1.これまでの検討経緯
○検討の年次計画(図1)に基づき、平成10年度には生物の多様性分野(動物、植物、地形・地質、生態系)のスコーピング手法について検討した。平成11年度には陸域、海域、陸水域の3つの分科会を設け、陸域、海域の両分科会では環境影響評価の実施段階における陸域生態系及び海域生態系の調査・予測手法について、また陸水域分科会では陸水域生態系のスコーピング手法についてそれぞれ検討した。
○3年間の検討全体を通じて「生物の多様性の確保及び自然環境の体系的保全」という視点のもとに従来からの「動物」、「植物」に加え、「生態系」の項目が環境影響評価の対象とされたことを重視して、より良い環境配慮につながる効果的なアセス手法を検討していくこととした。また、「地形・地質」についてはこの分野と一体的に捉えることとした。
平成12年度の検討範囲について
図-1 生物の多様性分野の検討年次計画
[10年度の検討内容]
○生物の多様性分野のアセスの現状と課題を整理した上で、環境影響評価法において新たに導入されたスコーピング(環境影響評価の項目・手法の選定)段階に焦点を絞り、検討の手順と考え方、具体的な技術手法について検討した。(図2)
○生物の多様性分野における環境影響評価の意義、スコーピングの考え方や生物の多様性分野のスコーピングにおける留意点、わかりやすい方法書を作成する上での留意点などについて示した。
○「動物」、「植物」、「地形・地質」項目においては、地域概況調査(資料調査・ヒアリング・現地踏査)により、事業実施区域周辺の主要な環境要素を抽出し、事業の影響要因との関係からアセスの対象とすべき要素を絞り込んでいく過程、重点化・簡略化の整理と調査・予測・評価手法の検討方法などについて示した。
○「生態系」項目においては、環境影響評価法に基づく基本的事項にひとつの手法として例示された上位性、典型性、特殊性の視点からの注目種・群集の考え方について整理した。
○また、「生態系」項目のスコーピングにおける作業の流れを整理するとともに、地域概況調査から陸域の類型区分、評価する上で重要な類型の選定、生態系の構造・機能の検討、注目種・群集の抽出、調査・予測・評価手法の選定に至るスコーピングの一連の作業内容について検討し、モデル的な手順も含めて示した。
上位性、典型性、特殊性の考え方と該当例
上位性、典型性、特殊性の考え方とそれぞれの該当例を以下に示す。
ここで、ひとつの種・群集であっても、対象となる地域の生態系や生物群集の捉え方によって、異なった視点(上位性・典型性・特殊性)で選ばれる場合があることに留意する必要がある。
◎上位性
【該当種の例】
以下に挙げた例は一例であって、事業ごとに対象となる生態系にふさわしい種を選定する必要がある。
○環境のつながりや比較的広い環境を代表し、栄養段階の上位に位置するもの | |
[陸域] | |
・ | 哺乳類では食肉類(ヒグマ、キツネ、イタチなど)など |
・ | 鳥類では行動圏の広い猛禽類(イヌワシ、オオタカ、フクロウなど)や、河川環境での魚類食の鳥類(ウ類、サギ類、カワセミ類など)など |
・ | 爬虫類では森林や水田などのある里山環境でのヘビ類(アオダイショウ、ヤマカガシなど)など |
[海域] | |
・ | 哺乳類では魚類食のもの(アシカ類、アザラシ類、スナメリなど)など |
・ | 鳥類では行動圏の広い猛禽類(ミサゴ、ハヤブサなど)、魚類食の鳥類(ウ類、サギ類、アジサシ類など)など |
・ | 爬虫類では魚類食のウミヘビ類など |
・ | 魚類では魚類食のスズキ、ヒラメ、カマス類など |
○小規模な環境における、栄養段階の上位に位置するもの |
|
[陸域] | |
・ | 昆虫類では、池沼・ため池などのタガメなど |
◎典型性
※ギルド:同一の栄養段階に属し、ある共通の資源に依存して生活している複数の種または個体群のこと。
【該当種・群集の例】
以下に挙げた例は一例であって、事業ごとに対象となる生態系にふさわしい種・群集を選定する必要がある。
○生物間の相互作用や生態系の機能に重要な役割をもつ種・群集 | |
[陸域] | |
・ | 多くの動植物種の生息環境となるスダジイ林、コナラ林、ブナ林、ススキ草原など |
・ | 摂食などにより植生に強い影響を及ぼす哺乳類のシカなど |
・ | 樹木の穿孔性甲虫類を採食するキツツキ類など |
[海域] | |
・ | 広く分布し現存量・占有面積の大きい、藻場の構成種(アマモ、コンブ類、アラメ、ホンダワラ類など)、マングローブ、造礁サンゴ、汽水域のヨシなど |
・ | 数量的に多く、生態系の中でのエネルギーフローの大きい、干潟のゴカイ類、二枚貝類、カニ類、シギ・チドリ類、内湾のハゼ類、ボラ類、カレイ類など |
○生物群集の多様性、生態遷移を特徴づける種・群集 |
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[陸域] | |
・ | 哺乳類では、里地の森林を特徴づけるタヌキなど |
・ | 鳥類では、山地落葉広葉樹林のゴジュウカラ、里地落葉広葉樹林のヤマガラなど |
・ | 両生類では、水田や森林のヤマアカガエルやサンショウウオ類など |
・ | 昆虫類では、クヌギ・コナラを中心とした雑木林のオオムラサキやギフチョウ、シバ草原・ススキ草原などにみられる草原性のチョウ類、池沼・湧水やため池などのトンボ類など |
・ | 植物では、クヌギ・コナラ二次林にみられる春植物(カタクリなど)、ススキ草原に特徴的な植物(オキナグサ、マツムシソウ、ミヤコアザミなど)、シバ草原に特徴的な植物(ヒメハギ、フデリンドウなど)など |
[海域] | |
・ | 魚類では、干潟のムツゴロウ、トビハゼ、藻場のヨウジウオ類、サンゴ礁のチョウチョウウオ類、汽水域のシラウオなど |
・ | 甲殻類では、干潟のシオマネキ類、サンゴ礁のサンゴガニ類、砂泥底域のシャコ、岩礁潮間帯のフジツボ類など |
・ | 貝類では干潟のウミニナ類、マテガイ類、汽水域のヤマトシジミ、サンゴ礁のシャコガイ類、岩礁潮間帯のタマキビ類、カサガイ類、イガイ類、海藻藻場のアワビ類、サザエ類など |
◎特殊性
【該当種・群集の例】
以下に挙げた例は一例であって、事業ごとに対象となる生態系にふさわしい種・群集を選定する必要がある。
○特殊な環境を特徴づける種・群集 | |
[陸域] | |
・ | 哺乳類では洞窟性、樹洞性のコウモリ類など |
・ | 昆虫類では洞窟性甲虫類など |
・ | 貝類では石灰岩地の陸産貝類など |
・ | 植物では、特殊な立地に生育する植物種・植物群落:湿地植生(サギソウ、モウセンゴケ、ミズゴケ類など)、火山植生(フジハタザオ、フジアザミなど)、蛇紋岩地植生(ヒダカトリカブト、ナンブイヌナズナなど)など |
[海域] | |
・ | 潮間帯上部の礫浜にみられる生物(ウミコオロギ、ウシオグモなど) |
・ | 海岸部の特殊な立地に生育する植物種・植物群落:海岸砂丘植生(ハマボウフウ、ハマニンニク、ハマナスなど)、塩沼地植生(ウラギク、ハママツナ、アッケシソウなど)、海岸断崖植生(トベラ、ハマビワ、ノジギクなど)など、 |
○比較的小規模で周囲にはみられない環境を特徴づける種・群集 |
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[陸域] | |
・ | 渓流沿いの空中湿度の高い着生植物の多い斜面林 |
・ | 水生植物が繁茂した動植物の豊かな池沼・ため池にみられる植物(ヒツジグサ、ジュンサイなど)や水生昆虫(トンボ類、ゲンゴロウ類など)など |
・ | 小規模な湧水にみられるホトケドジョウなど |
[海域] | |
・ | 砂泥海域の極一部に存在する岩礁の生物や海藻群落など |
・ | 河口などの狭い範囲に偏在する生物(エドハゼ、ハゴロモハゼなど) |
※なお、陸水域については、今後の検討課題のため、本内容には十分に含まれていない。 |
図-2 陸域生態系に関するスコーピングにおける作業の流れ
図2-8 注目種・群衆の抽出のためのモデル的な手順例
表2-14 主要な生息環境-生物種・群衆表例
図2-9 食物網の模式図例
※本図は主要な食物連鎖について既存資料を主に作成する。
※具体的な植生図の群落名等を記入する。
図2-10 地形・地質断面とそこに成立する生物群集の模式図
※本図は主要な食物連鎖について既存資料を主に作成する。
※具体的な植生図の群落名等を記入する。