環境庁「生物の多様性分野に関する環境影響評価技術検討会」
座長 大島康行
環境影響評価法は環境基本法を受けて、持続可能な発展を基本理念として制定されたものです。環境基本法第14条には「生態系の多様性の確保、野生生物の種の保存その他の生物の多様性の確保が図られると共に、森林、農地、水辺地等における多様な自然環境が地域の自然的社会的条件に応じて体系的に保全されること。」を確保するため、環境の保全のための施策が実施されなければならないとしており、環境影響評価法においても生物の多様性とこれらの多様な生物からなる生態系の視点が盛り込まれました。人間が自然の生物圏に与える影響は、急速な人間活動によって劇的に増大し、生態系は改変され、破壊が続いています。その結果、生物の種は本来の数十倍の速さで絶滅し、個体群は減少し、生態系によって維持されてきた人間の生存の基盤である良好な環境は変容しつつあります。このため、「生物の多様性に関する条約」が93年に発効し、これを受けてわが国では、この国際条約の基本方針による生物多様性の保全とその持続可能な利用の実施促進を図るため、95年10月に「生物多様性国家戦略」を決定したところです。既に述べたように「環境基本法」にも生物多様性と多様な生物からなる生態系の保全の重要性は示されており、環境影響評価法において環境アセスメントの対象として従来の「植物」「動物」に加えて「生態系」の項目が設けられた理由はここにもあるわけです。
生物の多様性に関する条約は単に生物多様性や希少種を護るということだけを示すものではありません。生態系を構成する生物群集の生物間の関係や、それぞれの生物群集によって形成される構造と機能が環境を変え、この環境保全機能が多様な生物の生活を維持しています。この点から生態系の保全は重要であり、また生態系のもつ多様な資源(財)と多様な環境保全機能(サービス)は人間の健全な、持続ある生活と発展に欠くことの出来ないものであることを示しています。
日本は南は亜熱帯の沖縄から北は亜寒帯の北海道まで南北に長く、広い地理的環境に位置し、地形、地質、土壌、さらに人間による土地利用の違いもあり、このため生物は極めて多様です。また、それぞれの地域環境に対応して特有な種組成をもつ生物群集が環境と相互に作用しながら地域環境に特有で多様な生態系を形成していることも特徴の一つです。これらの生態系は環境条件に対応して連続的に分布しており、気候的な要因による大規模な生態系(例えばブナ林)から、特異な地形地質、土壌、水文条件などに対応して成立する規模の小さな生態系(例えば洞窟、湧水池等)までその規模は様々です。
生態系内の生物群集は基本的に垂直的な階層構造を形成しており、階層内では生物群集の機能・構造と環境との相互作用によって微環境は複雑に変化し、多様な生息環境の中で多様な生物が生活しています。また、生態系は常に部分的に破壊と修復(死亡と出生)を繰り返しながら系内の生物と環境との相互作用、食物連鎖などによる物質循環やエネルギーの流れによって動的に維持されています。
従って、生態系の環境アセスメントをするには、これらの生態系の特性を踏まえて、主要な生態系における生物群集と環境との相互作用の関わりと生態系の環境保全機能が把握、評価できる調査項目の選定と調査が必要です。一般に事業対象地域周辺は複数の生態系からなることが普通であり、これらの生態系は相互に関係しあっているため、まず、地形と植生の関係を示す断面図や、植生と地形地質、土壌、気象等の概略を示した平面図を作成して重ね合わせ、対象地域の生態系の特性の概況をつかむことも重要だと思います。
また、生態系は複雑な構造・機能・相互作用をもつことから、事業地の生態系の持つ構造と機能、環境保全機能を含めた特性を調査、把握し適切な評価をするためには、基本的事項の例示のように、生態系の上位性、典型性、特殊性に注目し、それらを支える種と群集を抽出することも一つの方法でしょう。その際に階層構造や食物連鎖を示す概略図の作成も有効ですし、上位性、典型性を示す種は、各階層ごとに、また生活様式の同じグループごとにそれぞれ検討することが望ましいと思われます。
環境庁では、「生物の多様性分野に関する環境影響評価技術検討会」を設置し、基本的事項を踏まえた生態系など生物の多様性分野の環境影響評価技術の検討を3年計画で進めており、まず最初の課題として環境影響評価法に新たに導入されたスコーピングの効果的な進め方について生態系を中心に検討してきたところです。今回のシンポジウムでは、この検討会の小野、清水両座長代理から講演していただき、参加者の皆さんと意見の交換をしながらこれからの生態系の環境アセスメントについて考えたいと思います。