本検討会では、平成10年度(陸水域は平成11年度)にスコーピング手法の検討を開始し、平成11年度(陸水域は平成12年度)には環境影響評価の実施段階における調査・予測手法、今年度は環境保全措置・評価・事後調査の進め方やその実施上の留意点などを取りまとめた。
これら環境アセスメント技術の検討の過程で様々な論点が出されたが、環境影響評価制度が果たすべき役割を的確に発揮するためには、単に技術的な手法の改善・向上を図るのみでなく、環境影響評価制度の運用に関する事項も含めて、幅広くかつ長期的な取り組みが必要であるとの見解が委員の多くから示された。
制度の運用などの問題は必ずしも本検討会の所掌範囲とはいえないが、今後、環境影響評価をおこなっていく上で、より良い運用のために検討が望まれる事項については、幅広い観点から問題を提起することが重要であるとの認識に立ち、以下にいくつかの課題について記述した。
(1)環境影響評価の客観性向上に向けた様々な主体における取り組み
環境影響評価は、事業が環境に及ぼす影響をできるだけ客観的に予測評価することで、関係者の合意形成の基礎となるべきものである。したがって、環境影響評価における客観性の確保は、今後の環境影響評価技術に関する最重点課題といえる。客観性向上のためには、環境影響評価に関わる様々な主体がそれぞれ以下に示すような役割を担っていく必要がある。
・事業者の役割:適切な事後調査の実施によって予測結果を検証するとともに、特に期
待された環境保全措置の効果が十分に得られなかった場合には、その原因究明と対処方法を確実に検討・実施すること。また、それらの結果の公表を通じて環境影響評価技術に係る情報の蓄積と活用に寄与することが、環境影響評価の将来の客観性向上に向けた事業者の最も重要な役割であることを認識し、積極的に対処すること。
・国民の役割:事業におけるより適正で効果的な環境配慮を引き出すべく、地域の環境
に関する情報や意見をできる限り早い段階から事業者に提供するなど、環境影響評価に積極的に関与すること。また、事後調査結果の公表に対する監視を含めた長期的な関与も国民の重要な役割であること。そのためには、日頃から地域の環境に関心を持ち、理解を深めておくことが重要であること。
・国(特に環境省)の役割:学際的な協力体制の確保や開発支援などを含め、調査・予測
手法に関する技術開発の推進を図ること。その成果や各種の研究調査資料を幅広く収集・整理するとともに環境影響評価に関する技術・情報のデータベースとして基盤整備し、公開していくこと。また、常に情報の精度向上、利用性の高い情報システムの構築に努めること。国の各関係機関の間で協力・連絡を図るとともに、国民との連携を確保すること。
・地方公共団体の役割:国の役割に準じ、地域の実情に応じた技術・情報の基盤整備を
図ること。また、その際には、地域住民との連携を確保すること。
生態系分野や自然との触れ合い分野における環境影響評価の調査、予測、評価手法および環境保全措置の技術や効果の確認手法には、現段階では定式化されていないものが多い。したがって、環境影響評価にあたっては、地域環境の特性と事業特性および地域住民や専門家から寄せられた意見などに基づいて、個別案件ごとに創意工夫を重ねていくことが重要である。
調査などの実施に携わる者は、常に関連分野の研究成果などに関する最新の情報を把握し、活用可能な手法の導入に積極的に取り組む必要がある。また、事業者や国民はそうした個別案件ごとの創意工夫の重要性を十分理解し、既存の適応例のみにとらわれることなく、できる限り幅広く適用可能性に目を向けて、新たな手法の導入についての前向きな取り組みを支援していく必要がある。また、新しい手法を適用した場合には、その効果を客観的に評価し、長所・欠点や活用にあたっての適用条件などを結果とともに公表することが望ましい。こうしてより効果的な手法に関する情報が蓄積され、活用されていくことが期待される。
当該地域の環境に関心を有する多くの主体との間で合意形成を図るための基礎となる環境影響評価は、一方の当事者である事業者自らが、事業による環境影響を調査、予測するとともに、想定される影響を回避または低減するための環境保全措置を検討し、その評価結果を自らの見解として示すことによりおこなわれる。したがって、環境影響評価において公表される環境情報や事業による影響の予測、環境保全措置の妥当性の検証結果などの信頼性を担保するためには、その客観性ができる限り確保されなければならない。
一般的に環境影響評価の実施にあたって、事業者は、専門的知識や技術を有する調査機関(民間の環境コンサルタントや公益法人など)や専門家に調査、予測、環境保全措置の検討および評価に対する判断根拠を整理するまでの業務を委託する。これについて、さらに専門家などからの助言や指導を受け、事業者が実行可能性を勘案しながら評価をおこなう。
現段階では、事業者から環境影響評価の業務の委託を受ける調査機関などの選定は事業者により任意におこなわれる。その氏名(法人の場合は代表者名)と住所は準備書や評価書に記載することとされ、責任の所在の明確化が図られている。
環境影響評価の信頼性を高めていくためには、実際に環境影響評価の作業を実施する調査機関などについて、その専門的技術や知識の蓄積状況、関連業務の実績などを客観的に評価・認定し、専門的知見を有する者として独立性の高い地位と義務を与えることが考えられる。こうした仕組みにより、調査機関の技術者や専門家などが、より中立的立場で業務にあたることが可能となり、環境影響評価の客観性の向上に資すると考えられる。
環境影響評価の目的は、事業におけるより良い環境配慮のあり方について、事業者と地域住民もしくは広く国民との間で、情報交流を通じて合意形成を図っていくことにある。しかし、関係する多くの主体間での合意形成は、価値観の相違や事業の効果・重要性といった環境側面以外での判断なども入るので、一つの解に収斂させるには多大な努力を必要とする。
事業者が当該地域の環境に興味を持つ多様な主体との間で合意形成を図るためには、情報の公開と説明性の確保が最も重要である。できる限り多くの客観的情報が分かりやすく提供され、これに基づく冷静な意見交換が必要となる。そのため、先に示した環境影響評価における客観性向上に向けた取り組みのほか、意見交換の機会をできる限り多くもつことも重要な対応策の一つとなる。
したがって、事業者は環境影響評価法に定められた手続きにのみにとらわれることなく、必要に応じできる限り多くの意見交換の場が確保できるよう、積極的かつ柔軟に対応していくことが求められる。
(5)環境保全措置および事後調査の実行性を担保するための体制の確保
環境保全措置には事業計画の検討段階での対応を必要とするもののほかに、工事中や供用後の管理・運営に関して対応すべき措置も多い。したがって、環境影響評価の手続きが終了した後、環境保全措置および事後調査が着実に実施される体制が事業者において確保されていることが必要である。
そのためには、事業者が、環境保全措置および事後調査の実施に必要な費用と、その結果から追加的措置が必要とされた場合の対処費用を確実に確保する体制がとられなければならず、環境影響評価の段階において、環境保全措置および事後調査の実施案をより具体的に検討・記載し、公表することにより、事業者が責任を持って環境保全措置および事後調査をおこなっていく体制にあることを明らかにすることが重要である。
また、事業の種類によって、事業実施主体と工事完了後の管理主体とが異なる場合には、特に事後調査や追加的措置の実施が確実におこなわれるような体制の整備が必要である。
(6)環境影響評価制度の拡充と関連法令などによる環境保全の強化
環境影響評価法は、個別事業に対する環境影響評価の実施を規定した制度であり、その中にスコーピング手続きを導入することにより、できる限り早期の段階から適正な環境配慮が図られる仕組みとなっている。
しかし、個別の開発事業においては、環境影響評価の手続きに着手する以前の段階で、立地・配置や規模・構造など当該事業に関わる基本的要件の意思決定が既になされていることも多く、抜本的な事業計画の見直しが必要とされるほどの環境影響が明らかになっても、現実的にはそれに対する環境保全措置の検討の幅が狭くなり、環境配慮の組み込みが不十分に終わってしまう場合が多々見受けられる。
一方、環境影響の回避または低減のための措置が個別の事業において実行可能な範囲内で適正に講じられたとしても、複数の事業が並行的、継続的に実施されることによる複合的、累積的な環境影響は評価される仕組みにはなっておらず、こうした場合の環境悪化を抑制することはできない。
このような、個別の事業実施における環境影響評価という現行制度の弱点を補強するためには、現在検討が進められている戦略的環境アセスメント(SEA)の導入による環境影響評価制度そのものの拡充が不可欠である。
また、個別事業の計画内容の決定に関する法令などにおいて、事業計画の段階に応じた適正な環境配慮の検討が明確に位置付けられることが重要である。これにより社会資本整備などにおける環境保全の内部目的化が進み、社会資本整備など事業の推進が環境の保全や回復の有効な手段となることが期待できるとともに、環境影響評価の対象となる事業の場合には、環境保全措置の実効性の担保につながることとなる。
さらに、特定の事業や開発行為を許認可の対象としている法令においては、環境影響評価結果を許認可に反映させることとされており、環境保全措置の確実な実施と実施にあたっての条件を許認可要件の中に明確に示すことが重要である。例えば、アメリカでは、水質浄化法とそれに関連する許認可ガイドラインにおいて、湿地に関する『no
net
loss』の原則や代償にあたっての条件、ミティゲーション・バンキングの採用認定に関する事項が示されている。こうした例のように、環境影響評価における環境保全措置の目標の設定や妥当性の検証にあたっての明確な指針や判断根拠を示すことにより、環境影響評価の客観性の確保につながるばかりでなく、個別事業による環境保全措置を効果的、計画的に推進していくための手段となることも期待される。