地形、土壌の分布の相関が高かったため、類型区分単位の抽出にあたっては地形を代表させて扱うこととし、地形と植生の組み合わせにより類型を抽出している。動植物種の主要な生息環境の概略を検討するため、既存の植生図の凡例は相観に基づいて統合されている。抽出された類型により、類型区分図は作成されている。
  事業実施区域において広い面積を占める類型は丘陵地‐落葉広葉樹林、高位台地‐落葉広葉樹林、丘陵地‐スギ・ヒノキ林、高位台地‐スギ・ヒノキ林、高位台地‐常緑広葉樹林である。これらの類型は相互に入り組んだ形状で隣接し、モザイク状をなしている。事業実施区域の北側には、面積的には大きくないが、河岸段丘‐水田が出現している。この類型は沖積層の堆積する河岸段丘から谷戸部に広がっている。
  なお、この図では類型区分の対象とした範囲は事業実施区域よりも広くなっている。これは事業実施区域周辺を含む環境の特性を把握し、調査地域を設定するための資料とすることも念頭において作成する範囲を設定したためである。

表● 生物群集タイプ一覧(試案)

A:区域の生物学的特性を示す生態系 
   1:北方針葉樹林生物群集      → 第1区域 
   2:夏緑樹林生物群集        → 第2区域 
   3:北方針広混交林生物群集     → 第2区域 
   4:夏緑樹林(太平洋側型)生物群集 → 第3区域 
   5:夏緑樹林(日本海側型)生物群集 → 第4区域 
   6:照葉樹林生物群集        → 第5~8区域 
   7:亜熱帯林生物群集        → 第9区域 
   8:亜熱帯林(海洋島型)生物群集  → 第10区域 
B:区域内の環境要因の違いにより特徴づけられる重要な生態系 
   9:高山性生物群集 
  10:亜高山性生物群集 
  11:山地性生物群集 
  12:洞窟・風穴生物群集 
  13:河畔林生物群集 
  14:河川生物群集 
  15:湖沼生物群集 
  16:高層湿原生物群集 
  17:低層湿原生物群集 
  18:汽水性生物群集 
  19:潮間帯生物群集 
  20:マングローブ生物群集 
  21:火山荒原生物群集 
  22:石灰・蛇紋岩地生物群集 
  23:海岸生物群集 
  24:崩壊地生物群集 
  25:岩角地生物群集 
C:伝統的な土地利用により形成された注目すべき二次的自然 
  26:里山二次林生物群集 
  27:谷津田(水田と周辺の二次林)生物群集 
  28:ため池群生物群集 
  29:二次草原生物群集 

                                       ※これは重要な生態系を選定するための区分であり、すべての生物群集タイプが含まれているわけではない。
 

図● 生物多様性保全のための国土区分(試案)
 

図● 国土区分(試案)の作成方法
 

図● 類型区分図

(4)-2 陸水域

 (a)全国的な位置づけ

  陸水域の生態系の全国的な位置づけを把握する際に参考となるものの例を以下にあげる。位置づけを把握する際には、陸水域では特に、特に地理的に隔離された水生生物種、群集などの存在の有無に留意する必要がある。

  広域的視点から着目すべき要素は以下である。基盤環境にかかわる要素では対象河川・湖沼の位置・規模、湖沼成因などの地象のほか、気候帯、気候区などの気象、流況、水質などの水象、土地利用状況、治水、利水など人為影響の程度などがあげられる。
  河川集水域全体や、湖沼全体、湖沼集水域など広域の特性を把握したのち、当該河川や湖沼内での対象地域の位置づけ及び特性を明らかにすることに重点をおいた把握を行う。

○広域的視点から着目すべき要素
    地象   :集水域(流域)面積・最高標高・比高差、河川の流程・屈曲率・比流砂 
            量、湖沼の位置(緯度、標高)・面積・容積・水深(最大、平均)・成因・ 
            肢節量、地質、底質など
    気象   :気候帯、気候区など
    水象   :河川の流況、湖沼の平均滞留時間・回転率・結氷状況、水温、水質など
    生物   :植生帯、動植物相など
   工作物  :水際線の改変状況、横断工作物の数など
  利用・負荷 :土地利用・治水・利水・漁業の状況など

   *肢節量:湖沼と同一面積を占める円の円周と湖岸線延長との比。湖沼が円形ならば肢節量=1。(環境庁,1998)

(b)陸水域の類型区分

  陸水域生態系は陸水域を中心としてそれと連続する陸域で構成されていることから、陸域については陸域生態系で整理された考え方を適用するとともに、水域及び連続部分(移行帯)については「水」と「水の作用」にも着目して類型区分する。特に河川や湖岸(湖沼)の横断方向についてはそれが重要で、水深などに着目する必要がある。なお、河川上流部のように流水域と移行帯を分けられない場合、まとめてひとつの類型とする場合もある。河川の縦断方向についても水の状況は変化に富んでおり、これに着目しながら空間を明確に区分できる要素を用いることで、まとまった類型に区分する(図●、図●)。湖沼については海域同様、底質や植生、流入・流出河川などの要素により平面的、横断的に類型区分できる(図●、図●)。

 類型区分にあたって留意する点を下記に示す。

  以上の類型区分を、ある陸水域において地域概況調査による生物種に関する情報を考慮しつつ行った具体的事例を表●に示す。この例では基盤環境の多様性を重視し、基盤環境を類似した区域に分けることにより類型区分を行っている。河川の環境は、流程方向にみると連続的に変化する。よって、明確な区間の区分は困難な部分もあるが、感潮域の範囲(塩分)、河川形態、流況、河床材料およびスコーピング段階で得られる生物の出現状況に着目して類型区分をおこなっている。すなわち、物理・化学的環境と生物群集の関連がまとまりとして認識できるように区分している。区分の手順は以下のとおりである。
  まず、塩分に着目し、河口から10km地点を境に下流側(汽水域)、上流側(淡水域)に区分した。さらに10km地点より上流側は、瀬や淵の分布状況などから「流水域」と「流れの緩やかな淡水域」に細区分した。10km地点より下流側は「塩分の低い汽水域」および「塩分の高い汽水域」に区分し、河口より海側を「河口地先海域」とした。さらに次の観点を踏まえ、河川区域を4つに類型区分(I~IV)した。

各類型区分の特徴を表●に示す。

図● 水系群

出典:第3回自然環境保全基礎調査 河川調査報告書(全国版)(環境庁,1987)(一部 改変)

 

図● 湖沼の成因別分布

出典:第3回自然環境保全基礎調査 湖沼調査報告書(全国版)(環境庁,1987)(一部 改変)
 

図● 淡水魚類相からみた日本列島と周辺地域の地理区

出典:青柳兵司(1957)日本列島産淡水魚類総説(一部改変)

               A:旧北区;I:シベリア地区 ;1:サハリン(樺太)地域,2:千島地域,3:北海道地域,
                                  II:中国地区   ;4:日本本土地域;a:東北地方,b:西南地方,c:黒潮地方
                  B:東洋区;III:インドシナ地区;5:琉球地域;d:薩南諸島地方,e:沖縄・先島地方,6:台湾地方

図● 河川を縦断的にみた場合の類型区分の表示例
 

図● 河川を横断的にみた場合の類型区分の表示例
 

図● 湖沼を平面的にみた場合の類型区分の表示例

 

図● 湖沼を横断的にみた場合の類型区分の表示例

 

表● 類型区分と生物群集の関係(スコーピング段階)



表● 類型区分とその特徴

(4)-3 海域

(a)全国的な位置づけ

   日本の沿岸域は南北に長く、暖流・寒流に洗われており、一口に海域と言っても様々な自然環境が存在する。環境影響評価を行うためには、まず、評価対象となる海域の海流や生物相の特徴などから、環境と生物の地域的な位置づけを念頭に置くことが重要である(図●、●、●)。

(b)海域の類型区分

  海域では、海底の基質が固いか柔らかいか、外海か内湾か、などという物理的環境要素が生物のあり方に大きく影響している。したがって、海域生態系の影響評価を行うためには、対象海域の構造的環境要素と生物の実態を詳しく調べる必要がある。しかしながら、海域には様々な環境と生物が存在し、それらは海水の流れや生物自身の成長・移動などによって大きく変化するとともに時空間的な連続性・関連性が強い。そのような複雑な系をまとめて表現し、総体的に影響の予測・評価を行うためには、きわめて複雑な予測モデルなどの手法が必要となるが、現状では海域生態系の変化を総体的に予測できる確実で普遍的な手法は確立されていない。また、評価にあたっては、海域生態系の特性に応じた評価が必要とされるが、評価方法を検討する各々の当事者がイメージしている「場(まとまりとして捉えられる海域生態系の範囲)」の捉え方に差があり、評価方法についての統一性を欠くことも多い。
このようなことから、海域の環境と生物相を模式化・類型化し、そこでの非生物的環境要素と個々の生物(代表的生物種・群集)に関する知見から影響を予測・評価し、それらを総合して評価結果とすることが、現時点で最も効果的な方法である。影響評価を行う当事者が海域の環境と生物のあり方を深く理解するためにも、海域空間を模式化・類型化して影響を検討する過程は、きわめて重要である。
 類型化にあたっては、生態系が[1]非生物的空間、[2]生物群集、[3]生物による機能(場を構成する生物)の3者から構成されているという観点から、構造的要素と生物的要素の組み合わせを整理し、干潟・藻場などという一般に認識されやすい名称の類型区分とする。表●に類型区分に用いる資料と検討項目の例をあげる。

  ある海域において類型区分を行なった例を表●および図●に示す。この例では埋立予定地及びその周辺の環境を、生物の生息基盤となる環境に基づき類型区分している。類型区分にあたっては、全国的な海域区分や埋立予定地及びその周辺の地理的状況、生物とその生息環境の状況などを検討している。その結果、埋立予定地及びその周辺の海域は、ヨシ原、干潟(海域・汽水域)、コアマモ場、アマモ場、人工護岸、砂泥底域に区分されている(表●)。
  この例では埋立予定地とその周辺の海域を、「干潟とアマモ場の存在する内湾砂泥底海域の生態系」と位置付けている。埋立予定地前面の海域は比較的遠浅の砂泥~泥底域となっており、その西側に流入する河川の河口部を中心として砂泥質の干潟が分布している。この干潟にはアサリ等の貝類が多く生息し、水鳥・水辺の鳥の渡来地ともなっている。また、干潟には塩生植生帯があり、その背後にはヨシ原や草地、砂丘が分布し、鳥類の繁殖地として利用される他、昆虫類も多くみられる。干潟の前面にはアマモ場が分布している。

図● 宇多(1935)の分岐型の日本近海海流模式図(河合、1991)

 

図● 海藻相からみた日本周縁の区分けとそれに関連ある主要海流(区分けは岡村、1931)(日本水産資源保護協会、1984)

 

図● 1989年の大海区県別・魚種別漁獲量別のクラスター分析に基づく地域の類型区分   (小坂ほか、1995)

 

表● 海域の類型区分に用いる資料と検討項目の例

資料  検討項目 

既存資料調査結果 
ヒアリング結果 
概略踏査結果 
その他 

 地形・基質の分布
主要生物・群集の分布・季節変化 
上記分布の模式化・類型化 

 

表● 埋立予定地及びその周辺の海域の類型区分

環 境 要 素  名 称 
塩 分 地 形  水深(潮位) 基質(非物)  基質(生 物)

区分

海水域

内湾 
(海
  域)

 潮間帯

 (海岸域) 

砂泥 -     砂泥干潟
コアマモ類   コアマモ場
 アマモ類  アマモ場
人工護岸  -  人工護岸
潮下帯

(海域)

砂泥    砂泥底域
アマモ類   アマモ場
汽水域  河口 潮  間帯

(川岸) 

 砂泥 -  砂泥干潟 
ヨシ類  ヨシ原
潮下帯   砂泥 -  砂泥干潟 
ヨシ類  ヨシ原 

 

図●(1) 類型区分図:広域

 

図●(2) 類型区分図:狭域

 

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