環境影響評価とは、事業者が事業の実施による環境影響について自ら適正に調査・予測・評価をおこない、その結果にもとづいて環境保全措置を立案することにより、その事業計画を環境保全上望ましいものとしていく仕組みである。近年、国民の環境意識の高まりや、保全生物学などの学術分野における知見の蓄積などによって、環境影響評価に対しても、このような時代の流れに対応した適切な調査・予測・環境保全措置・評価をおこなうことが求められている。適切な環境影響評価をおこなうためには、まず何を評価すべきかという視点を明確にして調査・予測・環境保全措置の立案・評価を進めることが重要である。
「地形・地質」「植物」「動物」項目は、学術上もしくは希少性の観点から重要な動植物種、植物群落、注目すべき生息地、重要な地形・地質を対象とする点で「生態系」項目と異なる。これらの項目では、事業が重要な動植物種、植物群落、注目すべき生息地、重要な地形・地質の存続可能性に及ぼす影響を調査・予測し、予測された影響を環境保全措置によってどの程度回避、低減、および代償できるかを評価する。
これらの調査は、単に調査地域の重要な動植物種、植物群落、注目すべき生息地、重要な地形・地質を網羅的に記載することを目的としたものではなく、環境保全措置や予測、評価をおこなうために実施する。調査方針を設定する際には、環境保全措置や予測、評価をおこなうために必要な資料が得られるよう、十分検討しなければならない。
「地形・地質」「植物」「動物」項目で調査の対象とする地形・地質や植物、動物は、生態系を構成する要素でもある。このため、スコーピング段階と同様に、調査・予測・環境保全措置・評価に際しても相互に十分な連携を図りながら進めるとともに、場合によっては作業を統合しておこなう必要もある。「生態系」項目で注目種・群集として取り上げられた種が「植物」「動物」項目における重要な種に選定された場合には、事業や種の特性を把握した上でどちらか適切な項目で調査をおこなう。例えば対象種が生態系の上位に位置する種であるなど、対象そのものだけでなく広く生態系全体の状況を把握する必要があれば「生態系」項目で取り上げる。その場合、生態系という観点から必要な事項だけでなく、種や個体群の保全など、重要な種という観点から必要な事項についても調査、予測や環境保全措置をおこなう。
同様に「地形・地質」「植物」「動物」項目の調査においても、それぞれの項目ごとに独立で調査方針を設定するのではなく、効果的な予測・評価のために項目間で相互に連携を取って調査項目や調査範囲を設定する必要がある。例えば、ある動物種の生息地を評価する際に植物調査の資料を転用したり、植物調査の調査地点を基準として動物種の調査をおこなうことが考えられる。また、動物の生息地の調査において、植物調査で計画されていたものよりも広い範囲で生息基盤としての植物の情報が必要であると判断された場合は、それを基に植物調査の項目・範囲を広げて設定する。実際の調査の進行に伴って新たな調査が必要となったり調査範囲を広げなければならない場合もあるため、最初の調査項目設定の段階だけではなく、調査実施期間中も常に項目間での調整を心がけることが重要である。
事業着手後には、予測結果や環境保全措置の効果を検証するために事後調査をおこなうが、この結果は常に環境保全措置に反映させなければならない。事後調査の結果、予測結果と異なる影響が明らかとなった場合や、当初の環境保全措置の効果が十分ではないと判断された場合は、必要に応じて保全方針の修正を検討し、追加的な環境保全措置をおこなう必要がある。
調査、予測および評価手法の設定にあたっては、スコーピング段階で明らかにされた環境保全の基本的な考え方や公告縦覧時の意見を踏まえ、事業の影響や地域特性などを把握し、適切な環境保全措置を検討するために有効な予測・評価項目を設定する。さらにその予測および評価のために必要となる具体的な調査項目・手法、調査地域、時期、地点数などを順次検討し設定する。このとき、文献その他の既存資料によって情報を整理・解析した上で、地域の地形・地質の現況を明らかにするのに適した手法を選定する。なお、調査・予測などの手法の選定に際しては、常に学術分野の新しい研究成果や調査技術に注目し、効果的で実用性の高い手法を積極的に導入すべきである。
ここで対象とする「地形・地質」は、環境保全の観点からとらえられる地学的な対象としての「地形」「地質」「自然現象」とする。事業実施区域周辺の地形・地質をとらえる際には、地形と地質との関連を十分理解しておく必要がある。これは、地形の成因のひとつとして地質が大きく寄与している場合が多いためである。地学的な自然現象についても同様に、地形・地質との関係の中でとらえる必要がある。地表面の土壌のうち、生成の過程や物理・化学的性質が地質などの影響を強く受けているものについては地形・地質の一要素として扱っても差し支えない。防災的な観点は環境基本法でいう「環境保全」の範疇に含まれていないが、地域の動植物や生態系の基盤を将来にわたって保全するという観点から、地すべり地形、地形改変に伴う土地の安定性の変化などを調査対象とすることも考えられる。
なお、地形・地質の改変は、動植物、生態系、ふれあい活動の場、大気環境、水環境などに直接的、間接的に影響を及ぼす。これらの関連する要素については地形および地質の影響の予測結果にもとづいて予測・評価をおこなう必要があるので、項目間相互の関連性と記述内容の整合性について十分留意する。
(1)地形・地質に関する調査
地形、表層地質の現況調査は[1]地形・地質の地域特性を把握した上でスコーピング段階で抽出された重要な地形・地質の追加・見直しをする、[2]重要な地形・地質の調査・予測・評価のための基礎的情報を収集する、[3]生態系など他の項目の基礎的情報を収集することを目的におこなう。
地形・地質の調査結果にもとづいて地域特性を把握する際には、地形・地質の特性について広域的な位置づけが把握できるよう留意する。
地形・地質の改変は、土壌環境、水環境などに影響を及ぼし、さらに動植物や生態系にも影響を与える。このため、地域全体の自然環境の保全にあたっては、土壌、湧水、地下水、表流水などの状況も把握しておく必要がある。
また、地形調査と地質調査は連携しておこない、得られた結果で相互に補完しつつ作業を進めることが重要である。地形調査は地表の形状観察が中心であるが、地盤の形成過程などを把握する場合には地質調査の結果を参考にする。地質調査では、露頭の観察、ボーリング調査結果など限られた地点のデータから、地形全般の状況と地質の現状を推定することになる。
●調査項目の例
調査の対象 |
調査項目 |
地形 |
土地の形状、地形分類とその分布、傾斜、起伏、災害地形の分布および状況 など |
地質 |
表層地質、地質構造、地質層序、断層などの分布および状況 など |
●地形調査における主な留意点
・文献その他の既存資料による情報の整理・解析が重要である。文献資料によって必 要かつ十分な情報が得られない場合や既存情報の調査時点から改変が進んでいる場合 などについては、情報を補完するため現地調査を実施する。現地調査は、地域の地形 の現況を明らかにするのに適した手法を選定しおこなう。方法には測量、現地踏査な どが挙げられる。 ・地形分類にあたっては調査地域の広さ、起伏、小地形~微地形などの状況に応じて 分類の単位や基準を決定し、単位ごとに分布状況や特性などについて解説する。地形 単位は地域全体の特性が十分に把握できる程度のものを用いる。その際、「植物」 「動物」や「生態系」項目との関連性も念頭に入れ、「生態系」項目の類型区分など において整合が図れるように留意する。 ・地域の地形の特性を把握するためには地形図を用いた種々の解析をおこなうと効果 的である。例えば水系図、尾根(谷)図、傾斜区分図などの作成が一般的におこなわれ るが、必要に応じて、大まかに潜在的な地形を推定するための切峰面図の作成や、地 形の細かさを把握するための一定面積あたりの起伏量を示した起伏量図の作成、地形 の険しさや地表面の粗度を判定するための高度分散量の算定などをおこなう。 ・傾斜区分にあたっては緩傾斜地から急傾斜地までの分布状況を的確に把握できるよ うな傾斜度の区分をおこなう。大規模な土工を伴う事業では、急傾斜の場所では土工 量が大きくなる傾向にあり、崩壊などの危険性も高まる。地方自治体によっては傾斜 地などにおける開発指導をおこなっている場合もあり、これらの点にも留意する。 ・空中写真判読や既存資料による調査結果を現地で確認することを主眼に踏査ルート や地点を設定する。特に、人工改変が進んでいる地区では必ず調査地点を設け、最新 の情報を収集する。また、地すべり地形、急傾斜地など災害地形や特殊な地形などに ついても調査地点を設定する。斜面崩壊や地すべりなどは過去の災害履歴が地形情報 として残っている場合が多いので、斜面の微地形などから特徴を把握する。
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●地質調査における主な留意点
・あらかじめ文献その他の既存資料によって情報の整理・解析をおこなうとともに、 その結果を踏まえた上で、現地調査を実施する。現地調査は、地域の地質の現況を明 らかにするのに適した手法を選定しおこなう。方法には測量、現地踏査、ボーリング 調査、物理探査などが挙げられる。 ・表層地質区分をおこなう場合、調査地域の広さ、構成岩石、地質構造などの状況に 応じて分類の単位や基準を決定し、単位ごとに分布状況や特性などについて解説す る。地形単位には地域全体の特性が十分に把握できる程度のものを用いる。その際、 「植物」「動物」や「生態系」項目との関連性も念頭に入れ、「生態系」項目の類型 区分などと整合が図れるように留意する。 ・現地測量やボーリング調査をおこなう場合、動植物その他の自然環境への影響を生 じるおそれがあることから、動植物などの調査結果を踏まえ、慎重に調査地点、調査 時期などの検討をおこなう。 ・表層地質や地質構造については、露頭を中心に調査地点を設定するが、地質単位を 網羅するとともに、地質境界や各種褶曲、断層など地質構造の現れる地点を重点的に 設定する。ただし、露頭は現地で初めて存在を確認できることが多いため、最終的に は現地踏査時の状況に応じて調査地点を選定する。調査地点では、地層構成物質の種 類や風化状況などの観察、走向傾斜の測定などを中心におこない、地質構造を推定し ながら現地調査を実施する。そのほか断層・リニアメント(規模の大きいもの)や特 殊な地質などについても調査地点として設定し、分布や規模などを観察する。 |
(2)重要な地形・地質に関する調査
スコーピング段階において抽出された重要な地形・地質は、環境影響評価実施段階の「地形・地質」に関する調査結果を受けて追加・見直しをする。地形・地質に関する調査の結果を踏まえて主要な地形・地質リストを作成し、その中から、環境保全上重要な地形・地質を抽出する。抽出したものについて、資料調査、現地調査を実施し、その重要性を把握する。
重要な地形・地質には、法に基づく指定地域の指定理由となっているもの、文献資料で貴重とされるなど学術上または希少性の観点から重要な地形・地質・自然現象が挙げられる。学術上、希少性の考え方については「自然環境のアセスメント技術(I)」(環境庁企画調整局,1999)に詳述されているので参照されたい。なお、その一部を以下に例示する。
●調査の対象の例
・法令・条例などで指定されているもの ・レッドデータブックなど文献資料で重要とされているもの ・模式産地など学術上の重要性が高いもの ・特殊な環境の基盤となっているもの ・自然教育・環境教育に利用されるなど教育的な価値を有しているもの ・優れた自然景観の主要構成要素であるなど景観的な価値を有しているもの ・地域住民との関わりが特に深いもの |
●調査項目の例
分布・規模に関する調査 |
調査地域内の分布および規模などを把握する。 |
特徴に関する調査 |
形態、大きさ、構造、成立基盤(地盤、地質)、保存状態などを把握する。 |
成因などに関する調査 |
地史学的な成因、生成過程やそのメカニズムに関する情報などを把握する。 |
重要性に関する調査 |
環境保全関係の法令の指定状況や文献資料、既往調査などでの評価を整理するとともに、上記の調査結果も踏まえ、調査対象の広域的および地域的な重要性について検討し、抽出根拠を整理する。 |
●重要な地形・地質調査の主な留意点
(重要性に関する調査) ・文献資料や既往調査などで取り上げられている地形・地質の中には、環境保全上の 観点以外で取り上げられているもの、あるいはその選定理由が調査の対象とした地域 では当てはまらないものなどが含まれる場合があるので、重要な地形・地質は、おの おのの抽出根拠と地域特性を十分勘案する事が重要である。 ・重要な地形・地質の抽出にあたっては、全国的なスケールの視点だけでなく、地域 的な視点の重要性にも十分配慮し、地域住民が保全上重要と考えているものが相対的 に低く見なされないように、地域の自然的・社会的特性を十分踏まえる必要がある。 ・集落の立地や地域の社会文化が特定の地形などと不可分なほど密接に関わっている 場合や、局所的な地形または自然現象などが旧来より信仰の対象となっている場合、 あるいはそれらが有形無形の価値を生み、地域経済に寄与している場合など、地域住 民との関わりが深い地形・地質についても注意が必要である。 |
(3)調査地域、期間、時期
調査地域は、事業特性と地域特性に基づき、影響が生ずる可能性があると推定される区域を含み、事業の影響を評価するために必要な範囲とする。事業の実施に伴い影響が及ぶ範囲は、影響要因、地形、地質構造、水系の分布など様々な条件により異なる。したがって、調査地域は事業実施区域から一定の距離で囲まれる範囲として設定するのではなく、地形・地質単位などを考慮して設定するものとする。なお、重要な地形・地質に関して、近傍の模式地などで予測に必要な情報が得られる区域については、事業による影響が想定されない区域であっても調査をおこなうことが望ましい。
現地調査を実施する場合の調査地点および踏査ルートは、調査地域に含まれる主要な地形・地質要素が含まれるよう設定し、結果を地形単位・地質単位、「生態系」項目での類型区分ごとにまとめることを念頭において設定する。調査地点および踏査ルートは、空中写真の判読や既存資料で得られた情報を整理した上で検討する。
調査期間および時期については、地形・地質が基本的に季節的な制約は受けないため必要に応じて適宜設定できるが、植生が繁茂する時期、積雪期など、露頭の確認や地形の見通しが難しい時期は避けるのが一般的である。また、重要な地形・地質および自然現象で季節変化のあるものについては、その特性が適切に把握できる期間、時期を選んで設定する。例えば、湧泉・湧水などは、渇水期と豊水期の2時期について湧水量、分布地点などを把握する。
なお、生態系の基盤環境要素としての情報を得る必要がある場合には、関連する動植物の生息状況に応じて、それらの季節変動が適切に把握できる期間と時期を設定する。
(1)予測項目と方法
予測は事業の実施に伴って受ける主要な影響の種類を特定し、その影響による地形・地質の変化の程度を推定することによっておこなう。事業が複数の計画案を持つ場合は各案についての予測をおこなって比較する。また、想定される環境保全措置について、おこなわない場合とおこなった場合の影響予測を対比して示す。
予測にあたっては、まず特定された主要な影響の種類について具体的な予測方法を検討し、予測計画を立案する。予測計画にしたがって現地調査、資料調査、ヒアリング調査、類似事例調査、実験、シミュレーションなどの各種調査をおこなうことによって影響の程度を推定する。
予測は可能な限り客観的、定量的におこなう必要がある。採用した予測方法については、その選定理由、適用条件と範囲を明記しておく。予測結果に不確実性が伴う場合はその内容と程度を明らかにし、事後調査により予測結果の確認をおこなう。
●予測項目の例
・地形・地質の変化の程度または消滅の有無 ・成立環境要因の変化による地形・地質への影響 ・地形・地質の改変により影響を受けるその他の環境要素の変化の程度または消滅 の有無(水環境、土壌環境など) など |
●事業の実施に伴う影響の種類の例
起伏量の変化、傾斜の変化、地形区分の変化、災害地形への影響、地質構造への影 響、地質の消滅、地形などの成因に関わる環境要素の変化、土地の安定性の変化、 浸透能の変化、涵養域の変化、地下水位の変化 など |
●予測手法の例
・調査結果と事業計画の改変区域を重ね合わせることにより予測する。 ・土質工学的手法(数値解析など)により予測する。 ・類似事例や科学的な知見などにより予測する。 など |
●予測における主な留意事項
(重ね合わせによる予測) ・地形、地質、重要な地形・地質の直接的な変化の程度や消滅の有無については、地 形分類図、傾斜区分図、表層地質図、災害地形などの分布図、注目すべき地形・地質 図などの調査結果と事業計画における改変区域を重ね合わせることにより、直接改変 を受ける規模(改変面積)を計測・推計し、できるだけ定量的な予測をおこなう。ま た、その結果により、想定される質的変化の程度や内容などについて検討する。 (土質工学的手法による予測) ・土地の安定性の変化などについては、地形、地質などの予測結果も踏まえ、斜面に おける安定計算、類似事例の解析などにより予測をおこなう。 (重要な地形・地質に関する予測) ・重要な地形・地質については、現地調査を十分におこない更に詳細な予測をおこな うことが必要である。また、周辺地形、水象の変化などに伴う間接的な影響につい て、その予測結果などを踏まえ類似事例の解析などにより予測する。 (類似事例や科学的な知見の引用) ・類似事例や科学的な知見の引用は重要であるが、対象事業の影響に当てはめる場合 は環境条件による地域的な差に配慮し、引用したデータの背景を十分に考慮する。 |
(2)予測地域、時期の設定
予測地域
予測地域は基本的に調査地域と同じとする。予測地点は特に設定しないが、重要な地形・地質については、その対象が存在する地点およびその周辺について、詳細な予測をおこなう。なお、土地の安定性の予測が必要な場合は、大規模な法面が生じる地点、周辺の住宅など配慮が必要な施設などが存在する地点、主要な生態系・水系の周辺などに予測地点を適宜設定する。
予測の対象時期など
予測の対象時期は、対象事業に係る施工中の代表的時期および施工完了後一定の期間をおいた時期のうちで、地形・地質の特性および事業の特性をふまえ、事業による影響や環境保全措置の効果を適切に把握するために必要と考えられる時期とする。施工中の代表的時期としては、造成工事が最大の時期、影響が最大の時期などが挙げられる。
なお、工事計画において工期・工区がいくつかに区分され、その間隔が長期に及ぶ場合は、必要に応じ各工期・各工区ごとに予測する。
(1)保全方針の設定
環境保全措置の立案にあたっては、まずスコーピングおよび調査の各段階で把握される事業特性、地域特性や方法書手続きで寄せられた意見などを十分踏まえ、環境保全措置をどのような観点から検討するかについて整理して示す必要がある。保全方針を設定する際には、影響の予測される重要な地形・地質・自然現象に関して環境保全措置の対象を選定し、それぞれの重要度や特性に応じた環境保全措置の目標を検討して、回避または低減あるいは代償措置をおこなう際の観点、環境保全の考え方などを整理する。
-環境保全措置立案の観点
環境保全措置は、スコーピングおよび調査・予測のそれぞれの段階で把握される以下の観点を踏まえて検討する。
・環境保全の基本的考え方(スコーピング段階における検討の経緯を含む)
・事業特性(立地・配置、規模・構造、影響要因など)
・地域特性(地域の地形・地質の特性、環境保全措置を必要とする地形・地質の分布状況など)
・方法書や準備書手続きで寄せられた意見
・影響予測結果 など
また、スコーピングの初期段階など環境影響評価の早い段階から、あらかじめ事業者の環境保全に関する姿勢や基本的考えかたを示しておいた上で、調査・予測結果を踏まえて段階に応じたより具体的な保全方針を示してゆくことが重要である。
-環境保全措置の対象
環境保全措置の対象は上記の「環境保全措置立案の観点」を踏まえ、予測の対象とした重要な地形・地質の中から選定する。環境保全措置の対象の選定にあたっては、環境保全措置を実施する空間的・時間的範囲についても十分に検討しなければならない。また、環境保全措置が必要でないと判断された場合には、その理由を予測結果に基づきできるだけ客観的に示す必要がある。
これらを踏まえた上で環境保全措置の対象とする重要な地形・地質の選定をおこなうが、その際には以下のような事項に留意する。
・全国的なスケールの視点だけでなく、地域的な視点の重要性にも十分配慮し、地域住民が保全上重要と考えているものが相対的に低く見なされないように、地域の自然的・社会的特性を十分踏まえる必要がある。
・地方自治体の地域環境管理計画などにおいて主だった保全対象がリストアップされている場合にはこれを参考にする。ただし、環境保全措置の対象や目標は地域性が極めて高いものであるため、リストアップされているもの以外にも環境保全措置の対象として重要なものが存在する可能性があることに十分留意する。
・現況調査において消失、またはその価値が喪失しているため環境保全措置の対象として適切でないと判断されたものについてはその旨を明記する。
-環境保全措置の目標
保全すべき重要な地形・地質に対して環境保全措置を立案する際には、以下のような事項に留意してそれぞれの対象における具体的な目標の設定をおこなう。
・目標の設定にあたっては事後調査によって環境保全措置の効果が確認できるように、できるだけ把握しやすい具体的な目標を設定する。
・目標の設定にあたっては、現況調査結果を踏まえ、それぞれの地形・地質の重要さの程度など自然環境の有する多様な価値に着目して、対象ごとにどの程度の保全が必要か検討する。その際、希少性、教育的重要性などの自然的な価値と、歴史性、郷土性、親近性、国土保全などの社会的な価値に照らして検討する。
・自然環境の価値の軽重は、地域の自然的・社会的条件の違いによって異なる。したがって、どのような価値をより重視すべきかについては、地域の自然的・社会的特性を踏まえて検討することが必要である。
・環境保全措置の目標は、国の環境基本法・環境基本計画、関係市町村の環境基本条例・環境基本計画の目標、施策などと整合を図る。
・地形・地質は地域の自然環境を形成する基盤的な環境要素であり、単に重要な地形・地質といった限定的な要素について目標を設定するだけでは不十分な場合もある。例えば、施設の配置、設計、工事および供用にあたり、地域全体の自然環境に与える影響を総体として低減するような視点も必要である。これには次のようなものが挙げられる。
◇地形の改変量の最小化(例:造成面積および土工量の最小化、漂砂による海岸地形の
変化の最小化)
◇不安定地形への配慮(例:脆弱地形の改変の回避)
◇水循環系の保全(例:集水域の保全、涵養域の保全、浸透能の確保)
・既存の知見や研究例、環境保全措置の検討過程で得られたデータなどを用いて、これらの目標の妥当性をできるだけ客観的に示すことが望ましい。
(2)環境保全措置の内容
環境保全措置の具体的な検討にあたっては、対象に及ぼす影響を回避または低減するための措置を優先する。事業計画の段階に対応して、それぞれいくつかの案を検討し、措置の実施による効果と環境への影響をくり返し検討・評価して影響の回避または低減が最も適切におこなえるものを選択する。また、環境保全措置の検討過程を明らかにすることも重要である。
●環境保全措置の例
環境保全措置 |
|
事業計画 の検討段 階 |
・現地形・地質を生かした事業計画、工法の採用 ・重要な地形・地質の分布域を回避した事業計画の採用 ・重要な地形・地質の分布域および周辺環境の一体的な残存域の設定 ・連続した大規模な面積の改変の回避 ・土地の安定性を確保した事業計画の採用 ・山地・丘陵地での切土および盛土の土工量の最小化 ・大規模な集水域および水系の保全 ・道路や鉄道などのトンネル、橋梁などの位置の変更および環境影響の少ない構造の採用 ・地下工事における地下水や湧水への影響の低減対策の採用 など |
工事中 |
・重要な地形・地質の分布域における工作物の設置、工事用作業用地の設定などの回避 ・改変区域の表土の保全と周辺緑化への再利用 ・切土法面、盛土法面、裸地の早期緑化 など |
●環境保全措置立案における主な留意点
・地形・地質に対する影響は土地造成や施設建設に伴うものであり、改変区域における直接的な影響や地形改変などに伴う間接的影響は避けがたい。したがって、適切な改変区域・構造の選択など、計画初期段階での配慮が特に重要である。 |
(3)環境保全措置の妥当性の検証
環境保全措置の妥当性の検証は、当該環境要素に関する効果とその他の環境要素に対する影響とを検討することによっておこなう。環境保全措置の採用の判断は妥当性の検証結果を示すことによっておこなう。複数の環境保全措置についてそれぞれ効果の予測をおこない、その結果を比較検討することにより、効果が適切かつ十分得られると判断された環境保全措置を採用する。その際、最新の研究成果や類似事例を参照すること、専門家の指導を得ること、必要に応じて予備的な試験をおこなうことなどにより環境保全措置の効果や他への影響をできる限り客観的に考察する必要がある。
なお、技術的に確立されておらず効果や影響に関する知見が十分に得られていない環境保全措置を採用する場合には、特に慎重な検討が必要である。そのような場合には、環境保全措置の効果や影響を事後調査により確認しながら進めることも必要である。
(4)環境保全措置の実施案
準備書・評価書には「地形・地質」についての保全方針、環境保全措置の検討過程、選定理由について記載する。その際、環境保全措置の効果として措置を講じた場合と講じない場合の影響の程度に関する対比を明確にする。環境保全措置の効果や不確実性については、環境保全措置の対象と、それらに影響を与える影響要因や環境要素の関連の整理を通じて明らかにする。
採用した環境保全措置に関しては、それぞれ以下の点を一覧表などに整理し、環境保全措置の実施案として準備書、評価書においてできる限り具体的に記載する。
・採用した環境保全措置の内容、実施期間、実施方法、実施主体など
・採用した環境保全措置の効果に関する不確実性の程度
・採用した環境保全措置の実施に伴い生ずるおそれのあるほかの環境要素への影響
・採用した環境保全措置を講ずるにも関わらず存在する環境影響
・環境保全措置の効果を追跡し、管理する方法と責任体制
(1)評価の考え方
地形・地質に関する評価は、保全方針で明らかにした環境保全措置の対象と目標に対して、採用した環境保全措置を実施することにより、予測された影響を十分に回避または低減し得るか否かについて、事業者の見解を明らかにすることにより評価をおこなう。事業者はその見解の根拠をできるだけ客観的に説明する。その際には、環境保全措置の妥当性の検証結果を引用しつつ、できる限り客観性の高い定量的な方法で複数の案を比較した結果を提示することが望ましい。さらに、実行可能なより良い技術が取り入れられているか否かについてもわかりやすく述べるようにする。また環境保全の効果が得られる技術のうち実用段階にある、または近い将来に実用化されるもので、技術的にも当該事業に適用可能なものの中から、最も大きな効果を持つものが選択されていることを示す。
なお、事業実施区域が所在する地方自治体などが定めた環境基本計画や環境保全条例、各種指針などにおいて、地形・地質の保全に関わる目標や方針が定められている場合には、それらとの整合性についても言及しておく必要がある。
(2)総合的な評価との関係
準備書や評価書においては、各環境要素ごとの評価結果は、大気・水環境分野、自然との触れ合い分野、環境負荷分野など、ほかの環境要素ごとの評価結果と併せて、「対象事業に係る環境影響の総合的な評価」として取りまとめて示す必要がある。
それぞれの環境要素間には、トレード・オフの関係が成立するものもあることから、これらの環境要素間の関係や優先順位について事業者はどうとらえて対応したのかについて明確にした上で評価する必要がある。
総合評価の手法および表現方法には一覧表として整理する方法のほか、得点化する方法や一対比較による方法などが知られている。今後は、合意形成の手段でもある環境影響評価の目的達成に向け、事業者の総合的な見解として、対象事業が及ぼす環境影響に対する環境配慮のあり方をその根拠とともに、住民などに分かりやすく簡潔に伝えられるように個別案件ごとに創意工夫を重ねていく必要がある。
事後調査は通常、予測の不確実性が大きい場合や、環境保全措置の効果が明らかではない場合に実施するが、予測の不確実性が小さい場合であっても、予測結果の確認の観点から事後調査をおこなうことが望まれる。
事後調査では工事中および供用後の環境保全措置の対象および環境の変化を追跡し、環境保全措置の効果を把握する。事後調査によって問題が明らかになった場合に追加的措置が検討できるよう、不測の事態に十分対処できるような調査計画を立てておかなければならない。また影響が予測や環境保全措置を実施した範囲外へ及んでいないかどうかの確認をおこなう必要もある。
事後調査にあたっては何をどのように把握するのか、その対象と方法を明示し、必要な項目と調査方法をあらかじめ具体的に挙げておかなければならない。その際には、できるかぎり変化を明確に把握できるような調査対象・項目・場所に絞り込むことが必要である。したがって、事後調査では必ずしも環境影響評価時点の調査と完全に同一の調査項目が必要とは限らない。また、事業の実施または環境保全措置の実施による環境要素の変化を比較するには、実施前の環境要素の状態を把握しておく必要があるため、事前の調査段階から事後調査を考慮した調査を実施しておく必要がある。
(1)事後調査項目と方法
-事後調査項目
事後調査項目の選定にあたっては、まず把握すべき影響要因と環境要素の関連を整理し、調査の視点を明確にすることが重要である。事後調査の項目の例を以下に示す。
・重要な地形・地質の変化の状況
・事業計画・造成計画の実施状況および地形・地質の改変の程度
・湧水などの状況(湧水地およびその周辺の改変状況、湧水量の変化など)
-事後調査手法
事後調査手法は、環境影響評価に関する調査など事前におこなわれた調査手法の中から選定することを基本とするが、環境の変化を追跡できるよう、できる限り比較が可能な定量的な手法を選定する。事後調査手法の選定に際しては特に以下の点に留意する。
・一般的、客観的な調査手法であること。
・調査に従事する技術者の能力により左右されない調査手法であること。
・手法が複雑でなく、再現が容易であること。
(2)事後調査範囲、地点、期間などの設定
-事後調査地点、範囲
事後調査は調査・予測の範囲を対象におこなう。
事後調査地点は環境影響評価の調査に用いた地点の中から設定することを基本とし、調査の対象とする環境要素の変化を定量的に評価することを念頭において選定する。
-事後調査期間、時期
事後調査の期間、時期については、調査対象の特性を考慮し適切に設定するものとする。ほかの環境要素の変化などによって徐々に変化する可能性のある場合は継続観察をおこない、対象とする環境要素の変化が収束するまで継続することが望ましい。土地の安定性などについても、安全確認のため工事完了後の適切な時期におこなうことが望ましい。
また、中間的な時期を対象に予測をおこなった場合には、その時期も事後調査の対象とする。
調査を実施する期間・時期の考え方としては次のような例が挙げられる。
・重要な地形・地質・自然現象を成立させている環境要素が事業実施によって影響を受ける場合、その環境要素の変化が収束するまでを調査期間とする。
・重要な自然現象などは、その現象が生じる季節・時間に設定するのが基本であるが、その成立に関わる環境要因が影響を受ける期間・時期も考慮する。また、それらの変化が収束するまでを調査期間とする。
・湧水などでは、造成工事や地下工事の進捗状況に併せて、適宜もしくは定期的に調査時期を設定する。その際、変化が生じた場合、迅速に保全対策を講じられるような時期となるよう設定する。
調査、予測および評価手法の設定にあたっては、スコーピング段階で明らかにされた環境保全の基本的な考え方や公告縦覧時の意見並びに植物相などの調査を通じて把握された地域の植物の実態を踏まえ、事業の影響や地域特性などを把握し、適切な環境保全措置を検討するために有効な予測・評価項目を設定する。さらにその予測および評価のために必要となる具体的な調査項目・手法、調査地域、時期、地点数などを順次検討し設定する。このとき、文献その他の既存資料によって情報を整理・解析した上で、地域の植物の現況を明らかにするのに適した手法を選定する必要がある。
なお、調査・予測などの手法の選定に際しては、常に学術分野の新しい研究成果や調査技術に注目し、効果的で実用性の高い手法を積極的に導入すべきである。
(1)植物相、植生に関する調査
植物相、植生に関する調査では、調査地域全体における植物相、植生の現況調査をおこない、それらの状況などについてまとめる。調査は[1]植物相、植生の地域特性を把握した上でスコーピング段階で抽出された重要な植物種・植物群落の追加・見直しをする、[2]重要な植物種・植物群落の調査・予測・評価のための基礎的情報を収集する、[3]生態系など他の項目の調査・予測・評価のための基礎的情報を収集することを目的におこなう。
植物相、植生に関する調査結果にもとづいて地域特性を把握する際には、植生と生育立地の特性について広域的な位置づけができるよう留意する。
植物相調査における調査の対象
一般的に調査の対象とされている植物群は、陸域の調査では維管束植物、陸水域では水生植物(維管束植物、藻類を含む)や付着藻類、海域では海草、海藻、植物プランクトンといったものである。場合によってはコケ植物や地衣類が調査の対象とされることもある。
植物相調査では地域の植物相の特徴をとらえ、重要な植物種の項目で調査されるべき種を見落としなく拾い上げるために必要な種群を対象とする。重要な種の生育の可能性がある場合には、「改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物植物I、II」(環境庁自然保護局野生生物課,2000)や各地域で編纂されているレッドデータブックなどで取り上げられる分類群など、該当する種が含まれる植物群全般についての調査の必要性を検討する。検討にあたっては地域特性の考慮も重要である。ただし各地域で編纂されたレッドデータブックなどは、地域ごとに選定条件などに差異があるため注意が必要である。
なお、栽培されている植物は通常調査の対象としないが、逸出して野外で増加している場合には植物相の調査の対象とする。
植生調査における調査の対象
地域の植生の特徴をとらえ、重要な植物群落の項目で調査されるべき群落を見落としなく拾い上げるために必要な植物群落を調査の対象とする。重要な植物群落の生育の可能性がある場合や地域特性をとらえるうえで重要な場合には、植生図に示すことのできる比較的広がりがあり境界が明確な植物群落だけでなく、着生植物群落、岩上・岩隙植物群落、マント群落などの面積の狭いもの、水辺から陸域にかけての移行帯なども調査の対象とする。また、潜在自然植生を推定するためには、調査地域の植生だけでなく周辺の類似の立地に生育する自然植生を対象とした調査も必要となる場合がある。
●調査項目と調査内容の例
植 物 相 |
植物相の概況 各種の生育立地の概況:生育位置、生育地の状況など 各種の特性:植栽・逸出種、外来種などの区別、果実木・花木、食用・薬用、観賞用、工芸品などの材料といった有用性、環境指標性など |
植 生 |
植生の概況 調査地域に生育する植物群落の特性:種類、種組成、分布、構造など 生育立地の基盤環境:気象、地形、地質、土壌など |
●植物相調査における主な留意点
(種の同定) ・植物種の同定を確実にするため、種の記録時に標本を得て、確認年月日、地名、確 認者名、同定者名を記録する。同定が困難な種・種群は専門家に同定を依頼する。な お、法律、条例などにより採取の規制がある場合や、生育個体数が少なく標本の採取 が生育に影響を及ぼすおそれがある場合は、当該個体(群)の写真撮影と生育位置の記 録に留めるなどの注意が必要である。 (踏査ルート・調査地点) ・植物相に関する調査は基本的に踏査ルートをあらかじめ設定しておこなう。踏査ル ートは調査が容易で地形図上で位置が明確な歩道などに設定することが多いが、生育 範囲が局限される種が確認できるよう、森林内の林床、河床、池沼・塩湿地、崖地な どの特殊な環境を網羅するよう設定する必要がある。 ・水域では植物の分布が水深や基質に影響を受けるため、あらかじめ水深や基質を把 握した上で調査地点を設定する。 (「生態系」項目との連携) ・植物相の調査では「生態系」項目との連携を想定し、調査結果を基盤環境のタイプ や「生態系」項目での類型区分ごとにまとめられるように、踏査ルートを調査地域の 地形、地質、土壌など生育環境として重要な基盤環境要素を網羅するよう設定するの も有効な方法である。 (調査時期) ・植物相の調査は基本的に植物の生育・成長が顕著な時期を中心に、植物種により出 現時期や同定に適した開花期、結実期などが異なることを考慮して、十分な回数おこ なう。 (その他) ・植物種の出現頻度や被度は植物社会学的な調査資料をもとに概数を得ることができ るが、植物相の調査結果からも確認頻度の相互比較により多い・少ないといった簡単 な整理をしておくことが望ましい。 |
●植生調査における主な留意点
(調査地点) ・植物社会学的な調査を実施する地点は、現地調査に先立って空中写真の判読により 作成した相観植生図などを参考に、現地踏査により確認されるすべての植物群落に設 定する。調査地点数は植物群落ごとの面積や相観のタイプなどに応じ、組成表を作成 した際に植物群落の識別、区分に十分な地点数となるよう設定する。 ・水域では空中写真や音波探査などによる底質分布図などを参考に、植物群落が分布 すると推定される範囲の水深帯と底質をもれなくカバーできる地点を設定する。 ・移行帯などにおいて植生図や植物社会学的植生調査では把握しにくい、徐々に構成 種が移り変わっていく状態を把握する場合には、例えばベルトトランセクト(帯状の 調査区)など、その特性を把握できる適切な方法を選択する。 (「生態系」項目との連携) ・植生(植物群落)は動物の生息環境として重要である。このため、毎木調査などによ り群落構造を把握する、現存植生図作成時に空中写真判読などにより群落高(林分高) を区分しておくなど必要な情報が得られるよう工夫する。 (調査時期) ・植生調査は構成種の被度(優占度)、群度を測定する必要があるため、植物群落の 主要構成種が葉を十分に展開している時期におこなう。 (潜在自然植生推定時の注意) ・潜在自然植生の推定のためには植生調査時に、土壌断面調査、検土杖調査などを併 せて実施して基盤環境の特性を把握しておくことが必要である。 |
(2)重要な植物種、重要な植物群落に関する調査
重要な植物種および重要な植物群落を対象として調査をおこなう。スコーピング段階において抽出された重要な植物種および重要な植物群落は、環境影響評価実施段階の「植物相、植生」に関する調査結果をうけて追加・見直しする。追加にあたっては現地調査により明らかにされた地域特性を踏まえ、法令・条例などにおいて保護などの規制がある種、植物群落、文献資料で貴重とされるなど学術上または希少性の観点から重要である植物種、植物群落を抽出する。学術上、希少性の考え方については「自然環境のアセスメント技術(I)」(環境庁企画調整局, 1999)に詳述されているので参照されたい。なお、その一部を以下に例示する。特に、現地調査により未記載の種やその地域で分布の記録されていない種が発見された場合には慎重な検討が必要である。
●調査の対象の例
・法令・条例などで指定されている種・植物群落 ・レッドデータブックなど文献資料で重要とされている種・植物群落 ・種の基準産地、巨樹・巨木など学術上の重要性が高い種・植物群落 ・大規模な原生林などほかの生物の生息基盤となっている植物群落 ・自然教育・環境教育に利用されるなど教育的な価値を有している植物群落 ・湿原や特殊岩地など脆弱で特殊な環境条件に成立する種・植物群落 |
調査項目、方法は予測や評価に必要な資料が得られるよう適切なものを選定する。また、現地調査は文献その他の既存資料による情報の整理解析を踏まえて、地域の重要な植物種、植物群落の生育状況や生育環境の現況を明らかにするのに適した手法を選定しておこなう。調査結果に基づき、学術上または希少性の観点から調査地域における重要性の程度を確認する。調査項目の例を以下の表に示す。
●調査項目と調査内容の例
重要な植物種 |
分布、生活史、個体群の現状に関する調査:分布範囲、生育位置、生育量、個体数、繁殖状況(有性生殖)、成長特性(無性生殖も含む)、個体サイズ、齢構成(齢またはステージ)、採食による影響など 生育環境に関する調査:基盤環境(地形、地質、土壌・土湿、水温・水質など、日照、湿度などの微気象など)、管理の状況など |
重要な植物群落 |
植物群落の分布、種組成、構造に関する調査:種組成、構造、分布状況など 生育環境に関する調査:基盤環境(地形、地質、土壌・土湿、水温・水質など、日照、湿度などの微気象など)、周辺の植生、土地利用の履歴、管理の状況など |
●重要な植物種、植物群落調査の主な留意点
(個体数調査) ・クローン成長をする多年生草本では、調査の対象となる個体群のジェネットおよび ラメット*1の構成や空間的配置に応じてその遺伝的動態や個体群の存続可能性が大き く異なり、影響予測や環境保全措置についてもそれに応じた対処が必要となる場合が あるため、調査の際にも注意しなければならない。 (生息環境の調査) ・生育環境の状況は、地域概況調査や環境影響評価段階の調査により把握する「気 象」「大気質」「水質」「地形・地質」などから基盤環境要素の状況を整理する。現地 における調査では、重要な種・植物群落などの存続という観点から、重要な種・植物 群落などの生育状況と基盤環境要素との関連について詳細な調査を実施し、特にどの 基盤環境要素が生育の制限要因となっているか把握する。 (調査地域) ・重要な植物種、重要な植物群落に関する調査は、対象となる種、群落の生育地およ びその周辺の生育に関連する範囲を調査の対象とする。しかし、予測に必要な情報を 得るためには、近傍の生育地など事業による影響が想定されない区域であっても調査 をおこなう場合がある。 (調査時期) ・調査の対象となる種、群落の生態や生育環境の特性を把握するためには、開花結実 期や冬季など、植物相や植物群落とは別途に時期、回数を設定する必要がある。 |
(3)調査地域、期間
調査地域は事業特性と地域特性に基づき、事業による影響が生ずる可能性があると推定される区域を含み、事業の影響を評価するために必要な範囲とする。事後調査を想定し、事業の実施区域内の残置森林など、直接改変を受けない場所に事後調査時に利用できる調査定点を設ける必要が生じる事もある。
調査期間は、生育状況の季節変動が適切に把握できる期間とする。基本的に1年間以上の期間が必要である。現地調査において新たに重要な種、植物群落および個体など、調査が必要な対象が確認された場合はその時点から必要な期間の調査を実施する。
(1)予測項目と方法
予測は事業の実施に伴う影響の種類を特定し、その影響による予測の対象の変化の程度を推定することによっておこなう。事業が複数の計画案を持つ場合は各案についての予測をおこなって比較する。また、想定される環境保全措置について、おこなわない場合とおこなった場合の影響予測を対比して示す。
予測をおこなうにあたっては、まず特定された主要な影響の種類について具体的な予測方法を検討し、予測計画を立案する。予測計画にしたがって現地調査、資料調査、ヒアリング調査、類似事例調査、実験、シミュレーションなどの各種調査をおこなうことにより影響の程度を推定する。
予測は可能な限り客観的、定量的におこなう必要がある。植物種、個体群、植物群落などの変化に関する定量的な予測は難しい場合も多いが、生理、生態的な特性を十分に検討し、調査で得られたデータに基づいた客観的な予測をおこなう。採用した予測方法については、その選定理由、適用条件と範囲を明記しておく。
予測結果に不確実性が伴う場合はその内容と程度を明らかにし、事後調査により予測結果の確認をおこなう。なお、予測された以上に影響が生じた場合には追加的な環境保全措置を検討する必要もある。
●予測項目の例
・事業実施区域における植物種、植物群落および生育環境の改変・消失の程度 ・重要な植物種(個体・個体群)、植物群落の改変・消失の程度 ・直接改変地域周辺の生育環境の変化、およびその変化が植物種、植物群落に与える影響 ・緑化、植栽による植物の導入が周辺の植物種、植物群落に及ぼす影響 ・対象事業の供用に伴う植物への影響 |
●予測の対象および予測する影響の内容
予測の対象 |
予測する影響の内容 |
種、個体または個体群、植物群落 |
・消滅、損傷、縮小・拡大、組成・構造の変化 ・現存量の変化、活力・健康度の変化 ・成長、繁殖への影響 |
生育環境(基盤環境) |
・地形・地質・土壌環境、水質、水文環境、海象、微気象などの変化 |
●予測における主な留意事項
(環境の変動) ・気象条件により種子生産量が低下する年があるなど、環境が変動することが個体群 に及ぼす影響は時として非常に大きい。したがって、個体数の変化を予測するにあた っては事業や環境保全措置による影響だけでなく、環境の変動を考慮する必要がある。 (新たに創出された環境による影響) ・事業による環境の消失・縮小に伴う影響だけでなく、新たに創出された環境により 生じる移入種の侵入・都市型生物の増加などによる影響も考慮する。 (影響の時間的変化) ・工事中は影響が大きくても工事後には植生の回復などにより影響が緩和される場合 もあり、逆に時間とともに大きい影響が現われる場合もある。このように影響が時間 とともに変化する場合があることを考慮する必要がある。 (類似事例や科学的知見の引用) ・類似事例や科学的な知見の引用は重要であるが、対象事業の影響に当てはめる場合 は種や環境条件によって地域的な差がある可能性があるため引用したデータについて はその背景を十分考慮する。 (事後調査を踏まえた予測) ・環境保全措置の効果を事後調査により明らかにするため、事後調査における対照区 を残置森林など直接改変を受けない区域に設けた場合には、対照区として適切である かどうか検討するためにその調査定点に対する影響の予測もおこなう。 |
予測手法
影響の予測にあたっては、植物個体や、個体群、植物群落が伐採などにより消滅、損傷する、地形改変により生育環境が消滅するといった直接的な影響だけでなく、生育環境は直接には改変されないが日照、湿度、大気質、風衝、水温、潮流などの変化が生育環境に影響を及ぼし個体や植物群落の生育状況を徐々に変化させるといった影響も予測する必要がある。
これらの影響の予測には、現在下記に示したオーバーレイが多く用いられている。ほかにも、事業により影響を受ける個体群が地域の個体群を存続させる上で重要な場合には、個体群存続可能性分析(PVA)などを用いた個体群の存続可能性についての予測も必要である。
個体群が孤立することによってほかの個体群との間の遺伝子交流が無くなり、当該地の個体群の適応度が下がるといった影響が想定される場合には、遺伝解析の手法なども取り入れて予測する必要がある。
以下に示した以外にも、「自然環境のアセスメント技術(II)」(環境庁企画調整局,2000)に調査・予測・評価手法のレビューが記述されており、「植物」項目において参考としうる手法も紹介されているので参照されたい。既存の手法だけでなく新たな学術的知見や手法も取り入れて、考え得る様々な影響に対して予測をおこなわなければならない。
さらに個々の影響に対する予測結果を示すだけでなく、予測の対象が受ける影響を総合的に評価する必要がある。
●予測手法の例
オーバーレイ 現在多用されている手法である。様々な主題図(種の分布図、植物群落の推定現存 量図、立地区分図など)を作成し、事業計画図と重ね合わせることで、直接改変によ って消失する個体数や生息地の減少などを定量的に推定する。複数の事業計画がある 場合は、それぞれについてこの方法をおこなうことで事業案を比較検討(シナリオ分 析)する。この手法は、重要な植物種・植物群落への直接改変の影響を予測する場合 に有効な方法である。残存した個体・個体群・植物群落に対して、事業による日照、 湿度、風衝などの基盤環境が事業後に徐々に変化し影響する場合や、他種の侵入によ る競争の発生、孤立化や分断化による影響、分布面積の減少による採食圧の相対的増 加などを定量的に予測することはできないが、これらについての定性的な予測をおこ なう際の参考とすることもできる。 |
遺伝解析 アロザイム分析やPCR法などの遺伝解析手法を用いて、調査地域の個体群の遺伝的特異 性や遺伝的多様度、遺伝的関係性の変化を予測する。例えば、個体間での遺伝 的距離や、親子関係の推定をおこなうことで個体群間の遺伝子交流の状態を推定し、 事業による生息地の分断化・縮小が引き起こす遺伝的多様度の変化などの予測をおこ なうなどが考えられる。ただし、まだ遺伝的多様度についての知見が少ないことか ら、使用する遺伝子座、遺伝的多様度の解釈などには注意が必要である。また個体数 の少ない種では十分なサンプル数が確保できないなどの問題がある。 |
個体群存続可能性分析 事業実施区域の個体群がどれだけ残存したかというだけでなく、残存した個体群が 今後存続可能かどうかを予測する。個体群統計データの取得が可能な種では、個体群 存続可能性分析(PVA)のような手法を用いることで個体群の絶滅の危険性を定量的 に予測することができる。しかしPVAは確率変動性だけを考慮した場合は得られる 最小存続可能個体数(MVP)が過小評価になるとともに、生存率・繁殖率の低下を もたらす要因が存在する場合、絶滅時期は予測より早くなるなどの点に注意が必要で ある。また個体群統計データの取得が難しい種についても、およそのMVPの維持に 必要とされる生育適地の面積と分布、およびその連続性と種の分散能力との関係など の視点から、存続の可能性を定性的に予測することは可能である。 |
(2)予測地域、時期の設定
予測地域
予測地域は基本的に調査地域および調査地点と同じとする。直接的影響については直接的改変を伴う区域を含む事業対象区域とその区域内の調査地点を、間接的影響については間接的影響が予測される調査地域および調査地点を基本とする。生育範囲、生育環境などが局限される植物種および植物群落の生育が想定される場合はそれらへの影響を把握できる範囲を設定する。
予測の対象時期など
予測の対象時期は、対象事業に係る工事中の代表的時期および施工完了後一定の期間をおいた時期のうちで、植物種、植物群落の特性および事業の特性をふまえ、事業による影響や環境保全措置の効果を適切に把握するために必要と考えられる時期とする。可能な限り影響の時間的な変化がとらえられるように時期を設定することが望ましい。また、環境保全措置、事後調査も視野に入れ、不測の事態が起きた場合に対処が可能な時期を設定する。
例えば、工事中の直接改変に関する影響については、関係する工種の終了時や施工完了時などの予測が必要である。生育環境の変化により次第に現われる影響については、生育環境を大きく変化させる工種の施工時や、供用後一定の期間をおいて事業活動が安定し生育環境および植物種・植物群落の生育状況が安定する時期までなどの予測が必要となる。環境保全措置を講じた場合には当該措置が効果を発揮し、生育環境が安定する時期までの予測が必要となる。
予測の対象とする時期は植物の季節変動などの特性を考慮して、影響が最大となる時期とする。
(1)保全方針設定の考え方
環境保全措置の立案にあたっては、まずスコーピングおよび調査の各段階で把握される事業特性、地域特性や方法書手続きで寄せられた意見などを十分踏まえ、環境保全措置をどのような観点から検討するかについて整理して示す必要がある。保全方針を設定する際には、影響の予測される重要な植物種・植物群落に関して環境保全措置の対象を選定し、それぞれの重要度や特性に応じた環境保全措置の目標を検討して、回避または低減あるいは代償措置をおこなう際の観点、環境保全の考え方などを整理する。
-環境保全措置立案の観点
環境保全措置は、スコーピングおよび調査・予測のそれぞれの段階で把握される以下の観点を踏まえて検討する。
・環境保全の基本的考え方(スコーピング段階における検討の経緯を含む)
・事業特性(立地・配置、規模・構造、影響要因など)
・地域特性(地域の植物相の特性、環境保全措置を必要とする重要な種の分布状況など)
・方法書や準備書手続きで寄せられた意見
・影響予測結果 など
また、スコーピングの初期段階など環境影響評価の早い段階から、あらかじめ事業者の環境保全に関する姿勢や基本的考えかたを示しておいた上で、調査・予測結果を踏まえて段階に応じてより具体的な保全方針を示してゆくことが重要である。
-環境保全措置の対象
環境保全措置の対象は上記の「環境保全措置立案の観点」を踏まえ、予測の対象とした重要な種、植物群落の中から選定する。環境保全措置の対象の選定にあたっては、環境保全措置を実施する空間的・時間的範囲についても十分に検討しなければならない。また環境保全措置が必要でないと判断された場合には、その理由を予測結果に基づきできるだけ客観的に示す必要がある。
これらを踏まえた上で環境保全措置の対象とする重要な植物種、植物群落の選定をおこなうが、その際には以下のような事項に留意する。
・地方自治体の地域環境管理計画などにおいて主だった保全対象がリストアップされている場合には参考にすることができる。ただし、環境保全措置の対象や目標は地域性が極めて高いものであるため、リストアップされているものがすべてではないことに十分留意して用いる必要がある。
・重要な植物種や植物群落のうち、現況調査において死滅や消失、またはその価値が喪失しているため環境保全措置の対象として適切でないと判断されたものについてはその旨を明記する。
・雑木林のように、特定の構成種よりもその群落全体が保全すべき対象であると考えられる場合には、環境保全措置の対象は植物群落となる。
-環境保全措置の目標
重要な植物種・植物群落に対して環境保全措置を立案する際には、以下のような事項に留意して、それぞれの対象における具体的な目標の設定をおこなう。
・目標の設定にあたっては、事後調査によって環境保全措置の効果が確認ができるように、できるだけ数値などによる定量的な目標を設定する。「植物」項目における定量的な目標例としては、個体数、分布範囲、現存量、密度、齢構成などが挙げられる。
・目標の設定にあたっては、現況調査結果を踏まえそれぞれの植物種・植物群落の重要さの程度など自然環境の有する多様な価値に着目して、対象ごとにどの程度の保全が必要か検討する。その際、希少性、教育的重要性などの自然的な価値と、歴史性、郷土性、親近性、国土保全などの社会的な価値に照らして検討する。
・自然環境の価値の軽重は、地域の自然的・社会的条件の違いによって異なる。したがって、どのような価値をより重視すべきかについては、地域の自然的・社会的特性を踏まえて検討することが必要である。
・持続的な管理を前提とするのではなく、将来的には個体群が自立的に維持されるような目標とすべきである。
・水環境や土壌条件など、環境保全措置の対象の成立基盤である環境要素を基準に目標を設定する場合も考えられる。
・既存知見や研究例、環境保全措置の検討過程で得られたデータなどを用いて、これらの目標の妥当性をできるだけ客観的に示すことが望ましい。
(2)環境保全措置の内容
環境保全措置の具体的な検討にあたっては、対象に及ぼす影響を回避または低減するための措置を優先する。その上で、回避または低減により十分な保全が図られない場合には代償措置を検討する。事業計画の段階に対応して、それぞれいくつかの案を提示し、それぞれの環境保全措置の効果と環境への影響を繰り返し検討・評価して影響の回避または低減が最も適切におこなえるものを選択する。またそのような環境保全措置の検討過程を明らかにすることも重要である。
●環境保全措置の例
|
環境保全措置 |
事業計画 上の検討 段階 |
・重要な植物種・植物群落の分布域を直接改変地域から除外する、または分布域内での改変面積を減らす。 ・改変量を抑制した工法・工種を採用する。 ・まとまりのある森林を残し、周辺の森林との連続性を確保する。 ・現存植生、潜在自然植生などを考慮した植栽・緑化計画を策定する。 |
工事中 |
・重要な植物種・植物群落の分布域を工事作業用地から除外する。 ・水生植物に影響を及ぼす濁水の発生や拡散を防ぐ。 ・改変地域と非改変地域の境界域で林縁植生の回復、緑化をおこない、植物群落への影響を低減する。 ・改変地域周辺に分布する大径木を緑化に活用する。 ・改変地域の表土を保全し、周辺緑化の際の客土として利用する。 ・工事関係者に施工開始前に地域の自然環境や配慮事項について教育をおこなう。 |
施設など の存在お よび共用 |
・工事作業用地で、工事後に緑化などによって植生を回復させる。 ・道路排水、排気ガス、施設排水などの影響要因を抑制する。 ・重要な植物種・植物群落の移植や生育地の管理をおこなう。 ・地域の自然環境や配慮事項について施設利用者への教育をおこなう。 |
●環境保全措置立案における主な留意点
(周辺への影響の低減) ・残存する植物群落についても周辺部からの影響を抑制する必要がある。例えば森林 伐採により生じる林縁部についてはマント・ソデ群落を工事に先だって育成して保護 を図る、残存植物群落への土砂、濁水の流出を防ぐなどの措置が考えられる。 (生育環境の維持) ・植物個体・個体群の生育に必要な環境条件を明らかにし、生育環境を維持するため の措置を検討する。また、物理・化学的環境だけではなく送紛昆虫(ポリネータ)や 種子散布者となる生物の生息、機能が必要になることもある。 (植栽・緑化による影響の考慮) ・植栽や緑化に使用する植物種が事業実施区域や周辺地域の植物個体・個体群へ影響 を及ぼさないよう十分注意する。緑化により、環境が変化して移入種が増加しないよ う、手法や材料などを十分検討する。また郷土種を用いた緑化であっても、異なる産 地の材料を利用すると遺伝的撹乱により在来の個体群に影響を及ぼす可能性があるた め、地元産の材料を利用することが必要である。 (メタ個体群*1の考慮) ・個体群の存続には、それまでその種により占められていなかった新たな生育地への 個体の移入による、新たな局所個体群の成立が必要となる場合がある。その場合には 既存の個体群と、それらが分散可能な新たな生育立地の両方の確保が必要となる。 (移植) ・植物個体・個体群、植物群落の移植を検討する場合には、移植先において自生地と 同じ環境を確保することが難しいこと、移植先の植生の破壊を伴うことに注意する必 要がある。回避または低減による保全が不可能であり、移植を検討せざるを得ない場 合には移植の対象と移植先の植生の価値を比較し、それぞれが失われることでどのよ うな影響が生じる可能性があるのか十分検討する。また移植先で遺伝的攪乱を引き起 こす可能性も考えられるため、それぞれの個体群の遺伝的関係性についても注意す る。これらの問題が解決できるのか、技術的に移植が可能か、移植後に必要な管理体 制を確保できるのかなどについて十分確認する。さらに、事後調査をおこない、不測 の事態が生じた場合には適切な措置を施す必要がある。 |
(3)環境保全措置の妥当性の検証
環境保全措置の妥当性の検証は、当該環境要素に関する効果とその他の環境要素に対する影響とを検討することによっておこなう。複数の環境保全措置についてそれぞれ効果の予測をおこない、その結果を比較検討することにより、効果が適切かつ十分得られると判断された環境保全措置を採用する。
その際、最新の研究成果や類似事例を参照すること、専門家の指導を得ること、必要に応じて予備的な試験をおこなうことなどにより、環境保全措置の効果や他への影響をできる限り客観的に考察する必要がある。また環境保全措置がほかの環境保全措置の対象へ影響を及ぼすこともあるので、注意しなければならない。ある生物には良い効果をもたらすがほかの生物には悪影響を与える場合があるので、生物や環境要素の関連性についても十分な検討をおこなうことが重要である。
なお、技術的に確立されておらず効果や影響に関する知見が十分に得られていない環境保全措置を採用する場合には、特に慎重な検討が必要である。そのような場合には、環境保全措置の効果や影響を事後調査により確認しながら進めることも必要である。
(4)環境保全措置の実施案
準備書・評価書には「植物」についての保全方針、環境保全措置の検討過程、選定理由について記載する。その際、環境保全措置の効果として措置を講じた場合と講じない場合の影響の程度に関する対比を明確にする。環境保全措置の効果や不確実性については、環境保全措置の対象となる植物種、植物群落と、それらに影響を与える影響要因や環境要素の関連の整理を通じて明らかにする。
採用した環境保全措置に関しては、それぞれ以下の点を一覧表などに整理し、環境保全措置の実施案として準備書、評価書においてできる限り具体的に記載する。
・採用した環境保全措置の内容、実施期間、実施方法、実施主体など
・採用した環境保全措置の効果に関する不確実性の程度
・採用した環境保全措置の実施に伴い生ずるおそれのあるほかの環境要素への影響
・採用した環境保全措置を講ずるにもかかわらず存在する環境影響
・環境保全措置の効果を追跡し、管理する方法と責任体制
(1)評価の考え方
環境保全措置の対象と目標に対して、採用した環境保全措置を実施することにより、予測された影響を十分に回避または低減し得たか否かについて、事業者の見解を明らかにすることにより評価をおこなう。事業者はその見解の根拠をできるだけ客観的に説明する。その際には、環境保全措置の妥当性の検証結果を引用しつつ、できる限り客観性の高い定量的な方法で複数の案を比較した結果を提示することが望ましい。さらに、実行可能なより良い技術が取り入れられているか否かについてもわかりやすく述べるようにする。また環境保全の効果が得られる技術のうち実用段階にある、または近い将来に実用化されるもので、技術的にも当該事業に適用可能なものの中から、最も大きな効果を持つものが選択されていることを示す。
なお、事業実施区域が所在する地方自治体などが定めた環境基本計画や環境保全条例、各種指針などにおいて、植物の保全に関わる目標や方針が定められている場合には、それらとの整合性についても言及しておく必要がある。
(2)総合的な評価との関係
準備書や評価書においては、各環境要素ごとの評価結果は、大気・水環境分野、自然との触れ合い分野、環境負荷分野など、ほかの環境要素ごとの評価結果と併せて、「対象事業に係る環境影響の総合的な評価」として取りまとめて示す必要がある。
それぞれの環境要素間には、トレード・オフの関係が成立するものもあることから、これら環境要素間の関係や優先順位について事業者はどうとらえて対応したのかについて明確にした上で評価する必要がある。
総合評価の手法および表現方法には一覧表として整理する方法のほか、得点化する方法や一対比較による方法などが知られている。今後は、合意形成の手段でもある環境影響評価の目的達成に向け、事業者の総合的な見解として、対象事業が及ぼす環境影響に対する環境配慮のあり方をその根拠とともに、住民などに分かりやすく簡潔に伝えられるように個別案件ごとに創意工夫を重ねていく必要がある。
事後調査は通常、予測の不確実性が大きい場合や、環境保全措置の効果が明らかではない場合に実施するが、予測の不確実性が小さい場合であっても、予測結果の確認の観点から事後調査をおこなうことが望まれる。
事後調査では工事中および供用後の環境保全措置の対象および環境の変化を追跡し、環境保全措置の効果を把握する。事後調査によって問題が明らかになった場合に追加的措置が検討できるよう、不測の事態に十分対処できるような調査計画を立てておかなければならない。また影響が予測や環境保全措置を実施した範囲の外へ及んでいないかどうかの確認をおこなう必要もある。
事後調査にあたっては何をどのように把握するのか(例えば、事業前後でのバイオマス、齢構成、適応度の変化など)、その対象と方法を明示し、必要な項目と調査方法をあらかじめ具体的に挙げておかなければならない。その際には、できるかぎり変化を明確に把握できるような種・項目・場所に絞り込むことが必要である。したがって、事後調査では必ずしも環境影響評価時点の調査と完全に同一の調査項目が必要とは限らない。また、事業の実施または環境保全措置の実施による環境要素の変化を比較するには、実施前の環境要素の状態を把握しておく必要があるため、事前の調査段階から事後調査を考慮した調査を実施しておく必要がある。
(1)事後調査項目と方法
-事後調査項目
事後調査項目の選定にあたっては、まず把握すべき影響要因と環境要素の関連を整理し、調査の視点を明確にすることが重要である。植物を対象とした事後調査項目の例を以下に挙げた
・植物相
・個体の生育状況(生育位置、分布、個体数、成長量、健康度など)
・群落構造、組成
・植物群落の分布
・植物の生育に関連する基盤環境要素
-事後調査手法
事後調査手法は環境影響評価に関する調査などの事前におこなわれた調査手法の中から選定することを基本とするが、事業実施前後の変化を追跡できるよう、比較が可能な定量的手法を極力選定する。なお、調査区を設けて実施する調査では、調査者の踏圧による下層植生への影響や枠取り採集による海藻群落への影響といった、調査による影響が生じないよう留意する必要がある。事後調査手法の選定に際しては特に以下の点に留意する。
・一般的、客観的な調査手法であることが望ましい。
・調査に従事する技術者の能力により左右されない調査手法であること。
・手法が複雑でなく、再現が容易であること。
(2)事後調査範囲、地点、期間などの設定
-事後調査地点、範囲
事後調査は調査・予測の範囲を対象におこなう。ただし影響が予測範囲外へ及んでいないかどうかの確認もおこない、範囲外への影響が認められた場合には、調査範囲の拡大などの対応をしなければならない。
事後調査地点は環境影響評価の調査に用いた地点などを含めて設定し、調査の対象の変化を定量的に評価できる地点数を確保する。植物への間接的影響は徐々に現れることが多く、事後調査は通常複数年にわたり実施する必要があることから、事後調査が終了するまで確保できる調査定点や調査ルートを選定する。また、事業による影響や環境保全措置の効果を気象条件やほかの環境要素の変動に伴う影響と区分して把握するためには、事後調査地点と同じ環境で、事業による影響を受けない立地や環境保全措置を実施していない立地などに比較のための対照調査区を設ける必要がある。
植物群落の構造・組成、現存量・成長量などを調査の対象とする場合は永久方形区(コドラート)などを設置して調査をおこなう。影響の程度や基盤環境条件が徐々に変化する立地ではベルトトランセクト(帯状の調査区)を設置するなど、調査の対象や目的に合わせた調査地点の設定をおこなう。
-事後調査期間、時期
事後調査の実施期間、時期や頻度は対象となる植物種や植物群落、実施された環境保全措置の目的によって異なる。事後調査は、事前の調査結果が検証され、対象とする環境要素の変化が収束したことが確認されるまで継続することが望ましい。また経年的に調査を計画する際には、調査時期は対象とする植物の生活史を考慮し、毎年同時期に実施する必要がある。
調査の対象が草本や藻類の場合には、比較的短期間の事後調査でも数世代にわたる個体群の調査が可能であるが、木本の場合にはかなりの長期間にわたる調査が必要となる。逆に、草本や藻類の変化をとらえるためには季節ごとの頻繁な調査が必要であるのに対し、木本では年単位の期間を置かなければ明らかな変化をとらえることは難しい。さらに、調査頻度は、調査の対象となる植物種が生育する環境の変動もとらえられるよう設定しなければならない。
調査を実施する期間の考え方としては次のような例が挙げられる。
・植物個体群や植物群落の回復が環境保全措置の目的である場合、その個体群・植物群落内の個体数や構造が事業実施前と同じ状態に回復するまでを調査期間とする。
・森林の極相など完全に回復するまでにかなり長期間が必要な植物群落の回復が目的である場合、その植物群落に至る遷移系列上の変化が順調に進み回復が見込まれる段階まで、あるいは目的となる植物群落を構成する種の後継稚樹の健全な生育が認められる段階までを事後調査の期限とする。
・干潟や湿地など、そこに生育する植物種にとって基盤環境の安定性が重要である場合には、その基盤環境が安定するまでを事後調査の期限とする。
環境影響評価の対象となる主な植物群または生活形について調査・予測・評価をおこない、環境保全措置や事後調査を検討する上で留意すべき点を表III-1-1~7にまとめた。区分は調査方法との対応を考慮し、維管束植物、コケ植物のような主な植物群と水生植物、付着藻類、植物プランクトンのような生活形による区分を併用して示した。このため植物群によっては留意点が重複していることもある。また、これらの表には植物群または生活形ごとに留意すべき点のみを示しているので、「植物」項目での環境影響評価の進め方全般については本文を参考にしつつ検討されたい。ここで示した留意点は各植物群の特徴の一部を示しているのみであり、地域特性や事業特性に応じた幅広い事項についての検討が必要となることは言うまでもない。
維管束植物のうち、湿地や湿原に生育するものも含め、主に陸上で生活する植物は「維管束植物(陸生植物)」に含めた。主に水中で生活する維管束植物のうち、淡水または汽水中で生育するものを「維管束植物(水生植物)」に、海水中で生活する維管束植物や藻類は「海藻・海草類」にまとめた。
「コケ植物」には蘚類・苔類・ツノゴケ類が含まれる。「地衣類」は真菌類と藻類の共生生物である。付着藻類と植物プランクトンは様々な分類群を含むが、調査手法との対応を考慮して、分類群ごとではなく「付着藻類」「植物プランクトン」としてそれぞれまとめた。
表III-1-1 植物群ごとの留意点(1/7)
維管束植物(陸生植物) |
-特性 ・ここでとりあげた陸生植物は陸上で生活する維管束植物である。ただし、湿地や湿原に生育する種を含む。 -調査手法 ・植物相や植生の調査では特性や生育場所の異なる多くの種を同時に対象とする。このため、既往知見をよく収集した上で調査をおこない重要な種の見落としがないように注意する。 ・同定が困難な種については標本を採取し、専門家に同定を依頼する。ただし個体数が少なく標本採取が個体群の存続に影響を及ぼす場合は、写真での記録などにとどめる。 ・実生や稚樹の有無は個体群の更新を推定するのに重要な情報である。その際、正確な齢の推定が困難な木本種でも、個体サイズ分布などで大まかな個体群の齢構成を推定することが必要である。 -調査時期・頻度 ・種により観察、同定可能な季節が異なるため、年間を通じて必要な時期に調査できるよう時期の設定に注意する。 ・調査時期は基本的に夏季を中心とするが、生育量や成長量を測定する場合、落葉性の種は季節ごとに大幅な差があるため、被度の測定には夏季、年間成長量の測定には秋季など、目的に応じた調査時期を設定する。 -留意すべき影響要因 ・湿地は特定の地形・地質によって維持される複雑な水循環によって成立していることが多いので、湿地の上流側に道路を建設することによって湿地への流入水量が減少するなど、直接的な破壊がなくても水循環が妨げられることが大きく影響する場合がある。 ・田畑などの人為的な土地利用や、二次林の下草刈りなどの人為的管理に依存して生育する種は、事業実施後に周辺での管理が放棄されることによる影響を受ける場合がある。 ・河川上流域では細粒土砂の堆積地が広がることは稀で、礫の堆積地や岩上、岩隙が植物の主な生育立地となる。そのため、流入土砂の減少やアーマーコート化が問題とされる中・下流域とは異なり、水流の減少による堆砂の影響が大きい。 ・河原植生のように土壌が薄く貧栄養な立地で土壌の富栄養化が進むと、競争に強い外来種の侵入を招くことがある。 ・砂浜海岸の安定帯ではクロマツなど木本植物が優占し、不安定帯では植物は定着しない。砂浜に特有の植物種はこの間に分布する半安定帯に生育するものが多いため、海岸浸食で砂浜が減少することによっても砂浜海岸性の種の生育立地は減少する。 ・砂浜海岸や湿地、林床などの植物にとっては、人の侵入による踏みつけの影響が大きいため、工事中、供用後の踏圧にも注意が必要である。 -予測・評価手法 ・現存の個体の生育状況だけでなく、今後の個体群の存続可能性を評価できるよう、開花、結実、種子散布、実生の定着など生活史を考慮した予測、評価をおこなう。 ・個体の齢やサイズによって影響を受ける度合いが異なることに留意する。 ・個体群の齢構成などの内部分析によって、今後の遷移予測をおこなう。 -保全方針検討の観点 ・移植による保全には様々な問題が伴うため、まず既存の生育地の保全を検討すべきである。移植をおこなわざるを得ない場合にはp.●●●で述べた点に十分留意する。 ・花粉媒介昆虫や種子散布動物など、保全する種の生活史に関わるほかの生物の生息環境や移動能力なども考慮して対策を考える必要がある。 ・単一群落では加害する植食動物の大発生に注意する。大規模な食害を防ぐには個体群を分散させたり、クモ類や鳥類などの害虫の捕食者が生息できるような配慮が必要である。 -事後調査手法 ・固定プロットなどによる調査をおこなう場合には調査時の踏圧による影響が及ばないように注意する。 ・二次林では遷移や管理方法の変化などによって、上層に大きな変化がなくても下層の群落構造や種組成が変化することがあるため、林床性の種については、種そのものだけでなく、群落構造を対象とした調査をおこなう必要がある。 -事後調査期間 ・陸生植物には一年生草本から高木性樹木まで生育形や寿命が大きく異なる種が含まれるため、それぞれの生活史や生育形を考慮して、対象とする種ごとに適切な事後調査期間を決定する。 |
表III-1-2 植物群ごとの留意点(2/7)
維管束植物(水生植物) |
-特性 ・ここでとりあげた水生植物は抽水植物、浮葉植物、沈水植物、浮遊植物など主に水中で生活する維管束植物である。ただし、海水中で生活するアマモ類などの海草については次項、「海藻・海草類」に記述する。 ・夏から秋にかけての水位低下時に、水の引いた部分に生育する草本群落が存在するなど、季節的な変動が大きいのが特徴である。 ・生育場所が水域に限定されるため、池沼ごと、支流ごとなどに個体群が孤立している場合が多い。 ・沈水植物の一部は水面または水中で受粉をおこなう水媒花であり、水環境が生殖に対しても重要な意味を持つ。 -調査手法 ・抽水・浮葉・沈水・浮遊の生育形は種によって固定しているわけではなく、同じ種でも生育環境によって異なる生育形をとる。その際、同一種であっても沈水形と抽水形、あるいは陸生形で全く異なった形の葉を持つことがあるので、同定する際には十分注意する必要がある。 ・水中に生育する沈水植物や小型の単子葉植物を現地調査で見落とさないよう注意が必要である。 ・植物相調査の調査地点は対象となる水域の形態、地形、底質など様々な基盤環境を網羅するよう設定する。 ・池沼や水中での調査は泥土に踏み込むことになるため、調査によって生育地を攪乱しないよう注意する。 -調査時期・頻度 ・季節的な変動が大きいため、適切な調査時期を選ぶ必要がある。 -留意すべき影響要因 ・種によって生存可能な水深・水流条件は限られているため、事業によって水深や水流の特性が変化すると種組成が変わるなどの影響が生じることがある。 ・水域の富栄養化によって外来水草が繁茂し、在来種が駆逐されることがある。 ・水中で光合成をおこなう沈水植物にとっては、水の透明度が分布の大きな制限要因となるため、事業の排砂などで水が混濁すると枯死することもある。 ・マングローブ林や塩性湿地に生育する種には生育の可能な塩分濃度の範囲がある。したがって事業によって汽水域の塩分濃度が上昇すると生育不可能となり、逆に淡水化すると先駆種や外来種に駆逐される可能性がある。 -予測・評価手法 ・洪水による実生のセーフサイトの出現や種子散布など、生活史における水環境変動への依存度が高い種が多いため、個々の種の生活史が、水環境にどのように依存しているかを明らかにしたうえで評価をおこわなければならない。 -保全方針検討の観点 ・移植がおこなわれることが多いが、移植先において自生地と同じ環境を確保することが難しいなど様々な問題が伴うため、まず既存の生育地の保全を検討すべきである。移植をおこなわざるを得ない場合にはp.●●●で述べた点に十分留意する。 ・水域や湿地だけでなく、集水域を含めた環境と水質の保全が必要である。 ・水位の変動が必要な種、群落も存在するため、各々の生育条件に応じた維持管理が必要である。 -事後調査期間 ・水生植物では樹木ほど長期間の事後調査は必要ないが、種ごとの生活史や水量など生育環境の変動期間も考慮して調査期間を設定する。また変化の大きい事業実施後5年程度の間は、毎年調査をおこなうことが望ましい。 |
表III-1-3 植物群ごとの留意点(3/7)
海藻・海草類 |
-特性 ・海水中・汽水中で生活する海藻・海草類である。海藻類は生育環境によって外形が大きく変わるなど分類の難しいものが多いので注意が必要である。 -調査手法 ・海藻・海草類には潮間帯の一部や汽水域の一部など、局所的に分布するものがあるので、既往知見をよく収集した上で、海藻・海草類の分類に精通した技術者による全体的な踏査(潜水観察・採集を含む)をおこない、重要な種の見落としがないようにすることが重要である。 ・潮間帯のように狭い範囲内で海藻・海草類の採集をおこなう際には、あまり広い面積で採集すると、調査による影響が生じることがあるので注意が必要である。1ヶ所で広い面積にわたって採集するより潮流・潮位・干満の状況・水深・基質などを考慮して、様々な環境から少しずつ採集する方が重要な種の調査に適している。 -調査時期・頻度 ・海藻・海草類は、種によって繁茂期が異なるので、少なくとも季節変化が把握できる程度の調査頻度が必要である。冬季に波浪が高くなるような海域では、浅海部での調査に危険性が伴うことから、省略または時期をずらすこともあり得るが、海藻は冬季に成長するものが多いため早春の調査は必ずおこなう。 -留意すべき影響要因 ・海藻・海草類では、基質、光環境、水温、塩分などが重要な環境要素である。予測・評価は、種の生理・生態特性(好適な生息条件)を十分に踏まえておこなう必要がある。 -予測・評価手法 ・生活史を踏まえた、遊走子や種子などの供給源(ストックヤード)についての予測・評価も重要である。 -保全方針検討の観点 ・海藻・海草類は、一般に環境要素の変化に敏感であることから種の生理・生態特性(好適な生息条件)を十分に踏まえた環境保全措置の検討をおこなう。 ・海藻・海草類は、海域の様々な環境要素のバランスの上に生息しており、移植による保全は極めて困難である。保全にあたっては生息場所の環境要素の保全を最優先とする。 -事後調査手法 ・過度の採集は重要な種への影響を生じさせるので、大規模な採集による調査は極力控え、目視観察やビデオ・写真撮影などを有力な補助手段とする。 -事後調査期間 ・海藻は寿命の短いものが多いが、アラメ・カジメなどは5~6年の寿命があるため、それを踏まえた調査期間が必要である。主として地下茎を伸ばして無性的に増殖する海草に関しても同様である。 |
表III-1-4 植物群ごとの留意点(4/7)
コケ植物 |
-特性 ・コケ植物は蘚類、苔類、ツノゴケ類の3群に大別される。岩上、地上、樹上など海水中を除くほとんどあらゆる場所に生育する。 ・各都道府県のコケ植物フロラは維管束植物レベルほどには解明されていない。 ・コケ植物は成長の速い維管束植物の草本類やシダ類と競合すると被陰されて枯死するため、草本類・シダ類とは異なる環境に生育することが多い。 ・大気汚染などの生物指標として用いられることがある。 -調査手法 ・植物体が小さいので野外での同定や再確認、定量的解析が難しい。調査に多くの作業と時間を要するため、調査は維管束植物とは別におこなう必要がある。 -調査時期・頻度 ・種を識別するには配偶体だけでなく胞子体が必要であるため、胞子体を得やすい時期に調査をおこなう。 -留意すべき影響要因 ・絶滅の危機に瀕しているコケ植物は維管束植物に比べて特定の環境に依存する種が多く、生育地の消滅がそのまま種の絶滅につながる可能性が大きい。 ・森林の伐採などによる生育地の乾燥化が影響を及ぼしている例も多い。 ・定期的に草刈りや落ち葉掃除がおこなわれている場所の地表に発達しているコケ群落は、草刈りや落ち葉掃除が停止されると草本やシダ植物が繁茂して消滅することが多い。 ・水田や溜池など、季節的・周期的に地表が現れる場所に生育する短命の一年生植物については管理の状況の変化に注意が必要である。 -予測・評価手法 ・コケ植物は分類学的にも生態学的にもかなり異なった特性を持つ種を含んでいる。このため予測の対象となる種の特性を十分に考慮する必要がある。 -保全方針検討の観点 ・コケ植物は水分環境が変化しただけで枯死してしまう場合もあり、微環境の変化に生育状況が左右されやすい。このため、「移植」「代替生育地の確保」「環境創造による復元」などによる保全ではなく、現在の生育環境や水系全体の保全を検討する必要がある。 -事後調査手法 ・生育状況の変化を把握するためには種組成や生育量の調査をおこなうだけでなく、植物体の色の変化などにより活力度を把握することが有効である。 ・乾燥化により地衣類などが侵入してコケ植物が衰退する場合もあるので、ほかの植物の被度なども把握しておく必要がある。 -事後調査期間 ・事業による環境変化が安定する時期を考慮して期間を設定する。遷移の進行など、ほかの植物の影響による衰退が生じる可能性も考慮し、十分な期間の調査をおこなう必要がある。 |
表III-1-5 植物群ごとの留意点(5/7)
地衣類 |
-特性 ・地衣類は真菌類と藻類との共生生物である。真菌類の菌糸が藻類の外部を取り巻いて水分と無機物を供給し、藻類は光合成により生産した有機物を真菌類に供給する。 ・地衣類はその生活形によって樹状地衣、葉状地衣、固着地衣の3つに大きく区分される。 ・主に岩石や樹皮上、草本や落葉が存在せず鉱物質が露出するような地表面などに付着して生育するが、生葉上、河畔などの淡水、潮間帯付近に生育するものもある。 ・雨水から水分・無機物を吸収し、しかも植物体全体で直接吸収するため汚染物質の吸収量が多い。また共生体であるため微妙な生理的均衡の上に生育している。このため、樹木などの高等植物よりも環境の変化に敏感で、大気汚染などに対して顕著で早く反応すると言われ、環境指標生物として取り上げられることが多い。特にウメノキゴケは大気汚染の指標として一般的である。 ・汚染物質にさらされるとすぐに枯死するなど、負の影響要因に対しての反応は早い。また成長が遅く、いったん枯死すると環境が好転しても植物体はすぐには回復しないため、一過性の影響に対する指標となる。 -調査手法 ・調査項目としては、種組成、被度、出現頻度などが挙げられる。ウメノキゴケなど平面に広がるように生育する地衣類では、植物体の輪郭をトレースしたり、成長方向に目印を立てて伸長距離を測るなど、成長量を月単位で精密に測定することも可能である。 ・地衣類は非常に同定が困難なものが多いため、標本を採取して専門家に同定を依頼する。ただし生育量が少ない場合には標本採取による影響が生じる場合があるので注意が必要である。 -調査時期・頻度 ・地衣類は常緑のため季節変化が小さく、あまり時期にこだわらず調査できる。特に冬季は草本などが減り観察しやすくなるため調査には良好な時期である。 -留意すべき影響要因 ・大きな環境の変化よりも微気象のような狭い範囲での環境の変化に影響されやすい。 ・地衣類の生育には、日中の直射日光の照射と朝夕の霧の発生など、適度な乾湿の繰り返しが必要である。このため微気象のサイクルの変化にも注意が必要である。 -保全方針検討の観点 ・個体の栽培や移植は困難である。しかし胞子で拡散するので、生育環境が適切であれば周辺から自然に侵入してくる場合も多いため、適切な生育環境を維持・再生することで保全を図る。その際は、森林全体のマクロな環境よりもむしろ、生育する岩の向きや隣接する樹木の有無などのミクロな環境に留意する。 -事後調査手法 ・季節によって成長量の変化などがあるので、事前の調査と同時期に調査をおこなう。 ・ミクロな環境変化に敏感であるため、少数のサンプルからでは事業による影響を判断するのが難しい。比較的同定の容易なウメノキゴケなどを対象としてサンプル数を増やすなど、全体的な変化の状況を把握する工夫が必要である。 -事後調査期間 ・負の影響に対しては枯死などの反応がすぐに現れるため、調査は比較的短期間となる。しかし成長が非常に遅いため、回復状況を調査するには長期間の調査が必要である。 |
表III-1-6 植物群ごとの留意点(6/7)
付着藻類 |
-特性 ・植物相を把握する一環として調査をおこなうが、有機汚濁、酸性度、塩分濃度のような水質の指標として利用できる。また、水域の基礎生産・栄養塩の固定、餌として底生動物やアユなど上位の栄養段階へのエネルギーの伝達機能などが重要であり、生態系の調査をおこなう場合の重要性も高い。 -調査手法 ・河川の上流域から下流域の基礎生産者として重要な役割を果たすので、それらの水域が調査対象範囲に含まれる場合は、調査を実施することが望ましい。 ・アユの餌として付着藻類を調査する場合は、クロロフィル量、強熱減量なども同時に分析しておくと良い。また増殖速度(生産速度)の分析が必要になることもある。 ・植物相調査の調査地点は対象となる水域の形態、地形、潮流・干満の状況、底質など基盤環境のタイプを網羅するよう設定する。また水質や魚類、底生生物などの調査地点と同一としておくことが望ましい。 -調査時期・頻度 ・付着藻類の現存量は短期間に大きく変化するため、目的により調査頻度を検討する必要があるが、現存量が非常に多くなると水辺の景観として負の要素となるので、水辺利用が盛んな地域では水辺利用時期における調査も必要となる。 ・植物相の概要を把握するための調査では、季節変化を明らかにできる調査頻度とし、水質などの調査と併行しておこない、現存量や種類などの季節変動を把握する。 -留意すべき影響要因 ・一般に植食性動物による影響が大きいので、捕食圧の影響も考慮する必要がある。 ・光合成をおこなう藻類には、日照条件が現存量や種類に強く影響を及ぼし、日射が当たるようになると現存量が増加し、緑藻類が多くなることがある。 ・河川では流れの変化による川底の攪乱が現存量や種類に影響を及ぼす。事業により川底の攪乱程度が小さくなると、糸状の緑藻類が増加し、アユの餌としての質の低下、時として景観の悪化を招くこともある。 ・土砂が流入することで、藻類の生息場所への土砂の堆積や粒子による摩擦が起こり、藻類が死滅することもある。 ・藻類を餌とする底生生物の減少あるいは死滅により、藻類現存量が非常に多くなることがある。 -予測・評価手法 ・生態系の機能に関連して、クロロフィル量や生産力の変化などに関する予測評価をおこなうことがある。 -保全方針検討の観点 ・アユをはじめとした上位の動物の餌として保全を検討することがある。日照、水温、栄養塩、流速、濁りなどの要因について環境保全措置が必要となる場合がある。 ・中小洪水は一時的に付着藻類の現存量を減少させるが、微少な堆積シルトや活性の低下した部分を剥離させ、新鮮で活性が高くなるように更新させるので、自然の流況変動も重要である。 -事後調査手法 ・有機汚濁などの水質の変化を種組成で知ることができ、事前からのデータの比較により水質評価指標として利用できる。 ・種組成、特に主要種の変化などに注意する。 -事後調査期間 ・ライフサイクルが短いため、他の生物群に比べて安定した群集形成までの期間は短いが、季節性や、糸状群集を形成する藻類の群集形成状況が安定するまでの期間などを考慮すると、数年間の調査をする必要がある。 |
表III-1-7 植物群ごとの留意点(7/7)
植物プランクトン |
-特性 ・植物プランクトンの重要性は場合によって異なるので、必要に応じて調査を実施する。 ・富栄養化などの生物指標として用いられることがある。 ・流れのある陸水域では、付着藻類の剥離した流下藻類が多く、本来の植物プランクトンは極めて少ないので、調査の対象から除外することが多い。 ・基礎生産、栄養塩の固定などの機能への影響、あるいは赤潮やアオコを形成したり毒性を示す種などによる環境への影響が重要であり、植物相の把握以上に生態系の調査をおこなう場合の重要性が高い。 -調査手法 ・重要な種が含まれる可能性がない場合には、植物相を把握する一環として調査をおこなう。 ・調査地点は、水の分布状況から検討する。つまり、水の性状が均一と推定されるような開放域では、調査地点は少なくても良い。また、調査水域が汽水域、海域あるいは閉鎖域、開放域というように水の性状に差があると推定される場合には、それぞれの水域に調査地点を配置すると良い。また、鉛直分布に違いがあると想定される場合には、層別に調査することと良い。 ・ダム事業では事業実施前の河川での調査はあまり意味がなく、むしろ近隣のダム湖や湖沼の状況を調査しておくと将来予測の参考となる。 -調査時期・頻度 ・植物プランクトンは流れとともに移動するだけでなく、生活史も短いため、厳密に植物プランクトン相を把握しようとすれば、時間的に密な調査が必要となる。しかしながら、重要な種が含まれない場合にはその概要を知る程度で良く、現存量、種などの季節変化が把握できる程度の調査頻度で良い。ただし、冬季に波浪が高くなるような海域では浅海部での調査に危険性が伴うことから、省略または時期をずらすこともあり得る。 -留意すべき影響要因 ・植物プランクトンは、一般に光、水温、栄養塩、塩分などに敏感に反応する。条件によっては、赤潮や有毒種の増殖を引き起こすことがあるので、留意する必要がある。 -予測・評価手法 ・生態系の機能に関連して、植物プランクトンの密度変化や生産力変化などの予測・評価をおこなうことがある。その際には、種としての予測・評価より、植物プランクトン全体としての機能の予測・評価が主体となる。 ・ダム事業では、周辺の既設ダム湖の状況などを参考にして、淡水赤潮やアオコの発生あるいはカビ臭などの原因となるプランクトンの発生を予測・評価することが必要である。 -保全方針検討の観点 ・生態系の機能に関連して、停滞域の増加、物質循環への阻害などに対する環境保全措置が必要となる場合がある。 -事後調査手法 ・植物プランクトン相に著しい変化がないか否かを調査する。特に、主要種の変化、赤潮種や毒性種の増加などに注意する。 -事後調査期間 ・海域の植物プランクトンは、陸水域に比べて季節変化の周期が安定しておらず、海流などによって年ごとに植物プランクトン相や出現量の異なることが多い。そのため、短期間の調査では変化の有無が判定できないことが多いので、できるだけ長期間にわたって調査を継続することが望ましい。 |
調査、予測および評価手法の設定にあたっては、スコーピング段階で明らかにされた環境保全の基本的な考え方や公告縦覧時の意見並びに動物相などの調査を通じて把握された地域の動物の実態を踏まえ、事業の影響や地域特性などを把握し、適切な環境保全措置を検討するために有効な予測・評価項目を設定する。さらにその予測および評価のために必要となる具体的な調査項目・手法、調査地域、時期、地点数などを順次検討し設定する。このとき、文献その他の既存資料によって情報を整理・解析した上で、地域の動物の現況を明らかにするのに適した手法を選定する必要がある。
なお調査・予測などの手法の選定に際しては、常に学術分野の新しい研究成果や調査技術に注目し、効果的で実用性の高い手法を積極的に導入すべきである。
(1)動物相、生息地に関する調査
動物相、生息地に関する調査では調査地域全体における動物相、生息地に関する現況調査をおこない、それらの状況などについてまとめる。調査は[1]動物相、生息地の地域的特性を把握した上でスコーピング段階で抽出された重要な動物種・注目すべき生息地の追加・見直しをする、[2]重要な動物種・注目すべき生息地の調査・予測・評価のための基礎的情報を収集する、[3]生態系など他の項目の調査・予測・評価のための基礎的情報を収集することを目的におこなう。
動物相、生息地に関する調査結果にもとづいて地域特性を把握する際には、地域の広域的な位置づけができるよう留意する。
動物相調査における調査の対象
動物相においてはすべての動物群を調査するのが理想だが、基本的に調査の対象とされているのは、一般に分類や調査方法が確立されている魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類などの脊椎動物が多い。これら以外にも必要に応じて軟体類、甲殻類、昆虫類、クモ類、サンゴ類などの動物群も対象となる。また生活形態の視点から、土壌動物、底生動物などの動物群を調査の対象とすることもある。
動物相調査では地域の動物相の特徴をとらえ、重要な動物種の項目で調査されるべき種を見落としなく拾い上げるために必要な種群を調査の対象とする。重要な動物種の生息の可能性がある場合には、調査されるべき種を見落とし無く拾い上げるため、環境庁レッドリストや「日本の希少な野生水生生物に関するデータブック」(水産庁,2000)、各地域で編纂されているレッドデータブックなどで取り上げられる分類群など、該当する種が含まれる動物群全般について調査の必要性を検討する。検討にあたっては地域特性の考慮も重要である。ただし各地域で編纂されたレッドデータブックなどは、地域ごとに選定条件などに差異があるため注意が必要である。
なお、養殖、飼育されている動物は通常調査の対象としないが、それらが逸出して野外で繁殖している場合や、漁業対象として放流されている種がいる場合には、それらも動物相の調査の対象とする。ただし、養殖や放流の実態は別途把握する必要がある。
●調査項目と調査内容の例
動物相 |
動物相の概況 各種の生息地の概況:確認地点、生息地の状況など 各種の特性:逸出種・外来種などの区別、環境指標性など |
生息地 |
環境条件:地形、地質、土壌、水象、気象、植生など 汚染の状況:大気汚染、水質汚濁など |
●動物相、生息地調査の主な留意点
(種の同定) ・動物相に関する基礎的な調査では、種の同定を確実にするため個体や生活痕跡に関する標本の採取または写真撮影をおこなうとともに、確認年月日、地名、確認者名、同定者名を記録する。同定が困難な種類は専門家に同定を依頼する。なお法律、条例などにより採集規制がある場合や、生息する個体数が少なく標本の採集が生息に影響を及ぼすおそれがある場合は、当該個体(群)の写真撮影と確認位置の記録に留める。 (踏査ルート) ・動物相の踏査ルートは、調査が容易で地形図上で位置が明確な歩道などを主体に設定することが多いが、森林内の林床のほか、河床、池沼、湿原、塩湿地、露岩地、岩礁、洞穴など、生息範囲が局限される動物種の存在が想定される特殊な環境を網羅す るよう設定する。 ・水域においては、動物の分布が水深や基質によって異なるため、あらかじめ水深や 基質の分布を把握した上で調査地点を設定する。 (「生態系」項目との連携) ・動物の生息状況や種間関係は生態系の構成要素の一つとして「生態系」項目でも調査対象となる。このため、生息地と「生態系」項目での類型区分の関連が分かるよう生息確認地点を記録する。 ・動物相の調査結果が「生態系」項目での類型区分ごとにまとめられるように、地形分類図、現存植生図や水系図などを用いて、生息環境として重要な基盤環境要素を網羅するよう踏査ルートを設定するのも有効な方法である。 (調査時期) ・動物相や生息状況が適切に把握できるよう、調査の対象となる動物群の生活環を考慮したうえで調査時期を選定する。生息を把握できる時期が限られている動物は特に適切な時期を逃さぬよう留意して設定する。 ・種によって夜行性・昼行性といった違いもあるため、一日のうちの活動時間についても留意して調査をおこなう。 (その他) ・動物種の生息数および生息密度は、トラップ類やルートセンサス、コドラート調査などの調査によってある程度まで推定することができる。動物相の記載においては生息種の確認頻度の相互比較などにより、多い・少ないといった簡単な整理をしておくことが望ましい。 ・動物の捕獲をおこなうにあたっては関連の法律、条例、規則などを守り、必要のある場合には捕獲許可などを事前に得ておくことが必要である。 ・動物種の生息確認地点などの位置は、生息環境との関連が分かるように現存植生図や水系図などに示すとよい。 |
(2)重要な動物種、注目すべき生息地に関する調査
重要な動物種および注目すべき生息地を対象として調査をおこなう。スコーピング段階において抽出された重要な動物種および注目すべき生息地は、環境影響評価段階の「動物相、生息地」に関する調査結果をうけて追加・見直しする。追加にあたっては現地調査により明らかにされた地域特性を踏まえ、法令・条例などにおいて保護などの規制がある種、個体、個体群および生息地、文献資料で貴重とされるなど、学術上または希少性の観点から重要である動物種、個体、個体群および生息地を抽出する。学術上、希少性の考え方については「自然環境のアセスメント技術(I)」(環境庁企画調整局,1999)に詳述されているので参照されたい。なお、その一部を以下に例示する。特に、現地調査により未記載の種やその地域で分布の記録されていない種が発見された場合には慎重な検討が必要である。
●調査の対象の例
・法令・条例などで指定されている種・生息地 ・レッドデータブックなど文献資料で重要とされている種 ・基準産地など学術上の重要性が高い個体群および生息地 ・鳥類の集団渡来地など大規模な生息地 ・自然教育・環境教育に利用されるなど教育的な価値を有している種・生息地 ・湿原や特殊岩地など脆弱で特殊な環境条件に成立する生息地 |
調査項目、方法は予測や評価に必要な資料が得られるよう適切なものを選定する。また現地調査は文献その他の既存資料による情報の整理解析を踏まえて、地域の動物の現況を明らかにするのに適した手法を選定しておこなう。調査結果に基づき調査の対象の調査地域における学術上または希少性の観点からみた重要性の程度を確認する。調査項目の例を以下の表に示す。
●調査項目と調査内容の例
重要な動物種 |
分布、生活史、生息数に関する調査:生息地点、成長段階、行動様式(採食、繁殖、休息、移動など)、生息個体数など生息環境に関する調査:微気象、水質、植生など |
注目すべき生息地 |
生息状況に関する調査:分布、生息個体数、近傍の生息地など生息環境に関する調査:基盤環境(地形、地質、水質、気候、気温、流況など)、周辺の植生、土地利用の履歴、管理の状況など |
●重要な動物種、注目すべき生息地調査の主な留意点
(生息環境の把握) ・生息環境の状況は、地域概況調査や環境影響評価段階の調査により把握する「気象」「大気質」「水質」「地形・地質」などから基盤環境要素の状況を整理するとともに、現地における調査段階では、気温など微気象の状況や水温、水深、流量・流速などのほか、騒音などの人為影響の程度を同時に調査する。 ・重要な動物種・生息地の存続という観点からは、他種との相互関係や、重要な種・生息地などと基盤環境要素との関連に留意する。特に陸域では植生の階層構造、大径木、朽木・倒木、地表や底質など生息の場となる要素についても詳細な調査を実施し、特にどの基盤環境要素が生息の制限要因となっているかできるだけ把握する。 ・生息確認地点などの位置は、生息環境との関連が分かるように現存植生図や水系図などに示すとよい。 |
(調査による影響の低減) ・繁殖に関する調査は対象とする種の行動特性を考慮した方法でおこない、対象種の繁殖への影響を極力避けることが重要である。 (調査地域) ・重要な動物種、注目すべき生息地に関して、近傍の生息地で予測に必要な情報が得られる区域については事業による影響が想定されない区域であっても調査をおこなう。 |
(3)調査地域、期間
調査地域は事業特性と地域特性に基づき、事業による影響が生ずる可能性があると推定される区域を含み、事業の影響を評価するために必要な範囲とする。事業の実施に伴い動物に影響が及ぶ範囲は、影響要因、地形、季節や対象となる動物種などにより異なる。このため、調査地域は事業の実施区域から一定の距離で囲まれる範囲として設定するのではなく、地形単位や動物の行動圏などを考慮して設定する。調査地域は基本的には現存植生を調査する地域と同じ範囲とするが、調査の対象となる動物群の行動圏がより広い場合には、既存の事例などを参考に適宜調査地域を拡大して設定する。なお、事後調査を想定して事業の実施区域内の残置森林など直接改変を受ける区域に隣接する群落内や、事業の実施区域の水系の流入・流出地点などに事後調査時にも対照区として利用できる調査定点を設ける必要があることもある。
調査期間は生息状況の季節変動が適切に把握できる期間とし、基本的に1年間以上とする。調査の対象となる動物の生活環において下記に示すような変化が想定される場合は、生息状況が適切に把握できるように調査の時期を選定する。調査方法により生息を把握できる時期が限られている動物は特に適切な時期を逃さぬよう留意して設定する。
・渡り、漂行、遡上降河、回遊などの移動
・繁殖期における特有の形態、行動
・冬眠などによる活動の休止
・変態などの成長段階による利用場所の変化
・特定の時期における出現
なお、現地調査で新たに重要な動物種、注目すべき生息地を確認した場合は、その時点から適切な期間の調査を実施する。
(1)予測項目と方法
予測は、事業の実施に伴って受ける影響の種類を特定し、その影響による予測の対象の変化の程度を推定することによっておこなう。事業が複数の計画案を持つ場合は各案についての予測をおこなって比較する。また、想定される環境保全措置について、おこなわない場合とおこなった場合の影響予測を対比して示す。
予測をおこなうにあたっては、まず特定された主要な影響の種類を踏まえて具体的な予測方法を検討し、予測計画を立案する。予測計画にしたがって現地調査、資料調査、ヒアリング調査、類似事例調査、実験、シミュレーションなどの各種調査をおこなうことにより影響の程度を推定する。
予測は可能な限り客観的、定量的におこなう必要がある。動物種、個体群の変化に関する定量的な予測は難しい場合も多いが、生理、生態的な特性を十分に検討して調査で得られたデータに基づいた客観的な予測をおこなう。採用した予測方法については、その選定理由、適用条件と範囲を明記しておく。
予測結果に不確実性が伴う場合はその内容と程度を明らかにし、事後調査により予測結果の確認をおこなう。なお、予測された以上に影響が生じた場合には追加的な環境保全措置を検討する必要もある。
●予測項目の例
・事業実施区域における生息動物種および生息環境全般の改変・消失の程度 ・重要な動物種、注目すべき生息地の改変・消失の程度 ・直接改変地域周辺の生息環境の変化、およびその変化が動物種に与える影響 ・改変区域の植栽地など、新たな生息環境の出現による動物への影響 ・対象事業の供用に伴う動物への影響 など |
●予測の対象と予測する影響の内容
予測の対象 |
予測する影響の内容 |
動物種 |
・個体群の消滅・縮小、齢構成の変化、個体数・現存量の変化 ・逃避 ・採食、休息、移動など行動への影響 ・繁殖への影響 など |
生息環境 |
・行動圏への影響 ・採食環境、ねぐら・休息環境、移動経路への影響 ・繁殖環境への影響 など |
●予測における主な留意事項
(環境の変動) ・気象条件により繁殖率が低下する年があるなど、環境の変動が個体群に及ぼす影響は時として非常に大きい。したがって、個体数の変化を予測するにあたっては事業や環境保全措置による影響だけでなく、環境の変動を考慮する必要がある。 (個体数変動) ・昆虫類や動物プランクトンなど、個体数の年変動が大きい動物群があることに留意する。 (新たに創出された環境による影響) ・事業による環境の消失・縮小に伴う影響だけでなく、新たに創出された環境により生じる移入種の侵入・都市型生物の増加などによる影響も考慮する。 (影響の時間的変化) ・工事中は影響が大きくても工事後には植生の回復などにより影響が緩和される場合 もあり、逆に時間とともに大きい影響が現われる場合もある。このように影響が時間とともに変化する場合があることを考慮する必要がある。 (類似事例や科学的知見の引用) ・類似事例や科学的な知見の引用は重要であるが、対象事業の影響に当てはめる場合は種や環境条件によって地域的な差がある可能性があるため引用したデータについてはその背景を十分考慮する。 (事後調査における対照区) ・環境保全措置の効果を事後調査により明らかにするため、事後調査で対照区を設けた場合には、対照区として適切であるかどうか検討するためにその調査定点に対する影響の予測もおこなう。 |
予測手法
影響の予測にあたっては、個体または個体群が消滅あるいは損傷を受けたり、地形改変により生息環境そのものが消滅するといった直接的な影響だけでなく、直接に生息場所は改変されないが水質、水温、潮流の変化、騒音・振動の発生、人為影響の拡大などが生息環境に影響を及ぼし、動物個体の生理面、行動面などを徐々に変化させるといった影響も予測する必要がある。これらの影響の予測には、現在下記に示したオーバーレイが多く用いられている。ほかにも、事業により影響を受ける個体群が地域の個体群を存続させる上で重要な場合には、個体群存続可能性分析(PVA)などを用いた個体群の存続可能性についての予測も必要である。また、個体群が孤立することによってほかの個体群との間の遺伝子交流が無くなり、当該地の個体群の適応度が下がるといった影響が想定される場合には、遺伝解析の手法なども取り入れて予測する必要がある。以下に示した以外にも、「自然環境のアセスメント技術(II)」(環境庁企画調整局,2000)に調査・予測・評価手法のレビューが記述されており、「動物」項目において参考としうる手法も紹介されているので参照されたい。既存の手法だけでなく新たな学術的知見や手法も取り入れて、考え得る様々な影響に対して予測をおこなわなければならない。さらに、個々の影響に対する予測結果を示すだけでなく、予測の対象が受ける影響を総合的に評価する必要がある。
●予測手法の例
オーバーレイ 現在多用されている手法である。様々な主題図(生息地や行動圏、餌生物などの資源量推定図、生息密度図など)を作成し、事業計画図と重ね合わせることで、直接改変によって消失する個体数や生息地の減少などを定量的に推定する。複数の事業計画がある場合は、それぞれについてこの方法をおこなうことで事業案を比較検討(シナリオ分析)する。この手法は、動物種の生息地への直接改変の影響を予測する場合に有効な方法である。事業による日照、湿度、風衝などの基盤環境が事業後に徐々に変化し残存した生息地に影響する場合や、生息地への他種の侵入による競争の発生、回遊や移動などの行動に与える影響などを定量的に予測することはできないが、これらについての定性的な予測を行なう際の参考とすることもできる。 |
遺伝解析 様々な遺伝解析手法を用いて、調査地域の個体群の遺伝的特異性や遺伝的多様度、遺伝的関係性の変化を予測する方法である。詳細については「植物」項目p.●●●を参照されたい。 |
個体群存続可能性分析 事業実施区域に残存した個体群が今後存続可能かどうかを予測する方法である。詳細については「植物」項目p.●●●を参照されたい。 |
(2)予測地域、時期の設定
予測地域
予測地域は、基本的に調査地域および調査地点と同じとする。予測項目のうち、直接的影響については直接的改変を伴う区域を含む事業対象区域について重点的に予測するものとする。なお、一般に動物は移動をするので直接的影響が直接改変を受ける区域にとどまらない可能性があることに留意する。予測の対象となる動物群の行動圏が当初の設定より広い場合には、既存の事例などを参考に適宜調査地域を拡大して設定する。生息範囲、生息環境などが局限される種および個体、個体群の生息が想定される場合は、それらの現況を把握する地域を設定する。
予測の対象時期など
予測の対象時期は、対象事業に係る施工中の代表的時期および施工完了後一定の期間をおいた時期のうちで、動物種、生息地の特性および事業の特性をふまえ、影響を的確に把握するために必要と考えられる時期とする。可能な限り影響の時間的な変化がとらえられるように時期を設定することが望ましい。また、環境保全措置、事後調査も視野に入れ、不測の事態が起きた場合に対処が可能な時期を設定する。
例えば、施工中の直接改変に関わる影響については、関係する工種の終了時や施工完了時などの予測が必要である。生息環境の変化により次第に現われる影響については、環境を大きく変化させる工種の施工時から、供用後一定の期間をおいて事業活動が安定し生息環境および動物種の生息状況が安定した時期までの予測が必要となる。環境保全措置を講じた場合には、当該措置が効果を発揮し生息環境が安定した時期までの予測が必要となる。
予測の対象とする時期は予測の対象となる動物の繁殖期、渡り、回遊時期など季節変動特性を考慮し、動物への影響が最大となる時期とする。
(1)保全方針設定の考え方
環境保全措置の立案にあたっては、まずスコーピングおよび調査の各段階で把握される事業特性、地域特性や方法書手続きで寄せられた意見などを十分踏まえ、環境保全措置をどのような観点から検討するかについて整理して示す必要がある。保全方針を設定する際には、影響の予測される重要な動物種、注目すべき生息地に関して環境保全措置の対象を選定し、それぞれの重要度や特性に応じた環境保全措置の目標を検討して、回避または低減あるいは代償措置をおこなう際の観点、環境保全の考え方などを整理する。
-環境保全措置立案の観点
環境保全措置は、スコーピングおよび調査・予測のそれぞれの段階で把握される以下の観点を踏まえて検討する。
・環境保全の基本的考え方(スコーピング段階における検討の経緯を含む)
・事業特性(立地・配置、規模・構造、影響要因など)
・地域特性(地域の動物相の特性、環境保全措置を必要とする重要な種の分布状況など)
・方法書や準備書手続きで寄せられた意見
・影響予測結果 など
また、スコーピングの初期段階など環境影響評価の早い段階から、あらかじめ事業者の環境保全に関する姿勢や基本的考えかたを示しておいた上で、調査・予測結果を踏まえて段階に応じてより具体的な保全方針を示してゆくことが重要である。
-環境保全措置の対象
環境保全措置の対象は上記の「環境保全措置立案の観点」を踏まえ、予測の対象とした重要な動物種、注目すべき生息地の中から選定する。環境保全措置の対象の選定にあたっては、環境保全措置を実施する空間的・時間的範囲についても十分に検討しなければならない。また環境保全措置が必要でないと判断された場合には、その理由を予測結果に基づきできるだけ客観的に示す必要がある。
これらを踏まえた上で環境保全措置の対象とする重要な動物種、注目すべき生息地を選定するが、その際、次のような事項に留意する。
・地方自治体の地域環境管理計画などにおいて主だった保全対象がリストアップされている場合には参考にすることができる。ただし、環境保全措置の対象や目標は地域性が極めて高いものであるため、リストアップされているものがすべてではないことに十分留意して用いる必要がある。
・重要な動物種や注目すべき生息地のうち、現況調査において死滅や消失、またはその価値が喪失しているため環境保全措置の対象として適切でないと判断されたものについてはその旨を明記する。
・各種の渡り鳥が集まる干潟などのように特定の種よりもその生息地と生物群集全体が保全すべき対象であると考えられる場合には、環境保全措置の対象は生息地や生物群集となる。
-環境保全措置の目標
重要な動物種・注目すべき生息地に対して環境保全措置を立案する際には、以下のような事項に留意して、それぞれの対象における具体的な目標の設定をおこなう。
・目標の設定にあたっては、事後調査によって環境保全措置の効果が確認ができるように、できるだけ数値などによる定量的な目標を設定する。「動物」項目における定量的な目標例としては、個体数、分布範囲、現存量、密度、齢構成、繁殖率、餌量などが挙げられる。
・目標の設定にあたっては、現況調査結果を踏まえそれぞれの動物種・注目すべき生息地の重要さの程度など自然環境の有する多様な価値に着目して、対象ごとにどの程度の保全が必要か検討する。その際、希少性、教育的重要性などの自然的な価値と、歴史性、郷土性、親近性、国土保全などの社会的な価値に照らして検討する。
・自然環境の価値の軽重は、地域の自然的・社会的条件の違いによって異なる。したがって、どのような価値をより重視すべきかについては、地域の自然的・社会的特性を踏まえて検討することが必要である。
・持続的な人為的管理を前提とするのではなく、将来的には個体群が自立的に維持されるような目標とすべきである。
・動物は繁殖場、採食場所、ねぐらなど、複数の場を利用することが多い。そのため、場合によっては事業実施区域内だけでなく地域外の生息環境との関連についても考慮する必要がある。
・既存知見や研究例、環境保全措置の検討過程で得られたデータなどを用いて、これらの目標の妥当性をできるだけ客観的に示すことが望ましい。
(2)環境保全措置の内容
環境保全措置の具体的な検討にあたっては、対象に及ぼす影響を回避または低減するための措置を優先する。その上で、回避または低減により十分な保全が図られない場合には代償措置を検討する。事業計画の段階に対応して、それぞれいくつかの案を提示し、それぞれの環境保全措置の効果と環境への影響を繰り返し検討・評価して影響の回避または低減が最も適切におこなえるものを選択する。またそのような環境保全措置の検討過程を明らかにすることも重要である。
●環境保全措置の例
環境保全措置 |
|
事業計画上 |
・注目すべき生息地などを直接改変地域から除外する、または分布域内での改変面積を減らす。 ・改変量を抑制した工法・工種を採用する。 ・重要な動物種の繁殖期・繁殖場所を考慮した工期・工法を採用する。 ・注目すべき生息地などの代替地を確保する。 ・一定面積の森林を残したり、周辺の森林との連続性を維持することによって、動物の移動経路を確保する。 |
工事中 |
・改変地域と非改変地域の境界域における植生への影響を軽減する。 ・植生の回復、緑化の実施などによって生息環境の修復をおこなう。 ・工事に伴う水質汚濁による水生生物への影響を軽減する(排水の高次処理、農薬・肥料などの使用の低減など)。 ・ゴミの放置、不必要な照明など、工事用地の不適切な管理による動物への影響をなくす。 ・工事関係者に地域の自然環境や配慮事項について施工開始前に教育をおこなう。 |
施設などの存在および共用 |
・道路排水、排気ガス、施設排水などの影響要因を抑制する。 ・代替生息地・繁殖地となる環境の創出・管理や重要な動物種の移殖などをおこなう。 ・地域の自然環境や配慮事項について施設利用者への教育をおこなう。 |
●環境保全措置立案における主な留意点
(周辺への影響の低減) ・残存する生息場所についても周辺部からの影響を抑制する必要がある。例えば森林伐採により生じる林縁部についてはマント・ソデ群落を工事に先だって育成して林内の陽地化や乾燥化を防止する、生息場所への土砂、濁水の流出を防ぐなどの措置が考えられる。 (生息場所の維持) ・動物類の移動経路や生息場所として植栽を計画する場合には、その機能を果たすように植栽密度や階層構造にも留意して計画を策定する必要がある。 (円滑な逃避の促進) ・動物種のうち、特に移動能力に乏しい種の造成区域からの円滑な逃避を促し、残存する生息場所に逃避できるように工区分けをおこなうなどして施工計画を立てる必要がある。また、ニホンリスなどの樹上営巣性の哺乳類の繁殖期、鳥類の繁殖期における樹林の伐採や両生類の繁殖期における水域の埋め立てなどをおこなわないよう工期を調整するなど、施工時期への配慮も必要である。 (メタ個体群の考慮) ・個体群の保全には、改変により個体群が完全に孤立することを防ぎ、個々の生息地間の相互関係を維持することが重要である。移動分散可能な範囲に個体群があるかなど、周辺個体群の空間的な構造を考慮にいれた検討が必要である。 (移殖) ・両生類や昆虫類などの移殖を検討する場合には、移殖先の水環境などだけでなく周辺の森林や林床の状態、移動経路などにも十分留意するとともに、移殖後の管理体制と事後調査についても検討しなければならない。これらの動物は哺乳類や鳥類と比較して移動性が低く、微細な環境条件に強く依存するものが多いため、きめ細かい環境保全措置が必要である。また移殖先で遺伝的攪乱を引き起こす可能性も考えられるため、それぞれの個体群の遺伝的関係性についても注意する。これらの問題が解決できるのか、技術的に移殖が可能か、移殖後に必要な管理体制を確保できるのかなどについて十分確認する。さらに、事後調査をおこない、不測の事態が生じた場合には適切な措置を施す必要がある。 (巣箱の設置などに関する注意事項) ・鳥類の環境保全措置として巣箱や巣をかけやすい構造物などを設置することが多いが、設置後の管理が十分おこなわれない場合は環境保全措置の効果は得られない。営巣場所の創出が有効な種は限定され、問題点も多いが、例外的に営巣場所の創出をおこなう場合には捕食者対策、構造物の設置後の管理などが不可欠である。また営巣木が回復するなどして巣箱の必要性が無くなった後には、そのまま放置せず管理者が責任を持って撤去するようにする。 |
(3)環境保全措置の妥当性の検証
環境保全措置の妥当性の検証は、当該環境要素に関する効果とその他の環境要素に対する影響とを検討することによっておこなう。複数の環境保全措置についてそれぞれ効果の予測をおこない、その結果を比較検討することにより、効果が適切かつ十分得られると判断された環境保全措置を採用する。
その際、最新の研究成果や類似事例を参照すること、専門家の指導を得ること、必要に応じて予備的な試験をおこなうことなどにより、環境保全措置の効果や影響をできる限り客観的に考察する必要がある。また環境保全措置がほかの環境保全措置の対象へ影響を及ぼすこともあるので、注意しなければならない。ある生物には良い効果をもたらすがほかの生物には悪影響を与える場合があるので、生物や環境要素の関連性についても十分な検討をおこなうことが重要である。
なお、技術的に確立されておらず効果や影響に関する知見が十分に得られていない環境保全措置を採用する場合には、特に慎重な検討が必要である。そのような場合には、環境保全措置の効果や影響を事後調査により確認しながら進めることも必要である。
(4)環境保全措置の実施案
準備書・評価書には「動物」についての保全方針、環境保全措置の検討過程、選定理由について記載する。その際、環境保全措置の効果として措置を講じた場合と講じない場合の影響の程度に関する対比を明確にする。環境保全措置の効果や不確実性については、環境保全措置の対象となる動物種、生息地と、それらに影響を与える影響要因や環境要素の関連の整理を通じて明らかにする。
採用した環境保全措置に関しては、それぞれ以下の点を一覧表などに整理し、環境保全措置の実施案として準備書、評価書においてできる限り具体的に記載する。
・採用した環境保全措置の内容、実施期間、実施方法、実施主体など
・採用した環境保全措置の効果に関する不確実性の程度
・採用した環境保全措置の実施に伴い生ずるおそれのあるほかの環境要素への影響
・採用した環境保全措置を講ずるにもかかわらず存在する環境影響
・環境保全措置の効果を追跡し、管理する方法と責任体制
(1)評価の考え方
環境保全措置の対象と目標に対して、採用した環境保全措置を実施することにより予測された影響を十分に回避または低減し得るか否かについて、事業者の見解を明らかにすることにより評価をおこなう。事業者はその見解の根拠をできるだけ客観的に説明する。その際には、環境保全措置の妥当性の検証結果を引用しつつ、できる限り客観性の高い定量的な方法で複数の案を比較した結果を提示することが望ましい。さらに、実行可能なより良い技術が取り入れられているか否かについてもわかりやすく述べるようにする。また環境保全の効果が得られる技術のうち実用段階にある、または近い将来に実用化されるもので、技術的にも当該事業に適用可能なものの中から、最も大きな効果を持つものが選択されていることを示す。
なお、事業実施区域が所在する地方自治体などが定めた環境基本計画や環境保全条例、各種指針などにおいて、動物の保全に関わる目標や方針が定められている場合には、それらとの整合性についても言及しておく必要がある。
(2)総合的な評価との関係
準備書や評価書においては、各環境要素ごとの評価結果は、大気・水環境分野、自然との触れ合い分野、環境負荷分野など、ほかの環境要素ごとの評価結果と併せて、「対象事業に係る環境影響の総合的な評価」として取りまとめて示す必要がある。
それぞれの環境要素間には、トレード・オフの関係が成立するものもあることから、これら環境要素間の関係や優先順位について事業者はどうとらえて対応したのかについて明確にした上で評価する必要がある。
総合評価の手法および表現方法には、一覧表として整理する方法のほか、得点化する方法や一対比較による方法などが知られている。今後は、合意形成の手段でもある環境影響評価の目的達成に向け、事業者の総合的な見解として、対象事業が及ぼす環境影響に対する環境配慮のあり方をその根拠とともに、住民などに分かりやすく簡潔に伝えられるように個別案件ごとに創意工夫を重ねていく必要がある。
事後調査は通常、予測の不確実性が大きい場合や、環境保全措置の効果が明らかではない場合に実施するが、予測の不確実性が小さい場合であっても、予測結果の確認の観点から事後調査をおこなうことが望まれる。
事後調査では工事中および供用後の環境保全措置の対象および環境の変化を追跡し、環境保全措置の効果を調査する。事後調査によって問題が明らかになった場合に追加的措置が検討できるよう、不測の事態に十分対処できるような調査計画を立てておかなければならない。また影響が予測や環境保全措置を実施した範囲の外へ及んでいないかどうかの確認をおこなう必要もある。
事後調査にあたっては何をどのように把握するのか(例えば、事業前後でのバイオマス、齢構成、適応度の変化など)、その対象と方法を明示し、必要な項目と調査方法をあらかじめ具体的に挙げておかなければならない。その際には、できるかぎり変化を明確に把握できるような種・項目・場所に絞り込むことが必要である。したがって、事後調査では必ずしも環境影響評価時点の調査と完全に同一の項目が必要とは限らない。また、事業の実施または環境保全措置の実施による環境要素の変化を比較するには、実施前の環境要素の状態を把握しておく必要があるため、事前の調査段階から事後調査を考慮した調査を実施しておく必要がある。
(1)事後調査項目と方法
-事後調査項目
事後調査項目の選定にあたっては、まず把握すべき影響要因と環境要素の関連を整理し、調査の視点を明確にすることが重要である。動物を対象とした事後調査項目の例を以下に挙げた。
・動物相
・個体数・生息密度
・分布、行動圏
・繁殖状況
・動物の生息場所の環境条件
-事後調査手法
事後調査手法は環境影響評価に関する調査などの事前におこなわれた調査手法の中から選定することを基本とするが、事業実施前後の変化を追跡できるよう、比較が可能な定量的な手法を極力選定する。なお、繁殖状況などを確認する調査では、調査者の接近による繁殖阻害が生じないよう留意するなど、調査による影響を極力小さくする配慮が必要である。事後調査手法の選定に際しては以下の点に留意する。
・一般的、客観的な調査手法であることが望ましい。
・調査に従事する技術者の能力により左右されない調査手法であること。
・手法が複雑でなく、再現が容易であること。
(2)事後調査範囲、地点、期間などの設定
-事後調査地点、範囲
事後調査の対象範囲は調査・予測において対象とした範囲とする。ただし影響が予測範囲外へ及んでいないかどうかの確認もおこない、範囲外への影響が認められた場合には、調査範囲の拡大などの対応をしなければならない。
事後調査地点は環境影響評価の調査に用いた地点などを含めて設定し、調査の対象の変化を定量的に評価できる地点数を確保する。事後調査は通常複数年にわたり実施する必要があることから、事後調査が終了するまで確保できる調査定点や調査ルートを選定する。また、事業による影響や環境保全措置の効果を気象条件やほかの環境要素の変動に伴う影響と区分して把握するためには、事後調査地点と同じ環境で、事業による影響を受けない立地や環境保全措置を実施していない立地などに、比較のための対照調査区を設ける必要がある。
動物は植物と違って移動性があり、対象種の生活様式によっては季節的に利用資源が異なったり繁殖や越冬のために移動する場合があるため、調査の対象・目的によっては移動経路など主要な生息地以外の場所も含めた調査が必要となる。したがって、調査範囲や項目の設定においては対象種ごとの対応を考えなければならない。
-事後調査期間、時期
経年的に調査を計画する際は、対象とする動物の生活史を考慮し、毎年同時期に実施する必要がある。事後調査の実施頻度・期間については、動物の場合は対象となる個体群・生息地が安定性を保っていることを確認するため、環境や個体群構造が安定し、定常的な世代交代がおこなわれていることが確認できる十分な調査頻度・期間が必要である。
環境影響評価の対象となる主な動物群または生活形について調査・予測・評価をおこない、環境保全措置や事後調査を検討する上で留意すべき点を表III-2-1~12 にまとめた。区分は調査方法との対応を考慮し、哺乳類、鳥類のような主な動物群と底生動物、動物プランクトンのような生活形による区分を併用して示した。このため、動物群によっては留意点に重複しているものがあることもある。また、これらの表には動物群または生活形ごとに留意すべき点のみを示しているので、「動物」項目での環境影響評価の進め方全般については本文を参考にしつつ検討されたい。ここで示した留意点は各動物群の特徴の一部を示しているのみであり、地域特性や事業特性に応じた幅広い事項についての検討が必要となることは言うまでもない。
脊椎動物のうち、「哺乳類」「鳥類」「爬虫類」「両生類」はそれぞれの動物群ごとに区分した。魚類については、海域に生息する魚類は、遊泳生活をする軟体動物や節足動物とともに「遊泳動物(海域)」に区分し、陸水域の魚類は「魚類(陸水域)」として別項に区分した。
無脊椎動物のうち主に陸上で生活する昆虫を「昆虫類」とし、土壌中や地表を徘徊するもの全般を「土壌動物」とした。さらに、陸域または陸水域で生息する無脊椎動物は「昆虫類以外の無脊椎動物(陸域および陸水域)」に含めた。その他、いわゆる底生動物に含まれるもののうち、海域(汽水域を含む)潮上帯から潮下帯までの基盤(海底)上に生息する固着動物と匍匐動物、埋在動物は「底生動物(海域)」に含め、「底生動物(陸水域)」と区別した。また陸水域および海域に生息する動物プランクトンは「動物プランクトン」として一括した。
表III-2-1 動物群ごとの留意点(1/12)
哺乳類 |
-特性 ・昼行、夜行、薄暮型と、活動時間帯が種によって異なる。また海域および陸域、陸水域、洞穴、地中、樹上数十mまでの上空を飛行する種と、生活空間も幅広い。 -調査手法 ・動物相の調査ではコウモリ類、モグラ類など一般に確認情報の少ない哺乳類についても、生息状況を十分に把握できるよう調査設計をおこなう。特にコウモリ類では繁殖、越冬、一時的な隠れ場など利用形態について把握する必要がある。 ・フィールドサイン調査の際には確認地点の記録とあわせその場所の環境や対象個体の移動経路なども記録し、環境の利用状況を把握する。また、食痕、足跡、糞などは確認地点の利用頻度についても留意するほか、中・大型哺乳類の糞は内容物が分析できるよう保管する。 ・海産哺乳類の調査では移動、採食、繁殖などの生活史と海域環境との関連が把握できるように調査内容を検討する。ただし生息に影響を及ぼすような調査をおこなってはならない。 ・狩猟など捕獲圧の有無にも留意する。 ・繁殖期の現地調査は極力慎重におこなう。 -調査時期・頻度 ・交尾期に調査をおこなうと確認しやすい種も多い。また、大型獣では季節移動をするものがあるため、ある時期いなくなるものや、越冬に注意して調査時期を検討する。 -留意すべき影響要因 ・周囲での照明、人の立ち入りについても配慮が必要である。 ・海域では生息地周辺での船舶の頻繁な出入りについても配慮が必要である。 -予測・評価手法 ・密度や個体数の定量的な把握が比較的困難であること、各種の生態に関する知見がそれほど多くないことから、定量的な予測・評価は困難である。しかし、その場合にも調査で得られたデータに基づいた客観的な予測・評価を行なう必要がある。 -保全方針検討の観点 ・個体群を安定的に維持できる生息域の十分な面積の確保が必要である。その上で、重要な生息地や繁殖地などの代替地を確保した場合には、改変地域から代替地までをつなぐ回廊(コリドー)も確保する必要がある。なお、リス類やヤマネなど樹上性哺乳類では、樹冠の連続性にも留意する。 ・コウモリ類については繁殖、越冬、一時的な隠れ場などの利用状況に則した環境保全措置をとる必要がある。 ・移動能力の乏しいモグラ類などについては、ほかの生息場所へ逃避できるよう工区分けをおこなうことや移動経路の確保が必要である。また、工事車両の通行により、土壌が硬化し移動の妨げになる場合もあるので注意する。 -事後調査手法 ・哺乳類の移動経路確保のため人工的な回廊を設置した場合には、その利用状況について詳細な調査をおこなうとともに、改善・修復・維持管理についても考慮する。 ・繁殖期の現地調査は極力慎重におこなう。 -事後調査期間 ・中・大型の種では、影響が現れるのに時間がかかることが多い。このため事後調査はこれを考慮して十分な期間の調査を実施する。 |
表III-2-2 動物群ごとの留意点(2/12)
鳥類 |
-特性 ・長距離の渡りをするものがいるなど、移動能力が高い。 ・海域では魚介類や浅海域の底生動物を捕食する水鳥が調査の主な対象となる。 -調査手法 ・鳥類では野外での種の識別が困難な種がある。動物相の調査の際、種の識別が確実でない場合は誤記載を避けるため、推測で種の記載をしない。特に地鳴きによる確認や遠距離からの確認、ワシタカ類などでは注意が必要である。 ・繁殖、採食などの重要な場所や季節的変化、その環境などの把握を通して生息維持のための条件を検討する。 -調査時期・頻度 ・鳥類では主に繁殖期、冬季および春、秋季の渡りの時期に調査をおこなうが、調査地域により時期がずれるため、適切な時期を選んで実施する。 ・水鳥の多くは季節的な移動(渡り)をすることから、その動態が把握できるような期間を設定し調査をおこなう。 -留意すべき影響要因 ・鳥類では繁殖場所および採食場所への影響予測が重要である。陸域では繁殖に適した環境や季節的に変化する採食環境の改変や消失、海域では餌生物が生息する干潟や浅海部の改変や消失、営巣地となる砂浜の改変や消失などの影響を把握することが重要である。 ・工事中や供用後において鳥類の行動に影響を与える照明・騒音、人の立ち入りについても配慮が必要である。 -予測・評価手法 ・繁殖に適した環境や採食に適した環境、それらを結ぶ移動ルートなど、重要な環境がどれだけ消失し、どのくらいの個体数に影響を及ぼすのかなど具体的な形で影響の程度を予測することが重要である。影響を受ける個体数が明確でない場合も環境の消失程度など可能な限 り具体的な数値をもとに予測・評価をおこなう。 -保全方針検討の観点 ・対象とする種の好む環境を保全することが最優先であるが、代償措置として営巣場所や生息場所の創出を検討する場合には以下の事項などに留意する。 ・生息場所を創出するため鳥の好む実のなる草本、木本を植裁することが多いが、植栽により呼び寄せることのできる鳥種は限られる。よって多くの場合、その地域本来の鳥類相を保全することにはつながらない。環境保全措置の対象となる種の生息状況が安定的に維持されるには種特有な環境条件を考慮し、環境保全措置を考える必要がある。 ・人工巣(巣箱など)や巣を掛けやすい構造物の設置は有効な種が限定され、問題点も多いため、その効果や管理(巣の修理や見回り、捕食者対策など)について十分検討した上でおこなう。また営巣木が回復するなどして巣箱の必要が無くなった後には、そのまま放置せず 管理者が責任を持って撤去する。 ・営巣・生息に好適な生息場所を創出する場合、既存の資料などから対象とする種の営巣・生息環境の条件を把握し、対象とする種が誘致可能かどうかを十分検討した上で長期的な計画をたてる必要がある。 -事後調査手法 ・特に繁殖期の現地調査は悪影響のないように、極力慎重におこなう。 -事後調査期間 ・中・大型の種や猛禽類では、影響が現れるのに時間がかかることが多い。このため事後調査はこれを考慮して十分な期間の調査を実施する。なお、猛禽類については「猛禽類保護の進め方」(環境庁自然保護局野生生物課,1996)を参照されたい。 |
表III-2-3 動物群ごとの留意点(3/12)
爬虫類 |
-特性 ・哺乳類や鳥類に比べると一日の活動時間が短く、活動せずに物陰に潜んでいることが多い。 ・水田や水路、ため池など、水環境に依存した種を含む(カメ類および一部のヘビ類)・海域に生息する爬虫類のうち、ウミガメ類・ウミヘビ類は主に外洋域を生活の場としており、環境影響評価の対象となる沿岸域では産卵と孵化に関する調査が主になる。 -調査手法 ・時期や時刻、天候などの条件によって発見率が大きく異なる。 ・活発に活動する時期や時刻、天候が、種群によって異なる。対象種の活動特性をよく把握した上で調査をおこなうことが必要である。夜行性の種と昼行性の種を含み、一般に両生類よりも高温条件下でよく活動する。 ・定量的な生息状況の把握は困難であることに留意すべきである。特に夜行性のヘビ類にはなかなか目撃できない種が含まれる。 ・種数が少ないため同定は比較的容易である。ただし、採集しないと種が判らないものもある。ヘビ類は、全身の脱皮殻があれば種を特定できる。 ・ウミガメ類などでは既往の調査事例が多いことから、事前にそれらの知見を十分に収集する。知見がある場合には現地調査は極力控え、調査による影響を避けるべきである。 ・爬虫類は調査による確認が非常に困難である場合が多いため、地元での聞き取り調査が重要である。 -調査時期・頻度 ・多くのトカゲ類、ヘビ類、カメ類は、日光浴によって体温を外気よりずっと高く保っている。梅雨時期の晴れた午前中には、昼行性の種を多く見ることができる。南西諸島では夜行性の種が多いが、湿った暖かい夜に効率よく調査できる。 -留意すべき影響要因 ・ヘビ類は比較的上位の捕食者であり、種によって食物の種類や大きさがある程度限定されている。このため、食物となる小動物の減少がヘビの個体数減少に結び付く。 ・カメ類の場合、水環境の悪化が幼体の生息状況を悪化させることが多い。 ・ウミガメ類では上陸地点の地形、砂質、水分、地温など、好適な環境要素の変化が重要である。また、周辺での照明、人の立ち入りについても配慮が必要である。 ・カメ類では人工護岸が産卵に大きく影響する。 -予測・評価手法 ・密度や個体数の定量的な把握が比較的困難であること、各種の生態に関する知見がそれほど多くないことから、定量的な予測・評価は困難である。しかし、その場合にも調査で得られたデータに基づいた客観的な予測・評価を行なう必要がある。 -保全方針検討の観点 ・昆虫や両生類に比べると行動圏が広く、また池と森林、水路など複数の環境を生活史の中で使い分ける種を含む*。このため、様々な環境が含まれた広い地域を保全することが必要である。 *:シマヘビは、採食場所である水田と、脱皮や冬眠の場所である石垣などの間を移動する。イシガメは、夏季の生息場所である水田と、冬季の生息場所であるため池の間を移動する。 ・ウミガメ類では親ガメの上陸および産卵場までの移動ルートおよび子ガメの海までの移動ルートを遮断しないよう配慮することが必要である。 -事後調査期間 ・カメ類や大型のヘビ類は寿命が長く、繁殖率が低下しても見かけの個体数が変わらず、影響が現れるのに時間がかかることが多い。このため、事後調査は調査の対象となる種の特性を考慮して十分な年数おこなう必要がある。 |
表III-2-4 動物群ごとの留意点(4/12)
両生類 |
-特性 ・水田や水路、ため池、渓流など、水環境に依存する種が多い。 ・繁殖期の前後、および変態上陸後にやや長距離の移動をするものが多い。繁殖池と非繁殖期の生息場所、そして移動経路のすべてが満たされていないと生息できない。 -調査手法 ・調査の対象となる地域に存在する水環境(特に小さく浅い水場)に重点を置いた調査が望ましい。 ・季節的な移動分散にも留意して調査を設計する。 ・種数が少ないため、同定は比較的容易である。カエル類は鳴き声によって種を特定できるため、様々なセンサスが適用できる。ただし、鳴き声から正確に個体数を割り出すことはかなり困難である。 ・目立つ卵塊を作る両生類は、時期を選んで調査すれば、産卵した個体のほぼ全数を把握することが可能である。一方、大きな卵塊を作らない種は定量的な把握が困難である。このように、種群により定量の難易度が異なることにも留意すべきである。 -調査時期・頻度 ・基本的に夜行性で、繁殖期以外は発見しにくい種が多い。特にサンショウウオ類は、非繁殖期に成体を見ることは稀である。繁殖期は種によって異なり、雪解け直後から夏にかけてである。繁殖期の、雨の降る暖かい夜には効率よく調査できる。 -留意すべき影響要因 ・幼生が生息する水環境の悪化(水場の縮小、乾燥化、水質悪化、土砂流入など)、および 成体が生息する陸上の乾燥化は両生類の減少を招く。 ・肢に吸盤を持つ種(アマガエルなど)と持たない種(トノサマガエルなど)ではコンクリート壁などによる移動阻害の影響が異なる。 -保全方針検討の観点 ・湧水に依存するサンショウウオなどでは地下水脈を分断しないよう留意する。 ・森林性の種に対しては林床の乾燥化、落葉層の消失が生じないよう留意する。 ・池などの水環境に依存する種では、複数の池がその種にとってのメタ個体群維持のために機能している可能性が高い。この場合、生息数があまり多くない池もメタ個体群維持のために重要な役割を持っている可能性がある。環境保全措置において、池間の移動の実態把握および移動経路の把握は、重要な課題である。 ・サンショウウオ類などにおいて、代替地への移殖がしばしばおこなわれる。しかし、サンショウウオ類は一般に寿命が長く、代替池で繁殖をしていても、放逐した個体が生き残っているに過ぎない場合もある。また、ほとんどの移殖ではメタ個体群構造が無視されており、数十年程度の時間で見れば絶滅する確率が高いと考えられる。この意味で、サンショウウオ類の移殖の明らかな成功例はほとんどない。もし移殖をおこなうのであれば、互いに移動分散が可能な複数の繁殖池を備えた、広い生息地を創出する必要がある。 -事後調査期間 ・サンショウウオ類は寿命が長く、繁殖率が低下しても見かけの個体数が変わらず、影響が現れるのに時間がかかることが多い。またカエル類では、環境の変化に応じて急速に増減した後、再び元に戻る場合も予測される。このため、事後調査は調査の対象となる種の特性を考慮して十分な年数おこなう必要がある。 |
表III-2-5 動物群ごとの留意点(5/12)
昆虫類 |
-特性 ・昆虫類では、蝶類やトンボ類以外は分布や生態に関する情報の少ないものが多い。文献に記載されている重要な種以外でも地域の特性に応じて幅広く調査の対象を検討していく必要がある。 -調査手法 ・昆虫類では一般に分布や生態に関する既往の知見は少ないが、文献調査、ヒアリングを通じて事前に十分な既往知見の収集をおこない、生息が予想される場所、生態に応じて調査をおこない、重要な種の見落としがないようにすることが必要である。 ・希少種の調査については、その個体群の存続を考慮して一定限度内の採集にとどめ、チョウ類についてはなるべく目視による確認とする。 ・水生昆虫は河川の底生動物にも多く含まれているため、底生動物調査とのデータの統合、連携が必要となる。 ・全ての昆虫群について評価することは困難な場合が多い。そのため環境や植生の変化に敏感で、かつ個体群の変化を追跡するために適当であるような種・種群を選び、集中的に調査をすることが適当であることが多い。 -調査時期・頻度 ・昆虫相の調査時期は調査地域の昆虫相を把握するため、四季を通じた適切な時期とし、特に多くの昆虫が出現する時期に重点を置くなどのメリハリをつけることが重要である。 ・種の生態を考慮し、定量・定性的な調査が容易な発育段階や時期に重点を置く必要がある。またそのために必要なサンプリング技術についても検討する。 -留意すべき影響要因 ・生息地の消失などの影響はもちろん、遷移段階の草原や里山二次林に生息する種については、工事や管理方法の変化による生息場所の変化などの影響についても把握していくことが重要である。 -予測・評価手法 ・昆虫類では、ほかの動物群と比べ、微細な環境要素の違いに依存する種も多く、また、それぞれの生息地の連結性などにより個体群が存続している場合もある。そのため予測、評価にあたっては分布地点から個体群の広がりの全体像を推定する。 ・昆虫類では環境変動によらず、生態的な特性として個体数が大きく年変動することに留意する。 ・水生昆虫類では羽化に伴って陸域に生息場所を移すものも多い。したがって、生活史を考慮した検討が必要である。 -保全方針検討の観点 ・昆虫類では個体群の存続が環境条件に左右されることが多いため、生息する環境条件を保全するための措置を優先する。 ・チョウ類などでは食草の限られるものが多いことに注意が必要である。 -事後調査期間 ・昆虫類は年による個体数変動が大きく、環境保全措置の効果を把握するためには、調査対象種の特性を考慮して、十分な年数の調査をする必要がある。 |
表III-2-6 動物群ごとの留意点(6/12)
昆虫類以外の無脊椎動物(陸域および陸水域) |
-特性 ・ここで扱うものは陸域および陸水域に産する無脊椎動物の中の昆虫類を除いた分類群で、非常に多様な群が含まれている。重要な動物種としてレッドリストなどでとりあげられているのは、主に陸産および淡水産貝類、汽水および淡水産エビ・カニ類、ワラジムシ類、クモ類、ザトウムシ類、ヤスデ類、コケムシ類などである。 ・陸産貝類やザトウムシ類を筆頭に、ここに含まれる動物は著しく移動・分散能力の低いものが多く、島嶼など狭い地域に固有なものが多い。 -調査手法 ・これらの動物群は非常に多岐にわたるので、文献調査およびヒアリングを通じて既存知見を収集した上で、調査の対象となる種をスコ―ピングすることが必要である。その上で調査の対象となる種に適した調査手法を採用することが要求される。 ・専門的な調査採集手法を必要とする種が多く、同定も困難なことがあるので、専門家からの助言を得て調査をおこなうことが望ましい。 ・多くの分類群では「見つけ採り」が主な調査方法であるが、種によって生息環境が異なるため、対象種ごとにそれぞれの生息環境で重点的に調査をおこなう必要がある。 ・貝類やエビ・カニ類など陸水性の動物は河川の底生動物にも多く含まれているため、底生動物調査とのデータの統合、連携が必要となる。 ・洞窟や地下水系が発達している地域では、ウズムシ類、貝類、クモ類、ヤスデ類などの動物群に重要な種が含まれていることがあるので、注意が必要である。 -調査時期・頻度 ・調査の対象となる動物群によって生活史が大きく異なるので、それぞれの動物群によって個別に、調査時期や頻度について検討すべきである。 -留意すべき影響要因 ・これらの動物群では、生息地の直接的破壊が最も危惧される要因である。また、一般的に多くの陸産の種にとって、生息地の乾燥化は生息に影響の大きいものと予想される。 ・限定された地域の特殊な環境に固有な種が多く含まれるので、大規模な開発ではなくても、種の存続に大きな影響を与えることがあるので注意が必要である。 -予測・評価手法 ・生態的な情報の不足や定量調査が困難な種が多いため、予測・評価は困難なことが多い。しかし、その場合にも調査で得られたデータに基づいた客観的な予測・評価を行なう必要がある。 -保全方針検討の観点 ・小型で個体の密度の低い種が多いので、わずかな種を除いては代替生息地を創造することなどが現時点では困難である。それゆえ現況の生息環境を保全することが重要である。 |
表III-2-7 動物群ごとの留意点(7/12)
遊泳動物(海域) |
-特性 ・ここでいう遊泳動物は、主に魚類であるが、遊泳生活をする軟体動物(イカ類)や節足動物(エビ・オキアミ類)なども含む。 ・遊泳動物は、それぞれの種ごとに生息場所、生活史の異なることが多い。また、通し回遊をおこなうものもある。 -調査手法 ・種ごとに生息場所、生活史の異なることが多い。通し回遊をおこなうものもあるため、調査にあたっては、産卵・成長・繁殖といった生活史に応じた場所と時期に配慮することが必要である ・産卵場や仔稚・幼生の生育場が藻場や干潟のような特定の場所に限られることがあるので、重要な種の生態に関する知見を十分に収集して調査内容を検討する必要がある。 ・卵、仔稚・幼生期にはプランクトン生活を送るものが多く、場合によっては、それらの調査も必要である。 ・漁業関係者の協力を得て、底曳網、定置網、まき網などの漁獲物を観察し、情報を得ることは効果的である。 ・魚卵には同定の困難なものが多いため、場合によっては飼育して孵化させたり、DNAを分析して同定することが必要な場合がある。 -調査時期・頻度 ・遊泳動物は種によって生活史が異なることが多いので、少なくとも季節変化が把握できる程度の調査が必要である。また、成長に応じて短期間に生息場所を変える種に関してはできる限り頻度の高い調査が望まれる。ただし、冬季に波浪が高くなるような海域では浅海部での調査に危険が伴うことから、そのような場合の調査は省略または時期をずらすこともやむ を得ない。 -留意すべき影響要因 ・生息域の減少や劣化、特に幼期の生息域の減少に注意が必要である。 -予測・評価手法 ・遊泳動物は移動能力が大きいことから、一般に環境変化による悪影響を避ける能力が大きいとされるが、水産有用種を除けば生理・生態のよくわかっていない種が多い。予測・評価にあたっては、種の生理・生態はもちろん、分布場所と非分布場所の環境要素の違いなども可能な限り参考として、その種が生息できる環境をよく検討することが重要である。 ・種の生活史を踏まえた、産卵場・生育場、あるいは卵・仔稚・幼生などの供給源(ストッ クヤード)についての予測・評価が必要になることがある。 -保全方針検討の観点 ・成長に伴って、または好適な環境を求めて移動することが多いため、環境保全措置の対象となる種の好む環境を保全することを最優先とする。 ・遊泳動物は、ある一定のルートを使って移動(回遊)することがあるので、そのルートを遮断しないよう配慮することが必要である。 -事後調査手法 ・過度の採集は個体群の存続に影響するので、採集による調査は最小限とし、漁業関係者の協力を得て、底曳網、定置網、まき網などの漁獲物を観察する、あるいは潜水して観察または写真撮影をするなどの調査を主とする。 ・一般に移動性が大きいこと、個体群密度が低いことから、事後調査で動向を詳細に把握するのは困難なことが多い。産卵期、仔稚体期など、個体の分布が集中する特定の場所と時期に絞った調査も有効である。 |
表III-2-8 動物群ごとの留意点(8/12)
魚類(陸水域) |
-特性 ・通し回遊をするものについては海域との関連に留意する必要がある。 -調査手法 ・魚類は種ごと、発育段階ごとに様々な環境を選択して生息しており、調査地点の選定にあたっては、バランスのとれた配置を考える。また、各地点の中でも様々な環境(瀬、淵、水草帯、流入水、湧水など)の場で調査をおこなう。 ・採捕調査が基本であるが、それぞれの漁具には魚種やサイズに対する選択性があるので、これを十分に考慮しなければならない。また、透明度の良好な水域では、潜水目視観察も有効である。 ・調査結果については、本来の生息場所か、偶然に運ばれてきた個体が一時的に生息していたものかを判断することが必要な場合がある。 -調査時期・頻度 ・調査は原則として四季におこなうのが望ましいが、魚類相を把握するには春から秋にかけて2回程度でも十分であることも多い。ただし、短期的に生息場所を変える種については、毎月あるいはそれ以上の頻度が必要になることもある。 -留意すべき影響要因 ・生息域の減少や劣化だけでなく、水路の連続性や湧水などの変化、瀬淵構造の変化などにも留意する。 -予測・評価手法 ・生理・生態や生息場所の環境条件を十分に検討した上で、成魚の生息場所だけでなく産卵場、仔稚魚の生育場というように、生活史を通して影響の予測評価をすることが必要である。 ・特に供給源としての産卵場について、予測評価が必要になることがある。 ・タナゴ類は繁殖に二枚貝類を必要とするなど、他種との関係についても考慮が必要な場合がある。 -保全方針検討の観点 ・上下流方向、本川支川間、堤外地と堤内地の移動阻害を起こさないように配慮する。 ・十分な流量と適度な流量変動を確保する。 ・濁りの負荷や水温の変化を最小限にする。 ・特に水際部の物理的な条件を単調にしないよう配慮する。 |
表III-2-9 動物群ごとの留意点(9/12)
土壌動物 |
-特性 ・ここでいう土壌動物とは地表に堆積する生物遺体(倒木・朽木・落葉落枝・死体・糞など)を含めた広義の土壌中に生息し、または地表を徘徊する無脊椎動物を指し、その生活様式や生活史は多岐にわたっている。ほかの動物群に比べて移動性が小さく、生息密度や種組成の季節変動が少なく、種間競争も少ないという特徴がある。 ・自然林から都市中心部まであらゆる環境に生息し、わずかでも土壌が存在すれば何らかの種が生息している。 ・多くの種が微小であるため風雨などによる移動分散力が高く、生息に適した環境に定着しやすい。また、環境条件の変化に対して感受性の高いものから低いものまで、様々な動物が存在するため、土壌の熟成や「自然の豊かさ」を示す指標生物として有効である。 ・小型で生息密度が高いため比較的少量の土壌試料から多くの種と多くの個体数を得ることができ、調査による環境破壊も最小限に止められる。 ・生態系の中にあって多くが分解者として重要な役割を担っており、生態系の調査をおこなう場合の重要性も高い。 ・種数が多く、体も小さいため同定が困難なこともあるので、専門家の協力体制などについても考慮が必要である。 -調査手法 ・対象が大型土壌動物か小型土壌動物か、定性調査か定量調査かによって調査手法が異なる。 ・大型土壌動物の場合には定性・定量調査とも一定の方形枠を用いたコードラート法により土壌を採取し、ハンドソーティングにより肉眼で動物を採集する。方形枠の大きさは環境によって調節する。 ・小型土壌動物の場合には、定性調査では「拾い取り法」、定量調査ではサンプル缶の打ち込みにより得られた土壌試料をツルグレン装置(土壌動物抽出装置)に投入し、動物の分離抽出をおこなう。 ・地表徘徊性動物についてはピットホール・トラップを用いるなど、対象動物群に応じた手法を用いる。 ・動物の抽出に時間がかかる場合や、同定に専門的知識が必要な場合がある。 -調査時期・頻度 ・時間を問わず、あまり天候に左右されずに調査をおこなうことが可能である。 ・調査の季節については大型土壌動物の場合には5~9月の間におこなうことが望ましい。晩秋から春にかけては卵や幼虫で過ごすものや深い層へ移動するものが多く、ハンドソーティングの際も不活発で見つけにくい。逆に、小型土壌動物(ダニ・トビムシなど)の場合には種数や生息密度が低下する夏季は避けたほうがよい。 -留意すべき影響要因 ・植生の改変は動物の餌資源の減少・消失、土壌環境の悪化(地表の乾燥化、堆積腐植層の減少・消失、土壌の酸性化、照度の増大など)により、種数や個体数の減少、種の消滅を招くが、その影響は植生改変部だけに止まらず、隣接した既存の植生下にまで及ぶことが多い。 -予測・評価手法 ・大型土壌動物を大まかな分類群に類別することによっておこなう「自然の豊かさ」の診断、ササラダニ類を用いた「自然性」の診断、シデムシ類を用いた「緑地環境」の診断など、土壌動物を指標生物として扱った研究がおこなわれ、環境評価の手法が考案されている。 -保全方針検討の観点 ・植生や土壌環境の保全や回復が有効である。特にいったん裸地化した場所では、早く土壌動物が定着するような手立てが必要となる。 ・復土する場合には他所の土壌動物を持ち込まないため、できるだけ現地の土壌を用いる。 -事後調査手法 ・緑化や森林復元後の土壌生態系の回復の指標として有効である。その際には復元の目標となるような近隣の自然林や神社林の土壌動物相との比較をおこなうことが望ましい。 -事後調査期間 ・植栽をおこなった場所が森林としての形を整えるまで調査をおこなう必要がある。 |
表III-2-10 動物群ごとの留意点(10/12)
底生動物(海域) |
-特性 ・ここでいう底生動物は、海域(汽水域を含む)潮上帯(飛沫帯)から潮下帯までの基盤(海底)上に生息する固着動物(一次付着動物)と匍匐動物(二次付着動物)および埋在(内在)動物とする。 ・底生動物でレッドリストなどに希少種として取り上げられているものには、造礁サンゴ類、ウミウシ類、貝類、甲殻類などの種が比較的多い。 ・昆虫類、クモ類、ダニ類などの中に潮間帯にのみ生息するものがあり、希少種である場合が多いので注意する。 -調査手法 ・それぞれの種ごとに生息場所の選択や生活史の特性が異なることが多いので、より多くの場所と潮位帯、付着基盤の質と形状などに配慮して、調査をおこなう必要がある。また、それらの生息場所(類型)に分けて調査やデータ整理をおこなう。 ・潮間帯の一部や汽水域の一部など、局所的に分布するものがあるので、知見をよく収集した上で、底生動物の分類に精通した技術者による全体的な踏査(潜水観察・採集を含む)をおこない、重要な種の見落としがないようにすることが重要である。 ・潮間帯は基質環境の多様性が高く、その多様性は底生動物の出現に大きく影響する。したがって調査にあたっては、目視による広範囲な定性的調査により生息種の見落としを防止するとともに、特定箇所の環境特性(潮位、水深、底質、乾燥条件など)を考慮した定量的採集の双方をおこなう必要がある。 ・底生動物には、基質(海底)に深く穴を掘って隠れるため、一般の採集機材では採集できない種もあるので、場合によっては巣穴の計数、トラップなどによる調査が必要になることもある。 ・底生動物は幼生プランクトン期を経る種が多いので、場合によってはその調査も必要となる。 ・漁業関係者の協力を得て、底曳網、定置網、まき網などの漁獲物を観察し、情報を得ることは効果的である。 -調査時期・頻度 ・底生動物は、種によって生活史が異なるので、少なくとも季節変化が把握できる程度の調査頻度が必要である。ただし、冬季に波浪が高くなるような海域では、浅海部での調査に危険性が伴うことから、省略、または時期をずらすことはやむを得ない。 -留意すべき影響要因 ・生息場所である基盤環境(砂泥の性質など)の変化が重要である。 -予測・評価手法 ・潮間帯のように自然環境要素の変化が大きい場所に生息するものは、一般に環境変化に強いとされるが、潮下帯の種も含めて生理・生態のよくわかっていない種が多い。予測・評価にあたっては対象種の分布場所と非分布場所の環境要素の違いなども可能な限り参考として、生息できる環境をよく検討する必要がある。 ・種の生活史を踏まえた産卵場所・生息場所、あるいは卵や幼生などの供給源(ストックヤード)についての予測・評価が必要になることがある。 -保全方針検討の観点 ・底生動物は、海域の様々な環境要素のバランスの上に生息しており、特に基盤環境との関係が重要である。保全にあたっては、生活史の特性を理解した上で生息場所の環境要素の保全を最優先とする。 |
表III-2-11 動物群ごとの留意点(11/12)
底生動物(陸水域) |
-特性 ・底生動物の中には軟体動物、節足動物、環形動物など様々な生物群が含まれる。河川では昆虫類の幼生が種数・個体数で卓越する。 ・水質などの指標生物として用いられることがある。 -調査手法 ・汽水域の一部や源流など、局所的に分布する種があるので、生態分布についての知見をよく収集した上で見落としがないようにすることが重要である。このため定量採集だけでなく、定性採集調査をしっかりとおこなった方がよい。 ・河川の底生動物には水生昆虫類が多く含まれているため、陸上昆虫類調査とのデータの統合、連携が必要となる。 ・それぞれの種ごとに生息場所の選択性や生活史の特性が異なることが多いので、より多くの生息場所、流速や底質の条件に配慮して調査をおこなう必要がある。 ・必ず生息が確認される代表的な生息場所としては、早瀬、淵、岸辺植生、水草、蘚苔マット、落葉堆積などがある。 ・洪水や渇水などの攪乱の影響はかなり長期間にわたることがあるため、調査の前にそのような攪乱があったかどうか、水位記録や聞き込みで確認しておく。 -調査時期・頻度 ・基本的には四季調査が必要であるが、中・上流域の水生昆虫類は、夏季よりも早春季の方が調査に適しているなど、調査地域の特徴に応じた時期・頻度を検討する。 -留意すべき影響要因 ・生息場所に対応した微細分布がみられるので、生息場所やそれに関連する環境要因に留意する。 -予測・評価手法 ・底生動物は、発育に伴って大きく移動をするものは少ないが、エビ・カニ類では流程方向にかなり大きな季節移動をしたり、水生昆虫類では羽化や蛹化に伴って陸域に生息場所を移すものも多い。したがって生活史を考慮した検討が必要である。 -保全方針検討の観点 ・底生動物は特に基盤環境との関係が重要であり、保全にあたっては、生息場の環境要素(瀬-淵構造、底質粒度など)の保全を最優先とする。 ・水温、流速、濁りの条件なども大きな影響を与えるので、これらへの人為的な変化を最小化することも重要である。 ・水際付近は多くの種が生息するとともに、陸上部の接点として重要であるため、水際付近の環境の多様性と連続性を保全することに努める。 |
表III-2-12 動物群ごとの留意点(12/12)
動物プランクトン |
-特性 ・富栄養化などの指標生物としても用いられることがある。 ・動物プランクトンの重要性は場合によって異なるので、必要に応じて調査を実施する。 ・動物相の把握とともに、生産力、低次生態系構造が重要であり、重要な種としてよりも生態系の調査をおこなう場合の重要性が高い。 -調査手法 ・重要な種が含まれる可能性が低い場合には、水域の動物相、生産力、低次生態系構造を把握する一環として調査をおこなう。重要な種である魚介類などの卵・幼生がプランクトンとなるような場合には、必要に応じてその種の生活史に着目した調査を検討する。 ・調査地点は、植物プランクトンと同様に水の分布状況から検討する。つまり、水の性状が均一と推定されるような開放域では、調査地点は少なくてよい。また、汽水域、海域あるいは開放域、閉鎖域というように水の性状に差があると推定される場合には、それぞれの水域に調査地点を配置すると良い。また、鉛直分布に違いがあると想定される場合には、層別に調査すると良い。 ・陸水域では通常、流れの穏やかな下流域や汽水域、および湖沼などで調査をおこなう。 -調査時期・頻度 ・動物プランクトンは、流れとともに移動するだけでなく、世代時間が短い動物群や幼生プランクトンが多いため変化の時間スケールが短い。そのため、厳密に動物プランクトン相を把握しようとすれば、時間的に密な調査が必要となる。しかし、重要な種が含まれる可能性が低い場合にはその概要を知る程度でよく、季節変化が把握できる程度の調査頻度でよいと考えられる。冬季に波浪が高くなるような海域では浅海部での調査に危険性が伴うことから、省略または時期をずらすこともあり得るが、対象とする事象や動物群にとって冬季が重要となる場合もあるので注意する。 -予測・評価手法 ・生態系の機能に関連して、動物プランクトンの密度変化や生産力変化などの予測・評価をおこなうことがある。また、重要な動物の幼生プランクトンとしての予測・評価が必要になることがある。 -保全方針検討の観点 ・生態系の機能に関連して、流動の停滞域の増加、物質循環への阻害などに対する環境保全措置が必要となる場合がある。 ・環境変化に対して一般に脆弱な幼生プランクトンへの影響に関して、環境保全措置が必要となる場合がある。 -事後調査手法 ・動物プランクトン相に著しい変化がないか否かを調査する。特に、主要な種の変化などに注意する。 -事後調査期間 ・海域の動物プランクトンは、陸水域に比べて季節変化の周期が安定しておらず、海流などによって年ごとに動物プランクトン相や出現量の異なることが多い。そのため、短期間の調査では変化の有無が判定できないことが多いので、できるだけ長期間にわたって調査を継続することが望ましい。 |