海外における戦略的環境アセスメントの技術手法と事例(平成13年9月)

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4.EU

(1)EUにおけるSEAの参考図書の作成状況

EUのSEA指令に基づくものではないが、地域開発計画及び交通基盤整備計画のそれぞれについて、SEA用の参考図書(”Handbook on environmental assessment on Regional Development Plans and EU Structural Funds programmes”(1998)、”Manual on Strategic Environmental Assessment of Transport Infrastracture Plans”(1999))が作成されている。前者はEUの第11総局(環境、核安全、市民保護)が、後者はエネルギー・運輸総局が作成したものである。これら2つを取り上げ、以下に整理した。

(2)EUの技術的手法等に関する参考図書の概要

1) 地域開発計画用ハンドブック

“Handbook on environmental assessment on Regional Development Plans and EU Structural Funds programmes”(1998):「地域開発計画等における環境アセスメントハンドブック」では、SEAの役割について整理した後、地域開発計画の策定プロセスに沿って、それぞれのステージでどのように検討していけばよいか、すなわち、地域開発計画の策定に環境面からの配慮を統合するプロセスが示されている。この付属Ⅲにおいて、地域開発計画のSEAを実施する際に用いられる技術手法が、ケーススタディの紹介も含め全体で10ページ程度で簡単に紹介されている。ここでは、インパクトマトリックスに関する説明が中心であり、その他の6つの手法([1]質問、インタビュー、審査会、[2]チェックリスト、[3]傾向分析、[4]オーバーレイマッピング及びGIS、[5]生態系及びエコシステム分析、[6]ネットワーク及び系統図)についても簡単に紹介されている。累積的環境影響についても触れられているが、その評価手法については、アメリカの参考図書として取り上げた”Considering Cumulative Effects Under the National Environmental Policy Act”(1997):「国家環境政策法における累積的影響の考え方について」を参照することが推奨されている。以下に、インパクトマトリックス及びその他の6つの手法に関する説明の概要を示した。

[1]インパクトマトリックスに関する記載内容

インパクトマトリックスは、環境影響を特定し表示するのに広く用いられる手法であり、地域開発計画の内容とそれによる環境影響とを結びつけて表示するものである。マトリックスの中身は、次のようなものが使われる。

基準となる活動リストが存在するEIAでのインパクトマトリックスと違い、SEAでは、そのようなリストが存在しないため、計画やプログラムを実施した場合にどうなるか、あるいは、計画やプログラムを実施するのに必要な活動はどのようなものかを考える必要がある。潜在的な正あるいは負の環境影響の可能性を、できるだけ総合的に特定していくことがこのインパクトマトリックスの目的である。

アイルランドの西地域開発計画におけるインパクトマトリックスの例を以下に示した。ここで横軸は、西地域開発計画に含まれる次の各プログラムを示す。

表2.4.1インパクトマトリックスの事例

 

サブプログラム1

サブプログラム2

サブプログラム3

サブプログラム4

国際的な持続性

       

輸送エネルギー:効率性-移動数(トリップ)

+/x

0

0

+/x

輸送エネルギー:効率性-輸送手段(モード)

+/x

0

0

+

建築物環境

+

0

0

0

エネルギー効率性

+

+

0

0

CO2固定化

+

0

0

+

生物多様性

x

0

+

+/x

         

天然資源

       

大気質

0

+

0

+

水資源の保全及び水質

+

+/x

+

+

土地及び土壌の質

+/x

+

0

+/x

鉱物の保全

0

0

0

+/x

         

地域環境質

       

景観及びオープンランド

+/x

+/x

0

+

都市の生活環境

+

0

0

0

文化的遺産

+/x

+/x

+

+

オープンスペースへのアクセス

+/x

0

+

+

建築物の質

0

+

0

+

革新、技術及び研究開発

0

+

+

+

凡例  

x 負の影響 + 正の影響
+/x 正及び負の影響  0 影響なし

出典:European Commission, DGXI, Environment, Nuclear Safety and Civil Protection, ‘Handbook on environmental assessment on Regional Development Plans and EU Structural Funds programmes’, Environmental Resource Management, 1998 よりMRI作成

[2]その他6手法に関する記載内容

その他の6手法については、ごく簡単な紹介が行われているのみである。以下にその内容を示した。

表2.4.2その他6手法に関する紹介内容

手法

紹介内容

[1]質問、インタビュー、審査会

  • 各関係省庁、非政府組織、個人の専門家からの情報を収集するのに効果的。どのような環境影響を重要とみなすかについて、合意を形成することにもつながる。
  • 不確実性の問題や、主観的定性的なデータの取り扱いに際しても、透明性の高い議論ができるという利点がある。

[2]チェックリスト

  • 重要な環境影響を特定するのに役立つ。事業実施段階の環境影響評価においてよく用いられるが、戦略的レベルや累積的影響を考慮する際には、原因と結果の関係がより複雑になるため、注意を要する。

[3]傾向分析

  • 天然資源、エコシステムや、より敏感な地域の経年変化を評価するのに用いられる。
  • 一般に、過去及び将来の状況を図示し、それを用いることにより、事象の発生あるいは影響要因の強度に応じた変化量を算出することができる。

[4]オーバーレイマッピング及びGIS

  • 空間の次元を加えた分析を行うことができる。開発が行われる地域を特定し、どの地域に最も大きな影響が及ぶかを知ることができる。
  • それぞれの地域における開発の圧力を加算することができる場合には、累積的影響の分析に有効である。

[5]生態系及びエコシステム分析

  • 戦略的レベルにおいては特に有効である。天然資源の持続可能な利用について検討する際に役立つ。

[6]ネットワーク及び系統図

  • 原因と結果の関係について、理解し、説明し、表わすのに用いられる。
  • 複合的影響や間接的、累積的影響を評価するのに役立つ。

出典:European Commission, DGXI, Environment, Nuclear Safety and Civil Protection, ‘Handbook on environmental assessment on Regional Development Plans and EU Structural Funds programmes’, Environmental Resource Management, 1998 よりMRI作成

2) 交通基盤整備計画用マニュアル

“Manual on Strategic Environmental Assessment of Transport Infrastructure Plans”(1999):「交通基盤整備計画のSEAマニュアル」では、交通基盤整備計画におけるSEAの原則として、そのプロセス、ティアリング及びプランニングとの連携、SEAプロセスの管理について整理した後、スクリーニングからスコーピング、分析、検討、プランニング及び意思決定への統合、実施及びモニタリング、協議及び参加まで、順を追ってどのようにSEAを検討していけばよいかが示されている。最後に、PartⅢにおいて交通基盤整備計画のSEAに必要な分析手法について一通り紹介されている。

分析手法について整理したPartⅢでは、まずはじめに交通予測、次いで、グローバル及び地域的な影響の分析とローカルな影響の分析について整理し、最後に参考文献を紹介している。PartⅢ全体で、参考文献の紹介を除き30ページ弱でとりまとめられている。以下にその概要を示した。

 

図2.4.1交通基盤整備に伴う影響

出典:European Commission, DG Energy and Transport, ‘Manual on Strategic Environmental Assessment of Transport Infrastructure Plans’, DHV Environment and Infrastructure BV, 1999よりMRI作成

 出典:European Commission, DG Energy and Transport, ‘Manual on Strategic Environmental Assessment of Transport Infrastructure Plans’, DHV Environment and Infrastructure BV, 1999よりMRI作成

[1]交通予測に関する記載内容(概要)

環境、空間、社会、経済の環境アセスメントに関連がある交通指標を見積もる必要がある。特に重要なのは次の2つである。

利用できるモデルがない場合には、交通モデルを作る必要があるが、時間的制約もあるため、SEAのプロセスでできる程度の簡便なモデルとすること。交通ネットワークに変更を及ぼす計画の場合は、このようなモデルが必ず必要になる。

モデルに加え、もしくは、モデルの代わりに、専門家の判断を仰ぐ必要がある。

[2]グローバル及び地域的な影響の分析に関する記載内容(概要)

大規模な影響には、グローバルな影響(エネルギー資源その他天然資源の減少及び気候変動)と地域的な影響(酸性雨、光化学スモッグ)がある。これらは、交通流の変化により直接的な影響を受ける問題である。一般的な指標は次の通りである。

このような大規模な影響は、ルートや交通基盤のデザインなどよりも、空間的、技術的、経済的政策や輸送手段及び物流のコンセプトに依存する。

これらの大気汚染物質の排出は、とりわけ、公衆衛生及び生物多様性に大規模な影響を及ぼす。SEAでは、排出目標に照らし合わせた評価が必要である。

エネルギー使用量や大気汚染物質の排出量を予測するモデルは、自動車の種類ごとの排出原単位に基づくものである。SEAで用いるモデルは簡単なものでよい。このようなモデルでは、次の事項を考慮するのが望ましい。

表2.4.3. グローバル及び地域的な影響に関する指標

影響

指標の候補

生物多様性

(ローカル影響を参照)

化石燃料の減少

- エネルギー使用量(メガJ)

- 燃料使用量(リットル、トン)

その他天然資源

の減少

- マテリアル強度(交通容量一単位あたりの物量使用量トン)

 

気候変動

 

- 燃料、エネルギー使用量(リットル、トン、メガJ)

- CO2排出量(輸送人キロ当たりCO2排出量)

- N2O及びCH4排出量

酸性雨

- 燃料、エネルギー使用量(リットル、トン、メガJ)

- NOx及びSO2排出量

- 酸性物質により異常が発生する臨界負荷量

光化学スモッグ

- 燃料、エネルギー使用量(リットル、トン、メガJ)

- NOx及びVOCの排出量

- 地域気象、丘の存在

出典:European Commission, DG Energy and Transport, ‘Manual on Strategic Environmental Assessment of Transport Infrastructure Plans’, DHV Environment and Infrastructure BV, 1999よりMRI作成

 

[3]ローカルな影響の分析

ローカルな影響には、ローカルでの大気汚染、騒音、土地利用、水質汚濁、生物多様性への影響、景観その他のランドスケープへの影響などがある。これらは、交通基盤整備の立地場所及び交通基盤のデザインにより影響を受ける問題である。

ローカルな影響の評価に際しては、交通基盤の選択肢や計画の複数案についていずれの案を採用するかを検討することが中心的な作業となる。このため、これらの評価に際して用いられる一般的な指標は次の通りである。

ルートを最適化していく過程では、重要で脆弱な地域の土地をどの程度利用するか、また、それらの地域にどのくらい近いところで開発が行われるか、大気汚染や騒音の影響を受ける地域の人口やそれらの影響を受ける脆弱な地域の面積、また、それらの影響の回避、緩和の可能性などを考慮する。

予測手法としては、GISを含むマッピング手法や専門家の判断などを活用する。騒音などについては、簡便な伝播モデルを用いることができる。

表2.4.4. ローカルな影響に関する指標

影響

指標
ローカルな

大気汚染

- 高濃度地域と居住地との距離

- 影響を受ける住民数

騒音

- 輸送機関による騒音の影響を受ける地域と居住地との距離

- 輸送機関による騒音の影響を受ける地域と静寂が必要とされる地域との距離

- 影響を受ける住民数

- 基準値以上の騒音の影響を受ける人数

- 騒音の影響を受けることになる、静寂が必要とされる地域

土地利用

- 保全地域などの土地の直接的利用

- 保全地域などの土地の間接的利用

水資源

- 脆弱な水資源への汚染物質流入リスク(事故も含む)

生物多様性

- 脆弱な生息地との距離

- 重要な生息地の消失、断片化のリスク

- エコシステム及びその価値に関する詳細な記述を含む指標

ランドスケープ

- 脆弱な構成要素、パターン、ランドスケープの断片化

- 景観上重要な構成要素、パターンへの直接的影響

出典:European Commission, DG Energy and Transport, ‘Manual on Strategic Environmental Assessment of Transport Infrastructure Plans’, DHV Environment and Infrastructure BV, 1999よりMRI作成

図2.4.3. 一定の幅の中でのルートの設定

出典:European Commission, DG Energy and Transport, ‘Manual on Strategic Environmental Assessment of Transport Infrastructure Plans’, DHV Environment and Infrastructure BV, 1999よりMRI作成

 

図2.4.4.事例紹介(道路事業と自然保護地域との位置関係の分析;
Baden-Wurttembergの例)

出典:European Commission, DG Energy and Transport, ‘Manual on Strategic Environmental Assessment of Transport Infrastructure Plans’, DHV Environment and Infrastructure BV, 1999よりMRI作成

図2.4.5.事例紹介(道路交通騒音により影響を受ける住民の分析;Baden-Wurttemberg)

出典:European Commission, DG Energy and Transport, ‘Manual on Strategic Environmental Assessment of Transport Infrastructure Plans’, DHV Environment and Infrastructure BV, 1999よりMRI作成

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