1 総論
1-1 土壌環境
1) 土壌環境の環境影響評価の基本的な考え方
(1)土壌環境の特徴
従来の環境影響評価においては、土壌については鉱工業の活動などに起因する有害物質による土壌の汚染という観点からとらえられることが多かった。
しかし、土壌は地殻の最表層生成物として降水の流動・貯留、地下への涵養、地下水質などに重要な役割を果たしており、物質循環やエネルギーフローの重要な構成要素として農業基盤、天然資源、多様な生態系の維持などにも必須のものである。環境影響評価の対象となる開発事業においては、切土、盛土、埋立などによる土地の改変行為や地下水環境の変化などにより土壌の持つ機能や構造が変化する。
したがって、土壌に係る土壌環境の環境影響評価は、従来から考慮されてきた土壌汚染と地下水環境や多様な生態系の維持などに関係する土壌機能の側面から捉えることが必要である。
土壌汚染は、有害物質を含む原材料や溶剤などを保管した場所、使用した場所、廃棄物を処理した場所、及びばい煙等に含まれている汚染物質が降下した範囲など、汚染物質の移動経路に沿って発生する(図1-1-1参照)。したがって、これらの発生源や移動経路における汚染物質の環境中への負荷を回避・低減することにより、事業実施による新たな土壌汚染の発生を未然に防止することができる。
|
|
図1-1-1 事業活動に伴う汚染物質の土壌中への侵入経路
土壌汚染は、大気汚染や河川・海域等の水質汚濁とは異なり、移動性が低く残留性・蓄積性の汚染であるという特徴を持っている。このため、事業実施前に発生していた土壌汚染が、事業実施時点で顕在化することが多い。
その他、鉱脈や地層特性に起因する自然由来の土壌汚染もある。これら自然由来の土壌汚染は土壌環境基準の適用外であるが、施工により周辺環境に新たな環境負荷を及ぼすことに留意する必要がある。
土壌汚染が発生することによる周辺環境への影響は、人の健康への影響だけでなく、生活環境への影響、生態系への影響など多様である。また、土壌汚染対策を行なうことによる土壌環境の変化が、土壌の機能など、周辺環境に影響を及ぼす可能性もある。したがって、周辺の土地利用や水系等の地域特性や事業特性を十分に踏まえた環境影響評価が必要である。
一方,土壌は水循環系において、降水が地表に降り地下水を涵養する不飽和帯としての通り道(入り口)であり,地下水と同じように水循環系の構成要素であるとともに,図1-1-2に示すように同時に生態系の維持や生産性にとっても重要な要素となっているなど,土壌の環境に対する影響範囲は大きい。
また,我が国の土壌には,レッドデータに類するような学術的・希少性の見地から重要なものがあり,これらの土壌の保全についても環境影響評価で考慮される必要がある。
このように広範囲な「環境」の基盤をなしている点を考慮に入れた上で,環境影響評価を進めることが重要である。
考え方の切り口の一つとして,土壌の「機能」という大きな・漠然とした視点に着目すると,土壌の機能は多様であり、それぞれが互いに影響を与えつつ成り立っていることが良く理解できる。
例えば「保水通水機能」「生産機能」「物質収容機能」などが挙げられるが,各々の機能は従属するミクロ的要素(土性や三相分布,pH,pF,透水係数,リン酸吸収係数等)の集合体としての結果であることから、土壌機能の保全を考慮した環境影響評価を実施する場合には、単一の環境要素についてのみ取り扱うことは環境影響評価の趣旨から外れるおそれがあることにも留意する必要がある。
図1-1-2 生態系と土壌の関わり(概念)

(2) 調査・予測・評価のあり方
[1]土壌汚染
土壌汚染による環境リスクの回避・低減のためには、単に、土壌環境基準達成の有無を調査するだけではなく、汚染物質の移動・拡散経路や汚染物質の暴露経路について検討の上、周辺環境等への影響を予測・評価することが必要である。また、人の健康への影響を第一義的に対象とすることが重要であるが、周辺の環境条件によっては、生活環境への影響、さらには生態系等への影響も含めた環境リスクを対象とすることが必要な場合もある。さらに、土壌汚染による環境リスクの回避・低減のための取組みが、他の環境要素に対する新たな環境リスクの原因となることもあることに留意した評価が必要である。
以上のことを考慮し、土壌汚染の環境影響評価にあたっては、次の事項に留意が必要である。
・ 対象地における土壌汚染の定義1)
・ 土壌汚染の実態2)
・ 土壌汚染の原因と機構解明3)
・ 事業実施前における周辺環境への影響4)
・ 事業実施(施工・土壌汚染対策工事)による環境リスクの発生5)
・ 事業活動による新たな土壌汚染の発生及び周辺環境への影響6)
なお、事業実施前の土壌汚染の状況については、スコーピングにおける既存資料等調査による定量的把握をすることが困難な場合も多い。従って、地域特性の調査段階で十分な現地調査を行うことを考慮すべきである。また、環境影響評価実施段階におけるフィードバックや項目・手法の見直し、目的や視点の修正についても、留意する必要がある。
| [1] | 汚染土壌部の掘削工事や解体工事に伴い、汚染物質が移動したり、大気中への飛散によって汚染が周辺環境へ拡散する。 |
| [2] | 浄化対策工事中の排気や排水によって汚染が周辺環境へ拡散する。 |
| [3] | 不適切な汚染土壌の場外への搬出により汚染が周辺環境へ拡散する。 |
<新たな土壌汚染が発生する例>
[1]
埋立や盛土として搬入した土壌が汚染されており、新たな土壌汚染が発生する。
[2]
事業現場内の有害物質が封入されている施設の破壊により、土壌汚染が発生する。
[3]
薬液注入等で使用する薬剤の不適切な取り扱いにより、土壌汚染が発生する。
<土壌汚染対策工事により新たな環境リスクが発生する例>
[1]
土壌の入れ替えにより、従前の土壌が有していた機能が損ねられる。
[2]
遮水構造の施工等により、帯水層の遮断等、地下水環境への影響が発生する。
[3]
土壌改良による土壌水の成分の変化により、土壌生態系への影響が発生する。
[2]土壌機能
地表面の改変などの行為や施設の存在などの土壌機能に影響を与える「影響要因」を,事業特性を踏まえて想定する必要がある。そして,これらの影響要因が土壌機能の他,水環境や生態系などの環境に与える影響等の「環境要素の変化」を検討する。
その際,影響要因及びそこから派生する影響を通じた環境への影響については,事業による影響の時間的変化や長期における累積的な影響などの時間的な側面を捉えていくことが重要である。
また,環境影響要素-要因マトリクスによる項目の整理,項目間の関連等の検討だけでなく,事業が環境の類型や土壌機能にどのような過程をへて影響を与えるかをインパクトフロー図に示して検討することが重要である。それは,相互に関係を持っている影響要因と環境要素との伝播経路を示すこともできるからである。ただし,作成したフロー図に漏れがないようにするために,従来のマトリクスも同時に作成する等の留意が必要である。
なお,事業ごとの主務省令で定める指針においては標準的な影響要因が示されているが,これを参考にしつつも,これにこだわらず土壌環境を構成する環境要素に対する影響を捉える観点から,幅広く抽出することが必要である。
表1-1-1 影響要因と環境要素の変化とマトリクスの例(イメージ)
|
環境要因/影響要素
|
工事の実施段階 |
存在 |
供用 |
|||||||||||||
|
造成工事 |
森林伐採 |
機械の稼働 |
車両通行 |
・ ・ ・ |
植生の改変 |
地形改変 |
水系改変 |
工作物の存在 |
・ ・ ・
|
自動車走行 |
人の浸入 |
取水 |
排水 |
・ ・ ・ |
||
|
土壌機能 |
保水・通水機能 | |||||||||||||||
| 生産性機能 | ||||||||||||||||
| 物質収容機能 | ||||||||||||||||
|
土壌汚染 |
|
|
|
|||||||||||||
|
|
(3)土壌環境と他の環境影響評価項目との関係
土壌環境は水循環系の構成要素としての「水環境」に対する影響や,陸域生態系の基盤要素としての「生態系」への影響など,他の環境影響評価項目で対象とする環境要素と密接に関係し,土壌環境の調査・予測・評価は他の項目の調査・予測・評価の前提条件となることも多いことから,関係が想定される環境要素との作業を統合して検討することなども必要である。
例えば,土壌汚染に対しての環境リスク低減方策が、土壌が本来有していた環境上の機能(土壌機能の中の保水機能や生態系の生息としての機能等)を損ねる可能性があることや,土壌は高等植物から土壌動物,土壌微生物にいたる陸上生態系の重要な基盤的要素であるため,多様性分野に係る環境影響評価を行うような場合には,土壌への環境影響と生物の生息に係る環境影響とを相互関係に配慮した検討が必要となることに注意することが必要である。
| [1] 「土壌」と「水循環」 土壌における水分保持機能は,水循環の状態を規定する要因となることに留意する必要がある。 [2] 「土壌」と「生態系」 土壌は陸上生態系の基礎をなす極めて重要な基盤的要素であり,その調査・予測・評価は生態系の調査・予測・評価の前提条件となる。 また,生態系は生物と生息環境ならびに生物相互の関係を通じて多様な機能を有するが,特に土壌の調査・予測・評価においては,高等植物の生産機能,土壌動物,土壌微生物の生物分解機能,土壌吸着等の浄化機能等の環境保全機能に着目する必要がある。 [3] 「土壌汚染」⇔「地下水」 土壌汚染は地下水汚染の原因となるおそれがある。地下水汚染が発生すると地下水中に溶出した汚染物質が地下水の移流等によって周辺環境へ拡散するおそれが発生する。従って、土壌汚染の調査・予測・評価は地下水汚染の調査・予測・評価の前提条件となる場合が多い。 [4] 「土壌汚染」⇔「大気」 有害物質を含む土壌の飛散は、局所的な大気汚染の原因となるおそれがある。また、揮発性物質や悪臭成分を含む汚染土壌が施工等により露出した場合には、これらの成分が周辺に拡散し、人の健康への影響及び生活環境への影響(悪臭)を及ぼすおそれがある。 [5] 「土壌汚染」⇔「表流水」 汚染された土壌中に含まれた汚染物質が溶解した雨水等の直接流出、汚染物質を含む土粒子の流出などによる表流水の汚染のおそれがある。また、油による汚染土壌と接した水域に油膜が発生するなどの生活環境への影響のおそれもある。 [6] 「土壌汚染」⇔「土壌機能」 土壌汚染による環境リスク低減方策としての覆土、舗装や土の入れ替えによって、降雨の浸透等の条件が代わることによって保水機能や通水機能が損なわれるおそれがある。また、遮水壁など、汚染土壌・地下水封じ込め施設の施工により、帯水層が遮断されるなど地下水環境への影響が発生するおそれもある。 [7] 「土壌汚染」⇔「生態系」 生態系は生物と生息環境並びに生物相互の関係を通じて多様な機能を有するが、土壌汚染による環境リスク低減方策により、土壌水分・成分等が変化することにより、生態系が乱されてしまうおそれがある。 |