大気・水・環境負荷分野の環境影響評価技術検討会中間報告書
大気・水・環境負荷分野の環境影響評価技術(II)<環境影響評価の進め方>(平成13年9月)

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1-2 地下水等

  1)地下水等の環境影響評価の基本的な考え方

(1)地下水等の特徴
地球上における水は、降水や地表水、地下水、土壌水等、自然の循環過程の中で様々な形態をとりながら、互いに密接な関係をもって存在するものである。


図2-1-5 水の循環の概念図

 

従来の環境影響評価では、水質や地下水といった個別の項目について、事業による状態量の変化を評価していたが、これは水循環という大きな系の中のある一点を捉えていたに過ぎず、土地利用変化等に伴う土壌帯を通じた地下水涵養量の変化やそれに起因した地下水流動の変化、地下水流出域に生じる影響、生態系との接点でもある土壌帯での水の挙動とその変化等については、具体的な検討がなされない場合も多かったといえる。
今後、水環境における地下水等の環境影響評価を行なうにあたっては、
     「水は循環するものである」、「水は変動するものである」、
     「水は地盤の構成員である」、「水は物質の運搬者である」
という特徴を考慮に入れ、これら多様な形態にある地表や地中の水を相互に関連する一つの「水循環系」として捉え、この系を人為的に歪めることを最小限度に抑えて健全な水循環を確保するという視点が重要である2-18)。

【留意事項】

  • 2-18) 水循環系に想定される様々な影響の形態

地下水流動は、「涵養域」と「流出域」という概念で捉える必要があり、どの部分で事業を行なうかによって、影響の現れ方は異なる。また、「地下水流動」 の観点からみると、その上流側と下流側とでは、影響の現れ方が異なる(図2-1-6参照)。

また、事業の及ぼす影響が、どのような地下水流動系(広域流動系、局地流動系、あるいは両者の中間的流動系)に属するかによって、影響の現れ方や範囲も異なる。

図2-1-6 水循環系に想定される様々な影響の形態

(2)調査・予測・評価のあり方
「環境影響評価」とは、事業の実施による環境影響について、事業者が自ら適正に調査・予測・評価を行ない、その結果に基づいて環境保全措置を検討することなどによって、その事業計画を環境保全上望ましいものとしていくための仕組みである。
環境影響評価における最終的な目的は「評価」であることから、スコーピングの段階において、まず「何を評価すべきか」という視点を明確にした上で調査・予測・評価の項目や手法を選定し、環境影響評価の実施段階へと作業を進めていくことが重要である。
まず、スコーピング段階においては、地域の環境特性やニーズ、事業特性等を整理し、保全上重要となる要素は何か、どのような影響が問題となるのか、対象地域の環境保全の基本的な方向性はどうあるべきか等について検討し、その結果を踏まえて、評価すべき項目を選定する。次に、その評価を行なうための適切な予測手法を決定し、その予測のために必要な調査の対象と手法を決定するというプロセスで検討を行なう必要がある。
そして、方法書手続きの段階で得られた意見を踏まえて、項目や手法の見直しを行なった上で、環境影響評価の実施段階に入り、さらに実施段階の調査等で得られた情報を随時フィードバックして項目や手法の見直しを加えつつ、設定した目的や視点に沿って調査・予測・評価を進めていくことが必要である。
地下水等に係る環境影響評価を行なう際には、地下水等の特徴を考慮に入れるとともに、まず第一の前提条件として、
     「水循環の捉え方2-19)」、「変動と代表値の取り扱い2-20」」、
     「地盤条件による地域特性2-21)」、「予測の精度と不確実性2-22)」
について検討しておく必要がある。
なお、他の環境要素に比べ、地下水等を構成する各要素の場合は、スコーピングにおける既存資料調査により定量的把握を充足させることが困難な場合も多い。従って、地域特性把握の調査段階で十分な現地踏査を行なうことも考慮に入れるべきであり、また環境影響評価実施段階におけるフィードバックや項目・手法の見直し、目的や視点の修正についても、特に留意する必要がある。

【留意事項】

  • 2-19) 水循環の捉え方

水循環は、その構成要素である「地表水」や「地下水」、「土壌水」 が互いに密接な関係にあるとともに、互いに影響を与えあうものであるため、単独の要素に対する影響を考慮すると同時に、その影響が他の要素に与える間接的な影響についても考慮する必要がある。

その循環は、本来、三次元的なものであり、「三次元的な水循環」を考慮する必要がある。

  • 2-20) 変動と代表値の取り扱い

水循環の構成要素は、季節変動等の変動を伴うため、予測・評価を行なう際には、それらの変動の特徴を把握するとともに、どの時点の予測を行なうのかを十分に検討した上で適切な代表値を選定する必要がある。

従って、常に平均値をもとにした予測・評価を行なうのではなく、変動の幅を考慮に入れた上で予測・評価を行なう必要がある。

実際に予測・評価を行なう際には、対象の事象に対して「影響が最大となる条件」をも考慮する必要があるが、その「影響が最大となる条件」は対象とする事象によって異なることに留意が必要である。例えば、構造物に対する影響を予測・評価する場合には「地下水位が高くなる状態」を対象とする一方で、水利用に対する影響を予測・評価する場合には「地下水位が低くなる状態」を対象とする必要がある。

また、工事の実施による影響を予測・評価する場合のように、短期的な影響を取り扱う場合には「非定常」の状態における変動も考慮する必要がある。

  • 2-21) 地盤条件と地域環境特性

地盤条件は地域環境によって多様な特性を示すことから、その構成要素の一つである地下水も、同様に多様な特性を持つ。

従って、地下水等の調査・予測・評価を行なっていく上では、地盤条件による地域環境特性を常に考慮に入れるとともに、現地踏査等の手法も積極的に取り入れて、その特性を十分に把握しておく必要がある。

  • 2-22) 予測に要求される精度と不確実性

最終的な評価の段階で「何が問題となるか」によって必要な予測の精度は異なるので、要求される精度に応じた予測手法を適用する必要がある。また、適用する予測手法によって、必要なバックデータの質や量も異なってくる。

従って、調査・予測を進めるにあたっては、最終的な評価の方向をまず明らかにした上で適用する予測手法を決定し、その手法に必要なバックデータを得るための調査計画を立案する必要がある。

また、予測結果には不確実性が伴うことにも留意すべきであり、予測手法の精度向上に努めるとともに、モニタリング調査等による工事中、事後の検証も考慮に入れておくべきである。

(3)地下水等と他の環境影響評価項目との関係
 水循環は、自然環境を構成する基本的なシステムであり、その構成要素である地下水等も、「水環境」分野における他の項目と深い関わりを持つだけでなく、「地形・地質」 や 「地盤」、「植物」、「動物」、「生態系」等、他の環境影響評価項目を構成する環境要素の一つといえる。
  例えば、「地形・地質」 は水循環の枠組みを決定する重要な要素であり、地下水流動を始めとした水循環の形態を規定する要因であるとともに、水循環に生じた変化は地盤の状態を左右し、地盤沈下や土地の安定性を決定する要因となる2-23)。また、水循環に生じた変化は 「植物」や「動物」、「生態系」にも影響を与え、その状態を変化させる可能性がある2-24)。さらに、湧水等の存在そのものを含めた 「景観」 あるいは歴史的・文化的資産としての価値、親水公園等の「人と自然との触れ合いの活動の場」等に対しても影響が及ぶ可能性がある。
  従って、スコーピングから評価の段階までを通じて、これらの他項目との緊密な連携やデータの共有化及び有効活用に留意する必要があり、場合によっては、一連の作業を統合して行なうことも考慮すべきである。

【留意事項】

  • 2-23) 水循環と

 地盤の状態地盤の状態、特に地盤沈下や土地の安定性は、対象地盤における地下水の状態に大きく左右される。

 例えば、地下水位の低下は粘性土層の圧密沈下を促進し、場合によっては地盤沈下という影響が発生する。また、斜面における地下水位の変化は、間隙水圧のバランスを崩し、地すべり等の災害を誘発する原因となり得る。さらに、地下水流動に伴う土粒子の移動によって地盤の空洞化等が発生し、地表変形等の災害につながる場合もある。

  • 2-24) 水循環と植物、動物、生態系

水循環を構成する各要素は、植物や動物に影響を与えるだけでなく、生態系の重要な構成要素でもある。

例えば、水循環の変化に伴って生じる土壌水分の変化は、植物の生育を左右し、結果的に生態系を変化させる可能性がある。また、水生生物等の地表水に直接依存する生物の生態は、地下水等の変化に伴う地表水の変化に直接的な影響を受けると考えられる。

(4)地下水等の地域環境特性と変動
[1]地下水等の地域環境特性
地下水等の賦存注)・流動を規定する「地形・地質」や、その供給源となる「降水・蒸発散の状況」等の地域環境特性は、特に重要な留意事項である。
例えば、「地形・地質」は地下水や地表水の「いれもの」を決定する重要な要素であり、沖積低地や洪積台地、丘陵、山地等の地形区分毎に、地下水の賦存・流動状況は異なる特徴を示す (図2-1-7、表2-1-2参照)。また、地層の傾斜や透水性、岩盤の亀裂状況、地質構造等の条件によって、地下水の賦存・流動が規定される。
また「降水・蒸発散の状況」は、地下水等の流動を考える上での出発点であると同時に、水循環の重要な特徴の一つである季節変動を左右する条件であり、いわゆる「豊水期」「渇水期」を考慮する上で不可欠な情報でもある2-25)。
以上のように、「地形・地質」や「降水・蒸発散の状況」は、地下水等に関わる調査・予測・評価を通じて重要な情報であり、十分な検討が必要である。

注)ここでは地下に存在する地下水の状態を賦存という言葉で表す。

図2-1-7 地形の五大区分とその特徴

 

表2-1-2 地形区分毎の水理地質特性と地下水等の賦存・流動を考慮する際の留意点

地形区分 水理地質の特性 地下水等の賦存・流動を考慮する際の留意点
火 山
  • 比較的堅硬な火山砕屑岩類と軟質~未固結の火砕流堆積物等が不規則
  • 不均質に互層する場合が多い。
  • 全体に透水性が良好で、表流水に乏しく、地下水位も低いことが多い。
  • 山麓末端部等に、大量の被圧地下水の湧泉がみられることが多い。
  • 山体の透水性が良好な場合、水循環系の境界は地形的分水界に一致しない。
  • 火砕流堆積物に埋没された旧地形に従って、地下水が流動する場合がある。
  • 山麓末端の湧泉の集水域に留意が必要である。
山 地
  • 相対的に硬質な岩盤が主体で、断層破砕帯や亀裂等に沿って流動する深層地下水が主体。
  • その他、表層の崩積土層や風化帯中の浅層地下水や土壌水も水循環の要素を構成する。
  • 深層地下水の流動は、断層や亀裂分布等の地質構造に支配され、水循環系の境界が必ずしも地形的分水界に一致しない。
  • 特に、火山岩地域や石灰岩地域では、構造的要因により地下水流動が規定される。
  • 浅層地下水や表流水と深層地下水との関係は、地質構造や土被り等の位置関係によって多様である。
丘 陵
  • 新第三紀~第四紀の未固結堆積層主体で、地下水流動は地層の透水性や分布に規定される。
  • 地下水は、地表浸透や表流水による供給が主体で、残積土層が重要な帯水層として機能する。
  • 縁辺部では、隣接する山地や台地・低地の地下水と連続する場合がある。
  • 火山性丘陵では、比較的硬質な火山岩類と未固結の火山灰等が雑多に堆積する環境にあることが多く、地下水の賦存・流動形態が複雑である場合が多い。
台 地
  • 第四紀~新第三紀の未固結堆積層主体で、周囲を崖で囲まれたブロック状を呈する。
  • 地下水は、主に台地面上への降水によって供給され、周囲とは独立する。
  • 台地内の地下水流動は、地層分布やその透水性に規定される。
  • 一般に地下水面は低いが、台地末端の崖線部では、湧水としての流出がみられる場合がある。
  • 山地や丘陵との境界付近では、山地・丘陵からの地下水供給も考慮する必要がある。
  • 地下水流動は、地表地形や帯水層分布だけでなく、難透水性基盤の上面形状によっても左右される。
  • 難透水性基盤の分布深度によっては、低地部の地下水と連続する場合もある。
  • 不連続な難透水層の分布により、局所的な宙水が発生し、下位の地下水とは異なる挙動を示す場合がある。
(扇状地)
  • 主に山間河川から供給された堆積物によって構成され、側方変化が顕著。
  • 扇頂部や扇央部では地下水位が低く、 河川は伏流する。逆に扇端部では地下水位は高く、被圧地下水の湧出もみられる。
  • 地下水は、山間河川と密接な関係にある。
  • 特に扇頂~扇央部では伏流水として旧河道を地下水谷状をなして流動する。
低 地
  • 主に沖積層(一部洪積層)を流動する不圧・被圧地下水が主体。
  • 地表浸透や表流水の伏流・浸透が地下水供給の主体となっている。
  • 河川沿いでは、自然堤防や旧河道等の微地形区分毎に地層性状が異なり、地下水流動を規定する要因となる。
  • 市街地等として発展している場合が多く、既存の地下水利用や土地利用形態の変遷により、水循環系に変化が生じている場合がある。
  • 地形的分水界が不明瞭なため、水循環系の区分も不明瞭である。
  • 河川沿いでは、旧河道に沿った地下水流動に留意が必要である。
  • 地下水位変化等の一次的影響の他、地盤沈下や地表変形等の二次的影響について特に留意が必要である。
  • 既に生じている水循環系への変化と、事業の影響との関係にも留意が必要である。
  • 沿岸部においては、水循環系における流入・流出のバランス変化に起因して、塩水浸入が発生する場合がある。


【留意事項】

・2-25) 地域による降水・蒸発散の状況

降水や蒸発散の状況は、太平洋側・日本海側・内陸部あるいは東北日本・西南日本等、対象地域の気象特性により異なる。

降水の状況については、気象庁や国土交通省、都道府県等の観測データが公表されており、入手が可能であるが、地形効果や高度特性を考慮するとともに、積雪地域では積雪量の取り扱いについても留意が必要である。

一方、蒸発散の状況については、実測資料は非常に少なく、ソーンスウェイト法やペンマン法により可能蒸発散量(十分に水を供給した芝地から失われる蒸発散量)を求める必要がある。ただし、可能蒸発散量は実蒸発散量よりも大きな値となることや、手法による特性に注意が必要である。

図2-1-8 地域による蒸発散と実効雨量の違いの例

実効雨量 : (降水量)-(可能蒸発散量) により求めた

[2]地下水の区分 -不圧地下水と被圧地下水-
地下水は、その水圧と大気圧との関係から、「被圧地下水」・「不圧地下水」の2つに区分される(図2-1-9参照)。

山本(1986)

図2-1-9 被圧地下水と不圧地下水の模式的概念図

  「被圧地下水」は、難透水層や不透水層からなる加圧層の下位に存在し、大気圧よりも高い圧力を有する。例えば、その水頭注)が地表面より高い箇所で井戸の掘削を行なうと、いわゆる「自噴井」となる。
  一方「不圧地下水」の場合は、地表面との間に加圧層は存在せず、基本的に大気圧と平衡な状態にある。
  ただし、これら2種の地下水は、必ずしも各々が独立し明瞭な線引きが出来るものではないことにも留意が必要である。例えば、図2-1-9に示される被圧地下水も、その涵養域(図の左端付近)においては不圧地下水として大気圧と平衡な状態にあり、被圧地下水との境界は地下水への供給量の変化に伴って同様に変化する。
  地下水等の環境影響評価との関わりでいえば、例えば涵養域における造成事業等によって地下水への供給量の減少が想定される場合など、従来は被圧地下水であったものが不圧地下水に変化し(「被圧地下水の不圧化」)、地下水利用に対する影響等が発生する可能性があることに留意が必要である。

注)「水頭」
  ある地点において、静水圧に支えられた水柱の高さ。

[3]地下水等の変動
  地下水等をはじめとした水循環系の各構成要素は様々な変動を伴うので、調査・予測・評価の各段階を通じて、その変動の特徴や変動幅等を十分理解する必要がある。
 地下水位の変化については、日変動や季節変動、経年変動が考えられる。ただし、地下水の区分や対象地域の特性(降雨の状況、被覆形態、地質条件 等)、周辺の水利用状況等によって、その変動の特徴が多様であることに留意が必要である。
例えば、図2-1-10に示す不圧地下水の場合には、地域によって季節変動の量や形態が大きく異なる場合が多い一方、経年的な変動はあまり認められない。
これに対して図2-1-11、図2-1-12に示す被圧地下水の場合では、周辺における地下水利用(揚水)に密接な関係を持った変動を示し、場合によっては1mを上回る顕著な日変動が認められる場合がある。また、地盤沈下抑制のための地下水揚水規制に起因した10年~20年以上オーダーの経年的な水位変動が認められる場合もあるので、あわせて注意が必要である2-26)。
さらに、これら変動のどの時点を予測対象にするかは、評価の対象によってそれぞれ異なることを、十分に考慮する必要がある。
例えば水位低下に伴う水利用への影響を取り扱う場合には、季節変動の中で地下水位が最も低くなる時期を予測時期に選ぶ必要があるが、逆に既設構造物等に対する影響、特に地下水位上昇に伴う影響を取り扱う際には、地下水位が最も高くなる時期について予測を行なう必要がある。
不圧地下水位は、図2-1-10に示すとおり、降水の多少に関係した季節変動を示すが、地点によってその変動幅や変化パターンは多様である。従って、調査・予測の対象地域や地点における変動特性を十分に把握した上で調査・予測にのぞむ必要がある。
なお、後述する被圧地下水の場合とは異なり、年降水量の多少に起因した若干の相違や土地の被覆形態・利用状況の変化に起因した変動を除き、長期的な水位変化がみられることは少ない。


図2-1-10 不圧地下水位の季節変動例(東京都多摩地区)

図2-1-11 被圧地下水位の短期的な変動例


 被圧地下水の場合、図2-1-11に示すような短期的変動が認められる場合があり、その日変動は0.5~1.0m以上に達する場合がある。また、近隣に複数の揚水井戸が存在する場合には図2-1-11の左図のような不規則な変動を示し、1時間に最大0.5mに達する変動を示す場合もある。一方、単一の揚水井戸の影響を受ける場合には、図2-1-11の右図のようにその変動は比較的規則的である。



川島眞一(2001)

図2-1-12 東京都における被圧地下水位(月平均水位)の経年変動例

被圧地下水の場合、図2-1-12や図2-1-14に示すような、長期的な経年変動を示す場合がある。この原因は多くの場合、地下水揚水量の変化に伴うものと考えられる。

【留意事項】
  • 2-26) 地盤沈下地域における地下水変動
    地下水の揚水過剰に起因する地盤沈下は、第四系分布域の多くで発生しているが、最近の揚水規制によって、沈静化あるいは回復傾向のみられる場合も多い。
    このような地域においては、10~20年以上のオーダーにわたる経年的な水位変動傾向が認められる場合がある

    環境庁水質保全局(2001)

図2-1-13 全国の地盤沈下の状況(平成11年度)

 

  埼玉県(2000)

図2-1-14 埼玉県越谷市における地下水揚水量・地下水位・地盤沈下の相関

 

2)地下水等の環境影響評価の手法
   (1)地域特性の把握
地域特性の把握のための調査は、対象地域の地域・環境特性を把握し、適切な環境影響評価のための調査・予測・評価の項目と手法を決定するための基礎資料として整理する、極めて重要な調査である。
特に地下水等に係る環境影響評価では、地表水や地下水等を包括した調査・予測・評価が必要となるので、従来の環境影響評価事例の範囲にとどまることなく、土木・建設分野における調査事例も視野に入れた、総合的・網羅的な資料収集や整理等を行なう必要がある。
調査は、対象地域に関係のある項目を対象に、基本的には既存資料(各種文献、既往調査結果 等)の収集・整理及び現地踏査2-27)により行い、必要に応じて有識者等へのヒアリングを行う。また、環境影響評価の実施段階においても、必要に応じてフィードバックさせることも考慮すべきである。
地域特性の把握において対象とする項目としては、表2-1-3に示すような項目が想定される。

表2-1-3 地下水等における地域特性把握の項目

項   目

内    容
自然的状況 地下水の状況 地下水の種別、水位・水量、集水域、水質 等

 (地下水の賦存・流動状況)

河川等の状況 流量、水質、取水状況、増減状況 等
土壌・地盤の状況 植生、被覆条件、浸透能 等
地形・地質の状況 地形・地質区分、水理地質特性、植生を含めた流域特性 等
降水・蒸発散の状況 降水量、気温、蒸発散量 等
その他 水循環と相互に関連する項目(動植物、生態系の状況、人と自然の触れ合いの活動の状況 等)
社会的状況 人口・産業の状況 特に地下水への影響を及ぼす産業 等
土地利用の状況 植生・被覆形態と関わる土地の利用形態 等
地下水の利用状況 生活用水、農業用水、工業用水 等
影響を受けやすい施設等の状況 既設水源井戸 等
法令・基準の状況 地下水等に係わる各種の法令・基準 等
その他 水循環に影響を与えている様々な人為的要因(既設地下構造物等) 等

 

 また、地域特性の把握の範囲は、「対象事業の実施により環境の状態が一定程度以上変化する範囲を含む地域又は環境が直接改変を受ける範囲及びその周辺区域」(基本的事項)とされているが、ここで言う「変化・改変を受ける範囲」は、環境影響評価の項目毎に大きく異なる場合がある。
  以上のことから、地域特性把握の調査の項目や範囲を設定する際には、各項目毎の内容を十分に考慮し、想定される変化の程度に従って、調査項目や範囲、期間等にメリハリをつけるなど柔軟な対応が必要である。また、調査の途中段階においても随時、調査結果の吟味を行ない、調査範囲や項目・手法の見直しを行なうことも必要である。

【留意事項】

  • 2-27) 地域特性の把握における

現地踏査現地踏査は、既存資料の収集整理で得られた、地域情報の確認・修正と不足事項の補完を行なうとともに、対象地域の環境の質や地域特性についてのイメージをつかむ上で重要な調査であり、十分な経験を有する技術者が、環境影響評価の項目や調査・予測・評価手法についてのイメージを持った上で臨む必要がある。

また、特に地下水等を対象とする場合、他の環境構成要素に比べ、既存資料調査で地域特性の概要を把握することが困難な場合が多いので、必要に応じて水文地質調査等の詳細な現地調査を実施することも考慮する必要がある。

(2)環境影響評価項目の選定
環境影響評価項目は、対象事業の事業特性から抽出された影響要因と、事業実施区域及びその周辺の地域特性から抽出された環境要素との関係に基づき設定する。
事業に伴う一般的な影響要因としては、工事の実施においては掘削や揚水・排水等の行為、また存在・供用段階においては、施設の供用に伴う人為的な揚水等の行為の他、各種構造物等の存在そのものが挙げられる。
   例えば、道路・鉄道やダム・河川、その他開発事業における影響要因と周辺地下水への影響の例としては、表2-1-4に示すものが考えられる。
   また、これら事業の工事実施段階において、地下水の挙動に影響を与える可能性のある工事内容について、一般的な例を表2-1-5に示す。
ただし、水循環系に対する影響を考えていく上では、これらの影響要因が水循環系においてどのような「場」で生じるのかによって、影響の現われ方が多様であることを常に考慮しておく必要がある2-28)。
なお、主務省令で定められた標準項目は、対象となる事業毎に標準的な事業内容について実施すべき項目を定めたものであり、事業特性や地域特性は個々の事業で異なるため、常に項目の追加・削除の必要が生じることに留意する必要がある。


表2-1-4 各事業における影響要因と周辺地下水への影響の例

事業区分 影響要因 周辺地下水への影響
道路・鉄道 工事の実 施 掘削工事、トンネル掘削、掘割工事等 地下水の排水による水位低下

地中連続壁等による水位の上昇・低下

存在及び供用 トンネル、掘割道路、盛土等 トンネル湧水等による水位低下

地下水流動の遮断による水位上昇・低下

ダム・河川 工事の実 施 掘削工事、排水工事等 地下水排水による地下水位低下

堰止による地下水位の上昇・低下

存在及び供用 ダム、堰、放水路 提体上流域の地下水位上昇・提体下流域の地下水位低下

流量変化による水循環の変化

地下水温の変化

その他の

開発事業注)

工事の実 施 掘削工事、排水工事等 地下水の排水による水位低下

地中連続壁等による水位の上昇・低下

存在及び供用 土地被覆変化 大規模な地形変形による地下水流動や水質の変化

地下水涵養量の変化による水循環の変化

   注) 飛行場、埋立て、干拓、廃棄物最終処分場、土地区画整理、住宅市街地開発、工業団地、新都市整備、流通業務基盤整備、流通業務団 地 造成事業等
  (社)環境情報科学センター(1999)を一部改変

 

表2-1-5 地下水挙動に影響を与える可能性のある工事内容の例

種  別 工   種
土  工 掘削(床掘)工、盛土(埋戻)工
杭打工・引抜工 打撃工・振動工
基   礎   工 場所杭打工
ト  ン  ネ ル  工

橋  梁 下 部 工

圧気ケーソン工、圧気シールド工
仮  設   工 水替工、遮水性山留め工、地中連続壁等、仮締切り工、中間杭、棚杭
地 盤 改 良 工 載荷工、排水工、薬液注入工、締固め工、地下水位低下工
ア ン  カ  ー  工 グランドアンカー
地   盤  調   査 地質調査(ボーリング)
(社)環境情報科学センター(1999)を一部改変

 

【留意事項】

  • 2-28) 水循環系に生じる可能性がある影響の多様性

事業による影響要因が水循環系に与える影響は、工事の実施や施設の供用に起因する地下水位や水質の変化だけではなく、施設の存在に起因した地下水流動の阻害や流動形態の変化、地表の被覆形態の変化に伴って引き起こされる涵養域と流出域のバランスの変化等、多岐にわたる。

従って、水循環を一つの系として捉えた上で、想定される影響要因が水循環系のどのような 「場」 に作用するのかを常に考慮した上で、その変化が予測される「環境要素」の整理を行なうことが必要である。

また、事業による影響要因によって直接引き起こされる影響だけではなく、連鎖的に引き起こされる影響についても留意する必要がある。

・集水範囲での影響:地山地下水位の低下・上昇、流量・湧水量の減少・増加 等

・下流側での影響:集水範囲での変化がもたらす影響。トンネル集水範囲の下流側に分布する地域への供給量減少による水位低下やトンネル湧水や掘削ズリに含まれる自然由来物質(ヒ素、硫化物等)の流出による水質悪化、地盤沈下、地表変位 等

例えば、トンネル掘削による地下水等への影響を考慮する場合、図2-1-15に示すような概念に基づいて、環境要素の整理を行なう必要がある。

図2-1-15 トンネル掘削による地下水等への影響可能性の概念図

(3)調査地域の設定
水循環についての詳細な情報を、資料調査及び現地調査で把握する範囲は事業実施区域とその周辺部とする。対象事業の特性や地域特性を踏まえた上で、その影響要因や影響が生じる可能性のある環境要素を特定し、影響が及ぶ可能性のある範囲を中心にして設定することになるが、直線的距離で一律に範囲を設定するのではなく、地表水や地下水の流域等を考慮に入れた上で範囲を設定する必要がある2-29)。
水循環の諸要素は、他の環境影響評価項目、例えば「生態系」等とも密接な関わりがあることから、それらとのつながりも考慮に入れた視点で調査地域を設定することが必要である。
また、事業による影響がほとんど及ばないと推定される範囲についても、特に事後調査における比較対照としての地域として捉え、必要と考えられる場合には調査範囲に含めることが望まれる。
表2-1-6に、地下掘削工事に伴う調査範囲の1例を示した。また、山岳トンネルの掘削に伴う調査範囲として「ルートの片側500m以内に流域が重なる範囲を対象とする」という例がある(図2-1-16参照)。

【留意事項】
  • 2-29) 調査範囲

地表水や地下水の流域を考慮する際には、地形・地質条件によって地下水流動や地表水・地下水の流出特性が規定されること、谷次数によっても地表水・地下水の流出特性が異なること等に留意が必要である。

表2-1-6 地下掘削工事に伴う地下水調査範囲の例

調査区域

 

地層

精査区域(m) 概査区域(m)
関東ローム層相当の地層 100~150以内 200~300以内
 砂 礫 層 相 当 の 地 層 150~300以内 300~500以内

注 1:区域は掘削現場外縁からの距離
  2:精査区域:全ての既設井戸の水位測定と水質検査を実施
  3:概査区域:解放井戸の水位測定、必要に応じて水質検査を行う
東京都建設局(1997)

(4)地下水等の調査
   [1]調査項目の検討
調査項目は、環境影響評価項目の選定における検討内容を踏まえ、事業による影響要因が環境要素にどのよう作用するかを予測・評価できるよう選定する必要がある2-30)。

【留意事項】

  • 2-30) 調査項目選定にあたっての留意点

地下水等に係わる環境影響評価においては、水循環を構成する地表水、地下水、土壌水等の各要素がそれぞれ独立したものではなく、一つの系の中で互いに密接な関係をもっていることに留意して、調査対象・調査項目を選定する必要があり、対象地域周辺に以下のような地域がある場合などは、特に留意が必要である。

・生活用水や農業用水等、水源としての地下水利用がある地域

・自然環境や景観上、保全すべき湖沼・湿地がある地域

・歴史的あるいは文化的に重要な湧水・井戸が分布する地域

・工業用水法や建築物用地下水の採取の規定に関する法律あるいは地方自治体の公害防止条例等に規定する、地下水に係わる指定地域

・現時点で、地下水位の変化等による影響が生じている地域 等

[2]調査手法の考え方
  (ア)地表水
 地表水は、水循環系を構成する要素の一つであり、事業による水循環系の変化を予測・評価する場合には、必要不可欠な調査対象の一 つである。
 その調査項目としては、流量、水質等が挙げられ、その概要は以下に示すとおりであるが、詳細については、予測・評価の方向性も考慮に入れた上で決定する必要がある。
   (a)地表水の流量調査
 地下水とともに水循環系を構成する一つの要素であることから、事業の影響要因との関係にこだわらず、調査地域の全域をカバーするようなかたちで調査を実施することが望ましい。
 調査地点は、流域毎に最低1地点以上を設定し、地形・地質条件や地下水状況、事業による地形変化等の影響が発生する箇所との距離等から、必要に応じて複数の小流域に分けて調査地点を設定することも考慮する。
 調査頻度は、季節変動が予想されることから、最低でも年2~4回程度の調査を行ない、変動の「幅」を含めた把握ができように留意する必要がある2-31)。

【留意事項】

  • 2-31) 調査頻度の設定

水循環系を構成する各要素(地表水、地下水、土壌水)は、いずれも降水と密接な関係にあるため、季節的な変動を伴うことが予想される。

予測・評価の段階では、この変動幅を考慮した上で検討を行なう必要があるので、調査段階では、対象要素の変動幅を適切に把握できるように留意して調査頻度や実施時期を決定することが重要である。

一般には、年間の降水傾向から推定される豊水期・渇水期を基準として調査時期を選定するが、特に地下水との関係においては、降雨直後の増水時を避けた調査の実施が望まれる。また、対象事業の種類や検討内容によって必要となるデータが異なることにも留意すべきである。

例えば、予測段階で数値解析を行なうような場合には、より詳細なデータが必要となるので、代表地点における自記記録計等を用いた連続測定等も考慮すべきである。

  (b)地表水の水質調査
 地下水の水質のうち、事業による水質の変化という観点は「1-1 水質・底質」で示したとおりであり、ここでは地下水を含めた水循環系、特に流動系統の把握という観点から、主要溶存成分等を対象とした調査について示す2-33)。
 調査地点を選定する際には、流量調査地点と同様、地形・地質条件や地下水状況等も考慮に入れる必要がある。
 また、調査時期は、降雨による直接的影響を避けて設定する必要がある。
(イ)地下水
 地下水の調査項目としては、地下水位(湧水量)、水質が挙げられ、その概要は下記に示すとおりであるが、詳細については、予測・評価の方向性を考慮に入れた上で決定する必要がある。
  (a)地下水の水位(湧水量)調査
 調査地点は、一般に地下水が地表面に現れる湧水箇所や既設の井戸・観測井に限定されることが多いが、その分布や密度を十分に吟味し  、場合によっては、機械ボーリング等によって観測井を新設することも必要である2-32)。
 調査頻度は、地表水の流量調査と同様に、季節変動の「幅」を把握できるように設定する必要があり、予測段階での手法も考慮して、場合によっては代表地点における自記記録計等を用いた連続測定等も考慮すべきである。

【留意事項】

  • 2-32) 地下水調査地点の分布や密度

地下水調査の実施地点を設定する際には、周辺の地形・地質条件に留意し、予測・評価の対象となる地下水の性状や流動方向、変動状況等を適切に把握できる箇所を選定する必要がある。

特に地下水の場合、深度方向にも複数の帯水層が存在し、それぞれが異なった地下水流動系を構成する場合も多いことから、事業との関係も考慮に入れた上で、各々の地下水流動系を代表できるような調査地点を設定する必要がある。

(b)地下水の水質調査
地下水の水質は、事業による水質の変化という観点と、水循環系、特に流動系統の把握という観点との2点から把握する必要がある。
水質変化の観点からは、対象となる地下水の利用状況や生態系との関わりを考慮し、調査の対象とする項目を選定する。なお、地下水の水質にも季節変動が予想されるため、表流水の流量や地下水位(湧水量)の調査と同様、変動幅を把握できるような頻度・時期を設定する必要がある。
流動系統把握の観点からは、主要溶存成分等を対象とした調査を主体として実施する2-33)。調査地点の選定にあたっては、表流水の場合と同様、地形・地質条件や地下水状況等も考慮に入れる必要がある。また、調査時期は、降雨による直接的影響を避けて設定する必要がある。

【留意事項】

  • 2-33) 地下水流動系統把握のための水質調査

地下水や地表水の溶存成分は、地下水の賦存状態やその起源、流動系統と密接な関係を持っているので、その特徴を把握することで、地下水の賦存・流動系統を推定するための一つの情報を得ることができる。

一般には、通常の地下水や地表水の主要溶存成分(Na+、K+、Ca2+、Mg2+、SO42-、HCO3-、Cl-、NO3-)を対象に実施し、それらの溶存成分量の特徴をもとに流動系統の推定を行なうことが多い。この他、トリチウムや2H、18O、15N等の同位体を対象に実施する場合もある。

(5)影響予測
[1]影響予測の基本的考え方
地下水等の影響予測は、事業特性や地域特性に基づく影響要因と環境要素の内容に応じて行なうが、事業による影響要因が水循環の「系」に対してどのように作用するかをまず念頭におき、その上で個別の環境要素に対する詳細な影響の検討を進めていく必要がある。
なお、水循環系に変化が生じるまでの時間は、対象の事業規模や取り扱う水循環系の規模、予測の対象とする時期等によって多様であるため、これらの時間的・空間的スケールも考慮に入れて、予測時期や期間を設定する必要がある2-34)。
また、予測手法の選定に際しては、上述したような時間的・空間的スケールに留意する他、予測手法の特性、特に得られる結果の精度等に留意する必要がある2-35)。
この他、水循環を構成する各要素については環境基準等の基準、目標が設定されていない場合が多く、個別の事例に対して類似事例を参考にしたり、水利用に対する影響を一つの指標とする等により評価を行なう場合もあることから、影響予測の段階においても、これを考慮した柔軟な対応が必要である。
また、有害化学物質については、通常は事業による地下水等への排出は想定されないが、事業特性や地域特性をふまえ、事業の実施による有害物質による汚染の発生の可能性について検討する必要がある。

【留意事項】

  • 2-34) バックグラウンド値の変動と予測対象時期

地下水等をはじめとした水循環の構成要素は、降水の影響等の自然的要因あるいは人為的要因による季節変動や経年変動等を伴う。

従って、影響予測を行なう上では、バックグラウンド値にこれらの変動の幅を見込むとともに、予測時期(季節、年次 等)との関係も把握しておく必要がある。

  • 2-35) 影響の予測手法と

予測精度予測手法の選定にあたっては、下記に示すような各手法の特性に留意する必要がある。

・各々の予測手法により、得られる予測結果の不確実性はそれぞれ異なる。

・周辺地域等における類似事例を参照する場合、対象地域の特性との共通点や相違点を明らかにしておく必要がある。

・特に数値解析等による定量的予測を行なう場合、初期設定条件の精度によって予測結果が大きく左右されることに留意し、これらの関係を明確にしておく必要がある。

[2]予測手法の考え方
地下水等に係わる影響予測の手法としては以下のものが挙げられるが、前述したとおり、各々の手法に必要となる諸条件や得られる結果の精度、適用条件等は様々であることに、十分な注意が必要である。
また、予測手法毎の精度や結果の不確実性に留意すると同時に、ある予測手法を適用するだけの必要性の有無も考慮し、適切な手法を選択するように心がけるべきである。
・既往の類似事例等による定性的な予測
・経験式による予測
・水理公式による簡易計算
・タンクモデル等による流出解析
・地下水シミュレーション等による流動、水収支、物質移動等の解析
・モデル実験
[3]予測地域の考え方
予測地域は、対象事業による地形変化等による影響の及ぶ範囲を対象とするとともに、影響の程度・内容や対象の特性に応じて周辺地域を含めるなど、その影響を十分に包含する範囲を設定する。
特に、地下水等に係わる予測を行なう場合には、一連の水循環系における地表水や地下水等の状態を把握しておくことが必要となるため、地形的分水界だけでなく地下水の集水域にも留意して、予測地域を設定する必要がある2-36)。
また、対象とする流動系のスケールや水循環系における「場」の位置づけも考慮する必要がある2-37)。

【留意事項】

  • 2-36) 地形的分水界と水循環系の境界

地形・地質条件によっては、水循環系の境界が必ずしも地形的分水界に一致しない場合がある。

従って予測地域を設定する際には、対象地域の地形・地質特性に十分留意する必要があり、場合によっては、水収支計算等の手法によって地下水の集水域等を推定することも考慮する必要がある。

  • 2-37) 水循環系における「場」を考慮した予測

地域の設定地域特性把握の調査範囲設定において前述したように、対象事業による影響は、水循環系において様々な方面へ及ぶ可能性があることに留意する必要がある。

例えば、涵養域における開発事業で地下水流動が変化するような場合には、その影響は流出域の地下水の低下等にも影響を及ぼす可能性があるので、予測地域はこれらの両方を包含するような形で設定する必要がある。

[4]予測時期の考え方
事業による影響は、工事の実施段階と供用段階では影響要因の特性が異なるため、原則として工事中と供用後に分けて予測を行なう。
ただし、水循環系に生じる影響は必ずしも瞬時に発生するわけではなく、対象となる事業の特性や取り扱う水循環系のスケールによって、地下水位変化等の具体的な影響が発生するまでの時間は様々であること2-38)、工事中と同種の影響要因が供用後にも継続する場合があること2-39)、また、水循環系を構成する諸要素は降水量の多少等に起因した季節的変動を伴うため、その変動の幅と時期を念頭においた上で、バックグラウンド値を設定して予測を行なう必要があることに留意が必要である。

【留意事項】

  • 2-38) 水循環系に生じる影響発生までの時間差

例えば、地表地形改変に伴う水循環系への影響を予測するような場合、周辺地下水への供給量の減少によって、地下水位変化等の影響発生が想定されるが、その影響は改変の直後に発生する訳ではなく、ある時間経過の後に具現すると考えられる。

また、地下水流動系の下流側に対しても、地下水供給量減少の影響が波及する可能性があるが、これについてはさらに長期の時間経過が必要と考えられる。

  • 2-39) 影響要因の継続性

例えば、線状地下構造物の建設事業において、工事段階では地下水対策工等による地下水流動阻害が想定されるが、この影響は、供用段階においては地下構造物の存在に起因する地下水流動阻害として継続し、その両者を区別することは困難である。

このような場合には、工事段階~供用段階の影響要因を一連のものとして捉え、合わせて影響の予測評価を行なうことも考慮すべきであろう。


(ア)工事中
工事の全体計画に基づき、工事量や工事位置の変化を把握した上で、掘削や揚水等の影響要因の規模が最大となる時点について予測を行なう。
ただし、工事内容によって影響発生までの時間が異なり、場合によって実施時期の異なる工事の影響要因が複合する可能性も考えられることに注意が必要である。
また、工事実施時期や影響発生時期と季節変動との兼ね合いによっても、発生する影響の程度が異なる可能性があることにも留意が必要である。
(イ)供用後
供用後については、事業の供用後に地下水等への影響が定常状態になるまでには一定の時間経過を有すること、工事中の地下水等への影響が供用後にも残存する可能性があることに留意して、予測時期を設定する必要がある2-40)。
なお、対象事業以外の影響要因によっても水循環系に変化が生じる可能性がある場合には、これも考慮に入れて予測時期を設定する必要がある。

【留意事項】

・2-40) 工事の実施による影響が長期にわたる場合の影響予測時期

例えば、トンネル掘削に伴う地下水への影響は、掘削工の実施から数ヶ月~1年程度のオーダーの時間経過を経て平衡状態に達し、トンネルの存在及び供用に伴う影響へと移行すると考えられる。

このように、行為の実施から影響の発生まで長年月を要する場合があることに留意し、影響予測時期を設定する必要がある。


(6)評価の考え方
環境影響評価法における評価の考え方は、大きく以下のア、イの2種類あり、これらのうちアの視点からの評価は必ず行う必要があり、またイに示される基準又は目標等のある場合には、イの視点からの評価についても必ず行う必要がある。
ア、イの評価を行う場合には,イの基準値との整合が図られた上でさらにアの回避・低減の措置が十分であることが求められる。

ア 環境影響の回避・低減に係る評価

 建造物の構造・配置の有り方、環境保全設備、工事の方法等を含む幅広い環境保全対策を対象として、複数の案を時系列に沿って若しくは並行的に比較検討すること、実行可能なより良い技術が取り入れられているか否かについて検討すること等の方法により、対象事業の実施により選定項目に係る環境要素に及ぶおそれのある影響が、回避され、又は低減されているか否かについて評価されるものとすること。

なお、これらの評価は、事業者により実行可能な範囲で行われるものとすること。

イ 国又は地方公共団体の環境保全施策との整合に係る検討

評価を行うに当たって、環境基準、環境基本計画その他の国又は地方公共団体による環境の保全の観点からの施策によって、選定項目に係る環境要素に関する基準又は目標が示されている場合は、当該基準値等の達成状況、環境基本計画等の目標または計画の内容等と調査及び予測の結果との整合性が図られているか否かについて検討されるものとすること。

ウ その他の留意事項

評価に当たって事業者以外が行う環境保全措置等の効果を見込む場合には、当該措置等の内容を明らかにできるように整理されるものとすること。

  (基本的事項 第二項五(3))

地下水等に係る環境要素のうち、環境基準等の基準・目標値が設定されている地下水の項目については 上記ア、イの評価を併用することになる。
基準値が存在しない要素については、イを除いたアの評価を行なうこととなる。また、各環境要素が相互に関連し合う「水循環」についても、同様にアの評価が求められる。
アの視点に立った評価を行なうためには、複数の環境保全措置を比較評価することが必要となる場合があることを念頭においた上で、調査・予測・評価手法を選定する必要がある。
  [1]回避・低減に係る評価
回避・低減に係わる評価は、事業者による環境影響の回避・低減への努力や配慮について評価するものであり、環境影響評価法の基本的事項ではその例として「複数の案を時系列に沿って若しくは並行的に比較検討する」方法や、「実行可能なより良い技術が取り入れられているか否かについて検討する2-41)」方法が挙げられている。
地下水等に係る環境影響評価においては、事業による影響が様々な環境要素に及ぶ可能性があることから、地下水位や地下水質の変化を最低限に抑えるなど、現況における各構成要素の状態をできるだけ変化させないという観点から評価する方法も考えられる2-42)。
なお、回避・低減に係わる評価において最も留意すべきこととして、現状において環境基準等を達成していない、あるいは地盤沈下や地下水障害等が発生している場合等が挙げられる。このようなケースにおいては、基準の未達成や障害等の事項の内容を明らかにするとともに、それらの状況を悪化させないような回避・低減措置が考慮されているかどうかについて検討し、評価を行なう。
また、地下水等に関する有害化学物質の排出の可能性が想定される事業の場合は、環境中へ排出しないような環境保全対策をとることが前提となるが、その措置に関して実行可能なより良い技術が取り入れられているか否かといった観点からの検討が重要となる。

【留意事項】

  • 2-41) 実行可能なより良い技術が取り入れられているか否かの検討

導入可能な技術にはどのようなものがあるのかを具体的に示すとともに、その効果を可能な限り定量的に示すとともに、対象事業ではどれを採用するのかを明らかにする。

なお、採用できなかった技術がある場合には、なぜ採用できなかったのかについて、理由を明示することも必要である。

  • 2-42) 現況との比較による評価

水循環を構成する各要素の場合、標準的な基準値等の設定がないことから、一つの選択肢として「現況からの変化を最小限にとどめ、評価対象に対する問題を発生させない」という視点に立った評価を行なうことが考えられる。

[2]基準又は目標との整合に係る評価
地下水等に係る環境要素のうち、地下水質については環境基準等の基準・目標が設定されている。ただし、これらの基準・目標は、重金属や揮発性有機塩素系化合物を中心としたものであることが多く、環境影響評価において対象とする環境要素と必ずしも一致するわけではない。さらに、現状で基準・目標が達成されていない地域での事業において、事業者の実施する範囲での環境保全措置によって基準・目標を達成することは一般に困難であると予想される。
従って、既に基準・目標が達成されていない地域における評価に際しては、まず、基準・目標との整合性が図れないこととその内容を明らかにし、それを踏まえた上で「[1] 回避・低減に係る評価」を実施していくことが必要である。
[3]その他留意事項
事業者以外が行う環境保全措置の効果を見込む場合においては、事業計画と事業者以外の者が実施する対策等の内容・効果・実施時期がよく整合していることや、これらの対策の予算措置等の具体化の目途が立っていることを客観的資料に基づき明らかにする必要がある。
1-2 地下水等
1)地下水等の環境影響評価の基本的な考え方
  (1)地下水等の特徴
  (2)調査・予測・評価のあり方 
  (3)地下水等と他の環境影響評価項目との関係
  (4)地下水等の地域環境特性と変動
2)地下水等の環境影響評価の手法
  (1)地域特性の把握
  (2)環境影響評価項目の選定
  (3)調査地域の設定
  (4)地下水等の調査
  (5)影響予測
  (6)評価の考え方

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