平成13年度第1回陸水域分科会

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資料3-1河口堰

2. ケーススタディ -河口堰を例として-

2-2 事業に伴う影響要因

 事業の実施により想定される環境に対するインパクト及びそれらのインパクトに伴い変化が想定される物理化学的環境要素を表-2.3に示す。
 土地又は工作物の存在及び供用によるインパクトとしては、堰や湛水区域及び低水護岸の出現、高水敷の造成等が想定される。またそれらに伴う物理化学的環境要素の変化としては、水質や底質の変化、河道の変化、陸域と水域の分断等が想定される。
 想定される影響の範囲は、水質、底質では堰や湛水区域の出現に伴う流況の変化により湛水区域及びその下流側で変化すると考えられる。河道の変化は、堰と護岸の設置による直接的なもので、湛水区域よりやや上流から堰から河口方向へ数km程度までと考えられる。陸域と水域の分断や陸上地形の改変は低水護岸の設置等によるもので河道の変化と同様の範囲と考えられる。
 以上のように事業による物理化学的環境への影響範囲は、湛水予定区域よりやや上流側から河口付近の海域までと想定された。

2-3 環境影響評価の項目及び調査・予測・評価手法の選定

(1) 重要な類型区分の選定

 生態系への影響をとらえるに当たり、2-2で整理した影響要因が具体的に調査地の自然類型区分によって把握された類型や、さらに地域概況調査で明らかとなった環境に対してどのような影響を与えるのかを検討した。
 重要な類型の選定に当たっては、以下の観点から選定した。

[1] 事業により一部または全部が消失する類型または他の類型に置き換わる類型を評価対象とする。
[2] 事業による影響が及ぶと想定される範囲(影響予測範囲)に含まれる類型のうち、次にあげる類型は評価対象とする。ただし、この影響範囲とは、直接改変以外に基盤環境が変化する範囲のことである。

 これらの基準で選定すると、重要な類型区分は以下のとおりである。
 大きな区分である汽水域と淡水域は両者が重要な区分である。その中の4つの類型のうち、塩分の高い汽水域(環境類型Ⅰ)については、取水による高塩分化が考えられることから評価の対象とする。塩分の低い汽水域(環境類型Ⅱ)は、直接改変を受ける水域であることから評価の対象とする。淡水域(環境類型Ⅲ、Ⅳ)については、護岸の工事が実施されることから評価の対象とする。また、海域についても河川流量や土砂供給等の物理化学的環境の変化は想定されるが、海域は海域生態系のケーススタディで検討されていることから、ここでは対象としない。
 なお、河口から20km地点より上流域については、本事業によって物理的環境要因は変化しないと想定されることから評価の対象としない。また、堤外地については、陸水域ではないため本ケーススタディでは検討の対象としない。ただし、調査地域における影響が他の地域の生態系に大きな影響を及ぼすと考えられる場合には、調査地域と他の地域の関係についても可能な範囲で検討する。
 したがって、評価の対象は、河口から上流20km地点までの河川内の範囲、河口前面の海域とする。
 さらに細かいレベルでみると、河川敷においては、すでに畑、水田、グランドなど人工改変地が面積的に比較的大きい。高水敷上のこれら人工改変地については、面積的に大きいが、生物の多様性は低いため、直接改変するところを除いては、調査精度を低くする。
 以上から、重要な類型区分としては、河川縦断方向の区分では4区分すべて、河川横断方向の区分で、主に水中~低水敷までの範囲を重要な類型区分とする。
 なお、河口付近の汽水域Ⅰ類型の上流部の左岸には、小規模ながら泥の干潟がみられる。ここにはトビハゼなど泥干潟に特有の生物の生息がみられており、事業による影響が及ぶので、特に注目すべき環境と考えられる。

(2) 対象とする生態系の構造と機能の概略検討

 調査地域は前述のように、汽水域と淡水域に大きく区分される。そこで、区分ごとに、採餌場としての機能、繁殖場としての機能に着目して、基盤環境ごとの主な生物種を整理し、生態系の構造を想定した。一つの例として、汽水域の採餌場としての機能の模式図を図-2.5(PDFファイル231k)に示す。
 魚類についてみると、汽水域では採餌場として利用する種類が多く、とくに干潟周辺は多くの海産魚類の稚魚の生育場として利用されるが、繁殖場として利用する種類は少なく、ハゼ科魚類等に限られる。一方、淡水域では純淡水魚が採餌場としても繁殖場としても多くの種類が利用しているという特徴が想定される。多くの幼稚魚の生育場となり、多くのシギ、チドリ類が餌場として飛来する干潟が存在すること、多くの人が潮干狩りとして一定量採取ができるだけのヤマトシジミの生産性があることなども、この地域の生態系の1つの機能ということもできる。
 生態系の構造は、環境との関係だけでなく生物要素間の関係も重要な側面である。
 ここでは最も知見が多い食物連鎖について整理をした。
 調査地域に生息する動物各種の食性及び餌場を既存の文献、現地踏査等の情報から整理し、それに基づき調査地域における生物要素間の相互作用として食物連鎖の骨格的な構造を想定した(図-2.6PDFファイル7k)。これは、汽水域における水中から移行帯のものである。水中から移行帯の水域生態系をみると、基本的に汽水域と淡水域で連鎖の構造が異なっているが、いずれもデトリタス(生物の死骸の分解過程のものや植物片など)が食物連鎖の底辺として重要であり、魚類や鳥類などの高次の消費者へ利用される中間に様々な食性をもつ底生動物が位置して重要な橋渡しの役割りを果たしていると想定される。生産者としては淡水域では植物プランクトン、水草類、付着藻類など、汽水域では植物プランクトン、海藻草類、微小底生藻類などがあげられ、汽水域では相対的に植物プランクトンの比率が高いことが想定される。
 次に、生態系の機能を把握するため、前項で選出された重要な類型区分における生態系の機能と生物の関係を表-2.4に整理した。
ここであげた生態系の機能は、陸水域が本来持っている性質であり、これらの機能を把握するためにはそれぞれの機能に関わりのある生物に注目し、典型性の視点から調査する必要があると考えられる。

(3) 重点を置いて評価すべき生態系への影響の整理

 事業によるインパクトによって生物の基盤環境要素のどの部分がどのように変化し、それによってどのような生物群集がどのような影響を受けるかという影響フローを図-2.7(PDFファイル13k)に示す。
 影響内容は多種類が考えられるが、主なものとしては、汽水域の減少、湛水環境の出現、流下時間の延長などがあげられる。それによって影響を受ける可能性がある主な生物としては以下のことがあげられる。

(4) 注目種・群集の選定

 注目種・群集は、生態系の上位性、典型性、特殊性の観点を考慮して選定した。
 なお、注目種・群集は基本的には在来種の中から選定したが、移入種についても、注目種・群集に影響を与えるなど、予測評価に必要と考えられる場合には調査対象とする。

 上位性については、以下の観点から検討を行った。

 これらの観点から該当する種を取り上げ整理した。ここでは、上位性の注目種選定のための整理例を表-2.5(PDFファイル5k)に示す。この結果、生態系の上位に位置する種のうち、主に河川環境を利用する種であり、かつ、当該地域をほぼ常時利用しているミサゴとサギ類(留鳥)を上位性を有する種として抽出した。
 ミサゴは、下流域に広く分布し、下流域に生息する比較的大型の魚類を採餌するワシタカ類の鳥類であり、この流域の食物連鎖の上位に位置すると考えられるものである。
 サギ類は、下流域ではアオサギ、ダイサギ、コサギ、ゴイサギが確認されており、カニ類、カエル類、小型魚類等の広い範囲の水生動物を捕食し、栄養段階の上位に位置する鳥類である。生息数も比較的多く確認も容易なことから上位性の注目種として選定した。

 典型性については、以下の観点から検討を行った。

 これらの観点から、先に示した図-2.7における事業による主要生物への影響フロー等を参考に、種・群集を選定した。なお、河川環境の連続性を指標する種については、河川上下流の広い範囲を利用して生息する種を抽出、整理した(表-2.6PDFファイル5k)。
 典型性の注目種・群集としては、調査対象地域が河口域、汽水域、流水域といった環境に区分することができることから、それらの環境を指標すると考えられる比較的生息数の多い生物(ヨシ群落、ヤマトシジミ、アシハラガニ)を選定した。さらに、堰の出現により回遊性魚介類等の遡上・降下の移動分断が考えられるため、遡上力の弱い小卵型カジカ、流下仔魚への影響が考えられるアユ、生息数の多いモクズガニを河川環境の連続性を指標する種として選定した。

 特殊性については、河口の干潟、河口のヨシ帯などが考えられる。これらは全国的には重要な環境と位置づけらているが、調査地域に広く分布していることから、特殊性ではなく典型性としてとらえる方が妥当と考えられる。干潟についてみると、砂質~砂泥質の干潟は河口域に広く分布しており、ヨシ帯と同様に典型性としてとらえる方が妥当と考えられる。泥干潟については、分布域はごく一部に限られており、ここでトビハゼという泥干潟特有の生物の生息が確認されているため、特殊性として採用し、特殊性の注目種としてトビハゼを選定した

以上をまとめると表-2.7に示すとおりである。

 

表―2.7  注目種・群集の選定
生態系
の観点
選 定 種 ・ 選 定 理 由
上位性 ミサゴ
 調査対象区域のほぼ全域にわたり出現し、比較的大型の魚類を採餌する鳥類であるため、下流域の食物連鎖において最も上位に位置すると考えられる。また、希少性の高い種(環境庁レッドリスト掲載種、準絶滅危惧種)でもある。
サギ類
 調査対象区域のほぼ全域にわたり出現し、生息数も多い鳥類である。小型魚類や底生動物を採餌し、栄養段階の上位に位置する。
典型性 ヨ シ
 汽水域の移行帯に広く分布しており、調査域の生態系を特徴づけている要素である。低塩分域のヨシ帯にはカワザンショウガイ、クロベンケイガニなどが多くみられ、ヨシ帯を繁殖場としてオオヨシキリなどの鳥類も利用しており、ヨシ群落は多くの生物の生息する場としての機能をもつ。
ア ユ
 アユは漁業対象種であり、種苗放流もされているため、河川内の生息密度は環境を指標しにくいが、本種は回遊魚であり、仔魚の降下に対する影響は日齢の読みとりが容易であり、連続性の分断を指標することから、注目種とした。
ヤマトシジミ
 汽水域上流側、低塩分域の水中環境を代表する底生動物である。低塩分域は最も消失率が高い類型であり、この影響を指標する種として選定した。ヤマトシジミは魚類、潜水ガモなど多くの種類の餌生物として利用されており、食物連鎖を通じて低塩分域生態系への影響を指標すると考えた。
ヌマチチブ
 汽水域を中心に、淡水域まで広く分布する魚類である。調査対象区域にも多く分布しており、堰の設置による生息域の分断や水環境の変化における影響をみるため、注目種に選定した。
アシハラガニ(またはシギ・チドリ類
  主に河口付近の環境変化に伴う生態系の変化を指標する生物として選定した。アシハラガニは、他の底生動物やそれを捕食するシギ・チドリ類が利用する干潟、多くの幼稚魚の育成場としての機能や水質を浄化する機能をもった河口の干潟から浅場の生態系を指標するものとした。この河口干潟・浅場生態系は、明瞭な環境変化は想定されないが、調査地の中で重要な種類であると考えた。
小卵型カジカ
 調査域より上流側に生息する回遊魚である。堰の設置により遡上が困難になり、生息数が減少することも考えられることから連続性の注目種とした。本種は遡上力が弱いので、連続性の分断の影響を受けやすい。なお、本種の仔魚はアユと同様に河川を流下するが、降下についてはアユで代表させることとした。
モクズガニ
 調査対象区域に広く分布する回遊性の大型甲殻類である。堰の設置による移動分断のため、生息数が減少する可能性があるため選定した。
特殊性 トビハゼ
 汽水域中流部の直接改変区域に一部存在する泥干潟という特殊な環境に生息する魚類である。


 これらの注目種、群集の一般的な生活史、生息環境について以下に示す。なお、典型性の注目種については、それぞれの種が持つ機能についても検討を行う。
  ここでは、上位性のミサゴ、典型性のヤマトシジミ、アユ、特殊性のトビハゼを例として表-2.8に示す。


表-2.8(1)  注目種の特性の整理例(ミサゴ)
生物種(群集名) ミサゴ(Pandion haliaetus)
全国的な分布 ・日本全国に分布する。
・留鳥。
一般的な習性 ・主に海岸にすむが大きな湖や川にも生息する。
・魚食性である。・空中で停空飛行後、頭を下にし、足を前に出して急降下して水に突っ込み、 足指の爪で魚を捕らえる。
・岩の上や気の高い枝など一定の場所で魚を食べる。
繁殖生態 ・日本では九州以北で繁殖する。
・島や岩上、断崖の棚、海岸や湖沼に近い大木の上などに営巣する。
・巣は大型で直径1.6mに達するものもある。
・1巣の卵数は通常3個で、大きさは50.4-69mm×40.2-50.3mm。
・抱卵は通常雌で、雄は抱卵中の雌に餌を運ぶ。
・抱卵日数は約35日、雛は50-52日で巣立つ。
当該水域における分布 ・当該河川では河口から20kmまでの全域でみられる。
希少性 ・環境庁のレッドリストで準絶滅危惧(NT)に指定。
社会的重要性 ・本種は、現在「鳥獣保護法」により非狩猟鳥獣として保護されている。
・生息個体数や生息・営巣環境などの情報が少なく、詳細な調査が必要である。
参考資料
・高野伸二(1981):日本産鳥類図鑑,東海大学出版会.
・環境庁(1998):鳥類レッドリスト
・森岡照明・叶内拓也・川田隆・山形則男(1998):図鑑 日本のワシタカ類 第2版,㈱文一総合出版


表-2.8(2)  注目種の特性の整理例(ヤマトシジミ)
生物種(群集名) ヤマトシジミ(Corbicula japonica)
全国的な分布  ・日本全国に分布する。・汽水域の水底に生息し、低水温期には4~10cmも埋没する。
・生息水深は最大でも2.5mとされている。
・砂質を主とする場所に多く、砂礫、シルト、粘土質の場所や、有機物、硫化物の多い所では分布量が少ないとされる。
一般的な成長と回遊・移動 ・大半の個体は満3年殻長15mmで成熟する。
・受精後1日で初期D型幼生となって浮遊生活を送る。
・浮遊期間は他の二枚貝類よりもかなり短く、水温21~22℃では受精後5日で殻長0.18mmに達し、底生生活に入る。
・底生生活に移行した初期稚貝は足糸で一時砂粒などに付着する。
当該水域における分布                            ・河口から10km付近までの区間に生息する。




生息水温好適水温 ・発生には高水温が必要であり、20℃未満では発生が進まず、24~25℃で発生がよい。
・稚貝(殻長3~5mm)は12.5℃以下では成長せず、25~30℃で高い成長率を示す。
生息塩分好適塩分 ・成貝にとっては低塩分は致死要因にはならない。
・高塩分については、生息に適さない限界が海水の60%(塩分21)とされるが、致死量以下の塩分でも死亡する場合があり、これは、塩分変化によるストレスや塩分が変化する時に浸透圧調節が追いつかない可能性が指摘されている。
・卵から初期稚貝に至るまでは、低塩分側にも限界濃度があることが知られており、卵発生が速やかに進むのは30~70%海水中である。また、後期幼生(殻長0.2~0.3mm)は淡水中では1日後に全個体が死亡し、初期稚貝(殻長1.5~2mm)でも淡水中では死亡個体が発生する。
その他の生理的特性 ・成貝では水温13℃で溶存酸素0ml/lの場合、4日後に100%が死亡し、水温13~14℃の無酸素水中では96時間後に死亡個体が現れ、120時間後に50%が死亡する。また、貧酸素中の生存期間も水温が高いほど短くなると推定されている。
・貧酸素環境が長時間継続しなくても、頻繁に貧酸素化することによるストレスが死亡につながる可能性がある。




産卵時期 ・産卵期は3月下旬~11月上旬と長いが、概ね7~9月であり、8月が盛期である。
産卵場所 ・成貝が通常生息する場所
生息場所 ・卵・幼生期:河口付近で浮遊生活。
・稚貝・成貝:河床中(初期稚貝は河床表面に付着)
餌 料 ・水中の懸濁有機物をろ過して餌料とする。主な餌料は珪藻類、渦鞭毛藻類等の植物プランクトン、輪虫類などの小型動物プランクトンである。
希少性 ・全国的に分布しており、生息量も多く、希少な種ではない。
社会的重要性 ・内水面漁業にとって重要な漁業対象種である
参考資料
・丸 邦義(1993):北水試だより 21.
・西条八束・奥田節夫編著(1996):河川感潮域―その自然と変貌―,名古屋大学出版会.


表-2.8(3)  注目種の特性の整理例(アユ)
生物種(群集名) アユ(Plecoglossus altivelis altivelis)
全国的な分布                   ・北海道西部以南の日本各地に分布する。
一般的な成長と回遊・移動            ・アユは両側回遊型の魚類で、河川で孵化した仔魚は秋に海に下り、翌春までの仔稚魚期を海で過ごし、体長7~8cmで河川を遡上し、春から秋にかけての若魚期から成魚期を河川中流域で生活し、秋から初冬にかけて産卵し、その後死亡する。
当該水域における分布                           ・遡上期・降下期に当該水域を通過(成魚の分布は河口から20kmより上流)




生息水温(℃)
好適水温(℃)
・孵化期:10~20、稚仔魚期:7~25、未成魚期:9~22、成魚
・産卵期:14~25・孵化期:13~18、稚仔魚期:12.5~18、未成魚期:11~22
生息塩分 ・孵化期:10.8~21.7、稚仔魚期:32.7以下(淡水~海水)




産卵時期 ・産卵期は北方では8月下旬~9月、南方では10月下旬~12月。
産卵場所 ・中流域と下流域の境目付近にある砂礫底の瀬。
・主に夜間に多くの親魚が産卵場に集まって産卵する。
生息場所 ・河川の中流域の岩盤や石礫のあるところを好む。
・遡上時は群れをなすが、河川に定住するようになると、早瀬、平瀬及び淵などで、餌場となる石を中心に約1m2の広さのなわばりを持つ。
・なわばりを持たず群れで生活する個体もあるが、なわばりアユと比べて成長は悪い。
餌 料 ・岩盤や石の表面の付着藻類を食べる。
・櫛状歯のある上下の唇を石の表面にこすりつけて摂餌する。
希少性 ・全国的に分布しており、生息量も多く、希少な種ではない。
参考資料
・川那部浩哉・水野信彦(1989):日本の淡水魚,株式会社山と渓谷社.
・(社)日本水産資源保護協会(1983):環境条件が魚介類に与える影響に関する主要要因の整理.


表-2.8(4)  注目種の特性の整理例(トビハゼ)
生物種(群集名) トビハゼ(Periophthalmus modestus)
全国的な分布 ・東京以西の太平洋岸各地、瀬戸内海沿岸、沖縄島以北の琉球列島に分布。
・泥底の干潟が発達した河口域に生息する。
一般的な成長と回遊・移動 ・孵化した仔魚は、大潮の下げ潮に乗って干潟から湾内に出ていき、およ そ45~50日で干潟に戻り着底、底生生活に入る。
・生後約1年で体長5cm前後に達する。雄の大部分は1年で成熟し、繁殖後死亡する。小型の雌は1年目には成熟せず、2年目以降に体長7~9cmに達し成熟する。
当該水域における分布            ・汽水域の河口から5km付近に一部ある泥干潟に生息する。
生理的特性 ・主に空気呼吸を行い、皮膚が主要な呼吸器官となる。
・空気中では有毒なアンモニアが体内に蓄積するが、トビハゼの脳は他の魚に比べアンモニアを無毒なアミノ酸に変える能力が著しく高い。




産卵時期 ・産卵期は6~8月。
産卵場所 ・雄が泥中に産卵巣をつくり、雌を誘う。
・卵は産卵巣の天井に産み付ける。
生息場所 ・海岸の泥のたまった干潟に生息孔を掘って生活する。
・4~10月の活動期:干潟時には泥面上で捕食活動を、満潮時には岸辺の石の上などで次の干潮を待つ。
・11~3月の休止期:終日巣内で過ごし、捕食活動も行わない。
餌 料 ・干潟時に泥面上で小動物を捕食する。
希少性 ・東京以西に分布しているが、生息地や分布範囲は狭く個体数も少ない。
・本種が生息可能な河口域や干潟等の環境保全が重要である。
参考資料
・川那部浩哉・水野信彦(1989):日本の淡水魚,株式会社山と渓谷社.


(5) 重要な機能の選定

 事業の実施が陸水域生態系の機能に及ぼす影響を明らかにするために、地域概況調査、陸水域の類型区分、重要な類型及び対象とする生態系の構造と機能の概略検討などの結果をもとに検討を行い、陸水域における重要な機能の選定を行った。
 その結果、本ケーススダディでは、河口堰における生態系の機能で特に重要と考えられるものはみられなかった。機能の評価方法については、「「自然環境のアセスメント技術(Ⅱ)」(環境庁、平成12年8月)」の海域生態系ケーススタディを参照されたい。


(6) 調査・予測・評価手法の選定

 調査・予測・評価手法の選定に際しては、これまでの作業結果をふまえて検討した手法を方法書にとりまとめるとともに、公告・縦覧時の方法書に対する意見を適切に反映させ、方法書に記述した手法を見直す必要がある。手法の選定に際しては、地域特性を考慮し、対象地域の生態系に対する影響を捉える上で最も適切な方法を選定する。
 本ケーススダディで検討した手法については、2-4、2-5の中で解説する。


(7) 調査・予測地域の設定

 事業実施区域は河口から3~15kmの範囲である。この事業により、堰の上流側は土砂の堆積により河床変動が起こる可能性があるが、湛水区域の上流端は8km地点であり、20kmよりも上流側までは、影響は及ばないと判断した。下流側については、影響範囲が明確ではないが、河口付近には渡り鳥にとって重要な広大な干潟があることから、河口部までを対象にすることとした。これらのことから、調査・予測地域は図-2.8に示すように、河口から20km地点までとする。なお、河口から外側の海域についても事業の影響が考えられるが、海域への影響については海域編を参照することとした。
 ただし、注目種・群集の調査対象地域は、上記の調査・予測地域を基本として、行動圏の大きさ、生活史、個体群の分布など、個別の種の生態特性に応じて適宜拡大する方向で設定する。

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