(1)戦略的環境アセスメント(SEA)とは
○ | 戦略的環境アセスメント(SEA)とは、「政策、計画、プログラム」を対象とする 環境アセスメントである。事業に先立つ上位計画や政策などのレベルで、環境への配慮を意思決定に統合(意思決定のグリーン化)するための仕組み。 |
戦略的環境アセスメント(Strategic Environmental Assessment、以下「SEA」という。)とは、政策(policy)、計画(plan)、プログラム(program)の3つのPを対象とする環境アセスメントである。即ち、
「政策、計画、プログラム」の3つのPを対象として、
その熟度を高めていく過程において、十分な環境情報のもとに適切に環境保全上の配慮を行うための手続と理解されている。
「戦略的環境アセスメント」と呼ばれているのは、SEAが事業(project)に先立つ上位計画や政策等の「戦略的な(strategic)」意思決定に対して行われる環境アセスメントであるからである。
3つのP(政策、計画、プログラム)といっても内容は様々であるが、事業との関係では以下のような類型のものが含まれる。
複数の事業等を総合した地域全体の開発計画(例:総合開発計画、圏域計画等)
事業そのものを決定するものではないが、事業量の総枠を規定する計画
(例:各種五箇年計画等)
個々の事業に直接結びつくものではないが、事業の内容を拘束する政策・計画
(例:土地利用計画、資源の有効な利用の促進に関する基本方針)
個々の事業についての構想や基本計画(例:高速道路の基本計画)
なお、上記のうち1~3は、いわゆる事業(project)に対する環境アセスメントとはそもそも対象を異にする。4は対象としては同一の「事業」であるが、その環境配慮を実施段階ではなく、より早期のいわゆる「計画」段階で行うというものであって、事業の実施段階での環境アセスメントとの間に明確な区別がない。すなわち、事業の実施段階での環境アセスメントの体系においても運用により一定のSEA的検討が可能であることに注意を要する。
(コラム) 「政策policy」「計画plan」「プログラムprogram」とは? 「政策(policy)」「計画(plan)」「プログラム(program)」という抽象概念を定義することは、国ごとに、また用い方によってその範囲は異なることから容易ではないし、SEAの検討を行う上で必ずしも必要ではない。一方で、SEAに関する諸制度や文献では、特に「政策」と「計画、プログラム」にはある程度の差があることが前提とされているのも事実である。このため、「政策」と「計画、プログラム」の違いについて、それぞれ具体的にどのようなものが当てはまるのか若干の説明を試みてみたい。 まず、「政策」であるが、主要先進国の協力の下に行われた環境アセスメントの有効性に関する国際研究の一環としてオランダ政府の資金提供を受けてまとめられた報告書「戦略的環境アセスメント」(1996)によれば、「政府が、現在若しくは将来遂行する行為の一般的な道筋、又は提案する全体的な方向で、政府の一連の継続的な意思決定を導くもの」とされている。もう少し分かりやすく言うと、「政策」とは、政府の「施政の方針」であって、当該施策体系の中で計画や個々の事業等に対して方向を指し示すもの(拘束力を有するものもあれば、ないものもある。)であって、個々の事業の必要性やその具体的な内容等を決定するものではない。例えば、「道路整備の長期構想」に示されている「交流ネットワークの充実」「地域集積圏の形成」は、道路整備の体系における下位計画や事業の実施に方向を差し示すものであり、「政策」と言えよう。このほか、法律に基づく基本的事項や基本方針、例えば、「再生資源を原材料として一層利用する」(再生資源の利用の促進に関する基本方針)等も「政策」に該当する。「政策」は、個々の事業の必要性やその具体的な内容等を決めるものではないため、概して抽象的である。 一方、「計画」と「プログラム」は、上述の報告書では「政策目的を達成する手段を評価、選択して、事業や諸活動をいつ、どこで、どのように実施するかを明確にするもの」とされている。即ち、「計画」と「プログラム」は、政策に示された目標を達成するための諸事業を体系的かつ計画的に行うために、どのような事業を、いつ、どこで、どのように実施することが必要であるかを示すものである。例えば、「高規格幹線道路網計画」、「首都圏整備計画」、「河川整備計画」は、それぞれの対象とする地域(全国、首都圏、流域)内に一定の計画期間にどこでどのような事業を行うことが必要であるかを明らかにするものであり、「計画」「プログラム」に該当する。「計画」と「プログラム」は、「政策」よりは具体的であるが、事業の詳細が決まっているものではなく、事業に比べれば抽象的である。 なお、計画とプログラムでは、「計画」が政策目的を達成するために描かれた全体の分かる「見取り図」に対して用いられ(例:土地利用計画、開発計画)、「プログラム」が関連の深い施策や活動をその手順等も含めて示すものに用いられることが多い(例:流域管理プログラム、参考資料2のCALFEDベイデルタプログラム等)という違いがあるようである。ただし、SEAの原則についての検討を行う上ではこれらを区別する必要は乏しいと考えられるので、以下、本報告書では「計画」と「プログラム」を合わせて「計画等」としている。 |
○ | SEAには、1.環境に著しい影響を与える施策の策定・実施に当たって環境への配慮 を意思決定に統合すること、2.事業の実施段階での環境アセスメントの限界を補うことの2つの意義がある。 |
SEAには、以下の2つの意義がある。
社会の持続可能な発展を達成するために、環境に影響を与えると考えられるあらゆる政策や計画等の策定・実施に当たって環境への配慮を意思決定に統合するためのツールとしての意義
事業の実施段階での環境アセスメントでは以下の限界があるので、それを補完するためのツールとしての意義
(a) | 開発事業の立案に際しては、政策や上位の計画において、既に事業の枠組みが決定されているために、環境アセスメントを事業の実施段階で行ったのでは、意思決定の段階として遅すぎ、また、検討の幅が限られてしまうために、有効な案の検討が行えないこと、 |
(b) | 個々の事業を対象とする環境アセスメントでは、規模が小さい事業の場合には、全体として大きな負荷をもたらす場合であっても事業の実施段階での環境アセスメントの対象としてなじまないために、個々の事業の累積的な影響を検討することが困難であること、 |
(c) | 複数の事業者が一定の地域において集中的に事業を行うことを計画している場合に、事業の実施段階での環境アセスメントでは個々の事業毎に評価が行われるためにそれらの事業の複合的・相乗的影響やそれら事業が一体となって形成される地域環境の全体像を検討することには限界があること、 |
1.については、環境基本法第19条にも規定されている。SEAは同条の考え方に基づき、環境配慮が政策や計画等の策定に当たって適切に行われるようにするためのツールである。
環境基本法第19条(国の施策の策定等に当たっての配慮) 国は、環境に影響を及ぼすと認められる施策を策定し、及び実施するに当たっては、環境の保全について配慮しなければならない。 |
なお、環境基本法第19条に基づき、各省庁では一部の案件について環境庁や限られた専門家の意見を聴取するほか、各省庁内部の検討により環境面からの早期の配慮を行っている。しかし、現状では、環境面からの配慮が内部の検討にとどまっており、透明性に欠けるとともに、公衆や専門家から質のよい環境情報や提案がインプットされていないという問題がある。SEAは、従来行政内部で行われていた検討について適切な手続を経ることにより評価の質を高めるとともに、評価の透明性を高め、信頼性を向上させる意義がある。
2.について、SEAでは、事業の実施段階での環境アセスメントに比べてより広範な環境保全対策を検討することが可能である。例えば、立地に関する複数案を検討することにより、環境影響を受けやすい地域を計画の策定過程で避けることは、諸外国では数多くの事例でみられる。また、自然保全地域やレクリエーション地域を新たに設定する積極的な取組や計画等の具体化を管理する管理計画を策定したり、下位の計画や事業の立案・実施に制約を課すことも可能である。
また、計画等では、個々の事業についての構想や基本計画を対象とする場合を除けば、総合開発計画や土地利用計画に代表されるように、対象地域で予定される主要な開発事業や土地利用がほぼ網羅的に包含される。このため、1.事業の実施段階での環境アセスメントの対象とならない小規模な事業が全体として大きな影響をもたらす累積的な影響(リゾート施設の集中的な立地や小規模住宅地の開発によるスプロール化等)や、2.複数の事業者が一定の地域において集中的に事業を行うことを計画している場合(港湾の開発や工業基地の建設等)の累積的な影響を評価することが可能である。
また、計画等を対象とする場合には広域的な視点からの評価も重要である。例えば、道路や鉄道のネットワークを描く交通計画等は、個々の事業を対象とする環境アセスメントでは評価することが困難な、ネットワーク全体としてもたらす二酸化炭素排出総量や広域的な大気汚染状況の変化等の影響を評価するのに適していると考えられる。
○ | 米国は既に1969年に導入。その他の先進国では1990年前後から急速にSEAの導入 が進んでいる。EUの共通制度化が本年中に図られる予定であり、主要先進国では数年以内に導入が図られることになる。 |
(諸外国におけるSEAの導入状況)
世界で初めての環境アセスメント制度であるアメリカの国家環境政策法(1969)は、政策、計画、プログラムを含むあらゆる連邦政府の決定に対して事前に環境への影響を評価することを義務付けるものであり、事業の実施段階での環境アセスメントのほか、資源開発や水資源開発等のプログラムに対するアセスメントが行われている。
我が国を含むその他の先進諸国では、事業の実施段階での環境アセスメントの導入がまず図られたが、その後、1990年前後からSEAの導入が急速に進んでいる。1987年にはオランダで事業アセスと併せて一部の計画・プログラムに対する環境アセスメントが導入され、1990年にはカナダにおいて、連邦政府機関が政策や計画を閣議に提案する場合には、その環境影響を評価した文書を添付することが閣議決定により義務付けられている。その他の国でも、1992年の地球サミットの開催を契機に制度の導入が急速に進んでいる。
さらに、欧州共同体(EU)では、1996年に提案された「一定の計画及びプログラムの環境に及ぼす影響の評価に関する欧州議会及び欧州理事会の指令(SEA指令)」が、2000年3月の欧州理事会(EU加盟各国の代表から構成)で採択されており、EUのSEA指令は、今後、欧州議会の審議を経て、本年中には成立する見込みである。同指令が成立すると、EU加盟各国は、数年以内に、計画及びプログラムを対象とするSEA制度を整備することを義務付けられるため、ほとんどの先進国では、SEAの導入が図られることとなる。
○諸外国におけるSEAの導入状況
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(諸外国のSEA制度の対象と形式)
SEAを幅広く捉えれば事業の実施以外のあらゆる行政の意思決定がその対象となるが、諸外国のSEA制度では「計画・プログラム」を対象とするものが多い。例えばEUのSEA指令案の対象は一定の計画・プログラムに限定されているが、これは「政策」が非常に柔軟かつ多様なやり方で立案・意思決定されることから、政策に適したアプローチを検討することが必要と考えられたためである。「政策」を対象とするSEA制度は、カナダ、デンマーク、オランダに見られるが、これらは柔軟な行政措置として構成されている。
制度の形式としては、主に以下のようなタイプがある。
事業の実施段階での環境アセスメントと同一の法制度による形式
環境影響評価法の対象に「計画・プログラム」を含めるものであり、オランダの環境管理法、フランスの自然保護法等に見られる。
環境影響評価書の作成、公衆からの意見聴取等の手続や代替案との比較による評価等の事業の実施段階での環境アセスメントの要件が計画・プログラムにも適用され、法律によって義務付けられている。このため、この形式の場合には、対象範囲が事業の延長としてとらえやすい一定の「計画・プログラム」に限定されていることが多い。
政策等を対象とする、事業アセスとは別の制度を設ける形式
環境影響評価法とは別に、閣議決定を行う政策等を対象とする制度を設けるものであり、カナダ、デンマークの行政命令やオランダの環境テストに見られる。これらの制度では、事業の実施段階の環境アセスメントのような詳細な手続きは一般に設けられていない。また、評価文書は、閣議決定文書に環境に関する章を設ける程度の簡易なものである場合もある。根拠規定は閣議決定などの行政措置であることが一般的である。
○諸外国のSEA制度の対象と形式
事業の実施段階での環境アセスメントと同一の法制度によるもの
制 度 | 対 象 | 概 要 |
【アメリカ】 国家環境政策法 |
あらゆる連邦政府の決定 (政策、計画、プログラム) * 実際には、プログラムへの適用が見られる程度 |
事業実施段階の環境アセスメントと同一。 (代替案の比較評価、スコーピングや評価書案に対する公衆の意見聴取、環境行政機関の関与 等) |
【EU】 SEA指令案 |
一定の計画、プログラム | 事業実施段階の環境アセスメントとほぼ同様。 (代替案の比較評価、評価書案に対する公衆の意見聴取、環境行政機関の関与 等) |
【オランダ】 環境管理法 |
各分野の計画、プログラム 地域開発計画 等 |
事業実施段階の環境アセスメントと同一。 (代替案の比較評価、スコーピングや評価書案に対する公衆の意見聴取、環境行政機関の関与 等) |
【フランス】 自然保護法 |
一定の計画、プログラム | 事業実施段階の環境アセスメントと同一。 (代替案の比較評価、スコーピングや評価書案に対する公衆の意見聴取、環境行政機関の関与 等) |
政策を対象とする、事業アセスとは別の制度を設けるもの
【カナダ】 閣議命令 |
各大臣又は閣議の承認を得 る政策、計画、プログラム | 評価結果は文書化し、報告することが必要とされる 以外、詳細な手続は定められていない。 |
【オランダ】 環境テスト |
法律案 | 幾つかの質問項目に対する回答を法案の説明文書と して法案に添付すること、合同サポートセンターに よる支援及び審査を受けること等、最小限の要件。 |
【デンマーク】 法案その他の政府 提案への意見に関
する行政命令 |
法案その他の政府から議会 への提案 (政策、計画、プログラム) |
柔軟性の高いものとなるよう、環境アセスメントの 結果を記載した文書を作成すること以外、詳細な手 続は定められていない。 |
その他(政策評価の際の環境面からの評価の指針を定めたもの)
【イギリス】 政策評価と環境 |
政策、計画、プログラム | 手続に関する規定はほとんどない。評価手法に関し 代替案の比較評価を行うこと、費用便益分析に環境 影響を含めること等が定められている。 |
○ | 我が国では、環境影響評価法により港湾計画が制度化がされているほか、東京都や川崎市等において、「政策」や「計画」段階からの環境配慮について制度的な取組が進められている。 |
(法制度に基づく戦略的環境アセスメント)
平成9年に成立した環境影響評価法では、従前より港湾法による環境アセスメントが実施されていたこと等から港湾計画を同法の対象にし、準備書段階から地方公共団体や住民等の意見を聴取する仕組みを設けた。
港湾計画に対する環境アセスメントは、港湾施設の設置や埋立事業の計画段階において行われるものであり、また、土地利用計画を対象とするものであることから、現段階では、国レベルで制度化されている唯一の戦略的環境アセスメントの事例である。
(本格的な戦略的環境アセスメント制度を指向した取組)
東京都では、「総合環境アセスメント制度」を導入することを平成10年6月に決定し、都が策定する広域開発計画及び個別計画を対象に約2年間試行することとなっている。同制度は、具体的な事業段階以前の計画策定過程において、主管部局と環境局の協議や環境配慮書の作成を義務づけるほか、説明会の開催や審査会及び都民の意見聴取等の手続を詳細に定めている。また、評価の手法として複数案の作成を義務付けている。同制度は、本格的な戦略的環境アセスメントを指向したものであり、今後の試行と本格実施の動向が注目される。
(行政内部における事前調整の取組)
川崎市では、1991年に制定された川崎市環境基本条例に基づき、市の主要な施策又は 方針について、環境に係る配慮が十分なされているか等についての調査(環境調査)を 行っている。また、三重県では、平成10年3月に「三重県環境調整システム推進要綱」を策定し、三重県が実施する開発事業について、計画段階から環境配慮についての行政内部における調整手続を設けている。
川崎市の環境調査制度や三重県の環境調整システムでは、行政の内部の調整制度である ために、市民等からの事前の意見聴取の機会が設けられてはいないものの、市の作成する政策・計画が広範に対象となっているとともに、事後的にその結果を公表することにより透明性を確保する仕組みとなっている点が特徴である。
(事業アセスメントの前段階の環境配慮の取組)
幾つかの地方公共団体の条例には、環境アセスメントの対象となる個別の事業について、事業の構想や立案段階から十分な環境配慮を義務づける「事前配慮」の仕組みが設けられている(神戸市、仙台市、千葉市、名古屋市、京都市、広島市)。
神戸市では、事前配慮の結果を方法書で明らかにすることを義務づけており、仙台市では、スコーピング手続の第一段階として「事前調査書」を方法書と併せて提出することを義務づけているが、事前配慮の段階では、環境面からの知見を有する地方公共団体の環境部局や住民等の関与はない。
(事業者による自主的取組を促す仕組み)
多くの地方公共団体で、事業者による自主的な環境配慮を促すために環境配慮指針等を 定めているが、それらの中には戦略的環境アセスメントに関連する取組も幾つか見られる。
福岡市では、事業者が自主的に環境への配慮を行えるよう地域の環境情報と事業の「構 想」「計画」「工事」「供用・維持管理」の各段階で実施すべき具体的な配慮事項を示した環境配慮指針を定めている。また、市が立案、実施するものについては、上記枠組みを通じて、環境基本計画との整合等の観点から、事前に担当部局と環境部局が協議し、計画段階での環境配慮の組み込みが容易となる仕組みとなっている。
(政策・計画段階での環境アセスメントの実施事例)
制度的な取組ではないが、1970年代には、むつ小川原開発基本計画や苫小牧東部大規模工業基地開発計画に対するアセスメントが行われた。その後しばらく、このような例はあまり見られなかったが、広島空港の立地選定段階での環境への配慮、最近では狛江市の廃棄物中間処理場や横浜市での道路事業の構想段階での住民参加による環境配慮の事例など、構想や立案の段階から環境への配慮が行われている事例は次第に見られるようになってきた。