平成12年度第2回陸水域分科会

資料3

陸水域生態系の環境影響評価の進め方に関するケーススタディ たたき台

 この資料は、今回の検討のたたき台とするものですが、現在作業の途上であり、今後の作業にり大幅に変更する予定のものです。
 よって、取り扱いには十分留意いただくようお願い申し上げます。

今回の資料について
 今回の資料は、ケーススタディを作成するための作業例であり、成果品案ではありません。公表しうるケーススタディとするまでにはまだ多くの課題、変更すべき点を残した資料となっております。よって、本資料は、ケーススタディを作成する手順等を検討いただくためのサンプルとしてご検討いただきたくお願い申し上げます。

ケーススタディについて

 陸水域生態系の環境影響評価を実施する際の方法書作成から調査、予測に至るまでの手順について、関係者等が容易に作業内容をイメージできるよう、具体的な作業例を示す。
 ケーススタディの対象とする事業は、

  1. 河口堰事業
  2. ダム事業

 とする。本ケーススタディの対象とする事業は、河口堰事業、ダム事業ともにいずれも本州中部の太平洋側に流入する仮想の河川における事業とする。想定したそれぞれの事業規模は以下のとおりである。なお、これらの事業規模は、既存の河口堰、ダムを参考に設定したものである。

  1. 河口堰事業
    • 堰 長:550m
    • 堰 高:約5.0m
    • 湛水面積:130ha
    • 常時満水位:A.P+4.0m
    • 総貯水容量:5800千m
  2. ダム事業
    • 湛水面積:330ha
    • 総貯水容量:101000000m
    • 堤高:105m
    • ダムの形式:ロックフィルダム

 今回の資料は、まだ作業の途中段階にあるが、上記のうち1.河口堰事業について示す。なお、本ケーススタディで検討する事業影響は、堰またはダムの存在、供用による影響とする。


目次

今回の資料について
ケーススタディについて
1. ケーススタディによる検討のねらいと方法
1-1 検討のねらい
1-2 対象とする地域と事業の想定
1-3 ケーススタディの作業手順
2. ケーススタディ -河口堰を例として-
2-1 地域概況調査
 (1) 全国的・広域的視点からみた対象地域を含む河川の特性
 (2) 河川の環境特性の把握
 (3) 陸水域生態系の類型区分
2-2 事業に伴う影響要因
2-3 環境影響評価の項目及び調査・予測・評価手法の選定
 (1) 重要な類型区分の選定
 (2) 対象とする生態系の構造と機能の概略検討
 (3) 重点を置いて評価すべき生態系への影響の整理
 (4) 注目種・群集の選定
 (5) 調査・予測手法の選定
 (6) 調査・予測地域の設定
2-4 環境影響評価の実施段階
 (1) 物理化学的な環境要素(基盤環境)の変化
 (2) 基盤環境と生物群集の関係の調査予測
 (3) 注目種・群集に関する調査・予測

1.ケーススタディによる検討のねらいと方法

1-1 検討のねらい

 本年度は、陸水域生態系の環境影響評価を進めるにあたっての基本的な考え方や調査・予測の手法について検討する予定である。生態系の評価に至るには、スコーピングから影響の予測・評価まで多くの項目の調査とそれらの相互関連を把握していかなければならない。
 そこで本資料では、ケーススタディによる検討を実施し、スコーピングから環境影響評価の実施段階の調査・予測までの手順を検討し、また、図表等を用いて具体的手法の例を提示することにより、作業イメージの具体化を図ることとした。
  なお、このケーススタディは、現実の情報に基づくものではなく、基盤環境、植生、動植物の分布などについて仮想の設定を行い、あくまでも考え方を整理するための一助とする目的で作成したものである。本ケーススタディで検討した環境影響や調査・予測手法は環境影響評価を行うために考慮しなければならないもののうちの一部分であり、ここで示した影響要因、手法のみにより生態系に対する影響の全体が把握できるわけではないことに留意しなければならない。
  また、このケーススタディは想定した事業の是非を検討するものではなく、あくまで事業による影響を的確に捉えるための方法について検討し、その道筋を示すことをねらいとするものである。
 実際の環境影響評価に際しては、ここに示した考え方や作業例を参考として、事業の特性や地域の環境特性に応じて、最も適した方法を個別に検討する必要がある。

1-2 対象とする地域と事業の想定

1)本州中部の太平洋側に流入する河川を想定する。
2)事業内容(図-1.1)

 河口堰を新たに設置する。

3)基本条件

図-1.1  予測縦断模式図

fig1-01.gif (5221 バイト)

1-3 ケーススタディの作業手順

 環境影響評価の作業手順を図-1.2に示す。

図-1.2 ケーススタディの作業手順フロー

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2.ケーススタディ -河口堰を例として-

2-1 地域概況調査

 地域概況調査により把握されるケーススタディの地域の概況、特性を次のように想定した。

(1)全国的・広域的視点からみた対象地域を含む河川の特性

 河口堰建設予定地を含む当該河川は、本州の中央を東に流れ、途中いくつかの支流を合わせながら太平洋に注ぐ全長100km、最高標高800m、流域面積は1,000km2の河川である(図-1.3)。
 河川横断工作物は河口から50km以内にはなく、河川の形態は上流域では瀬と淵が連続して存在し、中流域では広い河原もみられる。下流域は平野部をゆったりと流れ、河口より上流約10kmでは感潮域となり、河口近くには干潟もみられる。

図-1-.3  事業実施計画とその周辺の全国的な位置

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(2)河川の環境特性の把握

 当該河川の下流・汽水域であり、平野部をゆるやかに流れている。周囲は水田や畑が多く、河口に近い河川の周辺には丘陵地や市街地が広がっている。事業SS実施区域周辺の相観植生図を図-1.4に示す。
 河口から約10km地点より上流側は淡水であり、ここから下流側が汽水域になっている。また、河口から約20km地点までの区間に流入河川はない。
 河川域に生育・生息する動植物の基盤環境の把握を目的として河川環境図を作成した。河川環境図の一部を図-1.5に示す。主に河川形態、河川敷の植生、構造物の設置状況等の基礎情報を地形図に整理することにより作成した。作成に用いた主な資料は以下のとおりである。

 作成範囲は、下流は河口まで、上流は河口から20kmまでの河川範囲とした。これは、直接改変区域が15kmまでであることから、事業による物理化学的な環境要素の変化が20kmより上流までは及ばないと判断したためである。
 河川環境図をみると、水域については、まず河口から10kmまでが汽水域、10kmから上流が淡水域になっていることが最大の特徴である。汽水域にはゆるやかに蛇行した水裏側に土砂が堆積して干潟的環境になっている所がみられ、河口付近では砂洲状の干潟が形成されている。また、河口から3km地点の左岸には泥の干潟がみられる。10kmより上流の淡水域では、浅くて流れの速い瀬が所々にみられ、河床型はBb-Bc型が広く分布している。
 水際から陸域をみると、汽水域の水際にはヨシ原が分布し、淡水域ではヤナギなどの河畔林がみられるとともに、広い河原が存在する。河川敷の陸上部分は多くが耕作地、グランドなどに利用され、人工改変地となっている。

図-1.4 相関植生図

図-1.5 河川環境特性

(3)陸水域生態系の類型区分

 河川環境特性図を作成した範囲において、陸水域生態系の類型区分を行った(表-1.1)。類型区分は、感潮域の範囲、河川形態、相観、塩分濃度、底質、河川状況、生物の出現状況に着目し、想定した。
 まず、河口から10km地点を境にして、上流と下流では塩分に着目して大きく2つに区分することができる。10km地点より上流については、さらに流況、瀬の有無などから、「流水域」と「流れの緩やかな淡水域」の細区分を想定した。一方、10km地点より下流については、塩分濃度から「塩分の低い汽水域」と「塩分の高い汽水域」に区分することとした。
 陸域については、10km地点より下流側では干潟的環境があり、また、水際にはヨシ群落が分布している。上流は河畔林(ヤナギ林)が分布し、淡水域の上流部には広い河原が現れる。陸域の動植物は水域に比べて上記の4つの区分に明瞭に対応しているわけではないが、「生態系」としては各類型区分の水中~水辺の生物群集との関わりの中で生息・生育していることから、上記の4つの類型区分の中での相互関係について検討することとした。
 以上から調査区域は4つの類型に区分できると想定した。想定した4つの類型区分の分布は図-1.6に示すとおりである。想定した類型区分とその特徴を表-1.2に示す。

表-1.1 類型区分と生物群集の関係

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図-1.6 調査地点と想定した類型区分

 

表-1.2  類型区分とその特徴

    類型区分

項目

Ⅰ.塩分の高い汽水域 Ⅱ.塩分の低い汽水域 Ⅲ.流れの緩やかな淡水域 Ⅳ.流水域
区分位置 河口~4km 4~10km 10~14km 14~20km
塩分濃度 高塩分域 低塩分域 淡水域 淡水域
主な環境要素 全域が潮汐の影響下にあり、水際に干潟的環境が分布する。陸域では植生遷移の進行が淡水域より遅いと考えられる区域。人工改変地の割合も高い 潮汐の影響下にあり、小規模な干潟的環境もある。蛇行部には深みが形成される。 流れが緩やかとなり、淵が広く分布し、陸域では水際の植生遷移の進行が最も早いと考えられる区域。 広い河原や瀬、淵、ワンドが現れ、陸域では水際の植生遷移の進行が最も遅いと考えられる区域。
相 観 広々とした干潟的環境が見られる。また高水敷では人工的改変が進んでいる。 小規模な干潟的環境があり、低水敷は大きく蛇行している。高水敷は人工的改変が進んでいる。 流れが緩やかで、河川敷にはオギやヤナギ林も生育し、多様な環境を感じさせる。 河原が多く、所々に瀬が分布し他の類型区分に比べて流れが速い。
河川形態 深みが分布する。上げ潮時には逆流することもある。 深みが分布する。上げ潮時には逆流することもある。 流れが緩やかで河原や淵やワンドが分布する。 河原、早瀬、平瀬、淵、ワンドが分布する。
底質 砂~泥質 礫~泥質 礫~砂質 礫~砂質
水域植生 海域性の海藻が生育する。 ノリ類が生育する。 ワンドや浅場には水草類が生育する。 ワンド周辺にのみ水草類が生育する。
魚 類 シロギスなど海産性の種が生息する。 ウグイなど回遊性の種やマハゼなど汽水性の種が生息する。 モツゴなど流れが緩やかな環境を好む種が生息する。 アユなど流れのある環境を好む種が生息する。
底生動物 海産のゴカイ類、小型甲殻類などが多く生息する。 ヤマトシジミ、エドガワミズゴマツボなど、汽水域特有の種類が多く生息する。 ユスリカ類など、淡水の流れの緩やかなところに生息する種類が多い。 瀬においてはトビケラ類など、流水性の淡水の種類が生息する。

 各類型区分の中の環境も一様ではなく、横断方向的にいくつかの環境に区分できる。すなわち「水中」、「水際」の要素で成立しているといえる。さらにその中をみると、瀬と淵、礫干潟と泥干潟、河原とヨシ原と樹林では生息する生物や動物の利用方法がそれぞれ異なると考えられる。そこで、各類型区分はこのような生息場所の組み合わせによって成立していると想定した。
 類型区分ごとに想定される生息場所は表-1.3に示すとおりであり、水際ではヨシ・オギ群落、干潟、河原など、水中では瀬、淵、ワンド、深みなどが生息場所として想定された。

表-1.3  生息場所区分

類型区分 生息場所区分 環境要素

高塩分汽水域(Ⅰ)

水際

ヨシ・オギ等

河口域のヨシ・オギ等

浅水部(水深0~50cm)

河口域の浅水部

干潟

河口域の干潟

水中

浅場(水深50cm~5m)

河口域の浅場

深み(水深5m以深)

河口域の深み

低塩分汽水域(Ⅱ)

水際

ヨシ・オギ等

汽水域上流のヨシ・オギ等

浅水部(水深0~50cm)

汽水域上流の浅水部

干潟

汽水域上流の干潟

水中

浅場(水深50cm~5m)

汽水域上流の浅場

深み(水深5m以深)

汽水域上流の深み

淡水域下流(Ⅲ)

水際

ヨシ・オギ等

淡水域下流のヨシ・オギ等

河畔林

淡水域下流の河畔林

河原

淡水域下流の河原

浅水部(水深0~50cm)

淡水域下流の浅水部

水中

浅場

淡水域下流の浅場

淡水域下流の淵

ワンド

淡水域下流のワンド

流水域(Ⅳ)

水際

ヨシ・オギ等

流水域のヨシ・オギ等

河畔林

流水域の河畔林

河原

流水域の河原

浅水部(水深0~50cm)

流水域の浅水部

水中

浅場

流水域の浅場

流水域の淵

ワンド

流水域のワンド

流水域の瀬

2-2 事業に伴う環境要因

 事業の実施により想定される環境に対するインパクト及びそれらのインパクトに伴い変化が想定される物理化学的環境要素を図-1.7に示す。
 土地又は工作物の存在及び供用によるインパクトとしては、堰や湛水区域及び低水護岸の出現、高水敷の造成等が想定される。またそれらに伴う物理化学的環境要素の変化としては、水質や底質の変化、河道の変化、陸域と水域の分断等が想定される。
 想定される影響の範囲は、水質、底質では、堰や湛水区域の出現に伴う流況の変化によるもので、湛水区域及びその下流側で変化すると考えられる。河道の変化は、堰と護岸の設置による直接的なもので、湛水区域よりやや上流から堰から河口方向へ数km程度までと考えられる。陸域と水域の分断や陸上地形の改変は護岸の設置等によるもので河道の変化と同様の範囲と考えられる。
 以上のように事業による物理化学的環境への影響範囲は、湛水予定区域よりやや上流側から河口付近までと想定された。

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図-1.7 事業による環境への影響フロー

2-3 環境影響評価の項目及び調査・予測・評価手法の選定

(1)重要な類型区分の選定

 生態系への影響をとらえるに当たり、2-2で整理した影響要因が具体的に調査地の自然類型区分によって把握された類型や、さらに地域概況調査で明らかとなった環境に対してどのような影響を与えるのかを検討した。
 重要な類型の選定に当たっては、以下の観点から選定した。

[1] 事業により一部または全部が消失(または他の類型に置き換わる)する類型を評価対象とする。
[2] 事業による影響が及ぶと想定される範囲(影響予測範囲)に含まれる類型のうち、次にあげる類型は評価対象とする。ただし、この影響範囲とは、直接改変以外に基盤環境が変化する範囲のことである。
  • 調査地域の生態系を特徴付ける類型
  • 生物生産や水質浄化等の重要な機能を有するとみられる類型
  • 特殊な環境に依存する生物がみられる類型

 これらの基準で選定すると、重要な類型区分は以下のとおりである。
 大きな区分である汽水域と淡水域は両者が重要な区分である。その中の4つの類型のうち、塩分の高い汽水域(環境類型Ⅰ)については、取水による高塩分化が考えられることから評価の対象とする。塩分の低い汽水域(環境類型Ⅱ)は、直接改変を受ける水域であることから評価の対象とする。淡水域(環境類型Ⅲ、Ⅳ)については、護岸の工事が実施されることから評価の対象とする。また海域についても、物理化学的環境の変化が想定される。
 なお、河口から20km地点より上流域については、本事業による環境変化が想定されないことから評価の対象としない。さらに、堤外地については、環境変化が想定されないので評価の対象としない。ただし、調査地域における影響が他の地域の生態系に大きな影響を及ぼすと考えられる場合には、調査地域と他の地域の関係についても可能な範囲で検討する。
 したがって、評価の対象は、河口から上流20km地点までの河川内の範囲、河口前面の海域とする。
 さらに細かい生息場所レベルでみると、河川敷においては、すでに畑、水田、グランドなど人工改変地が面積的に比較的大きい。高水敷上のこれら人工改変地については、面積的に大きいが、生物の多様性は低いため、直接改変するところを除いては、調査精度を低くする。
 以上から、重要な類型区分としては、河川縦断方向の区分としては4区分すべて、河川横断方向の区分としては、主に水中~低水敷までの範囲を重要な類型区分とする。
 なお、河口付近の汽水域Ⅰ類型の上流部の左岸には、小規模ながら泥の干潟がみられる。ここにはトビハゼなど泥干潟に特有の生物の生息がみられており、事業による影響が及ぶので、特に注目すべき環境と考えられる。

(2) 対象とする生態系の構造と機能の概略検討

 調査地域は前述のように、汽水域と淡水域に大きく区分される。そこで、区分ごとに、採餌場としての機能、繁殖場としての機能に着目して、基盤環境ごとの主な生物種を整理し、生態系の構造を想定した。一つの例として、汽水域の採餌場としての機能の模式図を図-1.8に示す。
 魚類についてみると、汽水域では採餌場として利用する種類が多く、とくに干潟周辺は多くの種類の稚魚の生育場として利用されるが、繁殖場として利用する種類は少なく、ハゼ科魚類のほか数種に限られる。一方、淡水域では純淡水魚が採餌場としても繁殖場としても多くの種類が利用しているという特徴が想定される。多くの幼稚魚の生育場となり、多くのシギ、チドリ類が餌場として飛来する干潟が存在すること、多くの人が潮干狩りとして一定量採取ができるだけのヤマトシジミの生産性があることなども、この地域の生態系の1つの機能ということもできる。
 生態系の構造は、環境との関係だけでなく生物要素間の関係も重要な側面である。
 生物要素間の関係には、種内関係、種間関係があり、種内関係には雌雄の関係、親子の関係、同年齢間の関係等、種間関係には「食う-食われる」の関係(食物連鎖)、種間競争、共生、寄生等がある。
 ここでは最も知見が多い食物連鎖について整理をした。
 調査地域に生息する動物各種の食性及び餌場を既存の文献、現地踏査等の情報から整理し、それに基づき調査地域における生物要素間の相互作用として食物連鎖の骨格的な構造を想定した(図-1.9)。これは、汽水域における水中から水際のものである。水中から水際の水域生態系をみると、基本的に汽水域と淡水域で連鎖の構造が異なっているが、いずれもデトリタス(生物の死骸の分解過程のものや植物片など)が食物連鎖の底辺として重要であり、魚類や鳥類などの高次の消費者へ利用される中間に様々な食性をもつ底生動物が位置して重要な橋渡しの役割りを果たしていると想定される。生産者としては淡水域では植物プランクトン、水草類、付着藻類など、汽水域では植物プランクトン、海藻草類、微小底生藻類などがあげられ、汽水域では相対的に植物プランクトンの比率が高いことが想定される。ただし、それぞれの生物群の現存量や生産量については想定できなかった。

図-1.8 主な生物における生態系構造の模式図(例:汽水域の採餌場としての構造)


図-1.9 食物連鎖模式図(例:汽水域の水中~水際)

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(3)重点を置いて評価すべき生態系への影響の整理

 事業によるインパクトによって生物の基盤環境要素のどの部分がどのように変化し、それによってどのような生物群集がどのような影響を受けるかという影響フローを図-1.10に示す。
 影響内容は多種類が考えられるが、主なものとしては河床の変化、汽水域の減少、湛水環境の出現などがあげられる。それによって影響を受ける可能性がある主な生物としては以下のことがあげられる。

図-1.10 事業による主要生物への影響フロー

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(4)注目種・群集の選定

 注目種・群集は、生態系の上位性、典型性、特殊性の観点を考慮して選定した。

 上位性については、以下の観点から検討を行った。

 これらの観点から該当する種を取り上げ整理した(表-1.5)。この結果、生態系の上位に位置する種のうち、主に河川環境を利用する種であり、かつ、当該地域をほぼ常時利用しているミサゴとサギ類(留鳥)を上位性を有する種として抽出した。
 ミサゴは、下流域に広く分布し、下流域に生息する比較的大型の魚類を採餌するワシタカ類の鳥類であり、この流域の食物連鎖の上位に位置すると考えられるものである。また、希少性も高く環境庁レッドリストに準絶滅危惧種として掲載されている種であることから上位性の注目種として選定した。
 サギ類は、下流域ではアオサギ、ダイサギ、コサギ、ゴイサギが確認されており、カニ類等の比較的大型の底生動物や小型の魚類等の広い範囲の水生動物を捕食し、栄養段階の上位に位置する鳥類である。生息数も比較的多く確認も容易なことから上位性の注目種として選定した。 

 典型性については、以下の観点から検討を行った。

 これらの観点から、先に示した図-1.10における事業による主要生物への影響フロー等を参考に、種・群集を選定した。なお、河川環境の連続性を指標する種については、河川上下流の広い範囲を利用して生息する種を抽出、整理した(表-1.6)。
 典型性の注目種・群集としては、下流域が河口域、汽水域、流水域といった環境に区分することができることから、それらの環境を指標すると考えられる比較的生息数の多い生物(ヨシ群落、アユ、ヤマトシジミ、イトミミズ科、アシハラガニ)を選定した。さらに、堰の出現により回遊性魚介類等の遡上・降下の移動分断が考えられるため、遡上力の弱い小卵型カジカ、流下仔魚への影響が考えられるアユ、生息数の多いモクズガニを河川環境の連続性を指標する種として選定した。 

 特殊性については、河口の干潟、河口のヨシ帯などが考えられる。河口のヨシ帯については、全国的には重要な環境であるが、調査地域に広く分布していることから、特殊性ではなく典型性としてとらえる方が妥当と考えられる。干潟についてみると、砂干潟は河口域に広く分布しており、ヨシ帯と同様に典型性としてとらえる方が妥当と考えられる。泥干潟については、分布域はごく一部に限られており、ここでトビハゼという泥干潟特有の生物の生息が確認されたため、特殊性として採用し、特殊性の注目種としてトビハゼを選定した。 

 以上をまとめると表―1.7に示すとおりである。

 

表-1.5 注目種(上位性)選定のための整理

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表-1.6 注目種(典型性:河川環境の連続性を指標)選定のための整理

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表-1.7 注目種・群集の選定

生態系の観点 選定種 ・ 選定理由

ミサゴ
調査対象区域ほぼ全域にわたり出現し、比較的大型の魚類を採餌する鳥類であるため、下流域の食物連鎖において最も上位に位置すると考えられる。また、希少性の高い種(環境庁レッドリスト掲載種、準絶滅危惧種)でもある。

サギ類
調査対象区域ほぼ全域にわたり出現し、生息数も多い鳥類である。小型魚類や底生動物を採餌し、栄養段階の上位に位置する。

ヨシ
汽水域の水際に広く分布しており、調査域の生態系を特徴づけている要素である。低塩分域のヨシ帯にはカワザンショウガイ、クロベンケイガニなどが多くみられ、ヨシ帯を繁殖場としてオオヨシキリなどの鳥類も利用する。イセウキヤガラの生育場もヨシ原が作り出す環境であるとみられ、ヨシ群落は多くの生物の生息する場としての機能をもつ。

アユ
アユは回遊魚であるので、遡上や降下に対する影響を指標することから、注目種とした。さらに、その産卵場所は調査水域上流側の流水域環境(流水区間の河床構成材料や瀬淵構造等)を指標することからも注目種として適当であると考えた。

ヤマトシジミ
汽水域上流側、低塩分域の水中環境を代表する底生動物群集である。低塩分域は最も消失率が高い類型であり、この影響を指標する種群として選定した。これらは魚類、潜水ガモなど多くの種類の餌生物として利用されており、食物連鎖を通じて低塩分域生態系を指標すると考えた。

イトミミズ科
止水域の水中を代表する底生動物群集である。本事業においては大規模な湛水区域が出現するため、湛水環境における生態系を指標する生物として選定した。

アシハラガニ(またはシギ・チドリ類)
主に河口付近の環境変化に伴う生態系の変化を指標する生物として選定した。アシハラガニは、他の底生動物やそれを捕食するシギ・チドリ類が利用する干潟、多くの幼稚魚の育成場としての機能や水質を浄化する機能をもった河口の干潟から浅場の生態系を指標するものとした。この河口干潟・浅場生態系は、明瞭な環境変化は想定されないが、調査地の中で重要な種類であると考えた。

小卵型カジカ
調査域の上流側に生息する回遊魚である。堰の設置により遡上が困難になり、生息数が減少することも考えられ移動性の注目種とした。本種は遡上力が弱いので、移動分断の影響を受けやすい。

モクズガニ
調査対象区域に広く分布する回遊性の大型甲殻類である。堰の設置による移動分断のため、生息数が減少する可能性があるため選定した。

特殊性

トビハゼ
河口付近に一部存在する泥干潟という特殊な環境に生息する魚類である。

 これらの注目種、群集の一般的な生活史、生息環境については、ヤマトシジミを例として表-1.8に示す。
ヤマトシジミは、汽水域の代表的な生物であり、淡水域や海域では生息しない。幼生期には浮遊生活を送るが、その後底生生活に移行する。大きな移動をせず、汽水域で一生をすごす貝類である。また、当該河川の汽水域では重要な漁獲対象種になっている。
 本事業がヤマトシジミに及ぼす影響フローは図-1.11に示すとおりである。
 堰の存在によって、5kmから10kmの区間の汽水域は淡水域になることにより、シジミの生息場所の大部分が消失する。これは直接的改変によるものである。また、堰より下流側に生息している個体に対しては、堰下流側の河床高が変化すれば、生息する水深面積が変化する可能性があり、これにより現存量が変化することが考えられる。また、取水により堰下流域は塩分が高くなることから、生息面積の変化につながる。さらに、シジミはろ過食者であることから、餌料環境の変化を通したヤマトシジミへの影響も考えられる。

表-1.8  注目種の特性の整理例(ヤマトシジミ)

生物種(群集名)

ヤマトシジミ(Corbicula japonica Prime)

全国的な分布

・日本全国に分布する。
・汽水域の水底に生息し、低水温期には4~10cmも埋没する。
・生息水深は最大でも2.5mとされている。
・砂質を主とする場所に多く、砂礫、シルト、粘土質の場所や、有機物、硫化物の多い所では分布量が少ないとされる。

一般的な成長と回遊・移動

・大半の個体は満3年殻長15mmで成熟する。
・受精後1日で初期D型幼生となって浮遊生活を送る。
・浮遊期間は他の二枚貝類よりもかなり短く、水温21~22℃では受精後5日で殻長0.18mmに達し、底生生活に入る。
・底生生活に移行した初期稚貝は足糸で一時砂粒などに付着する。

当該水域における分布

・河口から10km付近までの区間に生息する。





生息水温
好適水温

・発生には高水温が必要であり、20℃未満では発生が進まず、24~25℃で発生がよい。
・稚貝(殻長3~5mm)は12.5℃以下では成長せず、25~30℃で高い成長率を示す。

生息塩分
好適塩分

・成貝にとっては低塩分は致死要因にはならない。
・高塩分については、生息に適さない限界が海水の60%(塩分21)とされるが、致死量以下の塩分でも死亡する場合があり、これは、塩分変化によるストレスや塩分が変化する時に浸透圧調節が追いつかない可能性が指摘されている。
・卵から初期稚貝に至るまでは、低塩分側にも限界濃度があることが知られており、卵発生が速やかに進むのは30~70%海水中である。また、後期幼生(殻長0.2~0.3mm)は淡水中では1日後に全個体が死亡し、初期稚貝(殻長1.5~2mm)でも淡水中では死亡個体が発生する。

その他の
生理的特性

・成貝では水温13℃で溶存酸素0ml/lの場合、4日後に100%が死亡し、水温13~14℃の無酸素水中では96時間後に死亡個体が現れ、120時間後に50%が死亡する。また、貧酸素中の生存期間も水温が高いほど短くなると推定されている。
・貧酸素環境が長時間継続しなくても、頻繁に貧酸素化することによるストレスが死亡につながる可能性がある。





産卵時期

・産卵期は3月下旬~11月上旬と長いが、概ね7~9月であり、8月が盛期である。

産卵場所

・成貝が通常生息する場所

生息場所

・卵・幼生期:河口付近で浮遊生活。
・稚貝・成貝:河床中(初期稚貝は河床表面に付着)

餌 料

・水中の懸濁有機物をろ過して餌料とする。主な餌料は珪藻類、渦鞭毛藻類等の植物プランクトン、輪虫類などの小型動物プランクトンである。

希少性

・全国的に分布しており、生息量も多く、希少な種ではない。

社会的重要性

・内水面漁業にとって重要な漁業対象種である

参考資料
・丸 邦義(1993):北水試だより 21.
・西条八束・奥田節夫編著(1996):河川感潮域―その自然と変貌―,名古屋大学出版会.

図-1.11  堰及び護岸(存在)が注目種(ヤマトシジミ)に及ぼす影響フロー

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(5)調査・予測手法の選定

 例として、典型性の注目種であるヤマトシジミについて整理した。
 ヤマトシジミへの影響について、調査・予測の流れを図-1.12に示す。事業による影響は、生息面積の減少、生息場所の環境変化などによる生息・繁殖場所の減少などがあげられる。このような影響を把握するために、生息状況調査と生息場所の環境分析を行う。そして、これらの調査結果と事業計画との関係から、好適な生息場所の変化と、繁殖の存続の可能性を検討し、事業による影響を予測する。また、ヤマトシジミへの影響予測結果を基に、生態系への影響について検討する。

図-1.12  ヤマトシジミの調査・予測の流れ

fig1-12.gif (4353 バイト)

[1] 予測手法

 堰や護岸の存在によるヤマトシジミの影響予測手法の内容を表-1.9に示す。
 ここでは、堰や護岸の存在による影響要因と想定される影響及び予測項目を考慮し、予測手法を設定した。

表-1.9  ヤマトシジミの影響予測手法

影響要因 想定される影響と予測手法











想定される影響 ・堰や護岸の存在によりヤマトシジミの生息場が消失するため、ヤマトシジミの生息(個体数)に影響が及ぶと考えられる。
予測手法 定量的予測 ・ヤマトシジミの個体群の変化については、現地調査地域の生息個体と汽水から淡水に変化する予定地の生息個体の関係から減少率を予測する。
定性的予測 ・ヤマトシジミの個体群の変化による生態系への影響については、ヤマトシジミの個体群の減少率を基に、主に食物連鎖の関係から予測する。











想定される影響 ・湛水区域の存在や河床勾配の変化によって、水質の変化、地形・水深変化、底質変化が考えられることから、ヤマトシジミの生息環境が変化すると想定される。
予測手法 定性的予測 ・ヤマトシジミの個体群の変化については、既往資料等による生活史の主要な段階における生息状況、ヤマトシジミの生理・生態特性等と数値モデル等による生息環境に関する項目の予測結果から、生息環境の変化に伴うヤマトシジミの個体群への影響を予測する。ヤマトシジミへの影響予測は主に水質、底質、地形変化とヤマトシジミの生理特性の関係を重視する。
定性的予測 ・ヤマトシジミの個体群の変化による生態系の変化については、主に食物連鎖の関係から予測する。

[1] 現地調査手法

 予測手法の検討結果を基に、現地調査手法を検討した結果を表-1.10に示す。
 ヤマトシジミは、幼生期の一時期浮遊生活とするが、これ以外は大きな移動を行わずに底生生活を送るので、調査項目としては、底生生活期の分布状況と生息環境を把握する。また、本種は漁獲や放流も行われているので、漁業実態についても整理する。

表-1.10  ヤマトシジミに関する調査項目とその理由

調査項目 調査項目の設定根拠と調査内容










・ヤマトシジミの個体数と大きさ、重量 調査項目の設定根拠 ・堰による淡水化によりヤマトシジミの生息場が一部消失するため、分布状況と個体数等を調査し、生息場の消失によるヤマトシジミの個体数の減少率を把握する。
調査地点 ・汽水域全域に調査地点を設定する。鉛直的には干潟上部から最深部までを網羅するように配置する。
調査時期 ・高水温期に1回調査する。ただし、2ヶ年の調査を行う。
調査方法 ・採泥器、枠取り法(深さ10cm程度)により定量的に採取し、測定を行う。



・水深
・水温
・塩分
・水質
調査項目の設定根拠 ・堰や護岸の建設(存在)によりヤマトシジミの生息域が減少し、また、ヤマトシジミの生息場である干潟周辺は河床勾配の変化、これに伴う底質の変化や、湛水区域の存在に伴う水質の変化が生じると想定されることから、ヤマトシジミの生息環境を把握する。
調査地点 ・ヤマトシジミの分布状況の調査と同様とする(水深、底質条件)。
・水質については、水質等の数値予測のために別途調査地点を数地点設置する(水質調査地点で補完する)。
調査時期 ・ヤマトシジミの分布状況の調査と同様とする。
調査方法 ・採泥器、採水器により試料を採取し、分析する。
・底質の調査項目としては、粒度組成、有機物含有量、硫化物等、水質の調査項目としては、COD、DO、SS、クロロフィルa、塩分等とする。
・計器によるDO、塩分等の連続観測を行う。











・漁獲量
・放流場所と放流量
・漁場分布

調査項目の設定根拠 ・汽水域の干潟は、春季から初夏にかけて潮干狩り場として利用されており、また、漁業活動も盛んである。そのため、放流が行われており、現地調査に際しては、放流状況について把握する。
調査地点 ・現地調査地域全域とする。
調査方法 ・漁業協同組合資料、聞き取り、標本船、抜き取り調査等により把握する。

(6)調査・予測地域の設定

 事業実施区域は河口から3~15kmの範囲である。この事業により、上流側は河床変動が起こる可能性があるが、20kmよりも上流側までは、影響は及ばないと判断した。下流側については、影響範囲が明確ではないが、河口付近には渡り鳥にとって重要な広大な干潟があり、河口部までを対象にすることとした。海域までは大きな影響は及ぼさないと判断し、その結果、調査・予測地域は図-1.13に示すように、河口から20km地点までとする。
 ただし、注目種・群集の調査対象地域は、上記の調査・予測地域を基本として、行動圏の大きさ、生活史、個体群の分布など、個別の種の生態特性に応じて適宜拡大する方向で設定する。

図-1.13  調査・予測地域の設定

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