平成13年度第1回陸域分科会

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3 植物

(1)調査・予測・評価項目の検討

 調査、予測及び評価手法の設定にあたっては、スコーピング段階で明らかにされた環境保全の基本的な考え方や公告縦覧時の意見を踏まえ、事業の影響に対する適切な環境保全措置を検討するために有効な予測・評価項目を設定する。更に、その予測及び評価のために必要となる具体的な調査項目・手法と必要な調査量(時期、地域、地点数等)を順次検討し設定する。このとき、文献その他の既存資料によって情報を整理・解析した上で、対象地域の植物の現況を明らかにするのに適した手法を選定する必要がある。
  なお調査・予測等の手法の選定に際しては、常に学術分野の新しい研究成果や調査技術に注目し、効果的で実用性の高い手法を積極的に導入すべきである。

(2)調査

1)植物相、植生に関する調査

 植物相、植生に関する調査とは、対象地域全体における植物相、植生の現況調査を行い、それらの状況等についてまとめるものである。調査は[1]植物相、植生の地域特性を把握した上でスコーピング段階で抽出された重要な植物種・植物群落の追加・見直しをする、[2]重要な植物種・植物群落の調査・予測・評価のための基礎的情報を収集する、[3]生態系等他の項目の調査・予測・評価のための基礎的情報を収集する事を目的に行なう。
 植物相、植生に関する調査結果にもとづいて地域特性を把握する際には、対象地域の植生と生育立地の特性について、広域的な位置づけができるよう留意する。

植物相調査における調査対象
 一般に調査対象とされている植物群は、陸域の調査では維管束植物、陸水域では水生植物(維管束植物、藻類を含む)や付着藻類、海域では海草、海藻、植物プランクトンといったものである。場合によっては蘚苔類や地衣類が調査対象とされることもある。
 植物相調査では当該地域の植物相の特徴を捉え、重要な植物種の項目で調査されるべき種を見落としなく拾い上げるために必要な種群を調査対象とする。重要な種の生育の可能性がある場合には、改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物植物Ⅱ(環境庁自然保護局野生生物課 2000)や各地域で編纂されているレッドデータブック等で取り上げられる分類群など、該当する種が含まれる植物群全般について調査の必要性を検討する。この場合には調査対象とされる事の少ない蘚苔類、地衣類、菌類等についても希少種の観点から調査の必要性が生じる可能性がある。
 植物プランクトンのように重要な種が含まれる可能性の低い植物群については、植物相としての調査はその概略を把握する程度に留めて良い。重要な種の海藻の遊走子などがプランクトンに含まれる場合には、必要に応じて重要な種の生活史に着目した調査を次項「重要な植物種に関する調査」において検討する。植物プランクトンについてはむしろ、基礎生産機能や赤潮種・有毒種などに着目した生態系項目としての調査がより重要である。

植生調査における調査対象
 当該地域の植生の特徴を捉え、重要な植物群落の項目で調査されるべき群落を見落としなく拾い上げるために必要な植物群落を調査対象とする。重要な植物群落の生育の可能性がある場合や当該地域の特徴を捉えるうえで重要な場合には植生図に示す事のできる比較的広がりのある植物群落だけでなく、着生植物群落、岩上・岩隙植物群落、面積の狭いマント群落等も調査対象とする必要がある。また、潜在自然植生を推定するためには当該地域の植生を対象とするだけでなく、周辺の類似の立地に生育する自然植生を対象とした調査も必要となる。

●調査項目と調査内容の例

植物相 植物相の概況
各種の生育立地の概況:生育位置、生育地の状況など
各種の特性:植栽・逸出種、帰化種等の区別、果実木・花木、食用・薬用、観 賞用、工芸品等の材料といった有用性、環境指標性など
植生 植生の概況
調査地域に生育する植物群落の特性:種類、種組成、分布、構造など
生育立地の基盤環境:地形、地質、土壌など

 

●植物相調査における主な留意点

(種の同定)
・植物種の同定を確実にするため、種の記録時に標本を得て、確認年月日、地名、確 認者名、同定者名を記録する。同定が困難な種・種群は専門家に同定を依頼する。な お、法律、条例等により採取の規制がある場合や、生育個体数が少なく標本の採取が 生育に影響を及ぼすおそれがある場合は、当該個体(群)の写真撮影と生育位置の記録 に留める等の注意が必要である。
(踏査ルート・調査地点)
・植物相に関する調査は基本的に踏査ルートを予め設定しておこなう。踏査ルートは 調査が容易で地形図上で位置が明確な歩道等に設定することが多いが、生育範囲が局 限される種が確認できるよう、森林内の林床、河床、池沼・塩湿地、崖地等の特殊な 環境を網羅するよう設定する必要がある。
(生態系項目との連携)
・植物相の調査では「生態系」項目との連携を想定し、調査結果を基盤環境のタイプ や生態系の類型区分ごとにまとめられるように、踏査ルートを調査地域の地形、地 質、土壌など生育環境として重要な基盤環境要素を網羅するよう設定するのも有効な 方法である。
(調査時期)
・植物相の調査は基本的に植物の生育・成長が顕著な時期を中心に、植物種により出 現時期や同定に適した開花期、結実期等が異なることを考慮して、十分な回数行う。
(その他)
・植物種の出現頻度や被度は植物社会学的な調査資料をもとに概数を得ることができ るが、植物相の調査結果からも確認頻度の相互比較により多い・少ないといった簡単 な整理をしておくことが望ましい。

●植生調査における主な留意点

(調査地点)
・植物社会学的な調査を実施する地点は、現地調査に先立って空中写真の判読により 作成した相観植生図等を参考に、現地踏査により確認されるすべての群落に設定す る。調査地点数は群落ごとの面積や相観のタイプ等に応じ、組成表を作成した際に群 落の識別、区分に十分な地点数となるよう設定する。
(生態系項目との連携)
・植生(植物群落)は「生態系」項目では基盤環境として重要である。このため、森林 群落では毎木調査等により群落構造についても把握する、現存植生図作成時に空中写 真判読等により群落高(林分高)を区分する等、「生態系」項目において必要な生息場 所としての情報を得られるよう工夫する事も有効な調査設計方法である。
(調査時期)
・植生調査は構成種の被度(優占度)、群度を測定する必要があるため、群落の主要 構成種が葉を十分に展開している時期に行なう。
(潜在自然植生推定時の注意)
・潜在自然植生の推定のためには植生調査時に、土壌断面調査、検土杖調査などを併 せて実施して基盤環境の特性を把握しておく事が有効である。

 

2)重要な植物種、重要な植物群落に関する調査

 重要な植物種及び重要な植物群落を対象として調査を行なう。スコーピング段階において抽出された重要な植物種及び重要な植物群落は、環境影響評価段階の「植物相、植生」に関する調査結果をうけて追加・見直しする。追加にあたっては現地調査により明かにされた地域特性を踏まえ、法令・条例等において保護等の規制がある種、植物群落及び個体、文献資料等で貴重等とされるなど学術上または希少性の観点から重要である植物種、植物群落及び個体を抽出する。学術上、希少性の考え方については平成11年度報告書に詳述されているので参照されたい。特に、現地調査により未記載の種や当該地域で分布の記録されていない種が発見された場合には十分な検討が必要である。
 調査項目、方法は予測や評価に必要な資料が得られるよう適切なものを選定する。また、現地調査は文献その他の既存資料による情報の整理解析を踏まえて、対象地域の重要な植物種、植物群落の生育状況や生育環境の現況を明らかにするのに適した手法を選定して行う。調査結果にもとづき、学術上または希少性の観点から調査地域における重要性の程度を確認する。

●調査項目と調査内容の例

 

重要な植物種 分布、生活史、生育量に関する調査:分布範囲、生育位置、生活史、生育 量、個体数、繁殖状況、大きさなど
生育環境に関する調査:基盤環境(地形、地質、土壌・土湿、水温・水質 等、日照、湿度等の微気象等)、管理の状況など
重要な植物群落 群落の分布、種組成、構造に関する調査:種組成、構造、分布状況など
生育環境に関する調査:基盤環境(地形、地質、土壌・土湿、水温・水質 等、日照、湿度等の微気象など)、周辺の植生、土地利用の履歴、管理の 状況など

●重要な植物種、植物群落調査の主な留意点

(生息環境の調査)
・生育環境の状況は、地域概況調査や環境影響評価段階の調査により把握する「気 象」「大気質」「水質」「地形・地質」等から基盤環境要素の状況を整理する。特に現 地における調査段階では、重要な種・植物群落等の存続という観点から、重要な種・ 植物群落等の生育と基盤環境要素との関連について詳細な調査を実施し、特にどの基 盤環境要素が生育の制限要因となっているか把握する。
(調査地域)
・重要な植物種、重要な植物群落に関する調査は、対象となる種、群落の生育地およ びその周辺の生育に関連する範囲を調査対象とする。しかし、予測に必要な情報を得 るためには、近傍の生育地など事業による影響が想定されない区域であっても調査を おこなう。
(調査時期)
・調査対象となる種、群落の生態や生育環境の特性を把握するためには、開花結実期 や冬季等を含め年間を通じた調査を、植物相や植物群落とは別途に時期、回数等を設 定して実施する必要がある。

3)調査地域、期間

 調査地域は事業特性と地域特性に基づき、事業による直接的及び間接的な影響が生ずる可能性があると推定される区域を含み、事業の影響を評価するために必要な範囲とする。事後調査を想定し、事業の実施区域内の残置森林など、直接改変を受けない場所に事後調査時に利用できる調査定点を設ける必要が生じる事もある。
 調査期間は、生育状況の季節変動が適切に把握できる期間とする。基本的に1年間以上の期間が必要である。現地調査において新たに重要な種、植物群落及び個体等、調査が必要な対象が確認された場合はその時点から必要な期間の調査を実施する。

(3)予測

1)予測項目と方法

 予測は事業の実施に伴って受ける主要な影響の種類を特定し、その影響による予測対象の変化の程度を推定する事によって行なう。事業が複数の計画案を持つ場合は各案についての予測を行なって比較する。また、想定される環境保全措置について、行わない場合と行った場合の影響予測を対比して示す。
 予測を行なうにあたってはまず、特定された主要な影響の種類を踏まえて予測の具体的な実施方法を検討し、予測計画を立案する。予測計画にしたがって現地調査、資料調査、ヒアリング調査、類似事例調査、実験、シミュレーションなどの各種調査を行なうことにより影響の程度を推定する。
 予測は可能な限り客観的、定量的に行なう必要がある。植物種、個体群、植物群落等の変化に関する定量的な予測は難しい場合も多いが、生理、生態的な特性を十分に検討し、調査で得られたデータに基づいた客観的な予測を行なう。採用した予測方法については、その選定理由、適用条件と範囲を明記しておく。
 予測結果に不確実性が伴う場合はその内容と程度を明らかにし、事後調査により予測結果の確認を行う。なお、予測された以上に影響が生じた場合には追加的な環境保全措置を検討する必要もある。

●予測項目の例

・事業地における植物種、植物群落及び生育環境全般の消失・改変の程度
・重要な植物種(個体・個体群)、植物群落の消失・改変の程度
・直接改変地域周辺の生育環境の変化、及びその変化が植物種、植物群落に与える 影響
・緑化、植栽による植物の導入が周辺の植物種、植物群落に及ぼす影響

●予測の対象及び予測する影響の内容

予測の対象 予測する影響の内容
種、個体または個体群、植物群落 ・消滅、損傷、縮小・拡大、組成・構造の変化
・現存量の変化、活力・健康度の変化
・成長、繁殖への影響
生育環境(基盤環境) ・地形・地質・土壌環境、水質、水文環境、海象、微気象  等の変化

 

●予測における主な留意事項

(環境の変動)
・気象条件により種子生産量が低下する年があるなどの環境の確率的な変動性が個体 群に及ぼす影響は時として非常に大きい。したがって、個体数の変化を予測するにあ たっては事業や環境保全措置による影響だけでなく、環境の確率的な変動性を考慮す る必要がある。
(新たに創出された環境による影響)
・事業による環境の消失・縮小に伴う影響だけでなく、新たに創出された環境により 生じる移入種の侵入・都市型生物の増加などによる影響も考慮する。
(影響の時間的変化)
・工事中は影響が大きくても工事後には植生の回復などにより影響が緩和される場合 もあり、逆に時間と共に大きな影響が現われる場合もある。このように影響が時間と 共に変化する場合があることを考慮する必要がある。
(類似事例や科学的知見の引用)
・類似事例や科学的な知見の引用は重要であるが、対象事業の影響に当てはめる場合 は種や環境条件によって地域的な差がある可能性があるため引用したデータについて はその背景を十分考慮する。
(事後調査を踏まえた予測)
・環境保全措置の効果を事後調査により明らかにするため、事後調査における対照区 を残置森林など直接改変を受けない区域に設けた場合には、対照区として適切である かどうか検討するためにその調査定点に対する影響の予測も行なう。

予測手法
 影響の予測にあたっては、植物個体や、個体群、植物群落が伐採等により消滅、損傷する、地形改変により生育環境が消滅するといった直接的な影響だけではなく、生育環境は直接には改変されないが日照、湿度、風衝、水温、潮流などの変化が生育環境に影響を及ぼし個体や植物群落の生育状況を徐々に変化させるといった影響も予測する必要がある。現在は下記に示したオーバーレイが多く用いられており、遺伝解析なども手法として取り入れられつつある。しかしこれらの既存手法に限らず、個体群存続可能性分析など新たな手法も取り入れて、考え得る様々な影響に対して予測を行わなければならない。さらに個々の影響に対する予測結果を取りまとめ、予測対象が受ける影響を総合的に評価する。

●予測手法の例

オーバーレイ
 現在多用されている手法である。様々な主題図(種の分布図、植物群落の推定現存 量図、立地区分図など)を作成し、事業計画図と重ね合わせることで、直接改変によ って消失する個体数や生息地の減少などを定量的に推定する。複数の事業計画がある 場合は、それぞれについてこの方法を行うことで事業案を比較検討(シナリオ分析) する。この手法は、重要な植物種・植物群落への直接改変の影響を予測する場合に有 効な方法である。しかし残存した個体・個体群・植物群落に対して、事業による日 照、湿度、風衝等の基盤環境が事業後に徐々に変化し影響する場合や、他種の侵入に よる競争の発生、孤立化や分断化による影響等については、定性的な予測にとどま る。
遺伝解析
 アロザイム分析やPCR法などの遺伝解析手法を用いて、対象地域の個体群の遺伝 的特異性や遺伝的多様度、遺伝的関係性の変化を予測する。例えば、個体間での遺伝 的距離や、親子関係の推定を行うことで個体群間の遺伝子交流の状態を推定し、事業 による生息地の分断化・縮小が引き起こす遺伝的多様度の変化等の予測を行う等が考 えられる。ただし、まだ遺伝的多様度についての知見が少ないことから、使用する遺 伝子座、遺伝的多様度の解釈などには注意が必要である。また個体数の少ない種では 充分なサンプル数が確保できない等の問題がある。
個体群存続可能性分析
 個体群統計データの取得が可能な種では、個体群存続可能性分析(PVA)によって 個体群の絶滅の危険性を予測できる。しかし確率変動性だけを考慮した場合は得られ る最小存続可能個体数(MVP)は過小になる。また生存率・繁殖率の低下をもたら す要因が存在する場合、絶滅時期は予測より早くなる等の点に注意が必要である。

 

2)予測地域、時期の設定

予測地域
 予測地域は基本的に調査地域及び調査地点と同じとする。予測項目のうち直接的影響については直接的改変を伴う区域を含む事業対象区域とその区域内の調査地点を、間接的影響については調査地域及び調査地点を基本とする。生育範囲、生育環境等が局限される植物種及び植物群落の生育が想定される場合はそれらへの影響を把握できる範囲を設定する。

予測対象時期等
 予測対象時期は、対象事業に係る施工中の代表的時期及び施工完了後一定の期間をおいた時期のうちで、植物種、植物群落の特性及び事業の特性をふまえ、事業による影響や環境保全措置の効果を適切に把握するために必要と考えられる時期とする。可能な限り影響の時間的な変化が捉えられるように時期を設定する事が望ましい。予測対象とする時期としては施工中の直接改変に係る影響については関係する工種の終了時や、施工完了時等が必要である。生育環境の変化により次第に現われる影響については、影響要因ごとに生育環境を大きく変化させる工種の施工時や、供用後一定の期間をおいて事業活動が安定し生育環境及び植物種・植物群落の生育状況についても安定した時期等までが必要となる。環境保全措置を講じた場合には当該措置が効果を発揮し、生育環境が安定した時期までの予測が必要となる。
 予測対象とする季節は植物の季節変動等特性を考慮して、影響が最大に見積もられるように設定する。

(4)環境保全措置

1)保全方針の設定

 保全方針の設定とは、保全措置を検討すべき特定の対象を選定し、それぞれの重要度や特性に応じた保全目標を検討して、回避・低減または代償措置を行う際の観点、環境保全の考え方等を整理する過程である。ここでは、スコーピング及び調査の各段階で把握される事業特性、地域特性や方法書手続きで寄せられた意見を十分踏まえ、回避・低減措置又は代償措置をどのような観点から検討するかについて整理して示す必要がある。

[1]保全措置検討の観点
 保全措置は、スコーピング及び調査・予測のそれぞれの段階で把握される以下の観点を踏まえて検討する。

・環境保全の基本的考え方(スコーピング段階における検討の経緯を含む)
・事業特性(立地・配置、規模・構造、影響要因など)
・地域特性(地域の植物相の特性、環境保全措置を必要とする重要な種の分布状況など)
・方法書手続きで寄せられた意見 ・影響予測結果 など

 また、スコーピングの初期段階など環境影響評価の早い段階から、あらかじめ事業者の環境保全に関する姿勢や基本的考えかたを示しておいた上で、調査・予測結果を踏まえて段階に応じてより具体的な保全方針を示してゆくことが重要である。

[2]保全措置の検討対象
 保全措置の検討対象は上記[1]に示した観点を踏まえ、予測対象とした重要な種、植物群落の中から選定する。保全措置の検討対象の選定にあたっては、保全措置を実施する空間的・時間的範囲についても十分に検討しなければならない。また保全措置が必要でないと判断された場合には、その理由を予測結果に基づきできるだけ客観的に示す必要がある。  
  これらを踏まえた上で保全措置の検討対象とする重要な植物種、植物群落の選定を行なうが、その際には以下のような事項に留意する。

・地方公共団体の地域環境管理計画等において主だった保全措置の検討対象がリストアップされている場合には参考にすることができる。ただし、保全措置の検討対象や目標は地域性が極めて高いものであるため、リストアップされているものが全ての保全措置の検討対象ではない事に十分留意して用いる必要がある。
・重要な植物種や植物群落のうち現況調査において死滅や消失、またはその価値が喪失しているため保全措置の検討対象として適切でないと判断されたものについてはその旨を明記する。
・植物種における保全措置の検討対象が個体か個体群かについては、現状の地域個体群の構成個体数が個体群を維持するための最低レベルに近いかどうかがひとつの基準となる。絶滅が危惧される種のように、個体数が最低レベルに近い場合にはその個体の維持を優先させなければならない。
・雑木林のように、特定の構成種よりもその複合体が保全すべき対象であると考えられる場合には、保全措置の検討対象は植物群落となる。

[3]保全措置の検討目標
 保全すべき重要な植物種・植物群落に対して、影響の回避、低減もしくは代償のための保全措置を検討する際には、以下のような事項に留意して、それぞれの対象における具体的な目標の設定を行う。 ・目標設定にあたっては、事後調査によって保全措置の効果が確認ができるように、できるだけ数値などによる定量的な目標を設定する。植物項目における定量的な保全措置の検討目標の例としては、個体数、分布範囲、現存量、密度、齢構成などが挙げられる。

・水環境や土壌条件など、保全措置の検討対象の成立基盤である環境要素を基準に目標を設定する場合も考えられる。
・既存知見や研究例、保全措置検討の過程で得られたデータなどを用いて、これらの目標の妥当性をできるだけ客観的に示すことが望ましい。

2)環境保全措置の検討

 保全措置の検討対象に及ぼす影響を回避もしくは低減するための措置を優先して検討する。その上で、回避、低減により十分な保全が図られない場合には代償措置を検討する。事業計画の段階に対応して、それぞれいくつかの案を提示し、それぞれの保全措置の効果と環境への影響をくり返し検討・評価して影響の回避・低減がもっとも適切に行なえるものを選択する事が重要である。またそのような保全措置の検討過程を明らかにする事も重要である。

環境保全措置の例

  環境保全措置
工事中 ・重要な植物種、植物群落の分布域を直接改変地域、工事作業用地等から除外する。または分布域内での改変面積を減らす。
・工事による改変地域周辺の改変量を抑制した工法・工種の採用
・改変地域と非改変地域の境界域の植物群落への影響の低減、植生の回復、緑化の実施
・改変地域周辺に分布する大径木の緑化への活用
・現存植生、潜在自然植生等を考慮した植栽 ・緑化計画の策定
・改変地域の表土保全、周辺緑化の際の客土としての利用
・工事作業用地の植生の回復措置、緑化の実施 ・重要な植物種、植物群落の生育地の代替地の確保
・工事関係者に施工開始前に当該地域の自然環境や配慮事項について教育を行なう。
施設などの存在及び共用 ・重要な植物種、植物群落の分布域を直接改変地域、工事作業用地等から除外する。または分布域内での改変面積を減らす。
・重要な植物種、植物群落の生育立地や土壌の減少等の抑制
・残存する森林面積の確保及び、周辺の森林との連続性の確保
・代替生育地となる環境の創出・管理、重要な植物種、植物群落の移植や生育管理等
・当該地域の自然環境や配慮事項について施設利用者への教育を行なう。

 

環境保全措置検討における主な留意点

(周辺への影響の低減)
・残存する植物群落についても周辺部からの影響を抑制する必要がある。例えば森林 伐採により生じる林縁部についてはマント・ソデ群落を工事に先だって育成して保護 を図る、残存植物群落への土砂、濁水の流出を防ぐ等の措置が考えられる。
(生育環境の維持)
・植物個体・個体群の保全には生育に必要な環境条件を明かにし、生育環境を維持す るための措置を検討する。また、物理的環境だけではなく送紛昆虫(ポリネータ)や 種子散布者となる生物の生息、機能が必要となる事もあることに留意する。
(植栽・緑化による影響の考慮)
・植栽や緑化に使用する植物種が当該地域の植物個体・個体群への影響を及ぼさない よう十分注意する。移入種の増加等をもたらす可能性や、郷土種を用いる場合であっ ても遺伝的撹乱により在来の個体群に影響を及ぼす可能性があることに留意する。
(メタ個体群の考慮)
・個体群の存続には、それまでその種により占められていなかった新たな生育地への 個体の移入による、新たな局所個体群の成立が必要となる場合がある。その場合には 既存の個体群と、その分散可能な新たな生育立地の両方の確保が必要となる。
(移植)
・植物個体・個体群、植物群落の移植を検討する場合には、移植先において自生地と 同じ環境を確保する事が難しい事、移植先の植生の破壊をともなう事に注意する必要 がある。回避、低減による保全が不可能であり、移植を検討せざるを得ない場合には 移植の対象と移植先の植生の価値を比較し、それぞれが失われる事でどのような影響 が生じる可能性があるのか十分検討する。その上で技術的に移植が可能であり、移植 後に必要な管理体制を確保できるのかどうか確認する。さらに、事後調査を行ない、 不測の事態が生じた場合には適切な措置を施す必要がある。

 

3)環境保全措置の実施案

 準備書・評価書には「植物」についての保全方針や環境保全措置の検討過程、選定理由について記載する。また、環境保全措置の効果として措置を講じた場合と講じない場合の影響の程度に関する対比を明確にする。環境保全措置の効果や不確実性については、保全措置の検討対象となる植物種、植物群落と、それらを保全するために措置を講ずる影響要因や環境要素の関連の整理を通じて明らかにする。
 採用した環境保全措置に関しては、それぞれ以下の点を一覧表などに整理し、環境保全措置の実施案として準備書、評価書においてできる限り具体的に記載する。

・採用した環境保全措置の内容、実施期間、実施方法、実施主体等
・採用した環境保全措置の効果に関する不確実性の程度
・採用した環境保全措置の実施に伴い生ずるおそれのある他の環境要素への影響
・採用した環境保全措置を講ずるにもかかわらず存在する環境影響
・環境保全措置の効果を追跡し、管理する方法と責任体制

4)環境保全措置の妥当性の検証

 環境保全措置の妥当性の検証は、保全方針に沿って検討された具体的な環境保全措置に対し、当該環境要素に関する効果とその他の環境要素に対する影響とを検討することによって行う。複数の環境保全措置についてそれぞれの効果を考慮した予測を繰り返し行い、その結果を比較検討することにより、効果が適切かつ十分得られると判断された環境保全措置を採用する。
 その際、最新の研究成果や類似事例を参照したり、専門家の指導を得ること、必要に応じて予備的な試験を行うことなどにより、環境保全措置の効果をできる限り客観的に考察する必要がある。また環境保全措置が他の保全措置の検討対象へ影響を及ぼすこともあるので、注意しなければならない。特に、ある生物には良い効果をもたらすが他の生物には悪影響を与える場合があるので、生物や環境要素の関連性についても十分な検討を行うことが重要である。
 なお、技術的に確立されておらず効果や影響にかかる知見が十分に得られていない環境保全措置を採用する場合には、特に慎重な検討が必要である。そのような場合には、保全措置の効果や影響を事後調査により確認しながら進めることも必要である。

(5)評価

1)評価の考え方

 評価は保全措置の検討対象、保全措置の検討目標に対して、採用した環境保全措置を実施することにより予測された影響を十分に回避、低減又は代償し得たか否かについて、事業者の見解を明らかにすることにより行う。事業者の見解はその根拠を示し、保全措置の検討対象に関する環境保全措置の妥当性の検証結果を整理して示した上でできる限り客観的に説明する。妥当性の検証については、できる限り客観性の高い定量的な方法で、複数案の比較結果を示すことが望ましい。また、実行可能なより良い技術が取り入れられているか否かについて分かりやすく解説される事が望ましい。環境保全の効果が得られる技術のうち、科学的側面において実用段階にあるか、近い将来に実用化されるもので、技術的側面においても当該事業に適用可能なものの中から、最も大きな効果を持つものが先ず選択されたことが解説されるのが望ましい。
 なお、事業地の所在地である地方自治体などが環境保全のために定めた環境基本計画や環境保全条例、各種指針などにおいて、植物の保全に関わる目標や方針が定められている場合には、それらとの整合性についても見解の根拠の一つとして言及しておく必要がある。

2)総合的な評価との関係

 準備書や評価書においては、植物などの生物の多様性分野に関する各環境要素ごとの評価結果は、大気・水環境分野、自然との触れ合い分野、環境負荷分野などに関するそれぞれの環境要素ごとの評価結果とあわせて、「対象事業に係る環境影響の総合的な評価」として取りまとめて示す必要がある。
 それぞれの環境要素間には、トレード・オフの関係が成立するものがあることから、これら環境要素間の関係や優先順位について事業者はどう捉えて対応したのかについて明確にした上で評価する必要がある。
 総合評価の手法及び表現方法には一覧表として整理するのみならず、得点化する方法や一対比較による方法などが知られているが、確立した最良の方法はない。いずれにせよ合意形成の手段として環境影響評価の目的達成に向け、住民等に、対象事業による環境影響に関する事業者の総合的な見解とその根拠を分かりやすく簡潔に伝えられるよう、個別案件ごとに創意工夫を重ねていく必要がある。

(6)事後調査

 事後調査は通常、予測の不確実性が大きい場合や、環境保全措置の効果が明らかではない場合に実施する。予測の不確実性が小さい場合であっても、予測結果の確認の観点から事後調査を行うことが望ましい。
  事後調査では事業実施後の環境の変化を追跡し、環境保全措置の効果を把握する。このため、事後調査によって何をどのように比較するのか(例えば、事業前後でのバイオマス、齢構成、適応度の変化など)、その対象と方法を明示し、必要な項目と調査方法をあらかじめ具体的に挙げておかなければならない。その際には、できるかぎり変化を明確に把握できるような調査対象種・項目・場所に絞り込むことが必要である。したがって、事後調査では必ずしも本調査と完全に同一の調査項目が必要とは限らない。また、事業の実施または環境保全措置の実施による環境要素の変化を比較するには、実施前の環境要素の状態を把握しておく必要があるため、事前の調査段階から事後調査を考慮した調査を実施しておく必要がある。

1)事後調査項目と方法

[1]事後調査項目
 事後調査項目の選定にあたっては、まず把握すべき影響要因と環境要素の関連を整理し調査の視点を明確にすることが重要である。植物を対象とした事後調査項目の例を以下に挙げた
・植物相
・個体の生育状況(生育位置、分布、個体数、生長量、健康度等)
・群落構造、組成
・植物群落の分布
・植物の生育に関連する基盤環境要素

[2]事後調査手法
 事後調査手法は環境影響評価に係る調査などの事前行われた調査手法の中から選定することを基本とするが、環境の変化を追跡できるよう、比較が可能な定量的な手法を選定する。なお、調査区を設けて実施する調査では、調査者の踏圧による下層植生への影響といった調査圧が生じないよう留意する必要がある。事後調査手法の選定に際しては特に以下の点に留意する。

・一般的、客観的な調査手法であることが望ましい。
・調査に従事する技術者の能力により左右されない調査手法であること。
・手法が複雑でなく、再現が容易であること。

2)事後調査範囲、地点、期間等の設定

[1]事後調査地点、範囲
 事後調査は調査・予測の範囲を対象に行なう。
 事後調査地点は環境影響評価の調査に用いた地点等を含めて設定し、調査対象とする環境要素の変化を定量的に評価できる地点数を確保する。植物への間接的影響は徐々に表れることが多く、事後調査は通常複数年にわたり実施する必要があることから、事後調査が終了するまで確保できる調査定点や調査ルートを選定する。また、事業による影響や保全措置の効果を気象条件や他の環境要素の変動に伴う影響と区分して把握する必要のある時は、事後調査地点と同じ環境タイプで、事業による影響を受けない立地や保全措置を実施していない立地などに比較のための対照調査区を設ける。
 植物群落の構造・組成、現存量・生長量等を調査対象とする場合は永久方形区(コドラート)等を設置して調査を行う。影響の程度や基盤環境条件が徐々に変化する立地ではベルトトランセクト(帯状の調査区)等を設置する等、調査対象や目的に合わせた調査地点の設定を行なう。

[2]事後調査期間、時期
  事後調査の実施期間、時期や頻度は対象となる植物種、植物群落や、実施された環境保全措置の目的によって異なる。事後調査は調査結果を検証し、対象とする環境要素の変化が収束するまで継続することが望ましい。また、調査時期は経年的に調査を計画する際は、対象とする植物の生活史を考慮し、毎年同時期に実施する必要がある。
 調査対象が草本の場合には、比較的短期間の事後調査でも数世代にわたる個体群の調査が可能であるが、木本の場合にはかなりの長期間にわたる調査が必要となる。逆に、草本の変化を捉えるためには季節ごとの頻繁な調査が必要であるのに対し、木本では年単位の期間を置かなければ明らかな変化を捉えることは難しい。さらに調査頻度は、調査対象となる植物種が生育する環境の変動も捉えられるよう設定しなければならない。
 調査を実施する期間の考え方としては次のような例があげられる。

・植物個体群や植物群落の回復が環境保全措置の目的である場合、その個体群・植物群落内の個体数や構造が事業実施前と同じ状態に回復するまでを調査期間とする。
・森林の極相など完全に回復するまでにかなり長期間が必要な植物群落の回復が目的である場合、その植物群落に至る遷移系列上の変化が順調に進み回復が見込まれる段階まで、あるいは目的となる植物群落を構成する種の後継稚樹の健全な生育が認められた段階を事後調査の期限とする。
・干潟や湿地など、その安定性を保つことが目的である場合、環境が安定するまでを事後調査の期限とする。

(7)植物群ごとの留意点

 環境影響評価の対象となる植物群について調査・予測・評価を行ない、環境保全措置や事後調査を検討する上で留意すべき点を表●~●にまとめた。とりあげた植物群は環境影響評価においてしばしば調査対象とされる群とした。植物群の区分は調査方法との対応を考慮し、維管束植物、蘚苔類のような分類群と水生植物、植物プランクトンのような生活形態による区分を併用して示した。これらの表には分類群ごとに留意すべき点のみを示しているので、植物項目でのアセスの進め方全般については本文を参考にしつつ検討されたい。また、ここで示した留意点は各植物群の特徴の一部を示しているのみであり、地域特性や事業特性に応じた幅広い事項についての検討が必要となることは言うまでもない。

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