2 ケーススタディ
1.総論においては、大気環境の環境影響評価を進めるに当たっての主に環境保全措置・評価・事後調査の進め方についての基本的な考え方について示した。
ケーススタディにおいては、スコーピングから事後調査計画立案までの手順を検討し、また、図表を用いて具体的手法の例を提示することにより、影響評価の手順の具体化を図ることとした。
なお、このケーススタディは現実の情報によるものではなく、あくまでも環境影響評価を行う上で考え方を整理するために想定した一例であり、必ずしもここで示す手法を推奨するものではない。
【ケーススタディ1】 | 環境保全への配慮の方法書への記載例(p22) |
【ケーススタディ2】 | 環境保全措置の複数検討の例(p23-24) |
【ケーススタディ3】 | 環境保全措置の検討経緯を記載する例(p25-26) |
【ケーススタディ4】 | 既存の観測データから予測値の誤差を補正する考え方の例(p27) |
【ケーススタディ5】 | 予測の不確実性が大きい場合に事後調査を実施する例(p28-29) |
【ケーススタディ6】 | 事後調査結果事例を活用した予測条件及び事後調査項目の検討(p30-34) |
【ケーススタディ1】:環境保全への配慮の方法書への記載例
●テーマ | |
・ 環境影響評価実施前の事業計画立案時において、環境保全への配慮として取り入れた対策及びその検討経緯については、方法書に記載することが望ましい。以下に環境保全への配慮について方法書に記載した例を示す。 |
●方法書 記載内容 |
【例:道路事業】 ○事業計画立案に当たっての環境保全への配慮 本事業の立案にあたっては、以下に示す環境保全への配慮を実施した。 地点Aから地点Bにかけては、住宅地や商業地など既に市街化された地域も多いことから、大気質の影響を考慮し、トンネル構造とした。 トンネル部には換気塔を○箇所設置し、トンネル内の排ガスは換気設備により上空高く排出し、拡散させることにより、周辺地域に与える影響を小さくするよう配慮する。 |
【例:面開発事業】
○事業計画立案に当たっての環境保全への配慮
土地利用を計画するにあたり、以下の点に留意した。
Aゾーン:現存の樹林を活かした緑地帯とし、都市部からの緩衝帯となるよう計画した。
Bゾーン:工事の実施に伴う大気質への影響等に考慮し、大規模な地形の改変を最小限に抑えるよう、現況の地形を活かした造成を計画した。
【ケーススタディ2】:環境保全措置の複数検討の例
●テーマ | |
環境影響評価段階において、環境保全措置の検討経緯を並列的に記載する例を示す。 複数案の比較、実現性等による環境保全措置の選定の妥当性を示す。 |
● 評価書記載内容【例:道路事業】
【ケーススタディ3】:環境保全措置の検討経緯を記載する例
●テーマ | |
・評価書若しくは準備書において、調査及び予測の結果から、環境保全措置の検討を進めていく中で設備計画等の変更を実施する場合に、その検討経緯を記載する例を示す。ただし、本ケースは環境保全措置の検討経緯を記載することにより、事業者の考え方を明らかにする例を示すものであり、検討経緯の一部分を記載したものである。 |
【例:火力発電所の設置】
[1]事業計画立案時における事業内容
事業者が××県において所有する既存の発電施設と同程度の出力・原動力の発電所を○○県に計画するものとして、発電施設の建物高さ、煙突等を同等の規模と想定して事業計画を立案した。
煙突高さ:40m(内径5m)
発電施設建物高さ:20m
[2]スコーピング段階での環境保全のための配慮の記載
スコーピング段階で事業立案時において考慮された環境保全のための配慮として、方法書に計画地周辺の土地利用状況を勘案した配置計画を記載した.
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[3]調査及び予測検討の中で環境保全の検討が実施された場合の検討経緯の記載
計画地内で気象(風向・風速)調査を1年間実施した結果、冬季において、西側の風が卓越しており、時間最大平均風速としてu=10m/sが観測された。
この結果を踏まえて、環境保全措置を検討し、煙突高さ及び煙突頂上部ガス吐出速度を設定した場合を以下に示す。
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【ケーススタディ4】:既存の観測データから予測値の誤差を補正する考え方の例
●テーマ | |
・予測における計算値が平均濃度である場合、実際には2分の1の確率で予測値を超過することを意味する。従って、NO2のように年平均値から日平均値98%値を推計した場合、これもまた2分の1の確率でその予測値を超過することとなる。このような予測値がもつ誤差について、既存の観測データの統計的推測によりその誤差の発生をより小さく推計する目標値の設定の一例を以下に示す。このケースは日平均値98%値に対応する年平均値の目標値を95%の信頼限界(5%は予測が誤ることを容認)で設定する一例であり、目標値の上乗せをすることで予測誤差をカバーすることが可能と考えられるものである。(ただし、95%の目標設定はあくまでも一例であり、目標値として推奨しているものではない。) |
【ケーススタディ5】:予測の不確実性が大きい場合に事後調査を実施する例
●テーマ | |
・予測式の適用範囲外において予測を実施したために、予測の不確実性が大きいと判断された場合において、事後調査を実施する例を示す。(ただし、調査・予測・評価の手法については事後調査を実施する場合として想定した一事例として示すものであり、必ずしもこの手法を推奨するものではない。) |
【例:火力発電所の設置】
事例として想定する前提条件、調査・予測・評価等、事後調査実施までの経緯について要点を以下に示す。
前提条件 |
事業内容:火力発電所(ガスタービン)の設置(燃料:都市ガス) |
予測手法のの概要 |
予測項目:窒素酸化物
予測手法:長期予測及び短期予測 ・強風時において周辺地形の影響による煙突頂部でのダウンウォッシュの発生が考えられるため、短期予測においてはダウンウォッシュを考慮した拡散モデルを採用した。(建物高さの3倍程度の範囲内においては乱気流が発生することからこの範囲内においては予測式の適用としない) |
評価の概要 |
・長期濃度の予測及び短期濃度の予測の結果、予測の適用範囲外となる建物高さの3倍以内における予測結果には不確実性が残るが、適用範囲内においては、環境保全措置の実施により計画地周辺においては著しく環境の影響を悪化させることはないと考えられ、本事業による影響は十分に回避・低減されていると考えられる。 |
事後調査実施の検討 |
・予測式の適用範囲外での予測結果の持つ予測の不確実性から建物高さの3倍程度内の範囲内における事後調査の実施を検討する必要がある。 |
これらの経緯を踏まえ、事後調査を実施する計画とした場合を想定し、準備書若しくは評価書に事後調査計画を記載する例を次に示す。この時、ここに掲げる事項をできる限り明らかにするように努めるものとする。
【ケーススタディ6】:事後調査結果事例を活用した予測条件及び事後調査項目の検討
●テーマ | |
・ 事後調査の結果、社会的状況の変化により評価書予測時の予測条件の設定に大きな差異が確認された事例をもとに、今後の環境影響評価業務を実施する際に活用可能な事項等について検討する例を示す。ここでは、実際の準備書・評価書への記載例ではなく、事後調査結果から学ぶ事項及び活用の可能性について検討する。(ただし、事後調査の手法等については一事例として示すものであり、必ずしもこの手法を推奨するものではない。) |
【事後調査結果の概要(例)】
以下に、事後調査結果の概要を示す。
(1)対象事業概要
対象地区:臨海部開発地区
対象事業:高速道路及び一般道路の新設
(2)調査項目
計画路線供用後の自動車走行に伴って排出される大気中の二酸化窒素(NO2)濃度及び車両台数並びに大型車混入率
(3)調査・予測地点
調査・予測地点は評価書と同一地点とし以下に示す地点とする。
(4)調査時期
予測実施後10年後(評価書における予測対象年次として8年後を想定していたが、事業進捗の遅れにより調査時期を変更)
(5)社会状況等の変化
計画路線周辺において、予測評価段階では考慮されていなかった主要交通ネットワークが事後調査実施時に供用開始していたため交通流の変化が生じていた。また、臨海部開発工事及び倉庫系建物等の増加により一般道における交通量及び大型車混入率が増加していた。
(6)事後調査の結果及び評価書における予測結果との比較
[1]二酸化窒素
事後調査の結果は期間平均値であるため予測値の年平均値と単純には比較できないが、事後調査の結果と評価書における予測値の比較を以下の表に示す。
表 事後調査の結果と評価書予測結果の比較
事後調査の結果と評価書における予測値を比較すると、事後調査の期間平均値は予測における年平均値よりも高い値となっている。
[2]交通量
評価書において交通量推計により算出した供用時推定値と事後調査による実測値の比較を以下に示す
事後調査の結果と評価書における推計値と比較すると、高速道路における断面交通量は№1で約10,000台/日、№3で約17,000台の増加があり、大型車混入率はそれぞれ6.4%、5.4%の増加がある。№1,2断面の一般道路部における断面交通量においては約11,000台の増加があり大型車混入率においては約21%の増加がある。
【事後調査結果の活用の検討】
上記事後調査結果より、今後の評価書作成時等において活用可能な内容として、以下の検討例を示す。
●バックグラウンド濃度の設定の検討
事後調査の結果と評価書における予測値を比較すると、事後調査の期間平均値は予測における年平均値よりも高い値となっている。この原因は、下図に示すように、予測時のバックグラウンド濃度を低く設定したためである。評価書予測時には一般環境測定局の年平均値の経年変化が過去7年前より暫減傾向にあり、各種発生源対策が実施されることを考慮して、評価書の予測時期におけるバックグラウンド濃度を低く設定していた。ところが、事後調査実施時期には、ここ数年の間横ばいで、予測ほど濃度が低下しなかったこと、また、交通量、大型車混入率の増加等の交通状況の変化も含め、事後調査結果に影響を与えることになったと考えられる。
以上の内容から、予測条件の設定においては次の点に注意する必要があると考える。
●将来交通量の設定の検討
事後調査結果と評価書予測値を比較すると、最大約17,000台以上の交通量、約21%の大型車混入率の差異が生じている。この原因は、予測時に本計画道路供用時には開通予定としていなかった交通ネットワークが事後調査実施時に供用開始していたための交通流の変化によるものと考えられる。また、一般道路の交通量及び大型車混入率の増加は、臨海部開発工事及び倉庫系建物等の増加によると考えられる。
ここで、調査断面№1における予測条件設定として、環境影響評価段階の調査結果等を用いて予測条件を変更した場合の検討をした。
計画路線と同様な道路機能を持つ臨海部の類似道路(高速道路)の交通量調査結果(現地調査当時)は以下に示すとおりであり、この交通量を計画路線の将来交通量と設定した。
類似道路調査地点A(臨港部高速道路) | 交通量 | 大型車混入率 |
55,700台/日 |
30.7% |
さらに、供用時の計画地域周辺の一般環境における二酸化窒素濃度が環境影響評価実施時の観測値とほぼ変わらないとしてバックグラウンド濃度を設定した。
この条件下における、調査断面№1の予測年次における道路沿道の二酸化窒素の予測結果は以下に示す通りである。
表 №1における二酸化窒素濃度の比較
本検討による年平均値は0.040ppmと予測される。事後調査結果は期間平均値であるため予測値の年平均値と単純には比較できないが、この予測値は事後調査結果の夏季及び冬季の期間平均値の間に存在する。
以上の例から予測条件の設定における配慮事項として以下の内容が想定される。
●事後調査実施の時期等の検討
本事例においては、車両走行台数及び大型車混入率並びに大気中の汚染物質の濃度を調査項目として選定した例を示しているが、事後調査結果からも確認できるように、様々な社会状況の変化については、環境影響評価の段階における8年後の交通量推計の中である程度は考慮していたものの、工事着手から供用に至るまでの間に社会状況の変化が当初の想定を上回っていたため、推定値と実測値に大きな差異が生じることとなった。
以上の内容から、事後調査実施の時期・地点・項目の設定においては次の点に注意する必要があると考える。
3 今後の課題
今後の環境影響評価を実施していく中で、より良い運営と技術の向上を目指していくという観点において、以下の点を今後の課題として掲げる。
●事業実施に伴う周辺環境への影響の捉え方について
大気質の環境影響評価を実施していく中で、一般的には長期間を対象期間とした濃度予測に加え、短期ではあるが高濃度が発生する期間・地域を対象とした予測というものについても検討することが重要である。いくつかの事業においてはこれらのケースについても検討がなされている。実際に事業実施地域の関係住民にとっては、長期的な年間の影響についてはもちろんであるが、局所的や瞬間的な影響というものについてはより敏感に反応する場合が多い。これらに着眼点を置くことで、様々な観点からの影響の捉え方が必要とされるとともに、評価手法をはじめ予測手法及び調査手法の対応も必要となる。これにより、各段階での問題点が新たな課題として抽出される可能性がある。
そのためには、今まで以上に、影響を与える側が影響を受ける側に立って現象の捉え方、調査・予測・評価手法について検討することが重要であり、必然的に環境影響評価の技術の向上にも繋がると考える。
●新しい技術の導入
調査・予測・評価手法等の中で大気中の挙動等について研究の進歩に伴い、いくつもの新しい技術が開発され、より、大気質の挙動というものを正確に捉える手法が構築されてきている(強不安定時、混合層中における大気拡散予測におけるAERMOD等)。しかしながら、既存の環境影響評価書の中では、計画位置及び計画地の気象条件等に関わらず、従来通りの手法を使い続けている例も少なくない。今後、より再現性の高い予測結果を得るためには、これまでの手法を見直し、新しい技術にも目を向け、より事業特性・地域特性に適した手法を選定する必要がある。
●事後調査の活用と技術の向上
予測条件の設定等においては、ケーススタディにも示したように、いくつもの事後調査の結果やモニタリングの結果を参考にすることで、対象事業に適した条件の設定が可能となるケースも考えられる。また、同種・同規模の事業であれば、事後調査結果の内容から事業実施による環境影響というものがある程度想定可能な場合もある。今後、より理想的な調査・予測・評価を実施していく上では、既に供用が開始している事例からも入手できるリアルタイムな条件や情報を入手し、スコーピングに反映していくこともひとつの環境影響評価の技術として捉えられる。