“実行可能なより良い技術”の検討による評価手法の手引き

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6 “実行可能なより良い技術”検討にあたって参考とした欧米の制度

欧米諸国では、“実行可能なより良い技術”と同様の考え方であるBest Available Technology(BAT)などのツールを考案し、地域の環境の状況に合った環境保全対策を講じてきている。
欧米諸国におけるBATは、主に大気や水についての排出規制に関する許認可等の局面で活用されているもので、環境影響評価制度で検討されているものではない。さらに、ここに示した事例の多くは、排出基準や導入すべき技術の水準を決定するための手続・プロセスである。しかしながら、考え方やBATの検討プロセスなどは我が国の環境影響評価制度における“実行可能なより良い技術”を検討する際の参考となると考え、ここに整理した。
なお、EU指令は、EU加盟国において国内法化されてはじめて事業者に適用されるが、EU指令の国内法化の期限は1999年であり、2)~4)で示すEUの各国の制度(1998年時点)は変更になっている可能性がある。

 

1)EU

《概要》

EUでは、IPPC指令を制定し、指定する活動からの環境汚染を防止・管理するため、対象施設の設置を許可制としている。対象施設は利用可能な最善の手法(BAT;Best Available Techniques)を適用し汚染防止策を講じなければならない。
BATは関係者間の共同作業によりBAT参照文書として示される。

《参考となるポイント》

◇BATの定義及びBATを決定する際の考慮すべき事項(“Best Available Technology”の評価の視点)

◇実際に技術を使用・開発する産業界だけでBATを決めるのではなく、各国の専門家や環境団体の意見が採り入れられていること

◇許可の最終判断では技術だけではなく、設置に係る技術特性や地理的立地、地域の環境条件を考慮することを定めていること

 

[1]EUにおけるBATの定義について

 EUでは、IPPC指令(Council Directive 96/61/EC of 24 September 1996 concerning integrated pollution prevention and control)において、汚染者負担の原則に基づき産業活動ができるだけ環境に影響を与えないために必要な規定を示している。
 IPPC指令で指定された施設の設置には、各国の機関から許可を取得しなければならない。そして、その許可は「利用可能な最善の手法(BAT;Best Available Techniques)」(第2条)の考え方に基づくものでなければならないと定められている。
 利用可能な最善の手法とは、次のように定義されている。

「利用可能な最善の手法」:
(産業)活動の発展及びその操業方法の最も効果的及び高度な段階で、環境全体に影響を与える排出物の防止(それが困難な場合は削減)のため特定の手法に関して、原則として排出物制限値を設けるに際しての実践的適用性を示したものを意味する。
「手法(technique)」:
設備の設計・建設・維持・操業・廃棄に際して用いられた技術(technology)と方法の両方を指す。
「利用可能な手法(available technique)」:
技術的・経済的に実行可能である状況の下、費用及び利点を考慮した上で、運営者がそれを利用できる限りは当該加盟国で利用又は生産されているかどうかを問わず、関係する産業分野での設置が可能であるように設計されている手法
「より良い(best)」:
全体として高水準な環境保全を達成するのに最も効果的であること

 

[2]BATを決定する上で考慮すべき事項

EU指令では、各国の機関が検討する際の支援として、付属4でBATを決定する際の考慮事項を示している。

1. 廃棄物削減技術の利用
2. 有害性の低い物質の使用
3. 工程で生成又は使用した物質と廃棄物について、適正な再生及び再利用の促進
4. 工業規模で実証された工程・施設及び手順との比較可能性
5. 科学的知見及び理解に基づく技術的進歩及び変化
6. 排出物の性質・影響及び量
7. 新規及び既存施設が当局により認可された日付
8. 最も利用可能な最善の手法の導入に必要な期間
9. 工程で使用された原料(水を含む)の性質、消費、及びエネルギー効率
10 排出物の総合的な環境影響を回避あるいは最小限に減少する必要性とそのリスク
11. 事故の防止と、(万一起こった場合)その結果を最小限にくい止める必要性
12. EU加盟国からなる情報交換委員会あるいは国際機関により公表された情報

 

[3]BATの検討と情報交換のしくみ

欧州委員会はEU加盟国の専門家と産業及び環境団体の代表からなる情報交換及びBAT参照文書(BREF;BAT Reference Document)の草案作成の場としてEuropean IPPC Bureauを組織している。European IPPC Bureauは約30の部に分かれ、各部が約2年をかけて産業別のBREF草案を作成している。作業は2003年末までに完了する予定で、約50の産業分類を網羅する30程度のBREF草案が完成することになる。
 さらに、各国政府、欧州委員会及び産業界からの代表者からなる顧問機関として、Information Exchange Forum(IEF)が設立されている。IEFの下には技術作業グループ(Technical Working Group (TWG))が設立されており、TWGは有用な情報の提供と情報交換結果報告をIEFに行う。European IPPC Bureau が検討したBREFの草案は、TWGにおいて検討された後、IEFの検討を経てEU環境総局に提出される。
 EUでは実際に技術を開発・活用する産業界だけでなく、政府の専門家や環境団体と共にBATを抽出する検討を行っており、より客観性の高い検討が行われていると考えられる。
 このように、政府、産業及び環境団体の関係者が情報交換を行いながらBATを検討するという方法は、我が国の環境影響評価制度における実行可能なより良い技術の検討にも参考になると考えられる。

 

図表-21 BATに関する情報交換のしくみ

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[4]BATの適用方法

EU指令では、各国の機関は許可の最終判断において(a)設置の技術特性、(b)地理的立地、(c)地域の環境条件 を考慮しなければならないと定められている(第9条)。
 すなわち、当該施設に実際に導入される設備の妥当性はBATの導入だけで判断されるのではなく、地形や地域の環境条件といった地域特性を考慮して判断されている。
このように、地域特性を考慮した総合的な評価方法は我が国の環境影響評価制度における評価方法の参考になると考えられる。

 

2)イギリス

《概要》

イギリスでは汚染物質の排出限度について許可制としている。許可の手続の中で、住民意見を踏まえて環境庁が個別の目標排出基準を決定している。
 許可の際には、汚染の抑制技術として「過大なコスト負担なく利用可能なより良い手法」(Best Available Technique Not Entailing Excessive Cost)を利用することが義務づけられている。BATNEECは、環境庁のたたき台を基にした関係者間の調整後、ガイダンスノートとして示される。

《参考となるポイント》

◇BATNEECは政府だけで決めるのではなく、産業界や市民、専門家の意見を反映させて決められていること

◇BATNEECの定義、NEEC(過大なコスト負担なく)の考え方

◇目標排出基準を決定している。許認可の際には、地方の環境庁が住民意見の収集等の手続を行うこととなっている点

 

[1]イギリスにおけるBATの定義について

 イギリスでは、汚染物質の排出限度について許可制になっており、許可にあたって個別に条件を付すしくみとなっている。許可を与える際の条件として、汚染の抑制技術として「過大なコスト負担なく利用可能なより良い手法(Best Available Technique Not Entailing Excessive Cost)」を利用することが義務づけられている。イギリスでは“Technology(技術)”ではなく“Technique(手法)”という表現になっており、単に技術(ハード)だけでなく、当該技術の適用方法(ソフト)も含んでいる。

 「過大なコスト負担なく利用可能なより良い手法」とは以下のように定義されている。

 

「より良い(B; best)」:
有害汚染物質の放出を予防・最小化・溶出(render)するのにもっとも効果的であるという意味である。同様の効果を生み出す手法は2組以上ある可能性がある。
「利用可能な(A; available)」:
事業者にとって対象となる手法が入手可能であることを意味する。その手法が必ずしも一般的であるとは限らないが、一般的に入手可能でなければならない。これには中規模レベルで開発された(実証された)手法も含まれるが、必要な業界での信頼を得た上で関係業界にその技術が適用可能であることが前提となる。
「手法(T; technique)」:
手法を実行する設備と設備の動かし方の両方が含まれる。すなわち、手法を構成している要素とそれらをつなぎ合わせて全体を形成しているものの両方を意味すると考えるべきである。また、従業員の数や質・作業手法・研修・管理、建物の設計・建設・配置や保守に関することも含まれており、これらも手法の概念や設計に影響を与える。
「過大なコスト負担なく(NEEC; not entailing excessive cost)」:
新しい工程と既存の工程のどちらに適用されるかによって、2通りの文脈で捉える必要がある。いずれにしても、BATを適用する際の費用がその業界の性質上及び環境保護達成度から見て過大である場合はBATを適切に調整することができる。

 

新しい工程と既存の工程についての考え方を下に示す。

(1)新しい工程:
多くの場合、BATとBATNEECが同一であると考えられている。しかし、以下の法則が適用されるべきである。
BATの費用についてはその手法による環境への損害の重みを勘案した上で考えるべきである。環境への損害が大きいほど必要となるBATの費用も増加する。
目的は環境に損害を与える物質の放出を防ぐ、あるいはさらなる費用をかけることなく放出を低減することである。BATNEECを適用した後でも深刻な害が及ぶようであれば、その手法を採用しないこともできる。

BATNEECであると考えられる手法に対する批判的アプローチが必要である。考慮すべき点は一般的に見てどの部分の費用が過大なのかであって、特定の業種において利益が得られないことは(BATNEEC選定に)影響しない。
(2)既存の工程:
環境庁では新たに更新する必要があるもの、できるだけ新しいものに更新する必要があるもの、完全に廃止すべきものの分類を試みる。

 「過大なコスト負担なく」という点は、費用対効果の観点から判断される。例えば、ある技術により有害物質の排出を90%抑制できるのに対して、95%抑制するために更に4倍の費用を必要とする場合は、95%抑制するための追加費用は「過大な負担」と判断される。但し、排出物の有害性が高い場合、この費用が過大とはいえないという判断も行われる。
 このような「過大なコスト負担なく」の考え方は“実行可能なより良い技術”の「実行可能な」における経済性に関する評価の考え方の参考になると考えられる。

 

[2]BATNEECの適用方法

イギリスでは環境庁が個別工程ごとにBATNEECのガイダンスノートを作成する。このガイダンスノートの中で、環境庁がBATNEECを用いることによって達成できると考えている大気や水・地表への排出物の上限が示されている。
 ガイダンスノートには次の内容が含まれる。

該当手法の定義を含む前書き
所管大臣により定められた事項を含む、新規・既存プラントに対する一般的義務
その手法(Technique)を用いることで達成できると環境庁が考えている大気や水・地表への排出物の上限
使用するプラントと手法についての説明
排出される指定物質・その他の物質の中で有害である可能性があるもののリスト
当該手法のBATを代表する公害除去手法の概略
達成可能な放出量に合わせるために必要なモニタリングについて

ガイダンスノートには法的拘束力はない。また、ガイダンスノートが特定の適用例の最終決断に悪影響を与えることはない。最終決断は適用例の個別事情や公的・法的協議内容も考慮に入れた上で行われる。
 ガイダンスノートは4年おき以下の頻度で必要に応じて更新される。企業側はこの見直しに基づいて、その都度施設などのチェックを受けることになり、改善の余地が見られる場合には、環境庁と導入すべき手法について改めて協議を行う必要が生じる。
 環境庁には、査察等の権限も与えられている。環境庁の査察等に対しては、企業が訴訟を起こすこともあるが、その場合、基本的には企業側がBATNEECに基づいていることを明確にする義務がある。

 

[3]BATNEECの検討手順

イギリスではBATNEECの検討過程において、政府、コンサルタント、産業界及びその他の団体が関わり、意見を述べ、協議を行い決定するという段階を踏んでいる。
 このような関係者からの意見が反映される手続は我が国の環境影響評価制度における“実行可能なより良い技術”を検討する際の参考になると考えられる。

 

図表- 22 BATNEECの検討の流れ

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[4]許認可とBATNEECの関係

イギリスでは実際に施設に適用される排出基準は、事業者がガイダンスノートからBATNEECに該当する技術を導入するだけでは決まらない。許可申請全体の手続の中で、BATNEECを含め事業者からの申請内容が広く地域住民に公表され、地域住民からの意見収集を行った上で、地方環境庁が評価し、目標排出基準を設定することになるのである。
 このように、BATNEECが導入されるものでありながら、その内容に対する意見も含め個別に地域住民の意見を聞く手続の過程は、我が国における“実行可能なより良い技術”の考え方を導入した環境影響評価の実施の際の参考になると考えられる。

 

図表-23 許可の流れ

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3)ドイツ

《概要》

ドイツでは、有害な環境影響に関する対策は「技術水準」に適合した排出濃度軽減措置によってとられることと定められ、具体的には技術指針等により排出基準が定められている。
 一方、最新の技術は変化するため、環境省内の技術トレンドを追跡している担当者や技術に関する学識経験者の提案、新規技術の開発企業等による申請をきっかけに、専門家や州政府の検討、公聴会による産業界や住民からの意見収集を経て連邦政府が技術水準を決定する。
 技術指針等の法的規制により排出基準は定められているものの、企業は許可手続の中で州政府から技術水準の具体的な適用が求められる。実際に適用される水準は事業者と州政府の個別協議を通じて決められる。

《参考となるポイント》

◇技術水準が開発を行っている企業の申請などをきっかけにして検討されており、最新情報が反映されやすいしくみになっている

◇技術水準の決定において、連邦政府、州政府、産業界、学識経験者及び住民のそれぞれが意見を述べる機会を持っている

◇「経済性」に対する考え方(環境保全を最重要視する観点から経済性をあまり重視しない)

◇より良い環境質の達成のために、州政府と事業者が個別協議を行い、結果的に法的な排出基準以上の環境負荷低減の達成が約束される

 

[1]ドイツのBATについて

 ドイツでは連邦インミッション規制法により、「有害な環境影響に関する対策は、『技術水準』に適合した排出濃度軽減措置によってとられること」と定められている。
 技術水準とは「進歩した工程、施設又は操業方法の開発水準であって、排出濃度抑制のための措置の実際上の適合性が保証されていると認められたものをいう。技術水準を定めるにあたっては特に操業の結果検証されている比較対照されるべき工程、施設又は操業方法を参照するものとする」(連邦インミッション規制法第3条6項)と表現されている。

 

[2]技術水準の適用方法

 例えば、大気汚染に関して法律上「技術水準」が関係する局面は、次の3つである。

認可を要する施設の経営者の義務として、有害な環境影響に対する配慮が必要とされている。この際、特に排出濃度抑制のための技術水準に適合した措置の配慮がなされるべきことが求められている。
認可を要する施設の認可確定後に相隣地の所有者等が当該施設の操業中止を求めることはできないが、予防措置を請求できる。この際、予防措置が技術水準からみて実施不可能な場合または経済的に埋め合わせられないときには、相隣地の所有者等が施設に対して損害賠償を求めることができるとされる。
認可を要しない施設に対しても、その経営者・管理者は義務として、技術水準に従って回避することの出来る有害な環境影響を減少させること、技術水準に従って回避することが出来ない有害な環境影響を最低限度に制限することが必要とされる。

 

[3]技術水準と排出基準の関係

 具体的な技術水準の適用は、許認可手続において地域の主務省庁により実施される。一方、排出基準は、技術指針(例えば、大気汚染防止に関する技術指針TA-Luft))で法的に設定されている。
 従って、地域の主務省庁は政策的に示している技術水準の適用を求めるものの、事業者は法的な排出基準の遵守を行えば良いと考えることから、しばしば行政と事業者で対立が起こることがあるという。
 このため、許認可を行う行政機関において、事業者と行政機関がしばしば協議を行い、これを通じて、事業者は結果的に排出基準以上の環境負荷削減を達成する努力を約束することになる。
 事業者と行政機関の協議が不調に終わった場合には、法的な争議を行い司法の判断を仰ぐこともある。但し、裁判を行うと申請の許認可が相当期間伸びることになるため、事業者は事業をすぐに立ち上げられなくなるというデメリットが生じる。
 なお、この協議は個別協議となるため、行政としては同様な案件について平等性を失わないように努力しており、基本的には申請する事業者の合意を得ることによって問題が起きないようにしている。
 このようにドイツでは、許認可手続の中で事業者と州政府の個別協議により技術水準を適用することで、より良い地域環境の確保が実現されている。

 

[4]技術水準の検討方法

技術水準は次の検討プロセスにより抽出される。
 まず現在の技術水準の改正を行おうとする動きの最初の「きっかけ」は、環境省内の技術トレンドを追跡している担当者や技術に関する学識経験者による提案、新規技術の開発企業等による申請とされる。
 ついで、常設されているドイツ技術者委員会や技術審議会、州との定期協議会などの検討を経て導入の検討が行われる。
 その結果については、連邦による公聴会が開催され産業界や住民からの意見を収集し、最終的に技術水準としての位置づけを連邦が決定する。
 「技術水準」を検討する際の技術は、(1)実証プラントレベルでの結果が得られていること、(2)特定の技術であっても将来性のあるもの、等である。
 なお、ドイツ政府の環境を重視する政策を反映して、この制度においては経済性の考慮があまり重要視されていない(EUにおける同制度の導入にあたっては、環境先進国のドイツやオランダと経済成長を重視する諸国との間で「経済性」をめぐる議論があり、結果として中間的な案(前出1)EU)に落ち着いた経緯がある)。
 このように、技術水準が開発を行っている企業の申請などをきっかけにして検討されており、最新情報が反映されやすいしくみになっていること、「経済性」に対する考え方、そして技術水準の決定において、連邦政府、州政府、産業界、学識経験者及び住民のそれぞれが意見を述べる機会を持っていることは、我が国の環境影響評価制度における実行可能なより良い技術の検討における参考になると考えられる。

 

図表- 24 ドイツにおける技術水準決定の流れ

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4)オランダ

《概要》

オランダでは、環境汚染物質の発生源となる施設の設置について、施設が存在する州政府の許認可を得る必要がある。環境負荷物質の排出抑制のためには、総合環境法により「利用可能なより良い抑制技術(Best Available Control Technology ; BACT)の利用」が示されている。
 事業者の自主的取り組みが重視されており、排出基準は法的規制ではなく中央政府、地方政府、事業者の協力により策定された「オランダ環境規則(NeR)」をガイドラインとしている。しかし、州政府は許認可内容を住民に対して示さなければならず、住民は取り組みが不十分と考える場合は州政府及び事業者に対して訴訟を起こすことができるため、自主的取り組みではあるものの住民から理解されるような排出基準等が要求されることとなる。

《参考となるポイント》

◇政府の目標達成に向け、事業者の自主的な取り組みを促進させるような動機付けを与えるしくみ

◇州政府、事業者、住民の三者により環境負荷の回避・低減が図られるしくみ

◇BATの具体的な検討方法が「Dutch Notes on BAT」に示されていること

 

[1]オランダのBACTの定義について

オランダでは、汚染の発生源となる施設の設置については施設の存在する州政府が独自の基準で許認可を行う。環境面での手続が複数の環境法に関連する場合の調整等について総合環境法(Environment Act)が規定している。総合環境法では、「利用可能なより良い抑制技術(Best Available Control Technology;BACT)」が示されており、例えば、BACTにより大気への環境汚染物質の排出抑制を行うことが規定されている。
 州政府が許認可を行う際に排出基準を決定するためのガイドラインとして、オランダ環境規則(NeR)が策定されている。NeRは、中央政府、州等地方自治体、企業の協力のもとにつくられている。

 

[2]目標排出基準とBACTの関係

オランダでは、国家環境政策計画に基づき環境政策が行われており、現在は2010年を目標とした第3次国家環境政策計画(Third National Environmental Policy Plan)が推進されている。
 この計画では、長期的な排出量削減目標等が示されており、これらの目標を達成するための方法として、新しい環境法の制定、経済インセンティブを利用した手段、企業の自主協定が挙げられている。特にオランダ政府は行政側のみの方法では目標が達成できない可能性があることから、企業の協力、自主協定による環境保全に重点を置いている。
例えば、大気汚染物質の削減に関しても、政府として「環境基準」や「目標排出基準」を設定しており、その達成に向けて次の3段階からなる戦略的手法を用いている。

第1段階:協定、合意による削減
例えば、国内の40企業に対して、政府目標の実施について要望し、協議を行った。これは企業の自発的な取り組みを容認する方法であり、1社毎には達成できないものを40社で対応できるとしたものである。従って、基準を超えた企業は他の企業の削減を享受でき、「相互の融通」が可能となる。
仮に企業が反対した場合には、当局としては第3段階の法的な規制へ進むこととされ、オランダ国内の企業にとっても第1段階の手法により削減努力をした方が有利と考えられている。
第2段階:NeRによる削減
第1段階の方法による改善が進まない場合、州当局の許認可の際の基準となるNeRの改定等に踏み切り、より厳しい基準が設定されることになる。
NeRは中央政府、州政府、企業の協力により策定することとなるが、その基準は各企業にとって一律の基準となるため、「相互の融通」という方法は否定される。
第3段階:法的な手段による削減の実施
さらに改善が見られない場合には、法制度による規制となる。法制度により改善すべき基準が設定された場合は、守るべき最も厳しい基準となる。

 

図表-25 産業公害に対する目標排出基準の導入と基準達成のための段階的対応

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[3]BACTの導入方法

オランダでは、企業が新しい製造工程の導入あるいは改変に関する許認可を州政府に申請すると、州政府がその立地場所周辺の環境質の状況を考慮して、遵守すべき排出基準を企業に示す。そして、その達成のための技術の導入を州政府と企業が協議する。
 州政府は、住民に対して排出基準等の許認可要件を示さなければならない。住民は排出基準等の取り組みが十分でないと考える場合には、州政府及び事業者に対して訴訟を起こすことが可能である。従って、州政府は許認可に際して住民の理解が得られる要件を事業者に課すことになる。
 このように、オランダでは法律による規制という手段は用いていないものの、州政府、事業者及び住民の三者による相互監視が有効に働き、環境負荷の回避・低減が進められていると言うことが出来る。このような三者の関係は我が国の環境影響評価制度においても参考になると考えられる。

 

[4]事例;鉄精錬等におけるBATの検討の流れ

「Dutch Notes on BAT for Production of Primary Iron and Steel」(1997年)によると、BATについては以下のような段階による抽出が行われている。
 これらBATの抽出においては、政府、業界、学識者等による共同作業により実施されている。

 

図表-26 BAT抽出の流れ

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鉄精錬に関する事例について、フロー図(図表-26)の番号ごとに説明する。

1. 鉄及び鋼鉄の生産工程を明らかにしている。
2. 工程ごとのエネルギー消費や大気への排出物等の環境負荷を把握する。
3. 工程ごとに、環境負荷を低減させるために利用可能な手法(techniques)を示している。手法は工程に統合される手法(process-integrated techniques;PI)と、工程に付け足される手法(end-of-pipe techniques;EP)に分類される。これらの手法について、技術の説明、応用可能性、排出量削減達成度、適用されている施設一覧が示されている。さらに、相互作用(cross-media effects)、操業データ(operational data)、経済性(economics)などの追加情報も含まれている。なお、「利用可能」の基準は、EUのIPPC指令の定義に則っている。
4. これらの技術に対し、BATとしての抽出は、IPPC指令の定義の全側面についての体系的比較に基づき行われる。抽出にあたっては、立法や許可制度に関わるオランダ政府機関の検討も加味されることになる。
5. 開発あるいは将来の開発可能な技術に関しては、「利用可能な」技術には含めることは出来ない。しかしながら、BATの検討においてはこれら開発途上の技術についても触れられている。
6. 開発中の異なる工程による鉄の製造方法について記述されている。

 

5)アメリカ

《概要》

 アメリカには、BACT(Best Available Control Technology)、MACT(Maximum Achievable Control Technology)、BAT(Best Available Technology)と呼ばれる環境汚染物質の排出基準がある。これらはより良い技術の水準に基づいて設定されている。また、その設定にあたっては、関係業界団体や環境保護団体等との協議を経るプロセスを採用しており、日本における環境影響評価手続と同様なプロセスとなっている。

《参考となるポイント》

◇排出基準を定める米国環境保護庁では広範に技術を調査し、上位に評価される技術を“より良い技術”としている

 例えば、MACTの場合には性能の良い上位12%までの技術の性能の平均から排出基準を設定しており、事業者は排出基準を達成できる技術を導入する必要がある

◇排出基準は全国一律ではなく、大気汚染の現状、大気等の環境基準の達成状況、事業所の規模、汚染物質の排出量の多寡など、地域特性や事業特性を考慮して設定される。

 例えば、新規に大規模な事業所を設置する場合には、“実行可能であり”かつ最も厳しい“より良い技術”を導入する必要がある。一方で、既存の小規模な事業所に対しては一般に利用可能な“より良い技術”を導入する必要がある

◇排出基準は汚染物質の排出量や濃度に関わる事項に限らず、機器の操作技術や日常の管理技術なども含んだ広範な内容である

 

[1]アメリカにおけるBACT、MACT、BAT

 アメリカでは、より良い技術の水準に基づいて各種汚染物質の排出基準を設定する環境規制の仕組みが大気汚染防止、河川等の水質汚濁防止などの分野で構築されている。
 このような設定による排出基準の代表的なものには、大気汚染防止分野でのNOx等の大気汚染物質に対するBACT(Best Available Control Technology)、クロム等の有害な大気汚染物質に対するMACT(Maximum Achievable Control Technology)、水質汚濁防止分野でのBAT(Best Available Technology)などがある。

 

[2]MACTの事例

MACTとは、最新あるいは最適の技術を導入した場合に“達成可能な有害大気汚染物質の排出基準”の1つである。適用対象によりその水準と呼称が異なりMACT、LAER(Lowest Achievable Emission Rate)、GACT(Generally Available Control Technology)等がある。(図表-27)これらは1990年に改正された大気浄化法(Clean Air Act)により導入された規制である。
 MACT等有害な大気汚染物質の排出基準の適用対象となる事業所は、有害大気汚染物質(HAPs:Hazardous Air Pollutants、合計で188物質)を一定量以上排出する事業所である。
 適用対象は主要発生源と地域発生源に分けられ、主要発生源とは合計166のカテゴリー区分があり、地域発生源とはドライクリーニング店、ガソリンスタンド等の小規模発生源である。
 これらの排出基準の水準は適用対象施設の特性(立地する地域での環境基準の達成状況、業種、新規発生源と既存発生源など)に応じて異なる水準が適用される。新規発生源に対する基準が最も厳しく、既存発生源、小規模発生源の順に緩やかとなる。

 

図表-27 対象施設別にみた有害な大気汚染物質の排出基準の概要
(MACTなど)

  主要発生源
(major source)

大規模な発生源

[1]1種類の有害大気汚染物質の年間排出量が10米トン以上のもの
[2]複数の有害大気汚染物質の合計年間排出量が25米トン以上のもの

地域発生源
(area source)
ドライクリーニング店、ガソリンスタンド等の小規模な発生源

左記以外の有害大気汚染物質の固定発生源

新たに立地する施設
(新規発生源)

(排出基準の公布後に建設が開始される発生源)

既存の同じカテゴリーの発生源の最も厳しい排出レベルを達成することが要求される 一般に利用可能な抑制技術(GACT:Generally Available Control Technology)に基づいた排出レベルを達成することが要求される
既に稼働している施設
(既存発生源、新規発生源以外の固定発生源)
そのカテゴリーの発生源が30以上ある場合 既存の同じカテゴリーの発生源が採用している技術のうち性能の良い12%の技術の平均をMACT基準とする
(ただし、最初に達成可能な最低排出の基準(LAER:Lowest Achievable Emission Rate)を達成したものは除く)
そのカテゴリーの発生源が30未満の場合 既存の同じカテゴリーの発生源が採用している技術のうち性能の良い5種の技術をMACT基準とする

※現有設備を改良する時には、既存の排出量を最大12%以下に抑える

(注)米トン=2,000ポンド=907.2kg

 

[3]排出基準の決定方法

 MACT、BACT、BAT等の排出基準の内容は、米国環境保護庁長官が定めるガイドラインを基礎にして、インフォーマル・ルールメーキング(informal rule-making)の手続により決定される。(図表-28)インフォーマル・ルールメーキング(略式規則規定)の手続とは、行政手続法(Administrative Procedure Act)により定められた告知(notice)と意見聴取(comment)による手続プロセスである。このため“notice and comment procedure”とも称される。告知が行われた後、利害関係者からの意見聴取の機会が設けられる。行政庁では、聴取された意見を考慮したうえで、規則を制定し、その根拠 および 目的の概要を簡潔に記載することとなる。
 MACTの場合には、関連する技術情報を収集し、まず達成可能な最低限の水準(MACT Floor)、最も厳しい基準の適用可能性を検討し、排出基準案を決定する。この案をもとに、業界団体や環境関係の団体との調整を経て、最終的な排出基準が確定されることとなる。例えば、既に稼働している発生源でそのカテゴリーの発生源が30以上ある場合、既存の同じカテゴリーの発生源が採用している技術のうち性能の良い12%の技術の平均を最終的な排出基準としている。(図表-29)

 

図表-28 インフォーマル・ルールメーキングの手続の流れ

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注)上図では、インフォーマル・ルールメーキングの手続を、Informal Information Exchangeと記載している
出典:米国環境保護庁「Mact Implementation Strategy」、平成9年9月

 

図表-29 MACTの決定の流れ

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出典:宇賀克也「アメリカ行政法」(昭和63年)、環境庁「有害大気汚染物質及び炭化水素類規制動向調査」(平成8年3月)、米国環境保護庁へのヒアリング他を参考に作成

 

[4]排出基準の内容

 排出基準は汚染物質の排出量や濃度に関わる事項に限らず、機器の操作技術や日常の管理技術なども含んだ広範な内容である。

 

図表-30 MACT基準の例
(ガソリン流通施設)

発生部位 排出基準
ガソリンバルクターミナルの給油台
1. 蒸気回収システムを設置する
2. 蒸気回収処理システムからの放出:
ガソリン給油量1リットルあたり10mgTOC以下
3. 気密ガソリンタンクにのみ給油する
4. ターミナルの蒸気回収システムにあった蒸気回収装置を備えたタンクにのみ給油する
5. 給油時の蒸気回収システムと蒸気回収装置の接続を確保する
6. 給油時のタンクのゲージ圧が4,500Paを越えないよう、蒸気回収装置と給油装置を設計、操作する
7. 蒸気回収システムの減圧弁が4,500Pa未満で開き始めてはならない
ガソリンバルクターミナル
および
パイプライン中継ステーションの貯蔵タンク
設計容量が75m3以上のタンクには、下記のいずれかをつける
内部浮き屋根のついた固定屋根
外部浮き屋根
クローズドベンドシステムと制御装置
上記と同等のその他のシステム
ガソリンバルクターミナル
および
パイプライン中継ステーションの装置からのもれ
1. 毎月、給油時に目、音、臭いによるもれの点検を行う
2. 上記の点検の目録をつける
3. もれのある場合は、5日以内に修理を開始し、15日以内に修理または交換を完了する
4. 15日以内に修理が完了できない場合は、遅れの理由と完了の予定を示す
5. 上記1.~4.の代わりに、EPA長官の認める装置もれモニタリングシステムを用いてもよい
6. 下記のようなガソリン蒸気が放出されない取扱いを行う
ガソリンのこぼれを最小とする
こぼれはすぐに拭き取る
ガソリン容器を使用していない時は開放端をガスケットシールでカバーする
オイル/水セパレーター等に廃水を導く開放放水系に入るガソリンを最小とする
注) ガソリン流通施設には、ガソリンバルクターミナル、パイプライン中継ステーション、パイプラインポンピングステーション、バルクプラント、ガソリンスタンドがある。
これらの施設からの有害大気汚染物質の排出状況を検討した結果、ガソリンバルクターミナル、パイプライン中継ステーションのみが、主要発生源であることが判明する。
この結果を受けて、EPAでは、これら2施設に対するMACT基準(排出基準)を定めた。

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