生物の多様性分野の環境影響評価技術検討会中間報告書
生物多様性分野の環境影響評価技術(I) スコーピングの進め方について(平成11年6月)

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第2章 生物多様性分野のスコーピングの(環境影響評価の項目・手法の選定)進め方

1 生物の多様性分野の環境影響評価の意義

 環境影響評価法は、環境基本法を受けて持続可能な開発を基本理念として制定されたものであり、従来の閣議決定に基づく環境影響評価とは異なる、新しい評価の考え方や早期の段階からの手続(スコーピング)など新しい手続が導入されている。
 環境基本法第3条には「環境の保全は(中略)生態系が微妙な均衡を保つことによって成り立っており人類の存続の基盤である限りある環境が、人類の活動による環境への負荷によって損なわれるおそれが生じてきていることに鑑み、現在及び将来の世代の人間が健全で恵み豊かな環境の恵沢を享受するとともに人類の存続の基盤である環境が将来にわたって維持されるよう適切に行われなければならない。」ことが示され、この趣旨を踏まえ同法第14条の各号に掲げる事項の遵守を旨として環境影響評価を行うこととされている。この第14条第2号には「生態系の多様性の確保、野生生物の種の保存その他の生物の多様性の確保が図られるとともに、森林、農地、水辺地などにおける多様な自然環境が地域の自然的社会的条件に応じて体系的に保全されること」が掲げられており、これを受けて、今回の環境影響評価法の評価の視点のひとつとして生物の多様性とこれらの多様な生物からなる生態系が盛り込まれている。これは、環境影響評価法に基づき定められた基本的事項の中で具体化され、環境影響評価の対象項目として「生物の多様性の確保及び自然環境の体系的保全」という区分が設けられ、また、その細区分として従来の「植物」「動物」に加え「生態系」の項目が設けられた。
 人間が自然の生物圏に与える影響は、急速な人間活動によって劇的に増大し、生態系は改変され、破壊が続いている。その結果、個体群の減少・絶滅によって生物の種は自然の絶滅速度に比べ桁違いの速さで絶滅し、生態系によって維持されてきた人間の生存の基盤である良好な環境は急速に変容しつつある。このような現状に対し危機感が急速に高まり、国際的に生物の多様性と多様な生物による生態系の保全の検討が進められた。このような経過を経て、1992年6月リオデジャネイロで開催された「国連環境開発会議」(地球サミット)の場で157カ国が署名した「生物の多様性に関する条約」は1993年12月発効した。この条約は一般的に生物多様性や希少種を保護するものと理解されている。しかしこの条約の基礎には、多様な生物からなる生態系が有する多くの資源(財)と多様な環境保全機能(サービス)は人類の発展と健全な生活に不可欠であり、我々と自然との好ましい、あるいは可能な関係はどのようなものか、また生態系のもつ豊かな財とサービスの機能を高めつつ持続ある利用をしていくためにはどのように自然を保全していくのかという重要な課題が含まれている。
 わが国ではこの国際条約の基本方針に基づく生物多様性の保全とその持続可能な利用の実施促進を図るため、1995年10月「地球環境保全に関する関係閣僚会議」で「生物多様性国家戦略」が決定された。また、既に述べたように「環境基本法」にも生物多様性と多様な生物からなる生態系の保全の重要性は示されており、環境影響評価法において、環境影響評価の対象として従来の「植物」「動物」に加え「生態系」の項目が設けられた理由はここにある。

 日本は南は沖縄から北は北海道まで南北に長く、亜熱帯から亜寒帯まで広い地理的環境に位置し、地形、地質、土壌、さらに人間による土地利用の違いも起因して、生物の多様性は大変高い。また、地域の環境にはそれぞれ特有な種組成をもつ生物群集があり、地域環境に特徴づけられた多様な生態系がみられる。これらの生態系は環境の諸条件に対応して連続的に分布しており、気候的な要因による大規模な生態系(例えばブナ林に代表される夏緑林生態系など)から、特異な地形、地質、土壌、底質、水分条件などに対応して成立する規模の小さな生態系(例えば洞窟、硫気孔、湧水池生態系など)までその規模は様々である。また個々の生態系の生物群集は基本的に垂直的な階層構造を形成している。生物群集のこの階層構造と群集の諸機能(光合成、呼吸など)との相互作用によって群集内部の微環境は複雑に変化し、多様な生息環境を形成し、多様な生物の生活を可能にしている。また、生態系は常に部分的に破壊と修復(死亡と出生・成長)を繰り返しながら、系内の生物と環境との相互作用、食物連鎖などによる物質循環やエネルギーの流れなどによって動的に維持されている。台風、まれに起こる噴火などの突発的な出来事による生態系の甚大な被害とその後の長期的な修復があることも注意する必要がある。
 したがって、生態系の項目に対する環境影響評価を行うには、事業実施区域とその周辺の気象、地形、地質、土壌、水環境などの環境要素と、その地域にある生態系のタイプごとに先に述べた生態系の諸特性と環境保全機能を出来るだけ精度高く把握し評価できるよう調査・予測・評価の項目・手法を選定することが必要である。スコーピングの段階ではこの視点に立って、既存の資料と概況踏査により適切な調査・予測・評価の項目・手法を選定しなければならない。例えば、気象、地形、地質などを単に調査し記載するのではなく、主要な生態系の生物群集と環境との相互作用と生態系の環境保全機能が把握、評価できるような調査・予測・評価の項目・手法の選定作業が必要である。一般に事業対象区域とその周辺は単一の生態系で占められていることは少なく、複数の生態系からなることが普通であり、これらの生態系は相互に関係しあっている。このため、まず、事業地域とその周辺の地形と植生などの関係を概略的に理解出来る断面図を作成することや、植生と地形、地質、土壌、気象などの概略を示した平面図を作成し、それらを重ね合わせることにより事業対象地域の生態系の特性の概況をつかむこともひとつの方法である。
 生態系は垂直的、水平的構造をもち、群集の機能との相互作用によって群集内部に多様な微環境を形成し、生物群集は様々な生活様式の異なる生物のグループで構成されている。また、群集の構造と機能は環境形成作用に寄与している。事業地の生態系について、その構造と機能、環境保全機能を含めた特性を把握し、適切な評価をするためには、基本的事項に示されたように、まずスコーピングの段階で生態系の上位性、典型性、特殊性に注目して、それぞれに該当する種と群集を抽出し、それらの生態系における位置づけと役割を明らかにした上で、これに関わる調査・予測・評価の項目・手法を選定することもひとつの方法であろう。上位性、典型性を示す種と群集は生態系全体としてだけでなく、各階層ごとに、また生活様式の同じグループごとの生態系の特徴ある部分についても検討することが望ましい。さらに、生態系の階層構造や、物質循環やエネルギーの流れを示す構成種の食物網の概略を示す図表を作ることも有効である。

 環境庁は「生態系」を初めとする生物の多様性分野の環境影響評価技術の検討を「生物の多様性分野の環境影響評価技術検討会」を設置して、平成10年度から3年計画で進めている。初年度である今年は、環境影響評価法に新たに導入されたスコーピングの効果的な進め方について生態系を中心に検討を行った。
 生態系の項目は、大別して陸域、海域(主として沿岸域)、陸水域(湖沼、河川など)に分けられるが、本年は陸域と海域について両者の生態系の特性の違いを考慮して検討を進めた。陸水域は次年度に検討することとした。検討会ではまず最初に基本的事項で例示された、生態系に対する上位性、典型性、特殊性の視点の有効性について検討し、さらにこれらの視点から注目される種や群集の抽出の具体的な手法と、これによる調査・予測・評価の項目・手法の選定の方法について検討を進め、その結果以下のようなひとつの基礎となる具体的な指針が得られた。
 検討会ではこれらの指針を、事業者、地方公共団体、国民、国の関係行政機関など環境影響評価に関わる様々な主体が参考にできるようとりまとめたが、実際の環境影響評価に際しては、その事業の特性や事業が立地する地域の環境の特性に応じて、最も適した方法を創意工夫して検討していくことが大切である。その中で、今回ここで示した指針による手法以外の手法についても、今後様々な主体により、積極的な検討がなされていくことが望まれる。また、ここで示した指針についても、本検討会で次年度以降さらに検討し、必要に応じ見直していくことがあることを付記しておく。

(座長:大島康行)

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