1-2 地盤環境
1)地盤環境の環境影響評価の基本的な考え方
(1) 地盤環境の特徴
地盤環境は、人々が建設や防災等で対象とする土(地盤)を力学的材料として捉え、その状態を表す概念である。土に対する力学的特性からの観点は、化学的・生物的観点からの「土壌」と対比される。土は土粒子(固体)と水(液体)と空気(気体)とから構成され、それぞれの構成要素、あるいは複合体としての力学的挙動の過程・結果を、環境からの視点で捉えるのが地盤環境である。
地盤は自然生成物、人工生成物を問わず、地表および地下に存在する全てのものを支持し、形状を維持している。と同時に、地下水の涵養・流動・貯留の場ともなって、水循環系の中の重要な機能を有している。また、環境の観点からだけでなく、安全や防災の観点からも、その機能の保全は重要である。
このように地盤環境は、地盤の力学的現象に対する概念であり、開発行為による地盤沈下のほか、土地の安定性変化に起因する地すべり、斜面崩壊等の危険度増加や、液状化、地盤陥没といった地盤の変状について、広く環境影響評価の項目として考慮する必要がある。
地盤沈下は地表面がしだいに沈下する現象である。発生の原因とその広がりから、広域地盤沈下と局所的地盤沈下があり、一般的には地盤沈下は前者を言う。局所的地盤沈下は、掘削を伴う工事現場で水位低下あるいは地下水排除により地盤が沈下する現象で、工事現場から数十~数百メートルの範囲で発生する。現象が特に微小な場合は地盤変状あるいは地盤変形とよばれる。地盤沈下は主として地下水の過剰揚水により、地層中の圧密層が広い範囲にわたって収縮することによって発生する。
地盤沈下は、家屋の傾斜、ビルなどの抜け上がり、地下埋設管の折損、湿地帯の出現、排水不良、ゼロメートル地帯の出現などの弊害をもたらす。地盤変状は不等沈下を伴うことが多く、建物や外溝の傾斜・亀裂、地下埋設管の折損、道路の亀裂や陥没などが発生する。
これらの変状が生じやすい地盤は、人口が集中し社会活動と社会資本の蓄積が行われている平野部に広く分布しており、地盤沈下や地盤変状が発生すると被害が大きくなる。また、地盤沈下は比較的緩慢な現象であり徐々に進行するため、気づきにくい面がある。
地下水位の低下によって発生した地盤沈下や地盤変状は、地下水位が回復しても再び元の状態には戻らない回復不能の公害である。したがって新たな地域開発にあたっては地盤環境への影響の防止に十分留意する必要がある。
図1-2-1 地盤沈下機構の概念図 |
(2) 調査・予測・評価の在り方
地盤環境による環境影響評価を行う際には、地盤環境の特徴を考慮に入れるとともに、「地盤条件による地域特性」や「水循環の捉え方」、「土地利用」、「他の開発事業などの社会的要因」、「規制基準」等について既存資料や現地調査により十分に把握する必要がある。環境影響評価はこれらの諸条件をもとに地盤変状の程度、その範囲、時期などの影響を予測・評価するもので、その結果に基づき必要に応じて環境保全措置を講ずることによって環境保全上より望ましいものとしていく仕組みである。
環境影響評価の最終的な目的は評価であることから、何を評価すべきかという視点を明確にして調査・予測・評価を進めることが重要である。
(3) 地盤環境と他の環境影響評価項目との関係
地盤環境は、「地下水」と密接に関係し、調査・予測・評価を行う上で、地下水等の調査・予測結果が前提条件となる場合が多い。また「土壌環境(構造物の支持)」や「環境負荷分野」とも相互に関係している。さらに地盤環境に生じた変化が「生態系」にも影響する場合もあることに留意すべきである。
図1-2-2 開削工事に伴う周辺地盤の変状 |
2) 地盤環境の環境影響評価の手法
(1) 地域特性把握の調査
地域特性把握の調査は、事業特性や地域の環境特性を把握して、適切な環境影響評価のための調査項目、調査手法を検討するために極めて重要な基礎調査である。
調査は、対象地域の地盤環境に関係のある自然的状況や社会的状況の項目を対象に、基本的に既存資料の収集・整理及び現地踏査により行い、必要に応じて有識者などへのヒアリングを行う。特に現地踏査は、環境影響評価に十分な経験を有する技術者が対象地域内を踏査することによって、既存資料で把握した地域情報の確認、修正や補足を行う上で重要である。現地踏査では、地形・地質等の自然的状況の確認は重要であるが、それ以上に日々変化する土地利用、地下水利用、交通網、ライフライン等社会的状況の確認にも留意する必要がある.
調査範囲は、事業対象区域及びその周辺とし、とくに地下水流向の下流側は広く取る必要がある。
調査にあたっては、当該地域で進められている他の事業や過去に行われた大規模な事業等の事例は当該事業の実施による影響の評価を行う上で重要な知見となることから、それらの情報についても極力収集することが望ましい。また地盤環境を予測・評価する場合には、過去の履歴や現在の状況を十分に把握する必要がある。
得られた情報は、可能な範囲でその位置や分布等を適切な縮尺の図面で示し、事業実施区域との位置関係を明らかにする。また、出典を必ず明記する。
(2) 環境影響評価項目の選定
環境影響評価項目は、対象事業の事業特性から抽出された影響因子と、事業実施区域及びその周辺の地域特性から抽出された環境要素との関係に基づき設定する。
地盤環境の場合、これまでの環境影響評価では事業実施に伴う地盤沈下や地盤変形が環境影響評価として多く取り上げられてきたが、その他にも地すべり、斜面崩壊等の危険度増加や液状化、地盤陥没といった地盤変動の原因となる開発行為による土地の安定性変化についても影響評価項目として選定することが望ましい。
また、近年においては、大深度において地下構造物が設置されるなどの開発事業も見られるようになってきている。このような大深度地下開発についての科学的知見は十分ではないが、今後はさらに事業実施のケースが増加すると考えられることから、深部地盤が空気に触れるなどによる地盤性状の変化による地盤環境に及ぼす影響についても評価項目として選定することも必要となってくる。
(3) 調査地域の設定
調査地域は、対象事業の種類及び規模ならびに地域の概況を勘案して、対象事業の実施が地盤に影響を及ぼすと予想される範囲とする。具体的には、地盤に影響を及ぼす要素である地形分布、地質構造、帯水層の分布、地盤の土質工学的特性等を考慮しつつ調査地域を設定する。とくに地下水の変化による地盤への影響範囲は上流域よりも下流域が広範囲に及ぶことから、調査範囲は下流域を広くとることが重要である。
(4) 地盤環境の調査
調査は、事業の種類、規模及び地域の状態を考慮し、周辺地盤への影響を適切に把握できるように、次の項目から必要なものを選択して実施する。
[1] | 調査項目の検討 調査項目は地盤環境の要因となる自然条件や、地盤環境に関連する社会的要因、ならびに関係する規制基準等について行う必要がある。
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[2] | 調査手法の考え方 自然条件における地形・地質等の調査は、現地調査ならびに既存資料の整理・解析の方法による。 地形調査は、地下水の流動方向、地下水の涵養域や流出域、揚水等による影響範囲の設定等の諸問題を検討するために行う。具体的には、地形図、土地利用図、及び空中写真の判読を基本に、必要に応じ踏査によって地形区分図を作成する。 地質・土質調査は地盤の構成(鉛直・水平)を把握することが重要であり、ボーリング調査による地層の確認、透水揚水試験による各帯水層の水理定数や水質、採取試料による粘土層の圧密特性等、の把握は不可欠である。 また、地盤沈下等の状況調査は資料等調査によるが、必要に応じて現況を把握するため現地での観察や水準測量を実施する。また、必要に応じて地下における地層別収縮量を確認するため地盤沈下観測井による地下水位と沈下量の連続測定を行う。 |
(5) 影響予測
[1] 影響予測の基本的考え方
地盤環境の影響予測は、事業特性や地域特性に基づく影響要因と環境要素の内容に応じて行うが、事業による影響要因が地盤環境要素である水循環の「系」、あるいは、土質地質特性に対してどのように作用するかをまず念頭におき、その上で個別の環境要素に対する詳細な影響の検討を進めていく必要がある。
なお水循環系や地盤環境に変化が生じるまでの時間は、対象の事業規模や取り扱う水循環系の規模、予測の対象とする時期等によって多様であるため、これらの時間的・空間的スケールも考慮に入れて、予測時期や期間を設定する必要がある。
また、予測手法の選定に際しては、上述したような時間的・空間的スケールに留意するほか、予測手法の特性、特に得られる結果の精度等に留意する必要がある。
この他、地盤環境については環境基準等の基準・目標が設定されていないことが多いので、個別の事例に対して類似事例を参考にしたり、地下水利用に対する影響を一つの指標とする等により評価を行う場合があることから、影響予測の段階においても、これを考慮した柔軟な対応が必要である。
[2] 予測手法の考え方
予測手法は、対象事業の種類及び規模並びに地質・地下水状況等を考慮して、次に掲げるもののうちから適切なものを選択し、または組み合わせる。
[3] 予測地域の考え方
予測地域は、対象事業による地形変化や揚水等による影響の及ぶ範囲を対象とするとともに、影響の程度・内容や対象の特性に応じて周辺地域(特に下流域)を含めるなど、その影響を十分に包含する範囲を設定する。なお予測地域は調査地域と同一に設定することが考えられるが、調査を実施した結果から予測地域とする必要がないと判断された場合には、調査地域の一部を予測地域とすることができる。
[4] 予測時期の考え方
事業による影響は、工事の実施段階と供用段階では影響要因の特性が異なるため、原則として工事中と供用後に分けて予測を行う。
ただし、地盤環境や水循環系に生じる影響は必ずしも瞬時に発生するわけではなく、対象とする事業の特性や取り扱う水循環系のスケールによって、地下水位の変化や地盤環境への具体的な影響が発生するまでの時間は様々であること、工事中と同種の影響要因が供用後にも継続する場合があること、また水循環系を構成する諸要素は降水量の多少等に起因した季節変動を伴うため、その変動の幅と時期を念頭に置いた上でバックグラウンド値を考慮して予測を行う必要がある。
(6) 評価の考え方
[1] 回避・低減に係る評価
回避・低減による評価は、事業者による環境影響回避・低減への努力・配慮を明らかにし、評価するものである。その手法の例として、複数の案を時系列もしくは並行的に比較検討する方法や、実行可能なより良い技術が取り入れられているか否かについて検討する方法が基本的事項に挙げられている。
地盤環境の影響評価では、地盤の持つ特性の変化がすでに進行している地域ではそれを加速させないこと、変化が認められない地域では、新たな変化を発生させないことが重要であり、現況よりも環境を悪化させないことで評価する方法も考えられる。
[2] 基準又は目標との整合に係る評価
地盤環境については、環境基準等の基準が設定されていないことが多く、その評価に関しては明確に判断しにくい面がある。したがって、すでに地盤環境への影響が進行中の地域での事業の評価に際しては、まず、基準・目標との整合性が図れないこととその内容を明らかにし、それを踏まえた上で「[1]回避・低減に係る評価」を実施していくことが必要である。
*地盤環境も土壌環境と同じ構成で以下をまとめる。
3) 環境影響評価と環境保全措置および事後調査の関係(全体の流れ)
(1) 事業計画と環境保全への配慮の関係
(2) スコーピング段階での環境保全への配慮
(3) 環境影響評価実施段階での環境保全措置の立案
(4) 工事中および供用後の対応
4) 環境保全措置
(1) 環境保全措置の考え方
[1]環境保全措置の目的
[2]各段階での環境保全措置
[3]環境保全措置の順位・内容(回避、低減、代償)
(2) 環境保全措置の立案の手順
[1]保全方針の設定
[2]環境保全措置の対象選定
[3]環境保全措置の目標設定
(3) 環境保全措置の内容
[1]事業計画の段階に応じた環境保全措置の事例
[2]代償措置の考え方
(4) 環境保全措置の妥当性の検証
(5) 環境保全措置の実施の方法
5) 評価
(1) 評価の考え方
(2) 総合的な評価との関係
6) 事後調査
(1) 事後調査の考え方
(2) 事後調査の手法
(3) 事後調査結果の活用