平成10年度 実行可能なより良い技術の検討による評価手法検討調査報告書(平成11年3月)

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II.欧米諸国におけるより良い技術の導入等の状況
1.各国におけるより良い技術の導入等の現状

A.アメリカ

1)定義

 アメリカでは、より良い技術の導入を通した環境負荷低減の仕組みが、大気汚染防止、河川等の水質汚濁防止などの分野で構築されている。いずれの分野とも、より良い技術の導入することを基準として各種汚染物質の排出基準を設定している点が特徴的である。自然生態系分野では、類似の手法は見あたらない状況である。
 排出基準の代表的なものは、水質汚濁防止分野でのBAT(Best Achievable Technology)、大気汚染防止分野でのクロム等の有害大気汚染物質に対するMACT(Best Achievable Control Technology)、NOx等の基準汚染物質に対するBACT(Best Achievable Control Technology)などがある。
(以下、これら排出基準を総称してBATと呼ぶこととする。アメリカでは、欧州各国と異なりBest Achievable Technologyと呼んでいるが、概念的には同じ考え方である)

 BATの呼称を用いるにあたっては、技術を指す場合(BAT技術)、考え方を指す場合(BAT手法)、考え方に従い設定された排出基準を指す場合(BAT基準)があるので区分して捉える必要がある。
 また、例えば、大気汚染防止分野でのNOxなどの基準汚染物質に対しては、規制対象となる工場等の属性(既存が新設か、大規模は小規模か)により、適用される排出基準の名称は異なる。そこで本調査では、各分野での排出基準全体を指す場合はBACT基準、MACT基準、BAT基準と記載した。
 各分野別の概略を整理すると、次の通りとなる。(図表A-1参照)

大気汚染防止分野
 大気汚染防止分野では、基準汚染物質と有害汚染物質で排出基準が設定されている。
 基準汚染物質(criteria pollutants、NOx、SO2、CO、オゾン、鉛、PMの6物質)を対象としたものには、BACT(Best Available Control Technology)、NSPS(New Source Performance Standards)、LAER(Lowest Achievable Emission Rate)、RACT(Reasonably Available Control Technology)がある。
 有害大気汚染物質を対象としたものには、MACT(Maximum Achievable Control Technology)、LAER(Lowest Achievable Emission Rate)、GACT(Generally Available Control Technology)がある。
 これらの基準は、いずれも改正大気清浄法(CAAA:Clean Air Act Amendments 1990)に基づく排出基準として適用されている。
水質汚濁防止分野
 河川等の水質汚濁防止分野では、BAT(Best Available Technology)、BPT(Best Practicable Cotrol Technology Currently Avilable)、BCT(Best Conventional Pollutant Cotrol Technology)、NSPS(New Source Performance Standards)、PSES(pretreatment standards for existing sources)、PSNS(pretreatment standards for new sources)がある。
 これらはいずれも、水質清浄法(Clean Water Act)に基づく排出基準として適用されている。
 また、アメリカ全国統一の排出基準がまだ設定されていない段階で排出基準が必要となった場合には、BPJ(Best Professional Judgement)のプロセスを経て排出基準が設定・適用される。これは、専門家による審議により決定されるプロセスを指す。
 なお、排出基準ではないが、水質汚濁防止分野では、BAT手法に類似した概念として自主的な環境対策プログラムであるBMPs(Best Management Practices)もある。これは、農地、ゴルフコース、自動車整備工場などを対象とするものであり、連邦規則に基づく。
廃棄物処理分野
 廃棄物処理分野では、BDAT(Best Demonstratred Available Technology)がある。これは、資源保護回復法(RCRA:Resource Conservation and Recovery Act of 1976)に基づく基準である。

図表A-1 アメリカにおけるBAT基準一覧

分野 BAT基準 根拠法

大気

基準汚染物質(6物質) BACT(Best Available Control Technology)
NSPS(New Source Performance Standards)
LAER(Lowest Achievable Emission Rate)
RACT(Reasonably Available Control Technology)
改正大気清浄法:CAAA
(Clean Air Act Amendments 1990)
有害大気汚染物質 MACT(Maximum Achievable Control  Technology)
LAER(Lowest Achievable Emission Rate)
GACT(Generally Available Control Technology)
改正大気清浄法:CAAA
(Clean Air Act Amendments 1990)
水質 BAT (Best Available Technology)BPT (Best Practicable Cotrol Technology Currently Avilable)
BCT (Best Conventional Pollutant Cotrol Technology)
NSPS(New Source Performance Standards)
PSES(pretreatment standards for existing sources)
PSNS(pretreatment standards for new sources)

※類似の用語※
BPJ (Best Professional Judgement)BMPs(Best Management Practices)

水質清浄法:CWA
(Clean Water Act)
廃棄物 BDAT(Best DemonstratredAvailable Technology) 資源保護回復法:RCRA
(Resource Conservation and Recovery Act of 1976)

  

2)BAT手法の内容

 アメリカでは、BAT手法は水質汚濁防止分野および大気汚染防止分野で主として適用されている。そこでここでは、水質汚濁防止分野におけるBAT基準、大気汚染防止分野におけるBACT基準、MACT基準について、その内容を整理した。

(1)水質汚濁物質に対するBAT基準について

■BAT基準について

 BATとは、Best Achievable Technologyの略称の略称であり、利用可能な最善の排出抑制技術を導入した場合に“達成可能な大気汚染物質の排出基準”である。BATは、水質汚濁防止分野での排出基準の代表である。
 水質汚濁防止分野での排出基準は、発生源の業種と種類(新規か既存か)、水質汚濁物質の種類によりその呼称が異なり、BAT以外には、BPT、BCT、NSPS、PSES、PSNS、BADTがある。(なお本調査では、これらを総称してBAT基準と呼ぶこととする)
 規制対象となる水質汚濁物質は、水質清浄法(CWA)では次の3つの種類に区分される。(図表A-参照)

 BPTとBCTは、一般汚染物質を排出する既存発生源に適用される排出基準である。BATは、有害汚染物質を排出する既存発生源および下水道処理場からの排水に適用される排出基準である。NSPSは、一般汚染物質を排出する新規の発生源に適用される排出基準である。PSESとPSNSは、下水道への排水に適用される排出基準である。BADTは、新規の下水道処理場からの排水に適用される排出基準である。これらを関係を整理すると、下記のような関係であり、NSPSが最も厳しい水準となる。(図表A-参照)

一般汚染物質

 NSPS<BCT<BPT
  ∥
 PSNS

有毒汚染物質
その他の汚染物質

 NSPS<BCT<BPT
  ∥
 PSNS

図表A-8 汚濁物質のカテゴリー

カテゴリー 主な指標
[1]一般汚染物質・指標
 (conventional pollutants)
・BOD(生物化学的酸素要求量)
・ss (浮遊固形物)
・糞便性大腸菌(fecal coliform)
・水素イオン濃度(pH)
・油
・グリース など
[2]有毒汚染物質・指標
 (toxic pollutants)
・重金属
・PCB
・エーテル など
[3]その他の汚染物質・指標 (non-conventional pollutants) ・全有機物
・窒素
・リン
・鉄
・色
・アンモニア など
一般汚染物質、有害物質のいずれにもあたらない汚濁物質はすべてその他の汚染物質として扱われる。(1977年法で設定される)

図表A- BAT基準の関係

 

 

図表A-9 水質汚濁物質の排出基準

   既存発生源
(existing source)
新規発生源
(new source)
水域への直接排出 一般汚染物質(conventional pollutants) BPT:Best Practicable Cotrol Technology Currently Avilable(現在使用可能な最善の実用可能な汚染防止技術)に基づいた排出基準
  +
BCT:Best Conventional Pollutant Cotrol Technology(一般項目の規制のための最善の処理技術)に基づいた排出基準
NSPS:new source performance standards
(利用可能な最善の汚染防止技術・製造工程などの使用を通して達成できる最大の汚染削減となる排出基準)
有毒汚染物質
(toxic pollutants)
BPT:Best Available
Techno logy Economically
Achievablly
(採算にあう利用可能な最善の処理技術)に基づく排出基準
同上
その他の汚染物質(non-conventional pollutants)
水域への間接排出(下水道への排出) 一般汚染物質(conventional pollutants) PSES:pretreatment
standards for existing
sources(事前処理を行う基準)により定められている排出基準
PSES:pretreatment
standards for new sources(事前処理を行う基準)により定められている排出基準
有毒汚染物質
(toxic pollutants)
その他の汚染物質(non-conventional pollutants)

 

図表A-10 BAT基準の概要

排出先 名称 適用対象 概要
河川等の水域への直接排水 BPT:Best Practicable Cotrol Technology Currently Avilable
(現在使用可能な最善の実用可能な汚染防止技術)
水域に直接排出される既存発生源からの一般汚染物質  
BCT:Best Conventional Pollutant Cotrol Technology
(一般項目の規制のための最善の処理技術)
水域に直接排出される既存発生源からの一般汚染物質 装置の経過年数、使用される設備・工程等の内容、汚染物質の削減に要する費用、汚染物質の削減によって得られる効果を勘案し、設定される。
具体に指定されているケースは少ないという。
BAT:Best Available Technology Economically Achievable(採算にあう利用可能な最善の処理技術) 水域に直接排出される既存発生源からのその他の汚染物質 BCTと比べて、費用対効果の視点は加味されない。
NSPS:new source performance standards
(達成できる最大の汚染削減となる排出基準)
水域に直接排出される既存発生源からの全ての汚染物質 他に比べて最も厳しい水準となる。
※類似の概念

BPJ:Best Professional Judgement(最善の専門的判断による基準)

上記の排出基準が定められていない場合 上記の排出基準が決定されるまでの暫定的な基準である。
個別判断され、排出基準が決定される。
概ね6ヶ月程度で数値の確定がされるという。

下水道への排出
(河川等への水域への間接排出

PSES:pretreatment standards for existing sources(事前処理を行う基準)により定められている排出基準 既存の下水処理場から排出される一般汚染物質 水準の面では、BATと同等な水準である。
PSNS:pretreatment standards for new sources(事前処理を行う基準)により定められている排出基準 新規の下水処理場から排出される全ての汚濁物質 水準の面では、NSPSと同等な水準である。

出所)北村嘉宣「環境管理の制度と実態 アメリカ水環境法の実証分析」(1992年11月)、
東京海上火災保険「環境リスクと環境法」(1992年3月)、EPAへのヒアリングより作成

   ■法的な仕組み

 BAT基準は、従来の水質関連法を大幅に改正し、1977年に制定された水質清浄法(CWA:Clean Water Act)により導入された排出基準である。
 1972年の水質清浄法では、1985年までのゼロ排出、“魚釣りができ水泳が楽しめる”という理想的な目標を掲げている。この目標達成に向けた基本的な規制手法が、各産業類型別に定められる「ある一定の技術に基づいて設定された排出基準(Technology-based effluent limitations and standards)」と、水域毎に定められる「排出先の水域の水質基準(receiving water quality standards)」である。このうち排出基準に相当するものがBAT基準である。
なお、水質清浄法での水域の定義は、“領海を含む合衆国の水域(waters of the United States including the territorial seas)”であり、河川、湖沼、湿原に加えて、沿岸域も対象としている点が特徴的である。

   ■歴史的経緯

 1972年法以前の制度体系では、濃度を基準とする水質基準(water quality standards)が中心的な規制手法であった。1972年に制定された水質清浄法では、水質基準の考え方を継承しつつも、これに加えて、技術に基づいた排出基準(Technology-based effluent limitations and standards)と排出許可制度を中心とする事前抑制の仕組みへの転換が図られる。

図表A-11 歴史的経緯

1948年 水質汚濁管理法を制定(Water Pollution Cotroul Act)
以降5回の修正と名称変更(1956,1961,1965:水質法〈Water Quality Act〉,1966水質回復法〈Clean Water Restoration Act〉,1970:水質改善法を制定〈Water Quality Improvement Act))を経て、1972年のCWAに引き継がれるまで水質規制の根幹となる。
各州により個別に行われていた規制を連邦法として統一する。
1970年1月 国家環境政策法(NEPA)を施行
(The National Environmental Policy Act)
1970年12月 環境保護庁(EPA)を創設
水質は、EPAの管轄となる。
1972年

水質汚濁管理法を修正し、水質清浄法を制定
(CWA:Clean Water Act)

技術に基づいた排出基準と排出許可制度を導入する。
水質基準のみでの規制の場合、きれいな川には多くの汚染物質が流され、汚染されている川には流せないなど、企業の立地や地域間に不公平が生じると考え、上記制度を導入する。
1974年

飲料水安全法を制定

1977年

CWA改正

1987年

CWA改正

建設、鉱業、農業、畜産、植林などの非点源汚染源を規制対象とする。

   

■非特定発生源からの水質汚濁物質に対するBMPsについて

 1972年に水質清浄法が改正され、排出基準の規制が導入されるが依然として河川の水質は改善されない状況であった。その原因としては、農地、ゴルフコース、自動車整備工場などの非特定発生源(non-point source)に因るところが大きいと考えられる。例えば、嵐の時などの大量の雨水(storm-water)とともに有害物質が河川に流出してしまうことが多い状況であった。
 そこで連邦政府では、非特定発生源に対して新しいアプローチとして自主的な環境対策のプログラムを施設別にBMPs(Best Management Practices)としてとりまとめ、州、農業者、事業者に提示し、その策定と実施を促している。ヒアリングによれば、BMPsは、農業者などが経済的に実行可能(economical achievable)な内容であるべきとのコンセンサスができている。このBMPsは、連邦規則(CFR:Code of Federal Regulation)に基づく。既に米国連邦農務省では、農業事業者がBMPsを策定し、実施することに対して補助を講じている。
 アメリカでは、NEPA制定後、30年余を経過する。ヒアリングによれば、BMPsは、10年前ほどから導入され始めた手法であり、フォローアップのツールとして位置づけているという。これまでのところ、フォローアップの内容は、地域な事業内容により異なると考えられていた。このため、共通して他に準用できるものがない状況であった。しかし、数多くのアセスを実施することにより多くの知見が得られ、このうち共通性が見られるものを基準(standards)としてBMPsとしてとりまとめている。今後は、レクリェーション、牧畜などの土地利用のタイプ別により細かいメニューを充実させていく方向であるという。

chap2-1-A-p12.gif (1557 バイト)

 

(2)大気汚染防止分野でのBACT基準について

■BACT基準について

 BACTとは、Best Achievable Control Technologyの略称であり、利用可能な最善の排出抑制技術を導入した場合に“達成可能な大気汚染物質の排出基準”である。BACTは、大気汚染防止分野での排出基準の代表である。
 排出基準の適用対象となるのは、基準汚染物質(criteria pollutants、NOx、SO2、CO、オゾン、鉛、PMの6物質)のいずれかを一定量以上排出する発生源である。
 大気汚染防止分野での排出基準は、適用対象と適用対象が立地する地域の濃度を指標とする環境基準の達成状況によりその呼称が異なり、NOx等の基準汚染物質では、BACT以外には、NSPS、LAER、RACTがある。(なお本調査では、これらを総称してBACT基準と呼ぶこととする)BACTは、基準汚染物質の全ての連邦大気環境基準(NAAQS:National Ambient Air Quality Standards)を満たしている地域内に、新たに立地する施設(新規発生源)に対する排出基準である。
 NSPSは、施設の規模、連邦大気環境環境の達成の有無を問わず特定の種類の工場を新設・改造する場合に適用される排出基準である。
 LAERは、基準汚染物質のうち1物質でも連邦大気環境基準が未達成である地域での大規模な新規発生源に対する排出基準である。
 RACTは、オゾンおよびPM10の連邦大気環境基準が未達成な地域での既存発生源に対する排出基準である。
  (図表A-2、A-3参照)

図表A-2 基準大気汚染物質の排出基準
(発生源区分別)

    6物質すべて連邦大気環境基準を達成している地域 1物質でも連邦大気環境基準を未達成である地域 オゾン、PM10の連邦大気環境基準が未達成である地域
新規発生源 特定の種類の
発生源
新規発生源性能基準
(NSPS:New Source Performance Standards)を採用することが要求される
(同左) (同左)
大規模発生源 大気汚染の悪化の避けるために、利用可能な最善の技術(BACT:Best Available Control Technology)を採用することが要求される

最も厳しい技術的な基準
(LAER:Lowest Achievable Emission Rate)を達成することが要求される

(同左)
既存発生源 ──────── ────────

一般に利用可能な抑制技術(RACT:Reasonably Available Control Technology)に基づいた排出レベルを達成することが要求される

出所)東京海上火災保険「環境リスクと環境法 米国編」(1992年3月)、環境庁資料、EPAへのヒアリングより作成

 

図表A-3 BACT基準の概要

名称 適用対象 概要
新規発生源性能基準
(NSPS:New Source Performance Standards)
特定の種類の新規発生源 対象となる種類は、鉄鋼プラント、鉛・亜鉛・同精錬所、ゴム・タイヤ製造工場などである。
上記のカテゴリーに属する工場は、施設の規模に関係なく対象となる。
既存発生源よりも厳しい水準となる。
利用可能な最善の技術基準
(BACT:Best Available Control Technology
大規模な新規発生源 NOx、SO2、CO、VOC、鉛、PMの6物質のうちいずれかを、特定のカテゴリーでは100t/年以上、それ以外では250t/年以上排出する事業所が対象(大規模発生源)となる。
同種の新規発生源に適用されるNSPSと同程度に厳しいものでなければならないとしている。
最も厳しい技術的な基準
(LAER:Lowest Achievable Emission Rate)
大規模な新規発生源
(1物質でも連邦大気環境基準を未達成である地域)
NOx、SO2、CO、VOC、PMの5物質を100t/年以上排出する事業所が対象(新規発生源)となる。
最も厳しい水準となる。
一般に利用可能な抑制技術(RACT:Reasonably Available Control Technology) 既存発生源
(オゾン、PM10の連邦大気環境基準が未達成である地域)
VOCを年間一定量以上排出する既存の事業所が対象となる。対象となる排出量は、オゾンによる汚染状況により異なる。ちなみに、最も汚染がひどい場合は、10t/年以上排出する事業所が対象となる。

  

図表A-4 連邦大気環境基準(NAAQS)の未達成状況

オゾン

 

SO2

 

CO

 

NO2

出所)EPAホームページ(http://www.epa.gov/airsdata/mapview.htm)より

 

■法的な仕組み

 BACT基準は、1977年に改正された大気浄化法(CAA:Clean Air Act)により導入された排出基準を指す。大気浄化法は、最近では1990年に改定されている。このため現在では、BACTは、1990年の改正大気清浄法(CAAA:Clean Air Act Amendments 1990)に基づくものとなる。

図表A-6 大気清浄法とBACT基準に関する歴史的経緯

1963年 大気清浄法(Clean Air Act)を施行
1970年1月 国家環境政策法を施行
(NEPA:The National Environmental Policy Act)
1970年 大気清浄法を改定(いわゆるマスキー法)
1977年 大気清浄法を改定
・排出基準を導入する
1990年 大気清浄法を改定

■連邦大気環境基準の達成状況

 1999年における連邦大気環境基準の達成状況をみると、オゾンに関しては、カリフォルニア州、西海岸北部を中心に未達成地域がある。SO2に関しては、アリゾナ州に未達成地域が集中する。COに関しては、カリフォルニア州南部およびアリゾナ州などに未達成地域が集中する。NO2に関しては、未達成地域はみられない。(図表A-4参照)

(3)有害大気汚染物質に対するMACT基準について

■MACT基準について

 MACTとは、Maximum Achievable Control Technologyの略称であり、最新あるいは最適の技術を導入した場合に“達成可能な有害大気汚染物質の排出基準”である。MACTは、有害大気汚染物質に対する排出基準の代表である。
 排出基準の適用対象となるのは、合計188の有害大気汚染物質(HAPs:Hazardous Air Pollutants)を一定量以上排出する発生源である。
 有害大気汚染物質の排出基準は、BACT基準と同様に、適用対象によりその水準と呼称が異なる。MACT以外には、LAER、GACTがある。(なお本調査では、これらを総称してMACT基準と呼ぶこととする)
(図表A-参照)

 MACTは、いずれか1つの有害大気汚染物質を年間10米トン以上、あるいは、複数の有害大気汚染物質を年間25米トン以上排出する大規模な事業所(主要発生源)に適用される排出基準である。
 LAERは、大規模な事業所を新設する場合に適用される排出基準である。
 GACTは、主要発生源以外の小規模な発生源(地域発生源)に適用される排出基準である。(図表A-参照)
 内容的には、LAER<MACT<GACTといった関係となる。

    ■法的な仕組み

 MACT基準は、1990年に改正された大気浄化法(CAA:Clean Air Act)により導入された有害大気汚染物質の排出基準である。
 有害大気汚染物質(HAPs)は、 投ツ境大気質基準が適用されず、死亡率の増加あるいは重大な不可逆的疾病の増加をきたすことが予想される大気汚染の原因となるものと長官が判断するところの大気汚染物質狽ニ定義されている。
 有害大気汚染物質は、当初は合計189物質であったが、現在ではカプロラクタムが削除され188物質となる。

図表A-5 有害大気汚染物質の排出基準

   

主要発生源
(major source)

大規模な発生源

[1]1種類の有害大気汚染物質の年間排出量が10米トン以上のもの
[2]複数の有害大気汚染物質の合計年間排出量が25米トン以上のもの

地域発生源
(area source)

ドライクリーニング店、ガソリンスタンド等の小規模な発生源

左記以外の有害大気汚染物質の固定発生源

新たに立地する施設
(新規発生源)

(排出基準の公布後に建設が開始される発生源)

既存の同じカテゴリーの発生源の最も厳しい排出レベルを達成することが要求される 一般に利用可能な抑制技術(GSCT:Generally Available control  Technolgy)に基づいた排出レベルを達成することが要求される
既に可動している施設

(既存発生源、新規発生源以外の固定発生源)

そのカテゴリーの発生源が30以上ある場合 既存の同じカテゴリーの発生源が採用している技術のうち性能の良い12%の技術の平均をMACT基準とする

(ただし、最初に達成可能な最低排出の基準(LAER:Lowest Achievable Emission Rate)を達成したものは除く)

そのカテゴリーの発生源が30未満の場合 既存の同じカテゴリーの発生源が採用している技術のうち性能の良い5種の技術をMACT基準とする

※現有設備を改良する時には、既存の排出量を最大12%以下に抑える

(注)米トン=2,000ポンド=907.2kg

■歴史的経緯

 MACT基準は、1990年の大気清浄法の大幅な改正(CAAA:Clean Air Act Amendments 1990)により、導入された排出基準である。
 1990年以前までのアメリカにおける有害大気汚染物質に対する規制は、人体の健康に十分に安全である基準(健康基準)であったが、1990年の大気清浄法の改定により、技術的な基準が追加される。従前は、リスクに基づき基準を定めること、すなわち、人間の健康を守る上で十分な安全率を見込むことが要求されていた。このため、人体の健康からみた規制基準(NESHAP)制定の作業は、順調に進まず、大気清浄法が改正される1990年11月までに基準が定められたのは7物質のみに留まる状況であった。なお、NESHAP制定の作業は、現在も継続されている。

図表A-6 大気清浄法とMACT基準に関する歴史的経緯

1963年 大気清浄法(Clean Air Act)を施行
1970年1月

国家環境政策法を施行
(NEPA:The National Environmental Policy Act)

1970年 大気清浄法を改定(いわゆるマスキー法)
1990年11月 大気清浄法を大幅に改正し、規制を強化する
  • 189の有害大気汚染物質をリスト化する
  • 発生源カテゴリーを制定する
  • 発生源毎に技術に基づいた排出基準“MACT基準”を導入する
  • リスクが残る場合にはリスクに基づく基準を策定する
  • 地域発生源を規制対象に加える
1992年7月 最初の 排出源カテゴリーを発表する
1992年11月 MACT基準制定に関する各産業界毎の実施計画を発表する

■適用対象

 適用対象は、主要発生源と地域発生源より構成される。
 主要発生源は、166のカテゴリーに区分されている。地域発生源は、ドライクリーニング店、ガソリンスタンド等の小規模発生源である。地域発生源は、1990年の大気清浄法改正により新たに規制対象となる。

図表A-7 1992年公表の発生源カテゴリー区分
chap2-1-A-p21.gif (7688 バイト)

2)BAT手法の特色

 環境基準には、主として濃度基準と排出基準の2つがある。仮に、環境質の現状が濃度基準以下であったとしても、各排出源への直接的な規制がなければ、濃度基準が守れなくなるまで汚染が進行してからでないと規制が行われないことになってしまう。加えて、汚染の原因となる物質の排出時から、汚染の問題が顕在化するまでに時間的な取り返しのつかない遅れが生じてしまう場合も考えられる。更には、汚染の原因を特定することも困難な状況となることも予想される。このような事態を回避するために、アメリカでは、より早期段階での問題への対応の観点から排出基準が導入されている点が特徴的である
 このような環境悪化の未然防止の特徴に加えて、大気汚染防止、水質汚濁防止分野におけるBAT手法の内容を整理すると、下記のような特色を有している。

 

3)BAT手法の適用局面

 水質汚濁防止分野でのBAT基準、大気汚染防止分野でのBACT基準は、工場などの新設時における排出基準として適用される。なお、MACT基準は、まだその規制内容が確定されていないため、実際の環境政策面では概念的にのみ取り扱われているところである。
 工場新設等の開発行為を行おうとする場合、プロジェクトの実施主体は、環境影響評価を実施する開発機関と、環境関連の許認可機関に対して許認可申請を行うこととなる。
 開発機関では、NEPAが定める手続きに従い、EISを作成する手続きを行うか否かを検討することとなる。EISを作成することとなった場合、そのEIS検討の過程で各施設から生じる環境への影響を検討することとなる。開発機関では、その環境への影響の程度により緩和措置の検討、代替案の検討を行う。このような過程を経て、最終的なEISが作成され、住民等に公表されることとなる。
 環境関連の許認可機関では、プロジェクトの実施主体からの許認可申請に対し、許認可機関独自の基準(例えば、大気汚染物質の場合にはBACT基準)から、その許認可の是非を判断することとなる。
 許認可機関の基準を満たせるか否かは、EISが作成される場合は、その作成過程の中で検討されることとなる。EISを作成するにあたって緩和措置、代替案等により基準が満たせる場合には、環境関連の機関からの許認可が得られることとなる。
 一方、EISが作成されない場合は、個別にプロジェクト実施主体と環境関連の許認可機関とが協議することとなる。

 

4)排出基準の決定方法

 個々の排出基準の内容は、米国環境保護庁長官が定めるガイドラインを基礎にして、インフォーマル・ルールメーキング(informal rule-making)の手続きにより決定される。
 インフォーマル・ルールメーキング(略式規則規定)の手続きとは、行政手続法(Administrative Procedure Act:APA)により定められた告知(notice)と意見聴取(comment)による手続きプロセスである。このため、しばしば“notice and comment procedure”と称される。
 この手続きでは、まず、連邦公報(Federal Registar)に規則等を掲載することによって、告知が行われる。規則の対象が少数の場合は、直接規則を送付することにより公示とする場合もある。告知する内容は、次の3つである。

  1. 公開の規則制定手続きが行われる場合、その日時、場所、性質
  2. 規則作成の根拠となる権限規範
  3. 規則等の全文 または要旨、あるいは主題と問題となる事項の説明

 告知が行われた後、利害関係者に意見聴取の機会が与えられる。行政庁では、聴取された意見を考慮したうえで、規則を制定し、その根拠 および 目的の概要を簡潔に記載する。
 一方、このようなインフォーマル・ルールメーキングは、規制対象となった中小企業等の保護に不十分であるとの批判も強いため、下記など様々な規制内容を緩やかにすることが課せられるようになっている。

図表A- 検討サイクルの流れ

  注)上図では、インフォーマル・ルールメイキングの手続きを、Informal Information Exchangeと記載している
出所)USEPA「Mact Implementation Strategy」、1997年9月

 

図表A-13 排出基準決定の流れ

出所)宇賀克也「アメリカ行政法」(1988年)、環境庁「有害大気汚染物質及び炭化水素類規制動向調査」
(1996年3月)、EPAへのヒアリング他を参考に作成

図表A- MACT基準の例(ガソリン流通施設)

発生部位 排出基準
ガソリンバルクターミナルの給油台
  1. 蒸気回収システムを設置する
  2. 蒸気回収処理システムからの放出
    :ガソリン給油量1リットルあたり10mgTOC以下
  3. 気密ガソリンタンクにのみ給油する
  4. ターミナルの蒸気回収システムにあった蒸気回収装置を備えたタンクにのみ給油する
  5. 給油時の蒸気回収システムと蒸気回収装置の接続を確保する
  6. 給油時のタンクのゲージ圧が4,500Paを越えないよう、蒸気回収装置と給油装置を設計、操作する
  7. 蒸気回収システムの減圧弁が4,500Pa未満で開き始めてはならない
ガソリンバルクターミナルおよびパイプライン中継ステーションの貯蔵タンク 設計容量が75m3以上のタンクには、下記のいずれかをつける
  • 内部浮き屋根のついた固定屋根
  • 外部浮き屋根
  • クローズドベンドシステムと制御装置
  • 上記と同等のその他のシステム
ガソリンバルクターミナルおよびパイプライン中継ステーションの装置からのもれ
  1. 毎月、給油時に目、音、臭いによるもれの点検を行う
  2. 上記の点検の目録をつける
  3. もれのある場合は、5日以内に修理を開始し、15日以内に修理または交換を完了する
  4. 15日以内に修理が完了できない場合は、遅れの理由と完了の予定を示す
  5. 上記1.~4.の代わりに、EPA長官の認める装置もれモニタリングシステムを用いてもよい
  6. 下記のようなガソリン上記が放出されない取扱いを行う
    • ガソリンのこぼれを最小とする
    • こぼれはすぐに拭き取る
    • ガソリン容器を使用していない時は開放端をガスケットシールでカバーする
    • オイル/水セパレーター等に廃水を導く開放放水系に入るガソリンを最小とする

注)ガソリン流通施設には、ガソリンバルクターミナル、パイプライン中継ステーション、パイプラインポンピングステーション、バルクプラント、ガソリンスタンドがある。
  これらの施設からの有害大気汚染物質の排出状況を検討した結果、ガソリンバルクターミナル、パイプライン中継ステーションのみが、主要発生源であることが判明した。
  この結果を受けて、EPAでは、これら2施設に対するMACT基準(排出基準)を定めた。

5)アメリカにおけるBAT基準と環境アセスメントとの関わり

 関係各機関へのヒアリングによれば、アメリカでは、BACT基準やBAT基準は環境保全のための許認可基準であり、環境アセスメントは計画検討の手続きであるという見解である。このため、制度的な枠組みの中では、BAT基準等と環境アセスメントとは重なりはみられない状況である。
 しかしながら制度的な枠組みの中では関係はみられないが、アセス手続きの中で各種代替案を検討段階で、その内容面で、BATが重要な役割を果たしている分野がある。水質汚濁防止および有害物質による土壌汚染回復(スーパーファンド法適用地域)の2つの分野である。これら2つの分野では、ある限られた地区内において、保全のための各種技術を導入することにより達成すべき水準が決まっているため、個別技術の善し悪しが大きく関与する。このため、BAT技術の導入の有無が代替案検討のツールとなると考えられる。

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