(10)調査地域の設定
(10)-1 陸域
ここでは、例として、ある陸域における調査地域の設定について示す(図●)。
図●は、対象地域の広域的な環境特性を把握するための広域図である。事業実施区域は低地~台地~丘陵地へとつながる地形の入り組んだ部分に位置し、谷戸の入り組んだ環境が多くみられる。この例では事業実施区域での影響を評価するためのまとまりとして、それを含む形で尾根や谷などの地形的な要素を重視して設定している(図●)
なお、注目種・群集の調査対象地域は、上記の「調査地域」を基本として、行動圏の大きさ、生活史、個体群の分布、など個別の種の生態的特性に応じてそれぞれ適宜設定することとなる。
図● 調査地域図
図● 広域図
(10)-2 陸水域
陸水域生態系の調査地域は、土壌水分や地下水などが陸水域と関連する陸域側を含む範囲や、事業特性や地域特性を勘案して設定する。
河川では水の流下に伴い影響が及ぶ下流側を含む範囲、あるいは対象事業実施区域が含まれる集水域全体などを考慮する。湿原や湿地、湧水地などでは地形的にみた集水域と別に地下水の涵養域を調査地域とする場合が考えられる。湖沼では、湖沼の規模や対象事業などにより異なるが、調査の実施可能な範囲として、例えば水深の深い湖沼では湖棚まで、水深の浅い湖沼や漁業資源が存在する湖沼では湖沼全体などを設定する場合が考えられる。
調査地域・地点などは注目種・群集やそれらと関係する種・群集の生態を把握できるように設定する。特に遡上・降河する動物など、陸水域に生息する生物は生活史の段階に応じて生息場所や餌資源などが変化することが多いので注意する。種によっては特に繁殖期などの生活史の一時期のみに利用する場など、ごく小規模な場を失うことにより存続が危ぶまれるような場合もある。そのような場を見落とすことなく把握できるように設定する。
魚類のように水域のみに生息する生物種・群集の影響予測をする場合は、対象とする種・群集の生息環境条件のほかに、個体群の供給源の面から周辺の個体群との交流の状況や、供給経路となる水系を把握する必要がある。このため調査地域には対象事業実施区域が含まれる流域や区間以外の分布域も含めることも考えられる。また、供用時に湛水域が出現する場合など事業の実施により新たな類型区分の存在が想定される場合は、近傍の同様な類型区分を含む地域も調査対象とする必要がある。
渡りや回遊などで広範囲を移動する生物種・群集については、事業による直接的な影響が及ぶ類型区分など詳細な現地調査が可能な地域と、渡り先や回遊範囲全体など現地調査が困難な地域とを分け、それぞれの地域に応じた調査手法を検討することも必要である。
なお、陸水域生態系では魚類など水域のみを移動経路としている生物種・群集に地理的隔離性がみられる場合がある。例えば事業実施区域に関わる流域に隔離された個体群が存在する場合は、当該個体群の分布域全体を調査地域とすることや、当該個体群の特性(生態的または遺伝的特性など)を把握するために、比較対象として近隣の交流のない個体群も調査対象とし、その分布域を調査地域とすることがある。
図●に、ある陸水域においてスコーピングの「地域特性の把握」での類型区分を行なう対象範囲を検討した例を示す。ここでは、以下のような理由から範囲が決定されている。
・直接改変区域は15km地点までであり(低水護岸の施工範囲は3~15km)、それより上流側では水際および河床などの地形や底質などに変化は生じないと判断されること。
・堰の設置により出現する湛水区域の上流端は8km地点であり、それより上流側は流水環境に変化が生じないと判断されること。
・以上の理由により、事業による物理・化学的な環境変化は大きくとも20kmまでの範囲に留まると判断されること。
・堰下流については、事業によって河口干潟にまで環境変化が生じると判断されること。
図● 類型区分対象範囲
(10)-3 海域
海域生態系の調査・予測を行う際、従来は予想される直接的な影響の範囲を考慮し、影響範囲の2~3倍の海域を目安として調査・予測の対象海域を設定していた。また、行政的な区分(県境・漁業権区域など)や地形などが考慮されることもあった。
海域生態系への影響予測・評価を行う場合、影響要因の伝わり方や生態系の広がりを十分考慮して調査・予測地域を設定する必要がある。しかしながら、生物の移動や微弱な影響の蓄積などを突き詰めて考えると、調査・予測の範囲は地球規模に広がってしまうこともありうる。実際には、科学的・社会的にみて大方の合意が得られる範囲を設定して調査・予測をすることになると考えられる。
調査・予測地域の設定にあたっては次の事項に留意する。
範囲内に次の区域を含むこと。
i)埋立による海面の消失など直接的な影響のある区域。
ii)潮流の変化や濁りの拡散など環境要素の変化が、スコーピング時点の影響予測結果や他地点の事例などから予測される区域。
注目種の生活範囲を考慮すること。当該海域の複数の類型で生活史を完結する注目種がある場合はできるだけその類型すべてを対象範囲とする。
渡り鳥や回遊魚のように、ある期間に当該海域を利用し、それ以外は調査の困難な注目種については、注目種がその期間に生活している場所を対象範囲とする。また、環境の消失に伴い注目種が移動して生息する可能性のある場所も対象範囲とする。ただし、当該海域の類型がある生物にとって著しく重要な役割を持っている場合(例えばある魚類の産卵場が対象海域の特定の場所に限られ、そこでの影響がその魚類資源を決定的に左右するような場合)には事業実施区域の周辺海域だけでなくその生物の分布域全体を調査・予測地域として設定する。
図●にある海域において調査・予測地域の設定を行った例を示す。調査・予測地域の設定にあたっては、まず事業による影響要因と当該海域の状況が整理されている(表●)。例ではこれを参考に影響要因の伝わり方、生態系の広がりの程度を考慮して調査・予測地域が検討されている。検討の際、重視された視点は以下である。
埋立の存在による海面の消失等直接的な影響のある区域。
注目種の生育・生息が埋立予定地及びその周辺において確認されている範囲をすべて包含する。
注目種のうち、移動能力が高い種については生活様式等を考慮して、注目種の当該地域周辺での主な活動範囲とする。なお、移動能力の高い注目種としてあげたイシガレイは湾口寄りの砂泥底域でも産卵していると想定され、また、シギ、チドリ類は湾南側に位置する浅海域でも採餌活動を行うと想定される。これらの生物については、既往資料、ヒアリング等をもとに、必要に応じて現地確認も行い、埋立予定地及びその周辺と内湾の同様な類型との生息状況の関係(イシガレイについては産卵場としての利用状況、シギ・チドリ類については当該海域と内湾の他の同様な区域での生息状況、当該海域と他の海域間の移動状況)を調査する。
流れや水質は、当該事業の影響範囲を確認する指標ともなることから、湾全体で概略予測を実施することとし、その結果によって中間的な領域を設定する。
表● 埋立(存在)による影響要因と当該海域の状況
項 目 | 影響要因と当該海域の状況 |
事業による影響要因の |
[1]影響要因 |
重要な類型の選定 |
埋立予定地及びその周辺における重要な類型 |
対象とする生態系の構 |
[1]埋立予定地及びその周辺の生態系を特徴づける基盤 |
注目種・群集の選定 |
ヨシ原 :ヨシ(典型性)、アシハラガニ(典型性) |
重要な機能の選定 |
生物的な機能 |
図● 調査・予測地域図