地球上における水は、降水や地表水、地下水、土壌水等、自然の循環過程の中で様々な形態をとりながら、互いに密接な関係をもって存在するものである。
従来の環境影響評価では、水質や地下水といった個別の項目について、事業による状態量の変化を評価していたが、これは水循環という大きな系の中のある一点を捉えていたに過ぎず、土地利用変化等に伴う土壌帯を通じた地下水涵養量の変化やそれに起因した地下水流動の変化、地下水流出域に生じる影響、生態系との接点でもある土壌帯での水の挙動とその変化等については、具体的な検討がなされない場合も多かったといえる。
今後、水環境における地下水等の環境影響評価を行なうにあたっては、
「水は循環するものである」、「水は変動するものである」、
「水は地盤の構成員である」、「水は物質の運搬者である」
という特徴を考慮に入れ、これら多様な形態にある地表や地中の水を相互に関連する一つの「水循環系」として捉え、この系を人為的に歪めることを最小限度に抑えて健全な水循環を確保するという視点が重要である2-18)。
【留意事項】
・2-18) 水循環系に想定される様々な影響の形態
地下水流動は、「涵養域」と「流出域」という概念で捉える必要があり、どの部分で事業を行なうかによって、影響の現れ方は異なる。また、「地下水流動」 の観点からみると、その上流側と下流側とでは、影響の現れ方が異なる(図2-1-6参照)。
また、事業の及ぼす影響が、どのような地下水流動系(広域流動系、局地流動系、あるいは両者の中間的流動系)に属するかによって、影響の現れ方や範囲も異なる。
図2-1-6 水循環系に想定される様々な影響の形態
「環境影響評価」とは、事業の実施による環境影響について、事業者が自ら適正に調査・予測・評価を行ない、その結果に基づいて環境保全措置を検討することなどによって、その事業計画を環境保全上望ましいものとしていくための仕組みである。
環境影響評価における最終的な目的は「評価」であることから、スコーピングの段階において、まず「何を評価すべきか」という視点を明確にした上で調査・予測・評価の項目や手法を選定し、環境影響評価の実施段階へと作業を進めていくことが重要である。
まず、スコーピング段階においては、地域の環境特性やニーズ、事業特性等を整理し、保全上重要となる要素は何か、どのような影響が問題となるのか、対象地域の環境保全の基本的な方向性はどうあるべきか等について検討し、その結果を踏まえて、評価すべき項目を選定する。次に、その評価を行なうための適切な予測手法を決定し、その予測のために必要な調査の対象と手法を決定するというプロセスで検討を行なう必要がある。
そして、方法書手続きの段階で得られた意見を踏まえて、項目や手法の見直しを行なった上で、環境影響評価の実施段階に入り、さらに実施段階の調査等で得られた情報を随時フィードバックして項目や手法の見直しを加えつつ、設定した目的や視点に沿って調査・予測・評価を進めていくことが必要である。
地下水等に係る環境影響評価を行なう際には、地下水等の特徴を考慮に入れるとともに、まず第一の前提条件として、
「水循環の捉え方2-19)」、「変動と代表値の取り扱い2-20」」、
「地盤条件による地域特性2-21)」、「予測の精度と不確実性2-22)」
について検討しておく必要がある。
なお、他の環境要素に比べ、地下水等を構成する各要素の場合は、スコーピングにおける既存資料調査により定量的把握を充足させることが困難な場合も多い。従って、地域特性把握の調査段階で十分な現地踏査を行なうことも考慮に入れるべきであり、また環境影響評価実施段階におけるフィードバックや項目・手法の見直し、目的や視点の修正についても、特に留意する必要がある。
【留意事項】
・2-19) 水循環の捉え方
水循環は、その構成要素である「地表水」や「地下水」、「土壌水」 が互いに密接な関係にあるとともに、互いに影響を与えあうものであるため、単独の要素に対する影響を考慮すると同時に、その影響が他の要素に与える間接的な影響についても考慮する必要がある。
その循環は、本来、三次元的なものであり、「三次元的な水循環」を考慮する必要がある。
・2-20) 変動と代表値の取り扱い
水循環の構成要素は、季節変動等の変動を伴うため、予測・評価を行なう際には、それらの変動の特徴を把握するとともに、どの時点の予測を行なうのかを十分に検討した上で適切な代表値を選定する必要がある。
従って、常に平均値をもとにした予測・評価を行なうのではなく、変動の幅を考慮に入れた上で予測・評価を行なう必要がある。
実際に予測・評価を行なう際には、対象の事象に対して「影響が最大となる条件」をも考慮する必要があるが、その「影響が最大となる条件」は対象とする事象によって異なることに留意が必要である。例えば、構造物に対する影響を予測・評価する場合には「地下水位が高くなる状態」を対象とする一方で、水利用に対する影響を予測・評価する場合には「地下水位が低くなる状態」を対象とする必要がある。
また、工事の実施による影響を予測・評価する場合のように、短期的な影響を取り扱う場合には「非定常」の状態における変動も考慮する必要がある。
・2-21) 地盤条件と地域環境特性
地盤条件は地域環境によって多様な特性を示すことから、その構成要素の一つである地下水も、同様に多様な特性を持つ。
従って、地下水等の調査・予測・評価を行なっていく上では、地盤条件による地域環境特性を常に考慮に入れるとともに、現地踏査等の手法も積極的に取り入れて、その特性を十分に把握しておく必要がある。
・2-22) 予測に要求される精度と不確実性
最終的な評価の段階で「何が問題となるか」によって必要な予測の精度は異なるので、要求される精度に応じた予測手法を適用する必要がある。また、適用する予測手法によって、必要なバックデータの質や量も異なってくる。
従って、調査・予測を進めるにあたっては、最終的な評価の方向をまず明らかにした上で適用する予測手法を決定し、その手法に必要なバックデータを得るための調査計画を立案する必要がある。
また、予測結果には不確実性が伴うことにも留意すべきであり、予測手法の精度向上に努めるとともに、モニタリング調査等による工事中、事後の検証も考慮に入れておくべきである。
水循環は、自然環境を構成する基本的なシステムであり、その構成要素である地下水等も、「水環境」分野における他の項目と深い関わりを持つだけでなく、「地形・地質」 や 「地盤」、「植物」、「動物」、「生態系」等、他の環境影響評価項目を構成する環境要素の一つといえる。
例えば、「地形・地質」 は水循環の枠組みを決定する重要な要素であり、地下水流動を始めとした水循環の形態を規定する要因であるとともに、水循環に生じた変化は地盤の状態を左右し、地盤沈下や土地の安定性を決定する要因となる2-23)。また、水循環に生じた変化は 「植物」や「動物」、「生態系」にも影響を与え、その状態を変化させる可能性がある2-24)。さらに、湧水等の存在そのものを含めた 「景観」 あるいは歴史的・文化的資産としての価値、親水公園等の「人と自然との触れ合いの活動の場」等に対しても影響が及ぶ可能性がある。
従って、スコーピングから評価の段階までを通じて、これらの他項目との緊密な連携やデータの共有化及び有効活用に留意する必要があり、場合によっては、一連の作業を統合して行なうことも考慮すべきである。
【留意事項】
・2-23) 水循環と地盤の状態
地盤の状態、特に地盤沈下や土地の安定性は、対象地盤における地下水の状態に大きく左右される。
例えば、地下水位の低下は粘性土層の圧密沈下を促進し、場合によっては地盤沈下という影響が発生する。また、斜面における地下水位の変化は、間隙水圧のバランスを崩し、地すべり等の災害を誘発する原因となり得る。さらに、地下水流動に伴う土粒子の移動によって地盤の空洞化等が発生し、地表変形等の災害につながる場合もある。
・2-24) 水循環と植物、動物、生態系
水循環を構成する各要素は、植物や動物に影響を与えるだけでなく、生態系の重要な構成要素でもある。
例えば、水循環の変化に伴って生じる土壌水分の変化は、植物の生育を左右し、結果的に生態系を変化させる可能性がある。また、水生生物等の地表水に直接依存する生物の生態は、地下水等の変化に伴う地表水の変化に直接的な影響を受けると考えられる。
地下水等の賦存注)・流動を規定する「地形・地質」や、その供給源となる「降水・蒸発散の状況」等の地域環境特性は、特に重要な留意事項である。
例えば、「地形・地質」は地下水や地表水の「いれもの」を決定する重要な要素であり、沖積低地や洪積台地、丘陵、山地等の地形区分毎に、地下水の賦存・流動状況は異なる特徴を示す (図2-1-7、表2-1-2参照)。また、地層の傾斜や透水性、岩盤の亀裂状況、地質構造等の条件によって、地下水の賦存・流動が規定される。
また「降水・蒸発散の状況」は、地下水等の流動を考える上での出発点であると同時に、水循環の重要な特徴の一つである季節変動を左右する条件であり、いわゆる「豊水期」「渇水期」を考慮する上で不可欠な情報でもある2-25)。
以上のように、「地形・地質」や「降水・蒸発散の状況」は、地下水等に関わる調査・予測・評価を通じて重要な情報であり、十分な検討が必要である。
注)ここでは地下に存在する地下水の状態を賦存という言葉で表す。
鈴木隆介(1997)
表2-1-2 地形区分毎の水理地質特性と地下水等の賦存・流動を考慮する際の留意点
地形区分 |
水理地質の特性 |
地下水等の賦存・流動を考慮する際の留意点 |
火 山 |
・比較的堅硬な火山砕屑岩類と軟質~未固結の火砕流堆積物等が不規則・不均質に互層する場合が多い。 ・全体に透水性が良好で、表流水に乏しく、地下水位も低いことが多い。 ・山麓末端部等に、大量の被圧地下水の湧泉がみられることが多い。 |
・山体の透水性が良好な場合、水循環系の境界は地形的分水界に一致しない。 ・火砕流堆積物に埋没された旧地形に従って、地下水が流動する場合がある。 ・山麓末端の湧泉の集水域に留意が必要である。 |
山 地 |
・相対的に硬質な岩盤が主体で、断層破砕帯や亀裂等に沿って流動する深層地下水が主体。 ・その他、表層の崩積土層や風化帯中の浅層地下水や土壌水も水循環の要素を構成する。 |
・深層地下水の流動は、断層や亀裂分布等の地質構造に支配され、水循環系の境界が必ずしも地形的分水界に一致しない。 ・特に、火山岩地域や石灰岩地域では、構造的要因により地下水流動が規定される。 ・浅層地下水や表流水と深層地下水との関係は、地質構造や土被り等の位置関係によって多様である。 |
丘 陵 |
・新第三紀~第四紀の未固結堆積層主体で、地下水流動は地層の透水性や分布に規定される。 ・地下水は、地表浸透や表流水による供給が主体で、残積土層が重要な帯水層として機能する。 |
・縁辺部では、隣接する山地や台地・低地の地下水と連続する場合がある。 ・火山性丘陵では、比較的硬質な火山岩類と未固結の火山灰等が雑多に堆積する環境にあることが多く、地下水の賦存・流動形態が複雑である場合が多い。 |
台 地 |
・第四紀~新第三紀の未固結堆積層主体で、周囲を崖で囲まれたブロック状を呈する。 ・地下水は、主に台地面上への降水によって供給され、周囲とは独立する。 ・台地内の地下水流動は、地層分布やその透水性に規定される。 ・一般に地下水面は低いが、台地末端の崖線部では、湧水としての流出がみられる場合がある。 |
・山地や丘陵との境界付近では、山地・丘陵からの地下水供給も考慮する必要がある。 ・地下水流動は、地表地形や帯水層分布だけでなく、難透水性基盤の上面形状によっても左右される。 ・難透水性基盤の分布深度によっては、低地部の地下水と連続する場合もある。 ・不連続な難透水層の分布により、局所的な宙水が発生し、下位の地下水とは異なる挙動を示す場合がある。 |
(扇状地) |
・主に山間河川から供給された堆積物によって構成され、側方変化が顕著。 ・扇頂部や扇央部では地下水位が低く、 河川は伏流する。逆に扇端部では地下水位は高く、被圧地下水の湧出もみられる。 |
・地下水は、山間河川と密接な関係にある。 ・特に扇頂~扇央部では伏流水として旧河道を地下水谷状をなして流動する。 |
低 地 |
・主に沖積層(一部洪積層)を流動する不圧・被圧地下水が主体。 ・地表浸透や表流水の伏流・浸透が地下水供給の主体となっている。 ・河川沿いでは、自然堤防や旧河道等の微地形区分毎に地層性状が異なり、地下水流動を規定する要因となる。 ・市街地等として発展している場合が多く、既存の地下水利用や土地利用形態の変遷により、水循環系に変化が生じている場合がある。 |
・地形的分水界が不明瞭なため、水循環系の区分も不明瞭である。 ・河川沿いでは、旧河道に沿った地下水流動に留意が必要である。 ・地下水位変化等の一次的影響の他、地盤沈下や地表変形等の二次的影響について特に留意が必要である。 ・既に生じている水循環系への変化と、事業の影響との関係にも留意が必要である。 ・沿岸部においては、水循環系における流入・流出のバランス変化に起因して、塩水浸入が発生する場合がある。 |
【留意事項】
・2-25) 地域による降水・蒸発散の状況
降水や蒸発散の状況は、太平洋側・日本海側・内陸部あるいは東北日本・西南日本等、対象地域の気象特性により異なる。
降水の状況については、気象庁や国土交通省、都道府県等の観測データが公表されており、入手が可能であるが、地形効果や高度特性を考慮するとともに、積雪地域では積雪量の取り扱いについても留意が必要である。
一方、蒸発散の状況については、実測資料は非常に少なく、ソーンスウェイト法やペンマン法により可能蒸発散量(十分に水を供給した芝地から失われる蒸発散量)を求める必要がある。ただし、可能蒸発散量は実蒸発散量よりも大きな値となることや、手法による特性に注意が必要である。
図2-1-8 地域による蒸発散と実効雨量の違いの例
蒸 発 散 : ソーンスウェイトの式による「可能蒸発散量」
実効雨量 : (降水量)-(可能蒸発散量) により求めた
地下水は、その水圧と大気圧との関係から、「被圧地下水」・「不圧地下水」の2つに区分される(図2-1-9参照)。
図2-1-9 被圧地下水と不圧地下水の模式的概念図
「被圧地下水」は、難透水層や不透水層からなる加圧層の下位に存在し、大気圧よりも高い圧力を有する。例えば、その水頭注)が地表面より高い箇所で井戸の掘削を行なうと、いわゆる「自噴井」となる。
一方「不圧地下水」の場合は、地表面との間に加圧層は存在せず、基本的に大気圧と平衡な状態にある。
ただし、これら2種の地下水は、必ずしも各々が独立し明瞭な線引きが出来るものではないことにも留意が必要である。例えば、図2-1-9に示される被圧地下水も、その涵養域(図の左端付近)においては不圧地下水として大気圧と平衡な状態にあり、被圧地下水との境界は地下水への供給量の変化に伴って同様に変化する。
地下水等の環境影響評価との関わりでいえば、例えば涵養域における造成事業等によって地下水への供給量の減少が想定される場合など、従来は被圧地下水であったものが不圧地下水に変化し(「被圧地下水の不圧化」)、地下水利用に対する影響等が発生する可能性があることに留意が必要である。
注)「水頭」
ある地点において、静水圧に支えられた水柱の高さ。
地下水等をはじめとした水循環系の各構成要素は様々な変動を伴うので、調査・予測・評価の各段階を通じて、その変動の特徴や変動幅等を十分理解する必要がある。
地下水位の変化については、日変動や季節変動、経年変動が考えられる。ただし、地下水の区分や対象地域の特性(降雨の状況、被覆形態、地質条件 等)、周辺の水利用状況等によって、その変動の特徴が多様であることに留意が必要である。
例えば、図2-1-10に示す不圧地下水の場合には、地域によって季節変動の量や形態が大きく異なる場合が多い一方、経年的な変動はあまり認められない。
これに対して図2-1-11、図2-1-12に示す被圧地下水の場合では、周辺における地下水利用(揚水)に密接な関係を持った変動を示し、場合によっては1mを上回る顕著な日変動が認められる場合がある。また、地盤沈下抑制のための地下水揚水規制に起因した10年~20年以上オーダーの経年的な水位変動が認められる場合もあるので、あわせて注意が必要である2-26)。
さらに、これら変動のどの時点を予測対象にするかは、評価の対象によってそれぞれ異なることを、十分に考慮する必要がある。
例えば水位低下に伴う水利用への影響を取り扱う場合には、季節変動の中で地下水位が最も低くなる時期を予測時期に選ぶ必要があるが、逆に既設構造物等に対する影響、特に地下水位上昇に伴う影響を取り扱う際には、地下水位が最も高くなる時期について予測を行なう必要がある。
不圧地下水位は、図2-1-10に示すとおり、降水の多少に関係した季節変動を示すが、地点によってその変動幅や変化パターンは多様である。従って、調査・予測の対象地域や地点における変動特性を十分に把握した上で調査・予測にのぞむ必要がある。
なお、後述する被圧地下水の場合とは異なり、年降水量の多少に起因した若干の相違や土地の被覆形態・利用状況の変化に起因した変動を除き、長期的な水位変化がみられることは少ない。
川島眞一(2001)
図2-1-10 不圧地下水位の季節変動例(東京都多摩地区)
川島眞一(2001)
被圧地下水の場合、図2-1-11に示すような短期的変動が認められる場合があり、その日変動は0.5~1.0m以上に達する場合がある。また、近隣に複数の揚水井戸が存在する場合には図2-1-11の左図のような不規則な変動を示し、1時間に最大0.5mに達する変動を示す場合もある。一方、単一の揚水井戸の影響を受ける場合には、図2-1-11の右図のようにその変動は比較的規則的である。
川島眞一(2001)
図2-1-12 東京都における被圧地下水位(月平均水位)の経年変動例
被圧地下水の場合、図2-1-12や図2-1-14に示すような、長期的な経年変動を示す場合がある。この原因は多くの場合、地下水揚水量の変化に伴うものと考えられる。
【留意事項】
2-26) 地盤沈下地域における地下水変動
地下水の揚水過剰に起因する地盤沈下は、第四系分布域の多くで発生しているが、最近の揚水規制によって、沈静化あるいは回復傾向のみられる場合も多い。
このような地域においては、10~20年以上のオーダーにわたる経年的な水位変動傾向が認められる場合がある。
環境庁水質保全局(2001)
埼玉県(2000)
図2-1-14 埼玉県越谷市における地下水揚水量・地下水位・地盤沈下の相関