平成13年度 第1回総合小委員会

資料2

(13)基盤環境と生物群集についての調査

(13)-1 陸域

 陸域において収集・整理する基盤環境、植物群落、動植物に関する情報の例を表●に示す。収集・整理すべき情報は地域特性に応じて異なることに留意する必要がある。表●にあげた例のように、その場所の生態系を考えるうえで重要な要素に重点をおいて整理を進める必要がある。
 情報の整理にあたっては、詳細類型区分図を作成し、詳細類型区分を要素間の関係を整理するための単位とすることが有効と考えられる。詳細類型区分の作成に利用する主題図の例を表●に示す。

 以下にはある陸域(丘陵地)において、詳細類型区分を用いて基盤環境と生物群集の関係を整理した例を示す。
 この事例では対象地域には様々な環境がモザイク状に見られ、また、それぞれの環境には基盤環境や植生、動植物相などの異なった生態系が成立していることが「生態系の構造・機能の概略検討」により把握されている。そのため、事業によるこれらの生態系への影響を幅広く把握することが重要であるという認識から、注目種・群集の調査のみでは把握しきれない生態系への影響について概括的に把握する。

(a)調査・予測手法の検討

(ア)詳細類型区分の方法
  環境影響評価の実施段階(地形・地質、動植物項目)で作成した主題図を利用し、より詳細で実際の環境を反映した詳細類型区分図を作成した(表●)。類型区分の単位は主要な生物種・群集の生息場所として識別できるような一定のまとまりを有し、かつ動植物項目における動植物相の調査結果を整理する単位として適したものとなるよう決定した。
  ここで、調査地域における昆虫、植物などの生息場所として捉えられる単位が群落単位レベルであること、植物群落の分布には主に丘陵、谷底平野などの中地形レベルでの対応関係がみられたことから、本ケーススタディにおける類型区分の最小単位は植物群落と中地形のオーバーレイにより抽出することとした。
  実際の区分にあたっては植生図と地形分類図の単純なオーバーレイでは多数の単位が生じることが予想される。このため、生じた単位のうち面積の小さいものについては植生と地形の分布相関に基づいて相関の強いものを単位として抽出し、地形との相関が不明瞭で弱いものについては他の単位に統合することとした。

(イ)詳細類型区分と基盤環境、植生等の関係の調査
  「地形・地質」「植物」において作成した地形分類図、植生図などの主題図と、現地調査における各植生についてのサンプリング調査により、類型区分と基盤環境、植生等の関係を把握した。現地調査は「地形・地質」「植物」における調査との連携により行った。
  サンプリング調査により生息場所として重要な群落構造、林床植生タイプ、人為的影響、管理状況、隣接する環境の状況等を把握した。また、生息場所として良好な環境が確認された場合にはその場所と内容を地図に記した。その結果を基に整理を行い、各類型区分の概況、隣接する環境の状況などを記述した。

(ウ)詳細類型区分と動植物種の関係の調査
  確認された動植物種がどの詳細類型区分に依存しているか把握するために、調査を行った。調査は「動物」「植物」項目と連携して行い、現地調査の際に動植物種が確認された地点、環境の利用の状態や植生、基盤環境の特徴を記録した。さらに、文献調査及びヒアリングにより生息・繁殖の可能性や環境の利用の状態についての情報を収集した。その際、対象とした動植物種は、植物群落、地形、土壌などで生息場所が規定される、事業による生態系の変化を検討する上で必要と考えられる主要な種群とした。なお、調査にあたっては、複数の類型を利用する種はその生息場所の利用様式が異なることから、特に繁殖場所か否かについては注意した。

(エ)予測手法
  改変区域と詳細類型区分図との重ね合わせにより、各類型ごとの改変面積、改変位置などから影響の内容・程度を把握した。


(b)調査結果の概要

(ア)詳細類型区分
  植生図と地形分類図との単純なオーバーレイにより生じた69の単位を、地形と植生の分布の相関の強さ等に基づいて統廃合した結果、21の詳細類型区分単位が抽出された(図●)。事業実施区域内に含まれる面積が大きい区分は丘陵地-クヌギ-コナラ群集(35.6ha,31.9%)、丘陵地-スギ・ヒノキ林(33.9ha,33.7%)、丘陵地-シイ・カシ萌芽林(1.5ha,34.7%)、丘陵地-ヌルデ群落(11.5ha,53.7%)であった。また、面積的には小さいものの調査地域内に分布する類型の多くが事業実施区域内に含まれるものとしては谷底平野-ハンノキ群落(136m2,100.0%)、谷底平野-カサスゲ群落(806m2,84.4%)があった。

(イ)詳細類型区分と基盤環境、植生等の関係の整理
  詳細類型区分と基盤環境との対応関係、主要な植生とその管理状況や群落構造、林床型、基盤環境と植生との相互関係や、生息場所として良好な環境などの情報を類型区分ごとに整理し、表●に記述した。

(ウ)詳細類型区分と動植物種の関係の整理
  現地調査結果及び既存資料、ヒアリングからの推定も含め、調査結果に基づいて詳細類型区分と動植物種との対応関係を整理した。その際、植物種については確認された類型について、動物種については、動物種にとっての類型の重要性も区別するためにその場所が繁殖場所か否かについても整理して示した(表●)。
  各生物群ごとに生息場所として利用する環境のスケールが異なるため、生物種を整理するために適したスケールとなるように類型を整理した結果、類型は階層性を持つものとなった。植物、昆虫などは植物群落との結びつきが強く、動植物相調査における調査地点にも群落単位が反映されていることから、植物群落及び地形で区分した本地域の詳細類型区分における最小単位により整理を行った。
  哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類などは地形や植生にも生息場所が規定される傾向があるものの、相観植生との関連が強く、動植物相調査の際も相観植生に対応して生息場所を把握したため、植物群落を相観により統合した単位により整理を行った。
  以上の整理を行った結果、各類型区分に特徴的に出現・利用する生物種が明らかになった。調査地域で確認された植物種は505種であったが、それらのうち、クヌギ、コナラ、ニリンソウ、キンラン、カタクリ等は丘陵地-クヌギ-コナラ群集、台地-クヌギ-コナラ群集に生育地が偏る傾向がみられた。また、ヨシ、アゼトウガラシ、ウリクサ、オモダカなどは谷底平野-水田に偏る傾向がみられた。
  哺乳類ではヒミズが丘陵地-常緑樹林、丘陵地・台地-落葉樹林、丘陵地・台地-針葉樹林など樹林で確認され、タヌキは丘陵地・台地の落葉樹林などの樹林のみでなく丘陵地・台地-農地や谷底平野-農地でも確認された。
鳥類ではアオゲラが丘陵地-常緑樹林、丘陵地・台地-落葉樹林に偏って確認され、カイツブリはため池でのみ確認された。キジバトはほとんどの類型で確認され、モズやムクドリは丘陵地-低木林、丘陵地・台地-農地や、谷底平野-農地、住宅地などの人為的な環境を中心に確認された。
  爬虫類・両生類では特に谷底平野-水田等の水環境がカエル類の繁殖場所として重要な場所となっていた。
  昆虫類では丘陵地-クヌギ-コナラ群集及び台地-クヌギ-コナラ群集、丘陵地-ヤブコウジ-スダジイ群集、丘陵地-シイ・カシ萌芽林の類型において多くの種類の生息が確認された。また、谷底平野-水田やため池などの水環境の類型ではトンボ類や甲虫類を中心とした多くの水生昆虫が確認された。その他、それぞれの類型でのみしか確認されない特徴的な昆虫が確認され、これらの多くの類型により、対象地域の昆虫の多様性が形成されていることが把握された。

(c)予測結果の概要

  表●に事業による改変区域に含まれる詳細類型区分の面積を示した。また、事業計画の3案により影響を受けるおそれのある類型のうち、特徴的なものを表●に整理した。事業計画案の3案ともに、面積的に最も大きく影響を受ける類型は丘陵地‐スギ・ヒノキ林である。また、丘陵地‐クヌギ-コナラ群集、丘陵地‐シイ・カシ萌芽林も改変される面積が大きく、丘陵地に分布する森林により特徴づけられる環境が影響を受けることが予測される。
  事業計画1では○○谷の林床がよく管理され、種類組成の豊かな二次林の消失面積が大きい。また、谷底平野‐水田、放棄水田雑草群落の類型も改変区域に含まれており、特に事業計画2、3に比較して消失面積が大きかった。このため、これらの類型を生育場所とするヨシ、ミゾソバ、チゴザサ、セリなどの植物種に影響が及ぶ可能性が予測された。動物では調査により確認されたトウキョウサンショウウオやトウキョウダルマガエルなどの7種類の両生類が、このような湿性の類型を繁殖場所としているため、その繁殖場所が消失することにより、個体数が減少することが予測された。その他に、水環境に依存する昆虫類への影響も予測された。さらに、面積は比較的小さいものの、谷底平野-ハンノキ群落及び谷底平野-カサスゲ群落が消失または減少することが予測された。これらの類型は調査地域内でも分布が限られており、調査地域から消失する割合が大きい。このため、これらの類型に特徴的な植物や昆虫への影響が予測された。  
  事業計画2及び事業計画3では特に、丘陵地-クヌギ-コナラ群集に代表される落葉広葉樹林に対する影響が大きくなると予測された。丘陵地‐スギ・ヒノキ林と丘陵地-シイ・カシ萌芽林には共通して出現する植物種が多く、これらの類型が減少することにより、アラカシ、シラカシ、ヤブコウジなどの生育地に影響することが予測された。丘陵地‐クヌギ-コナラ群集の減少はこの類型に偏って出現するクヌギ、コナラ、クリ、ニリンソウ、キンラン等の種の生育に影響すると考えられた。昆虫類ではスギ・ヒノキ林で確認された種は少なく特徴的なものもみられなかったが、広葉樹林を含む類型においては、多くの種類が確認され、これらの種の個体数の減少が予測された。

表● 基盤環境と生物群集について調査する情報(例)

調査対象 

調査項目 
動植物種

動植物相、分布、生息場所、生活史と生息場所の関係など 

植物群落

分布、階層構造、林床の状況、管理との関係 
各群落の成立する基盤環境の特徴、光環境など 

地形  

地形分類とその分布状況(小地形、微地形程度)、斜面方 
位、谷密度など

表層地質

表層地質分類とその分布状況(既存資料、他項目での調査資 
料がある場合には基盤地質についても把握する) 

土壌 

土壌分類とその分布状況

大気環境

温度、湿度、大気質など 

水環境 

水系の位置、流域の範囲、地下水位、水質、水温の状況など 

※ここに示した以外にも環境特性を捉える上で重要な項目について必要に応じて調査する

  表● 環境タイプ別に調査対象として考えられる項目(例)

丘陵地・台地 
  ・谷間に生じる湿地への影響を予測する上で重要な、湧水、地下水位など 
  ・人為の影響の程度を把握する上で重要な、土地利用、地形改変状況、植生 
   管理の状況など 
海岸 
  ・飛塩、飛砂が植生に及ぼす影響を予測する上で重要な、斜面方位、風向な 
   ど 

   表● 詳細類型区分に用いる情報(例)

地形分類図 

現地調査・航空写真判読等により作成した 
もの(小地形、微地形単位程度) 

     縮尺 

 1/2,500~10,000 

   程度 

表層地質図

  〃   

水系図

 〃

植生図 

現地調査・航空写真判読等により作成した
詳細な植生図  

流域区分図 

事業による基盤環境の変化を把握するため 
に適切なスケールのもの 

図● 詳細類型区分図

 

表● 類型区分と基盤環境・植生

 

表● 詳細類型区分と生物群集

 

表● 事業による詳細類型区分の消失面積及び割合

 

表● 事業計画案ごとの影響の比較

共通の改変区域  事業計画1の改変区域 事業計画2の改変区域  事業計画3の改変区域

スギ・ヒノキ林の消失面積が最も大きい。特に丘陵地-スギ・ヒノキ林が多く消失する。

谷底平野-水田・放
棄水田雑草群落等の消失面積が他の計画 に比べて大きい。谷 底平野-ハンノキ群落、谷底平野-カサスゲ群落など出現する場所の限られた類型が消失する。

  丘陵地-クヌギ-コ ナラ群集の消失面積 が事業計画1に比べ て大きい。

丘陵地-クヌギ-コ 
ナラ群集の消失面積が事業計画1に比べ て大きい。  

(13)-2 陸水域

  陸水域において、基盤環境と生物群集の関連を把握する際の視点の例を以下に示す。

  以下にはある陸水域(河川下流域)において、基盤環境と生物群集の関係について調査・予測を行った例を示す。

(a)調査・予測手法の検討

  方法書に基づく調査を実施し、得られた基盤環境や生物の生息状況などの情報に基づき、スコーピング段階で設定した類型区分の再検討をおこなった。
 各類型区分における改変の程度については、改変区域と類型区分との重ね合わせにより、各類型区分ごとの変化面積、変化の内容と程度を把握した。基盤環境と生物群集の関係や類似事例の引用などにより、基盤環境と生物群集への影響を整理し、生態系への影響を概略把握した。

(b)調査結果

(ア)類型区分の再検討
  河川の基盤環境との結びつきが強い底生動物、魚類および水鳥などの生物では、縦断方向の区分が比較的明確であった。基盤環境やこれらの水生生物群集に基づき類型区分をおこなうと、まず、基盤環境、水域生物および一部の陸域生物のいずれもが10km地点の下流側と上流側、すなわち汽水域と淡水域で明瞭に区分できた。
  汽水域と淡水域をさらに細かく区分すると、汽水域は河口~4km(類型区分I-1)、4~7km(類型区分I-2)、7~10km(類型区分I-3)の3区、淡水域は10~14km(類型区分II-1)、14~20km(類型区分II-2)の2区に区分するのが妥当であると判断できた。よって、この5つの区分を類型区分とした。類型区分と基盤環境および生物の分布などを図●に示す。

(イ)各類型区分の概要
  現地調査結果で確認された種について食物連鎖の観点から類型区分ごとに整理したものの一部を図●に示す。以下は各類型区分の基盤環境および生物群集の特性を整理したものの一部である。

〇類型区分I-1(河口~4km地点)
  類型区分I-1は、河口に近く、広大な干潟を有する汽水域である。潮汐に伴う塩分の日周変動が大きく、調査対象範囲内の類型区分の中では最も高塩分である。流況は潮汐に伴って順流および逆流を繰り返し、調査対象範囲内では最も流れが弱い。また、河床勾配は最も緩やかである。
  本類型区分の干潟上部および河岸には大規模なヨシ原がみられる。また、干潟周辺にはコアマモ群落がみられる。干潟部は主に泥質で形成され、また、その他の河床は砂質、砂泥質で構成されている。
  河川内では環形動物のヤマトスピオおよび軟体動物のホトトギスガイなどの底生動物やシロギス、コノシロなどの海産魚がみられる。
  干潟部ではエドガワミズゴマツボ、ホソウミニナなどの底生生物やヒメハゼ、トビハゼなどの魚類がみられる。これらの種は干潟への依存度が高いものと推定される。また、干潟上部の移行帯などにはアシハラガニが多い。
  また、干潟はシギ・チドリ類の採食場として利用され、さらに水面にはカワウやカモ類が分布し、採食、休息などをおこなっている。
  本類型区分で確認された種について、その種間関係(食物連鎖)から生態系の構造を検討すると、干潟ではコチドリ、キアシシギといった底生動物食性の鳥類を頂点とした構造が想定され、また、水中・水面ではミサゴ、ウミネコといった魚食性鳥類を頂点とした構造が想定された。また、干潟周辺部のアマモ場は、ヨコエビ類、ワレカラ類や多くの稚仔魚の生息場所となっており、周辺に生息する魚類などへの餌の供給源であると考えられた。また、プランクトン・デトリタス食性の甲殻類であるイサザアミが多く生息しており、本種も魚類の餌となっていることが想定された。

〇類型区分I-2(4~7km地点)
  類型区分I-2は汽水域であり、潮汐に伴う塩分の日周変動が大きい。塩分は類型区分I-1よりも低い。また、類型区分I-1に次いで河床勾配が緩やかであり、河川の蛇行の水裏側には砂質干潟が形成され、礫干潟も点在する。陸域は畑や人工草地など人工的な環境の占める割合が高い。
  河川内にはゴカイ、イトメなどの底生動物が多く、典型的な汽水域生態系が形成されている。魚類はヒイラギ、サッパなど海域から入り込む種が多く出現する。
 干潟部ではヤマトシジミやカワザンショウガイなど汽水性の種類が卓越する。
 本類型区分の生態系を類型区分I-1と比較すると、アマモ場に生息する生物群集が認められないものの、干潟部、ヨシ帯、水面・水中においては類型区分I-1に似た構造が想定された。

(c)予測結果の概要

  予測結果の概要の一部を以下に示す。

〇類型区分I-1(河口~4km地点)

〇類型区分I-2(4~7km地点)

図● 基盤環境による類型区分と生物群集(実施段階)

 

類型区分I-1

 

類型区分I-2

 

図● 各類型区分における生物群集と構造

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