(SEAと事業アセスメント、及びSEAという名称について)
戦略的環境アセスメント(SEA)は、本文中にも述べたようにこれまでの事業に対するアセスメント(Project Environmental Impact Assessment又は単にEIA)の上位、早期の段階のPolicy、Plan、Programの三つのPに対するアセスメントであると定義され、その性格、内容、意義がEIAとの対比により述べられることが多い。これはEIAが既に定着し、確立された現段階において、SEAを説明し、理解を得るには優れた方法であって、本報告書もそうした記述を採用している。
ただし、混乱をおそれずに言えばSEAとEIAとは画然と区別できるものではなく、本文中にも若干言及したように個々の事業(Project)にも事業実施段階での検討以前に企画、計画段階が存在するのであり、その段階で環境アセスメントを開始すれば、それはSEAと事業アセスメントの双方の性格を併せ持つものとなりうる。例えば東京都の総合環境アセスメント制度は、事業アセスメント以前の段階で複数案の比較検討を行うものでありSEAのさきがけと言えるが、その最初の事例である杉並区の道路についての環境アセスメントは事業アセスメントの進化した一形態と言えるし、本報告書でも紹介した英仏海峡トンネル連絡鉄道の環境アセスメントも事業アセスメントとSEAの双方の性格を併せ持っている。
こうした実態からみれば、ことさらにSEAと事業アセスメントの区別を強調するのは、事業アセスメントを矮小化し、その可能性を否定することにもつながりかねず注意を要するところであろう。極めてend of pipeでのチェックの色彩が強かった環境影響評価法以前の我が国の事業アセスメントならともかく、方法書手続きによる早期段階からの情報交流や、複数案の比較検討を視野に入れた現在の我が国の事業アセスメントは、運用次第によりSEA的検討も十分に実施できるものであり(本文第4章(2)参照)、SEAと事業アセスメントは連続的な関係にあると考えた方が実態にも即すのである。
さて、かつて我が国では「計画アセスメント」の導入の必要性が言われたが、この「計画アセスメント」概念は、複数事業の集合体であるPlanやProgramに対するアセスメントという性格と個々の事業の計画段階での環境アセスメントという性格の二つを併せ持って理解されていた。環境影響評価法制定に至るまでの検討においても、「計画アセスメント」導入の必要性は各方面から指摘されたが、1.環境影響評価法では、方法書手続きの導入により事業の計画段階での検討には一定の対応をしていること、2.既に国際的に議論が進行していたSEAは、PlanやProgram以外のPolicyも対象とする広い内容のものであったことから、中央環境審議会答申等では、人口に膾炙した「計画アセスメント」という用語の使用を避け、国会附帯決議でも戦略的環境影響評価という用語が用いられたのである。
本研究会はまさに上述の国会附帯決議を受けて環境庁が設置したものであり、かつ、より現実的な理由として、委員が一致して適当と考える良い呼称がとりあえず見あたらなかったことから、引き続き戦略的環境アセスメントあるいはSEAという用語を用いているが、この呼称は一般の国民がその内容を直ちにイメージしがたいという意味において、必ずしも適当とは考えていない。無論、今の段階でいたずらに新たな造語を行い、それを厳格に規定することは無益であり、場合によっては有害ですらあるだろう。ただ、一定の制度化が現実のものとなる段階では、その段階で自ずと対象の明確化がなされ、それに相応しい名称が考慮されることが自然であろう。現に、EUの共通制度化への指令案では一切SEAという用語は使用されず「一定の計画、プログラムに対する環境アセスメント」という用語を使用している。
(政策評価との関係)
省庁再編に伴い、各省庁において「政策評価」が導入されることとなる。政策評価導入の動向は、国民の視野に立った成果重視の行政の推進、政策の立案・実施過程の透明化にとって望ましいことであり、SEAもこの流れの中で捉えられるべき課題であるが、以下の理由により「政策評価」において環境面からの評価が科学的かつ客観的に信頼され得るものとして適切に行われることには一定の限界があるものと思われる。このため、環境面からの評価のための独立の手続であるSEAの結果を、政策評価において有機的に活用すること等により環境への考慮が意思決定において適切に統合されることが必要である。
「政策評価」は、主として「必要性」「効率性」「有効性」の観点からの評価が行われるものである。「環境」については、このうち「効率性」の観点からの評価において、資源配分の効率性等として、資源や廃棄物、CO2等の発生等に伴う環境コストを取り扱う方向での努力がなされているが、技術的に環境面からの十分な精度を持った評価を行うことができるのか等の問題がある。このため、第2章でSEAの原則として述べたとおり、環境面からの独立した評価がなされ、その結果が文書として取りまとめられることが必要である。
「政策評価」では、現段階ではその具体的内容が明らかではないが、これまで我が国で行われてきた取組を概観すると、費用対効果分析等の手法が用いられる場合が見られ、また、それらの分析に環境の観点を組み込むために、環境を貨幣価値に換算する試みも見られる。費用対効果分析等の手法に環境面からの評価結果を統合するためには貨幣換算手法を用いざるを得ない面もあり、今後の進展が期待される分野であるが、一方、評価方法等によって評価が大きく異なり得ること、評価結果が一つの指標として統合される場合には環境への影響が埋没するおそれがあること等の一定の限界があり、留意が必要である。
「政策評価」は、非常に広範な施策や事務事業を対象とするものであり、その実施時期も事前、実施中、事後のものがあるが、施策については事後の評価が中心となり、「事務事業」を対象とする事前の評価が行われる場合でも、主として事務事業の採否を決定する時点において行われるものと観念される。しかし、事務事業の採否を決定する時点での評価では、その評価の結果は当該事務事業を採択するか否かということになりがちであると考えられ、この段階では、環境面からの評価の結果を踏まえて環境への影響をできるだけ回避・低減させることが困難であると考えられる。
環境に関する情報は、第2章で述べたSEAの原則にあるように、国、地方公共団体のほか、当該地域の住民を始め、環境の保全に関する調査研究を行っている専門家等によって広範に保有されているため、環境に関する評価を行うためには、専門家や公衆が広く関与することのできる手続を設けることが必要である。しかし、政策評価でこれらの手続が十分に確保されるかは不確定である。
なお、「政策評価」の対象となる「政策」は、本報告書でSEAの対象としている「政策」「計画」「プログラム」を包含する広範な概念であるので注意が必要である。
(港湾計画に対する環境アセスメントについて)
我が国では「計画」に対する環境アセスメントとして昭和40年代から港湾法に基づく港湾計画に対し環境アセスメントが実施されてきた。この港湾計画環境アセスメントは、一般的な公衆関与規定を欠くことなど、現在の環境アセスメントの概念からすれば不十分なところも多いが、環境影響評価法制定に伴い面積300ヘクタールを越える埋め立て又は堀込みを含む港湾計画については、環境影響評価法の港湾計画特例が適用されることになった。この環境影響評価法の港湾計画特例は、個別の埋め立て等の事業の上位の計画に対する環境アセスメントであり、その意味では我が国でもSEAの一部は、既に環境影響評価法のなかで法制化されていると言って良い。
しかしながらここで一点注意を要するのは、環境影響評価法の港湾計画特例は方法書手続きを欠いているという点である。我々は、本文中でSEAではスコーピングが事業アセス以上に重要となる旨指摘したが、それとの関連で言えば、環境影響評価法の港湾計画特例はSEAの重要な要素の一部を欠いていると言えなくもない。
もともと、港湾計画特例において方法書手続きを省略したのは、概ね十カ年のマスタープランたる港湾計画においては、現実に港湾計画アセスと埋め立てアセスが時期的に連続した手続きになることが多く、港湾計画と個々の埋め立ての双方に方法書手続きを課すことが重複感もあり、時間的負担とも考えられたことによる。この場合、港湾計画において一定の予備的検討がなされたことをもって、埋め立ての方法書手続きを省略するという選択肢もあり得たのであろう。しかし、環境影響評価法ではより詳細、具体の検討が行われる埋め立て段階での項目、手法の検討を重視して、港湾計画段階の手続きを省略する道を選択したものと考えられる。
実際のこれまでの事例をみても、藤前干潟埋め立てと名古屋港港湾計画、あるいは三番瀬開発と京葉港港湾計画の関係では、港湾計画段階で鳥類の生息環境の保全等の問題点の指摘が行われ、それを受けた港湾計画以降の検討により港湾計画で定められた内容が大幅に修正されるという経過を辿っており、港湾計画がその時点で不可逆的な意思決定を行うというよりは、むしろ個別事業のスコーピング的な機能を果たしている。
こうしてみると、環境影響評価法の港湾計画特例は、埋め立てについての事業アセスメントの中で、事業特性、地域特性に応じた詳細な項目、手法の選定という方法書手続きが連続することを前提に、港湾計画の方法書手続きを省略したものと考えられる。これを別の言葉で言えば、あくまで埋め立てという個別事業の環境アセスメントを重視し、その立場から港湾計画を見ていると言えよう。
このような観点からすると、今後の港湾計画のあり方にも関係するが、将来、SEA導入が本格化する時期において、港湾計画を単なる埋め立て等の事業の前触れとして捉えるのではなく、臨海部における港湾流通施設の整備という共通した特性を持つ港湾計画段階固有の意思決定と捉え、それに相応しい環境面からの検討を行うとすれば、現在の環境影響評価法の港湾計画特例についても再考の余地があるものと考えられる。