生物の多様性分野の環境影響評価技術検討会
環境影響評価シンポジウム~生態系と環境アセスメント~の記録

目次へ戻る

6 当日配布レジュメ2

基調講演(2)海域の生態系と環境アセスメント

日本大学教授 清水 誠

はじめに

 環境影響評価法が2年前に成立し、いよいよ施行を迎える事となった。閣議決定に基づく従来の影響評価とは手続き及び環境保全の対象が異なってくる。特に注目され、一方では戸惑いも見られるのが生物関係で生態系保全が加わった事であろう。 どのようにすべきか確固とした意見があるわけではないが、これまでいろいろの機会に考えてきた事を述べてみたい。 なお、現在、環境庁ではこれに関連して検討が行われている。ここではそこでの (特に類型区分と注目種の選定に関し) 成果も借りていることをお断りしておく。

生態系保全とは何か?

 これまでの動物、植物という環境影響評価の項目はいろいろな視点からのものではあるが「重要」な種類の保全にどう配慮するかが問われた。 しかし、いろいろな生物はその種だけで単独に生活しているわけではなく、また、「重要」ではない種も含めて多様な生物相が維持されることが必要との認識から生態系保全、 が言われるようになり、環境基本法にこの認識が取り込まれ、環境影響評価にも反映されることとなったのである。 蛇足ながら環境基本法の記述を引用しておくと第14条の第2項に「生態系の多様性の確保、野生生物の種の保存その他の生物の多様性の確保が図られるとともに、 森林、農地、水辺地等における多様な自然環境が地域の自然的社会的条件に応じて体系的に保全されること」となっている。 ここに再三繰り返されている「多様」という語が鍵となろう。評価については後に触れるが、基本的な保全の姿勢がここに示されている。

生態系を対象とした影響評価

 法の規定に基づく基本的事項によれば、地域を特徴づける生態系に関しその特性に応じて上位性、典型性、特殊性の観点から注目される生物種等を複数選び、 それらについて他の種との種間関係なども考慮して影響の程度を評価することとしている。これは現時点では生態系の構造と機能を全体を捉えて評価するのは難しいと考えられたためである。 それでは難しさは別にして理想的な生態系に関する環境影響評価とはどういうものであろうか。 影響評価は事業による環境質の変化が生き物のあり方にどう影響するかを予測するもので、予測結果は定量的に表わされるのが望ましい。 定量的ということになれば、なんらかのシミュレーションモデルを使う必要が生ずる。いわゆる「生態系モデル」である。 しかし現段階ではすべての構成要素を組み込み、その機能も含めて記述することのできるモデルは存在しない。 もちろん「すべての」構造・機能を再現するモデルは不可能であろうが、主な構造・機能を記述しようというモデルはこれまでにいくつも提案されている。 気をつけておかねばならないが、生態系モデルには2通りある。 1つは生態系の構成要素、すなわち個々の種の個体数あるいは生物量の記述を目的とするもので、他は食物連鎖関係を考慮に入れて物質循環を記述するためのものである。 後者では種は捨象され機能群として生物グループが組み込まれる事が多い。汚染物質(有害化学物質や放射性核種)の移行や蓄積を考える場合は、目的に応じて個々の種を取り上げるが、 この場合も種を捨象してしまう場合も少なくない。このように生態系モデルには構造と機能の両面のモデルが考えられるわけで、どちらも提案はかなりあり、 また、実際に使われた例もある(例えば図1図2など)が、現時点で確立されたとは言えないであろう。 実態に近づけようとして要素を多く取り入れると、複雑になりすぎるし、また、複雑になりすぎるし、また、食う-食われるという関係だけをとってみても すべてが明らかになっているわけではない。さらに、環境質と生き物の関係が定量的に明らかにされていない事が最も大きい問題としてある。 環境アセスメントのためのモデルもいくつか提案されている(例えば図3)が、 ここに述べたような事がネックとなって実用に供される事になっていない。こうした事情からとりあえずは代表種で検討することとされているのである。

できることをやる、できることはやる

 しかしこのことは代表種の検討だけに限られることを意味しない。基本的事項にもあるように「これら(注目種等)の生態、他の生物種との相互関係及び生息・生育環境の状態を調査し、これらに対する影響の程度を把握する方法その他の適切に生態系への影響を把握する方法による」のである。したがってできることは必要に応じてやるべきである。

 先に「生態系モデル」は現段階では不完全と述べたが、範囲を限れば使えるものはある()。生態系モデルといっても植物および動物プランクトンといった栄養段階までを組み込んだものであるが、栄養塩の循環を考える場合にはこれでも十分な事が多い。海では富栄養化に関連して栄養塩の分布や溶存酸素についての予測を求められることが多く、また、干潟の浄化能力の評価なども必要で、物質循環モデルが利用されてきた。こうした事情は海の生態系の特徴と関係しているので、その特徴を陸と比較して見ておきたい。

海の生態系の特性

 陸と海(水圏)の生態系の大きな違いは基礎生産を担うもののサイズにある。陸では樹木などの大型植物が大きな役割を果たしているが、 海では植物プランクトンなどの微小な生物が主役である。この違いはその後の食物連鎖に違いを生じ、また海でのきわめて大きい回転速度にも反映されている。 単位時間当たりの生産量の生物量に対する比を回転速度あるいは回転率(turnover rate )という。陸では生物量に対して年間でその10%ほどが新しく作り出される、 すなわち10年に1回の回転であるのに対し、海(水圏)では数日で現存量に匹敵する生産が行われる、すなわち年に 100回、時にはそれ以上回転してしまう。陸とは桁が違う。このように陸はストックの系で海はフローの系といえよう。 回転率が大きいということは条件が整えば爆発的に増殖するということで、赤潮の起きる所以がここにある。 このような事情から海ではフローの測定、評価が必要となるのである。

類型区分の重要性

 構造については海も陸と同様代表的な種を選んで考えることとなる。種を選ぶに際しては考え方は同じとしてもやはり陸とは異なる海の特徴を考慮しなければならない。 陸は回転率が小さい、したがって比較的安定した植物群落が基礎となっており、それが動物相を支えている。 これに対して海では植物というよりもっと直接的に物理的な要素に分布が規定される。 水温・塩分は重要な要素だが、沿岸での分布を規定する要素として重要なのは基質で固いか軟らかいかが一義的に重要で、 また、その場が外海に面しているか内湾内海にあるかが問題となる。 したがって、代表種を選ぶに際してもまず、対象水域がどういう類型区分に属するかを知ることが重要になる。 日本は南北に長く、暖流・寒流に洗われており、こうした地域的な条件の違いを考慮することも必要となる。こうしたことを考えに入れた上で、 それぞれの場で特徴的な種を選ぶことになる。具体的には評価の対象海域が決定したら、その水域並びに周辺の生物相に関する既存の知見を集め、 また、現地を実際に見て対象海域にどのような類型が認められ、どのような生物が生息しているかを把握する。 影響評価は人間活動(事業の影響)と生物活動(機能も含めた生物の分布の様子)の重なり具合を知る事から始まるので、事業の影響の範囲を想定し、 評価にはどの類型と生物種等が重要な対象となるかを推定する。 次に、それらと環境要素との関係及び生物間の関係、あるいは類型間の生物の移動に伴う関係などについて検討する。 その上で、重要とした類型に生息する生物の中から、上位性・典型性・特殊性の視点から注目すべき生物種・群集を選定する。 なお、このような作業に当たっては、海域の類型と生物の分布や生物間の関係(主として食物連鎖関係)を図化して検討する方法が有効であろう。 (環境庁での検討会の資料から類型区分の例と、図化の例を示す。)

評価の考え方

 本来アセスメントというものは実態を明らかにすることが重要で、評価は別とも言える。ASSESSMENTを辞書で引くと課税のための財産目録作成と出ている。 つまり、評価のために客観的な事実を提供するのが一義的に重要な事である。また一方ではアセスは関係者の合意形成に必要なものであり、 それからすれば開発を行って環境を改変する事業者がそこの生態系をどのように見ているのかを明確に示すことが評価となる。そこが関係者の論議の出発点となろう。 もちろん先に述べたように、生態系が環境影響評価の対象として加えられた本来の趣旨を考えれば、現状の生物多様性を大きく損なわないこと、 本来の生物相から離れる方向の変化は好ましくない、ことは当然考慮すべき視点であろう。

目次へ戻る