戦略的環境アセスメント総合研究会報告書
【参考資料3】我が国の先進事例

参考資料3TOPへ戻る

1.政策・計画段階での環境配慮に関する制度

(1)港湾計画の環境アセスメント

 港湾計画は、各方面からの要請に基づき、将来時点における港湾のあるべき姿を示すマスタープランであり、陸海域にわたる港湾空間における港湾施設及び用地の配置、利用計画を定める空間利用計画である。港湾計画の策定に当たっては、[1]広大な空間を対象とするマスタープランであり、開発によるインパクトが大きいこと、[2]海域をはじめ、豊かな自然環境を有する地域を対象としていること、[3]当該計画により個別の事業の実施や施設の配置が決定されるものではないが、個別の事業の大枠が決定されることから、従来より、港湾法に基づき環境アセスメントが実施されている。これらを踏まえ、平成9年に制定された環境影響評価法でも、一定の港湾計画については環境アセスメントを実施することが義務付けられている。

 港湾計画は、概ね10年先を目標年次として、図1-1の事項が定められる。これらは、その後、港湾整備緊急措置法に基づく港湾整備5箇年計画への組み入れ、公有水面埋立法の手続、その他個別法による手続等を経て具体化される。

 

図1-1 港湾計画に定められる事項

  1. 港湾計画の方針
  2. 港湾の能力
  3. 港湾施設の規模及び配置
  4. 港湾の環境の整備及び保全
  5. 土地造成及び土地利用計画

(注:土地造成の構造・工法は定めない。土地利用計画は用途のみ。個別施設の配置は定めない。)

 

 港湾計画の環境アセスメントでは、マスタープランに対する環境アセスメントであるという性格を有することから、事業段階での環境アセスメントと比べ、1.工事による環境への影響は対象とされていないこと、2.港湾計画段階では、土地利用や事業活動の細部は不明であり、これらを織り込んだアセスとはなっていないこと、3.港湾管理者は、個々の事業の実施者では必ずしもないので、環境アセスメントの実施者である港湾管理者に対して環境保全措置を全面的に条件付けることはできないこと等の点で特徴がある。

 従来の、港湾法に基づく環境アセスメントでは、実施方法が港湾管理者に任されているために計画によってその評価方法等に差があり、また、環境アセスメントの結果は、港湾審議会の参考資料としてまとめられるものの、住民手続が経られず、資料も必ずしも公開されていなかった。そこで、環境影響評価法では、準備書段階から地方公共団体や住民等の意見を聴取する仕組みが設けられるとともに、技術指針等が定められ、港湾計画に定められる事項の精度を考慮し、これに応じた項目や手法を選定するとの原則の下、標準的な項目(図1-2)や手法が示されることとなった。

 

図1-2 環境影響評価法に基づく港湾計画の環境アセスメントの標準項目

1.主要な港湾施設又は埋立地の存在による影響

 水質、地形及び地質、動物・植物・生態系、景観・人と自然との触れ合いの活動の場

2.主要な港湾施設の供用

 主要な港湾施設の供用に伴う大気質及び主要な臨港交通施設の供用に伴う騒音・振動

 

(2)東京都の総合環境アセスメント制度

 東京都では、平成9年4月の東京都総合環境アセスメント制度検討委員会報告「東京都における新たな環境配慮制度のあり方」を踏まえ、事業の実施段階で行われる現行の環境影響評価条例に基づく環境アセスメントでは、計画の内容が固まり具体化する段階で実施するため計画内容の見直しが弾力的に行えないことや、実施時期の異なる複数の事業による複合的・累積的な環境への影響を的確に把握できない面があることから、1.計画段階のできるだけ早い段階から環境に配慮すること、2.広域的な開発計画等における複合的・累積的な環境影響に適切に対応することを目的として、平成10年6月に「総合環境アセスメント制度」の導入を決定した。

 東京都ではこれまでに東京都総合環境アセスメント制度試行実施要領や技術指針案等を定めており、都が策定する広域開発計画及び個別計画を対象に、約2年間試行し、その結果等に基づき、制度の検討課題についての検討を行い、制度化が図られることとなっている。

 同試行実施要領の手続は、図1-3のとおりであり、計画を主管する都の担当部局(実施主体)が作成した「環境配慮書」に対し、環境局長が、都民・区市町村の意見及び審査会の答申を踏まえて審査意見書を作成し、実施主体に対して通知し、実施主体が当該審査意見書を尊重することとなっている。同制度の特徴的な点は以下のとおりである。

  1. 都民に開かれた制度とするために、「環境配慮書」の説明会を開催するほか、審査会は学識経験者のほか公募した都民から構成すること。

  2. 手続の運用の客観性と適切性を確保するため、環境影響の予測及び評価の項目や方法などの技術的な事項を定めた「環境配慮技術指針」と、複数の計画案作成の基本的な考え方を示した「環境配慮ガイドライン」を作成すること。

  3. 社会・経済面からみて採用可能な複数の計画案の作成を義務付け、環境面から比較・評価し、その結果を公表することにより、計画立案の段階で環境配慮を図ること。

  4. 手続の実施主体が取り組みやすい制度とするため、予測・評価の方法は、簡易な手続を採用するなど、計画の内容や熟度に応じた柔軟なものとすること。

 

 図1-3 東京都総合環境アセスメントの手続フロー図

 

(3)川崎市の環境調査制度など行政内部での事前調整の仕組み

 川崎市では、1991年に制定された川崎市環境基本条例に基づき、環境に係る市の主要な施策又は方針のうち環境に重大な影響を及ぼすおそれのあるものについて、行政内部で政策・計画の早期段階から環境への配慮を行うため、環境に係る配慮が十分なされているか、環境の観点から望ましい選択であるか等についての調査(環境調査)を行っている。

 

●川崎市環境基本条例(抄)

(環境調査)

第12条 市は、環境に係る市の主要な施策又は方針の立案に際し、第10条第2号及び第3号に規定する 事項について総合的調整を行う場合は、調整会議において、環境に係る配慮が十分になされているか、環境の観点から望ましい選択であるか等についての調査(以下「環境調査」という。)を行う。

2 市長は、環境調査を行うために必要な指針を、川崎市環境政策審議会の意見を聴いて作成するものとする。

 

 この制度は、1.環境調整会議という行政の内部における調整のための手続であって、調整段階では市民への公開は行われないが、事後に年次報告書で公表されること、2.より早い段階からの環境配慮を行い、行政の意思形成へ反映させるものであり、その結果、代替案の検討の余地が広い段階で行うことができること、3.市が実施する開発事業については環境影響評価条例が規定する事業規模の裾だしとなるほか、ハード系の開発事業のみならずソフト系の行政計画や指針・方針等の作成も対象となることが特徴である。1994年に制度の運用が開始され、約4年間で5件が手続を終えている(表1-1)。

 

表1-1 川崎市の環境調査制度の対象となった施策

分  類 対 象 事 業 等 1次調査書付議 2次調査書 審査書送付
市が実施する事業 神奈川県・横浜市・川崎市広域中間処理施設設置推進事業 1995. 8 1995.11
久末第3住宅建替計画(仮称) 1996. 6 1996. 9
民間事業者等に対する市の協議方針 川崎市火力発電所リフレッシュ事業 1995. 1 1995. 4
新百合ヶ丘3番街マンション計画 1995. 8 1995.11
東急東横線(武蔵小杉駅~矢上川橋梁間)複々線化事業 1997.10 1998. 4
市が策定する計画・要綱等        

 

図1-4 環境調査指針に基づく手続きフロー

 

 環境調査の実施の手続きの手順は、図1-4のとおりであるが、まず、事業計画等の実施局、許認可等の担当局の長が、事業計画等の基本的事項が明確になる基本構想又は基本計画の立案段階で、環境調整会議会長の指示に従って、まず事業計画等の概要、環境配慮の基本的考え方等について記載した一次調査書を作成し、環境調整会議に付議を行う。一次調査は環境調整会議で審議を行った結果、環境に著しい影響を及ぼすおそれがあると認めるときは、当該事業計画等による環境影響の概要等について記載した二次調査書を作成し、環境調整会議に付議を行う。その後、二次調査書に対する環境調整会議における審査の結果が審査書としてとりまとめられ、許認可等の担当局の長は審査結果を反映させることが求められることになる。

 また、三重県では、平成10年3月に「三重県環境調整システム推進要綱」を策定し、三重県が実施する開発事業について、計画段階から環境への配慮について行政内部において調整する手続を設けている。この制度は、対象が自ら実施する開発事業に限られる点を除き、行政内部の調整手続という位置付け、事後の年次報告書での公表などの点で、川崎市の環境調査制度と類似している。

 手続の手順は、まず、事業担当課が計画の概要、計画予定地の環境の状況、環境配慮の内容等を記載した環境配慮検討書を作成し、環境保全推進会議(小規模な事業の場合は、環境管理監会議)の長に提出する。会議では、計画地の選定が妥当か、環境への配慮が十分に行われているか等を審査し、その結果を審議結果通知書として事業担当課に通知する。そして、事業担当課は審議結果通知書の内容を反映させて事業計画を決定することとなる。

 川崎市の環境調査制度や三重県の環境調整システムでは、行政の内部の調整制度であるために、市民等からの事前の意見聴取の機会が設けられてはいないものの、市県の作成する政策・計画が広範に対象となっており、デンマークやカナダ、オランダの環境テストと同様のアプローチがとられている。一方、対象に応じて環境面からの配慮が十分払われるよう、市県の環境部局が必要に応じて十分な調整が図られることとなっているとともに、事後的にその結果を公表することにより透明性を確保する仕組みとなっている。広範な政策を対象とすることのできる柔軟な仕組みとなっている点が特徴である。

 

(4)環境アセスメント実施前の段階での環境配慮の仕組み

 環境影響評価法の制定後、各都道府県・政令指定都市では、環境影響評価条例の制定や見直しが急速に進んでいるが、多くの地方公共団体において、審議会等での検討の過程で、事業計画のより早期の段階から環境配慮を行うことの必要性が指摘され、幾つかの地方公共団体の条例には事前配慮の仕組みが設けられている。

 例えば、神戸市では「神戸市環境影響評価等に関する条例」の策定に当たり、事業計画の早期の段階から環境配慮を取り入れるため、条例で「事前配慮」に関する規定が設けられることになった。同様の規定は、仙台市、千葉市、名古屋市、京都市、広島市の条例にも設けられている。

 条例の内容は、条例に基づき環境アセスメントが義務付けられる事業者に対して、市長が事前配慮に係る事項として定めた指針である「事前配慮指針」に基づいて、事業の構想・立案段階から環境の保全の観点から事前に配慮することを求めるものであり、併せて、事業者は市長に助言を求めることができる旨規定しているのが一般的である。事業の構想・立案段階は、「対象事業の内容がある程度特定され、当該計画の内容を変更することが可能な、事業の内容・規模を立案する段階又は事業予定地を選定する段階」と規定されている。

 

●神戸市環境影響評価等に関する条例(抄)

(事前配慮指針の策定等)

第6条 市長は、事前配慮に係る事項として次に掲げるものに関する指針(以下「事前配慮指針」

 という。)を策定するものとする。

(1) 自然環境に関する事項

(2) より望ましい快適な環境の創造に関する事項

(3) 前2号に掲げるもののほか、必要な事項

2~4 (略)

(事前配慮指針への適合)

第7条 事業者は、事前配慮指針に基づき、事前配慮を行わなければならない。

2 事業者は、前項の事前配慮を行うに当たり、市長に対し、必要な助言を求めることができる。

 

 神戸市環境影響評価等に関する条例では、事前配慮が適切に行われるよう、事業者に対して、事前配慮を行った結果を方法書で明らかにすることを義務付けているほか、仙台市環境影響評価条例では、スコーピング手続の第1段階として、事業実施地域及びその周辺の自然環境等の現況について、文献調査や聞き取り調査といった簡易な手法による調査を求め、前もって立地上の課題を洗い出す作業を行った結果を「事前調査書」として作成し、方法書の提出に併せて事前調査書を市長に提出することを義務付けている。

 事前配慮指針の位置付けについて、神戸市では、「神戸市民の環境をまもる条例」に基づき策定された「神戸市環境保全基本計画」に規定された「健全で快適な環境の確保のために、市長、事業者及び市民が配慮すべき指針」の一部を構成するものとされている(図1-5参照)。千葉市では、千葉市環境基本計画に一節を設けて配慮事項を定めており、当該計画によって事前配慮を行うことを求めている。京都市でも、事前配慮指針は地域環境管理の一環としてなされるものとの位置付けがなされている。(図1-6)

 

図1-5 神戸市の環境保全施策の中での事前配慮指針の位置付け

 

 事前配慮に係る指針等としては、事業種類の区分(面開発系、交通系、供給処理、埋め立て、その他の5類型)毎に事前に配慮すべき事項を定めることが一般的である。例えば、千葉市の環境基本計画では、図1-7の主要開発事業別に配慮事項を定めており、当該計画によって事前配慮を行うことを求めている。また、神戸市では、事前に配慮すべき事項が、地域(既成市街地、自然公園特別地域、その他の3区分)毎に定められているほか、事前配慮の手順等についても指針に規定されている(図1-8参照)。

 

図1-6 京都市事前配慮指針に定められている環境配慮事項例(抜粋)

ア 共通項目
事業地や路線等の選定、土地の改変や施設の設置等に当たっては、事業地の環境特性を十分把握し、周辺の土地利用との整合性に配慮する。特に、自然風景や町並み、歴史的文化環境との調和を図るとともに、生物の生息環境の保全等に十分 配慮する。
廃棄物の減量化や再生利用、効率的なエネルギー利用が可能となるシステムを組み込むなど、省資源・省エネルギー対策に配慮する。

 

図1-7 千葉市環境基本計画に定められている開発事業の類型

○ 住宅系事業

○ 商業・業務系事業

○ 工業系事業

○ 交通系事業

○ 供給処理施設(下水処理施設、廃棄物処理施設)に関する事業

○ 河川・水路・池沼に関する事業

○ レクリエーション施設(運動場・ゴルフ場等)に関する事業

○ 埋め立て事業

○ 土地造成事業

 

図1-8 神戸市における事前配慮の手順

 

 これら事前配慮の規定は、環境アセスメントの対象となる個別の事業についてその構想や計画の段階で、事業者が十分な環境配慮を行うことを義務付けるものである。ただし、環境への影響に配慮したことを明らかにする文書の作成が義務付けられておらず、また、事前配慮の段階では、環境面からの知見を有する地方公共団体の環境部局や住民等の関与がないく配慮の程度も各事業者に委ねられている。

 

(5)事業者の自主的取組を促す仕組み

 各事業者がその事業の実施に当たって自主的に環境への配慮を行うことを促すため、環境配慮指針等を定めたり、地域の環境情報を提供する地方公共団体も多いが、それらの中には、戦略的環境アセスメントに関連する取組も幾つか見られる。

 例えば、福岡市では、都市基盤整備事業や開発事業等を行う事業者が、環境への影響を自己評価し、その結果に基づき自主的に環境への配慮が行えるよう、地域の環境情報と、事業の「構想」「計画」「工事」「供用・維持管理」の各段階で実施すべき具体的な配慮事項を示した環境配慮指針を策定している。

 具体的には、図1-9のとおり、構想段階では、大まかな環境配慮の方向性を示す事項を「各区別の環境配慮方向」として示すとともに、地域及び生物の情報を、各区別に、環境保全関連地域指定状況図、生物の生息環境の分布図、貴重生物等分布図、公害関連情報図、快適環境資源分布図の5枚の地図上に掲載、これにより立地等を含む構想自体の変更の必要性があるか否かを評価し、必要に応じて構想の変更による影響の回避・最小化・代替措置を講ずることができるようになっている(図1-10参照)。また、設計や施工の段階では、事業特有の具体的な環境配慮事項を「事業別環境配慮事項」として示すとともに、参考資料として環境配慮事例が掲載されている文献に関する情報を個別に掲載しており、これにより環境配慮のための技術・工法が選択できるようになっている。

 福岡県では、市が環境に影響を及ぼすおそれがある事業を立案し、及び実施するものについては、環境基本計画との整合等を図るため、「環境調整会議」に諮られることになっている。「環境調整会議」に諮るべき立案かどうかは、事前に担当部局と環境部局で協議されるが、この過程でも、上記の枠組みを通じての環境配慮を事実上求めることになり、計画段階での環境配慮の組み込みが容易になる仕組みとなっている。

 

図1-9 福岡市環境配慮指針の構成とその使い方

 

 

図1-10 福岡市城南区の貴重生物等分布図

参考資料3TOPへ戻る