(14)-2 陸水域
(a)アユ(典型性)
(ア)調査・予測手法の検討
[1]想定される影響
事業によるアユへの影響を図●に示す。
5km地点に堰を建設することによって、堰の上流側には湛水区域が出現し、また河川は上流と下流に分断されることになり、河川水の流下時間が延長する。孵化直後の仔アユは抗流性が極めて小さく、その流下時間は河川水流下時間に支配される。よって、堰の存在により仔アユ流下時間の延長が想定され、この場合、延長の程度によっては減耗率の上昇が生じる。また、堰からの取水に伴う仔アユの迷入が生じ、仔アユ現存量が減少する。
さらに、堰の存在によって稚アユの遡上行動が阻害されるとともに取水口への迷入が生じ、現存量の減少を招く可能性がある。
[2]調査・予測の流れ
アユへの影響に関する調査・予測の流れを図●に示す。
事業による影響は河川の分断、湛水区域の出現などによる仔アユ流下時間の延長、稚アユの遡上阻害、取水に伴う仔アユおよび稚アユの迷入である。これらの影響を把握するために、仔アユの分布状況および流下時間調査、アユ遡上状況調査を実施する。次いで、これらの調査結果と事業計画との関係から、河川水の流下時間の変化を推定し、それに伴う仔アユへの影響について検討、予測をおこなう。また、仔アユの迷入については、仔アユ分布、河川流量および計画取水量に基づく粒子追跡シミュレーションを実施し、迷入量を予測する。
また、稚アユへの定量予測は困難なことから、遡上阻害および迷入に関する定性予測をおこなう。
以上のアユへの影響予測結果に基づき、生態系への影響について予測する。
[3]調査手法
予測手法の検討結果を基に、現地調査手法を選定した(表●参照)。
[4]予測手法
事業によるアユへの影響予測手法を表●に示す。
(イ)調査結果の概要
アユの生息状況を表●に示す。
アユの遡上期は3月下旬~6月下旬であり、盛期は4月下旬~5月下旬であった。アユの遡上はほぼ昼間に限られ、遡上量は上げ潮時に多かった。主な遡上経路は、流量が多い場合には河岸寄りにあり、流量が少ない場合には流心部にあった。
また、仔アユの流下量は11月中旬に多く、流下密度は20~0時に高かった。仔アユの流下密度は夜間には全層にほぼ均一であり、昼間は下層で高かった。また、流速の大きい流心部で密度が高かった。孵化した仔アユが汽水域に到達するまでの日数は、流量50m3/秒で孵化後1.5~2.0日、流量20m3/秒で孵化後約3日(年平均日流量は60m3/秒)であった。仔アユの卵黄吸収は孵化から約6日で終了する。
以上のように、対象範囲は回遊性生物の移動経路として重要であることが明らかとなった。
(ウ)予測結果
予測結果の概要を表●に示す。
堰設置後、仔アユが汽水域に到達するまでの日数は、流量50m3/秒では孵化後約4~5日、流量20m3/秒では孵化後約6日と予測された。したがって流量が20m3/秒を下回ると、仔アユは卵黄吸収前に汽水域まで到達できず、死に至ると予測された。
堰からの流量を10.0m3/秒、取水量を15.0m3/秒と仮定すると、取水に伴って仔アユの流下量は全体の40%程度に減少すると予測された。
稚アユの遡上については、堰の設置により遡上不能となるが、魚道などの取り付けにより、ある程度の遡上が可能となる。
以上のように、堰の存在および供用によって連続性は大きな影響を受けるが、仔アユの予測結果から、同様の流下特性を有する小卵型カジカの流下仔魚なども同様の影響を受けることが予測される。また、遡上については、アユは遡上力が強いため、アユ以外の回遊性生物にはそれ以上の影響が生じるものと考えられる。
図● 事業がアユに及ぼす影響フロー
図● アユの調査・予測の考え方
表● アユへの影響予測手法
項目 | 想定される影響と予測手法 | ||
上へ の影響 堰の存在による流下・遡 | 想定される影響 |
・
河川の分断、湛水区域の出現などによって河川水の流下時間 |
|
予測手法 | 定量的予測 |
河川流量および湛水容量などから河川水流下時間を試算し、仔 |
|
定性的予測 |
・
仔アユの流下量の変化によるアユの個体群および生態系への |
||
堰からの取水によ る迷 入 | 想定される影響 |
・堰からの取水によって、取水口に仔アユが迷入し、流下仔ア |
|
予測手法 | 定量的予測 |
仔アユの迷入については、仔アユ分布、河川流量および計画取 |
|
定性的予測 |
・
仔アユの流下量の変化によるアユの個体群および生態系への |
表● アユに関する現地調査手法
調査項目 | 調査項目の設定根拠と調査内容 | ||
仔 |
・個体数 |
調査項目の設定根拠 |
堰の存在による河川水の流下時間の延長によって、仔アユの流下に影響が及ぶと考えられるため、仔アユの分布および流下状況を調査し、流下時間の変化が仔ア ユに及ぼす影響を把握する。 |
・現地観測 |
調査地点 |
当該河川におけるアユの産卵場所の最下流部、汽水域の最上流部、堰の設置地点にそれぞれ調査地点を設定する。 |
|
調査時期 |
当該河川におけるアユの産卵盛期である10月下旬~11月にかけて週1回調査する。採集は仔アユの流下が多いとされる日没から日出までの間に2時間間隔でおこなう。 |
||
調査方法 |
プランクトンネット(MTDネットなど)による採集(10分間)。 |
||
稚 |
・遡上経路 |
調査項目の設定根拠 |
堰の存在によって遡上が阻害されるが、この影響をできるだけ定量的に予測するため、稚アユの分布や遡上量を把握する。 |
調 査地点 |
汽水域上流端に1地点。 | ||
調 査時期 |
4~6月に週2回。 | ||
調査方法 |
・定置網による採集(横断分布の把握)。 |
表● アユの生息状況
項 目 | 調 査 結 果 |
仔アユの流下状況 |
|
仔アユの日齢組成 |
流量50m3/秒では、産卵場最下流部で0~1日齢、汽水域上流部で1~2日齢、堰の設置地点では2~3日齢にモードがみられた。 |
仔アユの卵黄吸収 |
仔アユの日齢および卵黄長の調査から、アユの卵黄吸収は約6日で終了すると考えられた。 |
稚アユの遡上状況 |
|
表● アユの予測結果の概要
項 目 |
予 測 結 果 |
|
◎流下仔アユ・遡上稚アユ個体数の変化 |
影響要因 |
堰の存在および堰からの取水 |
想定される影響 |
|
|
予測内容 |
|
|
予測結果 |
|
(b)オオバヤナギ(典型性)
(ア)調査・予測手法の検討
[1]想定される影響
ダムの供用に伴うオオバヤナギ林への影響フローを図●に示す。
これらのオオバヤナギ林への影響のうち、ここでは中小洪水の発生頻度の減少および貯水池における堆砂に伴う下流河川の河畔地形の変
化についての検討例を示す。
[2] 調査・予測の流れ
調査・予測手法の流れを図●に示す。
[3] 調査手法
表●に現地調査手法を示す。
[4] 予測手法
オオバヤナギ林はオオバヤナギ、ヤマハンノキ、オノエヤナギなどで構成される河川上流部の河畔に成立する河畔林であり、砂礫質の土壌を好む。
洪水により、オオバヤナギ林の生育場所は破壊される一方で、新たな堆積地(裸地)ができることにより、オオバヤナギ林の更新が可能になる(オオバヤナギなどの実生は裸地に定着し、オオバヤナギ林の林床では育たない)。すなわち、洪水の作用により、河畔に様々な林齢のオオバヤナギ林が生育することとなり、様々な環境の創出につながっている。
したがって、ダムの供用によって中小洪水の発生頻度が減少し、また、ダム貯水池内の堆砂により下流河川への土砂供給量が減少することにより、新たな堆積地(裸地)の減少が生じ、ひいてはオオバヤナギ林の衰退につながる。
以上より、ダムの供用に起因する下流河川の中小洪水発生頻度の減少、土砂供給量の減少に伴う河畔地形(堆積地)の変化について予測をおこなう。
事業実施区域下流河川の河畔地形および植生の推移については、過去の航空写真および現地調査結果から整理する。また、過去の洪水の履歴を整理し、ダム供用後の環境を予測する。
なお、基盤環境の影響予測において整理した下流河川の洪水時の水位変化および既存ダムにおける土砂堆積量の類似事例を整理し、ダム供用後における下流河川環境の予測のための資料とする。
(イ)調査結果の概要
河道内の地形、植生の変遷および過年度の洪水の頻度とその規模を図●に示す。
洪水の頻度と地形、植生の変遷を併せてみると、洪水の発生頻度の低い期間では、草本群落の減少、木本群落の増加がみられ、また、発生頻度の高い期間では草本群落の増加、木本群落の減少がみられた。
また、近傍のダムにおける堆砂量を整理した結果を表●に示す。これらの堆砂により、下流河川への土砂供給量が減少していると考えられる。
現地調査結果によると、オオバヤナギ林は河畔の砂礫地に点在しており、その林齢は林分ごとに様々であった。林分の多くは数十cm程度の水位上昇によって冠水する場所に位置しており、構成種はオオバヤナギのほか、ヤマハンノキ、オノエヤナギ、サワグルミなどがみられた。オオバヤナギ林の林齢解析、および過去の航空写真判読により、オオバヤナギ林の定着年、および生育基盤となっている砂州の成立時期が推定された。また、過去の航空写真判読により、昭和53年および平成7年の500m3/s以上の洪水後にはオオバヤナギ林の消失がみられた。その後、裸地化した砂州には数年後に再びオオバヤナギ林の定着が確認され、当該地でのオオバヤナギ林の更新には、この程度の洪水による撹乱が必要であることが推察された。
(ウ)予測結果の概要
(i)オオバヤナギ林生育環境
洪水頻度と裸地形成の関係、ダム貯水池内の堆砂による下流河川への土砂供給量の変化、洪水時の水位変化予測計算などより、下流河川のオオバヤナギ林は以下のとおり変化すると予想された。
土砂供給量の減少によってオオバヤナギ林は河川水に浸食され、徐々に面積が減少する。また、中小洪水の発生頻度が減少することにより、河床の安定化が進むため、ミズナラ、オオカメノキなど周辺の山腹斜面の安定立地にみられる種がオオバヤナギ林内に増加し、次第に優占度を増してゆくと考えられる。
稚樹が生育可能な河畔の裸地は、中小洪水発生頻度の減少、土砂供給量の低下に伴い、新たに形成されにくくなる。その結果、新たなオオバヤナギ林は成立しにくくなる。
なお、中小洪水の発生頻度は、事業実施により減少すると考えられるものの、その程度の予測は現段階では難しく、河床の安定化による種構成の変化、裸地の形成状況などに不確実性が伴う。よって、事後調査の必要があるといえる。
(ii)オオバヤナギ林のもつ機能
河畔のオオバヤナギ林が老齢化により衰退し、また、新たなオオバヤナギ林が育ちにくくなることによって、河畔林の持つ機能、すなわち日射遮断機能、落葉・落下昆虫類の供給など栄養分供給機能、倒木の供給機能が低下し、ひいては渓流全体の生態系に影響を与えると考えられる。一般的に、コナラ属(ミズナラなど)、ブナ属(ブナ、イヌブナなど)に比べてオオバヤナギなどの渓畔、水辺の種の落葉速度は速く、また、それらの葉は水中で分解されやすいことから、エネルギー供給機能がより高いといえる。なお、オオバヤナギ林に代表される渓畔林、河畔林は同様な裸地や砂礫地を好むことから、渓流域全体に対する影響が考えられる。
(iii)オオバヤナギ林の周辺生態系への影響
オオバヤナギ林分布域の下流には、河川中流域の河畔の裸地や河原などの砂礫地を好むカワラハンミョウ、カワラサイコ、カワラヨモギなどが生息・生育している。対象河川では、中・下流域に流下するまでにはいくつかの支川が流れ込むことから、洪水時の水位低下、土砂供給量の減少はオオバヤナギ林が確認された位置ほどではないといえる。しかしながら、将来、各支川にそれぞれ何らかの洪水調節施設ができた場合、これらの種にも影響が及ぶと考えられ、ひいては生物多様性への影響、生態系への影響が懸念される。
図● ダムの存在・供用が注目種(オオバヤナギ林)に及ぼす影響フロー
図● 調査・予測手法検討の流れ
表● 現地調査手法
調査項目 |
調査内容 |
生育状況に関する調査 |
|
生息環境に関する調査 |
|
洪水頻度、河道の変化の把握 |
航空写真や既存資料から近傍観測所における過去からの洪水の履歴 (日最大流量)、河道内の地形、植生の変遷などを把握する。 |
図● 河道内の植生の変遷および主な洪水の発生状況
表● 堆積土砂量 単位:m3
|