これまで、第1章では、戦略的環境アセスメントが求められるようになった背景とその意義を、第2章及び第3章では、諸外国における制度の状況と具体的な戦略的環境アセスメントの取組事例を、第4章では、我が国における戦略的環境アセスメントの萌芽と言える事例を見てきたが、これらを通じて、今後、戦略的環境アセスメントの実施を検討する上で、特に留意すべきと考えられる事項は以下のとおりである。
戦略的環境アセスメントは、様々な政策や計画を対象とするものであるが、これらは、施策の方向を指し示すような抽象的なものから、事業の実施等の枠組みとなる比較的具体性の高いものまであり、多様性に富むものである。また、政策や計画には、個別の事業とは異なり、複数の施策が含まれることも多く、その効果は複雑である。その立案から決定に至るプロセスも、緊急性や機密性等の案件の事情に応じて、多様なものとなっている。
戦略的環境アセスメントは、各案件の立案から決定に至るプロセスにおいて、環境面からの評価を行い、評価を行った結果を当該政策や計画に反映させていくものである。このため、対象となる政策や計画に適した評価手法を用いることが必要であることはもちろんであるが、評価を行うプロセスも、原則として、対象となる案件の策定プロセスに即したものとする柔軟なアプローチをとることが必要である。このことは、政策や計画の策定主体が受け入れ易いものとし、実現可能性を高める上でも重要である。
特に『政策』を対象とする制度を構築しようとすれば、その評価手法や手続も多様なものとならざるを得ないことから、制度としては、原則的な事項のみを定めた上で、柔軟に運用を行っていくというアプローチが求められる。例えば、オランダやカナダ、デンマークで導入されている『政策』を対象とした制度では、環境面からの評価を記載した簡潔な文書を作成すること、評価が適切に行われるよう環境部局等からの助言を受けること等の原則的な事項のみが定められており、評価の内容も、対象となる案件にもよるが、比較的簡潔なものとなっていることが多い。
ただし、EUの指令案のように、その対象を事業の実施に枠組みを与えることとなる一定の『計画・プログラム』に絞り込むこと等により、事業アセスと同様に、項目の選定方法、環境面からの評価を記載した報告書の記載事項、公衆の関与の手続、さらには代替案との比較検討の義務づけなどの詳細な規定を設けることも考えられる。
戦略的環境アセスメントでは、政策や計画を対象とする戦略的な意思決定を行う段階での環境アセスメントであるが故に、対象となる案件は概して抽象的であったり、その効果が不確実なものであることが多い。ある意味では、戦略的な意思決定を行うことと、不確実性とは本質的に結びついているとも言える。その結果、戦略的環境アセスメントを実施しようとしても、環境への影響を環境保全目標に照らして評価することが困難であったり、定量的に予測を行ったとしても不確実性が高くて評価に用いることが困難であることがある。我が国を始めとする各国において事業アセスがまず導入され、また、我が国では事業の諸元がほとんど固まった段階で環境アセスメントが行われてきたのも、この不確実性の問題が一つの大きな要因である。
一方で、政策や計画を策定する際の前提となる将来の経済成長や需要等には、ある程度の不確実性はつきものであるし、政策や計画等の決定に当たっては、政策や計画の効果について詳細に渡って分析が行われるというものでは必ずしもない。むしろ、それらの政策や計画を決定に際して用いられる情報の範囲は限られたものである。戦略的環境アセスメントを行う上でも、政策や計画の決定に影響を及ぼすような重要な環境面の要因について評価を行うことが重要であり、評価する項目を決定するスコーピングの手続が非常に重要である。この際、意思決定に影響を及ぼすような重要な項目については、事業段階で行われているような定量的な予測結果を環境保全目標に照らして評価するような手法を用いることが困難であったとしても、定性的な評価を行うことで十分意味のあるものである。
事業アセスでは、不確実性に対処するために、予測で用いた仮定を明らかにすること、予測の結果を幅で示すこと、幾つかの異なったシナリオを設定すること、感度分析を行うこと等が行われているが、これらの手法は政策や計画を対象とする戦略的環境アセスメントでも十分活用が可能であると考えられる。
政策や計画を対象に環境への影響を評価することの一つの大きな意義は、事業の実施の段階で検討を行う場合に比べてより広範な複数の案を扱えることである。環境への影響を定量的に評価することがその不確実性から困難な場合でも、環境面からよりよい案を策定するという観点から、複数の案を相互に比較し、相対的な評価を行うことは可能である。政策や計画では、考慮すべき事項が複雑多岐に渡ることが多いため、評価の結果はできるだけ簡潔なものとすることが求められるが、複数の案を比較して評価することによって理解は容易となり、評価の手法として優れたものである。
このため、米国のNEPAをはじめ、EUの指令案、オランダの環境管理法、東京都の総合環境アセスメント制度など、内外の多くの制度において代替案を設定し、比較評価を行うことが義務付けられている。また、制度的に義務付けられていない場合でも、代替案が設定され、その比較評価が行われている事例は多く見られるところである。ただし、『政策』では、その抽象性のために代替案を設定して比較を行うことが困難な場合もあり得ること、その策定プロセスも特に多様であることから制度的に義務付けられていない場合が多いことには留意する必要がある。
戦略的環境アセスメントは、環境面から評価した結果を政策や計画を策定する者に提供し、当該策定者の手で他の社会・経済的な評価と併せて検討がなされ、十分配慮されるために行われるものであることから、政策や計画を策定する者がその結果を十分考慮することができるように、どの案が環境保全の観点からより望ましいものであるか等の環境面からの評価結果を簡潔に、分かりやすく示すことが重要である。
しかし、一般に、政策や計画が環境に及ぼす影響は、事業に比べて抽象性や不確実性が高く、その内容も広範多岐に渡ることから、評価結果も曖昧かつ複雑なものとなりがちである。このためにも、繰り返しになるが、スコーピングによって政策や計画の決定に影響を及ぼすような重要な環境面の要因に絞り込むことや代替案を設定してその比較評価を行うことが望ましいものである。
また、政策や計画は、そのスケールも空間的、時間的に広がりのあるものとなっており、その熟度が低いために代替案の検討の余地が比較的広いことから、案件によっては、例えば、ある案が他の案に比べて広域的には二酸化炭素の排出抑制につながるが、一部の地域では窒素酸化物の排出が増加し、大気汚染が進む場合等のように、環境への悪影響のみならず環境の改善効果を考慮したり、それぞれの案の環境面からのメリット、デメリットを比較衡量することが必要な場合もあり得る。そのような場合には、政策的な価値判断なしには、どの案が環境面からより望ましいものであるかを判断することは困難ではある。しかし、意思決定プロセスの透明性を向上させたり、合意形成に当たって公衆の関与を深めること等によって政策判断の根拠についてのアカウンタビリティを保ちつつ、評価の結果をできるだけ簡潔に、分かりやすく示すことが望ましい。