(20)-3 海域
ある海域において環境保全措置実施案を検討した例を示す。
(a)回避または低減措置の検討
当初計画に対する予測において、アサリの個体群(生息場)、イシガレイの生息場(産卵場や育成場など)、アマモ(場)の生息場および生育環境(流速)、干潟の機能(物質循環機能)への影響を回避または低減する具体的な措置として、公有水面埋立を100haから70haへ縮小した環境保全措置を検討した。その内容は図●に示すとおりである。ここでは、5案を検討したが、内容など、詳細な比較検討として3案を例として示す。
当初計画と回避または低減措置案に対して、環境保全措置の対象である注目種および重要な機能への影響と回避または低減措置の効果の検討を行った結果を示す(表●)。
事業実施区域周辺には大規模な干潟があり、その前面に生育しているアマモ(場)はこの地域の生態系において、仔稚魚の採食場や育成場といった「場」としての機能を有しており、その役割は非常に大きいものと考えられる。回避または低減措置案の中で、アマモの生育への影響を回避すると考えられるのは、流動(流速)の変化が認められない案1のみである。
案2、案3では干潟の一部埋立を縮小するため、当初計画と比較すると、アサリの個体群(生息場)への影響、干潟の物質循環機能への影響は低減されると考えられる。しかし、埋立地、マリーナの存在により、水質悪化や浮泥の堆積が予測されたことから、アサリの生息環境の悪化が懸念される。
以上のような理由から、アマモ(場)への影響を回避する案である案1を採用することとした。
しかし、案1は、イシガレイの生息場(産卵場や育成場など)、アサリの個体群(生息域)と干潟の機能(物質循環機能)について、十分に回避または低減することができない。これらの注目種や重要な機能については代償措置の検討をおこなうこととした。
(b)代償措置の検討
アマモ(場)の影響を回避したことにより、他の環境保全措置の対象(アサリ、イシガレイおよび干潟)に対しての影響を十分に回避または低減することができなかったため、事業実施区域周辺を対象に代償措置をおこなう。
具体的な措置としては、埋立予定地近傍に消失する干潟よりやや広い人工干潟(約80ha)を造成する措置をおこなう。造成する人工干潟は、粒度組成や干潟の勾配などについて最新の研究結果や調査結果を踏まえ、学識経験者などによる検討会を設置し、その指導を受けながら、第一段階として消失する干潟と同程度の状況(アサリの個体群(生息場)の確保、イシガレイの生息場(産卵場や育成場など)の確保、物質循環機能の確保)になるよう計画、造成する。最終目標としては、近年の内湾の水質状況を勘案し、消失する干潟より物質循環機能が高い干潟とする。
代償措置案の内容は図●に示す。なお、回避または低減措置と同様に代償措置案として4案を検討したが、内容など、詳細な比較検討として2案を例として示す。
案1と案2との相違は人工干潟の造成区域であり、案1では人工護岸の前面、案2では自然海岸の前面である。案1の造成予定地は過去干潟が存在していたところを埋め立てし、現在に至った区域である。案2は、現在まで工作物の建設などがおこなわれていない区域である。
これらの状況を踏まえると、自然海岸前面に造成する案2は、内湾の中で残り少ない自然海岸を消失することとなる。また、造成する区域周辺の干潟は、過去からその地形を維持しており、安定した自然環境を形成している。ここに、人為的な干潟造成をおこなうことは、周辺の干潟の地形などに影響を及ぼす可能性があると考えられる。
一方、人工護岸前面は浅海域であり、注目種のイシガレイを含む魚類(仔稚魚)の育成場となっている可能性はあるが、干潟の創出は産卵場と干潟の汀線付近での育成場を確保することができる。また、人工干潟は過去に失われた干潟を復元し、多様な生物の生息場の創出、物質循環機能の向上、さらには海岸線から隔絶された周辺後背地の人々に対し、親水エリアを提供することもできる。
以上のような理由から、案1を採用することとした。
(c)環境保全措置の実施案
環境保全措置の実施案(回避または低減措置、代償措置ともに案1)は表●に示す。
図●(1) 当初計画と回避または低減措置案の事業実施区域の比較(当初計画)
図●(2) 当初計画と回避または低減措置案の事業実施区域の比較(案1)
図●(3) 当初計画と回避または低減措置案の事業実施区域の比較(案2)
図●(4) 当初計画と回避または低減措置案の事業実施区域の比較(案3)
表● 環境保全措置の対象への影響と回避または低減措置の効果の検討結果
対象 | 当初計画 | 案1 | 案2 | 案3 |
アサリ | アサリの生息場である干潟などの消失により、調査地域内の全現存個体数の約5%(36×107個体程度)が減少する可能 性がある。 |
公有水面埋立が100haから70haとなるものの、干潟の消失面積はほとんど変更されないことから、アサリの個体群(生息場)への影響は、当初計画と同程度であると考えられる。 (効果:×) |
公有水面埋立が100haから70haとなり、干潟の一部埋立を縮小することから、減少する個体数は約3.5%(25.2×107個体程度)となり、当初計画と比較すると影響の程度は低減されると考えられる。 一方、埋立地と陸域で囲まれる箇所では、海水交換が悪くなることから、水質の悪化が起こると予測される。また、干潟とマリーナの護岸に囲まれた水域では浮泥の堆積傾向があると予測される。 これらの理由により、アサリの生息環境に影響を及ぼすことが考えられる。 (効果:△) |
公有水面埋立が100haから70haとなり、干潟の一部埋立を縮小することから、減少する個体数は約3.5%(25.2×107個体程度) となり、当初計画と比較すると影響の程度は低減されると考えられる。一方、干潟とマリーナの護岸に囲まれた水域で浮泥の堆積傾向があると予測されるため、アサリの生息環境に影響を及ぼすことが考えられる。 (効果:△) |
イシガレイ | イシガレイの産卵場や育成場などの分布範囲や生息範囲が一部消失により、調査地域内での卵の分布範囲は約5%(約21ha)、仔稚魚の分布範囲は約7%(約27ha)が消失する。 | イシガレイの生息場(産卵場や育成場など)の消失面積は、ほとんど変更されないことから、影響の程度は当初計画と同程度であると考えられる。 (効果:×) |
イシガレイの生息場(産卵場や育成場など)の消失面積は、ほとんど変更されないことから、影響の程度は当初計画と同程度であると考えられる。 (効果:×) |
イシガレイの生息場(産卵場や育成場など)の消失面積は、ほとんど変更されないことから、影響の程度は当初計画と同程度であると考えられる。 (効果:×) |
アマモ(場) | アマモ(場)の生育環境の重要な要素である流動(流速)が変化するため、埋立予定地近傍のアマモの生育に影響を与える可能性がある。 | マリーナを掘り込み型にすることで、事業実施による流動(流速)の変化が認められないことから、アマモ(場)の生育への影響は回避されると考えられる。 (効果:○) |
マリーナが陸域側に移動されるものの、流動(流速)変化は当初計画と同程度になると予測されたことから、アマモ(場)の生育への影響の程度は、当初計画と同程度であると考えられる。 (効果:×) |
マリーナが陸域側に移動されるものの、流動(流速)変化は当初計画と同程度になると予測されたことから、アマモ(場)の生育への影響の程度は、当初計画と同程度であると考えられる。 (効果:×) |
干潟 | 埋立(存在)で消失する干潟の全窒素の浄化量は25kgN/日である。これは、埋立予定地およびその前面干潟の全浄化量の42%に該当する。 |
公有水面埋立が100haから70haとなるものの、干潟の消失面積はほとんど変更されないことから、消失する干潟の物質循環機能に対する影響の程度は、当初計画と同程度であると考えられる。 (効果:×) |
公有水面埋立が100haから70haとなり、干潟の一部(21ha)埋立を縮小することから、消失する干潟の全窒素の浄化量は18kgN/日(全浄化量の30%)となり、当初計画と比較すると影響の程度は低減すると考えられる。 (効果:△) |
公有水面埋立が100haから70haとなり、干潟の一部(21ha)埋立を縮小することから、消失する干潟の全窒素の浄化量は18kgN/日(全浄化量の30%)となり、当初計画と比較すると影響の程度は低減すると考えられる。 (効果:△) |
注)回避または低減措置の効果(表中の○、△、×)は、当初計画との比較に加え、事業実施区域周辺の生態系の状況(個体数や類型の存在など)を踏まえ判断したものである。
図●(1) 代償措置案:広域(案1)
図●(2) 代償措置案:狭域(案1)
図●(3) 代償措置案:広域(案2)
図●(4) 代償措置案:狭域(案2)
表● 環境保全措置の実施案
措置の分類 | 回避または低減の措置 | 代償措置 |
内容 | 事業実施区域の変更(埋立面積を縮 小し、マリーナを掘り込み型にする) | 埋立予定地近傍に人工干潟を造成 |
実施方法 | 事業計画の軽微な変更 | 人工干潟の造成計画の立案および実施 |
実施主体 | 事業者 | 事業者 |
実施期間 | ○年~□年 | ○年~□年 |
効果と不確実性の程度 | マリーナを掘り込み型にするため、流動(流速)変化によるアマモ (場)への影響は回避される。 |
アサリの生息場やイシガレイの生息場(産卵場や育成場など)が創出される。また、人工干潟の創出により、干潟の機能(物質循環など)も確保されると考えられる。ただし、人工干潟の創出は、定量的予測が困難であるため、環境保全措置の実施による効果について不確実性を伴う。 |
措置の実施に伴い生じるおそれのある環境影響(新たに生じる影響) | 新たに生じる影響は少ないと考えられる。 | 人工干潟の造成区域に存在する浅海域が消失する。(浅海域を中心とした生態系への 影響) |
措置を講じるにもかかわらず存在する環境影響(残る影響) | アサリの生息場が消失する。 イシガレイの生息場(産卵場や育成場など)が減少する。 干潟の消失による機能(物質循環機能など)が低下する。 |
人工干潟の効果には不確定要素が多いため、継続的な事後調査を実施して順応的管理をおこなう。 |