平成13年度 第1回総合小委員会

資料2

第II部

(各分野の特性、留意点、個別事項、例示等)

 

(1)各生態系の特徴 


    (1)-1 陸域生態系

  陸域生態系の1次生産(基礎生産)は、主に木本や草本植物などの維管束植物の葉群が担っており、それぞれの生態系は垂直的な特有の葉群の階層構造(生産構造)を構成しているのが特徴である。この葉群の垂直的な構造は、生態系内で水平、垂直的に多様な不連続な環境を創出し、それぞれの生態系に特有な多様な種の生存を可能にしている。これらの多様な種は、基礎生産にはじまる食物連鎖によって生存が維持されているが、海域を含む水域生態系に比べ、生食連鎖の物質循環に対する寄与は小さく、植物食生物の大発生を除いて最大12~13%であり、大部分は地上に枯死脱落した動植物の遺体の分解、すなわち腐食連鎖の比重の大きいことも特徴のひとつである。しかし、陸域生態系は多様な種の共存関係によって維持されており、系内の生食連鎖はこれらの種の共存機構を支える重要な要因のひとつである。
  一方、大気、水、地形、地質等の基盤環境や人為のかかわり方などによってそれぞれ種構成を異にし特有な構造と機能を持つ生態系がみられ、このため、対象とする地域では基盤環境に対応した多様な生態系が複合しており特有な景観を示す。地域内のこれらの生態系は相互に関係し、生態系の動的維持と変動に影響を与えている。また、種によってはふたつ以上の生態系間を移動し、それぞれに生活場所を持つものも多く、複合生態系間で形成される複合環境の特性を知ることも重要である。
  陸域生態系に対する環境影響評価はこのような特性を配慮して次の点に留意して行うことが重要であると考えられる。

        (図●、図●にイメージを示す)

図● 森林生態系の模式図

図● 里山にみられる生態系のモザイク

 

(1)-2 陸水域生態系

  陸水域生態系は、水域と隣接する陸域、およびその境界にある移行帯で構成される一連の環境系である。これを生物の生活の場という視点から眺めると、水を通じた生活基盤への作用という視点や陸水域と陸域とのつながり、または海域とのつながりという視点が重要である。陸水域生態系の特性は、このような水の作用を通じた場や、変動性、連続性に凝縮される。陸水域生態系の特性のうち、環境影響評価においてとらえるべき視点については、概ね以下のように整理される。

(ア)場の成り立ち
  陸水域生態系は、水域のみならず移行帯から水域と関連する陸上部という場を含めて成立する生態系であり、陸域、水域両方の要素を持っている。その形態は河川などの流水域、湖沼、湿原などの止水域、ダム湖などの人工的な水域など様々であり、開放的で不安定な系から閉鎖的で安定な系まで様々な形態のものを含み、それぞれが個性的な構造や機能を持っている。
 陸水域には移行帯に生息する種や、生活史の上である時期にのみ水域に依存する種などが存在する。これらは水域と陸域の連続性に依存する生物であり、陸水域生態系の多様性を支えている。また、水を媒体とする水域生態系には、陸域生態系とは大きく異なった分類群の生物種・群集が生活している。このことから陸域、水域にまたがる陸水域には多様な生態系が形成されている。
 なお、我が国の多くの河川、湖沼は、河川改修や漁業による種苗放流などにより、人為的影響が及んでいることも特徴のひとつである。

(イ)変動する場
  河川は流量や水位に日変動、季節変動、年変動がある。これらは集水域や涵養域の降水特性、地質、土地利用や河川勾配などの環境要素によって規定されている。上流にダムなどの調整施設がある場合には変動が人為的に操作されている。河川の流量や水位の変動は移行帯成立のもととなり、物質の流れをも規定している。これを細かく見ると地点ごとに河川水の作用の程度が異なり、基盤環境に多様性をもたらしている。河川の流入する湖沼や湿原などにも河川水や地下水の流入・流出による変動がある。また、河口部には河川の水理に潮汐の作用が加わり、陸水域と海域相互の性質を反映した複雑で多様性に富んだ生態系が成立している。
  一方、こうした比較的短期間に繰り返す変動に対して、台風に伴う急激な増水などの突発的な変動によって基盤環境の変化が生じることがある。河川では洪水、湖沼では増水や吹送による波浪の発生、渇水による異常な水位低下などで、河床材や水質、底質が変わり、河床や湖岸の植生に攪乱がおこる。しかし、このような突発的な変動に依存して生息する生物も存在する。例えば河畔林では数十年に1回程度発生するような洪水で群落が更新しているものがある。
  洪水は水と大量の土砂を流下させ、地形や河床材の構成を一気に変化させる。これは河川の流入する湖沼や湿原でも起こる。洪水により平水時に貯留した物質が一挙に流出し、陸域から新たな物質が流入する。河畔林では洪水の物理的な破壊により群落が消滅し、そのあとに生じた裸地に新たな河畔林が生育する場合がある。ある種の魚類では洪水後個体群が交流することで遺伝的多様性が増し、集団の安定性を高めることがある。このように陸水域生態系の成立には洪水の頻度や規模が重要な要素となっている。
  河川では浸食と堆積が生物の生活基盤となる地形を形成する。浸食は底質を洗ったり砂礫の表面を剥離するなどして新しい生活基盤を形成する。堆積は水際の地形や河床材の変化などをもたらす。しかし、砂が多く供給されると石礫の空隙が埋まり、微小な生息空間が失われることもある。
  湖沼でも同様に浸食と堆積が起こる。例えば規模の大きい海跡湖における沿岸流による物質の運搬である。流入河川による堆積や波浪による浸食と堆積により湖畔の地形が変化する。湖沼、ダム湖など一定の水深を持つ容量の大きな水域では季節的に水温の急変する水温躍層が形成され、水生生物の分布に大きな影響を及ぼす。湖沼や湿原では結氷の有無が生物の生活に与える影響はきわめて大きい。
  水質にも変動は起こる。生物の生息に関わりのある水質には、物質生産の基礎量を示す有機物や栄養塩類、pH、塩分などがある。陸水域の生物群はそれぞれ水質に対し、生息が可能な範囲があり、しばしばこれらが生息の指標となる。回遊魚などの一部の生物では生息が可能な水質の範囲は生活史の段階に応じて変化するという特性を有する。

(ウ)連続する場
  陸水域生態系は、陸域生態系、海域生態系の双方と隣り合って関連しており、異なる生態系間を物質循環の面で結ぶ重要な役割を果たしている。
 河川は物質が水とともに上流から下流へと連続して流下する系である。有機物や栄養塩類など生物にとって重要な物質は河川以外からも供給され、食物連鎖などを通じて陸水域生態系の様々な場で生活する生物相やその現存量に影響を与える。このような連続性は陸水域の物質循環を規定する重要な特徴である。
  河川では源流部から河口に至るまでの区間で地形、地質、土地利用などが異なり固有の特性を持った生態系が形成されている。これらの異なる生態系が水の流れを介して連続して存在し、互いに関係を保っていることが特徴である。河口部は河川と海域が連続する場として、河川が上流から下流へ運ぶ物質の流れと海域から潮汐の運ぶ物質の流れが相互に交わる場であり、特殊な環境が形成されている。
  湖沼でも、火山湖の一部などを除き、ほとんどの湖沼は流入・流出河川を伴っており、河川を通じた物質の流れに影響を受けている。
  河岸や湖岸には水域の変動に対応した移行帯が見られる。陸水域の生物の中には、遡上、降河する魚類、甲殻類や水生昆虫など、水系のつながりを縦断的に利用する生物が存在する一方で、移行帯に生息する種や、生活史の上で生活の場が水域から陸域へと変化する種など移行帯の連続性に依存した生物が存在する。

(エ)地理的隔離性
  純淡水魚類など水系のみを移動経路としている生物の中には、地史的な経緯により水系の連続性が失われたために、限られた水域あるいは流域に隔離分布をしている種や個体群がある。このように地理的・遺伝的に隔離されることによって、孤立した種や個体群を含む特徴のある生態系が成立している。

(1)-3 海域生態系

 海域生態系は、陸域生態系と比べてふたつの違いをもつが、いずれも一次生産の主な担い手の違いに起因する。
 海域、特に沖合では主に植物プランクトンが基礎生産を担うことから、樹木等の大型植物が基礎生産を担う陸域の生態系に比べると、系の回転速度(生産速度/生物量)が一般に大きい。ここで回転速度というのは生産速度(単位面積当たり単位時間当たり一次生産量)の生物量(単位面積当たり)に対する比で、単純に考えると系が更新される速度である。ある林と海域(沿岸及び沖合)の生物量と一次生産量の例を示すと、陸の林の場合、生物量に対する一次生産の比は1/9ほどで9年に1回の回転速度といえる。これに対して海域では沖合で2日に1回、沿岸で4日に1回ほどの回転速度となる。地球の各生態系の生物量と一次生産の平均的な数字を用いると、回転速度は陸域では0.04~0.4、平均では0.06となり、1回回転するのに10年以上かかることになる。なお、陸域で大きな数値で12.5がみられるが、これは湖沼・河川という水圏生態系のものである。これに対し海域では藻場とサンゴ礁あるいは河口域で1をやや上回る値で、湧昇流海域から外洋まで25~40ほどの値で、平均は15ということになり、陸の250倍の回転速度ということになる。つまり、海域生態系は変化の大きなフローの生態系、陸域生態系は安定した植物群落に支えられたストックの生態系といえよう。
また、陸域では大型植物を食物連鎖の出発点とする腐食連鎖(detritus foodchain)が卓越するが、海域では生食連鎖(grazing foodchain)のウェイトが大きいことも特徴のひとつである。ただし、海藻の生産の寄与の大きいごく沿岸では陸域に類似の特徴を示す。さらに、基礎生産者である植物プランクトンや主に一次消費者である動物プランクトンは、海の流れとともに常に移動し、それに伴って多くの生物も移動する上、海生生物には成長の過程で生活型(浮遊・遊泳・底生・付着など)や食性を変化させるものが多い。
このように海域の生態系は陸域と性格が異っているため、環境影響評価においても違いがもたらされる。陸域はストックの系で比較的安定した植物群落に動物群集は支えられており、この植物群落を考えることによってそこの動物相のイメージが浮かんでくる。一方、海域ではこのような安定した植物基盤がなく、動物の分布は物理化学的な要素に規定されることになる。開発の対象となりやすい浅海域では、基質が固さなどで分布する生物は大きく異なる。これに対象海域が外海にあるか、内海・内湾にあるかが要因として加わり、生物相がイメージされる。したがって、基質による類型区分を行うことが海の場合は重要である。また、回転速度が大きいフローの系であるので、条件によっては系が大きく変化することもあり得る。赤潮の発生などや貧酸素水塊の出現などもこのような理由により起こるのである。すなわち、海域の場合は、環境影響評価において、フロー、すなわち物質循環(干潟の浄化能力なども含めて)の変化予測も求められることが多い。こうした点を十分考慮して環境影響評価を行うことが重要である。

 海域生態系の環境影響評価にあたってはこのような特性に配慮して、次のことに留意することが重要である。

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