(検討のための資料)
1 陸域生態系の環境影響評価の基本的な考え方
1-1 アセスメントにおける陸域生態系の捉え方
陸域生態系は、森林、草地、耕作地などの環境、及びそれら多様な環境が集合したものまで様々なレベルで階層的にとらえることができる。
これらの環境は地形・地質、大気環境、水環境などの基盤となる環境からなり、その上に成立する植生などにより、垂直的な構造が見られる。
水平的には、こうした環境がモザイク状となっており、これらの環境間は物質の移動(大気・水の循環や土砂の移動など)や生物種の移動などにより相互に影響を及ぼしあっている。
このような生態系の垂直・水平構造は多様な生息場所を形成し、生物の多様性を生み出している。
1-2 基盤環境と生物種・群集の関係への着目
陸域生態系のアセスメントでは、1-1で示した基盤環境、植生などの水平・垂直的な構造と、それらが形成する生息場所、及びそこに依存する生物種・群集との関係について着目し、それらへの影響を捉えることが重要である。
生物は種により、生息場所や個体の要求する面積は様々である。単一のタイプの植生や地形・土壌等で捉えられる環境に依存しているものから、これらの複合した環境に依存しているものまで様々存在する。
そのため、多様な生息場所の多様性を保全していくことが地域の生態系の保全へとつながっていく。したがって、以下の2点に留意する必要がある。
[1] 植生などに代表される環境の類型区分での生物群集を把握し、対象地域内で生物種の生息場所の多様性が確保されること。 [2] 生物群集の多様性を生み出している環境の複合やその移行帯部分に創出される環境及び環境の類型区分の形状や規模・連続性などを考慮すること。
生態系への影響を捉える方法は様々考えられるが、今回の中間報告では、上記の考え方に立ち、基盤環境と生物群集の関係を把握し、注目種・群集の調査を通じてこれらの変化予測を行うことにより、生態系への影響評価を行う方法について検討し、提示した。
1-3 他の環境影響評価項目との連携の重要性
「植物・動物」「大気環境」「水環境」「土壌環境」など、他の環境影響評価項目で対象とする環境要素は、それぞれ「生態系」を構成する要素でもある。このため、生態系の調査・予測・評価に際しては、それらの関連する他の項目と情報を共有し、環境影響評価の実施段階の調査・予測作業についても十分な連携を図りながら進めること、さらに必要な場合には作業を統合して行うことが必要である。例えば、「植物・動物」項目における基礎的な調査として、対象地域全体の植生、動植物相に関する現況調査を実施するが、これらの調査結果を「生態系」項目の予測評価に有効に活用するとともに、こうした基礎的な調査の実施に際して、「生態系」項目の予測評価に必要なデータが効果的、効率的に得られるように留意することが重要である。
図1-1 森林の階層構造と生物群集
2 環境影響評価の計画段階から実施段階への手順
図1-2 環境影響評価の全体の流れ
3 陸域生態系の環境影響評価の手法
3-1 陸域生態系への影響の捉え方
(1)「生態系」の調査・予測・評価手法の検討
アセスメントの最終的な目的は評価であることから、何を評価すべきかという明確な目的を持って調査・予測・評価を進めることが重要である。したがって、調査・予測・評価手法を選定する際には、地域の環境特性、地域のニーズ、事業特性等から保全上重要な環境要素は何か、どのような影響が問題になるのか、保全対策の基本的な方向性はどうあるべきかなどについて検討した結果を十分踏まえて、まず第1に「生態系」項目で重点を置いて評価すべき影響の内容を設定する。次にその評価を行うために適切な予測手法、そして、その予測に必要な調査対象及び調査手法を決定するというプロセスで検討する必要がある。
このためには、大きく以下の2つの軸を常に考慮しながら、全体の計画を立てていくことが大切である。この際、影響フロー図による検討が有効である(図1-3)。
[1]事業特性、地域特性を踏まえた評価すべき影響の内容の設定
[2]適切な調査対象の選定、及び調査・予測手法の設定
その他の留意すべき事項を以下に示す。
・ 作業の実行可能性や予測の不確実性などを考慮すること。 ・ 事業による影響は影響の規模や種類によって、地形の改変等の影響が比較的明瞭なものと、地下水位の変化等の影響が比較的捉えにくいものがあり、影響の種類に応じた適切な調査対象の選定・調査・予測手法の設定が必要であること。 ・ 生態系への影響を捉える際には、過去からの変遷、自然のダイナミックな変動、時間とともに現れてくる中長期的な影響をどの程度把握していくかといった時間軸の視点と、どのような空間スケールで影響を把握するかといった空間の軸の視点がある。これらの視点を考慮し、対象とする生物の生態特性、生態系のタイプや広がり、事業のインパクト特性に応じて、影響内容にあった調査対象、調査・予測手法を検討すること。
(2)「生態系」項目と「植物」「動物」項目との影響の捉え方の違い
「生態系」項目では、生態系に対する影響の把握が求められるが、生態系のあらゆる面への影響を詳細に予測することは困難であるため、ひとつの例として、生態系を特徴づける注目種・群集を選定し、それらを通じて影響を把握することが基本的事項において例示されている。
「植物」「動物」項目が学術上もしくは希少性の観点から重要な種・群集を主な環境影響評価の対象としていることから、注目種・群集を選定し、それらを通じて影響を把握する「生態系」のアプローチとは、調査・予測の内容はそれぞれ、種・群集の生息状況、及び種・群集の生息環境の大きく2つの面についての調査を行うこと等共通していることが多い。よって、表1-1に示すように、「植物」「動物」「生態系」の項目間の関係性に着目しつつ調査・予測・評価を行うことが重要である。
しかし、その一方で、生物種・群集の選定の際の考え方、及びそれに関する調査から予測・評価していく内容は大きく異なる。
つまり、「植物」「動物」項目では、環境影響評価の対象とする特定の重要な種・群集の存続について評価することから、限定された項目について詳細な内容と高い精度の調査・予測が求められるという面が強い。それに対して、「生態系」項目では、注目種・群集の存続可能性を検討するものの、最終的にはそれらの種・群集で指標される生態系自体がどれだけ保全できるかということについて評価するものであり、評価の視点が異なるとともに、調査・予測に求められる内容にもおのずから違いが生じてくる。このように「植物」「動物」項目と「生態系」項目とは似て非なる側面があることに十分留意する必要がある。
表1-1 「植物」「動物」「生態系」の項目間の関係性
項 目 | 対 象 | 対象とするレベル | 捉えるべき影響 |
「植物」「動物」 | 重要な種 | 個体群 | 対象地域における重要な種の健全な個体群の存続に与える影響。存続に必要な生息環境に与える影響を捉えることなどにより把握。 |
「植物」「動物」 | 重要な群落、注目すべき生息地 | 生物群集 | 重要な群落、注目すべき生息地における健全な生物群集の存続に与える影響。存続に必要な生息環境に与える影響を捉えることなどにより把握。 |
「生態系」 | 地域を特徴づける生態系 | 生態系 | 生態系に与える影響。 注目種・群集による方法は、選定種で代表される、生物群集及びそれらの生息の基盤となっている生息場所の環境への影響を捉えることにより、健全な生態系全体の存続に与える影響を捉える。 |
(3)生態系における予測の考え方
予測を行う際には、影響要因や影響内容に応じた適切な手法で行うこととなるが、基本的に必要なこととして、次のことがあげられる。
・ 生態系のどの部分に及ぼす影響を対象とするのか、どの生物を対象とするのか、対象として選定した理由とともに明確にする。 ・ 科学的・技術的に可能な範囲で、できる限り定量的な予測を行う。 ・ 予測の不確実性の程度について明確にする。 ・ 類似事例や科学的な知見の引用は重要であるが、対象事業の影響に当てはめる場合には、種や環境条件、地域的な差がある可能性があり、引用したデータについてはその背景を考慮する。 ・ 生物種・群集の変化に関する定量的な予測は難しいが、生物の生理的・生態的な特性を十分に検討し、調査で得られたデータに基づいた客観的な予測を行う。
図1-3 影響のフロー図(参考例)
3-2 調査地域の考え方
調査地域については、アセスメントの段階や、調査対象により、以下に示す3つの捉え方により設定することができる。さらに、調査地域は、実施段階の現地調査等の結果を踏まえ柔軟に再設定する事も大切である。
[1]事業対象地域とその周辺の概況把握を行う範囲
事業対象地域が周辺地域と比較してどのような自然的特性をもつ地域なのか、特に広域からみた生物種の分布特性などを把握するため、スコーピングの際に地域特性を把握した範囲を中心に、既存資料による調査を行う範囲として設定する。地形、地質などを考慮する。
[2]基礎的な現地調査地域
生態系への影響を把握する上で、必要となる地形・地質、植生、動植物相等に関する基礎的な現地調査を行う範囲として、事業対象地域と周辺部を含む地域を調査範囲に設定する。その際、事業のインパクトの特性、集水域などの地形単位のまとまり(谷や尾根で区別される範囲等)や植生・土地利用等を考慮する。
[3]注目種・群集の調査地域
注目種・群集への影響を把握する範囲として事業対象地域を含む範囲で設定する。これは、注目種・群集が事業の影響を受ける可能性がある場所及び、注目種・群集への影響を当該地域で評価するために必要な周辺の範囲も含む。注目種・群集の生態、分布を考慮する。行動圏の大きさ、生活史を完結するための生活空間の広がり、個体群の広がりなども考慮する。範囲の設定には植生や地形など注目種の分布を規定する環境要因を考慮する。
3-3 基盤環境と生物群集に関する調査・予測手法
(1)基盤環境と生物群集の関係の整理
1)基盤環境と生物群集の関係の整理の目的
この方法では、対象事業により影響があると想定される場所が生物群集にとって重要な生息場所(ハビタット)と捉えられる場合に、その生息場所の基盤となっている地質、地形、土壌、植生などの環境と生物群集との関係性について把握した上で、事業がどのような影響を及ぼすのかを捉え、そこに依存性の高い動植物への影響を把握することにより、事業が対象地の生物群集にどのような影響を与えるのかを概括的に予測・評価することを目的とする。また、注目種・群集の位置付けの再確認や注目種・群集の調査・予測にも活用していく。
2)調査の手順
[1] 複数の生態系により構成される地域において基盤環境・生息場所と生物種の関係を整理するためには、環境の類型区分を用いる。類型区分はスコーピング段階で作成した区分を参照し、本調査段階では現地調査結果にもとづき、現地の状況により即した類型区分となるよう工夫することが望ましい。類型区分を行なうにあたっては生物種と生息場所の関係を分かりやすく整理できるものとなるよう、煩雑なものとならないように工夫する。 [2] 既存資料、ヒアリング結果、および現地調査結果に基づき基盤環境と植生の関係および、基盤環境・生息場所(植生を含む)と動植物種の関係を把握する。代表的な類型区分や動植物にとって重要な生息場所の動物相及び植物相については、「動物」「植物」項目との連携により調査・整理を行う。 [3] 類型区分ごとに基盤となる環境(地形・地質、大気、水環境など)についても「地形・地質」等の他分野との連携により調査・整理を行う。
[4] 植生とその成立基盤の対応関係を把握するにあたっては、現在の対応関係だけでなく、植生の遷移や人為的影響・管理等の与える影響も考慮することが重要である。 [5] 基盤環境-植生-生息場所-動植物種の関係を、解析結果にもとづきまとめる。 [6] 生態系の垂直構造、および生態系の水平構造を対応関係に基づき、図示する。 <基盤環境と生物群集の関係整理の考え方>
<調査すべき情報>
調査対象
調査内容
動物
植生、基盤環境または類型区分ごとの動物相
各類型における生息環境との関係(断面模式図などによる)植物
植生、基盤環境または類型区分ごとの植物相
各類型における生育環境との関係植生
植物群落の分布、種類組成、構造、類型区分との関係
各群落の成立する基盤環境の特徴地形
地形分類とその分布状況(小地形、微地形程度)
表層地質
表層地質分類とその分布状況(既存資料,他項目での調査資料がある場合には基盤地質についても把握する)
土壌
土壌分類とその分布状況
水系・流域
水系の位置、流域の範囲、水の状況等
その他
生息場所や植生の成立基盤として重要な環境要素
環境タイプ
平地
湧水、表流水、止水の分布など
丘陵地・台地
斜面方位、谷密度,起伏量、地形変化とそれに伴う水象の変化
山地
標高、斜面方位、谷密度、起伏量、地形変化とそれに伴う水象の変化
海岸
斜面方位、地形変化とそれに伴う水象の変化
里地
土地利用、地形改変状況、人為の種類、植生管理の程度など
注:適切なスケール・類型を決めるにあたっては、十分な文献調査、ヒアリングなどを行なう。
<環境影響評価段階での類型区分に用いる情報の例>
地形分類図 事業による基盤環境の変化、植生の成立基盤を把握するために適切なスケール・類型区分(小地形、微地形単位程度) 縮尺
1/2500~10000表層地質図 〃 水系図 〃 植生図 現地調査により作成した詳細な植生図。 流域区分図 事業による基盤環境の変化、植生の成立基盤を把握するために適切なスケール (2)基盤環境と生物群集への概括的な影響予測
1)予測手法
各類型区分に対して事業が及ぼす影響を、直接・間接的な影響範囲との重ね合わせ等の作業により、概括的に予測する。
具体的には、各類型区分ごとに、地形・土壌・水系・植生などの事業による消失面積の量や割合、現地調査により把握された重要な生息場所への影響から、生物群集への影響について予測を行う。整理された基盤環境と生物群集の関係を十分考慮し、類型区分などの消失が生態系に与える影響を概括的に予測する。予測にあたっては、植生とその成立基盤の相互関係や遷移に対する影響なども考慮する。2)予測地域
事業のインパクト特性、生態系のまとまり、土地利用等を考慮して範囲を設定した現地調査地域全体を対象として予測を行う。
3-4 注目種・群集に関する調査・予測手法
(1)注目種・群集の調査
1)注目種・群集に着目した調査・予測の考え方
注目種・群集は、事業の影響を踏まえて、その影響を適切に把握できるものを対象とする。これらの種の生息状況や生息環境等の調査を通じて、事業による各種の影響要因が及ぼす注目種・群集とその生息環境への直接・間接的な影響を把握することを通じて、生態系への影響に対して予測・評価を行う。
2)調査手法
調査内容としては、注目種・群集の生息状況・生態・生息環境や種間関係等に関する調査があげられる(表1-2、3)。
しかし、これらすべての項目について明らかにすることは困難であり、対象とする種によって調査方法としては確立されていて可能な調査項目でも長年月を要するため現実的でないものもある。
このため、調査項目の選択にあたっては、以下の点に留意することが大切である。
・影響を予測・評価するために適切かつ効果的なものとすること
・アセスメントにおける時間的・費用的な制約を考慮すること
・調査対象種の生態的な特性を考慮すること表1-2 注目される植物種・植物群落についての調査項目例
植物種[1]分布、生活史に関する調査
・対象地域における分布
・対象地域での繁殖状況の調査[2]生育量に関する調査
・個体数や被度・密度に関する調査
[3]生育環境に関する調査
・基盤環境に関する調査
気象、地形、地質、土壌、水質、水文条件など
・生育環境としての植生に関する調査
出現する群落、生育地の植生構造、共存する植物種、主要競争種
(帰化種)の有無など
・その他の生育環境に関する調査
管理の状況、人為的影響を受けなくなってからの年数など[4]生態に関する調査
・植物季節(フェノロジー)、種子の生産量など
[5]その他
・生育可能地などの存在・配置に関する調査など
植物群落
[1]群落の分布に関する調査
・植生図
・植生図に表せない群落の分布の把握[2]植生調査
・対象地域における群落の種組成
[3]群落の構造に関する調査
・階層構造、現存量(葉・花・果実等)、ギャップの分布・大きさ
[4]立地環境に関する調査
・基盤環境に関する調査
気象、地形、地質、土壌、水質、水文条件など
・その他の立地環境に関する調査
管理の状況、人為的影響を受けなくなってからの年数など[5]生物群集に関する調査
・動植物の生息種や動植物の生息場所となる要素の分布
・訪花性昆虫等[6]その他
・群落の遷移や更新に関する調査
・潜在的に群落の成立が可能な地域の存在・配置に関する調査
など表1-3 注目される動物種・群集についての調査項目例
[1]分布、生活史に関する調査・対象地域における分布
・対象地域での定着性(季節的移動)と繁殖に関する調査[2]生息数に関する調査
・個体数や密度(密度分布)に関する調査
全域または主要環境別[3]食性に関する調査
・主な餌種(採食空間)
餌種構成比(生活史のステージや季節性)
・主要餌種の分布と密度
季節性も考慮[4]その他種間の関係に関する調査
・主要捕食者の密度
・主要競争種(帰化種など)の密度
・その他
託卵・寄生などの寄主の密度など[5]生息環境に関する調査
・基盤環境に関する調査
気象、地形、地質、土壌、水質、水文条件など
・生息環境としての植生に関する調査
植生構造、現存量など
・その他の生息環境に関する調査
管理の状況、人為的影響を受けなくなってからの年数など[6]環境の空間的利用に関する調査
・行動圏調査によりどの環境をよく利用しているかなど
・空間的利用の季節的変化[7]重要な資源の分布に関する調査
・餌資源・繁殖環境などの分布や量など
など(2)注目種・群集による予測
1)予測手法
予測は、基本的に、注目種・群集の生息場所への影響を踏まえ、注目種・群集への影響について、類似の事例や既存の知見を参考に行う。
生息場所への影響としては以下のようなものが考えられる。
○ 事業による直接改変地域と注目種・群集の生息場所の重ね合わせ等により把握される生息場所の消失、縮小、分断、断片化 ○ 水質汚濁や地下水位の変化等による生息場所の消失、縮小、質の劣化 これらの作業においては、GISによるオーバーレイ、数値処理等を適宜用いることで、問題点や課題の抽出、種々のアウトプット図面の作成などを効率的に行うことが可能となる。
2)予測地域
注目種・群集が事業の影響を受ける可能性のある場所及び注目種・群集への影響を当該地域で評価するために必要な周辺を含めた範囲として設定した注目種・群集の調査地域を対象として予測を行う。
3)予測対象時期
予測の対象時期は、注目種・群集の生態特性を踏まえ、影響の大きさを的確に把握できる時期とする必要がある。
工事中は影響が大きくても、工事後には植生の回復などにより影響が緩和される場合もあり、逆に中長期的に時間とともに大きな影響が現れる場合もある。このため、工事及び施設の存在・供用の影響を予測する時期については、一時点だけで予測するのではなく、可能な限り時間的な影響の変化が捉えられるように予測の時期を設定することが望ましい。