大気・水・環境負荷分野の環境影響評価技術検討会中間報告書
大気・水・環境負荷分野の環境影響評価技術(II)<環境影響評価の進め方>(平成13年9月)

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第2章 水環境の環境影響評価の進め方

1)環境影響評価における水環境の捉え方と水循環の視点

(1)水環境の捉え方

水環境は、水質や水量等、水に関わる重要な環境要素によって構成される環境の状態を表したものである。
従来の環境影響評価では、人為的な濁りの発生や汚水の流入、地形変化等による影響について、河川や湖沼、海域、地下水といった区分で、水質や底質の変化を状態量の変化としてとらえ、人の健康の保護や生活環境の保全の観点から取り扱うことが多かった。
しかし、水は蒸発、浸透、貯留、流下、海洋への流入等というように環境中を循環しており、水環境を考える際には、水の循環とその循環過程における物質の挙動に注目して考えることが重要である。
環境影響評価を行うにあたっても、従来のように循環系のある一点を捉えた考え方では、適切に水環境への影響を把握できないこともあることに留意する必要がある。
   (2)水循環の視点
[1]水循環の機能と問題
現在の水循環は、人手が加えられていない自然の水循環に、古来より水田耕作、水害防止、生活用水等のために様々な工夫を加えつつ、人間が長い時間をかけて作り上げてきたものである。水循環という概念は、このような自然及び人手の加わった水の動き全体を「流れ」としての面から着目したものである(図2-1参照)。
このような水の循環は、以下に示すような重要な機能をもっている。
<水循環の環境保全上の機能>

しかし、一方では都市への急激な人口・産業の集中と都市域の拡大、産業構造の変化、過疎化・高齢化・少子化の進行、近年の気象の変化等を背景として、水循環が急激に変化し、それに伴い、以下のような問題が生じている。
<水循環の問題>

  国土庁水資源基本問題研究会(1998)
図2-1 水循環の概念図


[2]水環境の環境影響評価の考え方
これまでの環境影響評価は、河川や湖沼、海域、地下水といった限られた「場」における質や量を対象に行われることが多かった。
しかし、前述のとおり、水循環の変化による環境の問題が生じている現在においては、環境影響評価に際しても、多様な形態にある地表や地中の水を相互に関連する一つの「水循環系」として捉え、この系を人為的に歪めることを最小限に抑えて健全な水循環を確保するという視点が重要となる2-1)(図2-2参照)。

図2-2 相互に関連する水循環系のイメージ図

【留意事項】

  • 2-1)   水循環の構成要素の相互関連性と他の項目に及ぼす影響

  水循環を構成する要素としては、「地表水(地表に存在する水)」、「地下水(地下で飽和状態にある水)」、「土壌水(土壌帯において不飽和状態にある水)」等が想定されるが、これら各要素は互いに密接な関係にある。

  従って、対象事業の実施による影響を取り扱う場合も、ある個別の要素に対する直接的影響を考慮するだけではなく、事業とは直接関係のない要素にも間接的・連鎖的に影響が及んでいく可能性があることに留意し、各要素の関係を常に考慮に入れて作業を進めていく必要がある。

  例えば、水循環は水質・底質等の水環境の項目と密接な関係にあるだけではなく、動植物や生態系、土壌、地盤、景観や触れ合い活動の場の状態等を決定する、基盤的なシステムである。

  従って、水環境に係る影響を予測・評価する場合には、これらの他項目の要素に対する影響も考慮に入れておく必要がある。

環境影響評価を行うにあたっては、まず、事業実施による影響が、「流れ」としての水循環に及ぶ可能性があるか否かといった観点から考え、水循環系に影響が及ばないと考えられる場合、例えば事業による汚濁負荷が河川や湖沼、海域といった「場」の水環境を変化させるものの、水循環系としては変化がないと考えられるような場合には、従来行われてきたように、「場」における水環境への影響を中心に考えることとなる。
事業実施により地域の水循環系に変化を及ぼす可能性があると判断される場合には、水循環の視点から環境影響評価を行う必要がある(図2-3参照)。

図2-3 水循環の視点からの水環境等への影響(例)

水循環の視点からの検討が必要な場合としては、水循環系を構成する様々な状態の水収支バランスが変化するような場合が想定される。具体的には、以下のような場合が想定される。
<水循環の視点からの検討が必要な場合(例)>

2)他分野との関わり
   水環境は生態系の基礎をなす特に重要な基盤的要素であるため、生物の多様性分野に係る環境影響評価を行うような場合には、水環境への環境影響と生物の生育・生息に係る環境影響との相互関係に配慮した検討が必要である。また、生態系のほかにも、水辺における人と自然との触れ合いの活動の場等の環境要素についても、水環境への影響が想定される場合には、その相互関係に十分留意が必要である。
3)本検討における対象範囲
   本検討は、水環境に関する調査・予測・評価の考え方を対象にしたものであるが、前述のとおり、従来の水環境の概念は水循環系をある1点で捉えたものである。
   環境影響評価に際し、水循環を系として取り扱うことが、本来必要になると考えられるが、現状では水循環系としての調査・予測・評価の手法が必ずしも確立されているとはいえない状況にある。
   このことを踏まえ、本検討においては、水循環系において流域の主軸となる河川、湖沼及び海域の水環境と、流域の水循環系の中で特に重要な役割を果たしている地下水の水環境について、個別に検討を行っている。
   ただし、地下水については、調査・予測・評価にあたり、水循環的考え方を踏まえることが不可欠であることから、水循環的視点に立った整理となるよう配慮した。
   以下では、河川、湖沼及び海域の水環境については「水質・底質」、水循環の視点に立った地下水の水環境については「地下水等」においてとりまとめている。
   なお、本検討では評価の考え方についてもふれているが、本来、評価は環境保全措置を含めた検討が必要となる。環境保全措置については次年度の検討課題としており、ここでは基本的な考え方を示すに留めている。

1 総論
 1-1 水質・底質

1) 水質・底質の環境影響評価の基本的な考え方
(1)水質・底質の特徴
従来の環境影響評価では、人為的な排水の流入等による自然水域の水質・底質の変化を、ある時点や地点における状態量の変化としてとらえ、主に人の健康保護及び生活環境保全の観点から、調査・予測・評価が行われてきた。
しかし、水は環境中を循環していることを踏まえると、対象とする水域がどのような水循環系の中にあり、どのように物質が循環しているのかを把握した上で、水質・底質の変化について考えることが重要であり、水環境と相互に関連する土壌環境や生態系等への影響についても配慮する必要がある。
さらに、水質・底質を水循環系の物質の状態量として考えた場合、その状態は変動を伴うものであるということに留意し、その変動特性を踏まえた上で、環境影響評価を行うことも必要となる。
以上のことを考慮し、水質・底質の環境影響評価にあたっては、次の事項に留意が必要である。

(2)調査・予測・評価のあり方

環境影響評価とは事業者が事業の実施による環境影響について自ら適正に調査・予測・評価を行い、その結果に基づいて環境保全措置を検討することなどにより、その事業計画を環境保全上より望ましいものとしていく仕組みである。
環境影響評価の最終的な目的は評価であることから、何を評価すべきかという視点を明確にして調査・予測・評価を進めることが重要である。従って、まずスコーピング段階で調査・予測・評価の項目・手法を選定する際には、地域の環境特性、地域のニーズ、事業特性等から環境保全上重要な環境要素は何か、どのような影響が問題になるのか、対象とする地域の環境保全の基本的な方向性はどうあるべきか等について検討した結果を十分踏まえて、評価すべき項目を選定する。次にその評価を行うために適切な予測手法とその予測に必要な調査項目及び調査手法を決定するというプロセスで検討する必要がある。そして、方法書手続きにより得られた意見を踏まえて項目・手法の見直しを行った上で、環境影響評価の実施段階に入り、さらに実施段階の調査等で得られた情報により項目・手法の見直しを加えつつ、設定した目的・視点に沿って調査・予測・評価を進めて行くことが必要である。
(3)水質・底質と他の環境影響評価項目との関係
水質・底質は「生態系」、「地形及び地質」、「人と自然との触れ合いの活動の場」等、他の環境影響評価項目で対象とする環境要素と密接に関係し、水質・底質の調査・予測・評価は他の項目の調査・予測・評価の前提条件となることも多いことから、関係が想定される環境影響評価項目との作業を統合して検討することも必要である2-2)。
例えば、水質・底質は生態系の基盤的要素であるとともに、生態系の有する生産機能や水質浄化機能により影響を受ける。また、水の流れや量は水質・底質の時間的・空間的分布に直接影響を及ぼす一方、対象水域の地形的条件に左右される。さらに、水質・底質は景観や触れ合いの活動の場の資源性を支配する要素のひとつであり、特に水辺地において水質は重要な要素となる。
以上のように、水質・底質の調査・予測・評価は、生態系や触れ合いの活動の場の調査・予測・評価の前提条件となるとともに、地形の変化予測が水質・底質の検討に密接に関連しており、対象事業の特性に応じて、双方の分野における調査・予測の作業を統合して検討することも必要である。
なお、同じ水質・底質を調査・予測・評価の対象とする場合でも、水理学的な観点や生態系の観点等とらえる視点によって、調査・予測・評価の対象が異なってくることに留意する必要がある2-3)。

【留意事項】 
  • 2-2) 水質・底質との関わりの想定される環境要素

  水質・底質との関わりの想定される環境要素としては、次の項目が考えられる。

   ・「地形」 「水の流れ・量」「水質・底質」

 水質・底質は、一次的な負荷の増加による影響の他、水の流れ・量の変化によっても変化する。また、  水の流れ・量は、地形変化の影響も受けることに留意する必要がある。

  ・「生態系」 「水質・底質」

 水質・底質は水域生態系の基礎をなす極めて重要な基盤的要素であり、その調査・予測・評価は生態系の調査・予測・評価の前提条件となる。

 また、生態系は生物とその生息・生育環境並びに生物相互の関係を通じて多様な機能を有するが、特に閉鎖性海域等の水質・底質の調査・予測・評価においては、物質循環に関わる水質浄化機能に着目する必要がある。

  ・「景観」、「触れ合いの活動の場」 「水質・底質」

水質・底質は、これらの資源性を支配する要素のひとつであり、特に水辺地において水質は重要な要素となる。

  • 2-3) 視点により調査・予測・評価の対象が異なる場合 

  例えば、次のような場合、調査・予測・評価の対象が異なることが考えられる。

 ・ 河川の流況を考えた場合、水質や水理学的な観点からは、流心の流速が重要となるが、生態系の観点からは、岸辺の流速が重要となる。

 ・ 富栄養化した海域の水質を考えた場合、水質の観点からは、年平均的な考え方が重要となるが、生態系の観点からは、夏季の底層水のDO減少というような特定の時期を対象とした考え方が重要となる。

2)水質・底質の環境影響評価の手法
  (1)地域特性把握の調査
  地域特性把握の調査は、事業特性や地域の環境特性を把握して、適切な環境影響評価のための調査項目、調査手法を検討するために極めて重要な基礎調査である。
単純に地域に関連する情報収集・整理を行うのではなく、事業影響の検討結果から必要に応じて調査をフィードバックすることが望ましい。また、情報収集を行う過程において、対象範囲や対象期間等についても柔軟に変更、追加することが必要である。
調査は、対象水域の水環境に関係のある項目2-4)を対象に、基本的に既存資料の収集・整理及び現地踏査により行い、必要に応じて有識者などへのヒアリングを行う。特に現地踏査は、環境影響評価に十分な経験を有する技術者が、対象地域内を踏査することにより、既存資料調査で把握した地域情報の確認、修正や、既存資料では把握することができなかった地域情報の補完を行う上で重要である。
調査範囲は、水域・水系の連続性を考慮して設定するが、事業実施による影響が想定される範囲より広めの水域を対象とする。
調査にあたっては、当該地域で進められている他の事業や過去に行われた大規模な事業等の事例は当該事業の実施による影響の評価を行う上で重要な知見となることから、それらの情報についても極力収集することが望ましい。また、底質や閉鎖性水域の水質を予測・評価する場合には、その自然変動や蓄積性を考慮し、過去の水質等の状況を十分に把握する必要がある。
得られた情報については、可能な範囲でその位置や分布等を適切な縮尺の図面で示し、事業実施区域との位置的関係を明らかにする。また、出典を必ず明記する。

【留意事項】
  • 2-4) 水環境に関する主な調査項目    

  水環境に関する主な調査項目は以下のとおりである。

  <自然的状況>

  • 水質・底質の状況
  • 河川流量、湖沼の回転率、海域の潮流等の水理状況
  • 干潟・藻場を始めとする物質循環上重要な機能を有する場の分布とその状況
  • 水質・底質に影響を与える可能性のある自然的地理条件の有無
  • 水質・底質がその生息・生育基盤となる動植物及び生態系の状況
  • 水質・底質がその資源性の要素となる景観及び人と自然との触れ合いの活動の場の分布とその状況 等

  <社会的状況>

  • 人口及び産業の状況
  • 土地利用、水域利用の状況
  • 水質の影響を受けやすい施設(取水施設など)等の状況
  • 下水道整備の状況
  • 法令・基準等の状況 等

(2)環境影響評価項目の選定
環境影響評価項目は、対象事業の事業特性から抽出された影響要因と、事業実施区域及びその周辺の地域特性から抽出された環境要素との関係に基づき設定する。
水質・底質に係る影響要因は汚濁物質を発生する各種工事の実施及び汚濁物質を含む各種排水施設の供用等が考えられ、さらに、水の流れに変化を及ぼす地形の改変や工作物の設置等の行為についても留意して選定する必要がある。
また、水質・底質に係る環境要素は、主に汚濁物質に基づき区分され、法令等により規制・基準の設けられている汚濁物質・有害化学物質が対象となるが、新たに有害化学物質として認知されるようになった物質や、法令等の規制対象外の物質であっても住民等の関心の高い物質等については留意する必要がある。
各主務省令で定められた標準項目は、対象となる事業毎に標準的な事業内容について実施すべき項目を定めたものであり、事業特性や地域特性は個々の事業で異なるため、常に項目の追加・削除の必要が生じることに留意する必要がある。
(3)調査地域の設定
水質・底質等の状況についての情報を、資料調査及び現地調査により把握する範囲は事業実施区域とその周辺部とする。
対象事業の種類、規模及び地域特性を踏まえ、影響要因を特定した上で、影響要因と水質等への影響の時間的空間的な広がりを概略推定することにより、影響の及ぶおそれのある地域を設定することとなる。
特に、河川の流れを大規模に堰止めたり流路を変更するような事業や海水の流れを大規模に遮断したり広範囲にわたる停滞域を形成するような事業では、より広域的な調査地域の設定が必要となる。
(4)水質・底質の調査
   [1]調査項目の検討
 調査項目は、環境影響評価項目の選定における検討内容を踏まえ、重要と考えられた項目についてその現況を調べ、事業による影響要因が時間的空間的にどのようにそれらに作用するかを予測・評価できるように選定することとなる。
水質・底質に関しては、水循環を構成する要素の状態量について調査することから、現況調査においては、地域特性把握の調査の結果及び対象事業の内容から、事業実施により影響を及ぼすと想定される環境要素に係る項目の現況を詳細に把握することが必要である。さらに、対象となる環境要素以外にも、環境要素と関連性の高い項目や、予測・評価において用いるパラメータの設定、現況再現性の検討などにおいて必要となる項目についても、地域特性把握の調査ではデータが不十分な場合には調査を実施する必要がある。
  [2]調査手法の考え方
  (ア)水質
水質の調査項目としては、一般的には環境基準が定められている物質を選定するが、新たに有害化学物質として認知されるようになった物質や、法令等の規制対象外の物質であっても住民等の関心の高い物質等については留意する必要がある。
また、水温、透明度、透視度、濁度、塩分等の水の性状を表す基礎的な項目については、測定も比較的容易であり、水質調査時には常に測定することが望ましい。
さらに、水質の時間的空間的な変動は水域の物理的・化学的・生物的作用によるものであり、水質の予測においてはこの変動のメカニズムを模式的に表現する必要があることから、調査においては対象水域のメカニズムを規定する流れ・乱れ等の物理的作用や、その他の化学的・生物的作用等を把握することが重要である2-5)。
このようなメカニズムの把握は、予測モデルの構築だけでなく、予測の再現性や事後調査の内容を検討する上でも重要である。調査・予測時において重視すべき要素の例を代表的な水域毎に整理して表2-1-1に示す。

【留意事項】
  • 2-5) 水質変動のメカニズムにおいて重視すべき要素の

 例例えば、太平洋岸内湾域では富栄養化や底層の貧酸素化等が課題となる場合が多く、このような海域での水質の予測にあたっては、内部生産を含む有機物及び栄養塩類の物質循環を考慮した予測モデルの構築が必要である。

<水質の調査項目例>

  • 河川等からの流入淡水、海水の有機物及び窒素、燐
  • 海域の内部生産量、有機物の分解量・沈降量、底泥からの栄養塩類の溶出量
  • 海域の底層の貧酸素化に係るDO、硫化物等

 

表2-1-1(1) 調査・予測時に重視すべき要素と考え方の例

水域区分

重視すべき要素と考え方

海域 太平洋岸内湾域 流入負荷

富栄養化

底層の貧酸素

潮流

湾域は水深が浅く、閉鎖性が強い。流入負荷が多く、富栄養化が進んでおり、夏季には底層の貧酸素化が問題となる。潮流は湾口部、海峡部等では速い。

このような海域では夏季に水質が悪化する傾向があり、富栄養化による水質汚濁メカニズムを考慮できるモデルを用いて水質予測を行うことが望ましく、流れのモデルもこれに対応する多層モデルが望ましい。

半開放性沿岸域 海流・潮流の卓越

内部潮汐

太平洋岸の外洋に開けた沿岸域や水深が深く、湾口が広い湾等が対象となる。前者は、流れは黒潮、親潮等の海流の影響を受ける。対象海域の平均的な流れは流動観測の最多頻度等に基づいて設定する必要がある。後者は、中下層の水塊が太平洋の中下層水の性質を持つ。表層の季節的な変動はあるが、表層水と中下層水には年間を通して密度成層があるため、内部成層に基づく顕著な流動(内部潮汐)があることが知られている。

これらの海域を対象とする流れや水質の予測は、現状では外洋に開けた沿岸域と同様に取り扱っているが、内部潮汐を十分な精度でシミュレートする数値解析手法等の確立が必要である。

日本海沿岸 海流

沿岸流の反転

日本海沿岸は太平洋沿岸にくらべて潮汐の振幅が一般には小さく、これに伴う潮流(往復流)も小さい。

沖合を対馬暖流が北上し、沿岸域にはその反流等がみられることも多い。沿岸に沿う北流と南流あるいは東流と西流が2~3日周期で交代するというような流動がしばしば観測される。

沿岸に平行な両方向の流れに対応するような水質の予測が考えられる。

亜熱帯域 海流・潮流の卓越 流れは、潮流が卓越する海域や海流成分が卓越する海域がある。

それぞれの場所に応じて、流れの観測データに基づき対象海域のモデル化を行う必要がある。

水質は一般には良好なところが多い。予測はCODを対象とした保存系モデルにより行われることが多いが、閉鎖性が強く流入汚濁負荷量が多いような海域では富栄養化による汚濁機構を考慮する必要がある場合も考えられる。

 

表2-1-1(2) 調査・予測時に重視すべき要素と考え方の例

水域区分

重視すべき要素と考え方

湖沼 滞留時間 湖沼の滞留時間は、通常、容積(m3)に対する年平均流入水量(m3/年)の比率で表される。滞留時間が2週間以上であると富栄養化の可能性があるとされ、我が国の湖沼のほとんどはこれに該当する。

湖沼の水質は、流入水の負荷量による外性汚濁と、湖内の化学的生物的反応に起因する内性汚濁に分けて考えることができる。滞留時間が短い湖沼では外性汚濁の影響が強く、湖内水質は流入水の性質に依存するが、滞留時間が長くなると、流入水の変動に対する湖の応答はゆっくりしたものとなり、湖内生態系の営みに関連する内性汚濁の役割が大きくなる。

このため、湖沼における水質の予測で富栄養化機構を考慮する際には滞留時間が一つの目安となる。

富栄養化 一般に自然の湖沼では、数百年から数千年の長い時間をかけて貧栄養湖~富栄養湖~低層湿原にいたる栄養状態の遷移過程をたどるが、これは自然流域内の水循環過程の一部として生じる堆積作用の結果である。しかし、現在問題となっている富栄養化は、人間活動で生じた大量の栄養塩負荷量により地質年代的時間と比較し非常に短時間で起こるものであり、様々な利水上の障害を生じる。

現在、富栄養化の進行が認められる湖沼や、事業の実施によりその可能性が考えられる湖沼においては、水質の予測にあたって富栄養化機構を考慮する必要ある。

 

表2-1-1(3) 調査・予測時に重視すべき要素と考え方の例

水域区分

重視すべき要素と考え方

河川

順流域

上流水質 順流域の特徴は一般に流れが速く、混合が促進されるため、その区間の水質は、主に上流からの流入水、支川、排水等の水質に大きく依存することになる。順流域の流動は、河川の断面形状、勾配、流量により基本的に規定され、流動計算法としては、不等流計算が一般に用いられる。

水質予測手法としては、流れが決まれば、それをもとにした物質保存の式を解く方法、水塊の流下時間に対応した浄化量を考慮する方法等がある。

感潮域 潮汐

河口域の富栄養化

塩水

感潮域の特徴は、海からの塩分の影響を受けていること、潮汐の影響による往復流、あるいは往復流まで至らなくても潮汐の影響による流れの強弱があることである。塩分が河川内のどの距離まで遡上するかは、河川の勾配、上流からの流量、河口潮汐の振幅の大きさなどに影響を受けている。河川流量が多いときは遡上距離は短く、大潮時よりも小潮時の方が遡上距離は長い。

感潮域が長い河口域では、通常、上層の流れは河口に向かい、下層の流れは塩水遡上のために上流に向かう。堰等の存在により感潮域の距離が短くなる場合には、遡上の流れが小さくなり、上下層の密度差によって混合が抑制され、堰の下流直下において貧酸素等の問題が生じる場合がある。また堰上流においても、流れが弱まることにより川と湖の中間的な性格を帯びることになり、富栄養化等の問題を生じる場合がある。

感潮域においては潮汐の影響により流れが時間的に変動するため、流動計算法としては不定流計算法を用いるのが一般的である。また、塩水の進入による上層と下層での流向の違いを考慮するには、密度分布を考慮した多層モデルを用いる必要がある。流れが決まれば、水質予測では物質の保存式によるか、あるいは滞留域において貧酸素や淡水赤潮が問題となる場合には、富栄養化のメカニズムを考慮する。

(社)環境情報科学センター(1999)を基に作成

 

(イ)底質
 底質は一般的には化学的酸素要求量(COD)、硫化物、強熱減量等の有機汚濁の指標となる項目及び重金属等の有害物質に関する項目より選定するが、これらの項目は、通常、含水率、粒度組成等の底質の物理的性状を表す項目と深く関連することから、底質調査時には常にこれらの物理的項目を測定する必要がある。
 また、底質の性状は底泥を生息基盤とする底生生物等の生息環境として重要であるとともに、底生生物等の活動により底質も影響を受けることから、底質調査時には底泥中の底生生物等を合わせて調査することが望ましい。特に干潟域等では、底生生物を中心とする多様な生態系が存在し、その食物連鎖を通じて水質・底質の浄化に寄与しており、底泥を中心とする物質循環系を把握する上では重要な存在となる。
 さらに、重金属等の有害物質に関しては、現状ではそれらの発生源が流域等に存在しないとしても、過去に排出された物質が底質に蓄積されている場合も考えられることから、必要に応じて過去の汚染等の履歴を調査することも必要である。
底質の時間的空間的変動は水質と同様に物理的・化学的・生物的作用によるものであるが、底質が主に水中からの物質の堆積と底泥から水中への溶出のバランスで決定され、両者の収支で残された物質は底泥中に蓄積されることから、その変動の時間的スケールは水質よりも長く、空間的スケールは鉛直的には底泥の表層部分(主に、底生生物や微生物の生息範囲)に限られると考えられる。また、底泥を形成する土粒子は、粘土鉱物から生物体に由来するものまで様々な比重のものが存在するが、水域の流れの特性に応じて選択的に堆積し、特徴的な水平分布を示す。
 以上のように、底質の調査においては、水質と同様に対象水域の時間的空間的スケールを考慮した計画立案が必要であるが、水質と比較すると変動の時間スケールが長いことから、より長期間のデータの取得が必要であり、また空間的には、鉛直方向には底泥表層部を中心とし、水平方向に広範囲のデータを取得することに留意する必要がある。
  (ウ)流況
 水の流れや量については、水質・底質の予測の最も基礎となる情報であり、水環境に係る環境影響評価を実施する際には必須の調査項目である。
 流れ等の変動のメカニズムとそれを支配する主な要因は、水域の特性により大きく異なることに留意して、調査頻度、調査地点を決定する必要がある2-6)。
 また、海域やある程度規模の大きい湖沼、堰、河川河口部等の鉛直方向の空間的な広がりのある水域では、異なる密度を持つ水が重なり合った成層構造を形成し、水の流れや水中の物質の分布に影響を与えていることにも留意が必要である2-7)。

【留意事項】

・2-6) 流れ等の変動のメカニズムとそれを支配する主な要因

河川:降水、取排水 等

湖沼:河川水の流出入、風、取排水 等

海域:潮の干満、風、海流、河川水 等

ただし、その要因は地形的条件により異なり、例えば河口域であれば、河川の特性と海域ないし湖沼の特性を併せ持つこととなる。

・2-7) 成層構造

成層構造は、水の密度によって規定されることから、海域では水温・塩分、湖沼では水温・濁度の測定を流れの調査と合わせて実施することが望ましい。また、同じ密度の水は一つの水塊として挙動することから、水域における貧酸素水や濁水等の挙動を把握する上でもDOや濁りとともに水温、塩分を測定することが重要である。

 

(5)影響予測

  [1]影響予測の基本的考え方
水質・底質の影響予測は、影響要因と環境要素の内容に応じて適切な手法で行うこととなる。
水質及び底質の汚濁は、水域内に流入する汚濁物質の濃度が自然状態よりも高くなった場合に生じるが、流入した汚濁物質の濃度を決定するメカニズムは、水域の流れによる移流、水の乱れによる混合(拡散)、水域内部における物理的・化学的・生物的作用によって決定される。
そのような流れ、乱れ等は、海域、湖沼、河川等により大きく異なり、さらに、同じ水域においても、流れが速く水が十分に混合している場合もあれば、流れが遅く密度成層を形成しているため混合が抑制されている場合もある。
このように、汚濁物質の濃度を決定するメカニズムは水域によって大きく異なるが、水質・底質を予測する上でこれらのメカニズムの全てを考慮することは不可能であり、主要なプロセスを考慮して予測を行うことが現実的である。また、事業の特性として、事業の位置・規模、期間、設置する工作物等に応じて影響が異なることから、想定される影響の程度を考慮して予測を行う必要がある。従って、水域の特徴に応じてその支配的なプロセスや事業特性を考慮できるような予測手法を選定することが必要である2-8)。
また、予測においては基本的にはその時点で最新の技術を用い、最も確からしい結果を定量的に導き出すことが望ましいが、予測には不確実性があることは避けられない。予測の不確実性には、予測の前提となる現状の自然的・人為的変動、現状の把握にあたっての測定誤差及び予測モデルのそのものの限界やパラメータ等に内在する不確実性等の手法の不確実性がある。予測にあたっては、これらの各々についてその不確実性の程度に留意し、極力不確実性による影響を少なくする努力をするとともに、予測結果の妥当性について検討する必要がある2-9)。
従来の環境影響評価では環境基準値等と比較検討するため、年間平均等の平均値を対象に予測評価を行うことが一般的であった。特にこの傾向は予測の難しさから、海域における予測・評価では顕著であった。平均値の評価も必要であるが、平均値的な考え方では把握が困難であり、環境の変動を考慮すべき現象も存在している。例えば海域において夏季に底層で貧酸素水塊が発生すれば底生生物は大きな影響を受けることになる。そのような場合には、事業によるインパクトが貧酸素水塊の発生や移動等に影響を及ぼすか否かについての検討も必要となることも考えられる。
従って、予測の対象となる水域において水質が年間を通してどのように変動するかを把握し、その変動が生態系に与える影響が大きい場合は、事業が変動に及ぼす影響について検討することが望ましい2-10)。
また、有害化学物質については、通常は事業による公共用水域への排出は想定されないが、事業特性や地域特性を踏まえ、事業の実施による有害化学物質による汚染の発生の可能性について検討する必要がある。
なお、将来的な予測の不確実性の低減に資するために、予測手法や予測条件の研究、事後調査・環境監視結果の蓄積及びその解析等を進めていく必要がある。

【留意事項】
  • 2-8) 予測手法選定にあたっての基本的な考え方

・ 科学的・技術的に可能な範囲でできる限り定量的な予測を行う。

・ 予測の不確実性の程度について明確にする。

・ 類似例や科学的な知見の引用は重要であるが、対象事業の影響に当てはめる場合には環境条件等により地域的な差がある可能性があり、引用したデータについてはその背景を十分配慮する。

・ 数値モデル等による定量的な予測を行う場合には、モデルの構築において、対象水域の水質等の状態量や物質循環等のメカニズムを十分再現できることを確認することが必要である。

・ 予測条件等において生物・生態系の作用を考慮する場合には、不確実な要素が多いことから、生物の生理的・生態的特性や生態系の機能等を十分に検討することが必要である。(例えば、干潟における生物による浄化機能を考慮する場合、底生生物等の生理・生態や浄化能力等についての検討が重要となる)

・ 短期的には影響が小さいと判断される場合においても、長期的にはその影響が蓄積されて大きく現れることがある。(例えば、閉鎖性水域への有機物や栄養塩類等の水底への堆積等)また、事業による環境の変化の程度は同じであっても、バックグラウンドの変化により影響の度合いが異なることもあり、環境の変化の時間的スケールに留意して、予測期間や時期を設定する必要がある。

・ 対象水域の特性及び事業特性に応じ、考慮すべき現象や機能の例を以下に示す。

(水域の特性及び事業の特性によっては、留意する必要があると考えられる現象)

(水域の特性及び事業の特性によっては、留意する必要があると考えられる機能)

【留意事項】
  • 2-9) 予測の不確実性について

予測の不確実性を少なくする方法の例として、2点補正、感度解析の考え方を以下に示す。

   [I]二点補正

   (1)考え方

一般に将来予測は、構築したモデルが現状を再現できるかという現況再現性の検討を踏まえて、モデルの妥当性を確認した後に将来の条件で予測を行う。しかしながら、モデルが複雑になるに従い含まれるパラメーターが多くなり、現況再現に合わせたパラメーターの組み合わせの設定が可能であり、この組み合わせが必ずしも将来においても成り立ち将来を正しく予測できるとは限らない。

例えば水質・底質のケーススタディで検討した内湾の水質予測を考える場合、現況を再現するモデルでは主に以下の計算条件を必要とする。

流動モデル:淡水流入量、境界潮位振幅、境界水温・塩分、粘性係数

水質モデル:流入負荷量、境界濃度、速度定数(生産速度、分解速度、沈降速度、溶出速度等)

現況再現計算では、図2-1-1に示すようにこれらの計算条件のうち淡水流入量、負荷量、境界条件については基本的には現況再現年の実測値を用い、その他のパラメータについては再現性をみながら試行錯誤で設定して計算を実施する。将来予測においては計画地形を加えるとともに淡水流入量、流入負荷量等を変更し、その他のパラメータは現況の値を用いる。

図2-1-1 水質予測のフロー

しかしながら、生産速度、分解速度等の速度定数は当該水域の生態系の特性(とくに植物プランクトンの優占種)や水温の関数でもあり、将来において現状と同様な関係が継続する保証はない。そこで、この問題点を検討するための1つの方法としては、現況再現ができたパラメーターの組み合わせによる過去の観測値の再現性を検討するいわゆる二点補正の考え方が有効である。

(2)留意事項

二点補正の手法は前述のように異なる時間断面において再現性を検討するため、両時点に対応した諸条件を設定する必要がある。一般に予測モデルにおける計算条件はモデルの支配方程式で係数として用いられるものと、流入負荷量や境界条件等のように入力条件として用いられるものに分かれる。

二点補正では図2-1-2に示すように、現況対象年次について直近(再現年次1)以外にある程度期間をおいた過去の年次(再現年次2)の2ケースを想定して、まず再現年次1の諸条件で再現性の検討を行い、次に再現年次2の諸条件で再現性を検討する。このとき、パラメータについては再現年次1の値を用いることができるかどうかの検討を行い、用いることができない場合はその要因を検討した上で、将来はどのようなパラメータを用いるべきかを設定する。このような検討の上で将来予測を行う必要がある。

図2-1-2 二点補正の手順例

 

[II]感度解析

(1)基本的考え方

一般にシミュレーションモデルによる予測結果は、パラメータや入力条件により結果が大きく左右される。パラメータの値は現地調査や室内実験から求めるが、既往文献を参考に設定することも多く、必ずしも当該地域の特性に最適な値が設定できるとは限らない。また、流入負荷量等の予測条件の設定にも不確定な部分があることは避けられない。そこで、モデルの予測結果にどのパラメータや入力条件が大きく寄与するのかを事前に検討しておき、予測精度を向上させるために寄与率の大きなパラメータ等の設定に特に注意を払う必要がある。

(2)留意事項

モデルの感度解析を実施する際、パラメータが多いときは全てのパラメータについて感度解析をすることは非効率的である。そのため、モデルの支配方程式の中でそのパラメータが関与する項のオーダを事前に概算し、明らかに寄与が小さいと考えられるパラメータについては検討からはずすなどの手順を踏むことが効率的である。

例として、水質・底質のケーススタディで取り扱う低次生態系モデルにおいて感度解析を行う場合を示す。まずある基本ケースを設定して計算を行い、感度解析を行うパラメータについてそのパラメータだけを基本ケースの何倍かに設定したケースのある地点の計算結果を基本ケースに対する相対値で図2-1-3のように整理する。この図により、どのパラメータの感度が大きいかの検討を行う。なお、図から明らかなように、効率的にケースを設定しないと、非常に計算ケース数が多くなってしまう。

図2-1-3 感度解析例

  • 2-10) 変動幅の検討について

変動幅の検討では図2-1-4に示すように、どのような変動を抽出するのか、またその現象を表現できるモデルがあるのかなどの検討が必要である。

図2-1-4 変動幅の検討手順

  [2]予測手法の考え方
   (ア)水質
水質を決定するメカニズムは、水域によって大きく異なるが、水質を予測する上でこれらのメカニズムの全てを考慮することは不可能であることから、現時点では主要なプロセスを考慮して予測を行わざるを得ない。従って、水域の特徴に応じてその支配的なプロセスを考慮できるような予測手法を選定することが重要である。
   (a)海域
日本の沿岸域を水質のメカニズムといった観点から大別すると、太平洋岸内湾域、半開放性沿岸域、日本海沿岸、亜熱帯域に4区分される。それぞれの区域の特徴と予測手法の選定における考え方の例は表2-1-1(1)に示したとおりである。
   (b)湖沼
湖沼の水質に大きな影響を与える因子として、湖沼の容積、水深、表面積、水収支、流入汚濁負荷量等がある。この中でも容積と水収支を統合した指標である滞留時間及び栄養状態が、湖沼の水質特性を分類する要因として上げられる。
予測手法の選定における考え方の例は表2-1-1(2)に示したとおりである。
   (c)河川
河川の流動の形態としては、順流域と河口の近くで塩水の影響を受ける感潮域に大きく分類される。
予測手法の選定における考え方の例は表2-1-1(3)に示したとおりである。
  (イ)底質
底質の汚濁は、一般的には水質汚濁の進行に伴い水中の汚濁物質が沈降・堆積し、汚濁が進行するものと考えられる。また、水域に構造物や埋立地が出現し、流れの滞留域が形成され、局所的に汚濁物質が堆積しやすくなることも考えられる。
従って、底質の予測は、対象事業の施設からの排水対策やそれを踏まえた水質予測結果及び流れの予測結果に基づいて、現状の底質の状況と水質や流れの変化の程度から推定することとなる。水中の物質循環における沈降量あるいは沈降量と溶出量の収支より底質の変化量を算定することも可能であるが、この場合には前述の水質と底質との時間スケールの相違や底泥中での底質の変化等にも留意する必要がある。
  [3]予測地域の考え方
予測地域は、対象事業による地形変化や排水等による影響の及ぶ範囲を対象とするとともに、影響の程度・内容や対象の特性に応じて周辺地域を含めるなど、その影響を充分に包含する範囲を設定する2-11)。

【留意事項】

  • 2-11) 予測地域設定の基本的考え方

 <河川>

 対象事業による排水等が流下する際に、河川水により希釈されてその影響がほぼ及ばなくなると判断される範囲が対象となる。

 <比較的小規模な湖沼>

 湖沼全域ないしは影響の程度に応じ、流出河川の下流域について上記の河川と同様の考え方で範囲を設定する。

 <海域や規模の大きな湖沼>

  数値シミュレーションを実施する場合に、境界条件の設定の仕方が予測結果に大きな影響を及ぼさないよう、以下のような配慮が必要となる。

・事業の影響が境界にまで及ばないように留意して範囲を設定する。

・開境界は海峡部等の地形的に狭くなっている場所の外側に設定する。

・流れの計算で必要な潮位変動や流速変動、水質の計算で必要な水質測定データ等が十分な空間的及び時間的 頻度で測定されている、あるいは知られている場所に開境界を設定する。

[4]予測時期の考え方
 予測時期は、対象事業に係る影響要因や事業特性の内容に応じて、工事の実施、土地又は工作物(「土地等」という)の存在及び供用に分け、それぞれ水質への影響が最大となる時点を設定することが基本となる。
 工事の実施においては、工事による濁り等の汚濁物質の発生量が最大となる時点を予測時期とする場合が一般的であるが、特に工事が広範囲に及ぶ場合などでは、周辺水域の環境の状況を勘案し、影響を受けやすい場がある場合には、施工位置、施工時期等との関係から複数の予測時期を設定することが必要となる場合もある2-12)。

【留意事項】

  • 2-12) 影響を受けやすい場に配慮した予測時期の設定

工事による濁りの発生の影響について予測を行う場合に、濁りの影響を受けやすい場がある場合には、この場に対する影響が最も大きくなる年次及び季節を予測対象として選定しておく必要がある。

<例>

  •  藻場がある場合:濁りによる影響の受け易さは、季節によって異なると考えられる。これは、海草藻類の成長のステージによって影響の受け易さが異なるためである。対象となる藻場に生育する海草藻類のライフサイクルに合わせ予測対象とする季節を設定する必要がある。
  • 海水浴場がある場合:濁りによる影響は、海水浴場の利用季節に最も大きくなることから、夏季を予測時期に設定する必要がある。

 存在時は、土地等が完成した時点を予測時期とするが、埋立事業等で外周護岸が先行して完成するような場合には、外周護岸の完成時期が存在時に相当する。
 供用時は、対象事業に関連する施設等から公共用水域への排水が考えられる場合に、施設等が完成し、排水が定常状態に達した時点を対象時期とする。ただし、供用後定常状態に至るまでに長期間を要する場合や予測の対象となる期間内で排水量等が大きく変化する場合には、中間的な時期での予測が必要となる場合もある。
また、数値シミュレーションによる定量的予測を実施する場合には、一般にモデルのキャリブレーションを行うための現況再現計算を実施する。現況再現の年次は、通常、現況調査を実施した時期と一致させ、これに合わせて必要なパラメータ(流入水量や負荷量条件)を設定する2-13)。
 しかし、流入水量や負荷量等の条件は様々な統計的資料を基に設定する場合もあり、必ずしも現況調査を実施した時期と同じ時期の条件を設定できるとは限らない。このような場合には、現況再現年次と条件設定年次との間の自然的社会的状況の類似性や推移等について十分検討しておく必要がある。
 さらに、水質の年間の変動が少ない水域であれば、年間の平均的な水質を予測すればよいが、水質が年間で大きく変動するような水域を対象とする場合には、その変動の特性を考慮して予測時期を設定する必要がある2-14)。

【留意事項】
  • 2-13) 現況再現年次について

富栄養化した海域での予測のように、複雑なモデルを用いて将来予測を行う場合には、モデルの妥当性の検討は、現況年次1時点では十分でない可能性が考えられる。これは、モデルに係る諸係数が数多くあるために、現況年次の水質を再現できるパラメータの組合せは1つに限定されるものではない可能性が考えられるためである。

特に、事業期間が長く、将来の予測時点が現況から大きく離れ、負荷量等の条件が大きく変化する可能性がある場合は、現況年次の他、過去に遡った時点での再現性を検討(二点補正)し、予測精度を高めるような考え方を取り入れることが必要となることも想定される。

  • 2-14) 水質の年間変動特性を考慮した予測時期の設定

 例えば、富栄養化が進行した水域では、季節的に水質が大きく変動するが、これは主に季節による内部生産量の増減に起因するものであり、このような季節変動を考慮して、対象水域の水質を代表するような季節を予測時期とするか、あるいは年間を通した水質計算を行うなどの検討が必要である。

 また、夏季の貧酸素水塊や青潮の発生等の現象についても必要があると判断される場合には、予測時期として設定する必要がある。また、河川の場合には、流量の増減が水質の変動に大きく影響することから、洪水年、渇水年別あるいは季節別に予測するなどの配慮が必要である。

(6)評価の考え方
 環境影響評価法における評価の考え方は、大きく以下のア、イの2種類あり、これらのうちアの視点からの評価は必ず行う必要があり、またイに示される基準又は目標等のある場合には、イの視点からの評価についても必ず行う必要がある。
ア、イの評価を行う場合には,イの基準値との整合が図られた上でさらにアの回避・低減の措置が十分であることが求められる。

ア 環境影響の回避・低減に係る評価

建造物の構造・配置の有り方、環境保全設備、工事の方法等を含む幅広い環境保全対策を対象として、複数の案を時系列に沿って若しくは並行的に比較検討すること、実行可能なより良い技術が取り入れられているか否かについて検討すること等の方法により、対象事業の実施により選定項目に係る環境要素に及ぶおそれのある影響が、回避され、又は低減されているか否かについて評価されるものとすること。

  なお、これらの評価は、事業者により実行可能な範囲で行われるものとすること。

イ 国又は地方公共団体の環境保全施策との整合に係る検討

評価を行うに当たって、環境基準、環境基本計画その他の国又は地方公共団体による環境の保全の観点からの施策によって、選定項目に係る環境要素に関する基準又は目標が示されている場合は、当該基準値等の達成状況、環境基本計画等の目標または計画の内容等と調査及び予測の結果との整合性が図られているか否かについて検討されるものとすること。

ウ その他の留意事項

 評価に当たって事業者以外が行う環境保全措置等の効果を見込む場合には、当該措置等の内容を明らかにできるように整理されるものとすること。

(基本的事項 第二項五(3))

  水質・底質では、人の健康に関する項目、生活環境の保全に関する項目等について環境基準等の基準、目標が設定されており、上記のアとイの評価を行うことが原則となる。また、従来の環境影響評価においては、一般的にはイの視点のみによる評価が行われていたため、アの視点による評価を行うための調査・予測・評価手法の選定には、十分な検討が必要である。
  なお、水質に関して定められている環境基準は、環境保全上維持されることが望ましい基準として定められる行政上の目標となるべきものであり、環境汚染防止上の規制値とは概念上異なり、幅広い行政の施策によって達成を目指すものである。一方、水質汚濁に関して定められている排出基準や総量規制基準は、環境基準達成に向けて講じられる諸施策の一つと考えられる。このような背景を理解した上で、事業による環境影響を適切に評価する必要がある。
 なお、回避・低減の措置等に係る環境保全措置の効果に係る知見の向上に資するために、事後調査・環境監視結果の蓄積及びその解  析等を進めていく必要がある。
[1]回避・低減に係る評価
 回避・低減に係る評価は、事業者による環境影響の回避・低減への努力・配慮を明らかにし、評価するものであり、その手法の例として、複数の案を時系列に沿ってもしくは並行的に比較検討する方法や、実行可能なより良い技術が取り入れられているか否かについて検討する方法が基本的事項に挙げられている。また、現況よりも環境を悪化させないことで評価する方法も考えられる。
回避・低減に係る評価において最も留意すべきケースは、現状において環境基準を達成していない地域など、イの視点における基準等との整合が図られない場合2-15)において、アの視点からよりいっそうの回避・低減の措置を検討した上で、双方の評価を併せて総合的に評価する場合の考え方である。
 このようなケースにおいては、基準等の整合が図られない内容を明らかにし、回避・低減の措置による事業の実施に伴う付加分の低減の程度(低減率等)、現況に対する変化の程度から、その回避・低減の措置に関する実行可能なより良い技術が取り入れられているか否かを検討し評価を行う2-16)。
 また、水質や底質に関する有害化学物質等の排出の可能性が想定される事業の場合は、環境中へ排出しないような環境保全対策をとることが前提となるが、その措置に関して実行可能なより良い技術が取り入れられているか否かといった観点からの検討が重要となる。
[2]基準又は目標との整合に係る評価
 水質については、環境基準等の基準・目標が設定されているため、従来の環境影響評価においては、一般的に基準との整合についての視点のみによる評価が実施されてきた。そのため、既に現状の水質の状況が環境基準を満足していない地域での事業の場合の評価方法が課題となっていた。
 この基準又は目標との整合に係る評価においては、整合が図られない場合は、それを明らかにすることが重要であり、それを踏まえて前述の回避・低減に係る評価を実施していく必要がある。
   [3]その他の留意事項
 事業者以外が行う環境保全措置の効果を見込む場合2-17)においては、事業計画と事業者以外の者が実施する対策等の内容・効果・実施時期がよく整合していることや、これらの対策の予算措置等の具体化の目途が立っていることを客観的資料に基づき明らかにする必要がある。

【留意事項】

  • 2-15) 基準等の整合が図られない場合における回避・低減に係る評価

地域特性把握の調査及び現地調査の結果から、事業実施区域及びその周辺における水質が環境基準を満足していない場合、そのような地域で事業を実施する場合の予測・評価においては、下記の内容について十分な検討が必要である。

・既存資料、現地調査結果等に基づく地域の水質の状況の把握

・将来におけるバックグラウンド濃度の設定

・回避・低減措置の効果の把握

  • 2-16) 実行可能なより良い技術が取り入れられているか否かの検討

事業の実施に伴い導入可能な技術にはどのようなものがあり、当該事業において採用したものは何なのか。また、それによる効果を定量的に示すとともに、採用できなかった技術がある場合には、その理由を明確に提示することも必要である。

  • 2-17) 事業者以外が行う環境保全の措置を見込む場合

事業者以外が行う環境保全措置を見込む場合には、その対策が具体化の目処がついていることについて明らかにする必要がある(例えば、下水処理場における高度処理計画を見込む場合等)。

事業者が同じであれば、対象事業以外において環境保全措置を実施し、その効果を加味することも可能である(例えば、港湾管理者が埋立事業を実施する場合に、近傍の防波堤等の施設において透水性等の環境保全機能に配慮するような場合)。

 


  1)環境影響評価における水環境の捉え方と水循環の視点
   (1)水環境の捉え方 
   (2)水循環の視点
  2)他分野との関わり 
  3)本検討における対象範囲 
1 総論
1-1 水質・底質 
  1) 水質・底質の環境影響評価の基本的な考え方
   (1)水質・底質の特徴
   (2)調査・予測・評価のあり方 
   (3)水質・底質と他の環境影響評価項目との関係
  2)水質・底質の環境影響評価の手法
   (1)地域特性把握の調査 
   (2)環境影響評価項目の選定
   (3)調査地域の設定 
   (4)水質・底質の調査
   (5)影響予測 
   (6)評価の考え方

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