1)経緯
河川、湿地帯及び島が複雑に入り組んだサンフランシスコ湾/サクラメント川・サンホアキン川河口域(以下、ベイデルタと呼ぶ。)は、アメリカ西海岸最大の河口域である(次図参照)。面積は、灌漑用水の整備された農地が2,180km2、全体で2,990km2に達する。ベイデルタは、750種類以上の動植物の宝庫であるとともに、2,200万人のカリフォルニア市民の飲料水源であり、かつ全米農作物総生産量の45%を産出する農地へ灌漑用水を供給している。
ベイデルタは、カリフォルニア州最大の2つの分水システムの結節地点でもある。2つの分水システムとは、内務省開拓局が実施するセントラル・ヴァリー・プロジェクト(CVP)とカリフォルニア州水事業(SWP)である。CVPとSWPは、船運、洪水防御、灌漑用水、生活用水、工業用水、及び水力発電用の水の供給改善を目的として行われた。更に、7,000件以上の大・小規模の取水業者が許可を受け、ベイデルタに注ぐ流域からの水供給サービスを行っている。これらの取水事業は、カリフォルニア州全域における人口増加、外来種、水質汚濁及びその他様々な要因と共に、ベイデルタの魚類及び野生生物資源に重大な影響を及ぼしている。
ベイデルタの重要性は誰もが認めるところではあるが、その管理及び保護の方法について数十年にわたって地域の合意形成が行われず、植物の生息地の減少、水質の劣化、地堤防の喪失が進んでいた。
図3.4.1. カルフェッドベイデルタ総合計画の対象地域
出典:CALFED BAY-DELTA PROGRAM, ‘Executive Summary of the Final Programmatic Environmental Impact Statement/Environmental Impact Report’, July 2000 よりMRI作成
1992年、州政府が水政策評議会を設置したことを契機に、1993年に連邦政府がベイデルタの保護・管理の調整のための連邦生態系理事会(FED)を設け、その翌年に州政府と連邦省庁との間でベイデルタの水資源管理を図るための枠組協定が合意された。協定により、水質基準を設定し、水供給及び絶滅危惧種の保護等に関する取り組みの改善を図るとともに、ベイデルタの生態系の健全性回復や水源管理の改善を図る長期的かつ包括的な計画であるカルフェッドベイデルタ総合計画を実施することとなった。
<参考>カルフェッドベイデルタ総合計画策定までの経緯
・1992年12月 州水政策委員会、及び州水政策の諮問団体であるベイデルタ監視委員会の合同によってベイデルタ問題が州レベルに引き上げられた。
・1993年9月 連邦生態系理事会が創設され、ベイデルタについて連邦の資源保護及び管理部門の協力が図られた。
・1994年6月 ベイデルタにおける資源問題の解決を図るため、州及び連邦機関は「枠組合意」に署名した。
・1994年12月 地域の水関係機関及び環境機関の協力の下、州及び連邦資源局が、ベイデルタの基準に関する合意原則に署名した。この合意は以降1997,1998,1999年の3度に渡って更改され、2000年9月15日まで有効とされていた(当時)。
・1995年5月 カルフェッドベイデルタ総合計画が策定される。カルフェッドとは8つの州政府機関及び10の連邦政府機関から構成されるベイデルタの管理及び規制を負う共同体(コンソーシアム)のことである。
2) 実施主体と手続き
カルフェッドベイデルタ総合計画の実施主体は、関連する州政府機関及び連邦政府機関から構成される共同体(コンソーシアム)であるが、連邦諮問委員会法に基づき、州知事及び大統領から任命された水利用者や環境団体などの利害関係者から構成されるベイデルタ諮問委員会が長期的な解決に向けて中心的な役割を担っている。以降、本報告書ではカルフェッドコンソーシアム(原文表記はGALFED Agency)と呼ぶこととする。
図3.4.2総合計画の構造と役割
出典:CALFED BAY-DELTA PROGRAM, ‘Phase Ⅱ Report’, Final Programmatic EIS/EIR Technical Appendix, July 2000 よりMRI作成
7イデルタ諮問委員会(BDAC)は連邦諮問委員会法の下に公認されており、水利権者、環境団体
、カリフォルニア食料・農業局、そしてカリフォルニア中のスポーツフィッシング団体といった利
害関係団体の代表者を含む。BDACはカルフェッドコンソーシアム(CALFED Agency)と定期的に
会合を持ち、勧告されたプログラムの開発作業の状況を検討するために職員を配置する。加えて、B
DACは特に複雑な問題についてはさらに注力するために、“作業部会”と呼ばれる小委員会をいくつも組織した。
表3.4.1環境影響評価書(EIS/EIR)の作成におけるコンソーシアム内の役割分担 |
||
指導的機関 |
プロジェクトの実行や承認に対し責任を負う州及び連邦政府機関 |
カリフォルニア州資源庁 内務省魚類・野生生物局 内務省開拓局 商務省海洋漁業局 環境保護庁 農務省資源保護局 陸軍工兵隊 |
責任を負う機関 |
指導的機関以外の州機関。プロジェクトの実施及び承認に法的責任を負う。 |
カリフォルニア州環境保護庁 カリフォルニア州資源庁魚類・猟獣鳥局* カリフォルニア州資源庁水資源局 カリフォルニア州環境保護庁州水資源管理委員会 |
協力機関 |
指導的機関以外の連邦機関で、環境影響に関しては法律あるいは特別な専門知識をもって管轄する機関である。 |
農務省林野局 内務省地質調査局 西部電力局 内務省土地管理局 |
その他の機関 |
正規に参加する機関 |
デルタ地帯保護委員会 カリフォルニア州食料・農業局 カリフォルニア州資源庁開拓委員会 |
* カリフォルニア州漁業・猟獣鳥局はカリフォルニアの人々から信託された天然資源を管轄する機関でもある。 |
出典:CALFED BAY-DELTA PROGRAM, ‘Final Programmatic Environmental Impact Statement/Environmental Impact Report’, July 2000 よりMRI作成
この計画では広範な合意を得るため、当初、以下の3つの段階を経ることとされた。国家環境政策法(NEPA)及びカリフォルニア環境質法(CEQA)の規定に基づき、フェーズⅡで計画レベルの環境影響評価を、フェーズⅢで事業レベルの環境影響評価を行うこととなっている。図3.4.3及び表3.4.2にフェーズⅠ~Ⅲの一連の流れを整理した。
図3.4.3フェーズⅠ,Ⅱ,Ⅲ
出典:CALFED BAY-DELTA PROGRAM, ‘Executive Summary of the Final Programmatic Environmental Impact Statement/Environmental Impact Report’, July 2000 よりMRI作成
表3.4.2フェーズⅠ,Ⅱ,Ⅲの内容
フェーズ |
内容 |
フェーズⅠ 1995.5~1996.9完了 |
ベイデルタが直面している問題点の特定、事業目標の作成、また指針となる原則の策定、及びデルタ導水に関して当面の解決策の指針を3つ提示した。 スコーピング、住民からの意見聴取、及び行政機関による見直しの後、生態系の修復、堤防システムの統合、水質の改善、及び水供給の信頼性向上に関連する問題を解決するための重要なプログラム要素を策定した。また、特に導水プログラムにおいて異なるシステムを採用する3つの基本的な複数案を起草した。 |
フェーズⅡ ~2000.8完了 |
2000年7月に最終版の環境影響評価書(EIS/EIR)を公表し、続く8月に意見聴取と政策決定記録(ROD)を公表して、完了した。 1998年3月のEIS/EIR案の公表の後に、望ましい案が策定されたため、EIS/EIR案の修正を行うこととなった。このEIR原案とEIR修正案の主な相違点は、望ましい案に関する分析であった。 同時に全複数案の及ぼす影響の分析に関する情報の更新も行われた。1999年6月~9月の期間に、パブリックコメントの募集が行われ、一般向けヒアリングも16回開催された。 |
フェーズⅢ 2000.8~ |
カルフェッドコンソーシアムは、フェーズⅡまでにおいて選択された望ましい案を実施することとなる。総合計画の実施に当たっては、最初の7年間はフェーズⅡにおいてEIS/EIR作成と並行して策定された実施計画に従い行われる予定であるが、フェーズⅢにおいては必要に応じて、調査、環境の再調査及び許認可等に関して見直しが行われる可能性もある。 総合計画の巨大さと複雑さのため、実施に際しては、30年以上の期間がかかる見込みである。 |
出典:CALFED BAY-DELTA PROGRAM, ‘Phase Ⅱ Report’, Final Programmatic EIS/EIR Technical Appendix, July 2000
フェーズⅠにおいて策定されたカルフェッドベイデルタ総合計画の事業目標は、表3.4.3に示すとおりである。
フェーズⅠで提示された当面の解決策として、以下の3つの指針が提示された。
[1] 問題領域は大きく、生態系を修復すること、堤防システムを統合すること、水質を改善すること、水供給の信頼性を向上することの4つが存在し、これらは密接な相関関係を有することに留意する。
[2] 水量、水質、需要量と、どれもが長期的には大きく変動する可能性があるため、これに対応する長期的な水管理戦略が求められる。
[3] 解決策は固定的なものではなく、地球温暖化や外来種の侵入等にも対応できるよう臨機応変な管理が求められる。
その上で、上記[1]で挙げた4つの問題領域を解決するために、プログラム要素が策定された(表3.4.4及び表3.4.5参照)。なお、8つのプログラム要素のうち水の融通と流域管理の2つは、フェーズⅡ移行後に追加されたものである。
表3.4.3カルフェッドベイデルタ総合計画の事業目標
計画の理念 |
カルフェッドベイデルタ総合計画の目標は、生態系の健全性を修復することと、有益な利用のためにベイデルタ系の水管理を改善することで、包括的な長期計画を構築することである。 |
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主要な目的 |
生態系の修復 |
ベイデルタ地域における水圏及び陸上生息地を改善し拡大することで生態系の機能を改善し、種の多様性を維持し貴重な動植物を保護する。 |
水供給 |
ベイデルタからの水供給量と、ベイデルタ水系に基づく現行及び将来見積もられる使用量の差を縮める。 |
|
水質改善 |
有効に利用するために良質な水を供給する。 |
|
デルタ地帯の機能保全 |
デルタの堤防が崩壊した場合に土地利用、及びそれに関連する経済活動、水供給、社会基盤、生態系に与える危険を小さくする。 |
|
解決の原則 |
解決策の大原則は、多目的な総合計画を達成するための方策として策定されたものである。複数案を受容可能なものとするために、あらゆる場面で考慮されるべきものであると同時に、複数案毎の制度的な部分を設計するための手引きとなるものである。 |
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水系内の対立を縮小すること |
水利権の対立を解決するものでなければならない。 |
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平等であること |
問題となっている全ての分野に注力しなければならない。 |
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賄い得る費用であること |
総合計画が予見する資源量の範囲以内で実施可能、継続可能でなければならない。 |
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耐久性があること |
政治経済的に持久力があり、資源を保全するものでなければならない。 |
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実行可能性があること |
幅広い社会的受容性を持ち、法律的にも実現可能でなければならない。そして、実施においては時宜に適って無駄がないことが重要である。 |
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重大な負の影響を他地域に転嫁しないこと |
ベイデルタ水系内の問題解決にあたっては、ベイデルタ地域内及びカリフォルニア州内の他地域へ、その重要な負の影響を転嫁してはならない。 |
出典:CALFED BAY-DELTA PROGRAM, ‘Final Programmatic Environmental Impact Statement/Environmental Impact Report’, July 2000 よりMRI作成
表3.4.44つの問題領域と、解決のための8つのプログラム要素
解決のためのプログラム要素 |
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生態系 修復 |
堤防システムの 統合 |
水質改善 |
水の有効利用 |
水の融通 |
貯水 |
導水 |
流域管理 |
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資源管理戦略の問題領域 |
生態系を修復する |
◎ |
○ |
◎ |
○ |
○ |
○ |
○ |
○ |
堤防システムを統合する |
○ |
◎ |
△ |
△ |
△ |
○ |
○ |
△ |
|
水質を改善する |
○ |
○ |
◎ |
○ |
○ |
○ |
○ |
○ |
|
水供給の信頼性を向上する |
○ |
○ |
○ |
◎ |
◎ |
◎ |
◎ |
△ |
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◎>○>△は、資源管理戦略の目標を達成するにあたっての、各プログラム要素の貢献度合である。 |
出典:CALFED BAY-DELTA PROGRAM, ‘Phase Ⅱ Report’, Final Programmatic EIS/EIR Technical Appendix, July 2000 よりMRI作成
表3.4.5プログラム要素、及びその目標
プログラム要素 |
プログラムの目標 |
生態系修復 |
ベイデルタ内の水生・陸生動植物の生息地を改善・拡大させるとともに、絶滅の危機に瀕する動植物の種の回復・保存を図る。 このため、デルタ内の生態系管理区域で、必要な土地を購入し、あるいは土地所有者からの協力を得て、重要な生態系のプロセスや生息地、そして種の修復・維持を行う。 |
堤防システムの統合 |
堤防の安全性向上を図るとともに、増水時に対応した管理システムを整備する。 |
水質改善 |
ベイデルタの水質を持続的に改善し、生態系の保全や飲料水に適した水質を保全するため、代替水源の確保、水質処理、その他貯水や水路に関するプログラム等を通じて、水質への負荷を削減する。 |
水の有効利用 |
農業用水管理理事会と都市用水保全理事会の協力により、都市水・農業用水の保全や水再利用プログラム及び湿地水管理プログラムを策定し、法的に遵守を促すとともに、ローカルレベルで財政的・技術的支援を提供する。 |
水の融通 |
水の移転に関する情報センターの設置、承認手続きの簡素化、水路の活性化等を通じて、各セクター間の水の流動性を高める。 |
貯水 |
追加的な貯水設備を整備して地下水・地表水を貯蔵することにより、水供給の安定を図り、環境保全のための放水等に用いる。 |
導水 |
水供給の安定、水質や生態系の改善等を図るため、既存の水路の改築等を行う。 |
流域管理 |
ベイデルタ全体に有益な群や市のプログラムに財政的・技術的支援を行う。 |
出典:CALFED BAY-DELTA PROGRAM, ‘Phase Ⅱ Report’, Final Programmatic EIS/EIR Technical Appendix, July 2000 よりMRI作成
3) 他の計画との関係
カルフェッドベイデルタ総合計画の上位計画としては、カリフォルニア州水資源局の定めるカリフォルニア水計画(改訂カリフォルニア水計画 公報160-98号、1998年11月)がある。その概要は、以下のとおりである。
カリフォルニア水計画(改訂カリフォルニア水計画 公報160-98号、1998年11月)
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カルフェッドベイデルタ総合計画の対象地域には、他の数多くの事業及び調査研究が現在進行中、もしくは近い将来において予定されており、本総合計画によっても影響を受けるものと思われる。これらの事業及び調査研究を以下に列挙する。